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ピーター・ターチン「2020年11月のアメリカ:アルファ・ケンタウリからの構造人口動態による観察」(2020年11月1日)

America in November 2020: a Structural-Demographic View from Alpha Centauri
November 01, 2020
by Peter Turchin

このブログの読者ならご存知のように、構造人口動態の理論家達は、革命や内戦の原因を2つに区分している。構造的な動向は、ゆっくりと形成され、かなり予測可能なものとなっている。そして、トリガーとなるイベントは、はるかに予測困難、あるいはほとんど予測不可能である。この見解に従えば、革命は地震や山火事のようなものだ。毛沢東がかつて書いている。
「1つの火花が大草原の火事を引き起こすことがある。火事に必要なのは燃料だ――つまりは枯れ草であり、枯れた植物が倒れて徐々に燃料として蓄積されていく」。
ただ、火事を起こすのに最初に必要なのは火花である――誰かが不注意に捨てるマッチや、空からの落雷などだ。

アメリカにおいて、社会のレジリエンス(回復力)を蝕む構造的な動向は、何十年にもかけて蓄積されてきている。これは10年前に明らかになっており(2010年の私の予測を参照)、ここ数年で誰の目にも明らかになっている。こういった構造的な力は、「大衆の窮乏化(収入の減少、平均寿命の低下、社会的悲観論と絶望の増大)」、「エリートの過剰生産と内輪での諍い」、「国家の破綻(国家債務の増大と国家機関への信頼の崩壊)」である。COVID-19のパンデミックは、このアメリカのシステムにさらなる大きな負荷を掛け、特に窮乏化を悪化させている。

〔トリガーとなるイベントは普通は予測できないのだが〕今回少し特異になっている。2020年にトリガーイベントが起こるのが、かなり予測可能となっているのだ。アメリカでは、4年ごとに大統領を選んでいる。「正常な」状況下においてさえ、支配者の交代は制度にストレスを与えるが、社会の脆弱性が高い状況下で支配者の交代が起こると、システムに致死的な打撃を与える可能性がある。前回、これが起こったのは1860年だ。結果、アメリカ南北戦争が起こり、多くの歴史家が「第二次アメリカ革命」と呼ぶイベントとなった。なぜ「革命」なのか? それは、古い社会秩序が転覆したからである。奴隷を所有していた南部の農園主が支配していた古い社会秩序は覆り、新たな支配階級は、北部の製造業・鉄鋼業・鉄道業・農業ビジネスに従事するエリートに取って代わることになった。当時、最大の断層は、奴隷を所有する南部と、自由労働の北部の間に線引かれていた。

今日だと、断層は、「赤のアメリカ」と「青のアメリカ」と呼ばれるものの間に引かれている。青いアメリカ人は、トランプとトランプが象徴するもの全てを憎み、恐れている。赤いアメリカ人は、バイデンが象徴するものを憎み、恐れている。どちらの側も、自分たちの側の候補を特に気に入っているわけではない、対立政党が自候補を嫌っていることを主たる理由に団結しているのである。この対立には地理的な要素(沿岸部と内陸部の対立)もあるが、1860年のように明確にはなっていない。また、2016年だと、オバマを支持した有権者の多くがトランプに転向しているが、今回だと共和党の政治家の多くがバイデンを支持しており、「赤」と「青」は、共和党と民主党に完全に一致していない。分裂は見解の相違に由来している。

念の為に言っておくが、このブログ(他の場所でも)での、私の分析はいついかなる時も、党派的なものではない。私はできる限り公平な立場に立つようにしている。なので、アルファ・ケンタウリからの観察者となって、「赤」と「青」、それぞれが、どのように感じているかまとめてみよう。 [Read more…]

ブランコ・ミラノヴィッチ「何が懸かっているのだろう? アメリカの選挙を控えての短い記事」(2020年10月19日)

What’s at stake? A short text on US elections
Posted by Branko Milanovic Monday, October 19, 2020

