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タイラー・コーエン「ダン・ドレズナーの新著『アイディア産業』」

[Tyler Cowen, “*The Ideas Industry*, the new Dan Drezner book,” Marginal Revolution, April 7, 2017]

副題は「悲観主義者・党派主義者・金権主義者により変貌するアイディアの市場」。本書は、有名知識人たち〔専門分野外の世間にも知られている知識人たち〕に関するリチャード・ポズナーの研究の更新版と考えるといい。ソーシャルメディアの世界やいっそう大きくなった所得格差やさらなる世論二極化によってぼくらがどこにたどりついたのかを説明しているのがいままでとちがう。賢明にも、ドレズナーはスーザン・ソンタグや『コメンタリー』誌読者大衆の時代を理想化してはいない。ただ、それでも悪化したことはいくつかあって、それは信頼されるゲートキーパーの不在による部分が大きいのだという。たとえば、いまのスーパースターの地位は短絡とおもねりを招き、思慮深い「有名知識人」を伝道者めいた「思想指導者」に変えてしまう。大局的に見れば、いまのぼくらがいる地点は、あらゆる立場が論じられ、読者の眼識による検証が疑わしく、信頼の水準が低下し続けている均衡だ。すると今度は質の低下が起こり、それによって信頼はいっそう低下することになって、それがまたフィードバックして、どんな種類のスーパースターが台頭し地位を保持し続けるのかに影響をおよぼす。
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タイラー・コーエン 「ヴェブレン再訪」(2007年3月12日)/「女性が信心深いのはなぜ?」(2007年3月16日)

●Tyler Cowen, “Thorstein Veblen”(Marginal Revolution, March 12, 2007)


ソースティン・ヴェブレン〔日本語版のウィキペディアはこちら〕の作品を読んでいるとロビン・ハンソンを思い出す。・・・てなことを書く日がやって来るなんて予想だにしていなかったのだが、つい最近になって『Theory of the Leisure Class』(邦訳『有閑階級の理論』)を再読してみてしみじみとそう感じさせられたものだ。ヴェブレンはありとあらゆる現象に進化生物学的な観点から説明を加えようと試みている。どんな現象であれその説明には「シグナリング」に「ステータスへのこだわり」が真っ先に持ち出される。世にある商習慣はヒトの生物学的な本性に根差すものであり、その母胎となった環境とは趣の異なる目新しい環境へも持ち込まれることになる。そのように語られる。『有閑階級の理論』を10年前に再読していたとしたら(はじめて読んだのは十代の時だ。それからはずっと読まずにきた。毛嫌いしていたのだ)、啓示を授けられたような衝撃を受けていたことだろう。しかし今となってはそこまでの衝撃はない。というのも、ヴェブレンの議論は(ハンソンだとかタバロックだとかといったジョージ・メイソン大学の)同僚とランチ時に話す会話の内容とよく似ているからだ。スペンス的なところ、ハイエク的なところ、そしてジェフリー・ミラー的なところもある。

(冒頭でも述べたように)ヴェブレンはハンソンを想起させるところがあるものの、両者の間には違いもある。ヴェブレンは文章の書き手として駄弁が過ぎるところがあるが、ハンソンはそうじゃないというところだ。

マーク・ブローグ(Mark Blaug)によるヴェブレンの業績紹介はこちら。ヴェブレン絡みの情報はこちらにまとめられている。メンケン(H. L. Mencken)によるヴェブレン評はこちら

ついでにヴェブレンの作品を他にも二冊ほど手に取ってみたのだが、どちらも読めたものじゃないというのが私の感想だ。とは言え、ヴェブレンはもっと称えられてしかるべき人物であることは確かだ。とりわけ、保守派やリバタリアンの陣営はヴェブレンにもっと目を向けるべき(そして彼をもっと高く評価すべき)だろう。ヴェブレンを真っ先に読むべきなのは進化生物学者の面々だろうけれど。 [Read more…]

タイラー・コーエン 「パジャマを着て交渉、スーツ姿でブログ書き」(2007年9月24日)/「カウンター・シグナリング」(2006年7月18日)

●Tyler Cowen, “Bargain in your pajamas, or blog in suit and tie”(Marginal Revolution, September 24, 2007)


本ブログの熱心な読者の一人であるJohan Almenbergから次のような質問を頂戴した。

くつろいだ気分だと仕事もはかどるということで仕事着と運動着(部屋着)との区別がなくなってきている(ラフな格好での勤務を認める会社が増えている)なんて話も聞きますが、どう思われますか?

