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スコット・サムナー「弱者に同情しすぎる保守派」

[Scott Sumner, “Bleeding heart conservatives,” TheMoneyIllusion, December 30, 2016]

長年,やたら弱者に同情するリベラルに悩んできた.彼らは,社会の底辺で苦しむ人たちを美化する傾向がある.もちろん,右派はこれと真逆の間違いをおかして,底辺の人たちを邪悪な人間だと考えた.適正な態度は,冷静な功利的現実主義だ――彼らは犠牲者でもないし悪漢でもない.さて,道徳心の見せびらかしにやっかいな新しい傾向がでてきているようだ――弱者に同情しすぎる保守派という新しい傾向がある.
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スコット・サムナー「炭鉱の雇用を奪ったのはオートメーションであって貿易ではない」

[Scott Sumner, “Coal jobs were lost to automation, not trade,” TheMoneyIllusion, December 21, 2016]

dwb というコメンターがこんなコメントを残している:

炭鉱の雇用をつぶした「技術変化」は安い天然ガスと電力需要の低迷とオバマによる化石燃料撲滅キャンペーンの 1-2-3 パンチだよ

この人は,少なくとも貿易を悪者にはしていない.それでも,基本的にはまちがってる――ごく最近まで,石炭の雇用を奪っていたのはオートメーションだ.石炭産業の雇用はこうなってる:

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実は見かけよりなおわるい.1973年にオフィスでの雇用が加えられたおかげで,データで人為的な急増が生じているからだ.実際の炭鉱夫たちを数えたなら,雇用喪失はグラフよりはるかにひどいものになる.ただ,このグラフですら,87万人から約11万人へと雇用が失われている.鉄鋼業よりほんのわずかにわるい.

すると,石炭産業は輸入に圧倒されてしまったんだろうと決めてかかる人がいるかもしれない.でもちがう.過去5年というもの,石炭は純輸出になっている.全生産量の 7% から 12% の範囲だ.

「輸入ではないとすると,じゃあ石油やガスとの競争で生産がたたきのめされたんだよね?」と言うかもしれない.そうでもない.以下のグラフをみてもらうとわかるように,石炭産業はこの数十年にわたって生産を増やしている.石油やガスとの競争が実際に生産を食いはじめたのはこの数年になってのことだ.

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じゃあ,どうしてこれほど多くの石炭産業の雇用が消えてしまったんだろう? 答えは単純,「オートメーション」だ.ぼくが若かった頃とくらべて,いまの生産量は2倍近くまで増えている.そして,はるかに少ない労働者で回している.

コメンターのなかには,「オートメーションによる雇用喪失は貿易による雇用喪失より痛みがかるい」と思う人がいるかもしれない.実際には,痛みは同等だ.オートメーションで失われる雇用は,人員削減によって時間をかけて徐々に起きるわけではなく,波となって生じる.しかも,景気後退のさなかに起こることもよくある.たとえば鉄鋼業では,USスチールとベツレヘムスチールが旧式の工場を閉鎖したとき数千の雇用が失われ,ニューコアとチャパラルは別の地域にもっと効率のいい新式工場をつくった.ピッツバーグで多くの鉄鋼業雇用が失われる一方で,その分を置き換えたのはテキサスのもっと少ない人員だった.

似たことが石炭業でも起きる.ワイオミングの新しい巨大露天掘り炭鉱は巨大ショベルカーを使う.ウェストバージニア州の閉鎖炭鉱の従業員100名がこれで置き換えられてしまう.

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ワイオミングが外国だったら,ウェストバージニア州の炭坑夫たちは議員たちに怒鳴り声を上げて,自分たちは安いワイオミングの輸入から「保護」される必要があると訴えるところだろう.だが,ワイオミングもアップルパイなみにアメリカなので,誰も関税を主張なんかしない.それでも,かりにオハイオ州の鉄鋼が中国からの輸入に影響を受けた場合と,経済問題はそっくり同じだ.