[これは、『グローブ&メール』紙の依頼で書かれた、差し迫っているアメリカの選挙についての短い記事である。記事は、新聞社的にお気に召さなかったようで、文章の大幅な訂正を要請された。事実間違い、英語の訂正、言い回しの変更などの要請には私はいつも喜んで応じている。場合によっては、テキストの一部を削る要請すらも受け入れている(中国で翻訳出版された場合などだ)。しかしながら、内容の変更を受け入れることはありえない。よって、ここにオリジナルの文章を投稿する。]

来たるべきアメリカの大統領選には、いったい何が懸かっているのだろう? 一言に集約するなら“normalcy(正常化・常態化)”のように私には思える。しかしながら、この言葉を聞くと、私は非常に不安になる。私の世代の東欧人にとっては、「正常化」と聞けば、1968年のチェコスロバキアの“normalization(正常化)”の悪夢が蘇るのだ。当時、ソ連と(今日の呼称では)『連立パートナー』が、チェコスロバキアに侵攻し、プラハの春を鎮圧し悪政を復活させている。

不安になるには別の理由もある。トランプ以前のアメリカ合衆国は、望ましい状態にあったとは到底思えないのだ。いや、そもそもトランプを最高権力の座に押し上げたのは、まさにその「正常性」に他ならない。記憶を辿ってみるのは有益だ。ジョージ・W・ブッシュの下で、米国は中東を不安定化させる絶え間ない戦争を起こし、いくつかの推定に従うなら50万もの人々を殺害している。この大統領の下では、米国は大恐慌以来、最悪の経済危機を引き起こしている。次の大統領下では、米国は、経済危機の責任者達を救済し、リビアに混乱の種をまき、中産階級の衰退を座視している。

すると当時の「普通」とはいったい何だったのだろう? トランプ政権が、COVID-19の伝染に対してほとんど何もしなかったことで(座視しなければ〔助けられた〕)25万人近くのアメリカ人の死の一因になったという、並外れて無責任で無慈悲な対応をひとまず脇におけば、当時の「普通」と今とに、はたして違いがあるかどうか、議論の余地があるだろう。違いがあるとすれば、1つ目は、トランプが退陣すれば、政権と対峙した、ジャーナリスト、政治家、俳優、一個人、テレビプロデューサー、要はほぼ全国民との、絶え間なかった諍いに終止符が打たれるだろう。新政権は、権力を維持するために、アメリカ人を異なる集団で敵対させるような不毛な試みは止めるだろう。これは、権力の頂点からの公然とした人種差別的な振る舞いを終わらせもするだろう。不法移民がアメリカ国境を超えるのを阻止するために、壁を作るとのアイデアも新鮮味を失うことになるだろう。

外交問題では、中国との緊張は緩和されるだろう。トランプが悪化させた米中関係が尾を引くのは疑うまでもない。それでも、トランプは、COVID-19を、自身の権力から放逐させる中国の陰謀と見做しているような言動を示しており、これは桁外れに危険な行為だ。アメリカと中国の関係が、トランプ以前に戻ることはないだろうが、少なくとも2つの核保有国が戦争を始める危険性は軽減されるだろう。

しかしながら、「正常化」は、バイデン政権の無為無策によってもたらされるだけでない。「ポジティブ」な観点からは何がもたらされるのだろう? あまり楽観的にはなれない。これは、バイデンの精彩を欠いた半世紀のキャリアだけに原因があるわけではない。リベラルなエスタブリッシュメント(現状の中道派の民主党支持者と多数の共和支持者を共に含む)が、心地よく受け入れている物語にも原因がある。「トランプ以前は全てが素晴らしかった。トランプが登場して何もかもバラバラになってしまった」との物語だ。この物語は、(上記で述べたように)単に間違えているだけでは済まない。この物語は、〔政治的〕不作為を導くだろう。合衆国は、「富の分配」「エリート主義的な教育制度」「機能不全化した医療」「金権政治に支配された政治制度」「崩壊するインフラ」「中産階級の衰退」「制御が効いていない独占企業」に対して、大いなる変革を必要している。いったい誰が、これら一連の変革を行うのだろう? 新しいルーズベルトがよく引き合いに出されている。バイデンはその役割を担えるのだろうか? ルーズベルトの功績の多くが、戦争への精力的な取り組みと共に発達した「階級を跨いだ協力」、ほぼこれだけを要因にして確立されたことも無視できない。今は、戦時と同じような出来事は一切存在していない――そして、それをもたらすような戦争が起こらないことを願う。

