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タイラー・コーエン「教育のシグナリングモデルを単純化して考えてみる」

Tyler Cowen “A simple question about the signaling model of education”, Marginal Revolution, April 27, 2018

議論の目的上,教育とは100%シグナリングでしかないとしてみよう。ついでに人々のIQ,誠実さ等々といった地頭的なものはこの議論に関係する範囲の期間中は変わらないものとする。

少なくとも就職後最初の数年間では所得格差が広がっていっているという状況を考えてみよう。雇用主には労働者の質の違いを見抜くことができず,それを表すシグナルを見るほかはない。これは,教育を得ることはそれまでよりも「より分離的」となっていくことを意味するはずだ。

これにより,それまでよりも教育はより厳しいものになる。とはいってもこれは「入ること」のほうではなく(雇用主は自分自身で採用面接官を用意することもできる),やり遂げることのほうだ。やり遂げることが難しいので,きちんとやり遂げることはそれまでよりもより一層質を示すものになる。やり遂げることが難しいのは,教育がより厳しくなるから,というわけだ。

さてこれは正しいかな?

タイラー・コーエン「二つの理性測定テスト」(2017年 4月 20日)

[Tyler Cowen, “Two rationality tests” ,Marginal Revolution, April 20, 2017]

もし君が、彼ないしは彼女がコース料理を楽しんでいる際の振る舞いが与えられたとして、その人の理性を言葉に直接依らない指標で推し量るとすると何をどうすればいいだろうか?

そして、もしその人にたった一つ質問をすることが出来るとすると、どのような質問をしたらいいだろうか?

これは僕が聞きたいことだ!まず第一の前提として、君が聞くかも知れない質問に対する言語的な答えを参照することは出来ない。でも君は”質問に答えるのに長くためらった人物”を推すことは出来るし、また似たような動作的な観点からでもいいだろう。これが”言葉に直接依らない指標”の意味するところだ。

“彼らが本を一冊携帯しているか”を提案したいところだけど、悲しきかな、それをしないやや理性的な人があまりにも多い。もっと一般的な意思決定に通ずるものとして、彼らがどうメニューから料理を選んでそれをどう注文するか、を見るのもいいかもしれない。また給仕に対する態度も興味深い指標になりそうだ。

二つ目の質問に関して、”彼らが思う理性的な人とはどういう人か”を聞くのはどうだろうか。もし答えがよく考えられていて、はっきりせずに、複雑なら、その人の理性度をアップグレードする。もし答えが教条的で特定の主義に言及していたなら…

彼らに自分自身が理性的と思うかと問いかけてみることも考えたが、それは単純に嘘と見せかけの謙遜を誘うだけだ。

良い方法ありませんか?