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ポール・デ・グラウエ 「”通常の景気後退期”における財政政策と”異常な景気後退期”における財政政策」

●Paul De Grauwe, “Fiscal policies in “normal” and “abnormal” recessions”(VOX, March 30, 2010)


各国政府は財政刺激策を継続すべきだろうか? それとも可能な限り速やかに財政引き締めに転じるべきだろうか? 本論説では、3タイプの異なるマクロ経済モデル――ケインジアンモデル/ニューケインジアンモデル/リアルビジネスサイクルモデル(リカーディアンモデル)――を比較した上で、財政刺激策を継続すべきかそれとも財政引き締めに転じるべきかは、経済がどのようなタイプの景気後退に直面しているかに依存するとの主張を展開する。「通常の景気後退期」(”normal recessions”)においてはニューケインジアンモデルが最も妥当な経済モデルであり、「異常な景気後退期」(”abnormal recessions”)においてはケインジアンモデルが最も妥当な経済モデルであるということになろう。

世界的な経済危機が勃発した2008年以降、各国の財政赤字ならびに政府債務が急速な増加を見せることになったが、このような事態を受けて、経済を刺激する上で財政政策はどの程度有効なのかという問題をめぐって活発な論争が繰り広げられることになった。この論争の帰結は重要な意味合いを持っている。というのも、論争の行方次第で今後の財政政策の方向性――このまま財政刺激策(拡張的な財政政策)を継続すべきなのか、それとも可能な限り速やかに財政刺激策からは手を引くべきなのか――についてどのような立ち位置を取るべきかが決せられることになるからである。

この問題(財政政策の有効性)をめぐっては経済学者の間で意見に違いがあると知っても特段驚かされるようなことはないだろう。経済学者間での意見の違いは以下のFigure 1――この図はアメリカに関する異なるマクロ経済モデルから予測される財政政策の乗数をサーベイした最近の論文(Cogan et al. 2009)に基づくものである――に明瞭なかたちで表現されている。Figure 1ではアメリカ経済に関する2つの異なるモデル――Romer/BernsteinモデルとSmets/Woutersモデル――から予測される財政政策の乗数効果――政府支出が1%だけ永続的に増加した場合にアメリカの実質GDPがどの程度増加することになると予測されるか――が示されている。

Figure 1から確認できるポイントをまとめると以下のようになるだろう。Romer/Bernsteinモデルにおいては政府支出が増加してから1年後以降に強力な乗数効果が表れるとともにその効果(政府支出の増加がもたらすGDPの増加)は永続的との結果になっている。一方で、Smets/Woutersモデルにおいては政府支出が増加してから4年後の乗数は0.4にまで落ち込み、乗数の値は時の経過とともにゼロに向けて低下していくことになる。

Figure 1. 政府支出の1%の永続的な増加がアメリカの実質GDPに及ぼす効果                  出典: Cogan, et al. (2009)

これら2つのモデルの根本的な違いをもっとわかりやすいかたちで捉えるために、以下のFigure 2ではそれぞれのケースでGDPが辿る経路(GDPの水準自体の推移)に加えて財政刺激策(政府支出の1%の永続的な増加)が実施されなかった場合にGDPが辿ることになると想定される経路(ベースライン)を描写している。

  Figure 2. GDPが辿る経路-3つのシナリオ        出典: Cogan, et al.(2009)のデータに基づき筆者が作成

根本的に異なるビジョンに基づくモデル

Figure 2に描かれているように、Romer/Bernsteinモデルにおいては拡張的な財政政策はGDPを永続的に高水準の経路に誘導する結果となる一方で、Smets/Woutersモデルにおいては財政刺激策にもかかわらず経済は時の経過とともにベースラインに向けて収束する傾向にあることがわかる。これら2つのモデルは経済の働き(機能)に関して根本的に異なるビジョンに基づいていると言えよう。

