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タイラー・コーエン 「コウルズ財団の経済学モノグラフシリーズ」(2008年5月4日)

●Tyler Cowen, “The Cowles Foundation Monographs in Economics”(Marginal Revolution, May 4, 2008)


コウルズ財団から発行されている経済学モノグラフシリーズの収録作品がこちらからすべて無料でダウンロード可能だ(Division of LaborブログおよびMichael Greinecker経由で知る)。このシリーズの中で一番有名な著書はケネス・アロー(Kenneth Arrow)の『Social Choice and Individual Values』(邦訳『社会的選択と個人的評価』)だろうが、その他にも数多くの古典が名を連ねている。(シリーズに収録されている著書の)全部が全部一般読者にもお薦めできるわけではないとしてもその「当たり率」の高さには驚かされるばかりだ。コウルズ財団(ないしはコウルズ委員会)の概要についてはウィキペディア〔日本語版ウィキペディアはこちら〕を参照されたい(ところで、”Cowles”の発音は”coals”(石炭の複数形)と同じらしい)が、もっと詳しい背景説明が欲しいという場合は(HETウェブサイト内における)こちらのページ〔山形浩生氏による翻訳はこちら〕をご覧になられるといいだろう(名立たる経済学者の面々を撮影した写真へのリンクも貼られている)。コウルズ財団の公式のホームページはこちらだが、既に有益な情報源を紹介してしまったので屋上屋を架す感があることは否めない。HETウェブサイト内(のつい先ほど紹介したページ)の次の文章はコウルズ財団の手っ取り早い説明としていいかもしれない。

コウルズ委員会と関わりのある人物の中にはコウルズ委員会在籍中に手掛けた研究が評価されてノーベル経済学賞を授与された学者が数多くいる。具体的にその名前を挙げると、チャリング・クープマンスケネス・アロージェラール・ドブリュージェームズ・トービンフランコ・モジリアーニハーバート・サイモンローレンス・クライントリグヴェ・ホーヴェルモ、そしてハリー・マーコウィッツである。

タイラー・コーエン 「過去50年間における経済学上の一番のブレイクスルー(画期的な成果)は何?」(2004年9月14日)/「半世紀前(1958年)に公刊された最も偉大な経済学の論文といえば?」(2008年6月17日)

●Tyler Cowen, “What is the biggest breakthrough in economics over the last fifty years?”(Marginal Revolution, September 14, 2004)


過去50年間における経済学上の一番のブレイクスルーは何だろうか? ノーベル経済学賞受賞者の面々の回答はこちら1をご覧になられたいが、例えばミルトン・フリードマンは「インフレーションは貨幣的な現象である」というアイデアが広く受容されるに至ったことをその候補に挙げており、バーノン・スミスはハイエクの業績に言及している。

私見を述べさせてもらうと、(過去50年間における経済学上の一番のブレイクスルーは)「インセンティブ」というアイデアの厳密にして首尾一貫した(多方面に及ぶ)応用、ということになるだろう。公共選択論「革命」しかり、プリンシパル=エージェント理論しかり、「法と経済学」(の大部分)しかり。計画経済の破綻にしてもそうだ(pdf)と個人的には主張したいところだ(計画経済が抱える問題としては「知識」の問題よりも「インセンティブ」の問題の方が重要度が高いというのが私の考えだ)。インセンティブの基本的な発想はアダム・スミスやアリストテレスにまで遡れるというのは確かだが、1950年以降のアメリカン・エコノミック・レビュー(AER)誌を順を追って試しに紐解いてみたらどれほど遠くまでやってきたか(「インセンティブ」への理解がどれほど深まりを見せているか)がわかることだろう。

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●Tyler Cowen, “Best economics paper of 1958”(Marginal Revolution, June 17, 2008)


レオナルド・モナステリオが次のように問いかけている

出版(公刊)されてから今年(2008年)で50周年を迎える(経済学の分野の)本ないしは論文の中で「これこそ真っ先に讃えるべき偉業」と呼べる業績はどれになるだろうか? (計量経済史を専門とする)私が選ぶとすればもちろんあの論文だ。そう。「クリオメトリックス(計量経済史)革命」の端緒を開いたコンラッド&メイヤー論文だ(Alfred H. Conrad and John R. Meyer, “The Economics of Slavery in the Ante Bellum South”, The Journal of Political Economy, Vol. 66, No. 2 (Apr., 1958), pp. 95-130)。ライバルとなり得る候補は何かあるだろうか?

