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アレックス・タバロック 「冷血なセントラルバンカーの恩恵 ~時間整合性と金融政策~」(2004年10月12日)

●Alex Tabarrok, “The virtues of a nasty central banker”(Marginal Revolution, October 12, 2004)


キッドランド&プレスコットが彫琢した「時間整合性」のアイデアの応用範囲は広いが、その中でも最も重要な応用例は金融政策に関するものだ(この方面の功績はバロー&ゴードンおよびケネス・ロゴフにも帰さねばならないことは言うまでもない)。中央銀行としてはインフレも失業も低く抑えたいと考えているとしよう。そこで中央銀行はその願いを果たすために次のように宣言(約束)したとしよう。「インフレを低い水準にとどめるためにマネーサプライの伸びを抑えるつもりだ」。そして国民もその宣言を信じ、(労働契約や融資契約といった)契約の交渉に臨む際には「この先インフレは低い水準にとどまるだろう」と予想した上で(賃金額なり融資条件(金利)なりといった)契約条件の詳細を詰めるものとしよう。そんなある時のことだ。思いも寄らないショックが起きて失業率が上昇して(失業が増えて)しまったのだ。そのような事態を目にした中央銀行はふと次のような誘惑に駆られることだろう。「インフレを高めに誘導して景気を刺激したいところだが、どうしたものだろうか」。国民は「この先インフレは低い水準にとどまるだろう」と信じ切って既にあれこれの契約を結んでしまっている。国民が予想しているよりも高めにインフレを誘導すれば(実質賃金なり実質金利なりが予想よりも低下することで)失業率の抑制(失業の減少)を後押しする強力な効果が期待できる。何とも甘い誘惑だ。

しかしながら、上で描いたような展開が「均衡」となることはあり得ない。中央銀行が「インフレを低い水準にとどめるつもりだ」と宣言(約束)したとしても国民はこう反論することだろう。「そんな約束は信用できない。約束を鵜呑みにしたらそれ幸いと後になって手のひらを返すにきまってる。インフレを高めに誘導して我々を騙そうとするに違いない」。そうなるとどうなるだろうか? 国民は「この先インフレは低い水準にとどまるだろう」とは予想せず、そのため(何らかのショックが起きて失業率が上昇した場合に)中央銀行が失業率を抑えたいと思ってもインフレを先ほどの場合(国民が中央銀行の宣言を鵜呑みにする場合)よりもずっと高めに誘導しなければならなくなるだろう。インフレが高止まりするだけで失業率が(国民が中央銀行の宣言を鵜呑みにする場合よりも平均して)低く抑えられるわけでもない。最終的にはそのようなゲームの「均衡」に落ち着くことになるのだ。

どうすれば事態をいい方向に向かわせることができるだろうか? 意外な手がある。冷血漢をセントラルバンカーの地位に据えるのだ。そうすれば誰もがよりよい境遇を手にできる可能性があるのだ。「冷血なセントラルバンカー」というのはインフレを低く抑えることだけで頭がいっぱいで失業を抑えることには一切関心が無いような人物のことだ(その具体的な人物像としては債券の利息収入で暮らしを立てている金満家の共和党員なんかを思い浮かべればいいだろう)。「冷血なセントラルバンカー」は失業を減らすために(インフレを高めに誘導して)景気を刺激しようなんて考えもしない。そのため、「冷血なセントラルバンカー」が語る「インフレを低い水準にとどめるつもりだ」との宣言(約束)は信憑性が高く、国民は「冷血なセントラルバンカー」の宣言(約束)を信用して「この先インフレは低い水準にとどまるだろう」と迷い無く予想することだろう。最終的に落ち着く「均衡」では、失業率は中央銀行の約束が一向に信用されない先の場合と(平均してみると)変わりがない一方で(どちらのケースでも国民が予想するよりも高めにインフレを誘導する(国民を驚かす)ことはそう何度も繰り返せないため)、インフレは(中央銀行の約束が一向に信用されない先の場合よりも)低く抑えられることになる。こうして国民の誰もがよりよい境遇を手にすることになるわけだ。

トーマス・シェリングなんかは次のような例を使って似たようなアイデアを先んじて論じていたものだ。あなたが誘拐犯の魔の手に落ちてしまったとしよう。あなたを救い出すために誰かに誘拐犯と交渉する窓口になってもらうとすれば一体誰にその役割を引き受けてもらうのがいいだろうか? あなたのことを深く愛している妻だろうか? それとも冷血な前妻(別れた元妻)だろうか? その答えは迷うまでもないだろう(そうでしょ?)1。それでは次のような場合はどうだろうか? あなたがまだ誘拐されていないうちから(もしも誘拐された場合に備えて)誘拐犯と交渉する役目を誰に引き受けてもらうかを決めておき、誘拐犯にも前もって(あなたの誘拐を企てるよりも前の段階で)そのこと(誰が交渉の窓口役を務めるか)がわかっているとしたらどうだろうか? あなたのことを深く愛している妻と冷血な前妻のどちらにその役目(交渉の窓口役)を引き受けてもらえばいいだろうか? 答えはおわかりだろうか?2 冷血漢も時にはいい仕事をやってのけることがあるのだ。

  1. 訳注;答えは「あなたのことを深く愛している妻」。誘拐犯が身代金を要求してきた場合に交渉の窓口役を務めるのが「あなたのことを深く愛している妻」であれば身代金がいくら高額であってもそれを支払ってあなたを救い出そうと尽力してくれる可能性が高いが、「冷血な前妻(別れた元妻)」が交渉の窓口役を務める場合には見捨てられてしまう(その結果として最悪の場合あなたは誘拐犯に殺されてしまう)可能性がある(「その人とはもう何の関係もないわ。好きなようにして頂戴」)。 []
  2. 訳注;答えは「冷血な前妻(別れた元妻)」。「冷血な前妻(別れた元妻)」が交渉の窓口役を務めるとわかっていたら誘拐犯もあなたをさらおうとはしない可能性が高い。あなたを誘拐しても身代金が手に入らない可能性が高いからだ。つまりは、「冷血な前妻(別れた元妻)」のおかげであなたは誘拐されずに済む、というわけだ。 []

タイラー・コーエン 「キッドランド&プレスコットの貢献 ~時間整合性問題の厳密な展開~」(2004年10月11日)

●Tyler Cowen, “Kydland and Prescott: New Nobel Laureates”(Marginal Revolution, October 11, 2004)