よって、省察してみれば、次期政権に求められているのは「正常化」などではない。1980年のレーガンの当選以来の(逆の方向への)最大規模の政策変更である。アメリカはしばしば行幸に恵まれ、不可能に見える状況から抜け出す並々ならぬ能力で世界を驚かせてきた。トルーマンは軽薄だと思われていなかっただろうか? ケネディは経験不足だったのでは? ルーズベルトは上流階級の御曹司だったのでは? 問題の核心は、バイデンが世界を、そして自分自身をも驚かせられるかどうかにある。

マット・クランシー「都市はもはやイノベーションのインキュベーター(孵卵器)ではない」(2020年10月7日)

Cities aren’t the innovation incubators they used to be
Words by Matt Clancy, Works in progress, 7th October 2020

リモートワークは、長い間懐疑的に考えられてきており、パンデミックが終わってからもリモートワークが続くであろうことに、多くの人が疑問視している。しかしながら、ローカルワーク〔人と日常的に触れ合う労働形態〕の諸便益が既に減少していっているとしたらどうだろう?

今年に入って、多数主要テック企業、自社の業務の一部を永続的にリモートワークに移行すると発表した。COVID-19が業務に深刻な支障を与えたことの結果である。これに対して、コメンテーター評論家らは、技術労働者を全米に分散させてしまえば、アメリカの技術産業の支柱の一つを弱体化させる恐れがあると警告した。こういった議論は「知識労働者は互いに近くにいると、アイデアや知識の循環が近接促進されるため、イノベーションが加速される」との論拠に基づいている [Read more…]

ラジブ・カーン「アルメニア、アゼルバイジャン、トルコ、遺伝的差異」(2020年10月7日)

Armenia, Azerbaijan, Turkey, And Genetics
POSTED ON OCTOBER 7, 2020 BY RAZIB KHAN

最近、何人かに、アルメニア人とトルコ人の遺伝的差異について尋ねられた。以前この話題について書いたことがあるからだ。世相に無関心でないなら、読者はコーカサスで戦争が起こっているのを知っているはずだ。アルメニアとアゼルバイジャンは、数十年に渡って行ってきた紛争を再燃させており、付近の大国に自陣営に付くように選択を迫ることで他国を巻き込んでいる。周辺全てに至って不穏な状況だ。

 

アルメニア人は何者なのだろうか? そして、トルコ人とは? そして、アゼルバイジャン人とは?

アゼルバイジャン人は、西洋ではあまり知られていないが、〔現地では〕大きな揉め事を抱え込んでいる。イランのアゼルバイジャン州には、アゼルバイジャン共和国とほぼ同数のアゼルバイジャン人が住んでいる。そしてイラン国内のアゼルバイジャン人の総数は、独立を果たしているアゼルバイジャン本国の総数より多い。現イランの指導者の父親は、民族的にはアゼルバイジャン人である。アゼルバイジャン人はチュルク語族1 に分類されており、〔イラン国内のアゼルバイジャン人は〕伝統的にイランの軍部を支配してきた。この地域が〔アゼルバイジャン州がオスマン帝国によって統一され〕チュルク語族化される前は、アゼルバイジャン州は500年以上アルバニアと呼ばれていた。〔イラン国内のアゼルバイジャン人〕は母語はイラン語を使用しており、このイラン語はペルシャ語から派生している。

