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マリファナへの課税

Benjamin Hansen, Keaton Miller, Caroline Weber, “Taxing marijuana

”(VoxEU.org, 04 November 2017)

税収は歴史的に、マリファナの合法化を擁護する論拠の1つだった。このコラムでは、課税が産業と消費者行動にどのように影響を与えるのかを探るため、ワシントン州のマリファナ税制の改正について取り上げる。総収入税はある種の租税回避として垂直統合を促し、期待税収を減少させる。また、何に対して課税するかという選択(収益か重量か)も同じく、市場がどのように進化するかについて重要な意味を持っている。

 

2015年に行われた調査で、何らかの形でマリファナを合法化するのを支持したアメリカの成人が初めて過半数を超えた(Motel 2015)。嗜好用マリファナの市場が既に存在する、あるいは近いうちにできる州は8つ(全米の人口の21%)ある。カナダやコロンビア、オランダ、スペイン、南アフリカ、ウルグアイも、何らかの形で嗜好用マリファナを合法化している。課税によって税収を得られるということは、マリファナの合法化を擁護する主な論拠の1つとなっている(Miron and Zwiebel 1995)。しかし、この論文は闇市場のマリファナについて取り上げているため、合法的なマリファナ市場における行動についてはほとんど分かっていない。そのため、税収創出や社会福祉のための最適政策は何かも同じく分かっていない。実際、それぞれの州の議員らは様々に異なる政策を実施している。コロラド州は小売業者に対し、販売する製品の80%を自ら栽培するよう求めているが、ワシントン州は小売業者が栽培を行うことを禁じている。税率に関しても、ワシントン州の現在の税率は37%だが、メイン州は10%になっている。

 

ワシントン州の事例

我々は最近の論文で、2014年7月8日から小売店で嗜好用のマリファナを入手できるようになったワシントン州の市場を研究することによって、政策と関連する重要な行動に関する新たな証拠を示している(Hansen et al. 2017)。我々は、州が集めた包括的な「種から販売まで」のデータ、つまり、州内で生産された全てのマリファナの栽培・生産・販売プロセスを追跡したデータを用いた。また、我々は、ワシントン州の市場で入手できるマリファナ製品の価格や品質、種類を調査した。一方、マリファナ産業に関する先行研究では、調査や当局の押収によって分かった価格、インターネット上のデータを通して違法市場の研究が行われている(e.g. Jacobi & Sovinsky 2016)。

 

我々の研究では、ワシントン州の税制改正の事例を取り上げている。同州の2015年7月1日以前の税制では、サプライチェーンの中で行われる全ての取引と小売の時点で、取引毎に25%の総収入税が課されていた。税制改正により2015年7月1日以降は、小売の時点で37%の消費税が課されるだけとなった。重要なのは、この改正が市場関係者にとって突然の出来事だったということだ。改正案がワシントン州議会特別会を通過したのは2015年6月27日で、知事が署名したのは6月30日だ。我々は、この外因性の変化が市場で行われる決定に及ぼす影響を推定する。

 

税制が垂直統合に与える影響

ワシントン州のマリファナは、法定された3つのプロセスを通して生産される。生産者が大麻草を育て、加工業者がそれを「使えるマリファナ」に加工し、最終的に小売業者が小さく個包装して消費者に販売する。改正前の税制では、マリファナを栽培・加工する垂直統合された業者は、栽培業者と加工業者の間の取引について通常課される25%の総収入税を回避することによって競争利益を得ることができた。

 

我々は、改正前の税制が合法的なサプライチェーンの間の垂直統合を促進していたことを明らかにした。小売されているマリファナ製品の由来を調査することによってこの行動を捉えたのだ。改正前は、図1の上のパネルから分かるように、卸売のマリファナ取引の94%が垂直統合された生産者と小売業者の間のものだった。一方改正後は、垂直統合された生産者に由来する取引は約90%になった。一方で、図1の下のパネルから分かるように、垂直統合されていない事業者が生産したマリファナの重量は42%増加した。こうした結果から分かることは、改正前の総収入税が、同税の廃止後にも残るサプライチェーンの非効率性を生み出したということだ。我々はこの仮説を検証するため、新規参入する生産者が最初の1週間に行った取引に絞って分析を行った。つまり、参入に必要な固定費を払う前に事業者が行う垂直統合に関する決定を明らかにするということだ。我々は、垂直統合された取引の減少率が4倍の16%になる一方で、垂直統合されていないマリファナの重量の増加率が2倍の105%になっていたことを明らかにした。

 

経済学者は何年もの間、総収入税が垂直統合につながると論じていたが、我々は初めて、こうした行動の証拠を提示した。いくつかの州がこうした税を検討、あるいは実施しているため(Kaeding 2017)、このことは今日の政策にとって、これまで以上に大きな意味がある。

図1 垂直統合

注:図中の数値は、税制改正と連動した垂直統合の傾向と体制移行を示している。

 

マリファナが合法化されている8州のうち7州には、売上税あるいは消費税があるが、一部の州は栽培税も課している。我々の研究では、栽培税は垂直統合に向けたインセンティブに直接影響を与え得るということが示されている。さらに、アラスカ州とカリフォルニア州の栽培税は重量のみに基づいて課され、コロラド州の卸売税は州内で販売されるマリファナのグラムあたりの平均価格に基づいて課されている。こうした州での税額は、マリファナの卸売価格と無関係に設定される。こうした税金は、低品質で効き目が低くなりがちな安価なマリファナにとっては相対的に高くなる。従って、アラスカ州とカリフォルニア州、コロラド州の税制は、供給業者がより高価で効き目のあるマリファナの生産へと向かう誘因となる可能性がある。

 

消費者の価格感応性 

税を定める政策当局にとって、需要の価格弾力性と税負担が第一の関心事だが、製品が多岐にわたることにより分析が複雑になっている。典型的な小売業者はいつでも多くの製品を取り扱っている。我々は、消費者が異なる製品を代用するようになることを説明し、同じ製品に消費者が払う税込価格が2.3%増加したことを明らかにした。また、購入量が0.95%減少したことも分かったため、推定は荒いが、短期の価格弾力性は-0.43となる。しかし、時間が経つにつれて反応量の大きさは著しく増加していき、我々の推定では、改正から2週間の需要の価格弾力性は約マイナス1となっている。我々は、マリファナに対して全米で最も高い税を課しているワシントン州は、ラッファー曲線の頂点近くにあるため、さらに税率を高くしてもおそらく税収は増えないと結論づけた。

 

図2は、1グラムあたりのマリファナの平均税込小売価格の内訳をまとめたものだ。左右の棒グラフはそれぞれ、税制改正前と後の小売価格の内訳を示している。我々は、加工業者に渡る額や小売にかかる税額、生産者の元に残る額がそれぞれどれくらいなのかを考察している。税制改正前については、価格と税(ドル)は全て、改正の1か月前の全事業者の平均価格に基づいている。改正後の数値については、改正前の平均に我々が推定した価格反応を適用して計算している。これにより、市場の構成を一定に保つとともに、価格の長期的傾向と消費者の消費パターンの変化を除外している。

図2 市場全体のマリファナ1グラムあたりの平均価格及び税負担

注:この図は、税制改正前と後について、マリファナ1グラムあたりの平均小売価格を示している。我々はその後、加工業者に渡る額や小売にかかる税額、生産者から購入するのに必要な額がそれぞれ平均でどれくらいなのかを考察している。税制改正前については、価格と税(ドル)は全て、改正の1か月前の平均価格に基づいている。改正後の数値については、改正前の価格を、改正によって生じると推定した変化に基づいて調整したものになっている。これにより、市場の構成を一定に保つとともに、価格の長期的傾向を除外している。

 

税率の変更、及び小売業者の限界原価の調整(加工業者に課せられる税が変わったことを受けて加工業者の価格が変化するため)を考慮すると、消費者は小売税の負担の約44%を負うことが判明した。この結果は、タバコやガソリンの税負担に関する文献とは対照的だ。そうした文献では一般的に、消費者が税負担の圧倒的多数を負担している (Harding et al. 2012, Kopczuk et al. 2016)とされていて、消費者に転嫁される税の割合が1を超えることすらある(Barnett et al. 1996, Kenkel 2005)。この違いについてもっともに思える1つの説明は、我々が推定したマリファナの中期的な需要の価格弾力性が、タバコやガソリンについて定説となっている推定より高いということだ。あるいは、ワシントン州のマリファナ市場における厳しい所有制限や量的制限が、こういった他の市場と比べて特異なマーケットパワー効果や摩擦につながっている可能性がある。この違いは、総収入税から消費税への切り替えに際し、一部の小売業者については支払う見込みだった連邦所得税の額が減少したことによっても説明もできる。

 

最適性に関するより広範な見方

消費税の税収最大化をめぐってシンプルな分析を行うと、マリファナを合法化した全ての州の中で最も高い税率を課しているワシントン州は、おそらくラッファー曲線の頂点近くにあり、さらに課税を行えば、州の限界収入が減少するおそれがある。我々はまた、課税の種類が重要だということを強調した。生産者に課される総収入税は、ある種の租税回避として垂直統合を促し、その結果期待税収を減少させる。さらに、税の種類と併せ、何に対して課税するか(例えば収益や重量)の選択が、市場構造や販売される製品の種類の面でマリファナ産業がどのように進化するかということに対して重要な意味を持っている。これは特に、急速に成長しているマリファナ産業の未熟な性質と関係している。

 

税収は歴史的に、マリファナ合法化を擁護する多くの論拠の1つだったが、より広範な社会的意味でマリファナ政策の影響を評価すること(及び、最適政策を組み立てること)には、さらなる考察が必要だ。1つは、マリファナ消費の公衆衛生の面での外部性がはっきりしていないことだ。同様に、合法的なマリファナ消費と、アルコールやたばこといった他の「罪な」商品の消費の間の関係もはっきりしていない。もし、マリファナを擁護する多くの人が主張するように、マリファナ消費が公衆衛生の観点からアルコールやタバコの消費より「良い」ということが本当なら、マリファナの最適課税は、こうした他の市場における反応も考慮に入れて考案されるべきだ。同様に、過度な課税を行えば、合法のマリファナで置き換えようとしている非常にブラックな市場を下支えする可能性がある。当局がマリファナ合法化を検討する際、また最適政策のあり方について議論する際、こうした兼ね合いを研究し、考慮すべきだ。

 

参考文献

Barnett, P G, T E Keeler and T W Hu (1995), “Oligopoly structure and the incidence of cigarette excise taxes”, Journal of Public Economics 57(3): 457-470.