今年(2004年)のノーベル経済学賞はフィン・キッドランド(Finn Kydland)エドワード・プレスコット(Edward Prescott)の両名に授与される旨が発表された。彼らは1977年に「時間整合性」の問題に関する有名な論文(ジャーナル・オブ・ポリティカル・エコノミー誌に掲載)を共著で物している。医薬品に対する政府の政策(規制)は何でこんなにも問題だらけなのだろうかと不思議に思ったことがあるかもしれないが、その理由を知りたければキッドランドとプレスコット(による1977年の論文)にお伺いを立てればいい。新薬を開発した製薬会社には特許(その薬を独占販売できる権利)を与え、その薬を高値で売るに任せる。新薬が開発されるよりも前の段階ではそれが「最適な政策」だ1。しかしながら、ひとたび新薬が無事開発されるや政府は(新薬を開発した製薬会社が手にする)「独占レント」(超過利潤)を奪い去りたい誘惑に駆られることだろう。つまりは、新薬を開発した製薬会社には特許を与えるという取り決め(約束)を反故にして(その他の製薬会社にもその新薬を自由に製造・販売することを許すことによって)その薬が安くで手に入るように図るということになるわけだが、新薬が開発された後の段階ではそれが「最適な政策」だ。新たに開発された薬を誰もが安くで手に入れられるようにして何が悪い?、というわけだ。製薬会社の側もそのような危険性2があることは織り込み済みであり、それがために新薬の開発に二の足を踏む。そうなる可能性があるわけだ。タイミングがいいことにタバロックも数日前に同様の理屈を展開しているのでそちらもあわせて参照されたい。

(上の例におけるその時々の)「最適な政策」は「時間整合的な政策」ではない。いくらか堅苦しくて専門的な表現を使うとそういうように言えるわけだが、この方面におけるキッドランドとプレスコットの研究はそれ以前にトーマス・シェリング(Thomas Schelling)がゲーム理論の分野で練り上げていたアイデアをさらに発展させた(磨き上げた)ものとして位置付けることができる。相手の国が実際に核攻撃を仕掛けてきた場合に(事前の宣言通りに)核兵器を使って報復してやろうという気になれるかというと必ずしもそうとは限らない。そのため核抑止はうまくいかないかもしれない3。シェリングはそう指摘していたものだ。

時間整合性のロジックはかなり普遍性が高い。規制政策だけではなく、金融政策や租税政策、外交政策(サダム・フセインに脅しをかける・・・のはいいが、その脅しをどこまで本気で実行するつもりがあるだろうか?)といった(複数のプレイヤーの間で)戦略的な相互作用が繰り広げられる場面の数々でその顔をのぞかせることがあるのだ。

プレスコットについては少し前に(今年のノーベル経済学賞受賞者は誰になりそうかを予想した)こちらのエントリーでも話題にしたばかりだ。プレスコットの業績について時間整合性問題以外の方面も簡潔ながら話題にしているのであわせて参照してもらいたいが、プレスコットはノーベル経済学賞を2度受賞してもおかしくないだけの業績を残していると言っても言い過ぎではないだろう。プレスコットに比べるとキッドランドの知名度はいくらか劣るが、重要な学者であることは言うまでもない。「キッドランドはスカンジナビアの出身(ノルウェー人)だしなあ」なんていう横槍は放っておけばいいだろう4

キッドランドとプレスコットの二人はノーベル賞を受賞するにふさわしいと言えるだろうか? その答えは間違いなく「イエス」だ。

なぜ今年(2004年)はこの二人だったのだろうか? アメリカでは国を二分する大統領選挙が繰り広げられている最中ということもあってスウェーデン王立科学アカデミーとしてはポール・クルーグマンだとかロバート・バロー(ブッシュ寄り)だとかは選びたくなかったのかもしれない。クルーグマンやバローを選ぶと「政治的な思惑が絡んでいるのではないか?」と疑われる恐れがあるからだ。それだけではなく、ノーベル経済学賞は長らく批判にさらされてきているということもある。「経済学は『科学』と呼べるだけの資格があるのか?」と疑いの目が向けられているのだ。

(持ち金を賭けてノーベル賞の受賞者を予想する)賭け市場(予測市場)の予想は見事に的中したようだ。プレスコットは少し前まで(受賞者が発表される直前まで)かなりのリードを広げて一番人気だったのだ。

  1. 訳注;新薬の開発には莫大な費用を要するため(場合によっては多額の費用を投じたにもかかわらず新薬の開発に失敗する可能性もある)、新薬の販売を通じて少なくとも開発費用を回収するに十分なだけの利潤が得られそうでなければ製薬会社としても新薬の開発には乗り気になれない。新薬を開発した製薬会社に「特許」を与えれば「独占レント」を手にする機会が開かれることになり、製薬会社も新薬の開発に積極的になる可能性がある。 []
  2. 訳注;政府が「新薬が開発されたら特許を与える」との前言を翻す可能性 []
  3. 訳注;「そちらが核攻撃を仕掛けてきたらこちらも核兵器で報復するぞ」という脅しは相手から信用されない(信憑性に欠ける)可能性があり、脅しが信用されなければ相手国による先制的な核攻撃を抑止できない可能性がある、ということ。「こちらも核兵器で報復するぞ」という脅しに信憑性を持たせるには例えば相手が核攻撃を仕掛けてきたら自動的にこちらから相手の国に向けて核兵器が発射されるようにプログラムを組んでおく(そしてそのことを相手にも知らせておく)といった手段が考えられる。 []
  4. 訳注;「スウェーデン王立科学アカデミーが身内びいきでキッドランドを選出した面もあるのではないか?」との穿った見方は的外れ、という意味。 []

マーク・ソーマ 「『誘拐犯とは一切交渉しない!』 ~時間整合性問題入門~」(2010年12月8日)

●Mark Thoma, ““Barack Obama’s Time Consistency Problem?””(Economist’s View, December 08, 2010)


オバマ大統領は将来的に政治の世界で「人質事件(誘拐事件)」が起きる可能性を高める結果を招いてしまったのだろうか?

Barack Obama’s Time Consistency Problem?” by Twenty-Cent Paradigms:

大学の講義で「時間整合性」(time consistency)の問題を教える機会がやってくると、説明の導入としてきまって投げかける問いがある。「誰かが誘拐されて人質にとられ、誘拐犯が政府に交渉を持ちかけてきたとする。そのような場合に政府はどう対応するつもりだと公言しているだろうか? 誘拐犯との交渉方法に関する政府の公式の立場はどのようなものだろうか?」という問いがそれだ。その答えは学生の誰もが知っている。「誘拐犯とは一切交渉しない」というのが政府の公式の立場だ。

国の如何を問わず、どの国の政府も「誘拐犯とは一切交渉しない」との立場を打ち出しているが、それはどうしてなのだろうか? その理由はこうだ。政府が交渉のテーブルにつく気がないということになれば、誰かを誘拐して人質にとってやろうと企む輩も出てこないだろう。そうなること(誘拐の抑止)を期待してどの政府も「誘拐犯とは一切交渉しない」との立場を打ち出しているわけだ。しかしながら、誘拐事件が実際に起きてしまったらどうなるだろうか? 政府としては(「誘拐犯とは一切交渉しない」との約束(公式の立場)を反故にして)誘拐犯との交渉に応じる方向に傾くことになるだろう。というのも、政府としては(「誘拐犯とは一切交渉しない」との立場を貫いて誘拐犯との交渉に応じなかった結果として)人質が殺されてしまった場合に(すべては人質を見放した政府に責任がある、と)その責任を負わされたくはないからだ。そのあたりの事情は誘拐を企んでいる輩もよくよく承知しているところであり、その結果として「政府には『誘拐犯とは一切交渉しない』との立場を何が何でも貫く気なんてないだろう」と見透かされてしまうことになる1わけだ。