この地方に住んでいる民族は、皆近接しているので、遺伝的にかなり近似しているのは当たり前だ。とはいえ、遺伝的に大きな違いもある。

私のデータセットでは、アルメニア人の数人は、ロシア系遺伝子が混じっている(この数人は、アルメニア人と識別されたF1個体群の可能性が高い)。一方、アゼルバイジャン人で着目すべきは、トルコ人と同じように、東アジアへのシフトが少ないながらも顕著であることだ。これはほぼ間違いなくアゼルバイジャン人が、チュルク語族にルーツを持つ結果である。アゼルバイジャン人のルーツの大部分は、チュルク語族が形成される前にあるが、このルーツ内の少数のチュルク語族のルーツ要素は、東アジアにルーツを持つ遊牧民との同化と通して起こっている。

このチュルク語族のルーツ要素は、アルメニアの西部においても、同様に適用できる。以前の投稿で、私はトルコ民族の祖先の性質について論じているが、一般的に、非チェルク語族要素(東アジア系やトゥラン語族を含む)は、西のギリシャ系、東のアルメニアとクルド系といった初期のバリエーションパターンの反映であるとの説に私は強く同意している。

〔この地域に諸民族的は遺伝子的には強く近似していることは〕今日見られるような紛争が、同系性〔遺伝的ルーツ〕に関するものより、イデオロギーの影響が強いのを示している。アルメニア人は、彼らしか信仰していない東方異端派キリスト教徒だが、キリスト教徒ではある。また、アルメニア人は、古代のインド・ヨーロッパ語を使用し続けている。このことで、アルメニアは、西・東側双方のチェルク語族のイスラム教徒に挟まれており、対立することになっている。しかしながら、どの集団も、共通の祖先を深く共有している。

関連エントリ

アゼルバイジャン人がイランを作った!!!!!
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デタラメを言うことを称賛して
イランにおける民族的差異
イラン人はアラブ人ではない…
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  1. 訳注:トルコ共和国、ウズベキスタン、アフガニスタン、新疆ウイグル自治区等で使用されている、ウラルアルタイ語族の下位言語群。 []

ピーター・ターチン「社会科学者が戦争を研究しなければならない理由」(2012年3月18日)

Why Social Scientists Need to Study War
March 18, 2012
by Peter Turchin

一月ほど前、私はノックスビルでの社会進化論のワークショップに続けて行われた公開討論会に参加した。討論会で私は、ジェリー・サブロフと一緒に、「戦争は社会進化における創造的原動力である――戦争は、人類を村落の生活から巨大な国家での生活へと変貌させ、人類に都市や文明を築かせ、究極的には我々の生活に平和をもたらした」と主張した。尊敬すべき学僚である、ザンダー・ヴァン・デア・レーウとティム・ケーラーは、我々のこの命題に反論した。討論会の最後に、聴衆の投票があり、我々側は完全に敗北を喫した(我々の命題に賛成の投票は5%くらいだったと思う)。まあ、私は特に気にしていない。我々への反論が素晴らしいから聴衆は揺り動かされたわけでではなく、単に多くは「戦争に反対してます」との理由で投票したとハッキリと感じられたからだ。

私は最近、イーサン・コクランとアンドリュー・ガードナーが編集した “Evolutionary and Interpretive Archaeologies: A Dialogue(進化論と解釈考古学による対話)”を読んでいる。いろいろな意味で興味が尽きない本だが、私的に最も興味深かったのが、サイモン・ジェームズによる「暴力行為と戦争状態」についての論説だった。「子供や配偶者への殴打を禁ずること、死刑を廃止すること、軍国主義を忌避すること、これらは人間価値の普遍的な進歩の表れであると、ほとんどの人は同意するだろう」とジェームズは書いている。過去数十年においても、ほとんどの欧米人が経験する暴力の水準は著しく低下し、暴力は常軌を逸したものであると見なすのが当たり前になっている。暴力について論じること自体が不快なものとなっており、ジェームズが挑発的に指摘しているように、暴力についての論題は、ヴィクトリア朝英国におけるセックスと全く同じくらい文化的タブーになっている。 [Read more…]

