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タイラー・コーエン 「ノーベル経済学賞を手にしていない経済学者の中で最も偉大なのは誰?」(2010年4月13日)/「ケビン・マーフィーという切れ者」(2006年11月4日)

●Tyler Cowen, “Who are the best economists without a Nobel Prize?”(Marginal Revolution, April 13, 2010)


本ブログの熱心な読者の一人であるBob T.から次のような質問を頂戴した。

ノーベル経済学賞を手にしていない経済学者の中で最も偉大な学者は誰だと思われますか? アルチャン(Armen Alchian)でしょうか? タロック(Gordon Tullock)でしょうか? ティブー(Charles Tiebout)でしょうか? それともバロー(Robert Barro)でしょうか?

個人的には上の面々に加えてアルバート・ハーシュマン(Albert Hirschman)アンソニー・ダウンズ(Anthony Downs)も候補に挙げたいところだ。他には誰がいるだろうか? ケビン・マーフィー(Kevin Murphy)はどうだろうか? 彼は従来のノーベル賞の枠にはうまくはまらないタイプの学者ではあるが、並外れた「経済学者」(規範的な問題(「~であるべき」)とは距離を置いて実証的な問題(「~である」)に専心する「実証経済学者としての経済学者」)の一人であることは確かだ。

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●Tyler Cowen, “Profile of Kevin Murphy”(Marginal Revolution, November 4, 2006)


「ケビン・マーフィーはアメリカで一番頭が切れる経済学者だ」と多くの人々が口を揃えて評している。

「ケビンは僕ら(経済学)の世界で断トツの切れ者なんだ」。そう語るのは『ヤバい経済学』の著者として知られるスティーヴン・レヴィット。・・・(略)・・・「切れ者と評判の人間と深く付き合うようになってそいつのことに詳しくなればなるほどあまり利口には見えなくなってくる。そんなことが往々にしてあるものだけれど、ケビンの場合はそれとは真反対なんだ1。ケビンは地球上で一番頭が切れる経済学者と広く認められているだけじゃない。ケビンは調子の悪い冷蔵庫を独力で修理できちゃう手腕の持ち主でもあるんだ」。

マーフィーがこれまでに書き上げて学術誌に掲載された論文の数は60本を超えているが、そのいずれもが揃いも揃って他の同僚との共著というかたちをとっている。当該の記事ではその理由についても説明されている。この記事はクレイグ・ニューマークとスティーヴン・レヴィットに教えてもらったものだ。

(追記)レヴィット&ダブナーの二人(「ヤバい経済学」コンビ)が「気候の経済学」をテーマにした記事をニューヨーク・タイムズ紙に寄稿している。是非とも一読されたい。

  1. 訳注;ケビンのことを詳しく知れば知るほどますます賢く見えてくる、という意味。 []

タイラー・コーエン 「21世紀に入ってノーベル賞受賞者を一番多く生み出している大学は?」(2015年8月6日)

●Tyler Cowen, “Stanford is the top producer of Nobel Laureates in this century”(Marginal Revolution, August 6, 2015)


どこかというとその答えはスタンフォード大学とのこと1。二位のコロンビア大学にはっきりとした差をつけての一位だ。ちなみに、ハーバード大学は11位。カリフォルニア大学サンタバーバラ校の方がMIT(マサチューセッツ工科大学)よりもランキングは上だ。オックスフォード大学からはノーベル賞受賞者は1人も出ていない2

ランキングはこちら。文学賞と平和賞は除外されている点に注意。

ノーベル賞受賞者の国籍別のランキングだと、アメリカがぶっちぎりの一位。イギリスが二位。日本を除くとアジアからはノーベル賞受賞者はほんの少数しか出ていない。

この情報を知らせてくれたMichelle Dawsonに感謝。スタンフォード大学の躍進(それも経済学の分野においての話)についてはつい先日も話題にしたばかりだ。あわせて参照されたい。

  1. 訳注;ランキングはノーベル賞受賞者がどの大学(ないは大学院)を卒業したかではなく、ノーベル賞受賞時にどの大学(ないしは研究機関)に所属していたかに応じて作成されている。2000年から2014年までの15年間にノーベル賞を受賞した研究者が対象。ちなみに、2015年度と2016年度のデータも加味した最新のランキングだと、プリンストン大学が一位の座を奪取しているようだ(スタンフォード大学は二位)。 []
  2. 訳注;オックスフォード大学の卒業生で21世紀に入ってノーベル賞を受賞した研究者は1人もいないという意味ではなく、ノーベル賞受賞時にオックスフォード大学に所属していた研究者は(21世紀に入ってからは)一人もいないという意味。 []