つまりは、Romer/Bernsteinモデルでは複数の異なる均衡が存在し、それゆえに政府が政策を通じて経済を異なる均衡経路に誘導することが可能となる一方で、Smets/Woutersモデルでは均衡は一つしか存在せず、財政政策ショック後に経済はやがてその唯一の均衡に復することになるわけである。言うまでもなかろうが、(経済の機能に関する)異なるビジョンに基づくモデルはどの程度速やかに財政刺激策から手を引くべきかといった問題に対してそれぞれ異なる回答を寄せることになるだろう。

3タイプのマクロ経済モデル

Figure 2における3つのシナリオに応じてマクロ経済モデルを3つのタイプに分類できるであろう。異なるマクロ経済モデルは財政政策の有効性に関してそれぞれ異なる予測をもたらすことであろう。

第1のタイプはケインジアンモデルであり、Romer/Bersteinモデルがこのタイプに該当する。ケインジアンモデルにおいては財政刺激策を通じて生産水準が永続的に高まる結果となるのが一般的であるが、Romer/Bersteinモデルにおいてもこのケインジアン的な結果が得られている。また、ケインジアンモデルでは均衡が複数存在する可能性があり、複数ある均衡のうちいくつかでは雇用水準が完全雇用に満たない可能性がある。

第2のタイプはリアルビジネスサイクルモデルである。このモデルではリカードの中立命題(Ricardian equivalence)が成立すると想定されており(それゆえ、リカーディアンモデルとも呼び得るであろう)、経済主体は合理的かつ将来志向(forward looking)であると見なされる。つまりは、現時点における財政赤字の拡大は将来における増税につながるとの見通しの下に、個々の経済主体は将来の税負担額の増分の割引現在価値を計算した上で(将来の税負担額の増加に備えて)それと同じ額だけ貯蓄を増やすと見なされるのである。リアルビジネスサイクルモデルにおいては財政刺激策は民間の経済主体による貯蓄の増加によって完全に相殺されることになり、財政政策の乗数はゼロということになる。つまりは、リアルビジネスサイクルモデルでは財政刺激策が実施されたとしても経済はFigure 2のベースライン(財政刺激策が実施されなかった場合に経済が辿ることになる経路)に沿って推移することになるわけである。

第3のタイプはニューケインジアンモデルであり、Smets/Woutersモデルがこのタイプに該当する。ニューケインジアンモデルにおいては財政刺激策は生産水準に対して一時的な効果しか持たないが、Smets/Woutersモデルにおいてもこのニューケインジアン的な結果が得られている。ニューケインジアンモデルでは財政刺激策が実施された直後に関しては生産水準に対してケインジアンモデルと非常に似た効果が生じることになるが、リカーディアンモデルが示唆するように合理的で将来志向の経済主体が将来の税負担の増加に備えて貯蓄を増加する――それに伴い民間消費と民間投資が減少する――ために、乗数効果は時とともに消失し、生産はベースライン――リカーディアンモデルにおいて経済が辿ることになる経路――に向けて収束することになる。ニューケインジアンモデルにおいては生産がベースラインに収束するまでにリアルビジネスサイクルモデルよりも長い時間がかかることになるが、その理由はニューケインジアンモデルでは(名目)賃金や(名目)価格が硬直的であるためである。現在の「最先端の」(“state of the art”)マクロ経済モデルの大半はニューケインジアンモデルに属するものであり、そのいずれもSmets/Woutersモデルと似た特徴を保持している (Cwik and Wieland 2009)。

それぞれのマクロ経済モデルに関する以上の簡単な特徴付けからも窺い知れるように、ケインジアンモデルとニューケインジアンモデルとの違いの方がリアルビジネスサイクルモデル(リカーディアンモデル)とニューケインジアンモデルとの違いよりも根本的なものであると言えよう。

ケインジアンモデルにおいては生産が長期的な均衡水準(あるいは均衡経路)に向けて自動的に収束する傾向は存在せず、そのために政府による政策が生産に対して永続的な効果を持ち得ることになる。一方で、ニューケインジアンモデル――ならびにリカーディアンモデル――は経済の働きに関してケインジアンモデルとはまったく異なるビジョンに立っている。ニューケインジアンモデルにおいては財政政策ショックは金利や(名目)価格、(名目)賃金の調整を引き起こすことを通じて民間消費や民間投資のクラウドアウトをもたらし、その結果として生産はやがて長期的な均衡水準(あるいは均衡経路)に引き戻されることになる。リカーディアンモデルでは経済が長期的な均衡に復するまでの調整プロセスが極めて急速に働く一方で、ニューケインジアンモデルでは賃金や価格の硬直性のためにその調整プロセスに時間がかかるという違いはあれど、ニューケインジアンモデルとリアルビジネスサイクルモデルとは基本的には同じ構造を共有しているのである。

最も有用なマクロ経済モデルはどれか?

