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貿易利益を定量化する

VoxEU、2018年4月29日

Giammario Impullitti、ノッティンガム大学准教授

Omar Licandro、ノッティンガム大学マクロ経済学教授

概要:グローバライゼーションに不満を持つ人達は、職を減らし賃金を下げていると貿易を非難し、一方そのサポーター達は貿易自由化が全ての人達に潜在的には恩恵をもたらせるだけの総利益を生み出すと反論する。しかし、貿易の利益を測るのは経済学者にとって長きに渡っての挑戦である。このコラムは企業のイノベーションの反応を考慮すると貿易の利益は静的な定量化モデルにおいて得られるから倍加する事を論じる。

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振り返り見た90年代貿易と賃金論争

VoxEu, 2018年4月15日

Adrian Wood、オックスフォード大学国際開発教授

概要: 20年前、経済学徒は、途上国との貿易は先進国の非技能労働者への深刻な害とはなっていないと結論づけた。このコラムは、このコンセンサスを生み出した論争が早すぎる終わりを迎えたのだと主張する。現在ですら、先進国の低教育層の経済的不運へのグローバリゼーションの影響の度合いについては、どんなはっきりした結論であれ出せる証拠はない。そして、もし経済学者の中でのコンセンサスがより弱かったならば、グローバリゼーションの社会的コストを下げる為により多くのことがより早く行われていたかもしれないのだ。

経済学者を含む(例えばColantone and Stanig 2017)一部の人々が最近のポピュリズムの激震-ブレキジット、トランプ、ルペン、AfD-をグローバリゼーションが先進国の労働者へ及ぼした被害の故であるとしている。また別の経済学者(Helpman 2017はその一つ)はこの主張を否定している。これらの事が経済学者の中で20年も前に起こり、そして解決したかに見えた論争を復活させている。1990年代に経済学徒は間違ったのだろうか?私はこの問題を新しい論文で考察してみた (Wood 2018)。

1990年代の論争

一部の経済学者は1980年代の大半の先進国における低技能労働者への相対需要の低下をヘクシャー・オーリン(HO)貿易理論を使って説明した。彼らはこの低下を、工業製品についての先進国-途上国(北―南)貿易での障壁の低下に帰していた(Leamer 1993 and Wood 1994)。別の貿易経済学者や労働経済学者はこの結論に異を唱えて、代わりにコンピュータの普及も含めた技術の役割を強調した(Krueger 1993)。この意見の対立が更なる経済分析の洪水を引き起こした (Cline 1997とFeenstra and Hanson 2001がサーベイを行っている)。

2000年までにこの論争は終結していた。主な要因はスキル偏向的技術変化であるというコンセンサスに大半の経済学者が賛同していた。このコンセンサスは新しい技術の効果についての直接的な証拠によって形成されたというわけではない。そうではなくて、経済学者が貿易による説明を疑ったのだった: はたして南との貿易は労働市場の結果を左右するほど大きいのかどうか、そして財価格、セクター内でのスキルの集約度、そして南の国々での相対賃金の動きがHOの物語に沿うのかどうかについて(Krugman and Obstfeld 2006, Autor et al. 2016, Pavcnik 2017)。

1990年代の論争は経済研究の新しい分野を生み出したことで長期的な成功も収めた1 。しかしながら、この論争のどちらの側の経済学者もグローバリゼーションのインパクトについて不完全な理解しかもっていなかった。学ばねばならない事があまりにもあったのであり、アカデミックな観点からはこの論争は早すぎる終わりを迎えたわけである。

振り返ってみると、経済学者はHO理論に目を眩まされていたのだった。貿易が賃金に影響を及ぼす他のメカニズムへ充分な注意が払われていなかったし、それにHOは労働移動が国内ではコストのかからないものであると仮定しているが、これが不運にも経済学者に特定の地域がしばしば貿易拡大の社会的コストの大半を背負うことを忘れさせてしまった(Autor et al. 2016)。

その後の証拠

1990年代以降、先進国の低教育層の経済状況は悪化を続けた。これは相対賃金に注目していた当時の論争の中で考察されていたよりも多くの領域で起きていた。トップ1%の総所得におけるシェアは劇的に上昇し、GDPの労働のシェアは低下し、製造業での雇用機会はさらに低下し、非正規の雇用契約が正規の雇用にとって代わり、「悲嘆からの死」(訳注:この記事を参照) が急増した。

今、我々はまた、グローバリゼーションがこの悪化にどの程度の役割を果たしたのか議論している。国際機関の公的な見解は、そして多くのアカデミックな経済学者にも受け入れられているものは、グローバリゼーションは脇役でしかないというものだ。かれらは低技能の労働者は主に技術の進歩と上昇する生産性から被害を受けたとしている(IMF-WB-WTO 2016, OECD 2017, Helpman 2017)。しかし、1990年代同様、この立場を支持する証拠は欠けているのである。

____表1 北の労働需要への南北貿易のインパクト、2011年

出典:Wood (2018)

論文において、私は南(すべての非OECD加盟国)の工業製品とサービスの輸出の北(全てのOECD加盟国)における労働需要へのインパクトの生産要素量の推定(2011年)を計算した。表1はそのベースケースを表している。南からの輸入は製造業における労働需要を1800万職分減らしており、これはAcemoglu et al. (2016)によるアメリカと中国だけについての広く引用されている推定とだいたいマッチしている。その反対の北から南への工業製品輸出が埋め合わせてくれるのはたった600万職だけで、これは輸出される製品が輸入品よりも労働集約度が低いためだ2

南の非一次産品輸出は製造業とサービスでの総労働需要について経済全体での雇用をたった2%減らすだけだが、そのスキルの構成についてはより大きな効果を持っている。技能労働(大学教育を意味する)への需要は、低技能労働と比べて、製造業とサービス双方で増加し、経済全体での技能労働への相対需要を9%高めている。この上昇は、「技能」の定義を高卒まで拡げるか、「北」の定義を1990年時点でのOECD諸国にまで狭めると、更に大きくなる。

製造業での約1200万職と推定される低下は1985年から2014年の間のOECD諸国での1800万の実際の低下と比べられるものだ。この低下の3分の2は2000年以後、中国の輸出が大きく増加してから起こったものであり、南北貿易の影響と整合的である。しかし、貿易によって引き起こされた大卒者への相対需要の増加の推定は実際の増加の半分以下である。その大半は2000年以前に起こっており、南北貿易の時系列とは異なっている。

この生産要素量の計算は、南との貿易の増加は北の労働市場にかなりの影響を及ぼしたという事を示している。それでもこれは北の低技能労働者の状況の悪化の大半を説明できないのだが、しかしこの計算はグローバライゼーションがインパクトを持ちうる多くのチャンネルを考慮していないのだ。

重要なチャンネルの一つが、労働を置き換えるタイプの技術の改善を貿易が促進する事であって、これはBloom et al. (2016)やPierce and Schott (2016)の実証研究の結果によって示唆されている。また別のものは、製造業とサービスにおける北の技術のオフショアリングである。これは南から北への輸出の成長に大きく貢献した(Baldwin 2016)だけでなく、北にいるその技術の所有者達を豊かにした。このようなルートが、北におけるトップ1%のシェアの上昇と、労働のシェアの低下につながった3

北の一般の人々の経済状況の長期的な悪化には確実に他の要因もあっただろうが、グローバライゼーションがマイナーな役割を果たしただけだと確信を持つ事は出来ない。現状の証拠からすると、より確信の持てるポジションは、その役割がどれほど大きかったかまだ分からないというものだ。

政策決定者はミスリードされたのか?

1990年代の貿易と賃金についての論争は、より大きなアカデミックの研究プログラムの為の第一段階だった。しかしより重要な事は、その論争から生み出されたコンセンサスが社会において助けとなったのか、害を及ぼしたのか、だ。

論争のこの結末はなんの変化も及ぼさなかったとも言い得る。登場人物たちは、原因については一致していなかったものの、対応する為の政策については大枠で一致していたからだ。それは、技能労働者の供給を増やし、低技能労働者への需要を増やし、そして利益を得ている者から不利益を被っている者への再分配を行うというものだった。更に、これらの政策対応は全て利益を得ている者へのより高い税を必要ともしていたが、その為に必要な政治的サポートはなかったわけでもあるので。

政策決定者達は正しい方向へのステップをいくらかは踏んだ。例えば合衆国におけるthe Earned Income Tax Creditのように。しかし、最近の政治的イベントが示したように、多くの一般の人々の、経済的・社会的に取り残されていっているのではというちゃんと根拠のある心配に対処するのに充分な程ではなかった。

1990年代の論争が別の結末になっていたなら、より多くの事が行われていただろうか?この場合、答えはおそらく「イエス」だ。実際の結末はグローバライゼーションの社会的コストについて正当化出来ない自己満足を生んでしまった。これは1990年代なりその後の低技能労働者の問題の主因がグローバリゼーションであったと信じるかどうかには依存しない。これはグローバリゼーションが大きな負の社会的効果を持つと信じるかどうかだけに依存するし、それはもうほぼ全般的に認められている(IMF-WB-WTO 2016)。

グローバリゼーションは北における不平等の上昇の主因ではないという経済学のコンセンサスは経済決定者が注意をそらす事を促進してしまったし、行動に向けての重要な政治的レバーを使う為の理由、つまり保護主義の恐怖を弱めてしまった。低技能労働者の問題が新しい技術によるものだと信じるのは安心をもたらした。コンピュータを破壊するネオ・ラッダイトのリスクはなかったからだ。もし政策決定者達や自己利益にさとい受益者たちがグローバリゼーションに対しての強力な政治的バックラッシュのリスクを認識出来ていたならば、彼らもより注意を払っていただろう。最終的にはそうなったわけだが、2016年と2017年では遅すぎた。

1990年代の論争の決着が違っていたならよりましな政策が取られていたとしても、しかしそういった政策でも先進国の現在の経済的そして政治的問題を避けるのに充分ではなかったかも知れない。そういった国々での将来の政策的挑戦は1990年代においてと基本的に同じである。経済全体での進歩の原因が何なのであれ、政策決定者たちはその進歩からの利益を広く分配する、経済的そして政治的の両方で上手く働く方法を見つけなければならないのだ。

参照文献

Acemoglu, D, D Autor, D Dorn, G Hanson and B Price (2016), “Import Competition and the Great U.S. Employment Sag of the 2000s”, Journal of Labor Economics 34(S1): S141-S198.