と、まあこういう具合に誘拐事件の例を使って「時間整合性」の問題を説明するのがお決まりになっているわけだが、来学期からはそれももうできなくなってしまうかもしれない。以下に引用するオバマ大統領が記者会見の席上で語った発言が(来学期以降に私の講義を受講する)学生たちの目に触れてしまえば誘拐事件の例はもう使えなくなるかもしれないのだ。

「富裕層向けの減税」もセットだと言うのであれば「中流層向けの減税」も認めるにやぶさかではないとでもいったような論調があり2、そのような論調を指して『「中流層向けの減税」が人質にとられているようだ』と発言したことがあります。人質に危害が及ばない限りは誘拐犯とは交渉する気はないというのが私なりの姿勢なのですが、そのような姿勢に一体いかばかりの知恵があるというのかと疑問に思われる方もいらっしゃることでしょう。というのも、この場合の「人質」というのは「アメリカ国民」のことであり、正直なところ私としても「人質」に危害が及ぶのを目にしたくはないのです。

誘拐犯と交渉する「裁量」を政府に持たせないようにする。そうすればよりよい結果がもたらされる。「時間整合性」の問題に関するこれまでの学術的な研究からはそのような示唆の一つが導き出されるわけだが、「完璧なコミットメント」を可能にする3ようなテクノロジーは現実のこの世の中には存在しない。そこで考えねばならないのが(約束の)「信憑性」(”credibility”)だ。言い換えるとこういうことだ。「誘拐犯とは一切交渉しない」との約束(発言)が本気だということを未来の誘拐犯(誘拐を企む輩)に信用してもらうためには政府はどういう手段に打って出ればいいか、という問題に頭を捻らねばならないわけだ。

さて、ここで質問だ。オバマ大統領が記者会見の席上で語った発言はどのような意味合いを持っているだろうか? あのように語ることでオバマ大統領は(「誘拐犯」とは交渉する気はない、との)自らの約束(姿勢)の「信憑性」を損なう結果となってしまい、将来的に政治の世界で「人質事件(誘拐事件)」4が起きる可能性を高めてしまう羽目になってしまったのだろうか? それとも単に周知の事実を暴露したに過ぎない5のだろうか? 「年収25万ドルを超える富裕層もブッシュ減税の延長措置の対象に含めろ。嫌だというならブッシュ減税の延長法案には反対するぞ6」。共和党側はそのような「脅し」をかけている(「人質」の殺害予告7を行っている)わけだが、その脅しは「信憑性のある脅し」と言えるのだろうか?8

  1. 訳注;そのため誘拐事件は根絶されないということになる []
  2. 訳注;この当時は2010年末で期限が切れる「ブッシュ減税」を2011年以降も続ける(延長する)かどうかをめぐって民主党と共和党との間で意見が対立しており、民主党側は「低中所得層(年収25万ドル以下の世帯)に限って減税措置を続けるべき」という立場、共和党側は「年収25万ドルを超える富裕層も含めて全世帯をその対象とすべき」という立場だった。 []
  3. 訳注;政府に「裁量」を許さずに何が何でも「約束」を守り通させる []
  4. 訳注;こちら側の言い分を認めないとお前の支持者が痛い目を見ることになるぞ、との共和党側からの脅し []
  5. 訳注;「誘拐犯とは交渉する気はない」との発言(約束)は口先だけのものに過ぎない(簡単に反故にされる)、ということは誰もが気付いている周知の事実(わかりきったこと)であり、オバマ大統領はそのことを明け透けにしたに過ぎない、という意味。 []
  6. 訳注;その結果として法案が否決されたら所得税が(ブッシュ減税が実施されるよりも前の)2000年の水準に戻ることになり、年収25万ドル以下の低中所得層も所得税の負担が高まることになるぞ []
  7. 訳注;「年収25万ドル以下の低中所得層(「人質」)も所得税の負担が高まることになってもいいのか?」との脅し []
  8. 訳注;最終的には共和党側の意向を汲むかたちで決着することになり、年収25万ドルを超える富裕層も含めて全世帯がブッシュ減税の延長措置の対象に含まれることになった。 []

マルティナ・ビョルクマン・ニクヴィスト, ルチア・コルノ, ダミエン・デ・ワルク, ヤコブ・スヴェンソン 『より安全な性行動へのインセンティブ: HIV予防おける籤引活用』 (2017年1月7日)

Martina Björkman Nyqvist, Lucia Corno, Damien de Walque, Jakob Svensson “Incentivising safer sexual behaviour: Using lotteries to prevent HIV “,  (VOX, 07 January 2017)


従来型HIV/AIDS教育キャンペーンは新規感染抑制に関して完璧な有効性を誇ってきたとは言えない。背景的原因としては、感染の大半がこと性行動に関してはリスクテイクを厭わない様な個人の間で生じているのに、キャンペーンではこうした人達を特に重点的にターゲットにしてこなかった可能性が考えられる。本稿ではレソト王国で行われた新型HIV予防介入試験を紹介する。これは以上の様な個人をターゲットに定め、より安全な実践へのインセンティブを付与するために籤引を利用したものである。処置グループのHIV新規感染件数 [HIV incidence] はトライアル期間を経て5分の1を超える低減を見せた。実施面・費用面での利点も併せて考えると、こうした結果は以上の様な介入がHIVとの闘いにおいて計り知れない価値を持つと判明する可能性を示唆する。

20年以上に亘る意識向上キャンペーンを後目に、HIV/AIDSは依然として数多くの世界の国々で主要健康問題の位置を占めている。とりわけ、3700万人もの人々がHIV感染者として生活し、推定では2015年だけで新たに140万件ものHIV感染が発生しているというアフリカでは問題はなお深刻である (UNAIDS 2016)。HIV感染の主要経路となっているのが安全性考慮の無い性行動だ。したがって情報提供と教育キャンペーンを基盤とした従来型の行動変化プログラムが、エピデミックに抵抗するための主要方策として久しく用いられ続けてきたのも驚くには当たらない。だが残念ながら、こうしたタイプのキャンペーンには予期されたほどHIV/AIDSエピデミック波及を押し止める効果が無いことが既に証明されている (Bertrand et al. 2006, Napierala Mavedzenge et al. 2010)。

これら実証成果を目の当たりにすれば当然、「では自衛の方法を知悉し、HIV/AIDSの深刻な帰結が周知されているのなら、なぜリスキーな性行動を継続する人達がいるのだろう?」 との疑問が浮かぼう。これに対しては、感染の大半はリスク忌避度が最も低い個人 – つまり性行動に関してはリスクテイクを厭わないような個人 – のあいだで生じているのに、現行の情報提供キャンペーンはこの人達を特に重点的にターゲットにしてこなかったのだ、という回答が考えられる。