オハイオ州の鉄鋼労働者やウェストバージニア州の石炭鉱夫の苦しみにもっと注目すべきだという聖人ぶった論評がメディアで騒々しく飛び交っているのをみかける.なるほど,でもそうした評論家たちの何人が,この2つのグループの利害が真っ向から衝突しているのを認識してるんだろう? トランプが鉄鋼を助けるべく保護主義政策を追求したら,それによってアメリカの石炭輸出は打撃を受ける.TPP はウェストバージニアの景気をよくするだろうけれど,一方でオハイオの製造業を脅かす.

だが,もっと深い水準では,石炭と鉄鋼が直面する問題はそっくり同じだ.アメリカでは,というかほぼ世界のいたるところで,オートメーションが急速に鉱山業や製造業の雇用を削減していっている.この問題が消えてなくなることはなさそうだ.それどころか,ロボット工学の進展にともなって,事態はいっそうわるくなるだろう.トランプはいくらか象徴的な動きこそ見せられるだろう(空調設備企業 Carrier の件や環境保護法の緩和など).それで救われるのは一握りの雇用だ.そして,世間には見えない他の雇用が失われる.だが,根本のところではなにも変わらない.たんに,いまより薄汚くて暑い地球をもたらすだけだ.そして,そんときにもラストベルトの労働者たちはあいかわらず怒っているだろう.

自分たちの苦しみは外国人のせいだとデマを吹聴するのはいつだって心地いいものだ.でも,その外国人も同じことをやる――彼らにとっての外国人がわるいと責めるだろう.その外国人にはぼくらも含まれる.

スコット・サムナー「モンティパイソンの知恵」

[Scott Sumner, “The wisdom of Monty Python,” The Money Illusion, November 8, 2016]

あんまり落ち込みなさんな:

きっとなにかしらいいところもあるはずだ:

1. まだトランプが一般投票で負けるかもしれない.

2. 反ヒスパニック系をめぐるトランプの言辞はどうかしてるといまでも思ってる.でも,何百万ものヒスパニック系があの男に投票するというんだったら,ぼくも気に病むのはやめておこう.

3. トランプは病理的な嘘つきだ.だから,「やる」といま言ってるろくでもないことを全部やるともかぎらないかもしれない.

4. 実のところ,まともな提案もほんのわずかだけれどある.たとえば,債権と債務の税制一本化みたいな提案だ.実現しそうには思わないけれど,世の中わからないものね?

5. ブロガーにとっては,これから12ヶ月以上にわたって取り上げる話題に事欠かないだろう.

ぼくが思いつくのはこれくらい.みんなはどうだろう?

〔訳者註記: 原文でこのあとに続いている追記は省略しています〕

スコット・サムナー「なぜ日銀の政策変更が(おおよそ)信頼を欠いているのか」

[Scott Sumner, “Why the BOJ policy move (mostly) lacked credibility,” The Money Illusion, September 21, 2016]

今日連銀がなにをやってなにをやらないにせよ,先日の日銀の決定はそれよりもはるかに重要になりそうだ.ただ,いまのところ,疑問を解消する以上にさらに疑問を生じさせている:

1. 日銀の公表では,10年物国債の利回りを0パーセントに抑え,かつ,2パーセントインフレ目標の超過[オーバーシュート]を試みるという.
2. 日銀は超過準備付利 (IOR) を下げたりさらなる量的緩和を行うとは公表しなかった.

今日の市場の反応は,ぼくには評価しがたい.当初の反応は明らかに好意的で,株価は2パーセント近く上がったし円はほぼ1パーセント下がった.ところが,その後,円はいったん下げた以上に上げもどした.だからといって,日銀の行動がなんの影響もなかったというわけではなく,どういう影響であるにせよ,せいぜいのところ市場の予測をほんのわずかに上回っていたというだけの話だ.
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スコット・サムナー 「ルーズベルト流の決心」(2010年1月5日)