Autor, D, D Dorn and G Hanson (2016), “The China Shock: Learning from Labor Market Adjustment to Large Changes in Trade”, Annual Review of Economics 8(1): 205-40.

Baldwin, R (2016), The Great Convergence: Information Technology and the New Globalisation, Harvard University Press.

Bloom, N, M Draca, and J Van Reenen (2016), “Trade Induced Technical Change? The Impact of Chinese Imports on Innovation, IT, and Productivity”, Review of Economic Studies 83(1): 87-117.

Cline, W (1997), Trade and Income Distribution, Institute for International Economics.

Colantone, I, and P Stanig (2017), “The Trade Origins of Economic Nationalism: Import Competition and Voting Behavior in Western Europe”, BAFFI CAREFIN Centre research paper 2017-49.

Feenstra, R and G Hanson (2001), “Global Production and Inequality: A Survey of Trade and Wages”, NBER working paper 8372. Published in 2003 in J Harrigan (ed.), Handbook of International Trade, Blackwell.

Feenstra, R, H Ma, A Sasahara and Y Xu (2018), “Reconsidering the ‘China shock’ in trade”, VoxEu.org, 18 January.

Helpman, E (2017), “Globalisation and Wage Inequality”, Journal of the British Academy 5: 125-62.

IMF-WB-WTO (2016), Making Trade an Engine of Growth for All: The Case for Trade and for Policies to Facilitate Adjustment, International Monetary Fund, World Bank and World Trade Organisation.

Krueger, A (1993), “How Computers Have Changed the Wage Structure: Evidence from Microdata 1984–89”, Quarterly Journal of Economics 108(1): 33–60.

Krugman, P and M Obstfeld (2006), International Economics: Theory and Policy, 7th edn. (Boston: Addison Wesley).

Leamer, E (1993), “Wage Effects of a U.S.-Mexican Free Trade Agreement”, in P Garber (ed.), The Mexico-U.S. Free Trade Agreement, MIT Press.

OECD (2017), Employment Outlook 2017.

Pavcnik, N (2017), “The Impact of Trade on Inequality in Developing Countries”, CEPR Discussion Paper 12331.

Pierce, J, and P Schott (2016), “The Surprisingly Swift Decline of US Manufacturing Employment”, American Economic Review 106(7): 1632-62.

Wood, A (1994), North-South Trade, Employment and Inequality: Changing Fortunes in a Skill-Driven World, Oxford University Press.

Wood, A (2018), “The 1990s Trade and Wages Debate in Retrospect”, The World Economy 41(4): 975-99.

  1. EconLitは、この議論の間に生み出されたF16 JEL trade and wageに書籍約1000冊と2400の論文を数えている。 []
  2. Feenstra et al. (2018)は中国からの輸入の効果と全ての国々への輸出の効果を比べて、合衆国製造業雇用についてすこしマイナスが小さい結果を出している []
  3. 別の大きなチャンネルとして人気のある移民の増加は、おそらく比較的小さな役割しか果たしていない。国際的な人間の移動への制約は、財、サービス、資本そして技術の国際的な移動に対してよりもはるかに厳しい。 []

スコット・サムナー「なぜオーストラリアは26年間不況を経験していないのか」

[Scott Sumner,”Why Australia hasn’t had a recession in 26 years,” The Money Illusion, July 18th, 2017]

 

過去の投稿において、私は、オーストラリアは名目GDPを適切に成長させ続けることによって26年間不況を回避してきたことを指摘した。コメント者の中には、オーストラリアは金融政策ではなく、むしろ鉱業ブームによって恩恵を受けている“ラッキーな国”である、と示唆するものもいた。その理論は意味をなさない。なぜなら経済が非常に不安定な商品の輸出に輸出している場合、大規模かつ高度に多様化した経済を伴った国に比べてより不安定なビジネスサイクルになるだろうからである。いずれにせよ、近年のデータは完全にその説を棄却している。

ステファン・キッチナーは、かつてオーストラリア準備銀行の役人であったウォーウィック・マッキビンの見解について議論している非常に興味深い記事に私を導いた。

元オーストラリア準備銀行役員のウォーウィック・マッキンビンは、世界の中央銀行は、家計や政府の巨額の債務負担が安全に解消されるよう、名目所得の伸びを目標とする公的金利のシステムに切り替えるべきだと述べている。

“インフレーションは、価格の期待を縛り、中央銀行が資産を引き下げないという自信を人々に与えたため、良い中間段階になった”と、彼は水曜日のシドニーでの主要な経済会議で語るだろう。

1970年代や80年代、それに90年代の初期と同様に、“高いインフレ率の時にはそれが重要なのだ。”

“しかし、本当に成長とインフレーションである非常に明示的な所得ターゲットがあるなら、同じ信用度をもつことができる”、と彼は言う。

彼は、オーストラリアでは、そのことは、準備銀行は名目GDP——本質的には、どのくらいその経済がその経済の生産した財やサービスに支払われているかの尺度——の成長を約6%に保とうと試みようとしていることを意味すると示唆している。

オーストラリアは人口増加率が1.4%であるので、オーストラリアの名目GDPの成長率がアメリカ(人口増加率=0.7%)や日本(人口減少中)の名目GDPの成長率より高いのは不思議ではない。それにもかかわらず、私は、6%は少し高いので、オーストラリアには5%にいくぶんか近い成長率を勧めたい。一方で、6%でさえ2008年以降連邦銀行や欧州中央銀行、日本銀行によって実施されている一連の政策に比べればはるかに良いだろう。

オーストラリア国立大学クロフォード校出身のマッキビン教授は、公式の2%から3%のインフレターゲットは“サイクル全体”にしか適用されないので、実際に準備銀行はすでに“曖昧な名目の”所得ターゲットを追求している、と認める。

このことは、オーストラリアは大恐慌[1]の間、隠れて名目GDP目標を行っている国であったと示唆してきた様々な市場のマネタリストの主張を裏づけしている。

私は、日本のような国にとって名目所得ターゲットの最大の利点は、それが公的債務の負担を減じうるということであると主張した。マッキビンは同様の議論を行っている。

”高い公的および私的な所得に占める負債の割合の持続可能性は過去以上に高い名目所得の成長を必要とするので、今後数十年にわたって問題になるであろうことは、名目所得の成長であろう。”

興味深いことには、6%のターゲットでさえいますぐに金融引き締めが必要なように思われることである。

彼の提唱した所得ターゲットのスキームによれば、1.5%というこんにちの準備銀行のキャッシュレートは、第一四半期に前の3か月に比べて名目GDPが2.3%上昇したことと、1年前に比べて7.7%上昇したことを考慮すればおそらく低すぎる。“現在、中央銀行は名目所得基準による緩やかな金融政策を取っているだろうし、名目所得の伸びが急速に高まっているため、このルールに従って政策を強化することを期待している。”

待ってほしい。それが正しいはずはない。私の批判者は、オーストラリアは鉱業ブームから恩恵を受けている単にラッキーな国だった述べている。いまや鉱業開発が衰退しつつあるのだから、うまくいっているはずがない。それとも私が何か間違っているのだろうか?

エコノミスト誌は賢い国がいかにして再分配を扱って斜陽化する部門からはずすかを説明している。

鉱業ブームがしりすぼみになると、準備銀行はベンチマークの“キャッシュ”レートを2011年の4.75%から1.5%に下げた。オーストラリアドルは急速に下落した(6年前のピーク時には1.10ドルだったのに対し、現在では0.76ドルの価値である)。安い通貨と低い利子率によって、より高齢化が進んでいてより人口の多いニューサウスウェールズ州とヴィクトリア州は経済が賑わった。不動産開発業者はより多くの家を建てる、農家はより多くの食糧を輸出し、外国人(留学生と観光客の両方)がより訪れた。たとえば、オーストラリアは昨年、過去最高となる120万人の中国人を迎え入れた。

再配分が不況を引き起こすのではなく、金融引き締めが引き起こすのだ。

かつて、私はオーストラリアは名目GDPよりむしろ被雇用者の合計の補償を目標にしたい可能性があると主張した。それはなぜなら、労働市場に大きな影響を与えることなく鉱物の輸出価格の変動は名目GDPにおける大幅な変動を生じうるからである。過去12か月、被雇用者への保障は1.4%しか増えなかったが、これは名目GDPの7.7%の上昇をはるかに下回る。この類の不一致はアメリカにおいては見られない。それゆえに恐らくオーストラリアは金融引き締めを必要としないのだろう。)

 

追伸 デーヴィッド・ベックワースがNGDPと政策立案者の直面している知識の問題についての新しいポリシーペーパーを書いている。いつもどおり、デーヴィッドはいくつかの良いグラフィックを用いている。