HIV予防へのインセンティブとしての籤引

最近の論文で我々は、リスク愛好的であり、したがってHIV感染リスクが最も高いと推測される人達に特にアピールするようなHIV予防介入手法をデザインしている  (Björkman Nyqvist et al. 2016)。具体的には、籤引を利用し、レソト王国におけるHIV感染抑制をめざす金銭的インセンティブプログラムをデザインした – 籤の期待支払額は比較的小さいが、性感染症 (sexually transmitted infection: STI) テストで陰性の反応がでれば高額を得られる仕組みになっている。

他の面では通常の金銭的インセンティブプログラムと変わらないギャンブルの導入には、少なくとも2つの利点が有る。先ず第一に、籤により、同プログラムは金銭的リスクを厭わない個人に対しては相対的に強い魅力を持つ様になる。もし金銭的リスクテイクを厭わない性質がその他のリスキーな行動、例えば喫煙・薬物・リスキーな性交渉などと相関しているのならば、籤のインセンティブによりHIV感染のリスクが高い人達をもっと上手にターゲットにできるはずである。

第二に、心理学や行動経済学の領域で、人間は小さいパーセンテージを過大評価しがちであり、したがって保証された小さな報酬よりも、大きな報酬につながるかもしれない小さなチャンスのほうを選好する傾向が有る旨を示す実証成果がますます確認されている事が挙げられる (Kahneman and Tversky 1979, Kahneman 2011, Barberis 2013)。仮にそれが正しいのなら、ギャンブル (籤引) 参加において認識される利益は、確実性をもって一定の期待利益を与えるインセンティブプログラムからの利益よりも高くなり、また同じ理屈で、籤を活用すれば予算を一定にしたままでも、従来型の条件付現金給付 (conditional cash transfer: CCT) と比べてより強い行動変化へのインセンティブを設定することも可能となるかもしれない。

本研究は無作為化平行グループ間試験 [parallel group randomised trial] に基づいて行われた。そこでは次の3つの個別グループを設定している: 対照グループ (N= 1208) および2組の処置グループ (低額籤引グループの859人、および高額籤引グループの962人) である。無作為選出で低額籤引グループに割り当てられた参加者は4ヶ月毎に500ロチ/南アフリカランド [500 malotis/South African rands]、およそ$50の価値に相当する賞の籤引に挑戦する資格が与えられる。高額グループの個人にはその2倍に当たる額の賞を勝ち取る資格が与えられた。

処置グループの個人は、籤引の前の週に受けたテストで2つの治療可能なSTI (梅毒 [syphilis] および膣トリコモナス症 [trichomoniasis]) に陰性の結果がでたならば、籤を1枚与えられる。村落レベルでの籤引が4ヶ月毎に開催され、各村落で籤引当選者が4名づつ選出される。

処置グループ中の個人で前述した2つのSTIの何れかに陽性のテスト結果が出た者は籤を貰えない。しかしこうした個人も引き続き研究参加者に留まることができるので、無料で提供される治療を受けてその後もSTI陰性を維持していた場合には、その後開催される籤引の資格を得られる。対照グループへと無作為に割り当てられた参加者には籤を貰う資格が与えられないが、その他の点では研究の手順に対照グループと処置グループとで違いは無い。STI陽性のテスト結果が出た全ての者に (グループを問わず) カウンセリングと無料のSTI治療を提供、HIV陽性のテスト結果が出た個人はAIDS治療を行っている公的診療所に紹介し、適切なフォローアップを図った。

全体的に言って、籤引インセンティブはHIV症例、すなわちベースライン時点でHIV陰性であった参加者の間のHIV新規感染率抑制に相当な影響をみせた。2年のトライアル期間を通して、HIV新規感染率は2.5%ポイント、換言すれば21.4%低減された。こうしてトライアル終了時には処置グループプールのHIV感染者数 [HIV prevalence] は対照グループと比べて3.4%ポイント低いものとなった。我々の知る限り、性行動の変化に着目したHIV予防介入 (治療介入に対する) であって、HIV新規感染件数の著しい削減 – あらゆるHIV予防介入の究極目標 – に繋がることが実証されたのはこれが初めてである。

リスク愛好者は籤引を好んでいるのか?

我々はさらに進んで、リスキーなギャンブルに対する価値認識に基づき、リスクに対する選好を有する個人のほうがリスク忌避的個人よりも、行動変化を条件とする高額ではあるが不確実なリターンが見込まれる介入スキームに反応する傾向が強いのか、この点を調べた。参加者のリスク選好は、ベースラインアンケートでのリスク忌避に関する仮定的設問を通して計測した – 62%の参加者は籤引参加ではなく、籤の期待値に満たなくとも固定額のほうを選好すると報告しており (したがってリスク忌避的)、残る38%がリスク愛好的となる。ベースライン時点で、リスク忌避的個人とリスク愛好的個人の人口統計学的・社会経済的特性は類似していたが、リスク愛好的参加者が安全対策をした性行為を実行している旨を報告する傾向は相対的に低く、HIVやSTI陽性の傾向は相対的に高かった。

では、リスク愛好的個人は籤引プログラムに対しリスク忌避的個人と異なる反応を見せたのだろうか? 本研究結果によれば、実際に反応は異なっていたようだ。HIV新規感染件数はリスク愛好的個人のほうが対照グループにおけるリスク忌避的個人よりも12.3%ポイント高かった。しかしながら、リスク愛好者の間のHIV新規感染件数は処置グループのほうが12.2%ポイント、対照グループのリスク忌避的個人と比べて低かった – このサブグループにおける効果量は58%となる。リスク忌避的参加者に対する処置効果は然したるものでなく、点推定で0近傍、したがって対照グループとの比較において介入プールで観察されたHIV新規感染件数の減少がリスク選好的個人の行動変化のみによって生じた可能性は消去できない。

籤引インセンティブの実用的利点

本発見は、相対的にHIV感染リスクが高いグループをターゲットする際に籤引が活用できる可能性を示唆する実証成果をもたらした。最もリスクが高い層の個人をターゲットできるばかりでなく、籤引の活用には、以上の様なプログラムの規模拡大を検討する場合重要となってくる幾つかの実用的利点も有る。第一に、籤引プログラムの運用費は従来型CCTプログラムよりも低く抑えられると見込まれる。何故なら当たり籤を引いた者にのみ支払をすればよいからである。第二に、実験参加者の一部のみをテストすればよい様な籤引システムも考えられるが、その場合、トータルで掛かる費用に相当な割合を占める検査費用の削減も望み得る。レソト王国における実験のリサーチ計画書ではプロジェクト参加者全てに検査を提供することが要件となっていたが、行動変化へのインセンティブは、一定の条件下では、籤引当選者のみが検査を受ける、或いはSTIスクリーニングも籤の結果に依存させる様にしても、変わらず保たれるだろう。最後に重要な点だが、今回の実験で調べた籤引インセンティブの影響はあくまで特定アウトカム関するものだったが、本調査結果は、他のタイプのプログラムや分野でも、よりリスクの低い行動に対する需要の強化をねらって籤引が上手く活用できないか、この点を探求する調査研究に道を開くものとなっている。

参考文献

Barberis, N C (2013) “Thirty years of prospect theory in economics: A review and assessment”, Journal of Economic Perspectives, 27(1): 173–196.