シグナリングの誘惑もあって「全社員パジャマ」均衡もやがては掘り崩される。そういう仮説も考え得るところだ(ところで、少し変わっているのかもしれないが、私は運動着だとあまりくつろげなかったりする)。「出世欲の塊」たるジェイミー氏は同僚(職場のライバル)よりも少しでも見栄えをよくしようとしてネクタイを締める。そうなる可能性があるのだ。

社内でのシグナリング競争が行き過ぎて浪費が生じている。そういう場合もあるかもしれないが、シグナリングに伴う外部性を内部化するために打てる手はたくさんある。来客者が少ない職場だったり他社に用事で出かける機会が少ない職場だったりしたらシグナリングに伴う費用をできるだけ抑えるために就業規則に「これこれを着用すべし」との規定を盛り込む代わりに「これこれは着ちゃだめ」(例えば、ネクタイの着用を禁ず)との規定を盛り込んでみるというのもありだろう。Googleなんかは全社員に職場でラフな服装を身に付けるように求めているという話を聞いたことがあるが、そういう例は珍しいようだ。就業規則(の中の社内での服装に関する規定)を巧みにかいくぐろうとする「ごまかし」が発生する可能性も忘れるべきではないだろう。ネクタイの着用は禁じられていても「これは使える」という(着心地の悪い)Tシャツがどこかで売っているかもしれない。そうなればネクタイの代わりにTシャツという新たな(そして就業規則でその使用が禁じられていない)手段を使ってシグナルを送る社員も出てくることだろう。そんな「ごまかし」はどのくらい頻繁に見られるだろうね?

シグナリングどうこうとは別に、スーツとかを着て身なりをきっちりとしていた方が仕事がはかどるという人もいるかもしれない。(誰からも見られていないのに)スーツ姿にネクタイを締めてブログを書いているなんて例も身近に見つかるんじゃなかろうか?

正直なところ、職場での身なりに関して現実のデータにうまく当てはまるような理論は持ち合わせてはいない。服装を通じたシグナリングは時として社員のタイプを見分けるための有効な手段となり得るといったくらいのことは言えるかもしれない。「出世欲の塊」たるジェイミー氏はその他の同僚よりも出世したいとの思いが強く、会社のお偉方も社員の中で一体誰が出世願望が強いかを見分けたいと思っている。そういうことにでもなれば、会社としても社員が服装で自分をアピールしようとするのをやめさせたいとは思わないだろう。

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●Tyler Cowen, “Counter-signaling bleg”(Marginal Revolution, July 18, 2006)


「カウンター・シグナリング」の格好の例がどこかに見つからないかと探しているところだ。「カウンター・シグナリング」の典型とも言えるのは浮浪者みたいな身なりをしたお金持ちのケースだ。誰かの歓心を買う必要がないからこそできることだが、お金持ちのカジュアルな服装は社会的な地位の高さと「私にはボスなんていません」ということをシグナルする役割を果たしている。言うまでもないことだが、この均衡(カジュアルな服装が社会的な地位の高さのシグナルとして機能する状態)は模倣から完全に自由というわけではない(浮浪者みたいな格好は誰にでもできる)。それゆえ、カジュアルな服装が社会的な地位の高さを示すシグナルとして機能するとすれば、「この人は社会的な地位の高い人間だ」と周囲に思わせることのできる手段が他にもある場合に限られることだろう。

オタク気質のトッププログラマーは時として職場でネクタイを締めない。絶世の美女はあえて軽装するかもしれない。他に何かいい例はないだろうか? 「カウンター・シグナリング」を効果的に使えるのは神秘性の獲得に成功した人間。そういうことになるのだろうか? 「いい例を紹介してくれてありがとう」と前もって感謝しておくとしよう。