Hansen, B, K Miller and C Weber (2017), “The taxation of recreational marijuana: Evidence from Washington state”, NBER, Working paper 23632.

Harding, M, E Leibtag and M F Lovenheim (2012), “The heterogeneous geographic and socioeconomic incidence of cigarette taxes: Evidence from Nielsen Homescan Data”, American Economic Journal: Economic Policy 4(4): 169-198.

Jacobi, L and M Sovinsky (2016), “Marijuana on Main Street? Estimating demand in markets with limited access”, American Economic Review 106(8): 2009-45.

Kaeding, N (2017), “The return of gross receipts taxes”, Tax Foundation, 28 March 2017.

Kenkel, D S (2005), “Are alcohol tax hikes fully passed through to prices? Evidence from Alaska”,American Economic Review 95(2): 273-277.

Kopczuk, W, J Marion, E Muehlegger and J Slemrod (2016), “Does tax-collection invariance hold? Evasion and the pass-through of State diesel taxes”, American Economic Journal: Economic Policy8(2): 1-36.

Miron, J A and J Zwiebel (1995), “The economic case against drug prohibition”, The Journal of Economic Perspectives 9(4): 175-192.

Motel, S (2015), “Six Facts about Marjuana”.

リヴァイ・ボクセル 「インターネット・ソーシャルメディア・政治分極化」 (2017年10月1日)

Levi Boxell, “The internet, social media, and political polarisation” (VOX, 01 October 2017)


インターネットは、近年の政治の分極化について相当な汚名を着せられてきた。合衆国のデータを用いつつ本稿が主張するのは、政治分極化の強まりという少なくとも1970年代まで遡れる一般動向について、インターネットはじつのところ何ら重要な役割を果たしてこなかったこと、これである。本研究結果は、都合のよい物語をとおした説明にとどまらない視点をもつことの重要性、そして政治的気分をうみだす諸要因をより深く理解することの必要性を照らし出す。

合衆国選挙民のあいだで近年政治の分極化が進んでいる旨を示唆する文献が増えている (例: Abramowitz and Saunders 2008, Iyengar et al. 2012)。1994年、政党支持者 (party affiliates) のおよそ20%が反対政党について 「強く不支持 (very unfavourable)」 の見解をもっていた。2016年までに、この数字は55%超に高まり、現在も減速の兆しは全くみられない (Pew Research 2016)。1994年から2014年にかけて、政治ポリシーにかんする質問群をとおし強固に一貫したイデオロギー的見解をもつアメリカ人の割合は、2倍以上に膨らんだ – すなわち10%から20%超に増加した (Pew Research 2014)。

政治分極化にたいする関心のほうも空前の高まりをみせている。Google Trendsが示すところでは、合衆国における政治分極化に関連した検索の件数は2016年の11月、2004年のモニター開始以降のいずれの選挙月をも上回るものとなった1。Gentzkow (2016) も、1950年から2008年にかけてのGoogle Books Ngram Viewerデータにおける政治分極化への言及について、同様の結果を得ている。

政治分極化の強まりの説明としてよく引用される仮説の1つは、インターネットとソーシャルメディアを主たる要因とするものだ。Cass Sunstein (2007) の次のような言葉は、この議論の標準型を示している:

インターネットのおかげで甚だしく容易になったのは自分の見解の後押しとなる膨大な資料を渉猟し … [なおかつ] それと反対の趣旨をいう資料のいっさいを排除することだ … このセルフ-ソーティングがもたらす重要な帰結に、飛び地の過激主義 (enclave extremism) とでも呼びうるものがある。同好の士からなる飛び地にゆき着いた人々は、通例そこからさらに極端な地点に向かってゆくものだ

よく知られたEli Pariser (2011) や Cass Sunstein (2001, 2009, 2017) の著作は、インターネットが 「フィルターバブル」 ないし 「エコーチャンバー」 の役割をはたすというこの考えについて詳説したものだ。

個人は、インターネット上で同好の士的な情報源をじじつ見い出しており、またソーシャルメディア上でも同好の士的な個人と繋がる傾向が比較的強いこと、これについては強固な実証データが存在する。既存研究は、政治ブログ上でのリンク (Adamic and Glance 2005)、ウェブサイト訪問 (Gentzkow and Shapiro 2011)、Twitter上の政治的リツイート (Conover et al. 2011)、ソーシャルメディア上の記事シェア・クリック (An et al. 2014, Bakshy et al. 2014, Flaxman et al. 2016)、Twitter上の政治的同類性 (Colleoni et al. 2014, Gruzd and Roy 2014, Halberstam and Knight 2016) などにおける住み分け (segregation) を明らかにしてきた。

図1 メディアと交流形態でみたイデオロギー的住み分け

出典: Gentzkow and Shapiro (2011).

しかしながら、オフラインの情報源とオンラインの情報源を比較する段になると、諸研究はどちらにも同程度の分節化レベルを見い出している。図1はGentzkow and Shapiro (2011) から取ったものだが、ウェブサイト訪問にかんする分節化をみると、これは全国紙にかんする分節化ほどではないが、地方紙にかんする分節化よりも激しいといった具合になっている。Halberstam and Knight (2016) もTwitter上の政治ネットワークを調べて、Twitter上の政治ネットワークとオフラインの政治ネットワークの分節化が同程度であることを明らかにしている。なお付言しておくと、インターネット上の情報源にかんする分節化はたしかに示唆的であるが、これはインターネットが分極化を促したという命題の必要条件でもなければ十分条件でもないのである。

図2 標準化した政治分極化の指標の動向 (1972–2016)

出典: Boxell et al. (近刊).

最近の論文で私は共著者らとともにインターネットと政治分極化の関係を調査している。そのさい 「全米選挙研究 (American National Election Studies)」 のサーベイデータを用いることで、オンライン情報へのアクセスで異なる人口学的諸集団をとおしてみた分極化動向の比較をおこなった (Boxell et al. 近刊)。研究における発見が個々の政治分極化基準によって左右される程度を減らすため、我々はこれまで関連文献で用いられてきた8つの基準をもとにあらたに1つの標準化指標を作成した。なおこれまでの尺度とは、Abramowitz and Saunders (2008) のイデオロギー整合性の尺度、Mason (2015) の党派的ソーティングの尺度などをさす。図2には、我々の指標の1972年から2016年にかけての動向を示した (1996年に値が1となるように標準化した)。本期間をとおし分極化には安定した上向きの動きがみられる反面、インターネットの勃興に対応する変節点を示す兆候はまったく確認できない。1996年以前の動向だけみても、政治的分極化の説明においてインターネットが果たし得る役割は限られていそうだ。

くわえて図3が示すように、分極化は1996年から2016年にかけて高齢者 (65+および75+の年齢層) のほうが青年 (18-39の年齢層) よりも急激に進行した。さらに、予測インターネットアクセスを計る尺度として人種や教育といったその他の人口学的変数を取り入れたより包摂的なものを用いた場合、1996年においてインターネットアクセスを享受していた可能性が最も低い人口学的諸集団のほうが、1996年においてインターネットアクセスを享受していた可能性が最も高い人口学的諸集団よりも、大きな分極化の変化を被っていたことが確認できた。

図3 さまざまな年齢層の政治分極化 (1996-2016)

出典: Boxell et al. (近刊).

インターネットないしソーシャルメディアへの直接的なアクセスが政治分極化の主要要因であるとすれば、予想される動向はこれと正反対になるはずだ。高齢者 (65+) が選挙キャンペーンにかんする2016年のニュースをオンラインで視聴していた可能性は、青年 (18-39) のおよそ半分であり、ソーシャルメディアを利用していた可能性はさらに少ない。それにもかかわらず、最大の政治分極化を被ったのはこの相対的年長者の層なのだ。これら事実を念頭におけば、諸年齢層にわたるインターネットアクセスへの反応の大きな不均一性、あるいは諸年齢層にわたる相当な波及効果を考慮しないまま、インターネットないしソーシャルメディアが現在みられる政治分極化の主要要因であるとする物語を作り上げることはできなさそうだ。

以上の発見は、インターネットないしソーシャルメディアが政治分極化に及ぼす影響を否定し去るものではない。事実、インターネットが僅かながら影響をもつ可能性を示す実証データも存在する。Lelkes et al. (2017) は恐らくは外生的だと思われる管路敷設権立法 (right-of-way legistlation) の変化を援用しつつ、ブロードバンドの普及が対象カウンティにおける感情的分極化 (affective polarisation) を一定程度強めたとの主張をしている。ただ同著者らは 「我々は、ブロードバンドが党派的反感の強まりを引き起こした唯一の原因などと主張するものではない。あるいは主要な原因ですらないかもしれない … 感情的分極化は少なくともインターネット利用が始まる二十年前には強まり始めていた」 と述べ、自らの発見を穏当なものにとどめている。またこれら研究結果は、諸年齢層にわたる感情的分極化の違いを説明するものでもない。

ところで、2016年の選挙結果をインターネットおよびソーシャルメディアの責めに帰すよく似た物語がある。選挙後、ヒラリー・クリントン氏は、自身の敗北の一因はフェイクニュースとFacebookだったと仄めかした。我々の論文では、人口学的諸集団にわたり投票率を比較することで、2016年の選挙にインターネットが及ぼした影響についても調査している。ドナルド・トランプ氏がインターネット利用性向の相対的に高い人口学的諸集団から獲得した票の比率が、以前の大統領達よりも大きかった旨を示す実証データはまったく確認されなかった。じっさいのところ、我々の点推定値はそれと正反対の構図を示唆している – トランプ氏はインターネット利用性向の高い人や実際のインターネット利用者のあいだでは比較的振るわなかったようなのだ。トランプ氏の支持者に占めるソーシャルメディア利用者の割合、および人口学的諸集団をとおしてみた投票率の違いを調べたHampton and Hargittai (2016) も同様の結論に至っている。

今日の合衆国には諸政治集団のあいだに相当な断裂がさまざま存在し、しかもこれら断裂が埋まってゆく気配もみえない。政治分極化やポピュリスト的な大統領候補の席巻を理解しようと試みるさい、インターネットやソーシャルメディアをやり玉に挙げたくなる気持ちも分からなくはない。しかしながら、人口学的諸集団にわたる基本動向は、どちらの現象を説明するにしてもインターネットが大きな役割を与えるような物語を支持するものとはなっていない。メディア消費は従来型メディアを離れこうした新たなプラットフォームに向かうシフトを続けており、我々もまたこれらプラットフォームの利用形態およびその政治領域への影響を注視し続けてゆく必要がある。だが、前述の結論を覆す新たな実証データが現れるまでは、FacebookフィードやGoogle検索に代わる何かがあれば我々の直面している政治問題が解決されるなどと考えるべきではない。

参考文献

Abramowitz, A I and K L Saunders (2008), “Is polarization a myth?”, The Journal of Politics 70(2): 542—555.