●Scott Sumner, “Rooseveltian Resolve”(TheMoneyIllusion, January 05, 2010)/【訳者による付記】このエントリーはベン・バーナンキがまだFRB議長を務めていた2010年1月に書かれたものだという点にご注意ください。


まずはブラッド・デロング(Brad DeLong)とバーナンキ議長との間で交わされた有名な問答を引用することにしよう。

ブラッド・デロング(カリフォルニア大学バークレー校教授、ブロガー): どうしてFRBは3%のインフレ目標を導入せずにいるのでしょうか?1

バーナンキ議長: FRBは「物価の安定」に強くコミットしている。国民の間でそのような理解が広がればインフレ予想が大きくぶれることもなく安定することになり、そのおかげで金融政策の有効性も高まることになると期待されます。その結果として金融政策は物価の安定化だけではなく実体経済の安定化にもより効果的に貢献することが可能となるでしょう。現実に目を向けると、家計の長期的なインフレ予想にしても企業の長期的なインフレ予想にしても過去数年間にわたり極めて安定した状態を保っています。ところで、「FRBは長期的なインフレ予想を高めるような戦略に打って出るべきだ」という提案が聞かれますが、FRBはこれまでのところそのような提案には乗っていません。理論的な観点からしますと、長期的なインフレ予想が高まれば実質金利が引き下がることになり、その結果として支出が刺激され経済全体の生産量が増える可能性があります。しかしながら、そのような理論的な主張においては長期的なインフレ予想を高めようとする戦略に伴うリスクが見逃されています。「FRBはインフレが加速してもそれを鎮めようとする気がないのではないか?」。国民がそのように疑い、FRBは本気で「物価の安定」を達成する気があるのだろうかと国民から信頼されなくなってしまう可能性があるのです。そうなってしまえば将来的に金融政策の有効性が弱められることにもなりかねません。現在のところインフレ予想は錨につながれたかのようにしっかりと安定しているわけですが、この成果は過去30年にわたる長い苦労の末にやっと手に入れられたものです。インフレ予想が安定しているのは当たり前のことではないのです。FRBの具体的な行動のどれをとってもマーケットや国民とのコミュニケーションにしてもそうですが、その狙いがインフレ予想をしっかりと安定させることに向けられているのもそのためなのです。

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  1. 訳注;この段階ではFRBが具体的に何%のインフレ率を目標にしているのかについてはまだ明言されていなかったが、2012年1月に(PCEデフレーターで測って年率)「2%のインフレ率」を目標にすることが公けにされた。ただし、インフレ率の動きだけではなく、失業率の動きにも目を配る旨が明言されている。FRB自身はインフレ率にも失業率にもどちらにも同等に目配りをする現状の政策枠組みを「バランスのとれたアプローチ」(balanced approach)と呼んでいるが、学術的には「フレキシブル・インフレ目標」に括られることになるだろう(FRBの現議長であるジャネット・イエレンがまだ副議長だった2013年4月に行った講演を読む限りではイエレンも同様の(FRBは「フレキシブル・インフレ目標」を採用しているとの)認識のようだ)。 []

スコット・サムナー 「『流動性の罠』と『肥満の罠』」(2016年5月13日)

●Scott Sumner, “Liquidity traps and obesity traps”(TheMoneyIllusion, May 13, 2016)


しばらく前に「流動性の罠」を「肥満の罠」になぞらえた記憶があるのだが、過去エントリーを漁っても該当する記事がどうしても見つからない。それはともかく基本的なアイデアはこういうことだ。今よりも体重を減らすためには次に掲げる3つの選択肢のうちどれか一つを選ばなければいけない。そういう状態に陥っている人は「肥満の罠」に嵌っていることになる。

1. ダイエット(食事の量を減らす)

2. エクササイズ(運動)

3. 減量手術

いずれも減量につながる方法だという点では専門家の間で同意が得られている。しかしながら、ダイエットもエクササイズもかなりの自制心が必要とされる行為であり、減量手術となると費用もそれなりにかかるし痛みも伴うかもしれない。「ダイエットもエクササイズも続けられそうにないし、減量手術なんてとんでもない」。そのように考えていずれの選択肢も選ぼうとせず、その結果として体重がなかなか減らない。「肥満の罠」の出来上がりというわけだ。