私見では、「通常の景気後退期」(“normal recessions”)においてはニューケインジアンモデルがおそらくは現実に対する正しい見方を提供するものであり、「異常な景気後退期」(”abnormal recessions”)においてはケインジアンモデルがおそらくはそうであろう。均衡モデル(Equilibrium models)は「通常の景気後退」を理解する上では有用である。というのも、「通常の景気後退期」においては均衡化メカニズム――例えば、経済を潜在的な生産水準(長期的な均衡水準)に引き戻すよう促す金利や価格の変化――が働く余地があるからである。ニューケインジアンモデルを含む均衡モデルは経済を長期的な均衡に引き戻す上で財政政策がどの程度助けとなるかという点について多くの理解を提供してくれるであろう。例えば、経済に対してネガティブな需要ショックが生じたとしよう。ニューケインジアンモデルによると、ネガティブな需要ショックの影響による生産の落ち込みは一時的なものであり、(政府による政策の助けがなくとも;訳者挿入)最終的には生産は長期的な均衡水準に復することになる、ということになろう。しかしながら、生産が長期的な均衡水準に復するまでにはしばらく時間がかかる、ということになろう。このような理解に基づけば、財政刺激策に期待される役割は(ネガティブな需要ショックの影響で落ち込んだ)生産が長期的な均衡水準に向けて回復するプロセスを速める(短縮する)点に求められることになる。財政政策がその役割を効果的に果たし得るためにも政策当局者にとって財政政策の乗数に関する知識は重要な意味合いを持つことになろう。ニューケインジアンモデルに基づく証拠によると、財政刺激策実施直後の乗数はおよそ1であり、その値は時の経過とともに急速に低下することになる。ニューケインジアンモデルによると、「通常の景気後退期」においては財政政策は有用であり得るが、同時に(財政刺激策が長引き過ぎたりその規模が大き過ぎたりするために;訳注)経済が過熱(オーバーシュート)することがないように相応の注意を払う必要がある、ということになろう。また、「出口戦略」(“exit strategy”)に向けて比較的早めに準備を整えておくべきである、ということにもなろう。

現在我々が置かれている状況は「通常の景気後退」なのか? それとも「異常な景気後退」なのか?

現在我々が経験している経済の低迷は「通常の景気後退」であると見なしてよいのだろうか? おそらくその答えは「ノー」だろう。この点に関する私自身の見解を明らかにするために、ここで3種類のデフレスパイラル(deflationary spirals)を区別することにしよう。以下で列挙する3種類のデフレスパイラルはいずれも現在の景気後退下においてその姿を露わにすることになったのであった。

  • ケインジアン流の貯蓄のパラドックス(Keynesian savings paradox): 集合的な信頼の低下(collective lack of confidence)(訳注;多くの人々が同時に信頼の喪失を経験)を原因として人々がこぞって貯蓄の増加に臨み、その結果として自己実現的な生産の落ち込みが発生することに。
  • フィッシャー流のデット・デフレーション(Fisher’s debt deflation): 集合的な不信の発生(collective movement of distrust)に伴って人々がこぞって債務の削減に臨むことに。(債務の返済資金を得ようとして)人々は同時に手持ちの資産の売却に臨み、その結果として資産価格が低下することに。資産価格の低下はバランスシートの健全性のさらなる毀損につながり、それを受けて人々はさらに自滅的な資産の売却に向かうことに。
  • 銀行信用デフレーション(Bank credit deflation): 民間銀行が過度なリスク回避の態度を鮮明にし、一斉に貸し出しの抑制に向かうことに。その結果として(既存の貸出先の資金繰りの悪化に伴って;訳注)既存の貸出債権のリスク(貸し倒れリスク)が高まることに。

