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タイラー・コーエン 「ビジネス経験を有する政治指導者は『ただ乗り』しがち? ~国際公共財の一種たる集団安全保障を例に~」(2020年1月24日)

●Tyler Cowen, “Are political leaders with a business background any different?”(Marginal Revolution, January 24, 2020)


・・・(略)・・・ビジネス経験を有する政治指導者は、集団安全保障への協力を渋りがちとの仮説が浮かび上がってくることになるが、なぜそうなのかというと、利己的だからというのがまず一つ目の理由。〔自己効力感(セルフ・エフィカシー)が高く、それゆえ、〕(集団安全保障への協力を怠っていたとしても)いざという時は同盟国に頼れる(自国を守るために同盟国を説得して助太刀してもらうように持っていけるだけの力が自分にはある)と信じて疑わない傾向にあるからというのが二つ目の理由である。NATO(北大西洋条約機構)への加盟国のうち、アメリカを除く17カ国の1952年から2014年までの防衛費のデータを分析したところ、件の仮説と整合的な実証結果が得られた。ビジネス経験を有する政治指導者は、ビジネス経験の無い政治指導者に比べると、効用の最大化に向けて利己的に振る舞う可能性が高い。本稿で得られた分析結果はそう示唆している。

論文のリンクはこちら。論文の著者はマシュー・ファーマン(Matthew Fuhrmann)。かの情報通たるケビン・ルイス経由で知ったもの。

タイラー・コーエン 「トクヴィルの慧眼 ~民主主義国家が不得手とする二つのこととは?~」(2014年8月9日)

●Tyler Cowen, “Tocquevillean sentences to ponder”(Marginal Revolution, August 9, 2014)


民主主義国家の国民が苦手で苦手でならないことが二つある。まず一つ目は、(どこかの国を相手に)戦争を始めること。そして二つ目は、戦争を終わらせることだ。

・・・と語るのはアレクシ・ド・トクヴィル

ブラッド・デロング 「ヘロドトスの慧眼 ~アテナイが向かうところ敵なしの最強国へと変貌を遂げた理由とは?~」(2007年7月3日)

●Brad DeLong, “Happy Fourth of July!”(Brad DeLong’s Grasping Reality, July 03, 2007)


ヘロドトス(ハリカルナッソスのヘロドトス)の『歴史』1より。

自由であり平等であることの好ましさは、単にある一点のみに限られるわけではない。その恩恵はあらゆる点に及ぶ。アテネイを例にとると、独裁下にあった時のアテナイは、周辺のどの国よりも戦力の面で劣っていたが、独裁者による抑圧から解放されるや否や、アテナイは向かうところ敵なしの最強国へと一変したのであった。圧制下に置かれている時には、自分自身のためではなく独裁者のために働いているのだという意識もあって、アテナイの民は最善を尽くそうとはしなかった一方で、圧制のくびきから解き放たれるや、アテネイの民は相手(敵国)を打ち倒すために必死になって戦うようになった。各人がそれぞれ自分自身のために働こうと意欲を燃やすようになったからである。

当時(紀元前4~5世紀頃)のアテナイが秀でていたのは軍事面だけじゃなかったようだよ。

  1. 訳注;岩波文庫版(松平千秋訳)の『歴史』だと、以下の引用の出所は中巻の165ページ(第5巻の78節)ということになる。ちなみに、以下は拙訳。 []

マーク・ソーマ 「ヒッブスの『パンと平和』モデルは大統領選挙の行方について何を物語っているか?」(2008年3月12日)

●Mark Thoma, ““Implications of the ‘Bread and Peace’ Model for the 2008 US Presidential Election””(Economist’s View, March 12, 2008)


去る2月にダグラス・ヒッブスの「パンと平和」モデルの話題を取り上げたことがあった〔拙訳はこちら〕が、そのエントリーに対してヒッブス本人からコメントが寄せられている。曰く、「我が『パンと平和』モデルが2008年の大統領選挙に対してどのような含意を持つかを分析した論文を仕上げたばかり」とのこと。

よし、乗っかろうじゃないか。まずは2月のエントリーの一部を以下に再掲するとしよう。 [Read more…]