[1]本文では“the Great recession”と表記されている。もちろんこれは1929年に端を発する大恐慌のことではなく、2008年のリーマンショックに端を発する不況のことである。

世界の貿易とドル

Emine Boz、IMFリサーチ部門シニア経済学者

Gita Gopinath、ハーバード大学国際学部・経済学部教授

Mikkel Plagborg-Moller、プリンストン大学経済学部助教授

2018年2月11日  VoxEU原文

国際マクロ経済学では通常、貿易パートナー間の為替レートこそが貿易価格、数量、そして交易条件についてもっとも重要であると仮定されている。このコラムでは別の考え、つまりアメリカドルに対しての為替レートこそが最も重要であるというものを支持する証拠を提示する。これは、合衆国が貿易に関わっていない場合ですら請求はドルで行われるのが一般的である為だ。この発見には金融と為替レートについての政策の運営に関する重要な含意がある。

国際マクロ経済学における主導的なパラダイムでは、貿易パートナー間での為替レートの変化は両国の交易条件の変化と結びつけられている。ミルトン・フリードマン(1953)が、価格が生産国通貨では粘着的であったとしても、変動相場制は完全雇用を維持する為のその国の輸入と輸出価格の丁度「正しい」変化を生み出すと主張したことは有名だ。この洞察は、標準的なマンデル-フレミング・パラダイム(Mundell 1963, Fleming 1962, Obstfeld and Rogoff 1995)における中心的な予測でもあって、それにおいては名目為替の減価はその国の交易条件(つまり、輸入価格の輸出価格に対する比率である輸入価格/輸出価格)の悪化へ繋がると仮定されている。つまり、名目為替レートが減価すると、輸入品価格の輸出品価格への比率は上昇すると。これと競っている別の影響力をもったパラダイムの一つ(Betts and Devereux 2000, Devereux and Engel 2003)では、地元(あるいは輸出先)通貨での価格づけを仮定しており、その核心部においては真逆の予測をしている-名目為替レートの減価はその国の交易条件の改善と繋がる、と。そして全世界的にはこれらのパラダイムはその国の為替レートの重要さは世界の貿易におけるその国のシェアに応じたものになっているとしており、それを超えた過大な役割を持つ為替レートは存在しないとなっている。

しかし、最近の証拠は貿易の大部分は明らかに少数の「支配的通貨」において請求されており、アメリカドルが特大サイズの役割を果たしている事を明らかにしている(Goldberg and Tille 2008, Gopinath 2015)。それゆえにCasas et al.(2016)が開発したのが「支配的通貨パラダイム」である。これは、貿易価格はドルにおいて粘着的であり、貿易国のドルに対しての為替レートがその貿易価格、数量、そして交易条件の中心的な要素であるというものだ。コロンビアのマイクロデータを利用して彼らが示した証拠は、その予測に強い支持を与えている。

この三つの価格パラダイムの世界的な重要性を測る為、我々は新しい研究において、世界の大半から取ったサンプルについての調和の取れた輸輸出双方向の各年ごとの単位あたり価値と数量の指標を作った(Boz et al. 2017)。我々の指標は55ヶ国についてのもので、2015年から国によっては1989年までに遡る非常に細分化された国連Comtradeのデータに関する2500 dyads (これは貿易ペアを意味する)以上の貿易の組み合わせを扱っている。我々のサンプルの中の国々は2015年の世界全体の輸出と輸入の91%を占めている。一つ重要な点として、我々はこの指標から一次産品1 を除外している。これはこのパラダイムが粘着的な価格の財にだけ関わるものだからだ。

我々は、生産者通貨や現地通貨による価格付けパラダイムは世界貿易で観測されるパターンと整合的ではない事、しかしデータは支配的的通貨パラダイムをかなり支持している事を発見した。我々のデータは、貿易の価格と数量に大きく影響するのはアメリカドルに対してのその国の為替レートである事を示唆している。これは合衆国が貿易取引に関わっているかどうかとは関係無しに起こっている。貿易のドルでの請求がこれについての説明の重要な部分となっている。

以下では、我々の結論を導いた4つの鍵となる事実について詳細していく。

1.交易条件の二国間の為替レートに対する反応は鈍い

我々は、二国間での為替レートの1%の減価による二国間(非一次産品)交易条件の悪化はわずか0.04%であること事を発見した。その95%信頼区間が[0.02%,0.05%]となるように、これのインパクトはほぼゼロであると推定される。この発見は主要なベンチマーク・パラダイムの予測とは非常に異なったものとなっている。マンデル-フレミング・パラダイムでは交易条件がほぼ1%悪化すると予測するし、現地通貨価格パラダイムなら完全に硬直的な名目価格を前提にして同規模の改善を予想する。しかしこれは、支配的通貨パラダイムとは完全に整合的である。大半の輸入と輸出がドルで請求されるので、一国の交易条件はその為替レートから切り離されているわけだ。

2.  ドルの為替レートの変化は、輸入価格と数量の動きの説明において貿易パートナー間での二国間為替レートの変化を圧倒している。

我々は次に、国々のペアごとでの二国間為替レートの輸入価格と量へのパススルーを推定した。貿易パートナーに対する輸入国の為替レートの1%の減価は、輸入価格の0.76%の上昇につながる(図1)。これは1年の間でのほぼ完全なパススルーを示唆している。しかし、ドルに対しての輸入国の為替レートを加えると、二国間為替レートのインパクトは0.76%から0.16%へ低下する。逆にドルは輸入価格への0.78%のインパクトによって支配的な要因となる。

_図1 為替レートに対する二国間価格レベルのインパルス応答

:図は、輸入国が報告するデータを用いた二国間価格レベルの二国間為替レートと米ドル為替レートに対するインパルス応答の推定をプロットしている。左の推定は、二国間輸入価格の変化を二国間為替レートの変化で回帰する通常のモデルからのもの。右の推定は、説明変数として輸入国のだけでなく米ドルの為替レートを付け加えたもの。エラーバーはdyadでクラスター化した標準誤差による95%信頼区間を表している。

更に、ドルの変動の役割は、ドルでの請求が多い国ほど大きくなる。我々の貿易データをGopinath (2015)による輸入国の国レベルでのドル請求シェアと突き合わせて、輸入の中でのドル請求シェアの10%ポイントの上昇はドルのパススルーの3.5%ポイントの上昇につながる事を発見した。このドルでのパススルーの数字はその国の輸入価格のドル価値に対しての感応度の上昇を表している。

同様に、ドルの為替レートを二国間の貿易数量予測の回帰に加えると、二国間為替レートの係数が大幅に低下する。ドル為替レートの同一期間での数量弾力性は-0.19であるが、二国間為替レートの弾力性は一桁小さい-0.03となっている。請求通貨としてのドルの役割はほんとうに特別であって、価格と数量の回帰においてユーロの説明力にも容易に打ち勝っている。

3. アメリカドルの強さは、アメリカ以外の国々の集計貿易数量とインフレーションの予測の鍵となる要因である。

アメリカドルの世界の他の通貨全てに対する1%の増価は、世界の景気変動を調整した上で、アメリカ以外の世界の国々の間での全貿易数量の一年以内での0.6から0.8%の低下を予測する。

更に、ドルでの輸入請求シェアの大きい国ほど、ドル為替レートから消費者そして生産者価格インフレーションへの高いパススルーを経験する。この発見は伝統的なマンデル-フレミングモデルの観点からではその二国間為替レートの強調故に理解しがたいが、支配的通貨パラダイムにおいては自然に発生するものである。

4. 輸入国の輸入のうちドルで請求されるシェアが国々のペアにおけるドル・パススルー/弾力性の変動の15%を説明する。

我々は次に、パススルー係数におけるクロスdyadでの不均一性が輸入のうちのドルでの請求の比率によってどの程度説明できるのかをみるために、フレキシブル階層ベイズフレームワークを組み立てた。平均のパススルーと不均一なパススルーの要因の統計的有意性についての情報を提供してくれる通常のパネルデータ回帰とは違い、ベイジアンアプローチは為替レートパススルー/弾力性のクロスセクション全体での不均一さと、この不均一性のドル請求との関係を数値化させてくれる。

我々の推定によると、輸入国のドルでの請求シェアが、ドル為替レートの価格へのパススルーのクロスdyadでの変動の15%を説明する。我々はまた、輸入国のドル請求シェアが貿易数量の為替レート弾力性に影響を与える事も発見した。これらの発見は、支配的通貨パラダイムの鍵となるコンセプトである請求に使われる世界的通貨の数値的な重要性を確認している。

結論

我々の発見は、交易条件は為替レートにはわずかしか反応しない事、ドルに対する通貨の価値がどこの国から輸入しているのかとは関係なしにその国の輸入価格と数量についての第一の決定要因である事、そしてドルでの請求の程度がドルの為替レートに対する価格と数量の反応の重要な予測要因である事を明らかにした。我々の推定値の大きさや、我々のデータが世界経済をカバーする程度からして、ショックの国際的伝播や金融や為替レートの最適な政策を分析する際には、支配的通貨パラダイムこそが伝統的なモデリングアプローチよりも実証的により意味のあるベンチマークであろう。

参照文献

Betts, C and M Devereux (2000), “Exchange rate dynamics in a model of pricing-to-market”, Journal of International Economics 50(1): 215-44.

Boz, E, G Gopinath and M Plagborg-Møller (2017), “Global trade and the dollar”, NBER Working Paper 23988.