これら3種類のデフレスパイラルは共通の構造を有している。いずれのケースおいても、個々の経済主体による行動(貯蓄、債務削減、貸出の抑制)は負の外部性を伴い、そのために自滅的な結果(例えば、貯蓄のパラドックスのように、ある個人が貯蓄の増加に向けて動き出したものの、他の人々も同時に貯蓄の増加に臨むために、所得が低下し、そのために結局のところは貯蓄を増やすことができない;訳注)がもたらされることになるのである。また、いずれのデフレスパイラルも集合的な恐怖/集合的な不信/集合的なリスク回避(異なる経済主体の行動を支える信念や態度が同時に同じ方向に向けて変化する;訳注)をきっかけとして引き起こされることになる。集合行為にはコストがかかるために、個々の経済主体(貯蓄家、企業、民間銀行)が単独で(自らの行動に伴う)負の外部性を内部化することはできず、そのためにコーディネーションの失敗――悪い(社会的な)結果(bad outcome)の回避に向けて個々人の行動をコーディネートすることに失敗――が生じることになってしまうのである(この点について詳しくはCooper and John(1988)を参照せよ)。

このような市場の失敗は異なる人々の信念の間に相関が生じる(言い換えれば、「アニマルスピリッツ」(“animal spirits” )が経済全体を覆う;Akerlof and Shiller(2009)も参照)ために引き起こされることになる。異なる経済主体の信念の間に相関が見られない場合には、市場は個々人の異なる信念を巧みにコーディネートすることになろう。しかしながら、アニマルスピリッツが経済全体を覆う場合には、市場は「良い均衡」(“good equilibrium”)の実現に向けて個々人の行動をコーディネートすることに失敗してしまうと予想されるのである(この点についてはFarmer and Guo(1994)も参照せよ)。

これら3種類のデフレスパイラルは共通の構造を有しているわけだが、ある面では違いも存在する。貯蓄のパラドックスに基づくデフレスパイラルは「フローのデフレーション」(“flow deflation”)と呼び得るだろう。というのも、このデフレスパイラルは消費者がフロー(貯蓄)の決定を変更しようと試みるために生じるからである。一方で、フィッシャー流のデット・デフレーションや銀行信用デフレーションはストック(債務の水準や銀行信用(貸出)の水準)の調整に伴って生じるものであり、それゆえ「ストックのデフレーション」(“stock deflations”)と呼び得るだろう。「フローのデフレーション」と「ストックのデフレーション」が相互作用し始めるや問題が発生することになる。

戦後になって我々がこれまでに経験してきたような「通常の景気後退期」においては「フローのデフレーション」だけがその作用を表し、家計や企業、民間銀行がバランスシートの調整に臨むようなことはなかった。また、家計や企業が悲観主義的になり、将来の所得や利潤が低下するのではないかとの恐れを抱いて貯蓄の増加に臨んだとしても、十分に強力な均衡化メカニズムが自動的に働いて、(「フローのデフレーション」を原因として)経済が止めどない下降スパイラルに陥るような事態は回避された。最も重要な均衡化メカニズムは銀行部門を通じて働くこととなったのであった。

2007年以降に世界経済が直面することになった問題は、「フローのデフレーション」と「ストックのデフレーション」が相互作用し互いに補強し合っている点にある。現在の危機に先立つ期間において民間部門は過剰な債務を積み上げることになったが、それが原因で「ストックのデフレーション」が強力に作動する土壌が形成されることになってしまった。また、「通常の景気後退期」においては自動的に働いた均衡化メカニズムが現在の危機下ではその機能を発揮することはなかった。中央銀行によって金利が引き下げられたものの、民間銀行が貸し出しを抑制したり、貸出金利がなかなか低下しなかったために、その便益(金利の低下)が消費者や企業に及ばなかったのである。