タイラー・コーエン 「ノーベル賞と研究費助成」(2010年2月21日)

●Tyler Cowen, “Sources of funding for Nobel Prize work”(Marginal Revolution, February 21, 2010)


Athina Tatsioni&Effie Vavva&John P. A. Ioannidisの三人が興味深い論文を物している。

資金(研究費)の確保は科学研究にとっても重要な意味合いを持っており、画期的な研究成果の輩出に貢献するようなこともあるかもしれない。本論文ではノーベル賞の受賞対象となった画期的な科学論文に焦点を当てて研究費の出所についての分析を試みた。2000年から2008年までの間に生理学・医学、物理学、化学の三分野において合計70名の研究者にノーベル賞が授与されている。ノーベル賞の受賞対象となった業績と関わりのある93本の論文のうち65本の論文(70%)で研究費の助成を受けている旨が報告されており、そのうち(65本のうち)53本(82%)は米国政府による助成、19本(29%)は米国以外の政府による助成、33本(51%)は非政府機関による助成という内訳になっている。研究費の助成を一切受けていない論文もかなりあるが、研究費の助成を一切受けていない論文の著者(であるノーベル賞受賞者)に連絡を取ったところ13名の受賞者から応答があり、研究費の調達プロセスや研究費の調達に付き纏(まと)う難事について各人に知見を披瀝してもらう機会を得た。ノーベル賞の受賞対象となった業績を研究費の助成を通じて支えた機関はかなり多岐にわたっており、その数は合計で64ヶ所に上る。その中でも突出しているのはアメリカ国立衛生研究所(NIH)(研究費を助成した論文の数は26本)やアメリカ国立科学財団(NSF)(研究費を助成した論文の数は17本)といったいくつかの公共機関である。しかしながら、研究費の助成を一切受けていない場合であってもノーベル賞級の業績が生み出されることがあり、研究者が所属する機関が研究に打ち込める環境を整えることに力を尽くす場合においてとりわけそうである。

この論文の存在を教えてくれたMichelle Dawsonに感謝。

タイラー・コーエン 「ノーベル賞の政治学」(2004年9月15日)

●Tyler Cowen, “The politics of Nobel Prizes”(Marginal Revolution, September 15, 2004)


ホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)は世界を代表する最も偉大な作家の一人だったにもかかわらず、ノーベル文学賞を手にすることなくその生涯を終えた(ボルヘスの作品を読んだことがないようであれば試しにこちらの短編集(邦訳『伝奇集』)に挑戦してみるといい)。どうしてなのかずっと疑問だったのだが、その理由が遂に判明した。

(ピノチェトが軍政を敷いている)チリを訪問したことでボルヘスがノーベル文学賞を手にするチャンスも潰えることになってしまった。チリを訪問したその年はおろか、それ以降の生涯を通じてボルヘスをノーベル文学賞の受賞者候補に推す声に異を唱える人物がいたのである。その人物とはノーベル文学賞の古参の選考委員であり、社会主義者の作家であるアーサー・ルンドクビスト(Arthur Lundkvist)。ルンドクビストはチリ共産党員の詩人で1971年にノーベル文学賞を受賞したパブロ・ネルーダ(Pablo Neruda)の長年の友人でもあった。ルンドクビストはボルヘスの伝記の作者でありチリ共産党の議長を務めたこともあるV. テイテルボイム(Volodia Teitelboim)に後年になって次のように説明している。「ボルヘスがピノチェトによる軍政を公認したことは決して許さないだろう」。

ボルヘスは民主主義の信奉者だったということはきっちりと指摘しておくべきだろう。それにもかかわらずボルヘスがピノチェトによる軍政を支持した理由はあの当時の状況においてはピノチェトによる軍政がいくつかある選択肢の中でも最善のものだと考えたためだったのだ。比較までにパブロ・ネルーダに関する次の(いくぶんか誇張されたところのある)記述もご覧になられたい。