Adamic, L A and N Glance (2005), “The political blogosphere and the 2004 US election: Divided they blog”, Proceedings of the 3rd International Workshop on Link Discovery: 36–43.

An, J, D Quercia and J Crowcroft (2014), “Partisan sharing; Facebook evidence and societal consequences”, Proceedings of the Second ACM Conference on Online Social Networks: 13–24.

Bakshy, E, I Rosenn, C Marlow and L Adamic (2012), “The role of social networks in information diffusion”, Proceedings of the 21st International Conference on World Wide Web: 519–528.

Boxell, L, M Gentzkow and J M Shapiro (2017), “A note on internet use and the 2016 election outcome”, Working Paper.

Boxell, L, M Gentzkow and J M Shapiro (forthcoming), “Greater internet use is not associated with faster growth in political polarization among US demographic groups”, Proceedings of the National Academy of Sciences.

Colleoni, E, A Rozza and A Arvidsson (2014), “Echo chamber or public sphere? Predicting political orientation and measuring political homophily on Twitter using big data”, Journal of Communication, 64:317–332.

Conover, M D, J Ratkiewicz, M Francisco, B Goncalves, F Menczer and A Flammini (2011), “Political polarization on Twitter”, Fifth International AAAI Converence on Weblogs and Social Media.

Fiorina, M P, S J Abrams and J C Pope (2010), Culture war? The myth of polarized America, London: Longman Publishing.

Flaxman, S, S Goel and J M Rao (2016), “Filter bubbles, echo chambers, and online news consumption”, Public Opinion Quarterly 80(S1): 298–320.

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Gentzkow, M and J M Shapiro (2011), “Ideological segregation online and offline”, Quarterly Journal of Economics, 126(4): 1799–1839.

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Hampton, K N and E Hargittai (2016), “Stop blaming Facebook for Trump’s election win”, The Hill.

Ingram, M (2017), “Hillary Clinton blames the Russians, Facebook, and fake news for her loss”, Fortune.

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Lelkes, Y, G Sood and S Iyengar (2017), “The hostile audience: The effect of access to broadband internet on partisan affect”, American Journal of Political Science 61(1): 5–20.

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Pariser, E (2011), The filter bubble: What the internet is hiding from you, New York, NY: Penguin Press.

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Sunstein, C R (2017), #Republic: Divided democracy in the age of social media, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Endnotes脚注

[1] See https://trends.google.com/trends/explore?date=all&geo=US&q=%2Fm%2F02shm1 を参照

グレートリセッション、されど変動為替(の根拠)は健在なり

グレートリセッションにおいても変動為替レート支持の根拠は健在なり

From VoxEU

2017年9月16日
Giancarlo Corsetti、ケンブリッジ大学マクロ経済学教授; ケンブリッジ-INET、ディレクター
Gernot Müller、テュービンゲン大学経済学教授
Keith Kuester、ボン大学マクロ経済学教授

 

概要: 変動相場制支持の昔からの根拠は、政策決定者が通貨のターゲットによって制約されないというものである。しかし先のグレートリセッションにおいては、数多くの中央銀行がその代わりにゼロ金利制約によって制約されてしまった。このコラムは、世界的不況下では小さな開放経済にとってどういう為替制度がベストなのかを考察する。モデルは、もしショックの震源地が国外であり、外国の金利がそのゼロ金利制約によって縛られているのならば、変動為替は自国経済を大きく隔離してくれる事を示唆している。

変動相場制支持の古典的な根拠は、通貨ターゲットからの制約がなければ政策決定者たちはビジネスサイクルの攪乱に対応して効果的に金融政策のスタンスを変更し、独自のインフレターゲットを選ぶ自由があるという議論によっている。高度な資本移動の世界において、もし逆に為替レートのペッグにコミットしていたり通貨同盟に参加している国は、そういった選択肢を諦めなければならない。

(この主張における)変動相場制においては金融政策は国内でのそのスタンスを自由に変更できインフレをコントロールできるというその前提を、グレートリセッションによって非常にはっきりと浮き彫りにされた。グレートリセッションの間、多くの中央銀行が見出したのは、自分たちが金利についてのゼロ金利制約(Zero lower bound, ZLB)によって制約を受けてしまっている事だったからだ。これにより変動相場制支持の根拠を再考する文献が生み出され始めた(たとえば、Galí and Monacelli 2016, Cook and Devereux 2016, Schmitt-Grohé and Uribe 2016). 特にCook and Devereux (2016) は、通貨ターゲットがあれば、国内のインフレは外国のインフレから大きくは乖離しえないという主張を打ち出した。大きな負のショック(変動相場制において利子率をZLBまで落とすような)への反応においても、インフレ期待はつなぎ留められ、害をもたらすデフレーションダイナミクスを防ぐと。われらの(先進)経済がZLBの問題に対して脆弱であるように思われることからすると、固定相場制の「拘束服」は結局、有害なものではなかった、という事なのだろうか。

 

図1 スカンジナビア4カ国の実質GDP (上の図) と為替レートの変化(下の図)

ノート: サンプルの期間=2007Q4-2012Q4。GDPは2007Q4を100%として正規化、為替レートは2007Q4と比較してのパーセンテージで表している。
ソース: OECD Economic Outlook および Bundesbank。

 

この議論は理論的なだけのものでは全くないし、この主張は反論を呼ばないものでも全くない。議論の中心にある問題を明らかにするために、図1ではグレートリセッションの間のスカンジナビア4カ国の産出と為替レートの推移を表している。世界的なショックへの反応の違いには各国固有の要素もあるだろうが、この四か国は所得、文化、そして制度について比較可能な類似性をもった国々である。この諸国は、しかしながら、為替制度の仕組みにおいて異なっている。これらのうち2か国は為替レートの柔軟さ放棄している:フィンランドはユーロゾーンのメンバーであり、デンマークは独自通貨を使っているもののユーロへの狭いペッグを維持している。他の二国、スウェーデンとノルウェーはインフレターゲットを行っているが、しかし2009‐10年に政策金利がZLBまで低下したのはスウェーデンだけだった。図のaはフィンランドとデンマークにおいて相当の産出低下があったが、ノルウェーにはなかった事をしめしている。逆に、スウェーデンにおける低下はノルウェーよりも大きく、実のところそのインパクトはデンマークやフィンランドと同様の大きなものだった。しかし、スウェーデンはその後、素早く回復を果たした。われわれの目的にとって最も重要なのは、図bがノルウェー・クローネがこの危機の最初の年に大きく減価した事を示している事、だけではない。これは金融政策上の制約に直面しておらず政策金利を操作する余地に恵まれている国については予想されることだ。それだけではなく、スウェーデン・クローネも減価した事を示していることだ。もっとも、当初はノルウェーの通貨ほどではなかったが。この証拠は変動相場制支持の根拠が残っている事を示唆している(( このコラムで論じられている問題に付け加えて、近年の文献は大規模な資本移動の潜在的な不安定化効果(たとえば Obstfeld et al. 2017)や通貨戦争(たとえば Caballero et al. 2015)に関しての変動相場制の再検討 を行っている))。

世界的グレートリセッションにおいては、小さな開放経済にとってどの為替制度がベストなのか?

最近の論文において、我々はこの問題を再考察し、理論的結果と政策への提言はこれまでのところ文献が示唆してきている(Corsetti et al. 2017)よりも、より微妙なものである事を示している。変動為替レートは、ZLB突入のリスクにさらされている経済においてすら、まだ重要な厚生上の特徴を有している。

可能な限り明瞭にするために、文献中の既存の結果を取り込んで、そしていくつか新しい結果を提出した。統一フレームワークとしてNew-Open-Macroeconomicsモデルを、つまり小さな開放経済についての解ける(tractable)解析的数式を利用した。三つの金融制度を考察した:制約なしの変動為替相場制で、金融政策は常に自然利子率をターゲットとする伝統的なテイラータイプのルールを実行しようとする;変動為替相場制であり金融政策はテイラールールを実現しようとするが、相当の期間に渡って金利を変更できない;そして、信用できる恒久的な為替レートペッグ。つまり、制約のない金融制度を、二つの制約された制度、つまり通貨ペッグによるものと、利子率がZLBにぶちあったっているものと対比したわけである。

そうして、グレートリセッションに直面した時にどの為替相場制度がより良いマクロ経済的な、そして厚生面でのパフォーマンスを実現できるのかを問うた。もし経済がZLBにあるならば、どういった条件の下でならそれでも変動為替レートは「隔離」を提供できるだろうか?どの制度の下で、財政政策は金融政策の良い代りとなりえるだろうか?

