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タイラー・コーエン 「ネットに転がる経済学のフリー教材」(2014年2月11日)

●Tyler Cowen, “Free economics resources on-line”(Marginal Revolution, February 11, 2014)


オースティン・フラクト(Austin Frakt)のブログエントリーより。

無料で利用できる(ないしは廉価で手に入る)経済学の教材(ただし、良質でなきゃいけない)を探しているところだ。独学用としても使えそうな教材。これまでの調査の成果を以下に掲げておくが、すべてに細かく目を通したわけではないので質に関しては(「良質」と言えるかというと)保証はできない。個人的には(私の専門である)医療経済学の方面に特にこだわりがあるわけではなく、どちらかというとミクロとマクロの対比に興味がある(とは言え、そこまで強いこだわりがあるわけではない)。経済学であれば細かい分野は問わない。何かしらめぼしい教材を御存知であれば(あるいは以下に掲げる教材を実際に利用した経験がおありなようなら)ご意見を頂戴できたら幸いだ。

教科書についてもご意見をお聞かせ願いたい。新品で買うとかなり値が張る品もあるかもしれないが、そのあたりのことは気にせずに好きな教科書をお教え願いたい。中古だったり古い版であれば独学者でも買ってもいいと思える値段で手に入る場合もあるかもしれないしね。参考になるかどうかはわからないが、私がここ最近で一番じっくり読んだ教科書はコーエンとタバロックが共著で執筆している『Modern Principles』だ。ミクロ編には強い感銘を受けたし、マクロ編も楽しく読ませてもらった(コーエン&タバロック本に対する私なりの所見は例えばこちらのエントリーを参照してもらいたい)。サンテール(Rexford Santerre)&ノイン(Stephen Neun)の(医療経済学のテキストである)『Health Economics』も読んだばかり。少しばかり協力させてもらったということもあり、バイアス込みでお薦めしておくとしよう。

コメント欄を一時的に開けておくのでご意見をお寄せいただきたいと思う。

ウォルター・アントニオッティ(Walter Antoniotti)がこちらのページに経済学のフリー教材のリンクをまとめている。タバロックに相談したらプレストン・マカフィー(Preston McAfee)の(無料の)テキストをお薦めされた。

ダイアン・コイル 「『どこからはじめたらいい?』と悩む経済学初心者へのお薦め」(2013年8月22日)

●Diane Coyle, “Where to start learning about economics?”(The Enlightened Economist, August 22, 2013)


ツイッター経由(@alaninbelfastに感謝!)で知ったのだが、シテ科学産業博物館(@citedessciences)が経済学をテーマにした特別展(期間は1年間)を企画しているらしい。その絡みで「経済学について何も知らない初心者にもってこいの入門書はどれでしょう?」との質問が発せられている。

入門書の数は多い。あまりに多い。そのことを踏まえると、「一体どこからはじめたらいい?」というのは実にいい質問だと言えよう。個人的にはティム・ハーフォードの『The Undercover Economist』(邦訳『まっとうな経済学』)を強くお薦めする。この本ではミクロ経済学(個々人の選択や個々の企業の行動、個別の市場を対象とする分野)の分析道具を使ってごく日常の問題の解剖が試みられている。経済学嫌いだった我が(10代の)息子が読後に経済学者を志すきっかけとなった一冊ということも本書を推す大きな理由の一つ。ハーフォードの新作である『The Undercover Economist Strikes Back』ではマクロ経済学(一国全体の経済の動きを対象とする分野。GDPとかインフレーションとかいう話題が相手)がテーマとなっているが、私は未読。きっと素晴らしい出来に違いないとは思うが、マクロ経済学という分野はミクロ経済学に比べるといくらか発展途上なところがあるのよね。


『The Undercover Economist Strikes Back: How to Run or Ruin an Economy』

デイビッド・スミスの本はどれも説明が明快で読みやすい。彼の代表作の一つである『Free Lunch』の新版も出たみたいね。ジョン・ケイの本もお薦め。彼の本では市場やビジネスに深く切り込まれているが、まずは『The Truth About Markets』(邦訳『市場の真実-「見えざる手」の謎を解く』)とか『Everlasting Lightbulbs』あたりから手を付けるといいだろう。ジョージ・バックリー&スミート・デサイの二人の手になる『What You Need to Know About Economics』も個人的に大好きな一冊だ。拙著で恐縮だが、『The Soulful Science』(邦訳『ソウルフルな経済学』)もお薦めせねばなるまい。本書では経済学の最先端の動向――行動経済学をはじめとしたエキサイティングな新展開――について詳しく扱われている。経済思想史の分野の古典と言えばハイルブローナーの『The Worldly Philosophers』(邦訳『入門経済思想史:世俗の思想家たち』)だが、一般読者や初心者が経済思想史を学ぶのであれば今でもやはり本書から入るのがベストなようだ。