専門家の間で「流動性の罠」の問題を取り除く方法として同意が得られている選択肢がいくつかある。

1. インフレ目標値の引き上げ

2. 水準目標(物価水準目標あるいは名目GDP水準目標)の導入

3. 「チャック・ノリス」アプローチ(「必要なことは何でもやる」との約束)

4. 通貨安誘導(為替レートの減価を促す)

ポール・クルーグマンのお気に入りは1番目の選択肢であり、私自身のお気に入りは2番目と3番目の選択肢だ。ところが、世の中央銀行は概してあれやこれやの理由をつけて上に掲げた4つの選択肢のどれもやりたがろうとしていない。その代わりに世の中央銀行は別の2つの手段(そこそこの効果はあるかもしれないが、目標を達成するには力不足の可能性がある手段)を頼りにしている。その2つの手段とは量的緩和とマイナス金利(準備預金に対する金利をマイナスの値に引き下げる)だ。

EconLogブログでブライアン・カプラン(Bryan Caplan)が上のリストの5番目に加わるかもしれない(もしかしたらうまくいくかもしれない)アイデアを提案しているが、おそらくFedはやりたがらないだろう。カプランの提案というのは「政府が未償還の国債をすべてコンソル債に置き換えればいい(コンソル債で借り換えればいい)」というものだ。そうなれば金利がゼロ%の下限にまで低下することは決してないだろう。というのも、金利がゼロ%に達するとコンソル債の価格が無限大になってしまうからだ。この案は確かに効果を上げるかもしれないが、中央銀行はかなり大きな価格変動リスク(保有する債券の市場価格が大幅に変動するリスク)に晒されることになる。そのために中央銀行はこの案には乗り気にならないだろう1。ちなみに2015年初頭にスイス国立銀行(スイスの中央銀行)が厳しい金融引締めに転じた理由も(保有する債券の)価格変動リスクを懸念してのことだったのだ。というわけで、カプランの提案を効果が期待できそうな方法として上のリストの5番目に加えてもいいだろうが、中央銀行が乗り気になるような選択肢とは言えないだろう。

(追記)EconLogブログに新しい記事を投稿したばかりだ。Fedの組織改革に関するヒラリー・クリントンの見解を取り上げている。あわせて参照してもらえたら幸いだ。

  1. 訳注;サムナーもコメントしているように、コンソル債の市場価格は金利が少し変化しただけでも大幅に上下する。将来的に金利が上昇し出したら中央銀行が(バランスシートの資産側で)保有しているコンソル債の価格が大幅に下落し、売りオペに使える資産が足りなくなる事態が招かれる恐れがある。中央銀行はそうなる可能性を嫌って未償還の国債をすべてコンソル債に置き換えるという措置には乗り気にならないだろう、という意味。 []

スコット・サムナー 「ギリシャの独立記念日」(2015年7月5日)

●Scott Sumner, “Independence Day for Greece!”(TheMoneyIllusion, July 5, 2015)


複雑な経済問題への条件反射的なコメントは大抵間違っているのものだが、だからといって躊躇するような性質ではない。個人的にかなりびっくりしたのだが、(EUをはじめとした債権団が要求する)財政緊縮策の受け入れの是非を問うギリシャの国民投票で「ノー」(財政緊縮策の受け入れを拒否)が今のところ圧倒的多数を占めているとの速報が伝えられている1。このこと(国民投票で「ノー」が勝利を収めること)は一体何を意味しているのだろうか?