1973年に今にも亡くなろうとしている直前のことだ。その段階に至ってもネルーダは依然としてスターリンのことを「かの賢明で冷静沈着なグルジア人」(“that wise, tranquil Georgian”)と語り続けていたという。ネルーダは毛沢東率いる中国に対しても同じく寛大な姿勢を貫いた。ネルーダは中国の広い大地に住む人民の誰もが青色の人民服を着用している光景を目にするのが大好きだったのだ。

ちなみに、はじめの引用はエドウィン・ウィリアムソン(Edwin Williamson)によるボルヘスの優れた伝記である『Borges: A Life』の426ページから抜き出したものである。

タイラー・コーエン 「ノーベル賞選考委員会の目的は何?」(2006年10月7日)

●Tyler Cowen, “What do prize committees maximize?”(Marginal Revolution, October 7, 2006)


賄賂をかき集めるという目的はとりあえず脇に置くとして――スウェーデン王立科学アカデミーに関してはこのことを目的としていないことは間違いないところだ――、ノーベル賞選考委員会が追求し得る目的にはどのようなものがあるだろうか? 考え得る候補をいくつか挙げるとしよう。

a) 何らかの政治目標(political agenda)の推進を図る。

b) 自らの評判(ひいてはノーベル賞という賞の評判およびノーベル賞の対象となっている学問分野の評判)を高める。

c) 識者からの批判をできるだけ避ける(批判の最小化)。これは b) と似てはいるが、識者全体の意見を集約した平均的な見解ではなく意見分布の左裾1に位置する見解に注意を払うという違いがある。

少なくともノーベル経済学賞に関する限りでは、b)とc)の組み合わせに照らして受賞者が選ばれているのではないかというのが私の考えだ。もう少し詳しい話は拙著の『What Price Fame?』を参照していただきたいと思う。

c)という要因はポール・クルーグマンに賞が授与される可能性を低める方向に働くだろう2。クルーグマンだけではない。遺憾ながらゴードン・タロックにしてもそうだ。彼は思ったことを迷わず口にしてしまうところがあるのだ3。一方で、b)という要因はオリバー・ハートをはじめとした多くの理論家に賞が授与される可能性を低める方向に働くだろう。ロバート・ウィルソン&ポール・ミルグロムは――彼らの研究は現実のオークションの設計に応用されていることもあって――数ある理論家の中では受賞のチャンスがいくらか高いかもしれない。オリバー・ハート4やジャン・ティロール5の研究は非常に質が高いことは言うまでもないが、彼らが受賞したところでノーベル経済学賞にさらに箔(はく)がつくことになるかというと何とも言えないところだ6。ハートやティロールの研究を理解できる人が世間にどのくらいいるだろうか? 彼らの研究は現実の政策に影響を与えているだろうか? そういう疑問が頭をよぎるのだ。ポール・ローマーの研究(および彼の研究に連なる収穫逓増のアイデア)は時の試練に耐えてきたと果たして言えるだろうか? アフリカの国々を除外して考えると、世界各国の経済成長率は(内生的経済成長理論から予測されるところとは違って)時とともに収束に向かいつつあるように見えるのだ。

今年度(2006年度)はユージン・ファーマ7とリチャード・セイラーの二人が共同で受賞するのではないかというのが私なりの予想8。オリバー・ウィリアムソン9が受賞する可能性も多くの一流経済学者が考えている以上に高いのではないか。そうも思える。ジャグディーシュ・バグワティーという線も十分考えられるが、その場合には何とも厄介な疑問に答えねばならなくなる。クルーグマンとの共同受賞(貿易理論の分野での貢献)というかたちをとるべきか、それともタロックとの共同受賞(レントシーキングにまつわる業績)というかたちをとるべきか、という疑問である。ノーベル経済学賞の選考委員の面々はハーバードやMIT(マサチューセッツ工科大学)といった主流派グループには属しておらず、それゆえ時の試練に耐え得る業績は何かという点についてアウトサイダー寄りの視点を持ち合わせていることも記憶にとどめておきたいところだ。