マーク・ソーマ 「『パン』と『平和』と『大統領選挙』」(2008年2月4日)

●Mark Thoma, ““Bread, Peace, and the 2008 Election””(Economist’s View, February 04, 2008)


ヒッブスの「パンと平和」モデルによると、2008年の大統領選挙で共和党側の候補者が勝利する可能性も無くはないらしいよ(以下の引用では、原エントリーの内容が大幅にカットされていることを断っておく)。 [Read more…]

アレックス・タバロック 「ウォー・ポリティクス ~国内景気、戦争、大統領選挙~」(2004年4月14日)

●Alex Tabarrok, “War Politics”(Marginal Revolution, April 14, 2004)


あれは1995年のこと。経済学の世界で最も権威のある学術雑誌であるアメリカン・エコノミック・レビュー誌に一篇の論文が掲載された。その論文とは、“War Politics: An Economic, Rational-Voter Framework”。著者はグレゴリー・ヘス(Gregory Hess)&アタナシオス・オルファニデス(Athanasios Orphanides)の二人。アメリカン・エコノミック・レビュー誌の長い歴史の中でも一二を争うくらい物議を醸した論文の一つだ。

「国内経済の舵を取る能力」に「戦争を指揮する能力」。有権者はその二つのマネジメント能力を行政府の長(大統領)に求める。本論文ではそのようにモデル化されている。二期目を狙う現職の大統領が再選を果たすためには、「国内経済の舵を取る能力」と「戦争を指揮する能力」の二つのマネジメント能力の面で挑戦者(対立候補)よりも秀でていることを有権者に納得してもらわねばならないというわけだ。 [Read more…]

アレックス・タバロック 「核戦争が起こる確率はどのくらい?」(2019年7月1日)

●Alex Tabarrok, “What is the Probability of a Nuclear War?”(Marginal Revolution, July 1, 2019)


「核戦争のリスクは相変わらず世界が直面している一番大きな問題だ。いつか近いうちにやって来るかもしれない差し迫ったリスクであるようには見えないとしてもね」とはコーエンの言だが、私も同意見だ。

核戦争が起こる確率を予測するというのは難題も難題だが、ルイーザ・ロドリゲス(Luisa Rodriguez)がEffective Altruism Forumで核戦争が起こる確率を探る難業に乗り出している各種の試みを念入りに概観している。その道の専門家にしても超予測者(superforecaster)1にしてもいずれもが「かくあれかし」との世人の願いよりもずっと高い確率で核戦争が起こると予測しているようで面食らってしまったものだ。本エントリーの末尾に掲げた表にあるように、核戦争が起こる確率は1.17%(.0117)と見積もられているが、この数値は「1年間のうちに」核戦争が起こる確率であることに注意願いたい。ということはつまり、たった今生まれたばかりの赤ん坊が例えば75歳まで生きるとすれば、その赤ん坊が75歳で死ぬまでの間(一生のうち)に核戦争が起こる確率はおよそ60%(=1-(1-.0117)^75)ということになるのだ。思いがけないアクシデントが原因で1年間のうちに(米露間で)核戦争が起こる確率はというと0.9%(.009)。ということは、先の赤ん坊が75歳で死ぬまでの間に思いがけないアクシデントが原因で(米露間で)核戦争が起こる確率はおよそ50%(=1-(1-.009)^75)ということになる。ロドリゲスも触れているし、エリック・シュローサー(Eric Schlosser)の『Command and Control2でも詳しく取り上げられているが、ノースカロライナ州で起きた核爆弾落下事故をはじめとして(思いがけないアクシデントが原因で)核戦争一歩手前までいったケース3というのはギョッとするほど多いのだ。