ライバルの筆頭として挙げるべきは「資本構成の無関連命題」(いわゆる「モジリアーニ=ミラー定理」)を提唱したモジリアーニ&ミラー論文(AER誌に掲載)とサミュエルソンの「世代重複モデル」論文(JPE誌に掲載)だろう。個人的に順位をつけると、一位はモジリアーニ&ミラー論文、そして二位にコンラッド&メイヤー論文といきたいところだ。他に何か見逃していないだろうか? トーマス・シェリングのゲーム理論に関する有名な論文も公刊されたのは1958年だったような気もするが、どうだったろうか?

戦後のアメリカ経済学が成し遂げた功績はあっぱれと言うしかない。第二次世界大戦を前にして多くの思想家たち(フリードマン、サミュエルソン、シェリング等々)は実社会での経験を積みながら世の大問題(big problems)と取り組むことが求められた。それと同時に、定量的なものの見方が勢いを強め、テクニカルな分析手法の開発が進められることになった。かといって「狭く深く」への道まっしぐらだったというわけではなく、知識の広さもある程度は尊重されていたのだ。

  1. 訳注;リンク切れ []

アレックス・タバロック 「バーナンキ議長が大暴露 ~紙幣なんてただの紙切れに過ぎないんです~」(2010年2月17日)/タイラー・コーエン 「『ジ・オニオン』の記事を真に受けた例 ~うそはうそであると見抜ける人でないと・・・~」(2012年9月30日)

●Alex Tabarrok, “The Dangers of Common Knowledge”(Marginal Revolution, February 17, 2010)


【ワシントン】今週に入ってアメリカ経済はその機能を完全に停止するに至った。そのきっかけはベン・バーナンキFRB議長(2010年当時)による「『貨幣』という存在の根源にまつわる」思いもよらない発言にある。貨幣なんていうのは無価値な存在であり、社会的に構築された幻想に過ぎない。バーナンキ議長の発言をきっかけにアメリカ国民はそう気付かされたのだ。

・・・(略)・・・「現段階では政策金利を引き上げる予定はありませんが、もちろん状況に応じて適切に対応するつもりです。具体的にどういう状況かといいますとですね、・・ええと、・・・」。そこまで言い及ぶとバーナンキ議長はしばらく口をつぐみ、用意してきた原稿に目を落とした。そして何もかも信じられないといった様子で頭を左右に振りつつゆっくりと語り始めた。「ご理解されていますかね? 気にする必要なんて無いんですよ。こいつ、いわゆる『お金』と呼ばれてるこいつですがね、こいつには何の重要性もないんですよ」。 

両目をクワッと大きく見開いたバーナンキ議長は自分の財布の中から紙幣を取り出し、ゆっくりと目の前に掲げた。そしてこう続けたのである。「幻想に過ぎないんですよ。こいつらを見てください。何の変哲もないただの紙切れに数字が書き込まれているだけです。何の価値もないんですよ」。

その場に居合わせた目撃者の証言によると、上院財政委員会の面々は雷に打たれたような衝撃を受け、しばらく口を開くこともできなかったそうだ。その静寂を破ったのはオリン・ハッチ上院議員(ユタ州選出の上院議員。共和党所属)の叫び声。「何てことだ! 議長の言う通りだ。何もかもが幻影なんだ。お金にしても経済にしてもすべてがまやかしなんだ」。

それから間もなくして議事堂には金切り声が響き渡ることになった。その場にいた上院議員にメディア関係者を加えた面々が一目散に出口に向けて駆け出したのだ。誰もいなくなった議事堂にはビリビリに破れた紙幣があちこちに残されていたという。

と、『ジ・オニオン』が報じている。全文はこちらだ。

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●Tyler Cowen, “Fooled by satire”(Marginal Revolution, September 30, 2012)


「バラク・オバマとマフムード・アフマディーネジャード(イラン大統領)が選挙で争ったとしたらどちらに票を投じるかを尋ねたところ、アメリカ国内の田舎に暮らす白人の大半がアフマディーネジャードに票を投じると答えた」。『ジ・オニオン』が拵(こしら)えたそのような架空の調査結果をイランの通信社が事実として報じた。

