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タイラー・コーエン 「右派、左派、自己責任 ~憎きあいつらの地位が高まるのを許してなるものか~」(2008年7月26日)

●Tyler Cowen, “Move on — this isn’t true here”(Marginal Revolution, July 26, 2008)


一部の人―――決して全員じゃないよ――の政治的な行動を説明する素朴なモデルを思い付いたのでその概要を述べさせていただくとしよう。政治的なイデオロギーの背後には特定の集団の(社会内での)地位が高まるのを許してなるものかという無意識の衝動が時として控えているように思われるのだ。

まずはいわゆる「右派(右翼)」の側から取り上げるとしよう。右派の中には「不平屋」(のように我が目に映る)連中が気に食わないという人がいる。「不平屋」の地位が上がるなんてことはどうしたって許せない。そのため、「不平屋」の口から不平不満が吐かれるたびに反論しなければ気が済まず、「不平屋」が不平不満の根拠として挙げる事由の一切合財を論破しようと躍起になる。

不平屋が「景気が悪くて云々かんぬん」と愚痴をこぼすと、「いや、景気は絶好調だ」とか「景気はそのうちすぐに良くなる」と反論する。不平屋が「公的な給付金の額を増やして欲しい」と(泣き言を漏らす弱者を代弁して)訴えると、「予算を切り詰めて行政のスリム化を図らなきゃいけない」との反論が(右派陣営から)返ってくる。「景気は好調」との前言は一時的に引っ込められて、「財政規律」の必要性を説く声が前面に出てくることになる。

翻っていわゆる「左派(左翼)」の側はどうだろうか。左派の中には一種の「能力主義」に入れ込んでいる人がいる。資本主義社会で「お金」が幅を利かせているのは不公平極まりないと感じており、「お金持ち」(富裕層)の地位が上がるなんてこと――とりわけ、頭が良くて徳のある人たちよりも地位が上になるなんてこと――はどうしたって許せない。そのため、「お金持ち」の望みがそれほど強く反映されない「原則」の擁護に力を尽くすことが重要になってくる。そのような原則のうちで当今流行なのが「平等主義」だが、世界中の(海外に暮らす)最貧困層の生活水準を引き上げることよりもアメリカ国内の「お金持ち」の暮らしをその他の同胞のそれに近づけることに注目が寄せられがちな傾向にある。

幸福度研究によるとお金で買える幸福の量には限度がある(年収が増えると幸福度も高まる傾向にあるが、年収がある一定水準を超えると幸福度は上昇しなくなる)らしい。そのような研究結果が報告されると左派の間で一気に取り沙汰されることになる。「『お金持ち』は実はそんなに幸せじゃないんだ」というわけでお金持ちの降格(地位の下落)につながるわけだ。保守派(右派)に属する人々は幸福度が比較的高い。多くの再分配政策は受益者の幸福度をそれほど高めない。そんなことを示す研究結果(幸福度が上昇しなくなる年収額はかなり低いことを示す研究結果もある)が報告されると左派の間で幸福度研究の話題は一転して口にされなくなる。さらには、「格差」であれば何もかもが左派の批判の対象となるわけではない。お金持ちの地位の向上につながらないような「格差」――例えば、外見(美貌)だとか10代での性交渉体験だとかといった面での格差――であれば左派からの強い批判に晒されることはない。

右派の一部から「自己責任」という価値観が強調されるのはどんな時かというと、「不平屋」の地位の引き下げに利用できる時だ(「自業自得なのにどうして不満を訴えるんだい?」)。翻って左派の一部から「自己責任」という価値観が強調されるのはどんな時かというと、不祥事を起こした大企業(の経営陣)への罰を求めるなどして「お金持ち」の地位の引き下げに利用できる時だ。「自己責任」なる価値観については誰もが首尾一貫しているかというと、そうはなっていないのだ1

これまでの話の流れからすると、右派は「お金持ち」の仲間と見なされる一方で――実際のところは左派の方が金持ちだとしてもだ――、左派は「不平屋」の仲間と見なされる――実際のところは右派の方が文句を言ってばかりだとしてもだ――ことだろう。右派も左派もどっちも金を持ってるじゃないか。どっちも「学のある不平屋」じゃないか。そんな意見もあることだろう。ミャンマーでお米を作っている農家と比べたら、どっちも似た者同士に見えてくることだろう。