Bertrand J R, K O’Reilly, J Denison, R Anhang, M Sweat (2006) “Systematic review of the effectiveness of mass communication programs to change HIV/AIDS-related behaviours in developing countries”, Health Education and Research, 21: 567–597.

Björkman Nyqvist, M, L Corno, D de Walque and J Svensson (2016) “Incentivizing safer sexual behaviour: Evidence from a randomized controlled trial on HIV prevention”, CEPR Discussion Paper No. 11542.

Kahneman, D (2011) Thinking, fast and slow, New York: Farrar, Straus, and Giroux.

Kahneman, D and A Tversky (1979) “Prospect theory: An analysis of decision under risk”, Econometrica, 47(2): 63–91.

Napierala Mavedzenge, S, A Doyle, D Ross (2010) “HIV prevention in young people in sub-Saharan Africa: A systematic view”, February (accessed November 9, 2010).

UNAIDS (2016) “Fact Sheet 2016”, www.unaids.org, Geneva, Switzerland.

 

ピエール・カユック, オリヴィエ・シャルロ, フランク・マレルブ, エレーヌ・バンガルム, エムリーヌ・リモン 『臨時雇用への課税: 善き意図されど思わしからぬ結果』 (2017年1月5日)

Pierre Cahuc, Olivier Charlot, Franck Malherbet, Hélène Benghalem, Emeline Limon, “Taxation of temporary jobs Good intentions but bad outcomes“, (VOX, 05 January 2017)


 

フランスやスペインを初めとする様々な国で労働力の相当部分を担っている臨時雇用契約だが、これは高い離職率・雇用不安定性にも繋がりかねない。本稿では、雇用者に雇用継続期間の引き延ばしを促す目的で臨時雇用契約への租税賦課を試みる政府諸政策の影響を診断する。こうした政策からは、平均雇用継続期間の減少・雇用創出の低下という形で労働市場に負の影響が生ずる。在職期間の短い時期に生じた離職に係る契約終了費用を無しにしたオープンエンド契約の導入のほうが効率的である可能性がある。

短期的な臨時雇用の広まりは、厳格な雇用保護法制を敷く諸国、別けてもフランス・イタリア・ポルトガル・スペインなどの国々で重要な問題となっている。これら諸国では、オープンエンド契約が通常の雇用契約形態となっているが、これに定まった就労期間は無い。しかしオープンエンド契約への違反は雇用者にとって高くつき、複雑な手続きを履行したうえで解雇補償金 [severance payments] を提供しなければならなくなっている。他方、雇用の期待継続期間が短い場合、雇用者は契約終了日 [termination date] の定めを置く臨時雇用契約を結ぶことも許される。

ところが、法的規範により雇用者は労働者に対し臨時雇用契約の契約終了日まで対償を支払うことが要求されているとはいえ、契約終了日の解雇費用に関してはお役所的な規定が全く存在しないのが実情である。そこで臨時雇用契約の規制を通し、雇用の安定と、期待継続期間の短い雇用に就いている労働者が直面する不確実性の削減が目指されている。しかしながら、こうした規制が成功しているかには疑問がある – 臨時雇用契約はフランス・イタリア・ポルトガル・スペインにおける雇用の流れの大半を担っているからだ。その背景には雇用者によるオープンエンド契約の回避が在る。こうした臨時雇用契約の大半は継続期間が非常に短い。例えば図1に示す様に、フランスでは臨時雇用契約のほぼ50%が一ヶ月に満たない長さとなっている。

図1. 臨時雇用流入に係る臨時雇用契約継続期間の累積密度 (2010-2012期、フランス)

こうした状況に鑑み、雇用者に対し、臨時的契約に代えて、在職期間の短い時期に生じた離職に係る解雇費用の無い (ないし微小な) オープンエンド契約締結を許すことにより離職率の低減や雇用の育成が望めるのではないかとの議論が展開されてきた (Bentolila et al. 2010, OECD 2014, Dolado et al. 2015)。しかしこうしたタイプの構造改革は着手が難しく、幾つかのヨーロッパ諸国は雇用者に雇用期間の引き延ばしを促す目的で臨時的契約への課税を敢行している。継続期間の短い臨時的契約はフランスでは2013年以降、ポルトガルでは2014年以降、スペインでは2009年以降、特に重点的なターゲットとなり、イタリアに至っては2012年以降全ての臨時的契約が課税対象となった1。些事に留まらぬ影響を及ぼしているのにもかかわらず、管見の及ぶ限りこの様な政策の顛末については殆ど何も知られていない。

我々の研究では、Cahuc et al. (2016a) を手掛かりにしたシンプルなモデルにより、臨時的契約への課税が常に離職率の低減に繋がる訳ではない旨を示した (Cahuc et al. 2016b)。継続期間の短い契約に対する課税が、租税回避に役立つならばと、雇用者をして長い契約による短い契約の代替、また臨時的契約のオープンエンド契約への変更へと促すことは当然考えられる。臨時的契約がオープンエンド契約に変更された場合に税の還付があるのならば、この効果はさらに増強される。雇用不安定性の軽減にしても、継続期間の短い臨時的契約に対する租税の相対的な高さが、継続期間の長い臨時的契約およびオープンエンド契約に対する租税の相対的な低さにより相殺されるのならば、さらに強まるかもしれない。しかしながら、租税の引き上げには臨時的契約の継続期間に対する不利な影響も存在する。例えば、1ヶ月未満の契約に対する租税の引き上げとの対応で、7日間の契約が1ヶ月の契約に変更されるとは考え難いが、反対に契約期間を7日から6日に減らすことが最適な判断になるケースは生じ得る。何故なら雇用者側には臨時的契約の利潤性が低下した場合にその継続期間を減らすべきインセンティブが有るからである。よって、臨時的契約に対する租税引き上げは必ずしも雇用不安定性の軽減に繋がるものでは無い。雇用安定性・雇用率・厚生に対する影響は租税制度の在り方と現実的文脈とに依存するのだ。

フランスのデータに基く本モデルの推定を通し、多様な租税制度が雇用期間・失業率・失業者厚生に及ぼす影響を見定めるシミュレーションが可能となった。なお今回分析した何れの制度でも、臨時的契約からの税収は全雇用に対する一括補助金 [lump-sum subsidy] として諸企業に払い戻されている。

結果、臨時的契約への課税が労働市場に負の影響を及ぼしていたことが判明した。第一に、同課税は雇用の平均継続期間を低減させていた。よって臨時的契約への課税はその主目的、すなわち離職率の低減を果たしていないことになる。第二に、同課税により雇用創出が減少、失業率が増加、失業者厚生が低下していた。これとは別の契約継続期間に依拠した租税計画により労働市場のパフォーマンスが限界的に向上される可能性は否定できない。しかし今回の検討を通し、臨時的契約を対象とした租税からは、各々の労働市場が持つ個別具体的特徴に依る複雑な影響が生ずることが明らかにされた。結局の所、同政策ツールは合理的な信頼性水準をもって労働市場パフォーマンス向上をめざすのに適したものではなさそうだ。

この様な見地に立ち、在職期間の短い時期に生じた離職に係る契約終了費用を無しとしたオープンエンド契約の導入の顛末も続けて分析した。こうしたタイプの構造改革に類似するものとしてはイタリア雇用法 [Italian Job Act] が挙げられるが、同法により在職期間に伴って保護が強化されるオープンエンド契約が導入されている2。我々はこのタイプの改革のほうが臨時雇用への課税よりも適当であることを明らかにした。同タイプの改革は継続期間の短い雇用の継続期間の増加、雇用率の上昇、失業者厚生の向上をもたらすようだ。ここから、租税と規制とが複雑に入り組んだ、継続期間の短い臨時雇用契約に負荷を課すような制度は、在職期間の短い時期に生じた離職に係る解雇費用を無しとしたオープンエンド契約から成るシンプルな規制と比べ、雇用にとっても失業者にとっても非効率的かつ好ましからぬ様が伺われる。

参考文献

Bentolila, S, T Boeri and P Cahuc (2010), “Ending the Scourge of Dual Labour Markets in Europe”, VoxEU.org, 12 July.