(追記)「カウンター・シグナリング」については過去にもこちらのエントリーで話題にしたことがある。あわせて参照されたい。

タイラー・コーエン 「あなたの一番の短所(弱点)は何ですか?」(2005年5月25日)/ アレックス・タバロック 「飛行機にゴルフボールは何個詰め込めるでしょう?」(2013年6月21日)

●Tyler Cowen, “Interview questions”(Marginal Revolution, May 25, 2005)


「就職面接でよく尋ねられるお決まりの質問がある。『あなたの一番の短所(弱点)は何ですか?』というやつだ」。どう答えたらいいものだろうか? The Volokh Conspiracyブログでオリン・カー(Orin Kerr)がそう問いかけている。

読者から寄せられた回答の中でもベストの答えはこれだろう。「クリプトナイトです」1

次点は「自己言及のパラドックス」を援用したこんな答えだ。「面接で嘘をつくことです」。

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●Alex Tabarrok, “Google Interview Questions”(Marginal Revolution, June 21, 2013)


Googleの面接試験で問われるという有名な質問(難問)のことはご存知だろうか? どうやらあの質問は無駄なようだ。Googleの人事部でシニア・バイス・プレジデントを務めるラズロ・ボック(Laszlo Bock)が次のように語っている

採用する側として言わせてもらうと、面接で難問を出すのはまったくの時間の無駄。そう悟りました。『飛行機にゴルフボールは何個詰め込めるでしょう?』 『マンハッタンにはガソリンスタンドはいくつあるでしょう?』 こんな類の質問を問うというのは時間の無駄でしかありません。そんな質問をしたところで応募者の能力は一切予測できません。何かしらの役割を果たしているとすれば、(難問を考え出した)面接官が賢い気分に浸れるくらいのものでしょうか。

その一方で、「(構造化)行動面接」法はかなり有効な手法です。この手法では個々の面接官に好きなように質問を出させるのではなく質問項目があらかじめ決められており、応募者の評価に一貫性が保たれるような仕組みになっています。

行動面接法が成果を上げるのは仮定の質問ではなくこんな感じの(実体験を問う)質問を投げかける場合です。『分析にてこずる難題に直面したけれど何とか解決できた。そのような実例についてお教えいただけませんか』。行動面接法では応募者に実体験について語ってもらうことになるわけですが、応募者の回答を細かく検討していくと二種類の情報が得られることになります。そのあたりが行動面接法の興味深いところですが、まず第一にその応募者が(仮定の状況ではなく)現実に遭遇した状況の中でどう振る舞ったかについての情報が得られます。そして第二に非常に貴重な「メタ情報」が得られることにもなります。どういうことかというと、その応募者が一体何を「難しい」と考えているかについても知れるわけです。

  1. 訳注;クリプトナイトというのはスーパーマンが苦手とする鉱物。「弱点はクリプトナイトです」と答えることで「私はスーパーマン(あるいはクリプトン星人)です」と仄めかそうとしているわけである。 []

タイラー・コーエン 「時刻がわからない時計 ~ヴェブレン財は至る所にあり?~」(2008年5月2日)/「ステータスシンボルとしての矯正装置」(2013年1月6日)

●Tyler Cowen, “Markets in everything, Thorstein Veblen edition” (Marginal Revolution, May 2, 2008)


時刻がわからない(針のない)時計、そのお値段何と30万ドル(およそ3400万円)。

時刻を教えてくれる時計なら誰でも買えるが、時刻がわからない時計となると買えるのは見る目のあるお客だけだ。(件の時計を発売した時計メーカーの最高経営責任者である)イヴァン・アルパ氏はそう付け加えた。

そして一番のニュース。件の時計は発売開始から48時間で完売したという。

この情報を寄せてくれたのはDarren Kleinだ。感謝。

(追記)ボルヘス(Jorge Luis Borges)がヴェブレンについて次のように語っていたことを思い出す。「もう何年も前の話になるが、ヴェブレンの『有閑階級の理論』を何かのきっかけでたまたま読んだことがある。その時は風刺作品かなんかだろうと思いながら目を通したものだ。名のある社会学者の処女作だと知ったのは後になってからのことだ」。

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●Tyler Cowen, “Signaling markets in everything: fashion braces”(Marginal Revolution, January 6, 2013)