かような罠にすっぽりと嵌り込んでいる面々にとっては(右派かあるいは左派の)どちらの「(学のある)不平屋」により嫌悪感を抱くかを見極めることにすべてがかかっている。どちらの味方につくかを一旦決めてしまえば、その選択が果たして賢かったかどうかは時とともに徐々に明らかになってくることだろう。

皆がみんなかような無意識の衝動に駆られているわけではないというのは幸運なことだ。とは言え、仮にかような衝動の持ち主が増えたとしてもそのことについてブーブー言う(不満を漏らす)つもりはないけどね。

  1. 訳注;自分の都合に合わせて「自己責任」論を持ち出す、という意味。 []

マーク・ソーマ 「あれから四半世紀 ~25周年を迎えたローマーモデル~」(2015年10月3日)

●Mark Thoma, “‘The Romer Model Turns 25’”(Economist’s View, October 03, 2015)


ジョシュア・ガンズ(Joshua Gans)のブログより1

The Romer Model turns 25”:

Endogenous Technological Change”(「内生的な技術変化」)と題されたポール・ローマーの論文がJPE誌(ジャーナル・オブ・ポリティカル・エコノミー誌)に掲載されたのは25年前の今月(1990年10月)のことだ。引用回数は2万回を超えており、経済学の論文の中でも過去25年の間で最も影響力のある論文の一つとなっている。技術変化(生産性の上昇)というのは天から降ってくるようなもの(外生的な変化)なんかではなく、新たな知識の創造(新しいアイデアの発見)に向けて資源が割り振られることを通じて引き起こされる。そのことを知識の創造に向けた資源の割り振り(配分)に影響を及ぼすインセンティブ構造を詳らかにした上で曖昧なところを残さないかたちでモデル化したのがローマーの1990年論文。論文の内容を手短に要約するとそうなるだろう。同様の試みは過去にもあったし――そのあたりのあらましは2006年に出版されたデビッド・ウォーシュの傑作を参照されたい――、ローマーと時を同じくして対抗馬となるモデルを作り上げた面々(アギオン、ホーウィット、グロスマン、ヘルプマン、アセモグル、ワイツマンなど)もいた。しかしながら、経済学者の尻に火をつけて長期的な経済成長の再調査――その再調査は十年単位に及ぶ息の長い取り組みとなったが、学生時代の私もその流れに乗らせてもらったものだ――に向かわせる起爆剤となったのはローマーのモデルだったのだ。

内生的成長理論の分野におけるモデルの開発は今も続けられているが、そのような最近の試みに対してローマーが批評を加えていることについてはしばらく前に取り上げた。ローマーの標的となっているのはロバート・ルーカスらによって練り上げられている一連のモデルだ。ルーカスらのモデルではローマーの1990年論文によって代表される従来の内生的成長モデルとは異なった想定が置かれている。ローマーらのモデルでは「不完全競争」が想定されている一方で、ルーカスらのモデルでは「完全競争」が想定されているのだ。この話題を蒸し返すのはやめておくが、一言だけ述べておきたいことがある。(1990年の論文で産声を上げた)「ローマーモデル」は断じて数学的ではないというのがそれだ。ローマーの1990年論文は言うまでもなく理論研究に属するものではあるが、どの数式についてもどの前提についてもその根拠が注意深く検討されている。数式による説明と同じくらい言葉による説明にスペースが割かれている。モデルはどのように振る舞うか? モデルがこのように振る舞うのはなぜか? かような結論が導かれるのはなぜか? 「ローマーモデル」はそのあたりのことがすっきりと了解できる仕様になっているのだ。

この後に「ローマーモデル」の詳細な解説が続くが、その後にガンズは次のように問いかけている。

内生的成長理論の研究が一時に比べて下火になったのはなぜなのだろうか?