Casas, C, F Diez, G Gopinath and P-O Gourinchas (2016), “Dominant currency paradigm”, NBER Working Paper 22943.

Devereux, M and C Engel (2003), “Monetary policy in the open economy revisited: Price setting and exchange rate flexibility, Review of Economic Studies 70(4): 765-84.

Fleming, M (1962), “Domestic financial policies under fixed and floating exchange rates”, IMF Staff Papers 9: 369-79.

Friedman, M (1953), Essays in Positive Economics, University of Chicago Press.

Goldberg, L and C Tille (2008), “Vehicle currency use in international trade”, Journal of International Economics 76(2): 177-92.

Gopinath, G (2015), “The international price system”, Jackson Hole Symposium, volume 27, Federal Reserve Bank of Kansas City.

Mundell, R (1963), “Capital mobility and stabilization policy under fixed and flexible exchange rates”, Canadian Journal of Economic and Political Science 29(4): 475-85.

Obstfeld, M and K Rogoff (1995), “Exchange rate dynamics redux”, Journal of Political Economy 103(3): 456-72.

  1. 原文では”commodities”。Commoditiesは必ずしも一次産品を意味するわけではないですが、元の論文のBoz et al. 2017をあたると”we define commodities fairly broadly as HS chapters 1–27 and 72–83 which comprise animal, vegetable, food, mineral, and metal products”とあり、動物、野菜、食品、鉱物、金属となっていますのでわかりやすく一次産品にしています。 []

下層住宅地の高級化は犯罪を減らすか?

David Autor, Christopher Palmer, Parag Pathak, “Does gentrification reduce crime?”(VoxEU.org, 16 November 2017)

 

公共の安全を含め、ジェントリフィケーション(下層住宅地の高級化)や近隣のアメニティ(快適環境)に関しては、原因を効果と区別することが難しいとされている。本稿では、アメリカマサチューセッツ州ケンブリッジの家賃統制制度が突然終了した事例を取り上げ、ジェントリフィケーションが犯罪に影響を及ぼすかどうか、また、その影響はどの程度なのかについて研究する。賃貸管理制度の終了直後の数年間に、賃貸料の管理の程度が大きかった区域では犯罪が大幅に減少した。一方で、こうした区域は、居住者の入れ替わり率が最も高かった。このことが示すのは、こうした地域に元々住んでいた賃借人は賃料が高額すぎたために住んでいた不動産から追い出されていて、ジェントリフィケーションの恩恵を受けていないということだ。

 

ジェントリフィケーションをめぐっては、原因と結果を区別することが非常に困難であるとされている。コーヒーショップやヨガスタジオは、新しい住民の要望を受けてある区域にできるのか? それとも、こうした高所得者向けの施設ができたことを受けて新しい住人が現れるのか?

 

最も重要な近隣のアメニティの1つは、公共の安全だ。1980年代に都市犯罪が増加したことで郊外化が加速し(Cullen and Levitt 1999)、その後2000年代に都市犯罪が減少したことがジェントリフィケーションに寄与した(Ellen et al. 2017)。こうした傾向から次のような疑問が出てくる。地元の犯罪の変化が近隣の住民の入れ替わりに影響を与えるならば、近隣の構成の変化は犯罪に影響を与えるのかという問題だ。理論的には、ジェントリフィケーションは犯罪を増加させる可能性もあるし、減少させる可能性もある。比較的裕福な住民が流入することで、より魅力的なターゲットができ、犯罪が増加する可能性がある。また、近隣の住民の入れ替わりによって社会的一体性が減少し、犯罪が増加する可能性もある(e.g. Wilson 1987, Sampson et al. 1997)。一方、別の要因によって、ジェントリフィケーションが犯罪を減少させる場合もある。割れ窓理論では、ジェントリフィケーションの最中に一般的に起きることだが、明らかな衰退の兆候を和げる(例えば、割れた窓を修理する)ことで、犯罪活動が抑止される可能性があるとされている(Wilson and Kelling 1982)。裕福な住民が住んでいることによって、間接的に地方財産税の課税標準が増え、自治体が犯罪対策を優先するようになり、警報システムといった犯罪を抑止するための民間の警備対策への投資が行われるようになるかもしれない(Farrell et al. 2011)。最後に、賃料の上昇によって転居せざるを得ない地元の犯罪者がでてくることで、ジェントリフィケーションが犯罪を減らす可能性がある。また、地方の経済活動が増加することにより、犯罪者だった人が合法的に雇用されるようになるかもしれない。

こうしたあいまいな理論予測を反映しており、また、そうした状況下で因果関係を区別するのが難しいため、犯罪と近隣の変化の関係に関する既存の経験的証拠には様々なものがある(McDonald 1986, Taylor and Covington 1988, Covington and Taylor 1989, Lee 2010, Van Wilsem et al. 2006, Papachristos et al. 2011, Aliprantis and Hartley 2015)。

我々は最近の論文で、ジェントリフィケーションが犯罪に影響を及ぼすかどうか、その影響はどの程度なのかについて研究した(Autor et al. 2017)。我々は、厳しい家賃統制体制が急速かつ予期せぬ形で終了した際に起きた、意図せず行われた政策実験における近隣の変化について分析を行った。この家賃統制体制では、マサチューセッツ州ケンブリッジの住宅用賃貸物件の約3分の1について、市場価格をはるかに下回る水準に家賃を維持していた。1995年以前は、ケンブリッジの賃貸住宅の多くは家賃統制を受けていて、家賃はユニット固有の最大額で制限されていた。州規模で行われた住民投票によって、マサチューセッツ州での家賃統制は1995年1月1日に終了した。この住民投票により、家賃は市場レベルまで上昇し、ケンブリッジで近隣の変化の波が起きた。我々の以前の論文では、規制緩和直後の数年間で、家賃統制を受けていた物件の割合が最も多い区域では住民の入れ替わりが20%増加し、家賃統制が少なかった区域と比べて不動産価値が大幅に増加したことを示した(Autor et al. 2014)。

政策体制が急激に変化することによって、犯罪行為全体に影響を及ぼす都市全域の要因が保たれたまま、近隣の変化がどのように犯罪に影響するのかを調査することが可能になった(逆の場合はそうはならない)。我々はケンブリッジの警察のアーカイブから、1992~2005年のジオコード化された詳細な犯罪事件レベルのデータを収集した。その後、統制終了後の時期に家賃統制の集中度合いが高かった区域と低かった区域が経験したことを対比させるために、ケンブリッジを小さく分割して地理的に厳密に比較することで、犯罪活動の変化を追跡した。図1は、我々の主な研究結果をまとめたものだ。家賃統制終了後の数年間に、統制の程度が高かった区域では犯罪が大幅に減少した。1996年までに、高級化している区域(当初、1標準偏差より高いレベルで家賃統制が行われていたブロック)の犯罪全体は、家賃統制のレベルが比較的低かった地域と比べて16%減少した。表1は、通報された犯罪のカテゴリー別にどのように影響が異なるかを示している。犯罪事件の通報数が最も減少したのは窃盗犯罪だが、犯罪が減少したことにより回避できた損害額の大部分は暴力犯罪が占めている。

 

図1 通報された犯罪に対するジェントリフィケーションの影響(年毎)

注:図は、家賃統制集約(RCI)の標準偏差が1増加することがエリアごとの犯罪総数に与える影響のイベントスタディ係数(1992~2005年)を示している。RCIでは、1995年以前に賃貸管理を受けていた物件の地域ごとの集約度を測定している。図に示された推定は、1,000平方メートル当たりの犯罪総数を従属変数としたイベントスタディ回帰から導き出されたRCI × Year(年)変数の係数。仕様には、年及び街区の固定効果が含まれる。1994年がRCI x Yearの欠落カテゴリとなる。ロバスト標準誤差は、街区レベルでクラスター化されている。1994年のところにある縦線は、家賃統制が解除される前の年を示している。

 

表1 通報された犯罪に対するジェントリフィケーションの効果(犯罪カテゴリー別)

注:表は、マサチューセッツ州ケンブリッジにおいて、1995~2005年の期間の間に、賃料の規制緩和にさらされた度合いが平均から1標準偏差高くなるごとに、犯罪カテゴリーごとにどれだけ犯罪が減少するかの推定を示している。これには、近隣ブロックの固定効果と年の固定効果、国勢統計区の線形傾向が考慮されている。犯罪の平均コストには、Cohen and Piquero(2009年)による様々なタイプの犯罪の直接コストの総額の頻度加重平均の推定を使用している。この推定は、被害者、刑事裁判のコスト、犯罪者の生産性に関する犯罪の影響を金額に換算したもの。回避できた犯罪の価値は、各カテゴリーに対するケンブリッジの犯罪の年間の減少を、5%の割引率を用いて現在価値で推定したもの。

 

単純に1990年代にアメリカ全土で起こった都市ルネサンスが原因で、こうした地域で犯罪が減った可能性はあるのか? 2つの重要な事実がそうではないということを示している。第1に、規制緩和後に大幅な転居が起きた地域では、規制緩和前の3年間に犯罪は特異的に減少していなかった(図1)。第2に、規制緩和の効果は、犯罪の初期レベルが高い地域での公共の安全の改善といった、規制撤廃に先立って発生した犯罪に関する他の地理的傾向を考慮してもなお存在する。

 