ところで、グレッグ・マンキューが「ノーベル賞選考委員会は何を目的にすべきか(何を最大化すべきか)?」という規範的な問いを投げかけている。「シングルヒット」(単打)級の(地道な)研究に取り組む研究者が一人でも多く増えることが望ましいにもかかわらず、ノーベル経済学賞は研究者たちに「ホームラン」級の研究をぶっ放そうという気を起こさせることになっているのではないか? マンキューはそう語っているが、経済学の分野における多くの偉大な貢献はノーベル経済学賞を獲ることを意識して手掛けられてなどいないというのが私の考えだ。一流の科学者は外的なインセンティブに恵まれているばかりではなく強烈な内発的な動機づけにも突き動かされているものなのだ。ノーベル賞が研究者に対して何かをする気を起こさせるとすれば、スウェーデンへのロビー活動を促すことにはなるだろう。ハーバード大学に籍を置く某経済学者が毎年スウェーデンに向けて(自分の名前を売り込むために)「休暇旅行」に出掛ける慣わしになっていることはよく知られているところだ。

世間に向けて経済学を宣伝する。科学を学ぶ人の数を増やす。科学研究に対する政治家や世間、マスメディアの信頼を高める。ノーベル賞を厚生の最大化のために役立てるとすれば今挙げたようなことを目指すべきだろう。そのためには理路整然としていて語り口がわかりやすくて学究的で現実世界と関わりのある話題を研究テーマとしている人物に賞を授与すべし、ということになろう。この点に関してノーベル経済学賞の選考委員会はこれまでのところはいい仕事をやってのけてきている。今回もまた絶妙な判断が下されることを祈るとしよう。

  1. 訳注;おそらくは受賞者候補に対する批判的な意見、という意味。 []
  2. 訳注;クルーグマンは2008年度にノーベル経済学賞を単独受賞している。 []
  3. 訳注;クルーグマンにしてもタロックにしても歯に衣着せぬ物言いのために「敵」が多く、彼らにノーベル賞を与えようものなら多くの批判の声が持ち上がるに違いなく、仮にノーベル賞選考委員会が周囲からの批判を避けようとするのであれば二人に賞を与えることには二の足を踏むだろう、という意味。 []
  4. 訳注;ハートは2016年度にホルムストロームと共同でノーベル経済学賞を受賞している。 []
  5. 訳注;ティロールは2014年度にノーベル経済学賞を単独受賞している。 []
  6. 訳注;世間一般における評判を高めることになると言えるかどうか微妙という意味。世間の普通の人々はハートやティロールの研究を十分には理解できず、それゆえ二人がノーベル賞を受賞しても世間におけるノーベル経済学賞の評判が高まるとは限らないといったことがおそらくは言いたいのであろう。 []
  7. 訳注;ファーマは2013年度にロバート・シラーおよびラース・ハンセンと共同でノーベル経済学賞を受賞している。 []
  8. 訳注;ちなみに、2006年度のノーベル経済学賞はエドムンド・フェルプスに贈られた。 []
  9. 訳注;ウィリアムソンは2009年度にエリノア・オストロームと共同でノーベル経済学賞を受賞している。 []

タイラー・コーエン 「独裁者の地位の継承にまつわる仮説」(2005年9月13日)

●Tyler Cowen, “Are autocratic successors less fierce?”(Marginal Revolution, September 13, 2005)


仮説A:独裁者の跡継ぎは先代に比べると気性が穏やかだと予想される。跡継ぎの座を狙っている気性の荒い側近(や身内)は独裁者にとって恐怖の対象となるためである1

仮説B:世襲君主制のもとでは権力欲(権力への愛)が培われることはなく、跡継ぎの面々はその座を力ずくで手に入れた初代に比べると気性が穏やかだと予想される。この仮説はゴードン・タロックによるものだ2、とはブライアン・カプランの言だ。

仮説C:独裁者の地位を巡ってその都度(独裁者が死亡してその座が空くのに伴って)熾烈な権力闘争が繰り広げられるよりは穏便な権力移譲を保障する仕組み3を通じて跡継ぎが選び出される方が好ましい4

仮説D:穏便な権力移譲を保障する仕組みを通じて選ばれる跡継ぎは気性が穏やかな傾向にあるとすると、穏便な権力移譲を続けていくことは次第に(代替わりが繰り返されるに伴って)困難になっていくものと予想される5

仮説E:何度も何度も企てられるクーデターの試みをどうにかして未然に防ぐことができれば、経済成長への道が開かれる可能性がある。

ネオ・ラオホ

ジョナサン・クリック(Jonathan Klick)による関連する論文はこちら(pdf)。独裁制から民主主義への体制転換をテーマとしたダニエル・サッター(Daniel Sutter)の論文はこちら。ネオ・ラオホ(Neo Rauch)の別の作品はこちら