締めの言葉は以下の通り。

まとめるとしよう。「ローマーモデル」は経済成長の研究を大きく前進させる節目となった偉業である。経済理論上のモデルとしてうっとりするほどの美しさを備えた作品である。しかしながら、やるべきことはまだ残っている。新たな知識(アイデア)が次々と積み重なるようにして経済成長がもたらされるように、経済成長の研究の世界でも知識の累積的なプロセスが働いてゆくゆくは残された課題が解決に向かうことを願ってやまない。

  1. 訳注;ちなみに、ガンズに触発されるかたちでローマー本人も自身のブログで1990年の論文を回顧している(計7回にわたるシリーズ物;巻頭を飾るエントリーはこちら)。 []

タイラー・コーエン 「『Knowledge and the Wealth of Nations』 ~経済学者の生態を知るのに格好の一冊~」(2006年5月8日)

●Tyler Cowen, “Knowledge and the Wealth of Nations”(Marginal Revolution, May 8, 2006)


ビル・ゲイツは(ハーバード大学の)学部生時代にマイケル・スペンスの講義を受講している。難解と評判の上級ミクロ経済学の講義。「バンドワゴン効果」に独占的競争、ネットワークの経済学といったテーマが経済学者の間でホットな話題となりかけている。ゲイツがスペンスの講義を受講したのはそんな最中でのことだった。その講義にはゲイツの同級生で仲の良かったトランプ仲間のスティーブ・バルマーも出席しており、二人はテストで一位と二位を分け合うことになった。しかしながら、ゲイツは成績評価が出るまで待てなかった(成績評価が出る前に大学を中退した)のであった。

以上の文章はデビッド・ウォーシュ(David Warsh)の手になる『Knowledge and the Wealth of Nations』からの引用だが、本書はこれまでに読んだ中では今年(2006年)を代表する最高の一冊と言ってもいいかもしれない(2006年に出版された本の中では確かダニエル・ギルバートの『Stumbling on Happiness』(邦訳『明日の幸せを科学する』)も大のお気に入りだったはずだが、そのあたりの記憶が定かでないときている1)。

本書は一本の論文――内生的成長理論がテーマのポール・ローマーの1990年の論文――に焦点を合わせている・・・かのように見せかけて、成長理論の話題だけではなく経済学者をはじめとした知識人の生態や科学という営みの実態をも一冊の中に取り込むという離れ業をやってのけている力作だ。クルーグマンやマンキュー、ソロールーカスなんかが重要人物として登場する。勿論(ポール・)ローマーもだ。経済学を生業とする研究者の世界の内情を知るために何か一冊読んでみたいと思うのであれば、本書を手に取るべし。

ちなみにクルーグマンも本書を書評の対象に取り上げている2、その中で次のように述べている。

経済学を生業とする研究者の世界を本書ほど見事に描き出した例にはこれまで出くわしたことがない。その世界に生きるのは頭は切れるが時としてエキセントリックな(風変わりな)顔も覗かせる面々。(ニュース専門放送局の)CNBCで放映される番組で簡素なデザインのスーツを身にまとって経済問題を論じるコメンテーターとは似ても似つかない面々。そんな面々が生きる世界は格式ばらない雰囲気に包まれてはいるが、激しい出世競争が繰り広げられる世界でもある。

本書は経済学の専門家だけではなく初学者も楽しめる内容となっている。ウォーシュの調査は綿密を極めており、当の私なんかも本書の中にちょっぴり登場するほどだ。私にも登場する機会を与えてくれてウォーシュには感謝するばかりだ。本書は激しくお薦めの一冊だ。

  1. 訳注;ギルバートの件の本では人間の記憶の曖昧さも話題となっているが、そのあたりのことをもじったのであろう。 []
  2. 訳注;クルーグマンの書評の拙訳はこちら。 []

マーク・ソーマ 「『ピン工場』と『見えざる手』との相克 ~クルーグマンによる『Knowledge and the Wealth of Nations』の書評~」(2006年5月3日)

●Mark Thoma, “Krugman: Review of ‘Knowledge and the Wealth of Nations,’ by David Warsh”(Economist’s View, May 03, 2006)


ポール・クルーグマンがデビッド・ウォーシュの新刊(『Knowledge and the Wealth of Nations』)の書評を物している(ちなみに、ウォーシュの本では経済成長論における「規模に関する収穫逓増」の役割がテーマとなっている)。興味深い内容だ。

