経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

アレックス・タバロック 「労働、所有権、ジョン・ロック ~あなたが雪かきしてできた駐車スペースは誰のもの?~」(2010年2月10日)

●Alex Tabarrok, “John Locke in Washington”(Marginal Revolution, February 10, 2010)


猛吹雪(スノーポカリプス)の中から愛車をやっとのことで救い出した市民の前には何とも厄介な別の道徳上のジレンマが立ち塞がることになる。火花散るひと悶着を引き起こしかねないジレンマだ。道路脇に停めていた愛車を「氷の墓」から(せっせと雪かきして)救い出したとしよう。あなたが雪かきした後にできるそのスペース(車一台分の駐車スペース)は一体誰のものなのだろうか? 太陽が道路脇の雪を溶かしてしまうまでは「あなたのもの」(あなたの愛車を停めてもよい駐車スペース)なのだろうか?

ワシントンの冬は比較的穏やかなことが多く、そのためもあって前述の疑問への解答を与えてくれるような吹雪時のマナーはワシントン市民の間で定着するに至っていない。

それとは対照的なのが(吹雪に見舞われるのが珍しくない)ボストン。ボストン市では雪かきという重労働の見返りを手にする権利が法律で擁護されているのだ。あなたが(道路脇に停めていた)愛車を「氷の墓」から雪かきして救い出したとしよう。そして雪かきした後にできたスペースに椅子だとかの目印を置いて「あなたのもの」(あなたの駐車スペース)であることを示す。ボストン市の条例ではそうする権利が認められているのだ。仕事に行くためにその場(雪かきした後にできたスペース)を離れている間もそのスペースに目印を置いてその場を「あなたのもの」とする権利が少なくとも2日間は認められているのである。

ワシントン・ポスト紙の記事より引用(ドナルド・マロン経由で知ったもの)。

(追記)フレッド・マケズニー(Fred McChesney)がこちらの論説で「雪かき」という労働に焦点を当ててそこから「所有権」に関する一般的な教訓を引き出している。

アレックス・タバロック 「偽りの安全に伴う高い代償」(2012年11月20日)

●Alex Tabarrok, “The High Price of False Security”(Marginal Revolution, November 20, 2012)


チャールズ・ケニー(Charles Kenny)がブルームバーグに大変優れた記事を寄稿している。テーマは「9・11」以降の米本土のセキュリティ問題だ。

アメリカ国内ではテロの脅威に比べると不釣合いなほどテロへの関心(注目度)が高い。イスラム過激派によるテロに関しては特にそうだ。「9・11」から2010年終盤までの間にアメリカ国内では15万件の殺人事件が発生しているが、そのうちでイスラム過激派が関わっている事件の数は3ダース(36件)に満たない。ジョン・ミューラー(オハイオ州立大学)とマーク・スチュアート(ニューカッスル大学)の二人の共同研究によると、アメリカで暮らす市民がテロ事件に巻き込まれて命を落とす確率は2000年以降に関しては350万分の1と見積もられている。アフガニスタンやイラクといった紛争地帯を除いた話で言うと、2000年以降にイスラム過激派によるテロで命を落とした人の数は全世界で200人~400人程度だ。ミューラーが2011年の論文(pdf)で指摘しているように、200人~400人と言えばアメリカ国内で一年間に浴槽で溺死する人の数とそう変わらない。

・・・(中略)・・・

ニューヨーク・タイムズ紙が報じているが、アメリカが「9・11」で被った直接的・間接的なコスト額の推計の一つによると、テロ攻撃によって直接生じた「物理的被害」の額は550億ドル、経済活動に生じた損害の額は1230億ドルとのこと。その一方で、国内のセキュリティ強化や反テロ対策のための出費にイラクやアフガニスタンでの戦争に伴う出費を加えると総額で3兆1050億ドルに上るというのだ。