Cahuc, P, O Charlot, and F Malherbet (2016a), “Explaining the Spread of Temporary Jobs and its Impact on Labor Turnover”, International Economic Review, 57(2), 533-572.

Cahuc, P, O Charlot, F Malherbet, H Benghalem, and E Limon (2016b) “Taxation of Temporary Jobs: Good Intentions With Bad Outcomes?”, CEPR Discussion Paper 11628.

Dolado, J, E Lalé, and N Siassi (2015), “Moving towards a Single Labour Contract: Transition vs. Steady State”, CEPR Discussion Paper 11030.

OECD (2014), Employment Outlook 2014.

原註

[1] より精確には、フランスの税は1ヶ月に満たない臨時的契約に対する総賃金 [gross wages] の3%、1ヶ月から3ヶ月の臨時的契約に対する総賃金の1.5%にそれぞれ相当する。同税は臨時的契約がオープンエンド契約に変更された場合、還付される。ポルトガルでは15日未満の臨時的契約に関する雇用者側の社会負担率が4%引き上げられた。スペインでは1997年以降、臨時的契約対する失業保険負担が恒久的契約に対するものよりも高くなっている。2009年からは、継続期間2週間未満の臨時的契約に対する補完的雇用者社会負担 – 総賃金の36%に相当 – も導入されている。イタリアでは、臨時的契約一切を対象とし、総賃金の1.4%に相当する租税が、2012年施行の改革以来、失業者手当の資金調達に利用されている。同税は臨時契約がオープンエンド契約に変更された場合、還付される。但し、還付額は直近6ヶ月間に支払った同税額を上限とする。

[2] イタリアの当該法律183/2014により、新規雇用に関して在職期間に伴い保護が強化される新しいオープンエンド契約 (contratto a tutele crescenti) が導入された。

 

チャールズ・マンスキー 『ポスト-トゥルースワールドの政策分析』 (2016年12月24日)

Charles Manski,”Policy analysis in a post-truth world“, (VOX, 24 December 2016)


 

政策アウトカムや経済情勢をズバリ予測・推定した値を目にせぬ日は無い; 他方、不確実性の表明は稀である。合衆国における新たな政権の幕開けが間近に迫る現在、これまでの政府政策分析における信用ならぬ確定性 [certitude] もあれよあれよという間に小さな問題に思えてくるだろう – この先我々を待ち受けている事柄を傍らにしては。信用ならぬ確定性を提示する分析であっても、その予測や推定が正しい可能性はあるが、ポスト-トゥルースワールドにおける分析は、明らかに誤った予測と推定を生み出す。

対象とする経済政策変化が如何なるものであれほぼ例外なく、その分析には如何ともし難い不確実性が付き纏っている。アラン・オーエルバッハ [Alan Auerbach] はこう言った: 「多くの場合不確実性はあまりに大きく、同じ人物が、実際に報告した推定値の二倍や半分にあたる数値を大真面目に報告していた可能性もあるほどだ」(Auerbach 1996)。真におっしゃる通り。過去5年に亘り、私は信用ならぬ確定性を提示する経済政策分析の横行を繰り返し批判してきた (Manski 2011a, 2011b, 2013, 2014 2015を参照)。別けても合衆国における政府公式の慣行には具体的な論評を加えている。政策アウトカムや経済情勢をズバリ示した予測値・推定値を目にせぬ日は無いが、不確実性の表明は稀である。ところが、裏付けの無い想定や限定的なデータに依拠した、危うい予測値や推定値もしばしば散見されるのである。したがって、どんぴしゃりの予測や推定を試みていても、そうした確定性に信憑性は無いのだ。

現在合衆国は新たな政権の幕開けを迎えようとしている。その政権を牽引する新たな大統領はというと、どうも事実と虚構を区別する能力ないし意思を欠いているようだ。政府の政策分析にこれまで見られてきた信用ならぬ確定性も、この先我々の前に待ち受ける事柄と比べては、あれよあれよという間に小さな問題と化してしまいそうなことが憂いでならない。信用ならぬ確定性の分析であっても、その予測や推定が正しい可能性はあるが、ポストトゥルースワールドにおける分析は、明らかに誤った予測と推定を生み出すのである。

私の懸念を理解して頂く為、先ず現在の慣行に対する私の批判の一部をここで再論しよう。政策アウトカム予測値に検討を加える中で、審議中の法案が孕む連邦債務への含意に関し、議会予算局 [Congressional Budget Office (CBO)] が提出する影響力の有る予測値、所謂『スコア [scores]』に対し注意喚起をしてきた。CBO職員は全身全霊職務に励む公務員であって、連邦法の複雑な変化から来る予算影響を予見することの難しさは十分承知している。ところが合衆国議会はその様なCBOに対し、10年先までの点予測を、不確実性の数値を付さずに立てるよう要請してきたのだった。

経済情勢に係る推定値の検討でも、合衆国経済分析局・労働統計局・国勢局調査局等々の主要連邦統計機関が公表する公式経済統計値の信用ならぬ確定性を確認してきた。こうした機関はGDP成長率・失業率・家計所得などの点推定値を、誤差測定値を併記せずに報告している。機関職員は公式統計値も標本誤差や非標本誤差 [sampling and non-sampling errors] からの悪影響を免れていないことを知悉している。それにもかかわらず、公式統計値の報告に際して、標本誤差測定は時たま、非標本誤差の数量化に至っては全く行わないのが予てからの慣行なのである。

信用ならぬ確定性がこのように常態化した原因の解明に向けた取り組みの過程で、分析者はインセンティブに反応しているのではないかと推理するのが自然だと一経済学者である私は考える様になった。政策画定者や世間の人々の多くが不確実性と向き合うことに抵抗しているので、分析者にも確定性を報告するインセンティブが有る訳である。巷には合衆国大統領リンドン・B.・ジョンソンに自らの予想の不確実性を委細説明しようとした或る経済学者の話が流布している。その経済学者は検討中の数量についてそれが取りそうな値の範囲 [a likely range of values] という形で予測を報告したらしい。それに対するジョンソンの返答は次の様なものだったそうだ: 「牧場 [Ranges] は牛のものだ。数値は1つ、よこしたまえ」