1. ギリシャ政府がEU側の現状の要求を飲むことはあり得なくなった。EU側が要求内容を多少変更してきたとしてもギリシャ政府がそれを受け入れることはないだろう。

2. EU側が大幅に譲歩するというのは想像し難いところだ。とは言っても、どんなことでも起き得る話であり、EU側が大幅に譲歩する可能性も皆無というわけではない。EU側が大幅に譲歩するかどうかは(ギリシャの運命だけではなく)例えばスペインの(急進左派政党である)ポデモス党の運命を大きく左右することにもなるだろう2。仮にEU側がギリシャに対して大幅に譲歩したとしたら、ポデモス党がスペインの次期政権の座を奪取する可能性も出てくることだろう。その一方で、EU側がギリシャに対して大幅に譲歩することがなければ、ポデモス党は苦しい立場に追い込まれることになるだろう。ここで頭にとどめておくべきことがある。ユーロ圏の各国政府は(人質にとられた同胞を救い出すために身代金の支払要求に応じることで)ISIS(イラク・シリア・イスラム国)の重要な資金源の一つとなっているという事実がそれだ3。言うなればテロリストに対する資金協力に応じる格好になっているわけだが、そうだとするとEU側がギリシャに対して大幅に譲歩して結果的に共産主義者を(債務負担の軽減というかたちで)資金面でサポートする道を選ぶなんてことは想像し難い話だと果たして言えるだろうか?

3. ギリシャ政府は密かにユーロ圏からの離脱を企てて(望んで)いたのだろうか? これまでのギリシャ政府の奇妙な行動を説明するにはそう(ギリシャ政府は密かにユーロ圏からの離脱を企てていたと)考えるのが最も妥当なように思える。とは言っても、この点については個人的に確信があるわけではない。

4. 仮にギリシャ政府がユーロ圏からの離脱を密かに企てていたとしても、ギリシャ政府としては意に反してユーロ圏から追い出されたかのように演出したいところだろう。その一方で、仮にドイツ政府がギリシャにユーロ圏から出ていってもらいたいと密かに考えていたとしても、ドイツ政府としてはシリザ側に責任があるかのように演出したいところだろう。ギリシャ政府とドイツ政府との間で繰り広げられるそのような演技合戦はしばらく続くかもしれない。

5. 国民投票で「ノー」が勝利を収めたにもかかわらず、ギリシャがユーロ圏にとどまることはあり得るだろうか? ヨーロッパではどんなことでも起き得る話だ。「ユーロ圏から離脱する」(“leaving the euro”)ということはマクロ経済学的な観点からするとユーロとは別の計算単位(medium of account)への移行を意味するという点をおさえておくべきだろう。ギリシャ国内でユーロが計算単位として使用され続ける4限りはギリシャはマクロ経済学的にはユーロ圏にとどまっていることになるのだ。ギリシャ中央銀行がECB(欧州中央銀行)の理事会にこれまで通り参加するかどうかは関係ないのだ。「代用貨幣」(“script”)が流通し出したとしても(ユーロ建てで測った場合よりも)賃金が引き下げられない限りは労働市場の回復には大して役には立たないことだろう(ギリシャは近くにある北モンテネグロのように(「公式の」ユーロ圏の一員ではないものの)「事実上の」ユーロ圏の一員に括られることになるかもしれない5)。

6. 私なら今回の国民投票で「イエス」を投じただろうが、それはともかくギリシャ国民の幸運を祈るばかりだ。ユーロ圏から離脱することには疑いようのない便益が伴う。名目GDPの回復がそれだ。その一方で、ギリシャが今後もユーロ圏にとどまった場合には国家統制色が徐々に強まって破綻国家(failed state)への道を歩むという悪夢のシナリオが付いて回ることになる。シリザが政権の座に就いたままでユーロ圏から離脱するケースと今回の国民投票で「イエス」が勝利を収めるケースの二つを比べるとどちらが好ましいだろうか? 私の意見では、短期的には後者(国民投票で「イエス」が勝利を収めるケース)の方が好ましく、中期的には前者(シリザが政権の座に就いたままでユーロ圏から離脱するケース)の方が好ましい。そして長期的には後者(国民投票で「イエス」が勝利を収めるケース)の方が好ましいだろう(アルゼンチンの例を思い出してもらいたい)。