マシュー・イグレシアス(Matthew Yglesias)も鋭い指摘をしている

運輸保安庁(TSA)だとかFBIだとかCIAだとかといったそっち方面のお偉方に是非とも仲良く協力してやってもらいたいことがある。空港でのセキュリティチェックを一切やらずに搭乗客も手荷物も保安検査場を素通りできていたとしたら一体どれだけの数の飛行機が自爆テロの道具として使われることになっていたと思うのかその推計結果をまとめてもらいたいのだ。推計方法の一つとしては例えばこんなのがある。民間航空機の安全性がアメリカ国内を走る平均的な路線バスのそれと同じ程度だったとしたら、民間航空機は路線バスと同じくらいの頻度で自爆テロの餌食となることだろう。では、アメリカ国内で路線バスが自爆テロの餌食となった例はというと・・・ゼロ件だ。テロリストは飛行機を爆破することに特別なこだわりを持っているとかいう意見を耳にしたことがあるが、「どうだろうねえ」というのが個人的な感想だ。そう遠くない昔の話だが、イスラエルはバスを使った自爆テロに何度も悩まされてバスのセキュリティを強化する対策を講じる必要性に迫られた。しかし、かつてのイスラエルのように我が国でもバスのセキュリティを強化するために何かやられているかというとそういうわけでもない。それにもかかわらず、アメリカ国内の路線バスがテロリストによって爆破されずにいるのはなぜか? 路線バスであれ飛行機であれ何であれ爆破しようと企てている輩が誰一人としていないからだ。少なくともそういう可能性は否定できないだろう。

セキュリティ強化に伴う代償として金銭的なコストの他にもあれやこれやも付け加えたいところだ。例えば、「自由」(civil liberties)の制限(喪失)。政府による監視やセキュリティチェック(全身のスキャンに身体検査)に悲しくも馴れつつある大衆。数年前に独立記念館を訪れた時にも漏らしたように、寝ずの番(絶えざる監視)の代償は自由(の喪失)なのだ。

アレックス・タバロック「カナダさん、有償の血漿を禁止しない方がいいよ」

[Alex Tabarrok, “Dear Canada: Don’t Ban Paid Blood Plasma Donation,” Marginal Revolution, on January 17, 2018]

アメリカは、血漿の OPEC と呼ばれている。何億ドル相当もの血漿を他国に輸出しているからだ。どうして血漿業界でアメリカがこれほど独占的になっているんだろう? なぜなら、アメリカではドナーにお金を払うのが合法だからだ。対価を払えば、ドナーからの供給は増える。カナダだと、州によって有償での献血が許されているところもあるけれど、カナダ人が利用する血漿の8割はアメリカからの輸入ものだし、さらに悪いことに、州によっては有償での献血を禁止していたり、これから禁止しようか検討中だったりする。こうした禁止に反対するすばらしい書簡が公開されている:
[Read more…]

アレックス・タバロック 「空港警備の国営化の帰結やいかに?」(2005年4月27日)

●Alex Tabarrok, “Airport Security”(Marginal Revolution, April 27, 2005)


拙著である『Changing the Guard』の中で次のように書いた。

「政府の関与を増やす必要がある」。「9・11」(同時多発テロ)事件の直後に市民の多くはそう思い込み、その結果としてテロ事件が発生してからわずか2ヵ月後には航空安全法(ATSA)が上下両院で可決されて空港警備が国営化されることになった1。しかしながら、9月11日当時の空港警備は割り当てられた任務――爆弾や違法な武器の機内への持ち込みを阻止する――をやり損なったわけではない。そのことを踏まえると、連邦政府職員が保安検査を受け持ったところで安全強化につながるかというと何とも判断し難いところだ。

テロの経験が深い国の筆頭と言えばイスラエルだが、テルアビブにあるベン・グリオン国際空港では保安検査業務の主要な部分を民間の警備会社が請け負っている。ヨーロッパでは空港の民営化が進んでおり、空港全体が民間企業によって運営されるケースが増えている。例えば、アテネやコペンハーゲン、フランクフルト、ロンドン、ローマ、ウィーン、チューリッヒといったヨーロッパの都市にある主要な空港は民間の営利企業によって運営されている。政府は空港の運営に一切関与していないというわけではないが、あくまでも民営刑務所のケースと同じような立場にとどまることをよしとしている。すなわち、許容可能な最低限の目標を定めて(空港の運営を引き受けている)民間企業にその達成を求め、民間企業のパフォーマンス(成果)を計測・評価するのに専念しているのだ。