『The Soulful Science: What Economists Really Do and Why It Matters (Revised Edition)』

tutor2u社のジェフ・ライリーが作成している経済学方面の推薦図書リストはこちら。入門レベルの本だったり最近出たばかりだったり読みやすい本だったりが多数列挙されている。学生や初心者は得るところがあるだろう。

経済学初心者にどんな本がお薦めされているかネットで調べてみた範囲では、私のこれまでの紹介とかなり被るようだ。例えば、キングスミード・スクールがA/ASレベル課程で学ぶ学生向けに用意しているこちらの推薦図書リスト(pdf)なんかがそう。ただし、このリストでは経済学への関心が相当強い(大学への進学を目指す)学生向けに代表的な教科書もあわせて紹介されている1。最後になるが、経済学を学ぶ上で大いに役立つネット教材(本じゃないけれど)も紹介しておこう。MRUniversityがそれだ。素晴らしい教材がたくさん揃っている。

  1. 訳注;どうやら内容が見直されたようでリストの最新版では教科書の紹介はなされていない。 []

ダイアン・コイル 「若き経済学徒へのアドバイス」(2013年3月8日)

●Diane Coyle, “Advice to young economists”(The Enlightened Economist, March 8, 2013)


本日は(オックスフォード近辺に位置する)ゴスフォード・ヒル・スクールのシックスフォーム課程で(大学への進学を目指して)勉学に励む学生を相手に講演を行ってきた。講演のタイトルは「経済学者になろうとは思いもよらなかった」(ロバート・ペストン氏が企画した見上げたプロジェクト(Speakers for Schools)の一環としてお呼ばれしたのである)。

将来の職業選択に思いを馳せる若者が相手ということで私のこれまでのキャリアを振り返ることに主眼を置かせてもらい、私の家族が歩んだ歴史と1935年――私の父親が働き出した年。当時の父親の年齢は14歳――から現在までの間にイギリス経済に生じた構造変化とを絡めるかたちで経済学者という職業の内実について語らせてもらった。以下の写真は私の父親が一番初めに就職した工場で撮影されたもの。前列の一番右端に映っているのが私の父親だ。兵役で一時職場を離れることはあったものの、職業人生の大半をこの工場で過ごした。1970年代後半に工場が閉鎖された関係で職を失うことになったが、その後は運良く検針員の職にありつけたのだった。

学生諸君は非常に礼儀正しくていい質問をたくさんしてくれた。その中の質問の一つが「大学で経済学を学びたいと考えているのですが、何かお薦めの本はありますか?」というもの。即興で以下の本(と動画)を薦めておいた。ティム・ハーフォードの『The Undercover Economist』(邦訳『まっとうな経済学』)(我が長男が経済学者を志すきっかけとなった一冊)。『まっとうな経済学』に限らずハーフォードの本なら何でもいい。「ケインズ vs ハイエク」のラップ対決動画。トーマス・シェリングの『Micromotives and Macrobehavior』(邦訳『ミクロ動機とマクロ行動』)。ハジュン・チャンの『23 Things They Don’t Tell You About Capitalism』(邦訳『世界経済を破綻させる23の嘘』)。デイビッド・スミスの本なら何でも(例えば、最新著の『Free Lunch』)。あの場では言い忘れてしまったのだが、アリエル・ルービンシュタインの『Economic Fables』(邦訳『ルービンシュタイン ゲーム理論の力』)も遅ればせながら付け加えさせてもらうとしよう。その他にも薦めておいたらよかったという本はたくさんあることだろう。ただし、私なら『Freakonomics』(邦訳『ヤバい経済学』)はその中には入れないだろう。個人的に受け狙いが過ぎるように感じるものでね。

ダイアン・コイル 「私がまだ経済学者の卵だったあの頃」(2010年12月5日)

●Diane Coyle, “When We Were Very Young”(The Enlightened Economist, December 5, 2010)


