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オドラン・ボネ他「再来せぬ資本:住宅価格とピケティの分析」

Odran Bonnet, Pierre-Henri Bono, Guillaume Camille Chapelle, Étienne Wasmer “Capital is not back: A comment on Thomas Piketty’s ‘Capital in the 21st Century’” (VOX, 30 June 2014)

国民所得に対する資本比率が19世紀の水準に近づいているというトマ・ピケティの主張が、格差についての議論に火をつけている。本稿では、ピケティの主張は最近の住宅価格上昇に依っているということを述べる。これ以外の形態の資本は、所得に対して1世紀前よりもずっと低い水準にある。さらに、財産格差の展開で重要なのは住宅価格ではなく賃貸料であり、多くの国において国民所得に対する賃貸料の割合は安定している。 [Read more…]

ジェームズ・ハミルトン「ピケティへの批判」

James Hamilton”Criticisms of Piketty” (Econbrowser, May 25, 2014 )


トマ・ピケティの新著「21世紀の資本論」について、多くの議論がなされている。批判については賛同できる部分もあるし、そうでないところもある。

ここ最近槍玉にあげたのはクリス・ジルスで、ピケティが公開しているデータとスプレッドシートに「一連の問題とエラー」を発見した。ポール・クルーグマンは次のように反応している

ジルスはいくつかの明らかな間違いを発見しているが、それはそんな大したものじゃないように思える(略)

でも、財産格差が上昇しているというピケティの全体としての命題が間違っているということはあるんだろうか。そんなわけない。そしてジルスがそんな結論に達しているという事実は、彼自身が何らかの間違いを犯しているという強力な印でもあるんだよ。

この推測についてクルーグマンは正しいのではないかと思う。一つのスプレッドシートの一つのエラーは、近年の世代では所得と財産の格差が上昇してきているという結論を反証するものではない。ピケティ以外の多くの優れた情報源からも、この結論についての豊富な証拠があるのだ。

もちろん、上記の最初の一行にある「ジルス」を「ハーンドン、アッシュ、ポーリン1 」に置き換えたとしても、クルーグマンは正しかっただろう。クルーグマンによるピケティの擁護と、彼がラインハート=ロゴフ批判先頭に立ったときの熱意との対比は面白い。しかしこの2つの論争双方において公正な要約を行っているジャスティン・ウォルファー([1], [2])には称賛を。 [Read more…]

  1. 訳注;ラインハート=ロゴフによるスプレッドシートの誤りを発見した論文の著者。 []

タイラー・コーエン「トマ・ピケティに賛成できない理由」/「大著の読み方」

(訳者補足:関連エントリがあります。)
●ピケティ本と同様のアイデアであるピケティの共著論文の紹介
クルーグマンのコメント
ノア・スミスのコメント
●デロングのコメントのhimaginary氏による紹介
クルーグマンの書評(英語)


トマ・ピケティに賛成できない理由

Tyler Cowen “Why I am not persuaded by Thomas Piketty’s argument“(Marginal Revolution, April 21, 2014)

フォーリン・アフェアーズに寄せた書評はこちら(Firefoxを使っていて開かない場合には、「新しいプライベートウィンドウで開く」を使うように)。ここではその全部には触れずに、ブログ読者のためにいくつかの点をやや異なった用語を使って言い換えてみたい。

1.収益率が経済の成長率より高くなったままならば賃金が上がる可能性が高いし、それはかなりのものになる。この考えを学術的な形で書いているものには、マット・ロムニーによるものがある。でもこれについては常識、つまり資本蓄積は賃金を釣り上げるということを持ち出すだけで十分だ。私たちが19世紀的なものに戻りつつあるとピケティは示唆している。さて、これは西ヨーロッパの平均的な労働者にとってはとっても良い時代だった。たくさんの戦争が起こったり、産業革命が不完全だった19世紀前半を過ぎた後の時代はとりわけてもそうだ。

今日においてはある種の賃金の停滞があるために、多分そうした良い結果が将来得られると感じられないのだろうし、多くのコメンテーターが良い雰囲気を退けてしまっている。でも近年の(リスク調整済み)資本収益率は高くないし、数十年間下落を続けているということも頭に入れておく必要がある。低い収益率と停滞した賃金という変数の組み合わせは、ピケティの考えを否定するものではないけれども完全にそれと整合するというわけでもない。 [Read more…]