[Read more…]

  1. 訳注;航空安全法により運輸保安庁(TSA)が新設され、それまでは民間の警備会社が請け負っていた空港の保安検査業務を運輸保安庁(TSA)が全面的に引き継ぐことになった。運輸保安庁(TSA)に勤務する連邦政府職員が乗客の保安検査を受け持つようになったわけである。 []

アレックス・タバロック 「空港警備は何を物語る?」(2013年6月5日)

●Alex Tabarrok, “Airport Security Signals”(Marginal Revolution, June 5, 2013)


ラルス・クリステンセンが空港警備にまつわる理論〔拙訳はこちら〕を開陳している。

・・・(略)・・・空港の保安検査場で無愛想な役人みたいな職員に出くわしたとしたらその国で開業するには(規制が多いために)手間がかかる可能性が極めて高い。空港警備のあり様はその国の政府規制の厳重さの程度を測る物差しになるように思われるのだ。アメリカの空港で米運輸保安庁(TSA)の職員に出くわすたびにアメリカの長期的な成長見通しについて大いに悲観的になってしまうのもそのためだ(ウクライナにしても同様)。公共部門の規模が大きいにもかかわらずスカンジナビア諸国の経済は「順調な歩み」を続けるに違いないと私が考えるのもこの理論が後ろ盾となっている。

そんなわけでワルシャワ・ショパン空港で愛想もよくて仕事の手際もいい保安職員に出迎えられた時は嬉しい驚きを覚えたものだ。私の理論が正しいとすれば、ワルシャワ・ショパン空港の空港警備の変貌ぶりはポーランド経済が「成熟期」を迎えて政府規制も緩められつつある(規制緩和が進んでいる)証拠でもあるということになろう。朗報だ。ポーランド経済の長期的な成長見通しを上方修正しようかな。そう考えているところだ。

「自分ひとりだけでおばあちゃんの家まで行ける?」 つい最近のことだが我が子(息子)にそう尋ねてみたことがある。「おばあちゃんの家」はカナダのビクトリア市(ブリティッシュ・コロンビア州の州都)にある。飛行機も難なく乗れるし、カナダへの入国も造作ないとの返答。「でもね」と付け加える息子。「アメリカに戻ってくる時に空港で保安検査するおじさん達が怖いんだ」。ちなみに我が息子はアメリカ人だ。

アレックス・タバロック&タイラー・コーエン 「空の旅に潜む『裁定機会』」(2013年9月24日、2015年6月7日)

●Alex Tabarrok, “Venezuelan Arbitrage”(Marginal Revolution, September 24, 2013)


予約が殺到して出発の何ヶ月も前に完売するベネズエラ発の飛行機のチケット(航空券)。しかし、いざ出発という段になると席は半分くらいしか埋まっていないことが多い。なぜ? ベネズエラ政府は「1ドル=6.3ボリバル」の固定為替レート(公定レート)を採用している(2013年9月時点の話)が、闇市場ではドルとボリバルは「1ドル=42ボリバル」近辺の比率(闇レート)で交換されている。ベネズエラ国内ではドルとボリバルを公定レートで交換できる特権はごく限られた人間にしか認められていないが、例外がある。ちゃんとした航空券を持っていれば誰でも公定レートでボリバルとドルを交換できるのだ1。まずは航空会社に予約を入れて航空券を手に入れる。次に航空券を携えて公定レートでボリバルとドルを交換する(ボリバルを手放してドルと交換してもらう)。そして闇市場でドルとボリバルを交換する(ドルを売ってそれと引き換えにボリバルを手に入れる)。するとあら不思議。手持ちのボリバルがあっという間に増殖しているというわけだ2ロイターの報道に耳を傾けるとしよう。 [Read more…]