「我が息子――大学で哲学、政治、経済学を学ぶ20歳の学生――にお薦めの本はないだろうか?」と問いかけたのは数日前のこと〔拙訳はこちら〕だが(コメント欄に寄せられた回答はこちら)、そのように問いかけるのに伴って私が息子と同じ年頃の時はどんな本を読んでいたろうかとふと昔を振り返ってみたりもしたものだ。息子と同じく(オックスフォード大学の)PPE(哲学&政治&経済学)コースで学んでいた私が(息子と同じ)大学2年次に読んだ本の一部を抜粋すると以下のようになる。西暦でいうと1979~80年のことだ。

上に掲げた本の大半は大学の講義で渡されたリーディングリストに載っていたものだ。そのリストには本の一部の章であったり学術誌に掲載されている論文なんかも名を連ねている。こうして振り返ってみると、色んなジャンルがごちゃごちゃと入り混じっている感は否めないね。当時は推理小説(探偵小説)を大量に読み漁ったことも付け加えておこう。

リーディングリストつながりで毎年恒例の「今年のベスト本」もついでに紹介しておくとしよう。エコノミスト誌が選出した「今年(2010年度)のベスト本」の一覧はこちら、私が選んだ「今年(2010年度)のベスト本」の一覧はこちら

ダイアン・コイル 「物知りな経済学者の卵にお薦めの本」(2010年12月3日)

●Diane Coyle, “The Well-Read Young Economist”(The Enlightened Economist, December 3, 2010)


我が長男が(イギリスで大学進学希望者が学ぶ教育課程である)シックスフォーム課程で勉学に励んでいた時のことだ。ディナーパーティーや退屈な会議の合間に友人や知り合いと一緒に戯れようと(息子の役にも立つ)ちょっとしたゲームを考案したことがある。物知りな若者にお薦めの本を銘々挙げていくというのがそれだ。ジャンルは問わない。フィクションでも古典でもノンフィクションでも何でもいい。読んで楽しい本。一読の価値ありと思うのであれば冗長な内容であっても構わない。制約は一切なし。ゲームの評判はというと上々だったようだ。会議に出席していた数名の知り合いから理想的なリーディングリストを拵えるのがあまりにも楽しくて会議に集中できなかったと伝えられたほどだったのだ。

我が長男だが、今現在は大学2年生。大学では政治と哲学と経済学を学んでいる最中。中でも経済学に惹かれている模様。というわけで、先のゲームの内容をほんの少しだけ変えて今回はネット民の力を借りることにしようと思う。ちなみに、我が長男は一般向けの経済学書の類が大好き。とりわけ、ティム・ハーフォードの『The Undercover Economist』(邦訳『まっとうな経済学』)のファンだ。そんなわけで(長男が既に読了済みの可能性が高い)一般向けの経済学書は除外することにして、経済学者を志す若者にお薦めの本を挙げよと問われたらどう答えるだろうか?

なかなかの難問だ。というのも、現代経済学のコア(核心)の多くを知るには学術誌に掲載されている論文を紐解く必要があるし、経済学者というのは文才のある学究とは言えないからだ。だがしかし、「読みやすさ」と「経済学のコアとはいかなるものかを窺い知れる」という条件はどうしても外せない。かような条件を満たす本の中から私なりに思い付くお薦めを挙げると以下のようになるだろうか。

上のリストは今朝方ふと頭をよぎった思い付きをまとめたに過ぎない。他にも候補はたくさんあるに違いない・・・でしょ?

ダイアン・コイル 「大学入学を控えた我が子にお薦めの経済学本 ~経済学素人から経済学狂へ~」(2009年8月20日)

●Diane Coyle, “Pre-university reading lists”(The Enlightened Economist, August 20, 2009)


本日はイギリスのAレベル課程で学ぶ高校生諸君(我が息子もそのうちの一人)が希望する大学に入学できるかどうか(入学資格を得られるかどうか)の判定が下された一日だった。我が息子(天才坊や)はというと、まんまとやりおおせたようだ。希望する進学先であるジーザス・カレッジ(オックスフォード大学)のチューターの先生から少し前にリーディングリストを渡されていたのだが、早速そのリストの点検を始める興奮ぶりときている。