我々の議論の出発点は、ZLBは一国だけのものでも世界的なものでもありうるという認識である(言い換えると、不況を引き起こす大きな需要ショックは自国でだけ発生したものでも、国外から伝わってきたものでもありうるという事)。その後に続く不況が自国固有なものか国際的(システマティック)なものであるかの性質は大きな違いを生むことが分かった。

われわれが発見したことは、ショックのソースが外国であり、外国の利子率がそのZLBにおいて制約されていて外国の金融政策が負の需要ショックを和らげる事ができないのならば、変動為替レートが国内経済へのかなりの程度の隔離を提供するという事だ。これは国内の金融政策がZLBにつきあたる事なく適切な強度で利用できる場合だけでなく、(ある程度弱くはなるが)国内の金融政策がZLBによって制約されている時にもそうである。その理由は、そしてこれが我々の分析の最も革新的な結果であるが、効率的なレベルでの金融刺激がない中においても自国通貨が先行して減価するからだ((もし外国の金融政策がZLBに陥っていないならばこうはならないが。言い換えると、世界的なリセッションのショックを効果的に安定化させることができるならば、「グレートリセッション」はない事になる。この場合、自国経済がZLBに突き当たっているならば、自国の為替レートは増価する。))(図1のスウェーデンのケースを思い出してもらいたい)。先行した減価が自国生産製品に対する外需と内需双方の需要を安定させ、我々のシナリオにおいて諸外国を這いより襲うどんなデフレーションから国内価格をある程度切り離してくれる。

世界規模の不況などと対面すると、対して通貨ペッグはかなり悪いパフォーマンスを示す。そういった制度においては、国は現在の需要を安定化させる恩恵をあきらめるので、国内経済は国際的な需要の低下に全面的に晒される事になる。しかしまた、より重要なことに、信頼できるペッグは自国価格を外国価格のレベルに据付させる。もし(流動性の罠のグローバルリセッションの渦中にあることの結果として)諸外国がデフレの波に襲われているならば、国内経済はそれを輸入してしまうことになる。さらに酷いことに、これは為替レートが実質値で増価するほどまでなのだ。これはつまり、上昇する実質利子率が自国の消費需要を低下させ、外需低下の負の効果と競争力の低下を悪化させるという事を意味する。さらに、こういった効果は長くつづく。通貨をペッグした国は将来の需要を安定化させる恩恵もあきらめたわけだから。

こういった結果の重要性は強調しすぎるということはない。先のグローバルクライシスの発生から10年、世界経済は大きな世界的ショックが大規模な不況を再び引き起こすリスクに晒されたままとなっている。これは小さな開放経済の政策決定者にとって難しい問題である。開放経済はまさにその開放性ゆえに、外部の展開に特に晒されるわけだから。我々の発見からすると、そういった世界において、変動為替レート支持の根拠は健在である。内部の論理的には、効果的な金融安定化を行えなくする一時的な流動性の罠のリスクは、広く認められた知見を覆すのには充分な理由ではないということになる((セキュラー・スタグネーションのコンテクストにおいての関連した議論については、Corsetti et al. (2017a)を参照。))

バランスの取れた政策の教訓を

文献で強調されるように、需要低下のショックが諸外国を襲ってない場合、結果は非常に違ったものになる。芯となる違いは世界価格の反応である。もしショックが世界的なものでなく、その小さな開放経済の中で発生したものならば、インフレを嫌う外国の金融当局は世界価格を安定させる事ができる。そうならばペッグは安定した世界価格のレベルへ向けて、国内経済を膨張させることへのコミットメントを提供する。そして、信頼できる安定した名目アンカーは小さな開放経済において有益なものでとなる。もし逆に、通貨の制約がなく、自国の利子率がZLBにあるならば、経済活動は低下して国内価格が低下し始める。

しかし、まさに変動為替レート下でこのZLB問題が起こる(たとえば、大規模な国内需要へのショックによって)というような状況こそが、「幸運な組み合わせ」でもある―財政政策が遥かに効果的な安定化のツールとなる事が期待できるからだ。財政政策の強いインフレ―ショナルなインパクトはZLBにおいて乗数のサイズをふくらませる(たとえば、Woodford 2011, Fahri and Werning 2017)。重要なことに、これはショックの発生場所(国内か外国か)にかかわらず真実だ。逆に、我々の以前の研究において明らかにしたように(Corsetti et al. 2013)、価格レベルの長期的予想を一定の世界価格へ固定する事により、為替レートターゲットは公共支出のインフレ―ショナルなインパクトを制限するので、財政政策はペッグにおいてある程度非効果的となる。この結果は、ZLB問題が小さな開放経済における変動為替レート支持の理由を必然的に弱めるわけではない更なる理由とみなせるものだ。

勿論、財政政策に頼ることは経済的なり制度的な制約によって限られる事もあるだろう((モデルはカントリーリスクの要素を組み込むことでより豊かなものとなり得たが、これは安定化政策に制約を追加する。Krugman (2014)やわれわれの以前の研究(Corsetti et al. 2016)の両方が強調したように、変動レートの比較的有益さを必然的に減ずるというわけではないのだが。))。この意味において、我々の結論はPoole (1970)の古典となる研究のロジックに準じたものと理解する事が出来る。ZLB問題のリスクの直面しての変動為替レートとペッグの間の選択は、最終的には経済がどういったタイプのショックにもっとも晒されやすいか、そして政策決定者が効果的に利用できる制作手段のセットによって定まる。

参照文献

Caballero R, E Farhi and P O Gourinchas (2015), “On the global ZLB economy”, VoxEU.org, 5 November.

Cook, D and M Devereux (2016), “Exchange rate flexibility under the zero lower bound”, Journal of International Economics 101: 52-69.

Corsetti, G, K Kuester and G J Müller (2013), “Floats, pegs and the transmission of fiscal policy”, L F Cespedes and J Gali (eds), Fiscal Policy and Macroeconomic Performance, vol 17, Central banking, analysis, and economic policies book series, Central Bank of Chile, Chapter 7: 235-281.

Corsetti, G, K Kuester and G J Müller (2016), “The case for flexible exchange rates in a Great Recession”, CEPR, Discussion Paper 11432.

Corsetti, G, K Kuester and G J Müller (2017), “Fixed on flexible: Rethinking exchange rate regimes after the Great Recession”, CEPR, Discussion Paper 12197.

Corsetti, G, E Mavroeidi, G Thwaites and M Wolf (2017a), “Step away from the zero lower bound: Small open economies in a world of secular stagnation”, CEPR, Discussion Paper 12187.

Farhi, E and I Werning (2017), “Fiscal multipliers: Liquidity traps and currency unions”, Handbook of Macroeconomics 2: 2417-2492.

Galí, J and T Monacelli (2016), “Understanding the gains from wage flexibility: The exchange rate connection”, American Economic Review 106(12): 3829-68.

Krugman, P (2014), “Currency regimes, capital flows, and crises”, IMF Economic Review 62(4): 470-493.

Obstfeld, M, J D Ostry and M S Qureshi (2017), “Trilemma redux: New evidence from emerging market economies”, VoxEU.org, 11 August.

Poole, W (1970), “Optimal choice of monetary policy instruments in a simple stochastic macro model”, Quarterly Journal of Economics 84(2): 197-216.

Schmitt-Grohé, S and M Uribe (2016), “Downward nominal wage rigidity, currency pegs, and involuntary unemployment”, Journal of Political Economy 124(5):

1466-1514.

Woodford, M (2011), “Simple analytics of the government expenditure multiplier”, American Economic Journal: Macroeconomics 3(1): 1-35.

経済学は何を研究しているのか?

経済学者は何を研究しているのか? From VoxEU

Christopher Snyder,  ダートマス大学経済学部教授

2017年8月12日

 

概要: メディアが経済学にネガティブな光を当て続けているなか、我々の分野が一般層にどのように語られているのかについて再考する価値はあるでしょう。このコラムは、経済学の基本的な原理ですら多くの人々が可能だと考えているよりも広い範囲の問題を説明する力があって非経済学者を驚かせることができることを説明します。

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ジョナサン・ハイト「クルーグマンは間違ってないかな? 私たちは保守ではないし、キレてないですよ」(2016年2月24日)

Krugman is wrong? We are neither conservative nor outraged by Jonathan Haidt | Feb 24, 2016 |

※訳注:本エントリは、アメリカの経済学者であるポール・クルーグマンが、リベラル派とされている新聞ニューヨーク・タイムズの2016年1月4日付けで寄稿したコラムへの、ジョナサン・ハイトの反論である。
経済学者のノア・スミスを通じてハイトらの『ヘテロドクスアカデミー』の活動を知ったクルーグマンは、「ハイトらの活動は、アメリカ市民の間で保守政党である共和党の支持が上昇している現象を、アカデミアへ反映させようとしている保守反動運動であり、アカデミアに左派が多い事実への怒りの反応である」とハイトらを揶揄・批判している。
『ヘテロドクスアカデミー』とは、本エントリの著者である心理学者ジョナサン・ハイトらが主催し、大学の多様性を目指す組織である。2007年3月段階で、主催者のハイト自身による展望と目標等を記した記事の翻訳は本サイトのココで読むことが可能。

【付記】以下の投稿は2016年の2月に書かれたものです。しかし、2017年の1月の時点で、私たちのヘテロドクスアカデミーの政治的な多様性に変化がありましたのでこの付記を冒頭に加えます。
ヘテロドクスアカデミーはどの教授たちに対しても門戸を開いていたので、会員数は363名に達し、政治的なカテゴリー配置もとても良くなりました。おそらく私たちは今現在、とても政治的なバランスが取れており、大学群の中で多様性を持つ組織と言えるでしょう。以下はヘテロドクスアカデミー会員の申し込み時における分類表です。
ハイト構成員2
【本文:以下は2016年の2月24日に書かれた最初の投稿です】
「保守派は大学でのリベラル派1 の切れ味鋭い運動を見て怒り狂った」とポール・クルーグマンはヘテロドクスアカデミーに最近反応しました。これに、私は2つの理由で愉快に感じました。