60%に50%。クレイジーで馬鹿げてるとは思わない。クレイジーな高さだとは思うけどね。最後にロドリゲスによるまとめを引用しておこう。

歴史上の証拠(事実)に専門家の見解、そして超予測者による見積もり。これらすべてをひっくるめることにより、核戦争がどのくらいの確率で起きそうかを大まかに推定するとっかかりを得ることができる。ただし、一つひとつの推定結果を過度に重視しないように注意すべきだろう。というのも、確率を推定するための素材として利用されたデータはどれもそれぞれに重大な欠点を抱えているからである。とは言え、一定の限界は抱えつつも、これまでの議論を踏まえると次のように考えてもよさそうだ。1年間のうちに核戦争が起こる確率はおよそ1.17%であり、1年間のうちに米露間で核戦争が勃発する確率はおよそ0.39%と見積もられる。

  1. 訳注;「超予測者」についての詳細は次の本を参照されたい。 ●フィリップ・E・テトロック &ダン・ガードナー(著)/土方 奈美(訳)『超予測力――不確実な時代の先を読む10カ条 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)』 []
  2. 訳注;本書の概要については本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 ●アレックス・タバロック 「『覆面経済学者の逆襲』、『アメリカにおける財産の歴史』、『コマンド&コントロール』 ~お気に入りの3冊~」(2017年8月28日) []
  3. 訳注;この話題については本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 ●アレックス・タバロック 「事実は小説よりも奇なり ~行方不明の核爆弾~」(2017年8月26日) []

アレックス・タバロック 「恒等式の扱いにはご注意を」(2019年5月15日)

●Alex Tabarrok, “Identity Economics is Bad Economics”(Marginal Revolution, May 15, 2019)


アイデンティティ経済学は悪い経済学なり1・・・と言葉巧みに訴えるのは偉大なるニック・ロウ〔optical_frog氏による全訳はこちら〕。

数多いる動物(Animals)は肉食動物(Carnivores)か非肉食動物(Non-Carnivores)のいずれかに分類できる。すなわち、A = C + NC. ・・・であるからして、羊(NC)の群れが住まう島に数匹のオオカミ(C)を連れ込めばその島に棲息する動物(A)の総数は増えることになる。

「いや、そうとは限らない」と反論するのは容易い。オオカミが羊を襲っちゃう(食い殺しちゃう)かもしれないからね。でも、オオカミや羊の生態について詳しくない(オオカミが羊を食べるなんて知りもしない)御仁には「羊の群れが住まう島に数匹のオオカミを連れ込めばその島に棲息する動物の総数は増える」という議論は説得的に聞こえることだろう。しかし、だ。A = C + NC という式は我々の眼前に広がる「世界」について一切何も教えちゃくれないのだ。件の式は定義によって常に正しい(常に成り立つ)会計恒等式であり、眼前に広がる「世界」をいくつかの要素(部分)に切り分けるとこうなります・・・と報告しているだけに過ぎないのだ。それでもって「世界」をいくつかの要素(部分)に切り分けるやり方は無数にあり得るのだ。

無数にある中から二つほど例をば。

1. Y = C + I + G + X – M.2 ・・・であるからして、政府支出(G)が増えるとGDP(Y)は増える。

2. Y = C + S + T.3 ・・・であるからして、増税される(Tが高まる)とGDP(Y)は増える。

どっちの議論に違和感を覚える? 段違いで二番目の議論・・・でしょ? おそらく一番目の議論(政府支出が増えるとGDPは増える)はどこかで目にしたことがあるだろうけれど、二番目の議論(増税されるとGDPは増える)は初耳なんじゃない? しかしね、式に関する限りはどちらも正しいことに変わりはないのだ。だって会計恒等式だからね。でもね、式の後に続く〔右辺のいずれかの変数の値が高まるとそれに応じて左辺の値も高まると説く〕議論はどちらも同じくらい眉唾物なのだ。

ロウも指摘していることだが、恒等式は思考に枠をはめることになる。その枠が現実をうまく捉える助けになるかどうかを確かめるには恒等式を別のかたちに書き換えてみるべし。

  1. 訳注;「アイデンティティ」(“Identity”)には「恒等式」という意味もある。アイデンティティ経済学は悪い経済学なり=恒等式だけを頼りに何かを言おうとしても見当違いに陥りやすい、といった意味が込められているのであろう。こちらの「アイデンティティ経済学」を揶揄しているわけではないので誤解なきよう。 []
  2. 訳注;GDP=消費+投資+政府支出+輸出-輸入 []
  3. 訳注;GDP(総所得)=消費+貯蓄+税金 []