現在我々は「フローのデフレーション」と「ストックのデフレーション」が相互作用する事態に直面している。積み上げられた過剰な債務を目の前にして、家計は債務の削減と貯蓄の増加に向けて動き出している。しかし、(貯蓄のパラドックスとデット・デフレーションのメカニズムが働くために;訳注)待っているのは自滅的な結果であろう。思い通りに目的(貯蓄の増加と債務の削減)を達成できないことを受けて、家計はさらに貯蓄の増加を目指すことになろう。預金金利の低下にもかかわらず民間銀行が貸出金利を引き下げない(あるいは預金金利の低下幅ほどには引き下げない)こと(銀行信用デフレーション;訳注)もまた事態の悪化に手を貸している。加えて、現在の状況下では企業は投資を増やそうとするインセンティブを持たないだろう。つまりは、デフレスパイラルを阻止するようなストッパーがどこにも見当たらないのである(Minsky(1986)とFazzari, et al.(2008)も参照せよ)。

集合行為を通じたコーディネーションの失敗の解決

現在の厳しい経済停滞はコーディネーションの失敗の結果――市場が良好な集合的な結果の実現に向けて個々人の行動をコーディネートすることに失敗した結果――である。

このような市場の失敗は原則的には政府によって組織化された集合行為を通じて解決することが可能である。経済は依然として現在も流動性の罠に嵌っているとの証拠はあるものの、経済が回復する上でキーとなる銀行部門の安定化はこれまでのところどうにか保たれてきたように思える。また、ケインズ流の貯蓄のパラドックスやフィッシャー流のデット・デフレーションといった集合行為の失敗に関しては、政府が貯蓄を切り崩し(財政赤字を拡大し)債務(政府債務)を積み増すことで解決が図られたのであった。もし政府がこのような行動をとらなかったとすれば、民間部門は貯蓄を増やすことも債務を減らすこともできなかったことであろう。政府の行動のおかげもあって、「フローのデフレーション」と「ストックのデフレーション」の相互作用に基づく経済の下降スパイラルは回避されることになったのであった。

これまでの本論説の分析が2007年に始まった景気後退のメカニズムをうまく描写しているとすれば、安定的な均衡の存在を想定するモデルから得られる財政政策の乗数に関する推計はまったくあてにならないということになろう(例えば、Wieland(2009), Cogan et al.(2009), Fatás and Mihov(2009), Hassett(2009)も参照せよ)。政府による財政赤字の拡大と政府債務の積み増しを通じて民間部門におけるコーディネーションの問題が解決され、そのおかげで民間の経済主体は望み通りに貯蓄を増やし債務を圧縮することが可能となった――それも経済の不安定化を伴うことなしに――のであった。政府の一連の行動に伴う「乗数」効果は極めて大きい可能性があるが、その具体的な値を推計することは困難であろう。

持続不可能な債務?

民間債務を政府債務で置き換えようとする試み(民間部門が債務の圧縮に臨む中で政府が(財政赤字の拡大を通じて)公的債務を積み上げる;訳注)に伴う問題は政府債務の持続可能性をめぐるものである。つまりは、(民間債務から政府債務へと)債務の置き換えが進む過程で政府債務が持続不可能な水準にまで積み上がる可能性があり、これは金融市場の関心事ともなっている問題である。もしも政府債務が持続不可能な水準にまで膨らむ恐れがあるとすれば、政府は可能な限り速やかに出口戦略(財政拡張から財政引き締めへと財政政策のスタンスを転換;訳注)に乗り出すべき、ということになろう。しかしながら、政府債務の持続可能性の問題は民間債務の持続可能性の問題と切り離して論じることはできない、という点はおさえておく必要があろう。

民間の債務が依然としてあまりにも高い水準にあり、今後も民間の経済主体は債務の圧縮を継続しなければならないと考えられるのだとすれば、(政府債務の持続可能性に疑問が投げ掛けられたとしても;訳注)できるだけ速やかに出口戦略に乗り出すべきかどうかについてはっきりとした判断を下すことはできないだろう。というのも、その場合、早過ぎる出口戦略は過剰で持続不可能な民間債務をそのまま放置することになり、そのために新たなるデフレスパイラルの発生を許してしまう結果となるかもしれないからである。