  1. 訳注;独裁者が生前にその座を退いて跡継ぎを指名するとなったら自らの身の安全を守るためにも気性が穏やかな人物を後任に選ぶ可能性が高いものと予想される。跡継ぎの気性が荒いと場合によっては国外追放されたり殺害されたりするかもしれず、絶えずビクビクしながら日々(独裁者としての地位を退いた後の人生)を過ごさねばならなくなるかもしれないためである。 []
  2. 訳注;この仮説はGordon Tullock(著)『Autocracy』(この本はタロック選集第8巻の『The Social Dilemma: Of Autocracy, Revolution, Coup d’Etat, and War』にも収録されている)の中で展開されている。 []
  3. 訳注;世襲制はそのうちの一つ。 []
  4. 訳注;世襲制が(クーデターの発生を抑えることで)社会秩序の維持に対して持つ意義についてはこちらの論文(Peter Kurrild-Klitgaard, “The Constitutional Economics of Autocratic Succession”)を、(世襲制が)その国の経済成長に及ぼす影響については例えばこちら(pdf)の論文(Timothy Besley&Marta Reynal-Querol, “The Logic of Hereditary Rule: Theory and Evidence”)を参照されたい。 []
  5. 訳注;おそらくは政権転覆を狙った試みが誘発されやすくなるという意味だと思われる。気性が穏やかな人物が独裁者の地位にある場合、クーデター等が発生してもそれほど抵抗することもなくあっさりとその座を明け渡すことになるかもしれない。言い換えると、独裁者の気性が穏やかなほどクーデターが成功する(それも犠牲をそれほど伴うことなく成功する)見込みが高まり、それゆえクーデターが誘発されやすくなる可能性がある。 []

タイラー・コーエン 「宿願達成に燃える金正日総書記」(2009年3月17日)/「改革に燃える金正恩第一書記」(2012年9月4日)

●Tyler Cowen, “A market in something, every now and then”(Marginal Revolution, March 17, 2009)


あれにもこれにも時としてマーケットができる。今回は北朝鮮版だ。そのマーケットとは・・・「ピザ」のマーケットだ。

ついにである。北朝鮮が総書記の宿願であるプロジェクトに乗り出すに足るだけのテクニックをついに体得したのだ。10年近くを要した一大事業である。「本格的な」ピザを提供する同国初のイタリアンレストランがこのたび開店に漕ぎ着けたのだ。

金正日(キム・ジョンイル)総書記の指示によりコックの一団がイタリアのナポリやローマに派遣されたのは昨年(2008年)のこと。本場でピザ作りの正しいテクニックを学ばせるためである。それまでにもピザの模倣に向けた努力は地道に続けられてはいた。しかしながら、金総書記によって「国産」のピザには「間違ったところ」があるとの判定が下され、本場での修業が必要ということになったのであった。

1990年代後半に遡るが、金総書記の指示によってイタリアからピザ職人の一団が北朝鮮国内に招かれたこともある。部下の将校らにピザの作り方を伝授してもらうためである。北朝鮮ではピザはぜいたく品の一つ。国内で暮らす2400万人の多くが食うに困る状態に置かれている中、ピザを堪能できるのは一部のエリート層だけ。

国内では食糧不足が続いているものの、いつでも「完璧なピザ」が作れるように取り計らうために本場のイタリアから小麦や小麦粉、バター、チーズ(いずれも高品質)といった(ピザを作るために必要となる)材料が買い付けられているという。

東京に本社を置く朝鮮新報がこのたび平壌(ピョンヤン)で開店したばかりのイタリアンレストランの支配人に取材したところ、金総書記が語った言葉を引用するかたちで次のようなコメントを口にしたという。「我が人民も世界的に有名な料理を楽しめるようにすべきだ」。

同じく朝鮮新報によると――同紙は共産主義体制(たる北朝鮮当局)の意見を代弁する機関紙としばしば見なされているが――、件のイタリアンレストランは昨年の12月に開店して以来大人気を博しているという。

同紙はレストランを訪れた女性のコメントとして次のような言葉も報じている。「ピザやスパゲッティが世界的に有名な料理だということはかねてよりテレビや本を通じて知ってはいましたが、実際に食べてみたのは今回が初めてでした。独特な味がしますね」。