  1. 訳注;海外旅行に出かける出国予定者に限って公定レートでの両替(ボリバルとドルの交換)が認められているという意味。 []
  2. 訳注;まずは公定レートで6.3ボリバルと1ドルを交換して次に闇レートで1ドルと42ボリバルを交換する。あっという間に6.3ボリバルが42ボリバルに化けることになる。 []

アレックス・タバロック「イルカの資本理論」

[Alex Tabarrok, “Dolphin Capital Theory,“ Marginal Revolution, January 10, 2018]

『ガーディアン』紙》(…)イルカのケリーは、なかなかの評判を立てている。同施設にいるすべてのイルカは、プールに落ちたどんなゴミでもとっておくように訓練されている。あとで飼育員がやってきたらそのゴミをご褒美の魚に交換してもらえるのだ。こうすることで、イルカたちはプールをつねにキレイに保つお手伝いをしている。
[Read more…]

アレックス・タバロック「集団的行動がイノベーションを殺す」

[Alex Tabarrokon, “Collective Action Kills Innovation,” Marginal Revolution, January 4, 2018]

オレゴンで新しい法案が通った。田舎のガソリンスタンドにセルフ給油を許す法案だ(一部の田園部では夕方6時から翌朝6時までしか許されていないのだ) みんなも耳にしたことがあるだろうけど、こういう風に馬鹿げた規制を中途半端に緩和したことで、オレゴン人のあいだに困惑と懸念が生じている。
[Read more…]

アレックス・タバロック 「観光ビザの海外旅行抑止効果」(2013年7月30日)

●Alex Tabarrok, “The High Costs of Travel Visas”(Marginal Revolution, July 30, 2013)


アメリカ人は幸運だ。というのも、ヨーロッパや南アメリカの国々の大半は観光目的で入国してくるアメリカ人にビザの取得を求めなくなっている(ビザなしでの入国を認めるようになった)からだ。しかしながら、海外からの入国者にビザの取得を求めて国境の内側に足を踏み入れにくくしている国はまだかなりの数に上る。驚かされるばかりだ。海外からの訪問客なんてまっぴら御免だという国も中にはあるだろうが、インドのような国――観光業に大きく頼っている民主主義国――までもが観光でやってくる入国者に手間と時間のかかるビザの取得を求めているのだ。ロバート・ローソン(Robert Lawson)&ソーラフ・ロイチョードリー(Saurav Roychoudhury)の共著論文(pdf)での推計結果によると、海外からの入国者にビザの取得を求めることに伴うコストはかなりの大きさになる可能性があるらしいのだ。

本論文では観光ビザの取得要求が海外旅行を抑止する効果を検証するが、その検証にはローソン&レムケ(2012)によって作成された観光ビザに関するデータベースと世界銀行および国連世界観光機関(UNWTO)によって蒐集されている海外旅行者数のデータを利用する。本論文での検証結果によると、ある国が海外からの入国者に求める観光ビザの取得要件の厳しさ(を測る指標)が1標準偏差だけ増すと、その国への外国人旅行者の総数は30%減少する傾向にある。任意の二国間(A国とB国)に話を限定すると、A国がB国からの旅行者に求める観光ビザの取得要件の厳しさ(を測る指標)が1標準偏差だけ増すと、A国を訪れるB国の旅行者の数は70%減少する傾向にある。海外からの旅行者に観光ビザなしでの入国を認めるようにすればそれに伴ってかなりの大きさの便益が生み出される可能性がある。

1914年以前には「パスポートもいらなければその他の形式的な手続きも一切抜きで」世界の大部分を旅して回れた。ケインズも(『平和の経済的帰結』の中で)そう書いていたものだが、そんな時代がまたやってきてほしいものだ。

アレックス・タバロック 「インドを訪れる観光客の数が思いのほか少ないのはなぜ?」(2017年3月30日)