1つ目に、私たちは怒っているのではなく、心配しているのです。そこには大きな違いがあります。感情は理性を歪ませてしまいます。それが故に、怒りの感情は、学問的良識において常にふさわしくありません。(ちなみに、読者を常に怒りの状態に囃し立てるような書き方をする学者には注意すべきでしょうね。)
クルーグマンが反応した、このページの論調2 は、ヘテロドクスアカデミーのどのページとも同じように、冷静かつ計算されたものとなっています。私たちは大学で多様な見解を失うことを心配しているのです。なぜなら、多様な見解を失うことは「[大学における]制度化された批判思想」を失うことを意味する事に他なりません。さらに政治的にオーソドックスな訓練によって産み出された研究の質が失われてしまうことも心配しています。つまり、私たちは大学内で[多様性の確保等]の状況を改善するために活動しているのです。

2つ目に、私たちは保守派ではなく、多様派なのです。少なくとも私たち自身はそう思っていますが、実際には確認していませんでした。ある内部会合で、私たち自身が何であるのかを簡単に定義できない気付きました。会員数はその時点で27名に達していたので、私たちの定義を探すのに良い機会だと考えました。簡単な匿名形式のWEBアンケートを作り、全ての会員に配布し25名の回答を得ましたので、以下に示します。

質問:「大統領選と下院選のときに、あなたはどちらの政党に普段は投票しますか?」
下記の図に示されている通り、私たちは二つの政党に分かれました。9名(36%)だけが、いつも共和党に投票しています。
典型的投票先

質問:「どのイデオロギーがあなたの総体的な政治的認識や自画像に近いですか?」
下記の図に示されている通り、私たちのなかでは「中道派ないし穏健派」(36%)が最も多く、次いで「リバタリアンないし古典的自由主義者」(32%)となりました。さらに私たちの中で3人(12%)が「進歩派ないし左派」と自称しています。5人(20%)だけが「保守派ないし右派」と自身を位置づけています。つまり、どのような視点から考慮しても、保守派は5分の1以上もおらず、「怒れる保守派」と位置づけることは困難でしょう。
政治的アイデンティティ

メンバーに社会問題について尋ねた時には、非常に左寄りの傾向が示されました。5人(20%)だけが右寄りな回答に留まっています。
社会問題

メンバーに経済問題について尋ねた時には、グラフは反転しました。4人(16%)だけが左寄りな回答を示しました3
経済問題

結論として、ヘテロドクスアカデミーはとてもヘテロドクス(異端)です。社会科学や人文科学や法学の組織で、私たちのような多様な視点を持っている組織はどのくらいあるのでしょうか?
続けると、複雑で政治的でもある公的な思想や信条に関して、注意深く考えている人はだれでしょうかね? 典型的な学問組織? それとも私たち? 私たちを選びましょうね。もしそうで無いのなら、それこそキレちゃいますよ。

※訳注:訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。
※訳注:本エントリは、氏が全訳し、WARE_bluefieldが代理で投稿している。なお、☆氏の許可の元、書体等の一部文章を訂正している。訳注も基本的に☆氏によるものである。

  1. 訳注:原文ではLeftwardとあるので、日本語の用法を使ってリベラル派とした。 []
  2. 訳注:このページでハイトらは、アメリカではリベラル派の多いベビーブーマー世代が大学ポストで主流になることで教育に偏りが生じており、ブランクスレート説(人間の精神は白紙の状態で生まれ、いかなるイデオロギーでも書き込み事が可能とする政治・哲学・心理学的思想)の生徒への押し付けなどが起きているとしている。また、その状況を改善するために多様性に基づいた改善活動を提唱している。 []
  3. 訳注:ここで言われている「経済的に右寄り」とは、本来的な意味(市場に任せて、政府の介入を避ける)を指していると思われる。いわゆる日本における経済的政策のねじれを含んだ意味ではないことに注意。 []

ジョセフ・ヒース『反リベラリズムの解剖学』(2017年02月19日)

The anatomy of anti-liberalism
Posted by Joseph Heath on February 19, 2017 | Canada, multiculturalism

protest-masjid-toronto

金曜日(17日)、カナダ市民は、醜悪な見世物に直面させられた。トロントにあるモスクのすぐ外で、ムスリム系移民の停止と、カナダにおけるイスラム教の禁止を訴える抗議活動が行われたのだ。報道によると、抗議活動の参加者は、総計でわずか15人だったようだ。なので、わざわざ騒ぎ立てることではない。しかしながら、この件が、103号動議1 に関してウソを付き続けている、あるいは馬鹿騒ぎを続けている、カナダ保守党の構成員全員に、自制を促す事にはなるべきだろう。

この件にこれ以上言及する必要は感じないが、CBCラジオによる、抗議活動の参加者の1人である、女性へのインタビュー(オンラインでは聞けないようだ2 )は、グレートですよこいつはァ、という感じであった。多くの人が、党派性に縛られないリベラル3 な社会認識を共用している、との今日の一般的見解がある。この見解は、まったく実情にそぐわない事を、私は多くの事例から知っている。ただそれにしても、反リベラル的見解が、ここまで簡潔で要を得て意思表示されているのを、見聞きできることは滅多にない。インタビュアーが、女性に「あなた方の抗議活動と、シナゴーグ4 前で反ユダヤ主義の抗議活動を行っている人との、違いは何ですか?」と根源的な問いを行っている。女性の返答は、おおよそになるが「ユダヤ主義は邪悪じゃないが、イスラムは邪悪」だった。

完璧な返答だ。彼女らはもはや信教の自由すら認めていない。単純に宗教をひとつづつ見比べた後に、『善』と『邪悪』を判別し、『善』だけを認めよう、というわけである。誰か、ケリー・レイッチ5 に教えてやるべきだ。 移民を『選別』する、よりよい方法として『善』なる人と『邪悪』なる人を単純に分けた上で、『善』なる人だけを残すのである。邪悪に仕える人を除けば、この選別政策に反対する人なんていないだろう?

この件は、人は本当に『リベラリズム』をどの程度受け入れているか、どの程度自分のものにしているかどうか、を測定する良いテストとして出題されている。[反イスラームの]抗議者達の主張を聞いた時の、あなたの率直な反応が「馬鹿馬鹿しい。イスラム教は邪悪じゃない」のようなパターンだったら、あなたはインタビューに答えていた女性とだいたい同じくらいリベラルだ。もし反応が「馬鹿馬鹿しい。個人の自由に関する問題群が、『善悪』かどうかだけの皮相的な判定に収まるわけがないだろう」のようなパターンだったら、主流派エリートの見解へようこそ!

※※訳注
訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。

  1. 訳注:去年のカナダでのモスク襲撃事件を受けて与党・自由党の議員によって提出された、人種・宗教差別を批判する国会動議。カナダ保守党は、言論の自由の見地等を理由にこの動議に反対している。このブログ記事で詳しい日本語による解説を読むことができる。 []
  2. 訳注:現時点では、CBCの報道記事でインタビュー動画を見ることが可能。 []
  3. 訳注:ここでのリベラルは、「他者への寛容」といった意味で使われていると思われる。 []
  4. 訳注:ユダヤ教の教会。正式には『会堂』と呼ばれる []
  5. 訳注:「『反カナダ的価値観』を持った移民を排斥すべきである」と唱えている、去年、ヒースが批判した、カナダ保守党の政治家。 []

ジョセフ・ヒース『トランプはいかに狂っているか その1(続くだろう…)』(2017年1月26日)

How Crazy is Trump? Part 1 (and counting…)
Posted by Joseph Heath on January 26, 2017 | economy, politics, Uncategorized
昨日、アンドリュー・コインは以下のように書いた

国家が、貿易赤字や貿易黒字を抱えていようとも、それは国の厚生にはわずかしか違いをもたらさない。これは一般常識であり、もちろん個別の国にも適応される。このように[貿易収支を過大視]して考えてしまうのは、ほんの初歩的な誤りなのだ…。

トランプと(その仲間達)は、国家間の貿易の目的は黒字を出す事にある、との考えをどこで仕入れてきたのだろう? おそらく、実業家であるが故に、仕入れてきたのだろう。トランプは、国の貿易収支と、企業の損得の計算を同一視しているのだ。よりありえるのが、会計と経済学を取り間違えている可能性である。経済学部の初年度生は皆、国民所得は、消費と投資と国家支出に、輸出と輸入の差額(すなわち貿易収支)を、総計した物であるという事を、教わっている。

初歩的な経済学理解にツッコむのは、滅多に報われないので、慈悲深くあろうとはしてるが…。

今日の午後になるが、メキシコとの国境に建設する壁の建設費用を、メキシコに払わせる為に、メキシコからの輸入品に20%の関税を課すことになるかもしれないと、トランプの大統領報道官が告知した。以上告知は、コインの2つの説、つまり『初歩的な誤り』か『会計と経済学のとり間違い』のどちらが当たっているだろう? 私の考えは、『初歩的な誤り』である。

多くの経済学者が疑うことなく鋭く指摘しているように、壁の建設費として、メキシコからの輸入品に関税を課すことは、アメリカ人が払う事に他ならない。以上は、常識なのだが…。

※※訳注
訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。

ゲイリー・ハフバウワー, ウイジン・ジュン 『トランプの貿易政策を診断する』 (2016年9月29日)

Gary Hufbauer, Euijin Jun,”Evaluating Trump’s trade policies“, (VOX, 29 September 2016)


 

常軌を逸脱しかつ潜在的危険性をもった政策提案によりドナルド・トランプは安定して新聞の見出しを飾っている。WTO脱退を仄めかすかと思えば、貿易協定の再交渉、メキシコと中国からの輸入に対する関税賦課など、彼の提案は様々だ。本稿では、法的・経済的側面からこうした提案に考察を加えてゆく。古い時代のものにせよ近代のものにせよ、法令のなかには合衆国大統領に以上の様な政策の施行を許してしまう可能性をもつものが在り、そこから合衆国経済に極めてネガティブな影響が出ることも考えられる。

 

アメリカの投票権者にとって、合衆国大統領という地位がもつ権限の過小評価 – 或いはラディカルな政策の手綱を握るためのチェックアンドバランス機能の誇張 – は、取り返しのつかない過ちともなり得る。

共和党大統領候補者ドナルド・J・トランプはこれまでWTO脱退 (Mount 2016)・北米自由貿易協定 (NAFTA) の再交渉 (Needham 2016)・メキシコと中国からの輸入にそれぞれ35% / 45%の関税賦課 (Johnson 2016) を仄めかしては、新聞見出しを飾ってきた。しかしトランプにはこういった威嚇を合衆国議会の同意無しに実行する権限が有るのだろうか? 裁判所のほうでも彼にストップを掛けるのではないか?