つまりは、重要なポイントは、現時点において民間部門の債務が持続可能な水準にあり、それゆえ政府が財政赤字と政府債務の縮小に向けて動き出したとしても経済がデフレスパイラルに陥る恐れがないと言えるかどうか、ということである。残念ながら、現段階でこの問題にはっきりと答えることは難しい。というのも、民間の債務が持続可能な水準にあるかどうかを見極めるのは困難だからである。フィッシャー流のデット・デフレーションの議論で強調されているように、ある特定の経済主体が負っている債務の持続可能性は他の経済主体の行動に依存しているのである。この外部性の存在ゆえに持続可能な債務の水準をはっきりと具体的に見極めるのは困難なのである。

<参考文献>

〇Akerlof, George, and Robert Shiller (2009), Animal Spirits: How Human Psychology Drives the Economy and Why It Matters for Global Capitalism, Princeton University Press, 264.
〇Cogan, John, Tobias Cwik, John B Taylor and Volker Wieland (2009), “New Keynesian versus Old Keynesian Government Spending Multipliers”,CEPR Discussion Paper 7236, March.
〇Cwik, Tobias, and Volker Wieland (2009), “Keynesian Government Spending Multipliers and Spillovers in the Euro Area”, CEPR Discussion Paper7389.
〇Cooper, Russell W and John, Andrew (1988), “Coordinating coordination failures in Keynesian models(JSTOR)”, Quarterly Journal of Economics, 103:441-463(ディスカッションペーパー版はこちら(pdf)).
〇Farmer, Roger and Jang-Ting Guo (1994), “Real Business Cycles and the Animal Spirits Hypothesis(pdf)”, Journal of Economic Theory, 63, 42-73.
〇Fatás, Antonio and Illian Mihov (2009), “Why Fiscal Stimulus is Likely to Work(Wiley Online Library)”, International Finance 12:1, Spring.
〇Fazzari, Stevan, Pierro Ferri and Edward Greenberg (2008), “Cash flow, investment, and Keynes–Minsky cycles(ScienceDirect)”, Journal of Economic Behavior and Organization, 65:555–572(ワーキングペーパー版はこちら(pdf)).
〇Fisher, Irving (1933), “The Debt-Deflation Theory of Great Depressions(pdf)”, Econometrica, 1:337-57, October.
〇Leijonhuvud, Axel (1973), “Effective demand failures(JSTOR)”, Swedish Journal of Economics, 75:27-48(ワーキングペーパー版はこちら(pdf)).
〇Minsky, Hyman (1986), Stabilizing an Unstable Economy, McGraw Hill, 395pp.
〇Reinhart, Carmen and Kenneth Rogoff (2009), “The Aftermath of Financial Crises”, NBER Working Paper 14656(草稿はこちら(pdf)).
〇Smets, Frank and Raf Wouters (2007), “Shocks and Frictions in US Business Cycles: A Bayesian DSGE Approach(JSTOR)”, American Economic Review 97, 3: 506-606(ワーキングペーパー版はこちら(pdf)).
〇Wieland, Volker (2009), “The fiscal stimulus debate: “Bone-headed” and “Neanderthal”?”, VoxEU.org, 31 March.

ダニエル・リー 「目標インフレ率は4%に引き上げられるべきか?」

●Daniel Leigh, “A 4% inflation target?”(VOX, March 9, 2010)


IMFのチーフエコノミストであるO.ブランシャール(Olivier Blanchard)はつい最近発表した共著論文の中で、深刻な不況期において名目金利のより一層の引き下げを可能とする(名目金利のより一層の引き下げ余地を確保する)ためにも、中央銀行は平時における目標インフレ率を4%に設定すべきではなかろうか、との提言を行った。本論説では、仮に実際よりも高めの目標インフレ率が設定されていたとすれば、日本経済が“失われた10年”(“Lost Decade”)において喪失することになった産出量の規模は実際の半分で済んでいたであろうことを示す研究成果を紹介するが、そうすることを通じてブランシャールの提言に支持を与えることになるであろう。