リチャード・ヴァーグ「マネーサプライの急激な増加はインフレを引き起こさない」(2017年1月16日)

Rapid Money Supply Growth Does Not Cause Inflation
By Richard Vague

マネーサプライの急激な増加はインフレを引き起こさない
政府債務の急激な上昇、金利の低下、中央銀行バランスシートの急激な増加も同様である

マネタリストの理論は、1980年代からその後数十年間にかけて支配的な経済思想となった。マネタリストの理論では、マネーサプライの急上昇はインフレの原因になるとされている。しかしながら、この理論は、入手可能な証拠で実際に検証すると棄却される。1960年代以降の47カ国を対象に広範な調査を行った我々の調査によると、マネーサプライの急増加に引き続いての高インフレはほとんど観測されない。逆に、高インフレが勃発しても、先触れとしてのマネーサプライの急増加は高い頻度で観測されなかった。

本論文の目的は、これら最新の研究結果を提示することで、我々のデータ、手法、結論についてのフィードバックを求めるものである。 [Read more…]

マーク・コヤマ「伝染病と国家:『健康』と『自由』のトレードオフは回避できるのだろうか?」(2020年8月28日)

Epidemic disease and the state
Words by Mark Koyama, Works in progress, 28th August 2020

西洋民主主義国家は、COVID-19への対応で躓いているようだ。「健康」と「自由」の間には関係性が存在するが、これを解きほぐすことは可能なのだろうか?

アメリカ合衆国は2つのショックで動揺している。新規の伝染病が野放しで拡散していること。ジョージ・フロイドの殺害を受けて始まった抗議活動が制御不能になっていることだ。似たような抗議活動は、人種差別的な警察活動や警官の暴力といった問題ではアメリカと全く異なっているイギリスのような他の西洋国家にも波及している。国家と社会の関係性における危機を、パンデミックは増強することなっている。

これは、部分的であれ国家の有効性の危機だ。ある社会はCOVID-19への対応に苦戦し、また別のある社会は秀でているように見える。なぜだろう? [Read more…]

ジョセフ・ヒース「ポリティカル・コレクトネスについて付記」(2015年6月8日)

More on political correctness
Posted by Joseph Heath on June 8, 2015 | education

オタワ・シチズン紙に論説(『カナダの大学教授はなぜ学生を恐れないか』を寄稿し今日掲載された〔日本語訳はここで読める〕ことで、どうやら私は今現在、ポリティカル・コレクトネスに関して無敵の人になっているようだ。そもそものきかっけは、アメリカの単科大学――特にリベラル・アーツ系の小さな単科大学(カナダだとノバスコシア州を除けばほとんど存在しないタイプの大学)――で何か馬鹿騒ぎが起こるたびに、概して「総合大学」が悪評を浴びる事態に、私が苛ついたことにある。カナダの総合大学に問題があるのを否定はしないが、アメリカで起こっている出来事は全て、カナダでも同じように起こっているに違いないと単純仮定するのは止めて、カナダの問題についてはカナダの総合大学に依拠して議論するのが良いんじゃないか、と。 [Read more…]

ジョセフ・ヒース「左派の中心的課題は事前分配である」(2014年4月3日)

The central challenge for the left in Canada
Posted by Joseph Heath on April 3, 2014
「カナダにおける左派の中心的課題」

前回のエントリを読んだ人は皆、オンタリオ州におけるNDPの最近の政策(特にNDPが、切迫している集合行為問題の解決よりも、富の再分配を優先していること)に強い賛意を呼び覚ますのに、私が非常に苦労しているのに感づいたに違いない。前回の論題について考えたことで、私は最近読んだサミュエル・ボウルズの『不平等と再分配の新しい経済学』の冒頭の一節を思い出した。