東南アジアで暮らす十代の若者たちが100ドルを超える大金を出してでも手に入れようと群がっているのが「ブラック・マーケット・ブレース」と呼ばれる偽物の(歯の)矯正装置だ。偽物なので歯の矯正には使えない。ファッショングッズの一つとして役立てられている。・・・そしてステータスシンボル(富と地位の象徴)としても。米国だと歯に矯正装置をはめるというのはダサいと見なされるかもしれないが、バンコクだとかでは事情が違う。バンコクだと歯科に通って本物の矯正装置をはめてもらおうとすると1200ドル近くはかかる。歯の治療は普通の庶民には手が届かない贅沢なのだ。そういう事情もあって、矯正装置は(東南アジアの一部の地域において)思わぬかたちでステータスシンボル(富と地位の象徴)としての役目を担うに至っているのだ。

全文はこちらDaniel Lippman経由で知った情報)。関連する話になるが、香港では場所によって駐車場代がかなりの高額にのぼるところもあるようだ(同じくDaniel Lippman経由で知った情報)。

フランシス・ウーリー 「見せびらかしの政治」(2011年4月7日)

●Frances Woolley, “Conspicuous Politics”(Worthwhile Canadian Initiative, April 07, 2011)


今日のことだ。外を出歩いているとスノードロップだとかクロッカスだとかが植えられているきれいな庭のある家のそばを通り過ぎたのだが、その家には「緑の党」支持者であることを示すローンサイン(立て札)もあわせて掲げられていた。しばらく歩くと今度は玄関の前の柵に自転車をつなぎとめてある家の前を通り過ぎた。その家には「新民主党」(NGP)支持者であることを示すローンサインが掲げられていた。さらに先へと歩を進めると手入れの行き届いている庭のある家の前にたどり着いた。その家には「カナダ自由党」支持者であることを示すローンサインが掲げられていた。

ジェフリー・ミラー(Geoffrey Miller)の『Spent』(邦訳『消費資本主義!:見せびらかしの進化心理学』)は住まいの様子とその中で暮らす住人の政治信条(どの政党を支持するか)との間のつながりについていくばくかの光を投げかけてくれる。ミラーは本書で「見せびらかしの消費」(誇示的消費)に関する古くからある理論に最新の心理学の知見を融合させている。私たちの消費選択(購買行動)は「私はこういう人間です」(人となり、性格)ということを周囲に対してシグナルしようとの衝動によって突き動かされている。ミラーはそう語る。そして人間の性格(パーソナリティ)は以下の六つの特性(Central Six)に還元できるという。すなわち、一般知能(g因子)(general intelligence)、開放性(openness)、誠実性(conscientiousness)、調和性・協調性(agreeableness)、情緒安定性(stability)、外向性(extraversion)の六つである。 [Read more…]

タイラー・コーエン「ジェフリー・ミラーの『消費資本主義!』についてもう少し」

[Tyler Cowen, “More on the new Geoffrey Miller book, *Spent*.” Marginal Revolution, May 3, 2009]

このあたりが典型的な箇所だ:

性的特徴も,中核6項目[性格特徴]でうまく予測される.(…)社会的性行動傾向が強く,開放的で,衝動的で,利己的な人たちは,時間とエネルギーを「子育て労力」よりも「配偶労力」に投資する傾向がある:つまり,この人たちは既存の関係でできた子供を育てることよりも優先して,つねに新しい性的パートナーを追い求めているわけだ.他方で,「制限された」社会的性行動傾向をもつ人たち(純潔・貞操を重視する人たち,結婚生活に満足している人たち)は,性的パートナーの数が少なく,不倫・浮気率が低く,堅実性と同調性が高く, 開放性と外向性は低い.