The Pin Factory Mystery, Review of ‘Knowledge and the Wealth of Nations,’ by David Warsh”, Review by Paul Krugman, Sunday Book Review, NY Times:

経済学のアイデアは現実世界を形作る上で大きな役割を果たす。かのジョン・メイナード・ケインズも語っているように、「いかなる知的影響からも自由だと信じ込んでいる実務家も今は亡き過去の経済学者の奴隷である(受け売りをしている)に過ぎないことが往々にしてあるのだ」。そうだとすると、経済学上の数々のアイデアがいかなる社会的な背景や人的なネットワークを通じて生み出されるに至ったかを詳らかにする一般向けの書籍がたくさんあってもよさそうなものだが、その数は不可解なほど少ない。ジェームズ・ワトソンの『二重螺旋』やジェームズ・グリックの『ファインマンさんの愉快な人生』(リチャード・ファインマンの伝記)の経済学版は長らく書かれぬままという有様なのだ。 

その溝を埋めるべくデビッド・ウォーシュが渾身の力を込めて上梓した労作が『Knowledge and the Wealth of Nations』だ。本書では1970年代後半から1980年代の後半にかけて経済学の世界に旋風を巻き起こした(ものの、一般世間ではほとんど気付かれていない)「知的革命」の顛末が物語られている。「その革命の重要性はいかほどのものだったのか?」という問題についてはまた後ほど触れるとしよう。最終的な到着地点についての評価は各人各様ではあろうが、ウォーシュが本書を通じてアダム・スミスの昔から現代までにわたる経済思想の世界――および経済学者の生き様――への実に魅力的な旅に読者を誘ってくれることだけは疑いない。・・・(略)・・・本書が抱える些細な欠陥をあげつらうのは後に回してまずは本書の美点に目を向けるとしよう。

1776年に経済理論の中心部に「大いなる矛盾」が埋め込まれることになった。1776年というのはアダム・スミスの『国富論』が出版された年にあたるが、ウォーシュの口から語られるのはその「大いなる矛盾」――ウォーシュ本人による表現では「『ピン工場』と『見えざる手』との相克」――をめぐる物語だ。アダム・スミスは『国富論』の中で「分業」を通じて生産性が急上昇する可能性を一方で強調している。そのことを例示するために持ち出されているのがかの有名なピン工場の話だ。ピンの製造工程を細分化した上で従業員一人ひとりに別々の作業を割り当てる。従業員らは割り当てられた個別の作業に専念(特化)することになるわけだが、そうしたほうが(製造工程を細分化せずに)従業員一人ひとりにピン作りをはじめから終わりまですべて任せる場合よりも結果的にずっと多くのピンが作られるというわけだ1。その一方で、スミスは『国富論』の中で「見えざる手」の役割も強調している。市場経済には利己心を公共の利益に結び付ける力が備わっている可能性があることに誰よりも早く気付いたのはスミスだった。市場には各人をして「本人の意図していない目的の促進に向けて見えざる手」に導かれるかのように振る舞わせる力が備わっているというわけだ。

「『ピン工場』と『見えざる手』との相克」と言われてもなんでそうなる(両者が対立する)かはあまり判然としないかもしれない。そのあたりの事情を詳しく説明するとこういうことだ。ピン工場の寓話は「規模に関する収穫逓増」(以下、「収穫逓増」と省略)に関する物語でもある。ピン工場の規模が大きくなるほど分業の余地も大きくなり、それに伴ってその工場で働く従業員一人あたりに換算したピンの生産量も増える可能性があるというわけだ。その一方で、「収穫逓増」は産業の独占化を促す圧力ともなる。その理由は大会社ほど生産規模を拡張する余裕があるために「規模の経済性」の恩恵を受けられる(財一単位あたりの生産費用(平均費用)を低く抑えられる)可能性が高いからだ。「収穫逓増」が成り立つ産業では大会社が中小の企業を市場から追いやり、その結果としてその産業は少数の大会社によって支配される傾向にあるのだ。

しかしながら、「見えざる手」の力が十全に発揮されるためには産業内に数多くのライバル企業がひしめいていて互いに競争し合っていなければならない。独占力を行使し得る(価格に影響を及ぼし得る)企業がいてはならないのだ。「自由な市場に任せておけば何もかもうまくいく」という発想の背後には(「収穫逓増」ではなく)「収穫逓減」という前提が控えているのだ。

2世紀あまりもの長きにわたり、経済思想の世界では「収穫逓減」という前提が幅を利かせる一方で、「ピン工場」の寓話は目立たない舞台裏に追いやられる格好となっていた。それはなぜか?