値が取り得る範囲など聞かされたくなかったジョンソン大統領にしても、その経済学者が信憑性ありと考える範囲内にある或る1つの数値、つまり範囲の中心値ならば恐らく聞きたがったと考えて間違いはあるまい。その経済学者もきっとジョンソンの要請をこんな風に解釈し、それに応じたものと予想する。同様に、政府でCBOスコアを弾き出している経済学者たちも一般に、こうしたスコアを以て問題の数量に関する自分達の考えの中心傾向 [central tendency] を表わしているつもりなのだろうと、安心して推理できる。推理を裏付ける経験的証拠は 『予想専門家調査 (Survey of Professional Forecasters)』 で確認できる。これは予想専門家パネルメンバーのGDP成長率およびインフレ率の点推定および確率的予測を開陳したものだが、同データを分析すると、点推定予測値が確率的予測値の平均値ないしメディアン値付近にあるのが通例となっていることが明らかになる。

この先の事を思うと、来るトランプ政権における政策分析実務には不安を抱かざるを得ない。この次期大統領と現実とを繋ぐ関係の希釈性について論じたものは既に相当な数に昇るので、そうした現象の実例をここで私が新たにお見せするには及ぶまい。それに代えて、ルース・マルクス [Ruth Marcus] の明晰かつ恐るべき文章を引用したいと思う。彼女が最近ワシントンポストの定期コラムに執筆した文章は次の様に始まる (Marcus 2016):

 「ではお迎えしましょう – 覚悟を決めて – ポストトゥルース大統領時代です。『事実とは如何ともし難いもの』 とは1770年のジョン・アダムスの言葉。ボストン虐殺事件で訴追された英国兵士を弁護してのことです。『故に、我々の願望が何を求めようと、我々の心証が何処に靡こうと、我々の情熱が何を命じようと、事実と証拠の有り様を改めるには能わぬ』。或いは、私達はそう考えていたのでした – 事実など歯牙にもかけず、確認された事実を突きつけてもものともしない或る男を大統領に選出するまでは」

続いてマルクスは、事実を尊重すべきインセンティブがトランプには無いと論ずる。彼女の言葉を引こう:

「ポストトゥルース時代の慣行 – 事実無根の主張に積み重なる事実無根の主張 – がドナルド・トランプにホワイトハウスへの道を切り開いたのです。トランプが事実無根の放言を重ねるほど、よくぞ臆せずありのままの真実 –  と、彼らが見る所のもの – を告げてくれたと、支援者はその数を増してゆきました」

新政権の政策分析に対する見解が如何なるものになるかついて、2つの点が危惧される。第一に、公式経済統計の公表を可能にしている定期的データ収集だが、これに充てられている資金が新政権において大幅にカットされるのではないかという点。もう1つは、連邦機関の職員を務める分析者、政治的中立性・誠実性に関して高い評価を得ている彼らに対し、発見事項をともかく大統領の見解に合わせて味付けせよとの圧力が掛かって来るのではないか、という点である。首尾一貫とした政策討議は、党利党略的統治環境のためにもう既に困難になっているのだが、基礎的事実さえも炎と金槌とでどうにでも打ち直せるものとホワイトハウスが見做すに至れば、もはや不可能となろう。

潜在的被害の軽減をめざす1つの建設的な道筋としては、連邦政府の外部に十全の情報に基づく実直な政策アウトカム予測値・経済情勢推定値の提供を行い得る研究センターないし統計機関を設立するというのが在るだろう。恐らく連邦準備理事会や合衆国議会はその為に必要となるものの一部を提供できるはずだが、諸般の非政府組織もその一部を担わねばならなくなると予想する。目下合衆国は必要な制度機構を欠いている。英国の 『財政問題研究会 [Institute for Fiscal Studies]』 などが適当な模範となるだろう。

十全の情報に基づく実直な政策分析の提供をどの様に画策するにせよ、不確実性を直視してこそ我々の生きる社会はいっそう優れたものになると、私は今なお信じている。紛糾を極めた政策討議の多くは、自ら確知せざる事柄を虚心に受け止めようとしない我々の態度がその一端だった。既に真実を知悉している、或いは真実など幾らでも操作し得るかの如く振舞うよりも、我々には学ぶべき事柄が依然として数多く存在するのだと認めてこそ、より良い状況が望み得よう。

参考文献

Auerbach, A (1996), “Dynamic Revenue Estimation”, Journal of Economic Perspectives 10: 141-157.

Engelberg, J, C Manski, and J Williams (2009), “Comparing the Point Predictions and Subjective Probability Distributions of Professional Forecasters”, Journal of Business and Economic Statistics 27: 30-41.

Manski, C (2011a), “Policy Analysis with Incredible Certitude”, The Economic Journal 121: F261-F289.

Manski, C (2011b), “Should official forecasts express uncertainty? The case of the CBO”, 22 November.

Manski, C (2013), Public Policy in an Uncertain World: Analysis and Decisions, Cambridge: Harvard University Press.

Manski, C (2014), “Facing up to uncertainty in official economic statistics”, VoxEU.org, 21 May.

Manski, C (2015), “Communicating Uncertainty in Official Economic Statistics: An Appraisal Fifty Years after Morgenstern”, Journal of Economic Literature 53: 631-653.

Marcus, R (2016), “Welcome to the Post-Truth Presidency,” Washington Post, 2 December.

 

アレックス・タバロック「チャック・ノリス vs. 共産主義」

[Alex Tabarrok, “Chuck Norris Versus Communism,” Marginal Revolution, January 5, 2017]

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チャック・ノリス vs. 共産主義』はルーマニアに取材した芸術とヒーローの力と共産主義の終焉をめぐる傑作ドキュメンタリーだ.共産主義体制が1948年に樹立されると,旅行は制限され,メディアは検閲され,秘密警察がみんなを監視するようになった.ルーマニアは外の世界から隔絶された.ところが,1980年代中盤に,密かに持ち込まれたアメリカ映画の VHS テープが出回りだした.地下グループはひそかに集まっては,『ロッキー』や『テキサスSWAT』といったご禁制映画を上映した.
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スコット・サムナー「2パーセント目標の超過より3パーセント目標未達の方がのぞましい」

[Scott Sumner, “Better to undershoot a 3% target than overshoot a 2% target,” TheMoneyIllusion, January 1, 2016]

金融政策について,ぼくはライアン・アヴェントとよく似た見解をとっている.でも,次の点について,ちょっとばかり細かい文句をつけておこう.

同時に,連銀の2パーセント目標をインフレ率が上回っている期間には,中央銀行が政策金利を上げる余地がもっと大きくなる.長期的名目金利の水準が高ければ高いほど,次に問題が生じたときに金利をゼロまで下げねばならなくなる見込みは薄くなる.

2009年,2010年,2011年だったら,2パーセントインフレ目標を超過しようとするのは意味があっただろう.でも,失業率が 4.6 パーセントになっている今日では話がちがう.経済が堅調なときにインフレ率を2パーセントを超えるところまで押し上げれば,経済が低調になったときに2パーセントインフレ率の下を狙わなければならなくなる.次にゼロまで引き下げねばならなくなる見込みはむしろ強まる.