7. 今回の国民投票の結果を受けてユーロというプロジェクトは失敗に終わったとの感がさらに強まる可能性があるが、そのような見方が広まればイギリスがEUから脱退する可能性(Brexitの可能性)も若干ながら高まることになるだろう。

8. 国民投票で「ノー」が勝利を収めるということはギリシャがユーロ圏から離脱すること(Grexit)を意味する。ヨーロッパ各国の指導者はこれまでにそう発言してきたわけだが、(国民投票の結果が判明する)明日以降になってこれまでと違う発言をしようものなら底抜けの馬鹿(complete fools)のように見えることだろう。

ユーロ圏からの離脱が何を意味しているかについて私がこれまでに読んだ中でも最も優れた説明を以下に引用しておこう。

既にユーロを導入している国にとってはユーロ圏からの離脱は痛みの緩和を意味しないかもしれない。スペインは賃金と価格の引き下げを通じて競争力の回復に漕ぎ着けている。ユーロ圏からの離脱には長期的な成長を阻害するポピュリスト的な政策の採用を伴う可能性がある。ペンシルバニア大学のヘスス・フェルナンデス=ヴィラヴェルデ教授は次のように語る。「市場志向的なスイスのようになるつもりならユーロ圏から去るべきではない。アルゼンチンのようになるつもりならユーロ圏から去るがよい。」

仮にユーロ圏から離脱する動きがギリシャだけにとどまらずその他の国々にも広がった場合、最終的にヨーロッパは(暴力を伴わない)一種の内戦状態に陥る可能性がある。自由主義的な(ネオリベラルな)北ヨーロッパと国家統制色の濃い南ヨーロッパという対立構図が生まれる可能性があるのだ。今後20年間の世界情勢がどうなりそうかを予測するためにはそれぞれの国の文化的な特徴がその国の政府の姿に色濃く反映されるようになると想定するのが最善の方法だと言えるだろう。中国やデンマークは資本主義的な(市場志向的な・自由主義的な)傾向をますます強める一方で、アルゼンチンやギリシャは国家統制色をますます強めていくことになるだろう。

  1. 訳注;ご存知の通り、最終的に「ノー」が勝利を収めた。 ●“欧州首脳、ギリシャ残留可能か決断へ-国民投票の結果受け”(ブルームバーグ、2015年7月6日) []
  2. 訳注;EU側が大幅に譲歩することに伴う効果についてアニール・カシャップ(Anil Kashyap)も同様の指摘をしている(“A Primer on the Greek Crisis: the things you need to know from the start until now(pdf)”)。「なぜ(EUをはじめとした)債権団は(債務負担の軽減をはじめとした)ギリシャ政府の要望に同意しないのか?」(“ 8) Why do the institutions disagree with the government?”)という問いに対してカシャップは次のように答えている。
    「債権団がチプラス首相の要求に応じない理由は2つある。まず一つ目の理由――そしておそらくは最も重要な理由――は、ギリシャと同様の調整を必要とする国が他にも控えていることである。イタリアやポルトガル、スペイン、アイルランドなどがそうだが、今挙げた国々はギリシャほどには景気は落ち込んでいないものの、失業率――中でも若年層の失業率――はギリシャと同じく高止まりしたままである。仮に債権団がギリシャに対して大幅に譲歩しようものなら、イタリアをはじめとした国々もギリシャと同様の処遇を求める可能性がある。急進的な政党に政権を奪取させたギリシャ国民が報われつつあると知れば、我が国の有権者も同じような行動に出るかもしれない。イタリアをはじめとした各国の政権内部ではそのような見方が広がっている。
    ギリシャを救うために必要な資金は簡単に用意できることだろう。ギリシャの対GDPで測った公的債務残高はかなり高い水準を記録しているとは言え、ギリシャの経済規模は小さい。ヨーロッパ全体の供給能力に比べればギリシャの債務残高の水準はそれほどでもないのだ。それとは対照的に、イタリアやスペインといった国々の債務を減免するために必要とされる金銭面での負担はドイツ(をはじめとした債務の減免に伴う負担を求められる北ヨーロッパ諸国)にとっては馬鹿にならないことだろう。」 []
  3. 訳注;この点についてはサムナー自身がコメント欄で言及している記事(英語)を参照されたい。 []
  4. 訳注;国内で売買される商品の値段がユーロ建てのままであったり、資金貸借をはじめとした経済取引上の契約がユーロ建てで締結され続ける []
  5. 訳注;「事実上の」ユーロ圏の一員というのはおそらくはその国ではユーロは法定通貨ではないもののユーロが計算単位としての役割を担っているという意味だと思われる。 []