ウォーシュも説明しているように、その理由はイデオロギーにではなく数学的に取り扱うのが楽な道を選ぼうとする経済学者に特有の姿勢に求められる。経済学の世界では思い付いたアイデアを厳密かつ明瞭に表現する道が探られ、そのために数字や方程式の助けを借りるというのが常だった。「収穫逓減」という前提に拠って立つアイデアはエレガントなフォーマリズム(数学的な推論)との相性がバッチリだった一方で、「収穫逓増」という前提――「ピン工場」の寓話――に拠って立つアイデアを数理モデルのかたちで表現するのは困難極まりなかったのである。

とは言え、「収穫逓増」は現実のあちこちに観察される見逃し得ない現象であり、時代が下るにつれてその存在感はますます高ままる一方だった。例えば、鉄道なんかは「収穫逓増」の特徴を備えていることがあまりにも明らかだった。そこで経済学者としても「ピン工場」の寓話を経済学の本流の中に組み込もうと試みはした。それも一度や二度の話ではなく何度も何度も試みた。 しかしながら、その試みは毎度のごとく失敗に終わった。「ピン工場」の寓話を十分な厳密さを備えた(数理モデルの)かたちで表現することは出来ず終いだったのである。この点についてウォーシュはケネス・アロー(Kenneth Arrow)――「見えざる手」の伝統にがっちりと連なる業績によりノーベル経済学賞を受賞した人物――による次のような言葉を引用している。曰く、「収穫逓増は経済思想という土壌の下に流れる『地下水』のようなものだ。その流れが絶えることは無いものの、日の目を見ることも滅多に無い」。

『Knowledge and the Wealth of Nations』の前半部は「地下水」としての収穫逓増に的を絞った経済思想史という趣を備えている。偉大な経済学者のお歴々――その多くは収穫逓増の重要性をよくよく承知していたにもかかわらず――がいかにして収穫逓増を経済分析の中から排除しようと試みたか。本書ではその模様が跡付けられている。さらには、収穫逓増を厳密なかたちでモデル化できないとすれば責めを受けるべきは「厳密さ」の方だと結論付けて数式に頼らない言葉による説明を心掛けた・・・ものの周囲の経済学者からは無視されるに至った一部の経済学者――その筆頭はジョセフ・シュンペーター(Joseph Schumpeter)――の姿も語られている。・・・(略)・・・そして本書の後半部では「地下水」としての収穫逓増が遂に地表に湧出するに至るまでの軌跡が辿られている。

経済学を生業とする研究者の世界を本書ほど見事に描き出した例にはこれまで出くわしたことがない。その世界に生きるのは頭は切れるが時としてエキセントリックな(風変わりな)顔も覗かせる面々。(ニュース専門放送局の)CNBCで放映される番組で簡素なデザインのスーツを身にまとって経済問題を論じるコメンテーターとは似ても似つかない面々。そんな面々が生きる世界は格式ばらない雰囲気に包まれてはいるが、激しい出世競争が繰り広げられる世界でもある。セミナーで発表した一本の論文のおかげで若い男女が一躍学界のスターに踊り上がる。そんな可能性が秘められている世界なのだ。

1970年代後半からおよそ十年の間に一連の若手研究者を一躍スターの座に押し上げるきっかけとなった出来事の多くには「収穫逓増」が何らかのかたちで関わっている。「ピン工場」の寓話を(経済学者仲間のお眼鏡に適うに十分なだけ)厳密なかたちで語る術が遂に発見されたのだ。その結果として経済学のあちこちの分野――産業組織論に国際貿易論、経済発展論、都市経済学――が大きく変貌を遂げることになったのである。

ウォーシュはその大転換のドラマを実に見事な手さばきで伝えている。・・・(略)・・・しかしながら、欠陥もいくつかある。収穫逓増を国際貿易論の分野に持ち込んだ一連の経済学者――当の私もその中の一人――の研究も過分な扱いをしてもらっているが、ウォーシュによる説明には微妙ではあるが重大な間違いが含まれているのだ。