答えは単純で、大統領となれば、トランプはそうした権限を保持することになるだろうし、司法府により彼の取った法的措置が頓挫する可能性も低いのだ (Hufbauer 2016)。前世紀を通し、合衆国議会は大統領に対し、貿易およびその他の形態の国際通商の制限に係る権限を大幅に委譲してきた。念の為付言すると、最も関連性の有る5つの法規 (表1にまとめた) は上記のようなものとは異なる目的を念頭に制定されたものである。しかしそうした法律も依然として法典に残存し、大統領なら誰でも援用できる状態に留まっている。スカーリア裁判官が訓辞したように、法規解釈における最大の導きは法律文言それ自体であって、その歴史的文脈や立法審議過程ではないのだ。

トランプの貿易威嚇が実行に移された場合、事業会社やさらには諸般の州からの法的異議申立てが数多打ち寄せて来るだろうが、彼の行動はそうした法廷闘争を生き延びる公算が高い。付け加えれば、合衆国議会による抗議であっても、圧倒的多数 [super-majorities] がトランプの拒否権を乗り越えて当該法規の修正をする場合のほかは、殆ど効果が無いだろう。

法規は老衰で斃れることはない。そして今や齢も一世紀という老齢の御爺さん法が、1917年敵対取引法 [Trading with the Enemy Act of 1917] である。TWEAは大統領に対し、戦時中、国際貿易および資金流動の一切を制限し、外国資産の凍結または差押を行う権限を与えるものである。同権限の強力さには唖然とするほかなく – なんと同措置は軍事敵相手に限られてはいないのだ1。TWEAがひとたび援用されれば、如何なる外国通商も危機を免れ得ない。

さらに、殊TWEAの趣旨に関する限り、諸般の合衆国議会宣言および決議 [Congressional declarations and resolutions 2] を通して、合衆国は第二次世界大戦いらい常時戦争状態に在ったといっても過言ではないが、平和が邪魔になれば、1977年国際緊急経済権限法 [International Emergency Economic Powers Act of 1977] が大統領に対し、国家的緊急事態が続くあいだ貿易と金融に制限を課すことを許す。大統領による緊急事態宣言は端的に裁判所から疑義を受けない。外交政策目的で経済制裁を課すためにIEEPAを援用するのが大統領達の間で慣例となっているが、だからといってこの法規を自らの通商目的のために援用することからトランプ大統領を阻止するものは何も無いのである。

表 1. 大統領が外国通商の統制に利用できる法規のまとめ

原註: FTA = free trade agreement; MFN = most favoured nation; NAFTA = North American Free Trade Agreement
出展: Hufbauer (2016).

NAFTAには、書面による6ヵ月の事前通知をカナダ・メキシコに送付したのち同協定から脱退することをトランプに許す規定が在る。そうなれば合衆国議会と協議したうえで、彼は互恵性の不十分を主張し、メキシコに35%の関税を課すことが可能となる – 或いは国家的緊急事態を宣言したうえでIEEPAを援用するというのも在り得るが、こちらも結果は同様である。大統領トランプは同じ様にその他の自由貿易協定も破棄し得る。最も破局的なケースでは、WTOから脱退し、合衆国の最恵国関税をスムート・ホーリー法時代の水準に引き戻してしまうケースさえ起こり得るが、これは大恐慌 [Great Depression] 以来絶えてなかったことだ。

トランプもこうした措置はあまりに苛烈だと感じるかもしれないが、そうした場合はもう少し制約の有る冷戦時代の3法規を利用できる。第一の法規 [1962年通商拡大法] (232条(b)) は国防に対する危機が明らかとなった場合に輸入制限を課すことを大統領に許すものである。第二の法規 [1974年通商法] (122条) は合衆国の大統領に、巨額かつ深刻な国際収支赤字に対処するため、150日の間、全て若しくは一部の国に対し、最大15%の関税、若しくは量的制限の賦課を許す。第三の法規 [同法] (301条) は外国が合衆国の通商に不公正な形で制限を加えていると発覚した場合に、大統領が貿易措置などの報復的措置を実行すること許すもの。

合衆国の貿易措置によって被害を受けた場合、貿易相手国はトランプの行動に異議を申立て、WTOを通した補償を請求するだろう。しかし貿易相手国はWTOでの立証を待つまでもなく、端的に合衆国の輸出・知的財産権・投資筋を標的とした報復措置に打って出るかもしれない。

Noland et al. (2016) はトランプの提案する貿易政策が合衆国に及ぼす経済的影響を、3つの相異なるシナリオをスケッチしながら推定している。同研究はムーディーズ・アナリティックスに依拠しつつ、特に短期的経済ショックの評価を行うもので、メキシコ (35%) 並びに中国 (45%) といった合衆国関税障壁の劇的引上げから生ずる、GDP・雇用率・民間消費・部門/州/群レベルでみたその他数値の変化が算出されている。

第一シナリオは全面的貿易戦争であり、トランプの新関税を受けたメキシコ及び中国は、合衆国輸出に対する同等の関税を以て応酬する。第二シナリオは非対称的貿易戦争で、中国は合衆国からの特定の財・サービス輸出に対し報復措置を取り、メキシコのほうでは全ての合衆国輸出に最恵国関税を課す。第三シナリオは貿易戦争未遂であり、合衆国関税が一年間のみ一方的に賦課され、メキシコおよび中国も同じ期間だけ報復措置を取る。

図1 ベースライン状況・全面的貿易戦争・貿易戦争未遂シナリオ時の合衆国GDP予想, 2015-2026

全面的貿易戦争シナリオでは、合衆国のGDP成長率に十年間に亘る相当な減速が見られる (図1を参照)。合衆国経済が最も厳しい打撃を受けるのは2019年で、この年に消費は2.9%、投資は9.5%も落ち込み、失業率は8.4%に達する。2019年の民間部門雇用ではほぼ480万近く職が無くなるが、これはベースライン状況の民間部門雇用を5%以上も下回る。最も強く影響を受けるのは高速ドライブおよびギア製造部門であり、雇用は10.2%も落ち込む (表3を参照)。しかしながら、絶対的雇用喪失数の観点から言うと、卸売および小売貿易・レストラン・ヘルスケアなどの部門で最も多く労働者が切り捨てられている。州レベルの影響の観点では、ワシントン州が最も強烈な打撃を被り5%の雇用喪失となり、これにカリフォルニア州・マサチューセッツ州・ミシガン州が続く (地図1を参照)。郡のなかで最も強烈な打撃を受けるのはロサンゼルス郡で176,000の雇用喪失、これにコック郡 (シカゴ州) における91,000の雇用喪失が続く。

表 2. 全面的貿易戦争および貿易戦争未遂の結果として生ずる一部マクロ経済変数の変化予想, 2017-2026

出展: Noland et al  (2016).

表3. 全面的貿易戦争によって最も被害を受けると予想される部門

出展: Noland et al (2016)

非対称的貿易戦争シナリオでは、中国は合衆国からの航空機輸入 (ボーイング機) を取止め、合衆国企業から購入するサービスを減らし、合衆国大豆の輸入に終止符を打つものと想定されている。中国の航空機購入取止めは179,000の合衆国雇用喪失を引き起こす可能性が有り、とりわけシアトル市-タコマ市-エバレット市の連なりやウィチタ市などの都市部への影響が懸念される。中国による合衆国企業サービス購入の減少のほうも85,000の合衆国雇用喪失を引き起こしかねず、その場合ロサンゼルス郡が最大の被害を受ける。中国の大豆輸入取止めは、ミシシッピ州・ミズーリ州・テネシー州・アーカンソー州の田園地帯における雇用を崩壊させる恐れがある。

地図 1. 州毎に見た民間部門雇用喪失パーセンテージ

出展: Noland et al (2016)

貿易戦争未遂シナリオとなると、経済的ダメージも幾分和らぐ。考え得る3つのアウトカムとしては、サプライチェーンの中断・金融市場の混乱・消費財の枯渇が挙げられる。合衆国民間部門雇用はこのシナリオでは一時的に130万の雇用喪失を被ることになる。

以上のシナリオを考慮すると、旧来および近代の諸法規がトランプ大統領に合衆国経済を織り成す国際的要素を、合衆国議会の同意を何ら要せずしかも裁判所からの有効な異議申立てもないままに、破棄することを許してしまう恐れがあり、これは全く悩ましいかぎりである。現在の大統領選キャンペーンを見る限り、合衆国議会は外国通商規制に関して自らが有する合衆国憲法上の権限の投げ売りを改め、適切な修正案を以て前述の諸法規の効力を狭めてゆくべきだろう。

参考文献

Hufbauer, G C (2016) “Could a President Trump shackle imports?” In Assessing trade agendas in the US Presidential campaign, PIIE Briefing 16-6, Washington: Peterson Institute for International Institute, September.

Johnson, S (2016) “Trump’s tariff proposal would gut US export jobs”, Boston Globe, 26 June.

Mount, I (2016) “Donald Trump says it might be time for the US to quit the WTO”, Fortune, 25 July.

Needham, V (2016) “Trump says he will renegotiate or withdraw from NAFTA”, The Hill, 28 June.

Noland, M, S Robinson and T Moran (2016) “Impact of Clinton’s and Trump’s trade proposals” in Assessing trade agendas in the US Presidential campaign, PIIE Briefing 16-6, Washington: Peterson Institute for International Institute, September.