息子が渡されたリストの経済学の項目に目をやると、ベッグ&フィッシャー&ドーンブッシュの教科書が一番先頭を飾っている。他には数学(経済数学)の教科書が二冊。アンソーニ&ビッグスの『Mathematics for Economics and Finance』にイアン・ジャックスの『Mathematics for Economics and Business』。経済学を幅広い視野から学ぶための読み物としてウィリアム・バーバーの『History of Economic Thought』(邦訳『経済思想史入門』)とクリス・ヒューンの『Real World Economics』も名を連ねている。

大学で経済学を学ぶ前準備にもってこいの本。そんな本が私の蔵書の中なり我が家の外なりに見つかるだろうか? そんな疑問が頭をよぎる。ちなみに、我が息子はティム・ハーフォードの『Undercover Economist』(邦訳『まっとうな経済学』)は読み終えている。もちろん『Freakonomics』(邦訳『ヤバい経済学』)もだ(拙著の『Sex, Drugs and Economics』や『The Soulful Science』(邦訳『ソウルフルな経済学』)はどうかというと、鼻であしらわれる始末)。バーバー本の代わりに(ハイルブローナーの)『The Worldy Philosophers』(邦訳『入門経済思想史:世俗の思想家たち』)という手も悪くなかろうね。

私が30ウン年前にオックスフォード大学に入学する前に渡されたリーディングリストにはロイ・ハロッドの手になるケインズの伝記(邦訳『ケインズ伝』)が名を連ねていたと記憶している。今やスキデルスキーのケインズ伝に取って代わられた感があるが、残念ながら我が家にあるスキデルスキーのケインズ伝は3巻本のバージョンときている。18歳児には近寄りがたい代物間違い無しだ。しかしながら、スキデルスキーのケインズ伝は1冊にまとめられたバージョンもある。そっちなら悪くないだろう。多くの学者の間で味気ない文章が幅を利かせている昨今だが、そんな風潮に流されないための予防接種的な意味でケインズの手になるエッセイもいくつかリストに加えたいところ。例えば『Essays in Persuasion』(邦訳『説得論集』)とか。

やり過ぎは禁物。・・・ではあるが、高校で経済学を学んでこなかった経済学素人(である我が息子)を経済学狂に変えるにはどんな本を薦めたらいいだろうか? 何かいい本ある?

フランシス・ウーリー 「聖金曜日に考えたこと」(2011年4月22日)

●Frances Woolley, “Musings on Good Friday”(Worthwhile Canadian Initiative, April 22, 2011)


本日は聖金曜日。キリスト教の慣わしである四旬節(レント)〔日本語版のウィキペディアはこちら〕――断食ないしは償いに励む期間――の最終日だ。かつてのヨーロッパでは、四旬節の間は畜産物を口にしないのがしきたりとなっていた。

四旬節の最中に口にされずにいる畜産物はイースター(復活祭)に食される代表的な料理(食べ物)の素材となる。四旬節の最終日である本日はホットクロスバン――スパイシーでフルーティーで甘いパン――を食卓に準備して祝うことになる。その一方で、四旬節が始まる前にはパンケーキが食卓に用意されて祝われたことだろう。ホットクロスバンにしてもパンケーキにしてもまったく同じ機能を果たしている。四旬節の間は口にできないあれやこれ――バターや卵、ミルクなど――を使い切るという機能を果たしているのだ(「マルディグラ」――謝肉の火曜日――の起源は四旬節に入る前の火曜日に肉類が食べ尽くされてしまっていたことに求められる)。

晩冬から早春にかけての時期に断食期間を設けるというのは名案と言えるかもしれない。その理由を説明するのは容易い。四旬節の最中に卵を食べずに我慢することでイースターにはチキンが食べられるようになる。断食=強制的な貯蓄(ないしは投資)の一種というわけだ。食材が不足しがちな時期に断食を促す社会規範というのはトウモロコシの種なり種芋なりであったりに手を付けさせないようにする機能を果たしていると言えるのかもしれない。

個人的な話になるが、今年の四旬節は何かを食べずに我慢するということがなかった。聖木曜日〔日本語版のウィキペディアはこちら〕――施しが与えられる日――も気付いたらいつの間にか過ぎ去っていたものだ。