セントラルバンカーの世界における通念(conventional wisdom)では、金融政策の目標は低インフレ-例えば1~2%程度のインフレ率-の達成に置かれるべきだ-マクロ経済的な諸目標の中で低インフレの達成を第一義的な目標とすべきだ-、と見なされている。1996年に世界中のセントラルバンカーを一堂に集めて開催されたジャクソンホールカンファレンスでは、参加者の間で「金融政策の適切な長期的な目標は低位のあるいはゼロ%のインフレ率の達成にある、との同意が得られた」(Kahn 1996)。インフレ率の計測上におけるバイアスの典型的な推計を考慮すると、実際に計測されたインフレ率で見て1~2%のインフレ率がほぼゼロ%のインフレ率に対応することになろう(Wynn and Rodriguez-Palenzuela 2002)。 しかしながら、今般の世界金融危機の余波を受ける中で、低インフレ率の達成を目標に掲げる国の中には名目金利をこれ以上引き下げ得ないような状況に追い込まれた国も見られた。いくつかのケースでは、望ましい名目金利がゼロ%以下であることが示唆されてもいる。例えば、Rudebusch (2009)の推計によると、2009年のアメリカではテイラールールに基づく限りFF金利(フェデラルファンド金利)はマイナス4%を下回る-ゼロ下限制約のずっと下-必要があった、とのことである。そこで次のような質問が投げかけられることになろう。仮に実際よりもずっと高めのインフレ率が目標に掲げられていたとすれば、果たして我々は万能薬を手にすることになっていたであろうか?

「金利の引き下げ余地」(“room to cut”)の価値(あるいは便益)に関する最新の研究

つい最近のことだが、IMFのチーフエコノミストであるO.ブランシャールとその同僚らは、世界各国の政策当局はもっと高めのインフレ率-具体的には、例えばおよそ4%-の達成を目標に据えるよう検討してみてはどうだろうか、との提言を行っている(Blanchard et al. 2010)。かつて私自身、仮に実際よりも高めの目標インフレ率が設定されていたとすれば、日本経済のパフォーマンス-日本経済は、1990年代中頃に政策金利がゼロ%の下限に達し、その後「失われた10年」(“Lost Decade”)を経験することになった-は改善されることになったかどうかを検討したことがある(Leigh 2009)。具体的にはその論文では、日本経済のデータから推計された標準的なDSGEモデルに基づき反実仮想的なシミュレーション(counterfactual simulations)を行っている。以下で紹介する3つの発見はそのシミュレーションを通じて明らかになったものである。

第1の発見;「1990年代の初期に日本銀行は大いなる政策の過ちを犯した」との見解が広く受け入れられているが、モデルの推計によると、当時の日本銀行は伝統的なテイラー型の反応関数-その独特の特徴としては、インフレ率の安定化に重きが置かれており、暗黙的に1%のインフレ率が目標として設定されている-にしたがって振舞っていたことが示唆されている。つまりは、(訳注;テイラー型の反応関数にしたがって政策金利が決定されていたという意味では)1990年代初期における日本銀行の政策は決して異端(unorthodox)なものではなかった、ということである。図1は実際の政策金利の推移とテイラー型の反応関数から推計される政策金利の推移とを並べて掲げたものであるが、1990年代の初期においては実際の政策金利はテイラー型の反応関数から推計される政策金利に寄り添っていることがわかる。

図1.日本経済:推計された政策金利(実線)と実際の政策金利(点線)

第2の発見;反実仮想的なシミュレーションの結果によると、仮に目標インフレ率が4%であったならば、日本銀行は名目金利のゼロ下限制約を回避し得ただろうことが示唆されている。しかしながら、単に名目金利のより一層の引き下げ余地を手にしただけでは産出量(GDP)の大きな改善にはつながらなかったであろう。産出の安定化に対して実際よりも重きが置かれるようでなければ、(訳注;目標インフレ率を4%に設定することで)追加的に手にすることになった名目金利の引き下げ余地も完全には活用されなかったであろう。モデルによれば、実際よりも高めの目標インフレ率が設定されることで期待インフレ率が上昇することになるが、それに伴う産出量の改善は一時的なものにとどまることになる(図2を参照)。