●Alex Tabarrok, “Why Does India Have So Few Tourists?”(Marginal Revolution, March 30, 2017)


インドは観光地(観光サービスの供給者)として大いに有利な立場にあるが、その割にはインドの観光産業の規模はかなりこじんまりとしている。インドは持てる力を発揮し切れておらず、その持てる力を存分に発揮できていたら獲得できたはずの何百億ドルにも及ぶ外貨をみすみす見逃してしまっている。それだけの外貨があれば何百万もの民を貧困から救い出す一助となり得るのだ。

2016年にインドを訪れた外国人観光客の数はおよそ900万人で観光産業の外貨収入は年間でおよそ230億ドルに上る。一見すると、立派な数字に見える。観光産業はインドの輸出産業の中でも最も大規模な部門の一つであり、外貨収入で見るとアパレル産業(2014年度の外貨収入は174億ドル)や製薬産業(2014年度の外貨収入は139億ドル)といった主要な産業を凌駕している。しかしながら、実態をもう少し注意深く検証すると、インドの観光産業の規模はその潜在能力に比べてあまりに小さいことが明らかになってくる。

下の表は外国人観光客の受入数の多い国を1位から10位まで順番に並べたものだ(2015年度版)。1位はフランスで外国人観光客の年間の受入数は8450万人。その数はインドのおよそ10倍。フランスにスペイン、イタリア、ドイツ、イギリスといったヨーロッパの国々は地理的に近いこともあってお互いに助け合う格好となっている。相互に観光客が行き来しているのだ。メキシコにロシア、トルコといった国々を訪れる外国人観光客の数はインドのそれのおよそ3~5倍に上る。中国に関しては6倍超(中国を訪れる外国人観光客の数はインドのそれの6倍超)だ。

インドは外国人観光客の受入数に関しては劣勢にあるが、観光客1人あたりの観光収入(観光支出)ではかなりの好成績を収めている。・・・(略)・・・驚くことに、観光客1人あたりの観光収入(観光支出)で見るとインドは中国よりも上であり、米国とほとんど肩を並べている(その額何と2610ドル)。観光客の数では見劣りするものの観光客1人あたりの観光収入(観光支出)で健闘していることもあり、インドは観光収入総額のランキングで世界9位に食い込む結果となっている(10位はメキシコ)。インドを訪れる観光客一人ひとりは多額のお金を落としていっているわけであり、そのことがかえって(インドを訪れる)観光客の総数の少なさを際立たせる格好となっているのだ。

以上はインドのオンラインマガジンであるプラガティ(Pragati)に寄稿した拙記事からの引用だ。いくつかのごく簡単な改革に乗り出すだけでインドは観光収入を今よりも何百億ドルも増やすことが可能だ。「ごく簡単な改革」の中身1については記事をご覧いただきたいが、もう少し踏み込んだ話についてはアミット・ヴァルマ(Amit Varma)との対話を収めたポッドキャストをチェックしていただきたいと思う。

言うまでもないだろうが、「ごく簡単な改革」に乗り出さなくともインドにはもっと観光客がやってきてしかるべきだ。インドには目に焼き付けておくべきスポットがたくさんあるのだから。

まずはチットガーフォート(チットガー砦)にある寺院。

次にウダイプール市にあるサヘリオン・キ・バーリ庭園。下の写真はその庭園にある18世紀初頭に作られた噴水だ(重力で水が噴き出る仕組みになっている)。

最後にアジャンター石窟群。

  1. 訳注;外国人観光客に対するビザの免除(ビザ無しでもインドに入国できるようにする)。現在は外国人観光客がインドに入国するためにはビザが必要であり、ビザ取得の手続きが煩雑であるために観光客の数も伸び悩んでいる(「インドを訪れる観光客の数が思いのほか少ないのはなぜ?」という表題の問いに対する答え)というのがタバロックの見解。この点については本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 ●アレックス・タバロック 「観光ビザの海外旅行抑止効果」(2018年1月9日) []