物質的な豊かさに囲まれているというのは素晴らしいことだ。飢えを耐え忍ぶ必要がないというのは素晴らしいことなのだ。

しかしながら、ふと疑問に思うこともある。40日間にわたる緊縮生活(質素な日々)を乗り切った暁に食するホットクロスバンというのはどんな味わいがするのだろう? 四旬節に食事を節制するという慣わしから足を洗った現代人は空腹の末に口にするホットクロスバンの味の他に何を失ってしまったのだろう? そんな疑問が頭をよぎるのだ。

ブラッド・デロング 「カード、クルーガー、アッシェンフェルター」(2018年9月17日)

●Brad DeLong, “Equitable Growth in Conversation: An interview with David Card and Alan Krueger: Hoisted from the Archives”(DeLong’s Grasping Reality, September 17, 2018)


2016年にEquitable Growthブログに掲載されたインタビュー(Equitable Growth in Conversation: An Interview)の一部を再掲するとしよう。インタビューに応じているのはデイビッド・カード(David Card)とアラン・クルーガー(Alan Krueger)の二人。聞き手はベン・ジッペラー(Ben Zipperer)。

ジッペラー:インタビューのはじめのところでオーリー・アッシェンフェルター(Orley Ashenfelter)の名前が何度も話題に出てきたように記憶しています。あなた方の個人的な研究であったりあるいは労働経済学という分野全体に対するアッシェンフェルターの影響についてお話いただけないでしょうか?

カード:ええと、そうですね。オーリーには博論を書くにあたって指導教官を務めてもらいましたし、そもそもプリンストン大学の大学院に進学しようと決断した理由も彼がプリンストン大学で教えていたからでした。そういうわけで私個人に関してはオーリーからかなり強い影響を受けていますね。ついでながらですが、学部生の頃に講義を通じて特に影響を受けた教授が二人いるのですが、両名ともにオーリーの教え子だったんですよ。

そんなわけでオーリーとのつながりはかなり昔まで遡ることになります。オーリーとは長年にわたって(共同研究者として)一緒に論文もたくさん書いてきましたし、力を合わせて数多くの学生の指導にもあたってきました。話は私だけに限りません。ジョー・アルトンジ(Joe Altonji)だとかジョン・アボード(John Abowd)だとかといった私と同世代のその他の労働経済学者の面々もオーリーから強く影響を受けていると思います。

「可能なようなら実験を試みよ」、「可能なようなら自力で独自のデータを集めよ」、「可能なようなら自腹を切れ」。オーリーは出会った当初からずっと口を酸っぱくしてそう強く訴えていたものです。確かアラン(クルーガー)はある年の夏にオーリーと一緒に(オハイオ州の)ツインズバーグの「双子祭り」に出かけたんじゃなかったっけ? 双子に関するデータを集めるために。

クルーガー:ある年だって? 一回だけじゃないよ。ツインズバーグには4年連続で出かけたんだ。学生も連れてね。1ダースもの数の学生を引き連れていったんだよ(笑)。

あの時のオーリーは古風な面影が前面に出ちゃってましたね。夕食を食べるレストランを選んだりとか誰かとおしゃべりするのにはたっぷり時間を割くくせに、データ集めにはそこまで時間を割かなかったんですよ。

私は学部生の頃にオーリーの論文を読んでましたね。就職先としてプリンストン大学に惹かれるに至った大なる部分はオーリーがいたからというところにありました。そんなわけでいざプリンストンにやって来るとデイビッド(カード)というおまけが待ち構えていました。十年におよぶ濃密な共同研究に立ち向かうことになる仲間と遭遇したわけです。

プリンストン大学の労使関係局における研究環境の雰囲気を形作ったのはオーリー周辺の面々だったと思います。オーリーはボブ・スミス(コーネル大学)と一緒になって最低賃金に関する研究に取り組んでいましたが、その研究では最低賃金法が遵守されているかどうか、最低賃金法を遵守していない(法律に違反して最低賃金を下回る賃金を支払っている)企業はどのくらいの数に上るかといった話題がテーマとなっていました。最低賃金の(改定の)効果を探るつもりなら、現行の最低賃金と同額の賃金を得ている働き手なり雇い主が最低賃金法を遵守している事業所なりに着目せよ。オーリー&ボブの二人の研究はそのような考えを根付かせるきっかけになりました。

オーリーは全米最低賃金研究委員会(National Minimum Wage Study Commission)による研究を深く疑っていました。オーリーが「あそこは全米低級研究委員会(National Minimum Study Commission)だ」なんて口にしているのを時折耳にしたものです。