原註

[1] フランクリン・ルーズベルトは銀行業務休止 [a bank holiday] の宣言を行う際に、リンドン・ジョンソンは対外直接投資の制限に、またリチャード・ニクソンは10%の輸入課徴金賦課に、それぞれTWEAを利用しており、当該大統領権限範囲はこうした例を以て知ることができる。

[2] 合衆国議会の対イラク・アフガニスタン戦争決議は今現在有効であり、裁判所はTWEA援用の目的に関しては行政部門のシリア・イェメン・その他標的に対する軍事行動を以て十分と見做すかもしれない。

 

シャルル・アンジェルーチ, ジュリア・カジェ 『新聞広告の衰退: 新聞読者にバッドニュース 』 (2016年8月26日)

Charles Angelucci, Julia Cagé , “The newspaper ad collapse: Bad news for readers” (VOX, 26 August 2016)


広告主は新聞に見切りを付け始めている。本稿では、1968年にテレビが印刷メディアに与えたインパクトを援用しつつ、広告収入の低下は新聞のクオリティの低下につながるものであることを主張する。極端な場合、こうした事態は一般大衆のもつ情報量の低下に帰結しかねない。

2015年はおそらく新聞産業にとって大不況以来の最悪の年となった。Pew Research Center (2016) によれば、上場企業に関する合衆国広告収入総計 (印刷媒体およびデジタル双方含む) は8%近い低落をみせたという。

我々は最近の論文 (Angelucci and Cagé 2016) で、広告収入衰退からくる影響が新聞の価格選択やクオリティ選択にどういったインパクトを与えるのか調査した。こうした選択が重要なのは、それが諸個人がどれだけの情報量をもっているかを決定付ける一因となるからだが、このことはさらに投票率・政治的問責可能性・社会規範にも影響してくる (Ferraz and Finan 2008, Jensen and Oster 2009, Gentzkow, Shapiro and Sinkinson 2011)。

具体的には、新たな広告プラットフォームの登場によって生じた、広告主が新聞読者の関心を購うために出してもよいと考える支払許容額の低落からくる影響の分析を試みた。2015年にはすでにGoogleとFacebookは600億ドルのオンライン広告市場のほぼ2分の3を手中にしていた。こうした広告収入のソーシャルメディアへのシフトが、新聞広告収入衰退の一因となっている。

我々はこうしたショックのインパクトを調査すべく、新聞社が読者にコンテンツを販売しつつ他方で読者の関心を広告主に販売する仕組みの単純なモデルを構築した。すると、読者の関心に対する広告主の支払許容額の減少が、新聞の自己コンテンツクオリティ減少を誘発していることが明らかとなったのである。広告主の読者関心に対する支払許容額減少は、低価格を通した読者への 『助成』 減少につながり、これは読者側の価格に上向きの圧力をもたらすが、さらにはクオリティ に対する 『助成』 (こちらにも読者を惹き付ける役割がある) の減少にもつながる。読者がクオリティに対する十分な感度をもっているならばつねに、広告収入の低落は、読者に対しクオリティ低下を補償するための購読価格の減少につながる。さらに我々は、広告主の支払許容額の減少が、新聞社に読者間で価格差別をさせるインセンティブを増加させることを明らかにしている: 新聞は購読価格の引き下げに加え、新聞の売店価格の引き上げも行うのである。

言うまでもなく、新聞社の価格選択およびクオリティ選択の決定には幾つものファクターが関わっており、それには費用・消費者選好・市場構造も含まれる。加えてインターネットの登場は、市場競争や消費性向に関して、広範な影響をもった変化をあまた生みだした。一つ例を挙げると、Reuters Institute Digital News Report (2016) は、消費者の半数からニュースソースとしてソーシャルメディアを毎週利用しているとの報告があったと伝えている。結果として、新聞読者の関心に対する広告主の支払許容額の減少と、新聞社の価格選択ならびにクオリティ選択の間の因果関係を実証的に確立することは、一口に言って難しい。

こうした事態にもじつは1つの前例がある: TV広告が新聞のビジネスモデルに与えたインパクトがそれだ。そこで我々は1960年から1974年に掛けての諸般のフランス新聞を対象としたデータセットを構築したうえで、1968年に始まったフランスのテレビ広告の導入に対し 『差分の差分』 分析を施した。この導入は、新聞の広告収入への依存度のみを専らシフトさせる外生的ショックにつながったのだった。

広告収入の影響は日刊地方紙よりも日刊全国紙のほうに深刻な作用したものと我々は想定している。当時のテレビで放送されていた広告と、新聞に掲載されていた広告を見比べれば、この想定の裏付けが得られる。全国紙ではブランド広告への依存度が高くなっていたが、こうしたブランドの企業主はテレビの方にも広告を出したがるだろうと考えられる。他方、地方紙に掲載される広告は地方的性質なもののほうが多い。同ショックの大きさを示そう。フランスの広告市場全体は、1967年から1974年に掛けて拡大していた。それにもかかわらず、全国紙の広告収入はテレビ広告の導入のあと減少したのである。これとは対照的に、地方紙の広告収入は同期間中に増加をみせた (図1)。

図1  メディアアウトレット毎にみた広告収入 (1967年・1974年)

テレビ広告導入のために、全国紙では地方紙との比較において、17%もの広告収入減少につながった。この広告収入の落ち込みは、購読価格の平均値を売店価格で除したものと定義される 『価格比率』 12%の減少につながったが、この減少は全て、購読者が徴収される価格の減少に由来するものである。全国紙は地方紙との比較において、使用ジャーナリスト数を11%も減らしたうえ、ニュース報道に充てられた紙面 (『記事スペース (newshole)』) のほうも7%減少した。こうした統計データがクオリティの尺度となると想定する限り、全国紙は広告収入の低下に自己コンテンツのクオリティを引き下げることで対応したのだと結論できる。さらにこうした価格とコンテンツに関する変化は、全新聞読者中に購読者が占める割合の22%もの増加につながっている。

本発見には21世紀のニュースメディアに対するさまざまな示唆が含まれていると我々は考えている。メディアアウトレットの多くは依然として最適価格方針を発見すべく実験を続けている。我々のモデルは、読者間で価格差別を行うための1手段として採用される購読制度の背後にあるロジックは、オンラインでも引き続き存在するはずだと示唆する。2010年以来、ますます多くのオンラインメディアが専ら広告主の出資のみを頼りとするモデルを打ち捨て、ペイウォール制度の導入に移っており、また購読者に無制限のアクセス権を提供する一方で、個別の話題のみを購入する読者からは高い料金を徴収するという選択をするところも多くなっている。我々はさらに、近年では、購読価格平均を売店価格で除した比率に減少がみられてきたことも明らかにしている。

図2  合衆国の7紙についての年度平均価格比率 (2008-2014年)

本分析では、ニュース購読者に対する広告主の支払許容額の減少が – その原因が何であれ – メディアアウトレットのもつクオリティ投資に対するインセンティブを低下させることを取上げた。広告収入が落ち込むのと歩を同じくして、合衆国における新聞ジャーナリストの数も減少してきている (図3)。もし広告収入が低落を続けるのならば、メディアアウトレットレベルでの情報クオリティも減少しかねないのである。このリスクは近年みられている広告ブロックテクノロジーの成長のためにさらに高まっている(Reuters Institute Digital News Report, 2016)。

図3 新聞広告収入 (ドル) および合衆国のジャーナリスト数 (1980-2015年)

この先広告が新聞クオリティの助成をしなくなるのならば、諸般の政策的介入案の有効性を調査するさらなる研究がもとめられよう。

参考文献

Angelucci, Charles and Julia Cagé (2016) “Newspapers in Times of Low Advertising Revenues,” CEPR Discussion Paper No. 11414.

Ferraz, Claudio and Frederico Finan (2008) “Exposing Corrupt Politicians: The Effects of Brazil’s Publicly Released Audits on Electoral Outcomes”, The Quarterly Journal of Economic, 123(2): 703-745.

Gentzkow, Matthew, Jesse Shapiro, and Michael Sinkinson (2011) “The Effect of Newspaper Entry and Exit on Electoral Politics,” American Economic Review, 101(7): 2980-3018.

Jensen, Robert and Emily Oster (2009) “The Power of TV: Cable Television and Women’s Status in India,” Quarterly Journal of Economics.

Pew Research Center (2016) State of the News Media 2016.

Reuters Institute (2016) Reuters Institute Digital News Report 2016

 

トーケ S. アイト, ガブリエル・レオン, ラファエル・フランク, ピーター S. イェンセン 『民主主義と革命危機: 新たな実証成果』 (2015年1月8日)

Toke S. Aidt, Gabriel Leon, Raphael Franck, Peter S. Jensen, “Democracy and the threat of revolution: New evidence” (VOX, 08 January 2015)


民主化に際しては、革命の危機というものが中軸的役割を果たすのだと示唆する理論がいくつか存在する。本稿はこの仮説を裏付ける新たな実証成果を提供するものである。本稿執筆にあたっては19世紀のヨーロッパ、20世紀末前後のアフリカ、1832年の英国での大改革といった場面でみられた民主主義への移行に関するデータを利用した。我々は、歴史中一貫して、抜き差しならぬ革命危機がその機先を制しようとする民主主義的改革の引き金となっていたことを明らかにした。

革命危機仮説

2010年から2012年まで続いたアラブの春の間に北アフリカや中東を席巻した暴力的抗議活動の波は、長らく盤石の体制を保っていた幾つかの専制政治国の崩壊と時を同じくしていたが、これら専制政治国のうち首尾よく存続を果たしたところでは、大衆勢力の鎮静化をねらった一連の政治改革・再配分政策が足早に施行されていたのだった。そこから一と半世紀を遡った西ヨーロッパにおいても何やら似た様な事態が起きる。1848年、フランスでまたドイツ各地で諸革命が勃発すると、それに続く様にしてデンマークやルクセンブルクまたベルギーそしてオランダでは民主的改革が見られたのだ。