ウォーシュがそのようなちょっとした手抜かりを犯している原因は収穫逓増の応用の中でも経済成長論への応用を一番肝心なものと見なしており、そのために(国際貿易論をはじめとした)その他の分野への応用については比較的興味が薄いためなのであろう。ウォーシュはポール・ローマーによる(収穫逓増と経済成長との関わりがテーマの)1990年の有名な論文に経済学者のものの見方をぐるりと一変させた回転軸の役割を担わせているのだ。

「ローマーの1990年論文」と言えば傑出した業績であり、できれば私が書きたかったと思える論文の一つだ。・・・と経済学者が同僚に送る最大級の讃辞を惜しみなく捧げたいところだが、ウォーシュが言うほどローマーの件の論文が重大な役割を果たしたかというとそうとは思わないし、収穫逓増が経済成長に関する我々の理解を大幅に変えたかというとその点もはっきりしない。実のところ、ウォーシュ本人も大いに譲歩しているようだ。彼は本書の中で次のように述べている。「『知識の経済学』の革新なる。その結果として何が変わったろうか? 『大して変わりはない』というのがどうやらその答えであるように思える」。

おっと、気にするなかれ。高度な知性のやり取りが繰り広げられるドラマを味わいたい。(ケインズの言葉を借りると)「良くも悪くも危険な」アイデアの起源を是非とも知りたい。本書はそんな御仁のための一冊だ。

  1. 訳注;「そこで、ここに一例として、とるにたりない小さい製造業ではあるけれど、その分業がしばしば世人の注目を集めたピン作りの仕事をとってみよう。この仕事(分業によってそれはひとつの独立の職業となった)のための教育を受けておらず、またそこで使用される機械類(その発明をひきおこしたのも、同じくこの分業であろう)の使用法にも通じていない職人は、せいいっぱい働いても、おそらく一日に1本のピンを作ることもできなかろうし、20本を作ることなど、まずありえないであろう。ところが、現在、この仕事が行なわれている仕方をみると、作業全体が一つの特殊な職業であるばかりでなく、多くの部門に分割されていて、その大部分も同じように特殊な職業なのである。ある者は針金を引き伸ばし、次の者はそれをまっすぐにし、三人目がこれを切り、四人目がそれをとがらせ、五人目は頭部をつけるためにその先端をみがく。頭部を作るのにも、二つか三つの別々の作業が必要で、それをとりつけるのも特別の仕事であるし、ピンを白く光らせるのも、また別の仕事である。ピンを紙に包むのさえ、それだけで一つの職業なのである。このようにして、ピン作りという重要な仕事は、約18の別々の作業に分割されていて、ある仕事場では、そうした作業がすべて別々の人手によって行なわれる。・・・(略)・・・私はこの種の小さい仕事場を見たことがあるが、そこではわずか10人が仕事に従事しているだけで、したがって、そのうちの幾人かは、二つか三つの別の作業をかねていた。・・・(略)・・・それでも精出して働けば、一日に約12ポンドのピンを全員で作ることができた。1ポンドのピンといえば、中型のもので4000本以上になる。してみると、これらの10人は、1日に4万8千本以上のピンを自分たちで製造できたわけである。つまり各人は、4万8千本のピンの10分の1を作るとして、一人あたり一日4800本のピンを作るものとみてさしつかえない。」(アダム・スミス(著)/大河内一男(監訳)『国富論 Ⅰ』(中公文庫), pp. 10~12) []

タイラー・コーエン 「ポール・ローマーがノーベル経済学賞を手にしたのはなぜ?」(2018年10月8日)

●Tyler Cowen, “Why Paul Romer won the Nobel Prize in economics”(Marginal Revolution, October 8, 2018)