「首都(の平壌)で本格的なイタリア料理が味わえるようにしたい」との金総書記の長年の夢が叶えられたとのニュースが届く中、北朝鮮当局は「ロケットの発射実験を行うぞ」との脅し――そのロケットはアメリカ本土を射程に収める能力を備えているのではないかとアメリカ国内では信じられている――を続けている。

この話題に気付くきっかけをくれたLeonard Monasterioに感謝する。

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●Tyler Cowen, “What counts as progress in North Korea”(Marginal Revolution, September 4, 2012)


(父である金正日の後継者であり)新たな国家指導者である金正恩(キム・ジョンウン)第一書記が躊躇なく現状批判を行う様を目にして驚いたと語るアナリストもいる。そのような姿が特に顕著に見られたのは金第一書記が部下を引き連れて4ヶ月前に国内の遊園地を視察した時のことだ。

北朝鮮の国営メディアでは「北朝鮮=社会主義の楽園」として描かれる決まりになっているが、金第一書記が遊園地を視察した時の報道は一味違った。金第一書記が遊園地を巡回しながらその惨状に不平を漏らす様を包み隠さず報じたのだ。(遊具の)塗料のはがれ、亀裂の入った舗道、あちこちに生える雑草。金第一書記の目に飛び込んでくる荒廃した遊園地の姿。国営メディアの報道によると、金第一書記は「イライラした顔つき」で近くの雑草を次々に引き抜いていったという。

どうしてこんな有様になるまで放っておいたのか。「時代遅れでイデオロギーに縛られた」考え方が招いた結果なんじゃないのか。金第一書記は視察の最中にそのように部下をたしなめていたという。さらに、金第一書記は遊園地の改修工事を監視する責任者をその場で任命したという。

視察が終わってから2週間後に国営メディアが伝えた続報によると、「朝鮮人民軍は問題の遊園地を近代的なレクリエーション施設として蘇らせるべく全精力を注いでいる最中」ということだ。

全文はこちら(この記事では北朝鮮で進行中の農業改革のあらましも取り上げられている)。

アレックス・タバロック 「朝鮮半島を二分する境界線にて」(2012年10月14日)

●Alex Tabarrok, “A Brief Visit to North Korea”(Marginal Revolution, October 14, 2012)


北朝鮮側にいるコーエン(左)に韓国側にいる私(右)。

北朝鮮側にいる私(左)に韓国側にいるコーエン(右)1

二人ともちょっと緊張しているように見えるとすればそれもそのはずだ。写真を撮影した現場(韓国と北朝鮮を分かつ軍事境界線上にある板門店)は緊張感に包まれていたのだ。それもいつにもまして。というのも、我々二人がこの地を訪れた数日前に北朝鮮側の兵士が勤務中に上官2名を射殺して(軍事境界線を越えて)韓国側に亡命するという事件が起きたばかりだったのだ。(2012年時点の)北朝鮮は例年よりも過酷な食糧不足に見舞われているようだが、そのことも現地の緊張感を高める一因となっていたことは間違いない。

ところで、今回実際に訪れてみてはじめて知ったのだが、韓国国内を走る高速道路の一つから北朝鮮の風景を目視することができる。土がむき出しになっている裸の土地が目に入る。薪として使うためにあるいは樹皮から得られるほんの少しの栄養分を摂取するために木々が伐採され尽くしてしまっているのだ。

最後の一枚だ。北朝鮮側の見張りがこちらを監視しながら我々二人の姿を写真に収めている。記録として残すためだろう。

  1. 訳注;ちなみに、コーエンがコメント欄で次のようにコメントしている。「一枚目の写真に写っている(北朝鮮側にいる)私と二枚目の写真に写っている(韓国側にいる)私を比べたらどちらかと言えば二枚目の方が幸せそうな見た目をしていることに読者も気付かれることだろう」。 []

アレックス・タバロック 「社会実験の帰結」(2004年10月21日)/タイラー・コーエン 「どっちのコリア?」(2004年9月29日)

●Alex Tabarrok, “A social experiment”(Marginal Revolution, October 21, 2004)