『ジ・オニオン』の偽記事を一言一句違わずにそっくりそのまま報じたのはイランの半国営通信社Farsの英語版サイト。

『ジ・オニオン』の記事ではアフマディーネジャードとなら一緒に野球の試合を見に行ってもいいと語る架空の人物(ウェストバージニア在住のデール・スウィデルスク氏)が拵えられているが、Farsの英語版サイトではその架空の人物の発言――「アフマディーネジャードは国防というものを真剣に考えています。オバマはゲイのデモ隊が国防問題に口出しするのを容認していましたが、アフマディーネジャードならそんなこと絶対に許さないでしょうからね」――もそっくりそのまま引用されている。

全文はこちらだ。

アレックス・タバロック 「ディスマル卿のパラドックス ~経済学が『陰鬱な科学』と呼ばれる由来となった人物?~」(2006年5月20日)

●Alex Tabarrok, “Dismal’s Paradox”(Marginal Revolution, May 20, 2006)


経済学が「陰鬱な科学」と呼ばれるようになったきっかけは何なんだろうか? 『ザ・デイリー・ショー』で(コメディアンの)ジョン・ホッジマンがその由来を説明している。

ジョン・スチュアート:う~ん。減税の効果についての今のご説明なんですが、どうもフェア(公平)じゃないと思うんですが。

ジョン・ホッジマン:フェアかどうかというのはここでのポイントじゃないんです。経済学が「陰鬱な科学」(ディスマル・サイエンス)と呼ばれているのはフェアネス(公平さ)を重んじる学問だからというわけじゃないんですよ。

ジョン・スチュアート:ええ、それは仰る通りだと思うんですが。

ジョン・ホッジマン:フェアな学問だからじゃないんです。絶対に違います。経済学が「陰鬱な科学」と呼ばれるようになったきっかけはユースティス・ディスマル卿にあるんです。ディスマル卿の名前にちなんでるんですね。ディスマル卿は18世紀のイギリスで活躍した経済学者なんですが、レンガの代わりに子供たちを積み重ねて煙突を作ろうと提案した人物なんです。

ジョン・スチュアート: へ~、そうなんですか。初めて知りました。

ジョン・ホッジマン:そうなんです。実に面白い提案だったんですが、致命的な欠陥を抱えていたんですね。そこらじゅうの子供たちを積み重ねて煙突を作ってみたと想像してみてください。一体誰に煙突の掃除をさせたらいいんでしょうか? ・・・ね? これが世に言う「ディスマルのパラドックス」というやつです。

経済学が「陰鬱な科学」と呼ばれるようになった「真の由来」――世間ではトマス・マルサス(による陰鬱な予言)が関係しているように思われているが、マルサスは無関係――についてはこちらを参照されたい1

  1. 訳注;この点については本サイトで訳出されている次の記事も参照のこと。 ●アレックス・タバロック 「経済学の中に潜む倫理的な判断」(2014年3月7日) []

タイラー・コーエン 「紋切型辞典」(2010年7月9日)

●Tyler Cowen, “Dictionary of Received Ideas”(Marginal Revolution, July 9, 2010)


つい最近刊行が始まったばかりの雑誌である『The Point』(第2号、2010年冬)にジャスティン・エヴァンズ(Justin Evans)が特集記事を寄稿している。そのタイトルは「紋切型辞典」(Dictionary of Received Ideas)1。アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』と少し似たところがあるが、今年に入ってこれまでに読んだ中で一番笑えた記事だ。一例を引用しておこう。

経済学:何もかも余すところなく説明する学問

経済:全く理解不能な対象

次も好きだ。

債務: i) 公的債務2 — 許しがたい過ち

民間債務3 — 経済を牽引する役割を果たすもの

ii) 公的債務 — 経済を牽引する役割を果たすもの

民間債務 — (社会的な)セーフティーネットに綻(ほころ)びが生じている結果として累積するもの

念のために注意しておくと、経済学方面の話は(エヴァンズの「紋切型辞典」の)メインの話題ではないということは付け加えておこう。大半の雑誌――とりわけ妙に芸術作品を気取っていたり衒学的だったりする雑誌――は読んでいて退屈することが多いのだが、『The Point』は半分ほど立ち読みした感じでは好感触だ。定期購読を申し込もうかと思っているところだ。

  1. 訳注;このタイトルはフローベールの同名の書からとられている。 []
  2. 訳注;政府が背負う借金 []
  3. 訳注;家計や企業といった民間の経済主体が背負う借金 []