ジェントリフィケーションによってケンブリッジの犯罪は全体として減少した。このことは、FBI統一犯罪統計報告書を用いてケンブリッジの経験したことを同規模の自治体を比較することで確認された。我々の以前の研究では、規制緩和後の10年間でケンブリッジの住宅用不動産の市場価値の評価が20億ドル上昇したことが示されている。そうした価値の増加のどの程度が、同時に起きた犯罪の減少によって引き起こされたものなのか? 我々は、犯罪減少の経済的価値を測るために犯罪学の文献でよく使用される犯罪の金銭的・非金銭的コストの推定(Cohen and Piquero 2009)を用いる。この方法で、公共騒乱に分類される平均的な犯罪のコストは、住民に対するディスアメニティ(快適ではない環境)の点で約5,000ドルかかる一方で、平均的な暴力犯罪では、関連するディスアメニティの価値が60,000ドルを上回る(表1参照)。犯罪の減少を合算し、Cohen and Piquero(2009年)の推定を用いて評価したところ、ケンブリッジの犯罪の年間の減少は、都市住民に対して年間約1,000万〜1,500万ドルの価値があることが分かった。公共の安全の改善は安定しており、永続性があるように見えるため(図1参照)、このケンブリッジの犯罪の変化が物件の価値をどれだけ高め得たかを推定することができる。我々は、5%の割引率を用いて、規制緩和によって誘発された公共の安全の改善の価値を約2億ドル、つまり、家賃の統制の解除によって生み出された不動産価値の増加全体の10~15%と見積もっている。

 

ジェントリフィケーションは不動産価値を高めるが、勝者と敗者の両方を生み出す可能性がある。ケンブリッジの経験も例外ではない。賃料統制の撤廃により、犯罪の総数は16%、年間の通報件数で1,200件が減少した。その効果の大部分は窃盗事件の減少によって生じている。この犯罪の全体的な減少は、ケンブリッジ市で2億ドル分の経済的価値を創出した。こうした推定は、公共の安全の向上がジェントリフィケーション・プロセスの重要な部分であるという厳密な証拠を提供している。同時に、そのプロセスが必ずしも全ての住民に利益をもたらすわけではないことを示唆している。1995年以前に最も賃貸管理を受けていた地域で管理終了後の転居が最も多くなっており、これは、管理されたユニットの賃借人にとって、既存のユニットは高額すぎることを意味している。こうした住民の多くがケンブリッジを離れ、より費用のかからない自治体に移った可能性が高い。その後、新しい賃借人が流入したことで、税収と家主の純利益はおそらく増加したが、ジェントリフィケーションによって転居した人々は、必ずしも近隣の安全やその他のアメニティの改善から利益を得たわけではない。

【参考文献】

Aliprantis, D and D Hartley (2015), “Blowing it up and knocking it down: The local and city-wide effects of demolishing high concentration public housing on crime”, Journal of Urban Economics 88: 67–81.

Autor, D H, C J Palmer, and P A Pathak (2014), “Housing Market Spillovers: Evidence for the End of Rent Control in Cambridge, Massachusetts”, Journal of Political Economy 122(3): 661–717.

Autor, D H, C J Palmer, and P A Pathak (2017), “Gentrification and the Amenity Value of Crime Reductions: Evidence from Rent Deregulation”, NBER Working Paper No. 23914.

Cohen, M A and A R Piquero (2009), “New Evidence on the Monetary Value of Saving a High-Risk Youth”, Journal of Quantitative Criminology 25(1): 25–49.

Covington, J and R B Taylor (1989), “Gentrification and Crime: Robbery and Larceny Changes in Appreciating Baltimore Neighborhoods during the 1970s”, Urban Affairs Review 25(1): 142–172.

Cullen, J B and S D Levitt (1999), “Crime, urban flight, and the consequences for cities”, Review of Economics and Statistics 81(2): 159–169.

Ellen, I G, K Horn, and D Reed (2017), “Has Falling Crime Invited Gentrification?”, Census Bureau Center for Economic Studies Paper No. CES-WP-17-27.

Farrell, G, N Tilley, A Tseloni, and J Mailley (2011), “The crime drop and the security hypothesis”, Journal of Research in Crime and Delinquency 48(2): 147–175.

McDonald, S C (1986), “Does gentrification affect crime rates,” Crime & Justice 8: 163–201.

Papachristos, A V, C M Smith, M L Scherer, and M A Fugiero (2011), “More Coffee, Less Crime? The Relationship between Gentrification and Neighborhood Crime Rates in Chicago, 1991 to 2005”, City & Community 10(3): 215–240.

Sampson, Robert J, Stephen W. Raudenbush, and Felton Earls, “Neighborhoods and Violent Crime: A Multilevel Study of Collective Efficacy”, Science 277(5328): 918–924.

Taylor, R B and J Covington (1988), “Neighborhood Changes in Ecology and Violence”, Criminology26(4): 553–590.

Van Wilsem, J, K Wittebrood and N D De Graaf (2006), “Socioeconomic dynamics of neighborhoods and the risk of crime victimization: A multilevel study of improving, declining, and stable areas in the Netherlands.” Social Problems 53(2): 226-247.

Wilson, J Q and G L Kelling (1982), “Broken Windows,” The Atlantic Monthly, March: 29–38.

Wilson, W J (1987), The Truly Disadvantaged: The Inner City, the Underclass, and Public Policy, University of Chicago Press.

マリファナへの課税

Benjamin Hansen, Keaton Miller, Caroline Weber, “Taxing marijuana

”(VoxEU.org, 04 November 2017)

税収は歴史的に、マリファナの合法化を擁護する論拠の1つだった。このコラムでは、課税が産業と消費者行動にどのように影響を与えるのかを探るため、ワシントン州のマリファナ税制の改正について取り上げる。総収入税はある種の租税回避として垂直統合を促し、期待税収を減少させる。また、何に対して課税するかという選択(収益か重量か)も同じく、市場がどのように進化するかについて重要な意味を持っている。

 

2015年に行われた調査で、何らかの形でマリファナを合法化するのを支持したアメリカの成人が初めて過半数を超えた(Motel 2015)。嗜好用マリファナの市場が既に存在する、あるいは近いうちにできる州は8つ(全米の人口の21%)ある。カナダやコロンビア、オランダ、スペイン、南アフリカ、ウルグアイも、何らかの形で嗜好用マリファナを合法化している。課税によって税収を得られるということは、マリファナの合法化を擁護する主な論拠の1つとなっている(Miron and Zwiebel 1995)。しかし、この論文は闇市場のマリファナについて取り上げているため、合法的なマリファナ市場における行動についてはほとんど分かっていない。そのため、税収創出や社会福祉のための最適政策は何かも同じく分かっていない。実際、それぞれの州の議員らは様々に異なる政策を実施している。コロラド州は小売業者に対し、販売する製品の80%を自ら栽培するよう求めているが、ワシントン州は小売業者が栽培を行うことを禁じている。税率に関しても、ワシントン州の現在の税率は37%だが、メイン州は10%になっている。

 

ワシントン州の事例

我々は最近の論文で、2014年7月8日から小売店で嗜好用のマリファナを入手できるようになったワシントン州の市場を研究することによって、政策と関連する重要な行動に関する新たな証拠を示している(Hansen et al. 2017)。我々は、州が集めた包括的な「種から販売まで」のデータ、つまり、州内で生産された全てのマリファナの栽培・生産・販売プロセスを追跡したデータを用いた。また、我々は、ワシントン州の市場で入手できるマリファナ製品の価格や品質、種類を調査した。一方、マリファナ産業に関する先行研究では、調査や当局の押収によって分かった価格、インターネット上のデータを通して違法市場の研究が行われている(e.g. Jacobi & Sovinsky 2016)。

 

我々の研究では、ワシントン州の税制改正の事例を取り上げている。同州の2015年7月1日以前の税制では、サプライチェーンの中で行われる全ての取引と小売の時点で、取引毎に25%の総収入税が課されていた。税制改正により2015年7月1日以降は、小売の時点で37%の消費税が課されるだけとなった。重要なのは、この改正が市場関係者にとって突然の出来事だったということだ。改正案がワシントン州議会特別会を通過したのは2015年6月27日で、知事が署名したのは6月30日だ。我々は、この外因性の変化が市場で行われる決定に及ぼす影響を推定する。

 

税制が垂直統合に与える影響

ワシントン州のマリファナは、法定された3つのプロセスを通して生産される。生産者が大麻草を育て、加工業者がそれを「使えるマリファナ」に加工し、最終的に小売業者が小さく個包装して消費者に販売する。改正前の税制では、マリファナを栽培・加工する垂直統合された業者は、栽培業者と加工業者の間の取引について通常課される25%の総収入税を回避することによって競争利益を得ることができた。

 

我々は、改正前の税制が合法的なサプライチェーンの間の垂直統合を促進していたことを明らかにした。小売されているマリファナ製品の由来を調査することによってこの行動を捉えたのだ。改正前は、図1の上のパネルから分かるように、卸売のマリファナ取引の94%が垂直統合された生産者と小売業者の間のものだった。一方改正後は、垂直統合された生産者に由来する取引は約90%になった。一方で、図1の下のパネルから分かるように、垂直統合されていない事業者が生産したマリファナの重量は42%増加した。こうした結果から分かることは、改正前の総収入税が、同税の廃止後にも残るサプライチェーンの非効率性を生み出したということだ。我々はこの仮説を検証するため、新規参入する生産者が最初の1週間に行った取引に絞って分析を行った。つまり、参入に必要な固定費を払う前に事業者が行う垂直統合に関する決定を明らかにするということだ。我々は、垂直統合された取引の減少率が4倍の16%になる一方で、垂直統合されていないマリファナの重量の増加率が2倍の105%になっていたことを明らかにした。