カード:低級研究賃金委員会(Minimum Study Wage Commission)ね。

クルーガー:低級研究賃金委員会か(笑)。

カード:この件については僕の名前を引用してくれてもいいよ。

クルーガー:オーリーひとりに押し付けることにしようよ(笑)。それはともかく、オーリーがよく好んで語る話があります。鮮明に覚えている話なんですが、確かオーリーが労働省で働いていた時に複数のレストラン経営者と話をする機会があったそうです。その時に「我々の業界が抱えている問題があります」と言われたそうです。最低賃金の水準があまりにも低すぎて人手が足りない(働き手が十分に集まらない)というのです。

「賃金の水準は市場で決まってくる。市場で決まる賃金を払えば働き手を必要なだけ集めることができる。もしも人手が足りない(働き手が十分に集まらない)ようなら賃金を上げればいい」。レストランの経営者たちが語った先の話はかような通説的な見解とは食い違っています。この問題との絡みでオーリーはアダム・スミスの『国富論』の中のかの有名な文章を気に入っている様子でした。雇い主の面々が一堂に会する機会を持つことは滅多にない。ただし、労働者の賃金を低く抑えることが主題となる場合は別。雇い主の面々は暗黙かつ不断の団結を通じて労働者の賃金を低く抑え込もうとしている・・・とかいうあの文章ですね1。研究の結果が通説に逆らうようなものであったとしても受け入れてもらえるような雰囲気が作られたのはオーリー周辺の面々のおかげだったと思いますね。

低賃金労働者に対する労働需要曲線は右下がりであり、それゆえ最低賃金の水準が引き上げられようものなら低賃金労働者の雇用量は減る。そこまで大幅に減りはしないが、通説から予想される如くともかく減る。・・・なんてことを(私が院生として学んだハーバード大学に籍を置いていた学者で)異端派の経済学者という面をいくらか持っていたリチャード・フリーマン(Richard Freeman)でさえも唱えていたものです。プリンストンにやって来る前の私はそのような論が幅を利かせている環境の中で学んでいたんです。

  1. 訳注;「職人の団結ということはよく耳にするけれども、親方の団結については滅多に聞かない、といわれている。だが、そうであるからといって、親方たちは滅多に団結しないなどと考える人があれば、その人はこの問題に無知なのはもちろん、世間知らずというものである。親方たちは、いつどこにあっても、一種暗黙の、しかし不断の、統一的な団結をむすんで、労働の賃銀を現在の率以上に高くしないようにしている。この団結をやぶることは、どこでも、最も不評な行動の一つであって、親方にとっては近隣や同輩のあいだで一種の不名誉となるのである。たしかにわれわれは、こういう団結については滅多に耳にしないが、そのわけは、だれも耳にすることがないほど、それがものごとの通常の状態、いうなれば自然の状態だからである。親方たちは、ときとして労働の賃銀をこの現在の率以下にさえ引き下げようとして特定の団結をむすぶことがある。こうした団結は、その実行の瞬間まで極度の沈黙と秘密のうちにことが運ばれるのが普通である。」(アダム・スミス 著/大河内一男 監訳『国富論 Ⅰ』, 中公文庫, pp. 114) []

タイラー・コーエン 「大学院時代の思い出 ~マイルズ・キンボールはじめその他大勢の同窓と過ごしたハーバード大学の博士課程での日々を振り返る~」(2012年7月10日)/「アラン・クルーガーよ、安らかなれ」(2019年3月18日)

●Tyler Cowen, “Reminiscences of Miles Kimball, and others”(Marginal Revolution, July 10, 2012)