マーク・ソーマ 「チンパンジーが物々交換に応じたがらないのはなぜ?」(2008年1月30日)

●Mark Thoma, ““Why Don’t Chimpanzees Like to Barter Commodities?””(Economist’s View, January 30, 2008)


チンパンジーは「自分にとって非常に価値のある物品(リンゴの薄切り)」を手放さなければならない場合にはそれと引き換えに「自分にとってもっと価値のある物品(ぶどう)」が手に入るとしても物々交換にはなかなか応じたがらない。以下に引用する研究ではその理由が探られているが、それだけにとどまらず人間社会で物々交換がいかにして発展してきたかについてもいくらか光を当てようと試みられている。

Why don’t chimpanzees like to barter commodities?” by EurekAlert:

人類は何千年もの歴史を通じて「物々交換」に頼って生きてきた。物々交換は日々の暮らしにとって欠かせない一側面だったし、職業の分化(分業)を推し進める要因ともなった。それぞれ異なる作業に従事する二人が自らの労働を通じて得たモノの一部を相手と交換する。その結果として二人がともに利益を得る。物々交換はかように重要な意味を持っているわけだが、物々交換がいかにして進化し発展してきたかについてはほとんどわかっていないのが現状である。

我々人類の祖先はどうにかこうにかして物々交換を自分のものにしたに違いないわけだが、今回取り上げる研究(2008年1月30日にPLoS ONEに掲載された研究)は人間に一番近い親戚にあたるチンパンジーがそれ自体として高い価値を備えている物品(リンゴとぶどう)同士の物々交換に応じるのはどのような状況であるかを詳しく検証している世界初の試みである。物々交換は分業を可能にする最も基本的な前提条件の一つだというのが経済学者の間で信じられている説だが、分業が観察されるのは霊長類の中では人間くらいのものだ。研究結果を先取りするかたちで簡潔にまとめると次のようになる。チンパンジーが食べ物同士の物々交換に応じるようになるためにはある程度の訓練が必要であり、チンパンジーが何の訓練もなしにいきなり物々交換に応じることは滅多にない。チンパンジーも訓練を積めば信頼を寄せる人間を相手に(食べ物同士の)物々交換に応じるようになるが、そこまでの訓練を積んだ後でも自分にとって非常に価値のある物品(リンゴの薄切り)を手放さなければならないとなるとそれと引き換えに自分にとってもっと価値のある物品(ぶどう)が手に入るとしても物々交換にはなかなか応じたがらない。

従来の研究ではチンパンジーに「お金」(に見立てたモノ)を渡してチンパンジーがその「お金」と何らかの(チンパンジーにとって価値のある)物品との交換に応じるかどうかに焦点が当てられているのが大半である。しかしながら、「お金」は自然界には存在せず、「お金」それ自体には何の価値(使用価値)も備わっていない。それゆえ、チンパンジーが自分にとって価値のある物品(例えばぶどう)を手に入れるために「お金」を進んで手放したとしても実験室の外の世界におけるチンパンジーの行動についてはほとんど何も語っていない可能性がある。

件の研究では(二箇所の研究所から集められた)チンパンジーに(「お金」ではなく)食べ物を渡し、その食べ物と他の食べ物とを交換する機会が与えられた1。何度も実験を繰り返した結果としてどういうことがわかったかというと、チンパンジーも訓練を積めば人間を相手に食べ物同士の物々交換に応じるようになるということである。ただし、それは交換を通じて手に入る食べ物がそれと引き換えに手放さなければならない食べ物よりもずっと価値が高い場合(例えば、ニンジンを手放すのと引き換えにぶどうを手に入れる場合)に限られる。それ以外の場合(例えば、リンゴ(の薄切り)を手放すのと引き換えにぶどうを手に入れる場合)はチンパンジーは物々交換には応じずに渡された食べ物をそのまま自分の手元に持っておく傾向にあるのだ。