タバロックがMRUniversity向けの教材としてローマーの業績を解説するビデオを制作している〔拙訳はこちら〕が、それよりもうまく解説できるかどうかというと困難と言わざるを得ない。実に正確な内容だし、ローマー本人もお気に入りのビデオというんだから。ともあれ、できるだけのことはやってみるとしようか。ローマーがノーベル経済学賞を受賞するに至ったのはなぜかというと、アイデアに備わる「非競合性」という性質1が持続的な経済成長および「内生的な」技術進歩を可能にする様を跡付けてみせたというのが一番重要なポイントとなってくることだろう。さらにローマーは「内生的な」技術進歩に支えられた経済成長のプロセスには限度がある――壁にぶつかることなく無限に続くわけではない――ことを(それなりの扱いやすさを備えた)数理的なモデルを使って証明したのであった。ローマーがそのことを証明するまでは、「規模に関する収穫逓増」が組み込まれたモデルは理論的にうまく扱いきれないのではないかと経済学者の間で恐れられていたのである。このあたりのローマーの貢献についてはこちらの検索結果の一番目に出てくる論文(1990年論文)と二番目に出てくる論文(1986年論文)を参照されたい。三番目に出てくる論文(1994年論文)では経済成長論の分野での自らの研究成果が要約されているが、比較的読みやすいうちに入るだろう。 [Read more…]

  1. 訳注;誰も彼もが同時にその恩恵にあずかることができる、という意味。 []

アレックス・タバロック 「今年度(2018年度)のノーベル経済学賞を手にしたのはウィリアム・ノードハウスとポール・ローマーの二人」(2018年10月8日)

●Alex Tabarrok, “The Nobel Prize in Economics Goes to William Nordhaus and Paul Romer!”(Marginal Revolution, October 8, 2018)


申し分ないチョイスだ! ノードハウスは環境経済学の発展に貢献した功績を讃えて、そしてローマーは経済成長論の発展に貢献した功績を讃えての受賞となった。ローマーの業績についてはMRUniversityの教材用ビデオで解説済みだ。(内生的成長理論をはじめとした)経済成長の話題やチャーター都市構想1についてだけではなく、経済学の教育ツールの開発を手掛けた「起業家」としてのローマーの一面についても解説している。ビデオが制作されたのはMRUniversityが船出したばかりの頃で随分前のことになる。そのため、(ビデオを制作して以降にローマーの周辺で巻き起こった)あれやこれやの小ネタには触れられていない。とは言え、ローマー本人から「あのビデオは気に入っているよ」とのお言葉を頂戴している。というわけで、今年はノーベル経済学賞の解説エントリーを書く必要はなさそうだ。

だがしかし、コーエンは別だ(例年通り腕を振るってノーベル経済学賞の解説エントリーを書き上げている)。コーエンによるノードハウスの業績解説はこちら〔227thday氏による訳はこちら〕、ローマーの業績解説はこちら〔拙訳はこちら〕をご覧あれ。

  1. 訳注;ローマー本人がチャーター都市構想をテーマに語っているTEDトーク(日本語字幕付き)はこちら。 []

タイラー・コーエン 「今年度(2018年度)のノーベル経済学賞は誰の手に?」(2018年10月6日)

●Tyler Cowen, “Who will win the Nobel Prize in economics this year?”(Marginal Revolution, October 6, 2018)


これまでに予想が的中したことは一度としてない。候補に挙げた人物が後になって(別の年に)受賞した例はあれど、「今年の受賞者は誰々」という予想がばっちり的中した試しは一度としてないのだ。そんなわけでこれまでに候補者として勝手に名前を挙げてしまった面々には大変申し訳なく思うばかりだ(ボーモル、ごめんよ)。・・・と言いつつ懲りずに今年も予想させてもらうとすると、エスター・デュフロ(Esther Duflo)アビジット・バナジー(Abihijit Banerjee)の二人に一票といかせてもらうとしよう。マイケル・クレマー(Michael Kremer)も一緒に付け加えてもいいかもしれないが、開発経済学の分野にランダム化比較試験(RCT)を持ち込んだ第一人者というのが受賞理由だ。

ティム・ハーフォードも指摘しているように、彼ら(特にデュフロ)はノーベル賞を受賞するにはまだ若過ぎるかもしれない。というわけで保険としてもう一組だけ候補を挙げておくとしよう。これまでに何度も候補に挙げ続けてきているが、環境経済学の分野にノーベル経済学賞を授与というわけでウィリアム・ノードハウス(William Nordhaus)パーサ・ダスグプタ(Partha Dasgupta)マーティン・ワイツマン(Martin Weitzman)の三人の名前を挙げさせてもらうとしよう。

皆さんの予想はどうだろうか?