マイルズ(キンボール)は私と時を同じくしてハーバード大学の博士課程に進学した同窓の一人だ。同窓の院生の中で経済理論への理解の面で誰よりもキレキレだったのはマイルズとアビジット・バナジー(Abhijit Banerjee)の二人。彼らを相手に講義で何かを教えるというのはとんでもない恐怖だったに違いない。二人ともこの上なく紳士的な人物ではあったが、講義の最中に黒板の上に書き付けられる説明だったり論文の中の記述だったりに間違いや曖昧なところがあれば二人によってツッコミが入れられること間違いなしだったものだ。マクロ経済学の最終試験でのこと。アビジットが問題の一つを解いていると教授陣が用意しているであろう模範解答は間違いであることに気付き、そのことを指摘。自力で正しい解を導き出すだけではなく、その他にも答え(解となる均衡)が複数あり得ることまで発見。そこまでやって試験の残り時間はまだたっぷり・・・なんて出来事もあったものだ。スティーヴン・カプラン(Steven Kaplan)も同窓の一人。今では実証家(実証研究を専門とする学者)として知られている彼だが、院生時代には理論家として秀でた才能を示していた。マイルズ、アビジット、スティーヴンの三人が仲間内での理論談義の多くで主役を務めていたものだ。物静かな性格ということもあって理論談義にはあまり口を出さなかったものの、マティアス・ドュワトリポン(Mathias Dewatripont)も理論をお手の物としていた一人だった。二年上の先輩にはアラン・クルーガー(Alan Krueger)がいたが、数ある実証論文の中から一体どれが重要なものかを見抜くピカイチの鑑識眼を備えているだけではなく、実証研究のイロハに精通してもいる人物との評判を勝ち得ていたものだ。アランはラリー・サマーズ(Larry Summers)から多くを学んだようだ。ヌリエル・ルビーニ(Nouriel Roubini)も同窓の一人。何もかも知り尽くしているかのようなオーラを放っていていささかお疲れ気味なように見えることも時にあったが、概して物静かだったという印象だ。 [Read more…]

ジャネット・イエレン 「中央銀行のコミュニケーション戦略における革命と進化」(2012年11月13日)

●Janet L. Yellen, “Revolution and Evolution in Central Bank Communications”(Speech at the Haas School of Business, University of California, Berkeley, Berkeley, California, November 13, 2012)


ご紹介いただきありがとうございます。こちらのハース・ビジネススクールは私がキャリアの多くの時間を過ごした故郷だと胸を張って呼べる場所ですが、その故郷にこうして再び戻ってくることができて嬉しく思います。講演の手筈を整えてくださいましたディーン・ライオンズ(Dean Lyons)氏にも感謝したいと思います1

本日の講演のテーマを一言でまとめると、中央銀行のコミュニケーション戦略における近時の革命と今なお続くその進化ということになります。皆さんもご存知のように、現在私たちはコミュニケーションの分野を舞台とした革命的な進歩の時代の真っ只中に生きています。本日の講演でこの場にいる皆さんの興味を引く発言が少しでも飛び出すようなら、私がこの壇上を後にするよりも前にその発言はネット上に投稿され、あるいはtwitter(ツイッター)でつぶやかれ、あるいはブログで論評の対象になるかもしれません。そういった現実を踏まえると、Fedもまたコミュニケーションのあり方をめぐってこれまで以上に工夫を凝らそうと努力していると聞いても何の驚きも感じられないかもしれません。

しかしながら、中央銀行のコミュニケーション戦略における革命はテクノロジーの進歩によって引き起こされたわけではありません。その原動力は金融政策の効果をできるだけ高めるための手法をめぐる理解の進歩(知識の深まり)に求められます。明確なコミュニケーションはそれ自体として金融政策の効果と信頼性の向上に貢献する貴重なツールだということがこれまでに積み重ねられた数多くの研究と長年の経験を通じて明らかになってきているのです。それだけではありません。このたびの金融危機の勃発に伴って私たちは数多くの難題を背負い込むことになりましたが、そのような状況に追い込まれた結果として明確なコミュニケーションの重要性がこれまでになく高まることになったという事情もあります。本日の講演ではまずはじめに「中央銀行の透明性」をめぐるこれまでの議論の軌跡を振り返り、その論調に生じた革命的な変化について論じることにします。そしてそれに次いで金融危機によって引き起こされた異例の事態にFedがどう対応したかを取り上げることにします。Fedのこれまでの対応を振り返りながら、コミュニケーション戦略の分野で極めて重要な前進が見られた事実を明らかにしたいと思います。コミュニケーション戦略の分野でこれまでに勝ち取られた大きな成果が現状の厳しい状況が過ぎ去った後もなお手放されることなくずっと先の未来まで受け継がれていってほしいというのが私の願いですが、前回(2012年9月)のFOMCの決定もその願いに沿うものだと言えます。以下でその内容について簡単に触れておくことにしましょう。 [Read more…]

  1. 原注1;今回の講演を準備するにあたり、FRBのスタッフであるJon FaustとThomas Laubach、そしてJohn Maggsより貴重なサポートを頂戴しました。 []