社会主義、急進的民主主義、社会民主主義、その他平等主義運動が勃興を極めてきたが、こういった運動が成功したのは、希少性の問題へと取り組むのを可能としている経済戦略に、分配の公平性要求を組み込むのに成功した場合であった。土地の耕作者への再分配、社会保険、平等主義的賃金政策、中央司令型経済、適切な医療や学校教育を万人に提供すること、これらが魅力的になっていたとしたら、分配の強化による経済的見返りが、経済システム全体のパフォーマンス向上に結びつけられると約束されていた場合であった。

このボウルズの文章は、完全に明晰とではないにしても、中心的主張は非常に重要だ。平等を高めようと試みとした時、既存の社会的生産物を単純に取り上げてから、再分配が可能である、と考えるのは間違えている。なぜなのか? それは大きな社会的軋轢を産み、結局は水泡に帰してしまうからだ。左派が、平等をより大きく促進するのに成功している状況があるとすれば、社会生産物の促進を行いつつ、そこでの利益を(裏側で進行している市場での様式とは相対的な形で)より平等主義的な方法で分配するスキームを提示している場合である。私の考えでは、この最適事例は、社会保障だ。社会保障は、重要な効率性の向上を達成しつつ、より大きな平等を促進することになる。 [Read more…]

ジョセフ・ヒース「『どこに投票しても同じじゃないか!』と嘆く若者のために:オンタリオ州に見る政治選択の黄金時代」(2014年4月1日)

The golden age of ideological politics in Ontario
Posted by Joseph Heath on April 1, 2014

不満を抱いた有権者――特に若者――による、主要な政党間に「違いがない」ので投票にする気にならない、との不満たまに聞くことがある。私は、こういった不満にあまり共感を持てないできた。特にカナダでは。ここでは主要政党間に非常に大きなイデオロギー的な隔たりが存在するからだ。もちろん、どの政党も、特定個人の固有の好みに応じようとはしていないだろう――結局、政党は大衆政党であり、数百万の人々の要求と要望に応じようとしている。ただそうはいっても、政党の意見表面が、非常に異なっているのを観察できていない人は、おそらく少し注意散漫だ。

これが顕著に具現化しているのが、今のオンタリオ州である。私が、このオンタリオ州の現状について想起したのは、ダニエルがケベックの実情について不満を鳴らしているのを読んだからだ。「ケベックでは、分配の公平性を中心軸とした伝統的な右・左の線引ではなく、(分離主義vs.連邦主義の)建国来の線引に頑固なまでに偏向してしまっている」とダニエルは毒づいている。実際、ケベックの政治制度は(ADQやCAQやQSの台頭によって1 )「標準化」しそうになる度に、「標準化」は一度限りの選挙で終わってしまい、古い建国来の中心軸に引き戻されてしまっているようだ。

対照的に、オンタリオ州の有権者は、3つの政党に極めて分かりやすい選択肢を保持している。3政党は、次期政権を樹立する可能性を有しており、3政党は、左右のイデオロギーを中心軸にした、明確に定義可能なポジションに立っている。これは、社会正義の基本的な問題に「関心を持つ」人(ないし、市場経済における国家の役割に関して確固たる見解を持つ人)からしてみれば、ある意味黄金時代となっているのだ。オンタリオ州においてNDP(新民主党)は正真正銘の左派政党であり、自由党は正真正銘の中道政党であり、保守党は正真正銘の右派政党である。ここで「正真正銘」とは何を意味するのかを、オンタリオ州において政治的議論を支配してきた問題、すなわち「公共交通機関」を俎上に載せて解説してみよう。 [Read more…]

  1. 訳注:ADQ、CAQ、QSは全てケベックの地域政党 []