デビッド・ベックワース 「Fedは狙い通りの成果を上げている? ~『2%のインフレ目標』か、はたまた『1~2%のインフレ”回廊”目標』か~」(2015年12月14日)

●David Beckworth, “The Fed Gets What It Wants: A 1%-2% Inflation Target Corridor”(Macro Musings Blog, December 14, 2015)


利上げに向けて、遂に舵が切られようとしている。Fedがゼロ金利政策(ZIRP)に踏み出してからかれこれ7年が経過しているが、近日中にも短期金利(フェデラル・ファンド金利)の誘導目標が引き上げられる見込みとなっているのだ。エキサイティングな展開だとの意見もあるかもしれないが、どんな感想を抱くのであれ、是非とも心に留めておくべき大事なことがある。Fedによるこれまでの一つひとつの決定を背後で律してきた「原理」が急激に変わることはない、ということがそれだ。その「原理」に照らすと、Fedは、どんな場合であっても――ゼロ金利政策の舵取りをする場合であれ、量的緩和の舵取りをする場合であれ、フォワードガイダンスの舵取りをする場合であれ、財政政策のスタンスが変更される場合であれ、金融政策の正常化に乗り出す場合であれ――例外なく、PCEコアデフレーターで測ったインフレ率を1~2%の範囲内(「回廊」の内側)に収めようと試みるに違いないことが示唆されるのだ。 [Read more…]

デビッド・ベックワース 「Fedによるインフレ目標の実態 ~上限値としての2%~」(2013年9月27日)/「ECBよ、お前もか」(2016年1月26日)

●David Beckworth, “At Least the Fed Has An Inflation Target, Right?”(Macro Musings Blog, September 27, 2013)


この度の危機が勃発してから早5年が経過しているわけだが、Fedは未だに名目GDP水準目標(NGDPLT)を採用するには至っていない。とは言え、この危機の最中に、Fedは正式にインフレ目標の採用に乗り出した。その点についてはちょっとした慰みになる・・・でしょ? 違う? 2012年1月にインフレ目標の採用を正式に決定した際に、FOMC(連邦公開市場委員会)は、2%のインフレ目標という新目標の達成に向けて、真剣に取り組むつもりであることを以下のようにアピールしている。

長期にわたるインフレーションを決定づける主たる要因は金融政策であり、それゆえ、FOMCは、インフレーションの長期的な目標(ゴール)を具体的に(数値で)特定する能力を備えていると言える。この度FOMCは、長期的に見て、PCE(個人消費支出物価指数)ベースで年率2%のインフレ率が、Fedに課せられた法的責務に最も合致するものである、との判断に至った。このように国民に対して、インフレーションの長期的な目標(ゴール)が明瞭なかたちで伝えられることにより、長期的なインフレ期待の安定化につながるものと思われる。長期的なインフレ期待が安定することになれば、物価や長期金利も安定するだけではなく、経済的な攪乱が発生した場合にFedが雇用の最大化を図る能力が強化されることにもなるだろう。

これまでに何度も語ってきたように、経済が大規模な供給ショックにしばしば襲われるような場合には、インフレ目標は問題含みの政策枠組みであると言える(この点については、こちらこちらを参照)。その一方で、総需要ショック(総需要不足)が原因で景気の低迷がもたらされるような場合には、中央銀行がインフレ目標の採用に動くというのは朗報であるはずだ。インフレ目標の正式な採用は――インフレ目標があくまでも暗黙的な目標にとどまっていた場合に比べると、一段と力強く――Fedの尻を叩く格好となるはずだし、上掲の引用箇所で約束されている数々の素晴らしい結果の達成に向けて、あらゆる行動に打って出るようFedに迫る圧力となるはずだ。

それでは早速ながらではあるが、Fedによるインフレ目標の実態がどうなっているか点検してみるとしよう。「コアPCEで測って2%のインフレ率」という基準(Fedが自ら課した基準)に照らして、これまでの結果(実際のインフレ率の推移)はどうなっているだろうか? [Read more…]