かような2チンパンジーの行動は理に適ったものである可能性がある。そう言える理由はいくつかあるが、チンパンジーの世界には「取引」の履行を支える社会制度が欠けている――言い換えると、相手からモノを受け取っておきながら代価(引き換えに渡すと約束していたモノ)も払わずにとんずらする裏切り者を罰する仕組みが欠けている――というのもそのうちの一つだ3。チンパンジーの社会では「所有権」の規範が欠けており、そのためモノ(財産)を溜め込むということがない。その結果としてモノ同士を交換する(物々交換する)機会も滅多にないわけだが――それとは対照的に、従来の研究でも明らかにされていることだが、チンパンジーの社会では「サービス」の交換は非常に活発な現象である――、これもまた別の理由と言えるだろう4。自然界ではたった今自分の手元にあるモノだけが「所有」されていると言えるのであり、そのモノも誰かに奪われてしまう可能性が極めて高い。そのため、チンパンジーは(モノを溜め込まないために)相手に差し出せるモノ(交換できるモノ)を何も持っていないことが常態なのだ。

件の研究を取り仕切った一人であるジョージア州立大学のサラ・ブロスナン(Sarah Brosnan)は次のように語る。「物々交換への拒絶感はチンパンジーの心理の奥深くに埋め込まれているように感じられますね。チンパンジーも物々交換を行えるだけの能力は十分に持っているんです。でも、その能力を最大限の利益を引き出すような仕方では使っていないわけですね」。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校の「法と経済学」センターでディレクターを務めるマーク・グラディ(Mark F. Grady)――件の研究を取り仕切ったもう一人の人物――は次のように語る。「チンパンジーが物々交換に応じたがらない主たる理由は所有権の規範が欠けているためではないかというのが私の考えです。所有権の規範を確立するというのはかなり難儀な仕事ですが、チンパンジーとしてはそんな大変な思いをするだけの気はない(割に合わないと思っている)ようですね。幸いにと言いますか、(『モノ』とは違って)『サービス』は所有権の規範によって保護される必要はありません。そのため、チンパンジーも『サービス』であれば交換し合える可能性がありますし、実際に交換し合っていますね5。しかし、チンパンジーの社会が露にしていますが、(『サービス』の交換に依拠する)『サービス経済』では人間社会ほどには分業は進まないようですね」。

人間も交換から得られる利益を最大限に引き出せずに終わることが時としてあるが、チンパンジーの物々交換実験はその理由を解明する役にも立つ可能性がある、とはブロスナンの弁だ。

  1. 訳注;実験で使用された食べ物はニンジン、リンゴ、キュウリ、ぶどうの四つ。実験では四つの食べ物に対するチンパンジーの「好み」も調査されており、その結果は「①ぶどう(一番好き)、②リンゴ、③キュウリ、④ニンジン」という順番になっている。 []
  2. 訳注;交換を通じて手に入るモノ(食べ物)がそれと引き換えに手放さなければならないモノ(食べ物)よりもずっと価値が高い(手放すモノの(自分にとっての)価値とそれと引き換えに手に入るモノの(自分にとっての)価値の差が大きい)場合に限って物々交換に応じる []
  3. 訳注;それゆえ、仮に相手にとんずらされてしまってもそれほど痛手にならない場合くらいしか交換に応じない。ニンジンくらいならどうってことないが、相手にリンゴを渡してそのままとんずらされるとかなり悲しいので、(ニンジンとぶどうとの交換には応じても)リンゴとぶどうとの交換には応じない。 []
  4. 訳注;チンパンジーは実世界での物々交換の経験が少ない(慣れていない)ために「交換の利益」をみすみす見逃してしまうことがある、ということが言いたいものと思われる。 []
  5. 訳注;例えば、互いの体を毛づくろいし合う。 []

タイラー・コーエン 「『お金』の使い方を学ぶサル」(2005年6月8日)

●Tyler Cowen, “Dubner and Levitt on monkey monies”(Marginal Revolution, June 8, 2005)


サルに「お金」の使い方を教えることはどうやら可能なようだ。ダブナー&レヴィットの『ヤバい経済学』コンビがサルを被験者とする興味深い実験結果を紹介している。

・・・(略)・・・オマキザルたちは「お金」というものを本当に理解してると言えるんだろうか? それともオマキザルたちの食欲が凄すぎてたまたまそう見えちゃってる(「お金」の何たるかを理解しているように見える)だけに過ぎないんだろうか?