 

経済学者は何年もの間、総収入税が垂直統合につながると論じていたが、我々は初めて、こうした行動の証拠を提示した。いくつかの州がこうした税を検討、あるいは実施しているため(Kaeding 2017)、このことは今日の政策にとって、これまで以上に大きな意味がある。

図1 垂直統合

注:図中の数値は、税制改正と連動した垂直統合の傾向と体制移行を示している。

 

マリファナが合法化されている8州のうち7州には、売上税あるいは消費税があるが、一部の州は栽培税も課している。我々の研究では、栽培税は垂直統合に向けたインセンティブに直接影響を与え得るということが示されている。さらに、アラスカ州とカリフォルニア州の栽培税は重量のみに基づいて課され、コロラド州の卸売税は州内で販売されるマリファナのグラムあたりの平均価格に基づいて課されている。こうした州での税額は、マリファナの卸売価格と無関係に設定される。こうした税金は、低品質で効き目が低くなりがちな安価なマリファナにとっては相対的に高くなる。従って、アラスカ州とカリフォルニア州、コロラド州の税制は、供給業者がより高価で効き目のあるマリファナの生産へと向かう誘因となる可能性がある。

 

消費者の価格感応性 

税を定める政策当局にとって、需要の価格弾力性と税負担が第一の関心事だが、製品が多岐にわたることにより分析が複雑になっている。典型的な小売業者はいつでも多くの製品を取り扱っている。我々は、消費者が異なる製品を代用するようになることを説明し、同じ製品に消費者が払う税込価格が2.3%増加したことを明らかにした。また、購入量が0.95%減少したことも分かったため、推定は荒いが、短期の価格弾力性は-0.43となる。しかし、時間が経つにつれて反応量の大きさは著しく増加していき、我々の推定では、改正から2週間の需要の価格弾力性は約マイナス1となっている。我々は、マリファナに対して全米で最も高い税を課しているワシントン州は、ラッファー曲線の頂点近くにあるため、さらに税率を高くしてもおそらく税収は増えないと結論づけた。

 

図2は、1グラムあたりのマリファナの平均税込小売価格の内訳をまとめたものだ。左右の棒グラフはそれぞれ、税制改正前と後の小売価格の内訳を示している。我々は、加工業者に渡る額や小売にかかる税額、生産者の元に残る額がそれぞれどれくらいなのかを考察している。税制改正前については、価格と税(ドル)は全て、改正の1か月前の全事業者の平均価格に基づいている。改正後の数値については、改正前の平均に我々が推定した価格反応を適用して計算している。これにより、市場の構成を一定に保つとともに、価格の長期的傾向と消費者の消費パターンの変化を除外している。

図2 市場全体のマリファナ1グラムあたりの平均価格及び税負担

注:この図は、税制改正前と後について、マリファナ1グラムあたりの平均小売価格を示している。我々はその後、加工業者に渡る額や小売にかかる税額、生産者から購入するのに必要な額がそれぞれ平均でどれくらいなのかを考察している。税制改正前については、価格と税(ドル)は全て、改正の1か月前の平均価格に基づいている。改正後の数値については、改正前の価格を、改正によって生じると推定した変化に基づいて調整したものになっている。これにより、市場の構成を一定に保つとともに、価格の長期的傾向を除外している。

 

税率の変更、及び小売業者の限界原価の調整(加工業者に課せられる税が変わったことを受けて加工業者の価格が変化するため)を考慮すると、消費者は小売税の負担の約44%を負うことが判明した。この結果は、タバコやガソリンの税負担に関する文献とは対照的だ。そうした文献では一般的に、消費者が税負担の圧倒的多数を負担している (Harding et al. 2012, Kopczuk et al. 2016)とされていて、消費者に転嫁される税の割合が1を超えることすらある(Barnett et al. 1996, Kenkel 2005)。この違いについてもっともに思える1つの説明は、我々が推定したマリファナの中期的な需要の価格弾力性が、タバコやガソリンについて定説となっている推定より高いということだ。あるいは、ワシントン州のマリファナ市場における厳しい所有制限や量的制限が、こういった他の市場と比べて特異なマーケットパワー効果や摩擦につながっている可能性がある。この違いは、総収入税から消費税への切り替えに際し、一部の小売業者については支払う見込みだった連邦所得税の額が減少したことによっても説明もできる。

 

最適性に関するより広範な見方

消費税の税収最大化をめぐってシンプルな分析を行うと、マリファナを合法化した全ての州の中で最も高い税率を課しているワシントン州は、おそらくラッファー曲線の頂点近くにあり、さらに課税を行えば、州の限界収入が減少するおそれがある。我々はまた、課税の種類が重要だということを強調した。生産者に課される総収入税は、ある種の租税回避として垂直統合を促し、その結果期待税収を減少させる。さらに、税の種類と併せ、何に対して課税するか(例えば収益や重量)の選択が、市場構造や販売される製品の種類の面でマリファナ産業がどのように進化するかということに対して重要な意味を持っている。これは特に、急速に成長しているマリファナ産業の未熟な性質と関係している。

 

税収は歴史的に、マリファナ合法化を擁護する多くの論拠の1つだったが、より広範な社会的意味でマリファナ政策の影響を評価すること(及び、最適政策を組み立てること)には、さらなる考察が必要だ。1つは、マリファナ消費の公衆衛生の面での外部性がはっきりしていないことだ。同様に、合法的なマリファナ消費と、アルコールやたばこといった他の「罪な」商品の消費の間の関係もはっきりしていない。もし、マリファナを擁護する多くの人が主張するように、マリファナ消費が公衆衛生の観点からアルコールやタバコの消費より「良い」ということが本当なら、マリファナの最適課税は、こうした他の市場における反応も考慮に入れて考案されるべきだ。同様に、過度な課税を行えば、合法のマリファナで置き換えようとしている非常にブラックな市場を下支えする可能性がある。当局がマリファナ合法化を検討する際、また最適政策のあり方について議論する際、こうした兼ね合いを研究し、考慮すべきだ。

 

参考文献

Barnett, P G, T E Keeler and T W Hu (1995), “Oligopoly structure and the incidence of cigarette excise taxes”, Journal of Public Economics 57(3): 457-470.

Hansen, B, K Miller and C Weber (2017), “The taxation of recreational marijuana: Evidence from Washington state”, NBER, Working paper 23632.

Harding, M, E Leibtag and M F Lovenheim (2012), “The heterogeneous geographic and socioeconomic incidence of cigarette taxes: Evidence from Nielsen Homescan Data”, American Economic Journal: Economic Policy 4(4): 169-198.

Jacobi, L and M Sovinsky (2016), “Marijuana on Main Street? Estimating demand in markets with limited access”, American Economic Review 106(8): 2009-45.

Kaeding, N (2017), “The return of gross receipts taxes”, Tax Foundation, 28 March 2017.

Kenkel, D S (2005), “Are alcohol tax hikes fully passed through to prices? Evidence from Alaska”,American Economic Review 95(2): 273-277.

Kopczuk, W, J Marion, E Muehlegger and J Slemrod (2016), “Does tax-collection invariance hold? Evasion and the pass-through of State diesel taxes”, American Economic Journal: Economic Policy8(2): 1-36.

Miron, J A and J Zwiebel (1995), “The economic case against drug prohibition”, The Journal of Economic Perspectives 9(4): 175-192.

Motel, S (2015), “Six Facts about Marjuana”.

リヴァイ・ボクセル 「インターネット・ソーシャルメディア・政治分極化」 (2017年10月1日)

Levi Boxell, “The internet, social media, and political polarisation” (VOX, 01 October 2017)


インターネットは、近年の政治の分極化について相当な汚名を着せられてきた。合衆国のデータを用いつつ本稿が主張するのは、政治分極化の強まりという少なくとも1970年代まで遡れる一般動向について、インターネットはじつのところ何ら重要な役割を果たしてこなかったこと、これである。本研究結果は、都合のよい物語をとおした説明にとどまらない視点をもつことの重要性、そして政治的気分をうみだす諸要因をより深く理解することの必要性を照らし出す。

合衆国選挙民のあいだで近年政治の分極化が進んでいる旨を示唆する文献が増えている (例: Abramowitz and Saunders 2008, Iyengar et al. 2012)。1994年、政党支持者 (party affiliates) のおよそ20%が反対政党について 「強く不支持 (very unfavourable)」 の見解をもっていた。2016年までに、この数字は55%超に高まり、現在も減速の兆しは全くみられない (Pew Research 2016)。1994年から2014年にかけて、政治ポリシーにかんする質問群をとおし強固に一貫したイデオロギー的見解をもつアメリカ人の割合は、2倍以上に膨らんだ – すなわち10%から20%超に増加した (Pew Research 2014)。

政治分極化にたいする関心のほうも空前の高まりをみせている。Google Trendsが示すところでは、合衆国における政治分極化に関連した検索の件数は2016年の11月、2004年のモニター開始以降のいずれの選挙月をも上回るものとなった1。Gentzkow (2016) も、1950年から2008年にかけてのGoogle Books Ngram Viewerデータにおける政治分極化への言及について、同様の結果を得ている。

政治分極化の強まりの説明としてよく引用される仮説の1つは、インターネットとソーシャルメディアを主たる要因とするものだ。Cass Sunstein (2007) の次のような言葉は、この議論の標準型を示している:

インターネットのおかげで甚だしく容易になったのは自分の見解の後押しとなる膨大な資料を渉猟し … [なおかつ] それと反対の趣旨をいう資料のいっさいを排除することだ … このセルフ-ソーティングがもたらす重要な帰結に、飛び地の過激主義 (enclave extremism) とでも呼びうるものがある。同好の士からなる飛び地にゆき着いた人々は、通例そこからさらに極端な地点に向かってゆくものだ

よく知られたEli Pariser (2011) や Cass Sunstein (2001, 2009, 2017) の著作は、インターネットが 「フィルターバブル」 ないし 「エコーチャンバー」 の役割をはたすというこの考えについて詳説したものだ。

個人は、インターネット上で同好の士的な情報源をじじつ見い出しており、またソーシャルメディア上でも同好の士的な個人と繋がる傾向が比較的強いこと、これについては強固な実証データが存在する。既存研究は、政治ブログ上でのリンク (Adamic and Glance 2005)、ウェブサイト訪問 (Gentzkow and Shapiro 2011)、Twitter上の政治的リツイート (Conover et al. 2011)、ソーシャルメディア上の記事シェア・クリック (An et al. 2014, Bakshy et al. 2014, Flaxman et al. 2016)、Twitter上の政治的同類性 (Colleoni et al. 2014, Gruzd and Roy 2014, Halberstam and Knight 2016) などにおける住み分け (segregation) を明らかにしてきた。

図1 メディアと交流形態でみたイデオロギー的住み分け

出典: Gentzkow and Shapiro (2011).