ノア・スミス「ピケティ本の感想:ロボットとグローバル化」

Noah Smith “R vs. g“(Noahpinion, April 14, 2014)

(訳者補足:関連エントリがあります。)
●ピケティ本に対するクルーグマンのコメント
●ピケティ本と同様のアイデアであるピケティの共著論文の紹介
●ピケティ本に対するデロングのコメントのhimaginary氏による紹介
クルーグマンの書評(英語)


新著の中でトマ・ピケティは、資本の収益率であるR(安全利子率の”r”とは違うよ)が経済成長率であるgよりも大きく、そしてこの事実は上昇を続ける資本分配率と下落するいっぽうの労働分配率のおかげで未来永劫続くと予想されうると言っている。大きな問題は、近い将来においてRが本当にgよりも大きくなるかどうかだ。

僕にはこれが「ロボット VS グローバル化1 」という主張の更なる焼き直しに見えるんだ。

「ロボット」側の主張はだいたい次のような感じ。「労働」とは、ある特定の資本、つまり人的資本を貸し出すことによる所得フローでしかない。技術がどんどんと陳腐化を続けるのであれば、資本全体に対する人的資本の価値のパーセンテージは下落することになり、したがって労働分配率はゼロへと向かって落ち続ける。これはちょっと前にAtlanticに載せた記事で僕が考えたシナリオだ。この命題はルーカス・カラバルブニスとブレント・ネイマンの研究によっても支持されていて、経済ブログにおける議論ではよく「ロボットの隆盛」と言われたりする。

「グローバル化」側の主張はだいたい次のような感じ。1973年、世界大戦によってもたらされた制限的な貿易の期間の後に世界がようやく再グローバル化を始めた際、中国やインド、東南アジア、ラテンアメリカ、アフリカ、共産圏にはほとんど全く資本の無い労働者がたくさんいた。資本は希少で、富裕国に強く集中していた。貿易障壁が下がり始めた後、そうした労働者は世界市場で投げ売りされ、世界的な労働供給過剰と資本不足を招き、資本に対する収益を上昇させるとともに労働に対する収益を減少させた。この不均衡はやがては自然に正されるものだけれど、それは十分時間がたった後にしか起こらない。この命題はミカエル・エルスビー他の研究が支持している。

この二つの説明は、もちろんながら相互に排他的なものじゃない。でも政策面においては、もし「ロボットの隆盛」が最大の要因であるならば、僕らはありとあらゆる難しい政策決定や厚生についての主張を検討する必要が出てくる。でも過去40年に渡ってR>gであったことの主な原因がクローバル化であるなら、僕らができる、そしてしなければならないことはこの大きな波が過ぎ去るのを待つことだけだ。

そこで僕がちょっとおかしいと感じるのは、保守派的な傾向にある経済学者は「ロボット」側の主張を受け入れたいと考えているようなのに対し、リベラルな傾向にある経済学者は「グローバル化」側の主張を受け入れたいと考えているように思えることだ。グローバル化に責任がある場合、僕らは世界市場で貿易をしているのであるから貿易障壁はほとんど利益をもたらさないし、僕らにできることは貧しい国が資本を充実させて労働分配率が再び持ち上がってくるのを待つことだけということになる。これは保守派が好むだろう結論だ。でも批判されるべきなのはロボットだということであれば、ピケティが正しいことになり、労働分配率が持ち上がってくることは二度とないということになる。そして膨大な人々の窮状を防ぐには何らかの過激な再分配を行うというのが唯一の選択肢となる。これは保守派が好まないだろう結論だよね。

  1. 訳注;RobotのRとGlobalizationのgを掛けている。 []

ピケティ&ザックマン「格差と成長:資本の再来」

Thomas Piketty, Gabriel Zucman “Rising wealth-to-income ratios, inequality, and growth” (VOX, 26 September 2013)

先進国においては格差が上昇を続けており、戦前の水準にまで近づいていることを多くの指標が示している。問題は所得格差だけではない。本稿では、国民所得に対する民間の財産の比率が上昇しているということを述べる。このマクロ経済的変化は、GDP成長の鈍化からも予測されることであり、財産の格差の問題を悪化させるとともに経済をバブルに陥れる可能性を高める。 [Read more…]