地球の外にいる異星人たちにも共産主義の効果は一目瞭然だ1

不気味な雰囲気に包まれた「柳京ホテル」のことも忘れずにおさえておきたいところだ。初期の建設費用だけでも対GDP比で2%にも及ぶとされる平壌(ピョンヤン)にある超高層ホテル、それが柳京ホテルだ。とは言っても、品質面での構造的な問題もあって未だ建設途上のもぬけの殻(廃墟)にとどまっている。北朝鮮当局は地図からその存在を抹消したりもしたようだが、世界で7番目に高い建物を隠し通そうなんて無理な話に決まっているのだ。

一枚目の画像はMahalanaboisから拝借したものであり、柳京ホテルの話題を取り上げてはどうかとアドバイスしてくれたのはTed Frankだ。両名に感謝。

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●Tyler Cowen, “What’s in a Name?”(Marginal Revolution, September 29, 2004)


かつてこんなことがありました。私がケンブリッジ大学で学んでいた時に教えを受けた恩師の一人でもあるジョーン・ロビンソン女史はラディカルな(左派の)経済学者として知られていました。一方で、グスタフ・ラニスはイェール大学に籍を置く教授で「新自由主義的」(‘neo-liberal’)な立場の経済学者として知られていました。そんな二人が意見を交わす機会があったのですが、その際に「コリアは大成功を収めている」と二人の間で意見が合致したのです。

何ともパラドキシカルな展開ですが、その謎もすぐに解けました。ロビンソン女史は北朝鮮(North Korea)のことを思い浮かべていた一方で、ラニスは韓国(South Korea)のことを思い浮かべていたというわけです。

ジャグディーシュ・バグワティー(Jagdish Bhagwati)――ノーベル経済学賞の候補の一人に名を連ねて当然と個人的に思う人物――がこちらのインタビュー2の中で上のように語っている(www.politicaltheory.info経由で知ったもの)。

  1. 訳注;以下の画像は夜間の朝鮮半島の様子を写した衛星画像。人工衛星によって観測された夜間光量のデータを用いて各国の実体経済の動向を把握しようと試みた研究としては例えば次の論文を参照されたい。 ●J. Vernon Henderson, Adam Storeygard and David N. Weil, “Measuring Economic Growth from Outer Space“(American Economic Review, vol. 102(2), April 2012, pp. 994-1028) []
  2. 訳注;リンク切れ []

タイラー・コーエン 「核兵器のない世界?」(2009年12月29日)

●Tyler Cowen, “A world without nuclear weapons?”(Marginal Revolution, December 29, 2009)


「核兵器のない世界」(核保有国が手持ちの核兵器をすべて廃棄した後の世界)はどんな世界だろうか?1 www.bookforum.com経由で知ったのだが、トーマス・シェリング(Thomas Schelling)最新のエッセイでその疑問に取り組んでいる。いつも通りのクールで洞察力溢れる分析が展開されているが、「核兵器のない世界」はみんなでワイワイとピクニックに興じられるような世界とはならないだろうというのがシェリングの見解だ。ほんの一部になるが引用しておこう。

まとめるとしよう。「核兵器のない世界」はどのような世界だろうか? 米国にロシア、イスラエル、中国、そしてその他の半ダースないし1ダース(6~12カ国)程度の(核兵器を生産する能力を持ち合わせている)国々はいずれも必要とあらば(どこかの国と戦争になったり、あるいは戦争が起きそうだとなった場合に)すぐにも核兵器を再生産できるように(そしてすぐにも核兵器を運搬するための手段を調達できるように)あらかじめ綿密な動員計画を練っておくだけではなく、必要とあらばすぐにも相手国の核兵器の生産施設を先制攻撃で破壊できるように他の国々の核兵器の生産施設がどこにあるかを前もって調べ上げておくことだろう。常日頃から実践的な訓練が繰り返され、安全な緊急用の通信手段が用意されることだろう。あらゆる危機は核危機に転じ、あらゆる戦争は核戦争に発展する。そのような危険性が秘められている。その数はほんのわずかであっても核兵器の再生産に真っ先に成功した国は相手を屈服(戦争で降伏)させる(あるいは相手に先制攻撃を仕掛ける)力を手に入れることになるため、どの国も核兵器の再生産競争で一番乗りになろうと躍起になることだろう。「核兵器のない世界」はそのような緊張感あるピリピリした世界となることだろう。

  1. 訳注;言い換えると、仮に核保有国が手持ちの核兵器をすべて廃棄したとしたらその後の国際関係はどうなると予想されるだろうか?、ということ。 []