しかしながら、オフラインの情報源とオンラインの情報源を比較する段になると、諸研究はどちらにも同程度の分節化レベルを見い出している。図1はGentzkow and Shapiro (2011) から取ったものだが、ウェブサイト訪問にかんする分節化をみると、これは全国紙にかんする分節化ほどではないが、地方紙にかんする分節化よりも激しいといった具合になっている。Halberstam and Knight (2016) もTwitter上の政治ネットワークを調べて、Twitter上の政治ネットワークとオフラインの政治ネットワークの分節化が同程度であることを明らかにしている。なお付言しておくと、インターネット上の情報源にかんする分節化はたしかに示唆的であるが、これはインターネットが分極化を促したという命題の必要条件でもなければ十分条件でもないのである。

図2 標準化した政治分極化の指標の動向 (1972–2016)

出典: Boxell et al. (近刊).

最近の論文で私は共著者らとともにインターネットと政治分極化の関係を調査している。そのさい 「全米選挙研究 (American National Election Studies)」 のサーベイデータを用いることで、オンライン情報へのアクセスで異なる人口学的諸集団をとおしてみた分極化動向の比較をおこなった (Boxell et al. 近刊)。研究における発見が個々の政治分極化基準によって左右される程度を減らすため、我々はこれまで関連文献で用いられてきた8つの基準をもとにあらたに1つの標準化指標を作成した。なおこれまでの尺度とは、Abramowitz and Saunders (2008) のイデオロギー整合性の尺度、Mason (2015) の党派的ソーティングの尺度などをさす。図2には、我々の指標の1972年から2016年にかけての動向を示した (1996年に値が1となるように標準化した)。本期間をとおし分極化には安定した上向きの動きがみられる反面、インターネットの勃興に対応する変節点を示す兆候はまったく確認できない。1996年以前の動向だけみても、政治的分極化の説明においてインターネットが果たし得る役割は限られていそうだ。

くわえて図3が示すように、分極化は1996年から2016年にかけて高齢者 (65+および75+の年齢層) のほうが青年 (18-39の年齢層) よりも急激に進行した。さらに、予測インターネットアクセスを計る尺度として人種や教育といったその他の人口学的変数を取り入れたより包摂的なものを用いた場合、1996年においてインターネットアクセスを享受していた可能性が最も低い人口学的諸集団のほうが、1996年においてインターネットアクセスを享受していた可能性が最も高い人口学的諸集団よりも、大きな分極化の変化を被っていたことが確認できた。

図3 さまざまな年齢層の政治分極化 (1996-2016)

出典: Boxell et al. (近刊).

インターネットないしソーシャルメディアへの直接的なアクセスが政治分極化の主要要因であるとすれば、予想される動向はこれと正反対になるはずだ。高齢者 (65+) が選挙キャンペーンにかんする2016年のニュースをオンラインで視聴していた可能性は、青年 (18-39) のおよそ半分であり、ソーシャルメディアを利用していた可能性はさらに少ない。それにもかかわらず、最大の政治分極化を被ったのはこの相対的年長者の層なのだ。これら事実を念頭におけば、諸年齢層にわたるインターネットアクセスへの反応の大きな不均一性、あるいは諸年齢層にわたる相当な波及効果を考慮しないまま、インターネットないしソーシャルメディアが現在みられる政治分極化の主要要因であるとする物語を作り上げることはできなさそうだ。

以上の発見は、インターネットないしソーシャルメディアが政治分極化に及ぼす影響を否定し去るものではない。事実、インターネットが僅かながら影響をもつ可能性を示す実証データも存在する。Lelkes et al. (2017) は恐らくは外生的だと思われる管路敷設権立法 (right-of-way legistlation) の変化を援用しつつ、ブロードバンドの普及が対象カウンティにおける感情的分極化 (affective polarisation) を一定程度強めたとの主張をしている。ただ同著者らは 「我々は、ブロードバンドが党派的反感の強まりを引き起こした唯一の原因などと主張するものではない。あるいは主要な原因ですらないかもしれない … 感情的分極化は少なくともインターネット利用が始まる二十年前には強まり始めていた」 と述べ、自らの発見を穏当なものにとどめている。またこれら研究結果は、諸年齢層にわたる感情的分極化の違いを説明するものでもない。

ところで、2016年の選挙結果をインターネットおよびソーシャルメディアの責めに帰すよく似た物語がある。選挙後、ヒラリー・クリントン氏は、自身の敗北の一因はフェイクニュースとFacebookだったと仄めかした。我々の論文では、人口学的諸集団にわたり投票率を比較することで、2016年の選挙にインターネットが及ぼした影響についても調査している。ドナルド・トランプ氏がインターネット利用性向の相対的に高い人口学的諸集団から獲得した票の比率が、以前の大統領達よりも大きかった旨を示す実証データはまったく確認されなかった。じっさいのところ、我々の点推定値はそれと正反対の構図を示唆している – トランプ氏はインターネット利用性向の高い人や実際のインターネット利用者のあいだでは比較的振るわなかったようなのだ。トランプ氏の支持者に占めるソーシャルメディア利用者の割合、および人口学的諸集団をとおしてみた投票率の違いを調べたHampton and Hargittai (2016) も同様の結論に至っている。

今日の合衆国には諸政治集団のあいだに相当な断裂がさまざま存在し、しかもこれら断裂が埋まってゆく気配もみえない。政治分極化やポピュリスト的な大統領候補の席巻を理解しようと試みるさい、インターネットやソーシャルメディアをやり玉に挙げたくなる気持ちも分からなくはない。しかしながら、人口学的諸集団にわたる基本動向は、どちらの現象を説明するにしてもインターネットが大きな役割を与えるような物語を支持するものとはなっていない。メディア消費は従来型メディアを離れこうした新たなプラットフォームに向かうシフトを続けており、我々もまたこれらプラットフォームの利用形態およびその政治領域への影響を注視し続けてゆく必要がある。だが、前述の結論を覆す新たな実証データが現れるまでは、FacebookフィードやGoogle検索に代わる何かがあれば我々の直面している政治問題が解決されるなどと考えるべきではない。

参考文献

Abramowitz, A I and K L Saunders (2008), “Is polarization a myth?”, The Journal of Politics 70(2): 542—555.

Adamic, L A and N Glance (2005), “The political blogosphere and the 2004 US election: Divided they blog”, Proceedings of the 3rd International Workshop on Link Discovery: 36–43.

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Bakshy, E, I Rosenn, C Marlow and L Adamic (2012), “The role of social networks in information diffusion”, Proceedings of the 21st International Conference on World Wide Web: 519–528.

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Boxell, L, M Gentzkow and J M Shapiro (forthcoming), “Greater internet use is not associated with faster growth in political polarization among US demographic groups”, Proceedings of the National Academy of Sciences.

Colleoni, E, A Rozza and A Arvidsson (2014), “Echo chamber or public sphere? Predicting political orientation and measuring political homophily on Twitter using big data”, Journal of Communication, 64:317–332.

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Flaxman, S, S Goel and J M Rao (2016), “Filter bubbles, echo chambers, and online news consumption”, Public Opinion Quarterly 80(S1): 298–320.

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Gentzkow, M and J M Shapiro (2011), “Ideological segregation online and offline”, Quarterly Journal of Economics, 126(4): 1799–1839.

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Hampton, K N and E Hargittai (2016), “Stop blaming Facebook for Trump’s election win”, The Hill.

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Lelkes, Y, G Sood and S Iyengar (2017), “The hostile audience: The effect of access to broadband internet on partisan affect”, American Journal of Political Science 61(1): 5–20.

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Sunstein, C R (2009), Republic.com 2.0, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Sunstein, C R (2017), #Republic: Divided democracy in the age of social media, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Endnotes脚注

[1] See https://trends.google.com/trends/explore?date=all&geo=US&q=%2Fm%2F02shm1 を参照

経済学は何を研究しているのか?