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フィリップ・ノヴォクメト, トマ・ピケティ, ガブリエル・ザックマン 「ソヴィエトから寡頭制へ: ロシアの格差と財産 1905-2016」(2017年11月9日)

Filip Novokmet, Thomas Piketty, “Gabriel Zucman, From Soviets to oligarchs: Inequality and property in Russia, 1905-2016“, (VOX, 09 November 2017)


 

1990-1991年のソヴィエト連邦崩壊以降、ロシアは経済的にも政治的にも劇的な変貌を遂げた。だが、そこから所得と財産の分配にどのような帰結が生じたかについては十分に実証・解明されていないのが現状である。本稿は、諸般の利用可能なデータ資料を結合し、ロシアにおける所得と財産の集積・分配について、ソヴィエト時代から今日に至るまでの一貫した時系列を提示しようという試みである。

ソヴィエト連邦崩壊以降、ロシアは経済的にも政治的にも劇的な変貌を遂げた。この類まれなる出来事のために、ロシアの事例研究は格差研究アジェンダにおける喫緊の課題のひとつとなっている。ソヴィエトの平等主義的なイデオロギーの破綻、市場経済への 「ビックバン」 的な移行、あるいは所謂 「寡頭制」 の出現といったエピソード (Guriev and Rachinsky 2005) の枚挙に暇ないロシアにおける格差パターンを紐解けば、格差の力学において政治・制度機関・イデオロギーがはたす役割の解明に、新たな展望が開けてくるかもしれないのだ。同時に近年の格差拡大は、収斂論的言説の文脈で、包摂的成長の可能性に目配りをしつつ考察してゆく必要もある。

われわれの最近の論文は、格差の測定と、既存の資料群の結合をとおしロシアにおける格差の軌跡を歴史的・国際比較的な展望に位置付ける手法の説明にフォーカスしたものである (Novokmet et al. 2017)1。結果、公式の格差推定値はロシアにおける所得の局在を大幅に過小評価するものであることが判明した。論文ではさらに、ポスト-ソヴィエト期のロシアにおける私有財産・公有財産・国有財産 (private, public, and national wealth) をとらえた完全なバランスシートとしては初となるものを提示した。ここにはオフショア財産の推定値も含まれている。なお同論文は、諸国間で比較可能な分布統計の作成をめざすより大きなプロジェクトの一部をなす (Alvaredo et al. 2016)。

ロシアにおける私有財産の勃興

1990年から2015年にかけて発生した大変化といえば、もちろん共産主義から資本主義への移行、すなわち公有財産から私有財産への移行だ。1990年、ネットの国有財産は国民所得の400%を僅かに上回っていた。その内訳は、ネットの公有財産が約300% (およそ四分の三)、ネットの私有財産が100%を少し上回る程度 (四分の一) となる。2015年、この比率は基本的に逆転している: ネットの国有財産は国民所得の450%に達し、その内訳は、ネットの私有財産が350%超を占め、公有財産は100%未満となっている (図1)。公有財産の劇的な落ち込みは、1990年から1995年にかけての数年間のうちに起きたもので、続いて所謂 「ショック療法」 とバウチャー方式の民営化が行われた。

図1 1990-2015年のロシアにおける公有財産と私有財産 (国民所得の%で表示)

私有財産の勃興にさいして住宅が担った決定的な役割の発見が、ここでひとつの鍵となる (図2)。私有住宅は、国民所得の50%に満たない1990年当時の水準から出発し、2008-2009年には国民所得の250%に増加、その後2015年になると国民所得の約200%に減少した。この上昇は、住宅私有化による大規模な移転に由来する数量効果、そして不動産価格の上昇が誘発した価格効果、これら双方の結果だった2

だがとりわけ印象的なのは、ロシアの家計が所有する金融資産について記録されている水準が非常に低いものとなっている点である。家計の金融資産は1990-2015年期間をとおし、つねに国民所得の70-80%を下回る水準にあった。それどころか、国民所得の50%に満たないことさえしばしばだった。事実上、ロシア企業の民営化が家計金融資産の有意な長期的上昇にまったくつながらなかったかの如くである。もっとも、最初期に発生した金融資産の減退は想定内のものだった。それはソヴィエト時代の貯蓄が1990年代初頭のハイパーインフレーションにより、文字通り真っさらにされた時期にあたる。またもっと一般的な話として、1990年代のカオス的な貨幣・政治状況のさなかにあっては、市場価値でみた家計金融資産が1990年代の中ごろから後半になるまでずっと相対的に低く留まっていたとしても驚くにはあたらない、との立論も可能だろう。したがって理解が比較的難しいのは、こうした極端に低い価格がその後もしぶとく生き延びたこと、具体的にいえば1998年から2008年にかけてロシア株式市場ブームが発生していたのにもかかわらずそうなったこと、この点なのだ。