図2.日本経済:目標インフレ率4%;実際(実線)と反実仮想(点線)

第3の発見;実際よりも高めの目標インフレ率を設定することに加えて、産出の安定化に対して実際よりも敏感に反応するような(産出の安定化に対して実際よりも重きを置くような)政策対応が採られていたとすれば、日本のマクロ経済のパフォーマンスは大きく改善していたであろうことを示す証拠がある。具体的には、シミュレーションの結果によると、仮にそのような政策対応が採られていたとすれば、「失われた10年」において日本経済が喪失することになった産出量の規模は実際の半分程度で済んでいたであろうことが示唆されている(図3を参照)。

図3.日本経済:目標インフレ率4%+産出の安定化に対する一層敏感な反応;実際(実線)と反実仮想(点線)

1990年代の日本経済の経験が伝える教訓

どうすれば次なる「失われた10年」を避けることができるだろうか? 金融政策はどのようなかたちでそのことに貢献できるだろうか? 日本経済と似たような構造を有しており、また日本経済と似たようなショックに晒されているような経済の中央銀行に対しては、前節における分析結果から以下の2つの重要な政策変更が示唆されることになろう。

  • 第1に、名目金利のより一層の引き下げ余地を確保するために、目標インフレ率を引き上げるべきである。

私自身の研究では、4%の目標インフレ率-現在先進国で受け入れられている規範(norm)と比べると随分と高めのインフレ率であるが、一般的にそれに伴うコストが大きいと見なされている水準よりはかなり低めのインフレ率-に焦点が当てられている。ここで、かつてのFRB議長でありタカ派で知られたポール・ヴォルカー(Paul Volcker)が、1980年代の初期にインフレ率が4%近辺で安定したやいなや「勝利を宣言した」という事実を指摘しておくことは価値があるであろう(Tobin 2002)。

  • 第2に、産出の安定化に対するより一層積極主義的な(activist)アプローチが求められる。

この点は、金融政策の運営にあたり(訳注;インフレ率だけではなく)産出(の変動)に対しても明示的な対応を促すように中央銀行の法的な責務(mandate)を拡張することが次なる「失われた10年」を避ける上で助けとなるであろうことを示唆している。 ところで、現在日本経済は一つの挑戦に直面している。10年にわたるマイルドなデフレーションを経験した後に生じたさらなるデフレ圧力の高まりにどのように対処したらよいか、という挑戦である。日本経済が直面しているこの挑戦はおそらくは「失われた10年」を回避する以上に複雑な政策課題であると言えよう。

<参考文献>

〇Blanchard, Olivier, Giovanni Dell’Ariccia, and Paolo Mauro (2010), “Rethinking Macro Policy”(拙訳はこちら), VoxEU.org, 16 February.
〇Eggertsson, Gauti (2006), “The Deflation Bias and Committing to Being Irresponsible”(ワーキングペーパー版はこちら(pdf)), Journal of Money, Credit and Banking, 38(2), pp. 283-321, March.
〇Eggertsson, Gauti (2008), “Great Expectations and the End of the Depression(pdf)”, American Economic Review, 2008: 90(4).
〇Kahn, George A., 1996, “Achieving Price Stability: a Summary of the Bank’s 1996 Symposium(pdf)”, Economic Review, Fourth Quarter 1996, Federal Reserve Bank of Kansas City.
〇Leigh, Daniel, 2009, “Monetary Policy and the Lost Decade: Lessons from Japan(pdf)”, IMF Working Paper 09/232.
〇Rudebusch, Glenn D (2009), “The Fed’s Monetary Policy Response to the Current Crisis”, Federal Reserve Bank of San Francisco Economic LetterNumber 2009-17.
〇Tobin, James (2002), “Monetary policy”, in: Henderson, D R (ed.), The Concise Encyclopedia of Economics, Liberty Fund Inc., Indianapolis.
〇Wynne, Mark A and Diego Rodriguez-Palenzuela (2002), “Measurement bias in the HICP: What do we know, and what do we need to know?(pdf)”,European Central Bank Working Paper Series, 131.