どうやら前者が正しいらしいことを示唆するいくつかの事実がある。おやつにキュウリを使った実験でのことだ。キュウリはサイコロ状に切って出す予定だったのだが、リサーチアシスタントを務めた大学院生の一人がキュウリをついいつもの感じで円形にスライスしてしまったのだ。キュウリのスライスを手に取った一匹のオマキザルが一口かじったかと思うと研究者のところまで走ってやってきた。これ(円形に切られたキュウリのスライス)でもっと甘いおやつが「買える」? そう確認しにきたのだ。円形にスライスされたキュウリのかたちが(キース・チェン(研究者の名前)がかつての実験で「お金」として渡した)銀色の円盤とあまりにそっくりだったので「これも『お金』に違いない」と思ってしまったようなのだ。

(オマキザルたちが「お金」の何たるかを理解していることを仄めかす)別の証拠は「盗み」だ。ロウリー・サントス(研究者の名前)はオマキザルたちが「お金」を貯める姿を一度として目にしたことはなかったが、実験の最中に(お金の)円盤を一つか二つ「盗む」ことがあるのには気付いていた。オマキザルは全部で7匹いて750立方フィートくらいの檻(生活用の檻)の中で共同生活しており、その隣に実験の時に使う小さな檻があった。ある時のことだ。一匹のオマキザルがいつものように実験用の檻に入れられたのだが、檻の中に入るやいなやお盆の上にある円盤を一つ残らずかき集めた。何をするかと思ったら他のみんながいるデカい(生活用の)檻目掛けて円盤を残らず放り投げ、空飛ぶ円盤を追って大急ぎで駆け出したのだ。「脱獄」と「銀行強盗」の合わせ技というわけだが、待っていたのはてんやわんやの大騒ぎ。(人間の)研究者たちも急いで生活用の檻に走り寄ったが、食べ物の賄賂と引き換えにやっとのことで円盤を返してもらえたのだった。「盗み」をすれば賄賂をもらえるということでその後「盗み」はさらに加速する一方となった。

生活用の檻の中でてんやわんやの大騒ぎが続いている最中にちょっとした出来事が起こった。オマキザルたちは「お金」の何たるかを理解しているに違いないとチェンが確信するに至った出来事だ。「お金」とそれ以外を分ける一番の特徴はおそらく「代替可能性」(fungibility)だろう。つまりは、「お金」は食べ物だけじゃなくてそれ以外のあらゆるものを買うのにも使えるわけだが、檻の中で大騒ぎが続いている最中にチェンは視界の隅で「お金」のその特徴(代替可能性)をまざまざと知らしめる光景を捉えた。後になって「いや、そんなはずはない」と否定しようとしたものの、チェンも心の奥底ではわかっていた。「あれは現実なのだ」、と。チェンが目撃したもの、それはサルの歴史上でおそらくはじめて観測された「売春」の光景――オスのサルがメスのサルに(お金の)円盤を渡し、その後に男女の営みがおっぱじまった光景――だったのだ(オマキザルたちが「お金」の何たるかを理解しているに違いないことを裏付ける証拠がもう一つある。事が終わった直後のことだ。メスのサルが「稼いだ円盤」を持ってチェンのところまでやってきてぶどうと交換してくれと願い出たのだ)。

全文はこちらだ。

タイラー・コーエン 「狡猾なケリー ~水の中の『経済人』?~」(2009年11月4日)

●Tyler Cowen, “Dolphin markets in everything, Gresham’s Law edition”(Marginal Revolution, November 4, 2009)


実に面白い話だ。

ケリー(イルカの名前。メス)は他のイルカたちよりもさらにもう一歩先を行っている。誰か(人間)がプールに紙を投げ入れるとそれを口でくわえて下に潜り、プールの底にある岩の下に隠しておくのだ。そしてトレーナーの姿が見えるとプールの底にある岩のところまで潜っていき、 先ほど隠しておいた紙の一部を噛み切ってトレーナーに渡すのだ。トレーナーから(紙切れと引き換えに)ご褒美として魚を与えられると、ケリーは再び下に潜っていく。岩の下に隠しておいた紙の一部を噛み切って再びトレーナーに渡すためだ。めでたく魚をもう一匹頂戴すると、再び下に潜っていき・・・ということが何度も繰り返されることになる。ケリーのこの行動は実に興味深いものだ。というのも、ケリーは「未来」という感覚を備えていて楽しみを先延ばししていることがこの行動から示唆されるからである。また、ケリーはトレーナーに渡す紙のサイズの大小にかかわらずもらえる報酬(魚)の量は同じということも経験を通じて学んだようだ。その結果として岩の下に隠してある紙をそのまますべてトレーナーに渡すのではなくわざわざ小さく噛み切って持っていき、できるだけたくさんの魚を頂戴しようとしているわけなのだ。人間がケリーを訓練しているというよりもケリーが人間を訓練している面があるわけだ。