アレックス・タバロック 「『かような条件が課されていたとしたらグラフェンも発見されずじまいとなっていたことでしょう』 ~ノーベル賞受賞者がイギリスの移民政策に喝!~」(2012年12月31日)

●Alex Tabarrok, “Restrictions on high skill immigration to Britain”(Marginal Revolution, December 31, 2012)


インデペンデント紙より。

イギリス政府による新たな移民制限策――EU域外からの移民労働者を対象とした最低年収要件の導入(年収3万1000ポンドを超える外国人労働者に限ってイギリス国内での就労を認める)および留学ビザ発給の厳格化――は有能な学者がイギリス国内の研究機関で働く機会を閉ざすことになる。そのように語るのはロシア生まれの物理学者であるアンドレ・ガイム博士。ガイム博士は画期的な「超素材」であるグラフェンを発見した功績により2010年にノーベル物理学賞を受賞しているが、ガイム博士は本紙の取材に対して「私をはじめとした研究チームの面々が(就労ないしは就学目的で)イギリスに入国しようとする時に(移民の制限を目的とした)かような条件が課されていたとしたらグラフェンも発見されずじまいとなっていたことでしょう」と語っている。

イギリスへの移民の年間の純流入数は20万人を超えているが、その数を「数万人単位」にまで減らすことを目的として今年度(2012年度)から移民の受け入れに関して新たな条件が課されることになった。その結果としてイギリスの研究機関で科学上の大発見がなされる見込みが薄くなりつつあるとガイム博士は警告する。

・・・(中略)・・・

ガイム博士は現在54歳。博士がイギリスの地に初めて足を踏み入れたのは1990年代初頭に遡る。当時の博士はロシア国籍の持ち主。イギリスにやって来たのはノッティンガム大学で博士研究員(ポスドク)として働くためだった。当時の年収は現在の価値に換算すると2万7000ポンド程度。当時の段階で年収3万1000ポンドという最低年収要件が課されていたとしたら博士はイギリスに入国できなかった(イギリスで博士研究員として働けなかった)ことになる。

ちなみにだが、ガイムは歴史に名を残す並み居る科学者の中でも個人的にお気に入りの一人だったりする。ノーベル賞(受賞理由は「グラフェンの発見」)もイグ・ノーベル賞(受賞理由は「カエルの磁気浮上」に成功)もどちらも受賞しているのはガイム只一人だけなのだ。たまげた話だよ

アレックス・タバロック 「ノーベル賞受賞者による街角での科学教室」(2012年7月14日)

●Alex Tabarrok, “Street Corner Science”(Marginal Revolution, July 14, 2012)


(1988年度の)ノーベル物理学賞受賞者であるレオン・レーダーマン(Leon Lederman)が路上で通行人から寄せられた質問(科学上の質問)に逐一回答する「街角での科学教室」を開いている1。素晴らしい試みだ。同様の試みに乗り出す経済学者の登場が待たれるところだ。ただし、通りの角ごとに別々の経済学者を置く必要があることは言うまでもないであろう。

ちなみに、今回の情報はMetafilter経由で知ったものだ。

  1. 訳注;ちなみに、残念ながらレーダーマンはつい先日(2018年10月3日に)亡くなっている。 []

タイラー・コーエン 「栄光の一年 ~ノーベル賞にベストセラー入りにアカデミー賞~」(2007年10月13日)

●Tyler Cowen, “History bleg”(Marginal Revolution, October 13, 2007)


アル・ゴアにとっての2007年はノーベル平和賞を受賞した年であり、自著がベストセラー入りした年でもある。それだけではない。主演映画がアカデミー賞を受賞した年でもあるのだ。(アル・ゴアのように)同じ年(1年の間)に複数の名誉ある賞を同時に手にしたり偉大な功績をいくつも連発したりした例としては他に誰がいるだろうか? 子沢山1というのはとりあえず功績の中には入れないでおくとしようか。

  1. 訳注;アル・ゴアには4人の子供と2人の孫がいる []