この矛盾については、極一部のロシア家計が、オフショア財産、すなわちオフショアセンターにある記録されていない金融資産を、極めて大量に保有している事実によりもっぱら説明される、というのがわれわれの見解である。具体的にいえば、1990-2015年期間のきわめて大きな貿易黒字 – もっぱら石油とガスの輸出が牽引 – と、比較的限られていたネットの対外資産蓄積とのあいだに、大きなギャップが存在するのである。われわれのベンチマーク指標の推定値によると、オフショア財産は1990年から2015年にかけて徐々に増加し、2015年までに国民所得の約75%、すなわちロシア家計のもつ金融資産で記録されているものとほぼ同額を占めるようになる。つまり、富裕なロシア人が国外 – 英国・スイス・キプロス・その他類似のオフショアセンター – に保有する金融資産は、ロシア国内でロシア全人口が保有する金融資産に匹敵するのである。さらにいえば、富裕なロシア人がオフショアに保有する財産は、ネットの外貨準備として公式に示されている値の約3倍にもなる。

図2 ロシアにおける私有財産の上昇 1990-2015 (国民所得の%で表示)

国際的に比較すると、ロシアにおける財産総計の変転は – 中国や旧共産主義国のそれと同じく – 1970-1980年代以降すべての発展国で実証されてきた一般傾向が極端化したケースと見做しうる。こうした一般傾向のなかでも特筆すべきは、やはり国民所得にたいする私有財産の一般的な上昇であり、これに付随した公的所有の凋落である (Piketty and Zucman 2014, Piketty 2014)。ロシアでは、私有財産が国民所得にたいして尋常ならぬ増加をみているが、その比率は2015年時点で 「たったの」 350-400%程度の大きさであり、これは中国や西欧諸国の水準とくらべると目だって小さい (図3を参照)。ロシアの私有財産におけるオフショア財産に関する我々の推定値を組み入れなければ、ギャップはこのうえさらに大きくなるだろう点も強調しておこう。くわえて、ロシアの私有財産の増加は、国有財産 – 私有財産と公有財産の合計 – が国民所得にたいしてほとんど増加していない (1990年の400%から、2015年の450%になった程度) という意味で、ほぼ公有財産のみを対価に購われた (図1)。これと対照的なのが中国の国有財産で、こちらは2015年までに国民所得の700%に達している。

図3 私有財産の上昇: ロシア vs. 中国および富裕国 (私有財産、家計) (国民所得の%で表示)

ロシアにおける所得格差の拡大

われわれは、国民経済計算・サーベイ調査・長者番付・財政データを結合することで、新たな所得分布時系列を構築した。管見の及ぶかぎり、ロシアの国民所得税表を利用しつつ公式のサーベイ調査準拠格差推定値を修正する試みとしては、これが初のものである。結果、サーベイ調査が1990年以降の格差の上昇を大幅に過小評価していることが判明した。われわれのベンチマーク指標にもとづく推定値によれば、トップ10%の所得シェアは、1990-1991年の25%未満から、2015年までに45%超に上昇している。またトップ1%の所得シェアも、同移行開始時における5%未満から、およそ20-25%に上昇した (サーベイ調査の示唆するところではおよそ10%)。次の点もここで指摘しておく価値があるだろう。すなわち、この尋常ならぬ上昇はボトム50%の所得シェアの大規模な暴落と同時に起きていたのである。こちらのシェアは、1990-1991年における全所得の約30%から、1990年中ごろには10%未満に下落、その後徐々に回復し2015年までに約18%となった。

われわれのベンチマーク推定値に従うと、1989-2016年期間を全体として考慮した場合、成人ひとりあたり平均でみた国民所得は41%分増加していたことになる。つまり一年あたり1.3%だ。先ほど言及したように、所得集団の違いによりそれが経験してきた成長も大きく異なる。ボトム50%の所得層ではきわめて小さな成長の恩恵しかなく、あるいは負の成長を被った場合もあるほどだが、ミドル40%には、相対的に慎ましくはあるが正の成長があり、トップ10%ともなるときわめて大きな成長率を享受している (図4を参照)。