ケリーの狡猾さはそれだけにとどまらない。ある日のことだ。一羽のカモメがケリーのいるプールに飛び込んできた。そのカモメをすかさず捕まえるケリー。トレーナーがやってくるのを待ち構え、トレーナーが姿を現すと捕まえたカモメを差し出す。ケリーが捕まえたカモメは体が大きく、ご褒美の魚もそれに応じてたくさんもらえた。この経験をきっかけにケリーには新しい考えが浮かんだようだ。その考えが実行に移されたのは次の食事タイムの時だ。ケリーは食事の魚をすべて平らげずに一匹だけ残しておき、その魚をプールの底にある岩の下――紙を隠しておいたのと同じ場所――に隠しておいた。そしてトレーナーが近くにいないタイミングを見計らってその(岩の下に隠しておいた)魚をプールの表面まで口でくわえて持って行き、カモメを誘い出す餌に使ったのだ。カモメを捕まえて(トレーナーからご褒美として)大量の魚をゲットしようと企んだわけだ。ケリーはこの旨みのある戦略をすっかり体得すると自分の子供にもそのやり方を伝授し、その妙技はそこからさらに他のイルカたちにも伝わっていく。その結果イルカたちの間では「カモメ釣り」が流行のゲームとなるに至ったのだった。

全文はこちらだ。この話題を教えてくれたDavid Curranに感謝。

ところで、イルカ界におけるバイメタリズム(複本位制)にはどんな展開が待っているだろうか? どうなるかはおわかりだろう1

  1. 訳注;「グレシャムの法則」が発動して「悪貨が良貨を駆逐する」。 []

タイラー・コーエン 「大学のキャンパスを駆け回るちっちゃな銀行員」(2012年10月6日)

●Tyler Cowen, “Study of investment diversification on the UC-Berkeley campus”(Marginal Revolution, October 6, 2012)


「カリフォルニア大学バークレー校のキャンパスを舞台とする分散投資に関する研究」。かねてから有益な情報を教えてくれるMark Thorsonがそんなタイトルを冠してまたもや耳寄りな情報を知らせてくれた。

「彼らはちっちゃな銀行員みたいだと考えてもいいかもしれませんね。お金(木の実)を蓄えるだけではなく、その蓄えを色んな資産に分散投資して(色んな場所に分けて隠しておいて)管理しているようなものですから」。そう語るのはカリフォルニア大学バークレー校の博士課程で心理学を学ぶミケル・デルガド(Mikel Delgado)。心理学者のルシア・ジェイコブス(Lucia Jacobs)が責任者を務める実験室の一員でリス研究チームのリーダーに選ばれた人物だ。

他にもいくつか引用しておこう。

デルガドは語る。「彼女(メスのリス。名前はピーター)は体にハンデを負っているんですが(脚が3本しかなくしっぽも無い)、それにもかかわらず木の実をへそくりする(蓄えてどこかに隠しておく)1のに非常に長けているんです」。

もう一丁。

・・・(略)・・・リスたちは木の実の「質」を評価する(品定めする)時に頭を振るわけだが、頭を振る動作が特に激しくなるのは見つけたばかりの木の実を今すぐに食べてしまうのではなく後々のために蓄えておこうと算段している時だという。

最後だ。どうやらリスたちは我ら(人間)の多くとは違うようだ。

木の実を隠しておいた場所を再び見つけ出す時にリスたちは一体どのような認知スキルを使っているのか? その謎を解き明かしたいというのがデルガドの願いだが、今の時点でも確実に断言できることが一つあるという。「彼ら(リスたち)は将来に備えて蓄財しているんです。それも非常に賢くやっているんです」。

全文はこちらだ。

  1. 訳注;それに加えて、木の実の隠し場所を後々ちゃんと見つけ出す []

タイラー・コーエン 「ギルダー ~絶滅種の一時的な復活?~」(2011年12月20日)/「ヤギ銀行 ~ヤギ借りませんか?~」(2010年11月10日)

●Tyler Cowen, “Only joking”(Marginal Revolution, December 20, 2011)