経済学者は何を研究しているのか? From VoxEU

Christopher Snyder,  ダートマス大学経済学部教授

2017年8月12日

 

概要: メディアが経済学にネガティブな光を当て続けているなか、我々の分野が一般層にどのように語られているのかについて再考する価値はあるでしょう。このコラムは、経済学の基本的な原理ですら多くの人々が可能だと考えているよりも広い範囲の問題を説明する力があって非経済学者を驚かせることができることを説明します。

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ジョナサン・ハイト「クルーグマンは間違ってないかな? 私たちは保守ではないし、キレてないですよ」(2016年2月24日)

Krugman is wrong? We are neither conservative nor outraged by Jonathan Haidt | Feb 24, 2016 |

※訳注:本エントリは、アメリカの経済学者であるポール・クルーグマンが、リベラル派とされている新聞ニューヨーク・タイムズの2016年1月4日付けで寄稿したコラムへの、ジョナサン・ハイトの反論である。
経済学者のノア・スミスを通じてハイトらの『ヘテロドクスアカデミー』の活動を知ったクルーグマンは、「ハイトらの活動は、アメリカ市民の間で保守政党である共和党の支持が上昇している現象を、アカデミアへ反映させようとしている保守反動運動であり、アカデミアに左派が多い事実への怒りの反応である」とハイトらを揶揄・批判している。
『ヘテロドクスアカデミー』とは、本エントリの著者である心理学者ジョナサン・ハイトらが主催し、大学の多様性を目指す組織である。2007年3月段階で、主催者のハイト自身による展望と目標等を記した記事の翻訳は本サイトのココで読むことが可能。

【付記】以下の投稿は2016年の2月に書かれたものです。しかし、2017年の1月の時点で、私たちのヘテロドクスアカデミーの政治的な多様性に変化がありましたのでこの付記を冒頭に加えます。
ヘテロドクスアカデミーはどの教授たちに対しても門戸を開いていたので、会員数は363名に達し、政治的なカテゴリー配置もとても良くなりました。おそらく私たちは今現在、とても政治的なバランスが取れており、大学群の中で多様性を持つ組織と言えるでしょう。以下はヘテロドクスアカデミー会員の申し込み時における分類表です。
ハイト構成員2
【本文:以下は2016年の2月24日に書かれた最初の投稿です】
「保守派は大学でのリベラル派1 の切れ味鋭い運動を見て怒り狂った」とポール・クルーグマンはヘテロドクスアカデミーに最近反応しました。これに、私は2つの理由で愉快に感じました。

1つ目に、私たちは怒っているのではなく、心配しているのです。そこには大きな違いがあります。感情は理性を歪ませてしまいます。それが故に、怒りの感情は、学問的良識において常にふさわしくありません。(ちなみに、読者を常に怒りの状態に囃し立てるような書き方をする学者には注意すべきでしょうね。)
クルーグマンが反応した、このページの論調2 は、ヘテロドクスアカデミーのどのページとも同じように、冷静かつ計算されたものとなっています。私たちは大学で多様な見解を失うことを心配しているのです。なぜなら、多様な見解を失うことは「[大学における]制度化された批判思想」を失うことを意味する事に他なりません。さらに政治的にオーソドックスな訓練によって産み出された研究の質が失われてしまうことも心配しています。つまり、私たちは大学内で[多様性の確保等]の状況を改善するために活動しているのです。

2つ目に、私たちは保守派ではなく、多様派なのです。少なくとも私たち自身はそう思っていますが、実際には確認していませんでした。ある内部会合で、私たち自身が何であるのかを簡単に定義できない気付きました。会員数はその時点で27名に達していたので、私たちの定義を探すのに良い機会だと考えました。簡単な匿名形式のWEBアンケートを作り、全ての会員に配布し25名の回答を得ましたので、以下に示します。

質問:「大統領選と下院選のときに、あなたはどちらの政党に普段は投票しますか?」
下記の図に示されている通り、私たちは二つの政党に分かれました。9名(36%)だけが、いつも共和党に投票しています。
典型的投票先

質問:「どのイデオロギーがあなたの総体的な政治的認識や自画像に近いですか?」
下記の図に示されている通り、私たちのなかでは「中道派ないし穏健派」(36%)が最も多く、次いで「リバタリアンないし古典的自由主義者」(32%)となりました。さらに私たちの中で3人(12%)が「進歩派ないし左派」と自称しています。5人(20%)だけが「保守派ないし右派」と自身を位置づけています。つまり、どのような視点から考慮しても、保守派は5分の1以上もおらず、「怒れる保守派」と位置づけることは困難でしょう。
政治的アイデンティティ

メンバーに社会問題について尋ねた時には、非常に左寄りの傾向が示されました。5人(20%)だけが右寄りな回答に留まっています。
社会問題

メンバーに経済問題について尋ねた時には、グラフは反転しました。4人(16%)だけが左寄りな回答を示しました3
経済問題

結論として、ヘテロドクスアカデミーはとてもヘテロドクス(異端)です。社会科学や人文科学や法学の組織で、私たちのような多様な視点を持っている組織はどのくらいあるのでしょうか?
続けると、複雑で政治的でもある公的な思想や信条に関して、注意深く考えている人はだれでしょうかね? 典型的な学問組織? それとも私たち? 私たちを選びましょうね。もしそうで無いのなら、それこそキレちゃいますよ。

※訳注:訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。
※訳注:本エントリは、氏が全訳し、WARE_bluefieldが代理で投稿している。なお、☆氏の許可の元、書体等の一部文章を訂正している。訳注も基本的に☆氏によるものである。

  1. 訳注:原文ではLeftwardとあるので、日本語の用法を使ってリベラル派とした。 []
  2. 訳注:このページでハイトらは、アメリカではリベラル派の多いベビーブーマー世代が大学ポストで主流になることで教育に偏りが生じており、ブランクスレート説(人間の精神は白紙の状態で生まれ、いかなるイデオロギーでも書き込み事が可能とする政治・哲学・心理学的思想)の生徒への押し付けなどが起きているとしている。また、その状況を改善するために多様性に基づいた改善活動を提唱している。 []
  3. 訳注:ここで言われている「経済的に右寄り」とは、本来的な意味(市場に任せて、政府の介入を避ける)を指していると思われる。いわゆる日本における経済的政策のねじれを含んだ意味ではないことに注意。 []

ジョセフ・ヒース『反リベラリズムの解剖学』(2017年02月19日)

The anatomy of anti-liberalism
Posted by Joseph Heath on February 19, 2017 | Canada, multiculturalism

protest-masjid-toronto

金曜日(17日)、カナダ市民は、醜悪な見世物に直面させられた。トロントにあるモスクのすぐ外で、ムスリム系移民の停止と、カナダにおけるイスラム教の禁止を訴える抗議活動が行われたのだ。報道によると、抗議活動の参加者は、総計でわずか15人だったようだ。なので、わざわざ騒ぎ立てることではない。しかしながら、この件が、103号動議1 に関してウソを付き続けている、あるいは馬鹿騒ぎを続けている、カナダ保守党の構成員全員に、自制を促す事にはなるべきだろう。

この件にこれ以上言及する必要は感じないが、CBCラジオによる、抗議活動の参加者の1人である、女性へのインタビュー(オンラインでは聞けないようだ2 )は、グレートですよこいつはァ、という感じであった。多くの人が、党派性に縛られないリベラル3 な社会認識を共用している、との今日の一般的見解がある。この見解は、まったく実情にそぐわない事を、私は多くの事例から知っている。ただそれにしても、反リベラル的見解が、ここまで簡潔で要を得て意思表示されているのを、見聞きできることは滅多にない。インタビュアーが、女性に「あなた方の抗議活動と、シナゴーグ4 前で反ユダヤ主義の抗議活動を行っている人との、違いは何ですか?」と根源的な問いを行っている。女性の返答は、おおよそになるが「ユダヤ主義は邪悪じゃないが、イスラムは邪悪」だった。

完璧な返答だ。彼女らはもはや信教の自由すら認めていない。単純に宗教をひとつづつ見比べた後に、『善』と『邪悪』を判別し、『善』だけを認めよう、というわけである。誰か、ケリー・レイッチ5 に教えてやるべきだ。 移民を『選別』する、よりよい方法として『善』なる人と『邪悪』なる人を単純に分けた上で、『善』なる人だけを残すのである。邪悪に仕える人を除けば、この選別政策に反対する人なんていないだろう?

この件は、人は本当に『リベラリズム』をどの程度受け入れているか、どの程度自分のものにしているかどうか、を測定する良いテストとして出題されている。[反イスラームの]抗議者達の主張を聞いた時の、あなたの率直な反応が「馬鹿馬鹿しい。イスラム教は邪悪じゃない」のようなパターンだったら、あなたはインタビューに答えていた女性とだいたい同じくらいリベラルだ。もし反応が「馬鹿馬鹿しい。個人の自由に関する問題群が、『善悪』かどうかだけの皮相的な判定に収まるわけがないだろう」のようなパターンだったら、主流派エリートの見解へようこそ!

※※訳注
訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。

  1. 訳注:去年のカナダでのモスク襲撃事件を受けて与党・自由党の議員によって提出された、人種・宗教差別を批判する国会動議。カナダ保守党は、言論の自由の見地等を理由にこの動議に反対している。このブログ記事で詳しい日本語による解説を読むことができる。 []
  2. 訳注:現時点では、CBCの報道記事でインタビュー動画を見ることが可能。 []
  3. 訳注:ここでのリベラルは、「他者への寛容」といった意味で使われていると思われる。 []
  4. 訳注:ユダヤ教の教会。正式には『会堂』と呼ばれる []
  5. 訳注:「『反カナダ的価値観』を持った移民を排斥すべきである」と唱えている、去年、ヒースが批判した、カナダ保守党の政治家。 []