というか,これこそ,2008年に間違ってしまったことだ.住宅ブームのあいだにインフレ率は2パーセントを超過していた.このため,2008年に政策を積極的に緩和する手をうつ必要が生じたとき,(2008年のあいだ2パーセントを超えていた)インフレの昂進を恐れて連銀は手控えてしまった.景気過熱期に2パーセントインフレを下回っていて,景気後退局面で2パーセントインフレを上回るのなら,理にかなっている.

ライアンはもっと高いインフレ率を支持する力のこもった論証を他にも提示しているけれど,インフレ目標の変更という観点でとらえた方がもっと有効だろうと思う.2パーセント目標を 0.5 パーセント超過するのを支持するかわりに,もっと高い3パーセントインフレ目標を 0.5 パーセント下回るのを求める方が理にかなう.インフレ目標を3パーセントまで引き上げることで,次に景気後退が訪れたときに連銀が金利を引き下げられる余地は大きくなる.2パーセント目標の超過では,そうはいかない.それに加えて,景気過熱期に目標未達でいる方が,ライアンも以前から支持している名目GDP 目標の精神と整合する.

こういう話は,意味のない難癖に思えるかもしれない.「2.5パーセントインフレ率になるんだったら,〔超過か未達かで〕目標をどうするかって話になんかちがいがでてくるの」と思うかもしれない.ごく短期的には,なんのちがいもないかもしれない.でも,明確に定義された政策レジームの文脈で金融政策の意思決定をしなかったら,経済は安定しなくなる見込みが大きい.とくに,景気循環のターニングポイントに達したときにはなおさらだ.

例によって,この3パーセントインフレ目標はぼくが優先する選択肢ではない(ぼくが推すのは名目GDP水準目標だ).ここでは,たんに「ハト派的」とでも言えそうな現行の政策論をとる人たちにとっていちばん有益な選択肢だとじぶんが考えるものを例解しようと試みてるにすぎない.

スコット・サムナー「弱者に同情しすぎる保守派」

[Scott Sumner, “Bleeding heart conservatives,” TheMoneyIllusion, December 30, 2016]

長年,やたら弱者に同情するリベラルに悩んできた.彼らは,社会の底辺で苦しむ人たちを美化する傾向がある.もちろん,右派はこれと真逆の間違いをおかして,底辺の人たちを邪悪な人間だと考えた.適正な態度は,冷静な功利的現実主義だ――彼らは犠牲者でもないし悪漢でもない.さて,道徳心の見せびらかしにやっかいな新しい傾向がでてきているようだ――弱者に同情しすぎる保守派という新しい傾向がある.
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タイラー・コーエン 「『もしもし。大統領のバラク・オバマという者なんですが・・・』 ~電話で花を注文する大統領が本人であることを証明するにはどうすればいい?~」(2010年11月15日)

●Tyler Cowen, “How does the President order flowers?”(Marginal Revolution, November 15, 2010)


これまで大統領個人のことはあまり話題にしてきていない。その埋め合わせとして今回はつい最近目に留まった(オバマ大統領にまつわる)難題の一つを取り上げることにしよう。

映画『アメリカン・プレジデント』の中でマイケル・ダグラス演じる大統領は花を注文するのに四苦八苦しなければなりませんでしたが、実際のところはどうなのでしょうか? そう尋ねられたオバマ大統領は次のように答えた。「映画の中の大統領とは違って私はクレジットカードを持ち歩くようにしています。ですから花屋さんに行く機会があればカード払いであれやこれやの花を買うことも可能でしょうね」(さらに続けてオバマ大統領は次のように語った。花屋に直接足を運ぶのではなくて電話で花を注文しようとする場合には「店員の方々には私が大統領本人だとは信じてもらえないかもしれませんね」)。

あなたがオバマ大統領その人だと仮定しよう。あなたが正真正銘のオバマ大統領だということを電話越しで証明するためにはどうすればいいだろうか? 電話に出た花屋の店員の近くにはネットに接続されているパソコンがあり、すぐにGoogleにアクセスできる状況だとしよう。その場合は花屋の店員にこう伝えればいい。「私のことについて何でもいいから質問して下さい」、と。その店員がGoogleの力を借りて色々と(オバマ大統領に関する)質問を投げかけてきてもそれに即答すればあなたもGoogleの助けを借りている(Googleを使って質問への答えを検索している)とは怪しまれないだろう。さらには、あちらの電話には202(ホワイトハウスがあるワシントンD.C.の市外局番)で始まる電話番号が表示されるし、あなたの声はオバマ大統領の声(アメリカ国民の間で広く知れ渡っているあの声)そっくり(オバマ大統領本人なのだからそれも当然なのだが)ときている。というわけで、電話越しであってもあなたがオバマ大統領本人だということを証明するのは容易いというのが私の考えだ。まだいくらかスッキリしないところが残っていたとしても「もしかしたら本当にオバマ大統領本人なのかもしれない」と匂わすことができたら店員も(「大統領」という肩書きに気圧(けお)されて)何でも言われるがままのモードに入ることだろう。

アメリカ大統領と偽って電話すれば何らかの法律に抵触するかもしれず、そうでなくても後日(大統領を警護する)シークレットサービスが家にやってくることになるかもしれない。いたずらしてやろう(大統領と偽って電話してやろう)と企む輩が仮にいたとしても「違法かもしれない。シークレットサービスが玄関をノックしにやって来るかもしれない」と心配になって二の足を踏む(いたずらをあきらめる)ことだろう。そうだとすれば、「私は大統領です」とのあなたの発言の信憑性は一層高まることになる。

電話越しで本人であることを信じてもらうのに一苦労せねばならない人物には誰がいるだろうか? 例えばレディー・ガガなんかはどうだろうか? 彼女の普段の声(喋り声)は誰にでも広く知られているというわけではないし1、彼女のファンであればGoogleテストも軽く突破できることだろう(常日頃からネットで彼女に関する情報を調べていてガガのことなら事細かに知っているからだ)2。「私はガガです」と伝えられても花屋の店員の多くは(オバマ大統領の場合のように)「ハハー」と何でも言われるがままということにはならないだろうし、ガガの名を偽ったとしても後日シークレットサービスが家にやってくることもないだろう3

この話題を深く掘り下げていくと進化生物学方面の教訓が何か見つかりそうだ。

  1. 訳注;それゆえ本人であることを証明するために「声」に頼ることはできない。 []
  2. 訳注;(オバマ大統領の場合のように)店員に「私のことについて何でもいいから質問して下さい」と伝えて何でも質問させるという手は使えない、ということ。ガガの熱心なファンであればガガのことについて聞かれても大抵のことは(Googleに頼らずとも)即答できるため、店員がGoogleの助けを借りながら出した質問に即答できたからといってガガ本人であることの証明にはならない(ガガのファンがガガを偽っている可能性を排除できない)。 []
  3. 訳注;その分だけ(大統領の場合に比べると)いたずらを抑止する力が弱い。 []