こういったエピソードは 「革命や暴動およびその他の暴力的抗議活動は民主的変革の引き金と成り得る」 との仮説の信憑性を高めるものである。同仮説が魅力的なのは、それが参政権拡張にまつわる謎、つまり、「政治権力をはじめ多くの場合経済的リソースをも独占している既存専制権力が、自分達とは異なる目的をもった人口層に対し、広く自らの権力を共有してゆく事に同意するのは何故なのか」 という謎を解いてくれるからだ。革命危機仮説は特にAcemogluとRobinson (2000, 2006) またBoix (2003) の労作を通して展開されてきたのであるが、その示唆にしたがえば、ひとたび成功すれば自らの権力基盤全体を根絶やしにするだろう革命の抜き差しならぬ危機と直面した時、専制勢力はその様な行動に出るのだろう、という事になる。この見方を取れば、今日のアラブ世界における専制勢力や150年前の西ヨーロッパの諸君主がみせた対応は、抜き差しならぬ革命危機の機先を制する為の反応だったのだといえる。

とはいえ、皆が皆この解釈に納得している訳ではない。例えばRoger Congleton (2010, p. 15) は1830年から1930年の間に起きた諸般の民主的改革を論ずるなかで次の様に主張している: 「実質的に全てのケース [国] において、リベラル改革の採用にあたって改正に関する既存の憲法的規則が用いられた。どのケース [国] においても、リベラル改革の全てに大規模反乱が先行していたなどという事は無く、そのうえ殆どのケースでは、一見してすぐそれと分かる様な改革を生み出せなかった大規模デモの例で溢れているのだ」

民主化は多面的プロセスなのだから、民主主義の淵源に関してこの革命危機仮説とその他の説が当てはまる領域を画定する事こそが課題と成る。そこで、革命危機仮説がどこまで民主主義への移行を説明し得るのかを確定してゆく算段となるが、これは次の2つの理由の為に困難なものと成っている。

 

  • 第一に、問題と成るのは革命の危機であって、これは定量化が難しい。
  • 第二に、観測された社会的抗議活動をその背景に在る危機の代理物として用いるなら、同危機が民主化を引き起こすのか、それともその2つとも何か別の要因から生じているのか、この点を確定するのは難しい。

我々は一連の論文で (AidtとJensen 2014, Aidtと Leon forthcoming近刊, AidtとFranck 2013, forthcoming近刊) 歴史上のデータ並びに近年のデータまた種々の識別戦略を用いて上記の問題と取組んできたが、これらの研究成果をはじめ、Przeworski (2009) の先行研究やDorschとMaarek (2015) の最近研究から炙り出される状況は明らかだ。即ち:

  • 革命危機は確かに民主化原動力の1つなのである

革命危機の新たな実証成果

タイトルに挙げた問題に解答を与えようとすれば、理想的には民主主義への移行例全てを含んだ集合を対象とした研究を行ってゆくべきだろう。だがこれは不可能なので、研究者として我々は、特定期間、特定国家、さらには具体的な改革にまで研究の焦点を絞ってゆかざるを得ないが、こういった特定の対象を数多く研究することでも、暴力・暴動・革命と民主化の間に在る繋がりに関して非常に多くを学ぶ事ができるのである。我々がこれまで研究に取組んできた 『事例』 は次の3つ。即ち: 『長い19世紀』 におけるヨーロッパ、20世紀末前後のサブサハラ-アフリカ、そして1830年代の英国、これである。

各々の事例において、そこでの既存支配勢力に対し、彼らの握る権力を脅かすに足る実効的な反抗行為を実施しようとする際に関係してくる 『集合行為問題』 が目下のところ解決されている事を見せつける役割を果たした客観的観測可能な出来事が具体的に存在する。そこで我々は、既存支配勢力がこうした出来事に対しどの様な反応を見せたのか、とりわけ、彼らが民主的改革を採用したのかどうかを調査した。勿論、これだけではこの2つの事柄の間の因果関係を確立するまでには至らず、各々の事例においてコンテキストを踏まえた識別戦略が必要となる。

体制不満に関する情報の国際的伝播は、危機認識の違いを把捉する1つの方法である。Kurt Weyland (2014, p. 120) は1848年におけるヨーロッパの諸革命について論ずる中でデンマークの事例を取り上げ、このロジックの例示としている: 「デンマーク国王には、到来しつつあった不満の波を見定めるのに [プロイセン国王よりも] 多くの時間が有ったし、非常に高く付いたウィーン (3月13-15日) やベルリン (3月18-19日) での衝突について知る事もできた。そこで3月21日になるとデンマーク国王は暴力の機先を制するべく、彼の宮殿の外に集まった群衆に対しこういった変革 [リベラル民主主義的憲法] を申し出たのだ」。我々はAidtとJensen (2014) のなかで民主化第一波 (1820-1938) の渦中に在ったヨーロッパ諸国のパネルデータを対象とする研究を行ったが、そこでは 「近隣諸国における実際の革命が、その他の国君主や潜在的革命家に対し、状況がどれだけ危機的であるかを伝えるシグナルの役割を果たした」という考えを精査し、この様な革命的事件と参政権改革の間に頑健な関係性が存在する事を明らかにしている。なおこの関係性は、革命の中心地に言語的または地理的に近しい国について強くなる。

  • 我々の推定値は、ヨーロッパの何処かで革命が1つ勃発した場合、近隣諸国で参政権改革が1つ起きる可能性が75%上昇するという関係があったことを明らかにしている。

1990年から2007年に掛けてサブ-サハラアフリカで起きた民主的変革を対象とした我々の研究は、革命危機と民主化の繋がりが、ヨーロッパにおける民主化第一波に固有のものではなかった事を証明している (AidtとLeon, 近刊)。同研究では、国内の暴動に関するデータを用いて体制不満の程度の定量化を試みた。暴動と政変を引き起こす原因は多岐に亘るから、暴動が民主的変革に及ぼす真の影響を明らかにする為に操作変数法を利用している。我々はBrücknerとCiccone (2011)、BurkeとLeigh (2010) およびFranck (近刊) に倣い、天候ショック (干ばつ) を政治行動に対する操作変数とした。干ばつが暴動に繋がるかもしれないというのには多くの理由が在る; 例えば、一時的な所得の減少することで権力への反抗にまつわる機会費用は低減するし、干ばつは農村地帯を困窮させるので都市部への移住が続いて生じるが、これは既に存在している緊張状態を加速させ、過密状態を悪化させるものである、等々。そして我々は、干ばつが暴動に及ぼす影響の結果として民主的変革の確率が16.7パーセント点上昇する事を明らかにしている。

ヨーロッパ及びアフリカにおける民主化を対象とした我々の研究は諸国のクロスセクションデータを継時的に調べたものだったが、『1832年大改革法』 の研究では英国の民主的変革における一大事件に焦点を置いている (AidtとFranck 2013, 近刊)。田園地帯での反乱 – 所謂スイング暴動 – の地理的伝播を精査したのだが、同反乱は『非改革議会』の下で行われた選挙としては最後のものである1830年と1831年の選挙の間に当たる時期に勃発したものであった。そこで我々は、或る選挙区の極近辺で勃発した暴動が、大改革法を承認する1831年の議会において職務を果たすことになる改革に好意的な政治家一名をその選挙区が選出する確率に対し、如何なる影響を及ぼしたのか推定を試みた。勿論、地域暴動と、改革に対し好意的な政治家の当選の間にみられる相関はどれも、多数のファクターから生じていた可能性が在る。そこで我々は、地域的社会相互作用効果を媒介に既存の道路ネットワーク沿って暴動が拡散した事実を精査する事で、地域暴動への曝され方に関する外生的差異の分離を目指した。我々の操作変数とマッチング推定値の示唆するところでは、スイング動乱が無ければ、改革に友好的だった2政党も下院で過半数を獲得する事はなかったようである。そしてこの過半数無しには、同改革プロセスは十中八九押し留められていただろう。

結論

革命危機はAcemogluとRobinsonが一連の論文や、書籍The Economic Origins of Dictatorship and Democracyのなかで展開した民主化理論において基軸的役割をもっている。同理論は民主化が歴史の機運を決する分節点において勃発することを強調するものであるが、我々の実証成果はこの見解の裏付けとなった。しかしながら、我々の研究にせよ、革命危機説それ自体にせよ、工業化・都市化・所得増加・国際貿易・格差といった背景に在って、ゆっくりと歩みを進める経済プロセスと、民主化へのきっかけが織り成す複雑な相互作用が重要であることを否定し去ろうというものではない。他国における革命・地域暴動との直面・干ばつが誘発した抗議活動などといった 『革命ショック』 が一押しとなり一国をして限界線を踏み越えさせ、支配勢力を民主的改革の施行へと向かわせる場合もあるだろう。しかしそれも背景に在る経済的ファンダメンタルズがその限界線に『近接』している状態が在って初めて生じ得るのである。

 

参考文献

Acemoglu, D and J A Robinson (2000), “Why Did the West Extend the Franchise? Democracy, Inequality, and Growth in Historical Perspective”, Quarterly Journal of Economics, 115(4), 1167-1199.

Acemoglu, D and J A Robinson (2006), Economic Origins of Dictatorship and Democracy, Cambridge: Cambridge University Press.

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Aidt, T S and P S Jensen (2014), “Workers of the World, Unite! Franchise Extensions and the Threat of Revolution in Europe, 1820-1938”, European Economic Review, 72, 52-75.

Aidt, T S and G Leon (forthcoming), “The Democratic Window of Opportunity: Evidence from Riots in sub-Saharan Africa”, Journal of Conflict Resolution.

Aidt, T S and R Franck (forthcoming), “Democratization under the Threat of Revolution: Evidence from the Great Reform Act of 1832”, Econometrica.

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Brückner, M and A Ciccone (2011), “Rain and the Democratic Window of Opportunity”, Econometrica, 79 (3), 923-947.

Burke, P J and A Leigh (2010), “Do Output Contractions Trigger Democratic Change?”, American Economic Journal: Macroeconomics, 2, 124-157.

Congleton, R D (2011), Perfecting Parliament, Cambridge: Cambridge University Press.

Dorsch, M T and P Maarek (2015), “Inefficient Predation and Political Transitions”, European Journal of Political Economy, 37, 37-48.

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Weyland, K (2014), Making Waves. Democratic Contention in Europe and Latin America since the Revolutions of 1848, Cambridge: Cambridge University Press.