図4 パーセンタイルごとにみた1989-2016年のロシアにおける累積実質成長

長期的に見ると、ロシアにおける所得格差の変転は、20世紀をとおし西欧で観察された長期にわたるU字型パターンが極端化したものに見える (図5)。所得格差はツァーリ時代のロシアにおいて大きかったが、その後ソヴィエト期をとおして非常に低い水準に落ち、最後にソヴィエト連邦崩壊をへてふたたび非常に高い水準に舞い戻った。トップの所得シェアはいまや合衆国で観測されている水準に近い (あるいはそれを上回る)。他方、ロシアにおける格差の拡大は中国や東ヨーロッパのその他の旧共産主義国とくらべてもかなり激しかった4。図6には共産主義崩壊後にみられたトップ1%所得シェアを、ポーランド・ハンガリー・チェコ共和国と比較したものだが、ロシアのそれが他国から顕著に分岐していることが見て取れる5。

図5 トップ10%の所得シェア: ロシア vs. 合衆国およびフランス

図6 トップ1%の所得シェア: ロシア vs. 東欧諸国

まとめると、われわれの新たな発見はロシアにおける極端な格差水準、そしてレントに依拠した資源への長期的な集中を浮き彫りにした – これは持続可能な発展・成長を作るのにうってつけの材料ではないだろう。とはいえ、データへのアクセスと金融的透明性の問題でロシアにおける格差の力学を適切に分析することがきわめて難しくなっている点は、ここで強調しておきたい。われわれはもっとも信憑性のある手法を用いつつ、現存する諸般のデータ資料を結合するために出来るかぎりのことをした。しかし利用可能な生データの質はとても十分とはいえない水準に留まっている。本研究は目下進行中のプロジェクトであり、したがって将来より洗練された方法が構想され、より優れたデータ資料が (願わくば) 利用可能となれば、本稿で報告したロシアの時系列データが改良されるだろうことは疑いない。

参考文献

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Atkinson, A B and J Micklewright (1992), Economic transformation in Eastern Europe and the distribution of income. Cambridge University Press

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Bukowski, P and F Novokmet (2017), “Top Incomes during Wars, Communism and Capitalism: Poland 1892-2015”, LSE III Working Paper 17.

Garbinti, B, J Goupille and T Piketty (2017), “Income Inequality in France, 1900-2014: Evidence from Distributional National Accounts (DINA)”, WID.world Working Paper 2017/04.

Guriev, S and A Rachinsky (2005), “The Role of Oligarchs in Russian Capitalism”, Journal of Economic Perspectives, 19(1): 131-150.

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Milanović, B (1998), Income, Inequality, and Poverty During the Transition from Planned to Market Economy. Washington DC: The World Bank.

Milanović, B and L Ersado (2010), “Reform and inequality during the transition: An analysis using panel houshold survey data, 1990-2005”, UNU-WIDER, 2010/62

Novokmet, F, T Piketty and G and Zucman (2017), “From Soviets to Oligarchs: Inequality and Property in Russia, 1905-2016”. NBER Working Paper 23712

Novokmet, F (2017), “Between Communism and Capitalism: essays on the evolution of income and wealth inequality in Eastern Europe 1890-2015 (Czech Republic, Poland, Bulgaria, Croatia, Slovenia and Russia)”, PhD Dissertation, PSE

Piketty, T (2014), Capital in the 21st century. Harvard: Harvard University Press

Piketty, T, E Saez and G Zucman (2016), “Distributional National Accounts: Methods and Estimates for the U.S.”, WID.world Working Paper

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Roland, G (2000), Transition and Economics: Politics, Markets and Firms. Cambridge, MA: MIT Press.

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Zucman, G (2015), The Hidden Wealth of Nations. Chicago: University of Chicago Press

原注

(1) 本方法論はすでに、合衆国 (Saez and Zucman 2016, Piketty et al. 2016)、フランス (Garbinti et al. 2016, 2017)、中国 (Piketty et al. 2017) における実用例がある。

(2) 住宅私有化の分配的効果については Yemtsov 2008を参照。

(3) 年間キャピタルフライトに関する本推定値は、国際収支におけるネットの誤差遺漏、および資本移転アウトフローの合計として算出したものである。そのうえで、年度あたりのキャピタルフライトを、収益率 (rates of return) に関するいくつかの仮定を置きつつ累計した。オフショア財産の重要性一般についてはZucman (2015) を参照。