たいした話じゃない。気にしないでいい。

9頭のライオンに13頭のキリン、そして30頭近くに及ぶシマウマの群れ。オランダはティルブルフ市の近くにあるサファリパーク「ベークセベルゲン」(Beekse Bergen)自慢の動物たちだ。ところで、そんな自慢の動物たちよりもずっと物珍しい動物をサファリパーク内で目撃したとの情報が今月に入って相次いでいるという。絶滅したと思われていたその「動物」の名はギルダー。オランダの旧通貨である。

「今週一週間に限り旧通貨での支払いを受け付けます」。そう発表されるや瞬く間に「ベークセベルゲン」のレジには大量のギルダーがなだれ込むことになった。今月(2011年12月)始めに行われたEUサミットと連携したプロモーションの一環として一週間に限り入場料の支払いを旧通貨のギルダーでも受け付けることにしたのだ。入場券売り場でコートのポケットを漁る「倹約家」な地元の人々。その手に握られているのは色褪せた10ギルダー紙幣にジャラジャラ音を鳴らすギルダー銀貨。

今回のプロモーションはEUサミットに伴うお祭り騒ぎに乗じた「コミカルな注目集め」(軽い冗談)みたいなもの。「ベークセベルゲン」の親会社にあたる「リベーマ」(Libéma)のスポークスマンはそう語っているが、それだけにとどまらずオランダ国内に広がるユーロへの幻滅と旧通貨(ギルダー)へのノスタルジー(懐旧の念、懐かしみ)を巧みに利用している面もある。

と、フィナンシャル・タイムズ紙の報道。全文はこちらだ。

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●Tyler Cowen, “Loan markets in everything”(Marginal Revolution, November 10, 2010)


アラーハーバードから70キロ離れた辺鄙な村コラワン。そこに暮らす女性たちが今までにない銀行業を考え付いた。取り扱うのは「ヤギ」のみ。ヤギを預金として預かり、ヤギを貸し付けるのである。

「コラワン村に住むプレマさんと彼女の友人でアフロジ村出身の女性たちがヤギだけを取り扱う銀行を立ち上げたんです」。現地のコーディネーターであるスーバダール・シン氏はPTI通信の取材にそう答えた。

ミールザープル県の中でも荒れた土地に暮らしている人々はその多くが岩を砕く仕事で生計を立てている。

「奥さん方も旦那さんの岩砕きの仕事を手伝いますが、ヤギを育てるのも奥さん方の仕事ですね。2~3頭のヤギを育てて収入の足しにするんです」。シン氏はそう語る。

「このあたりはヤギを育てるのにはもってこいなんですが、ヤギをビジネスに利用してみようじゃないかという話はこれまでに一度として耳にしませんでしたね」。シン氏はそう語る。

プレマ氏は立ち上げたばかりの銀行の業務内容について次のように説明する。「ヤギの飼育にすべての時間を捧げたい。そう考える女性にヤギを貸し付けるのが私たちの狙いとするところです。ヤギは大体2~3頭の子供を産みますが、私たちの銀行からヤギを借りた女性にはそのヤギが産んだ子供を1頭だけ私たちの銀行に預けていただくんです」。

銀行に預けられたヤギは銀行側の責任で毎週ごとに健康チェックを行うという。

「ヤギが死んでしまった場合はどこかから買い入れて補充するか、銀行に預けられている他のヤギと置き換える予定です。その時々で柔軟に対応するつもりです」。プレマ氏はそう語る。

シン氏が語るところによると、銀行が立ち上げられてからまだ6ヶ月ほどしか経っていないにもかかわらず、現在までに6ヶ所以上の村から40名を超す女性が会員として参加するに至っているという。

「プレマさんたちの新事業はまだ産声を上げたばかりの段階に過ぎませんが、この先会員の数がますます増える可能性もあります。そういうことになれば、つつましい暮らしを余儀なくされている女性たちの収入と生計を支える強力な後ろ盾になれるのではないかと期待しているんです」。シン氏はそう語る。

「銀行の会員一人ひとりが少なくとも20頭のヤギを資本として持てるようにする。そして経済的に自立できるようにする。それが私たちの目標なのです」。プレマ氏はそう語る。

全文はこちら。このニュースはポール・シェイ(Paul Hsieh)に教えてもらったものだが、ジェフリー・ウィリアムズ(Jeffrey Williams)がこのニュースを聞いたらきっと喜ぶに違いない。そうそう。舞台はインドだ。