(4) 社会主義政権期およびその後の移行期における東ヨーロッパの所得格差に関しては、数多くの研究がなされている (例: Atkinson and Micklewright 1992, Milanović 1998, Milanović and Ersado 2010, Flemming and Micklewright 2000など)。

(5) ポスト-共産主義期のロシアと中央ヨーロッパ諸国にみられた分岐的な格差パターンの底にある主因としては、制度的分岐 (たとえば後者の事例においてヨーロッパ連合がはたした 「制度的アンカー」 など) が挙げられることが多い (例: Berglof and Bolton 2002, Roland 2000)。

サイモン・レン=ルイス「バーナンキと民主的ヘリマネ」(2016年5月4日)

Simon Wren-Lewis, “Ben Bernanke and Democratic Helicopter Money, (Mainly Macro, 4 May 2016)

「責任のある政府は文字通りお金を空から降らしたりはしないが、その事実を持ってフリードンマンの思考実験の理論を探求することを妨げてはならない。フリードマンの思考実験とは、極端に明確な形で、政府がデフレに屈してはならないのはなぜかという理由を示すために考えられたものだからだ。」 [Read more…]

マーク・ソーマ 「完全雇用の政治的側面」(2010年7月17日)

●Mark Thoma, ““Political Aspects of Full Employment””(Economist’s View, July 17, 2010)


「時は巡る」といったところか。メールで教えてもらったのだが、カレツキ(Michal Kalecki)の1943年の論文の一部を以下に引用しておこう。

“Political Aspects of Full Employment”(「完全雇用の政治的側面」) by Political Quarterly, 1943:

【IV節】3. ・・・(略)・・・不況(スランプ)下においては、大衆からの要求もあって(あるいはそのような要求がない場合でさえも)、大量失業の発生を防ぐことを意図して国債を財源とした公共投資(市中からの借り入れを通じた財政出動)が試みられることだろう。しかしながら、スランプが去ってブーム(好景気)が到来した後もなお高水準の雇用を保とうとして公共投資が続けられる(そのために国債の発行が続けられる)ようであれば、産業界のリーダー(経営陣)たちの間から強い反対の声が上がることだろう。1

・・・(中略)・・・

かような状況下では大企業と金利生活者との間で強力な同盟関係が築かれる可能性があるし、「ブームが到来してもなお公共投資を続けるというのは明らかに不健全だ」と公言して彼ら(大企業と金利生活者)の後ろ盾となってくれるような経済学者も何人か出てくることだろう。公共投資の継続に抵抗する勢力(とりわけ政府に対して強い影響力を持つ大企業)の圧力もあってやがて政府は十中八九の確率で「財政赤字の削減」という伝統的な政策へと舵を切ることになるだろう。その結果として再びスランプがやってくることだろう。・・・(略)・・・

このような政治的景気循環の発生は単なる可能性の話にとどまるわけではない。1937~38年のアメリカで瓜二つの事態が起きているのだ。アメリカでは1937年の下半期に入ってそれまで続いていたブームが一気に冷え込むことになったが、その原因は政府が財政赤字を急速に削減しようと試みたことに求められるのだ。・・・(略)・・・ [全文はこちら(pdf)]

  1. 訳注;この後に次のような文章が続く。「前にも指摘したように、完全雇用がいつまでも続くというのは産業界のリーダーたちの好むところではない。というのも、完全雇用が当たり前の状況となると労働者たちは〔強気の姿勢で賃上げや労働条件の改善を求めるなどして〕『手に負えなくなる』だろうし、『産業の統率者たち』(産業界のリーダー)の生きがいでもある『労働者に規律を教え込む』という機会が〔クビにするという脅しの効力が薄まるために〕失われることにもなるだろうからである。さらには、景気が上向くとそれに伴って物価も上昇することになるが、そうなる(インフレが生じる)と大小の金利生活者は損を被ることになる。そのため金利生活者たちは『ブームを煙たがる』ことだろう」。この直後に(中略)以下の文章(「かような状況下では大企業と金利生活者との間で強力な同盟関係が築かれる可能性があり、~」)が続くことになる。 []