ラルス・クリステンセン 「経済危機、幸福、自殺」(2012年4月5日)/ スコット・サムナー 「ギリシャの自殺率はなぜ低く抑えられているのか?」(2012年4月29日)

●Lars Christensen, “Crisis, happiness and suicide”(The Market Monetarist, April 5, 2012)


家族旅行でデンマーク西部にあるユトランド半島まで足を運んできたのだが、旅行を終えて自宅に戻るために車を運転しているとラジオからニュースが流れてきた。そのニュースでは2つの話題が取り上げられていたのだが、その2つの話題は一見無関係なようではあるが妙なかたちでつながっていると言えなくもなかった。というのは、どちらの話題も「幸福」の問題と関わるものだったからだ。一つ目の話題は世界幸福度報告書の調べでデンマークが世界で最も幸福な国に(またもや!)選ばれたことを伝えるものだった。それとは対照的に二つ目の話題は嘆かわしいものであり、アテネにある人通りの多い広場(シンタグマ広場)で77歳のギリシャ人男性が自殺した1ことを伝えるものだった。その男性は生活苦とギリシャの深刻な経済状況を憂えて自殺に及んだらしい。

(世界中に向けて情報を発信する)国際的なメディアの報道を眺めていると、アテネで起こったこの悲しい出来事は経済危機に見舞われている南欧諸国で広く一般的に見られる傾向を象徴しているかのような印象を受けることだろう。だが、果たしてそうなのだろうか? 経済危機と幸福、そして自殺という三者の間には一体どのような関係が見られるのだろうか? 

デンマーク人(私もその一人だ)は大変幸せな日々を送っている一方で、ギリシャ人は悲嘆に暮れる日々を過ごしており自殺も絶えない。そう思われるかもしれない。しかしながら、事実はそうなってはいない。少なくともデンマークとギリシャの自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)を比較する限りではそうなってはいない。デンマークの自殺率はギリシャの自殺率を3倍以上も上回っているのだ。世界保健機関(WHO)のデータによると、2011年度のデンマークでは人口10万人あたり11.9人が自ら命を絶っている計算になるが、ギリシャではその数字(2011年度の自殺率)は人口10万人あたり3.5人という結果になっているのだ2

興味深い事実はまだある。デンマークの自殺率はPIIGS諸国3のどこよりも高いのだ。ギリシャ以外のPIIGS諸国の自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)の数字を順番に挙げると、ポルトガルは7.9人4、イタリアは6.3人5、アイルランドは11.8人6、スペインは7.6人7である。実際のデータに照らす限りでは大勢の人々が経済危機の影響で絶望の淵に追いやられて自殺に及んでいるとは到底言えないわけだ。(デンマークを含む)スカンジナビア諸国と比べると南欧諸国においては自殺はそれほど多くない傾向にあるのだ。

「経済危機の影響で自殺が急増している!」といった筋書きの記事をジャーナリストは書きたがるものだ。大恐慌下のアメリカで高層ビルから身を投げた人々に関するエピソードも広く流布している。しかしながら、そういった類の話は正しくないことが多い。経済危機と国ごとの自殺率との間には概して強い相関は見られないのだ。誤解しないでもらいたいが、経済危機は自殺者の数に何の影響も及ぼさないと言いたいわけではない。経済危機以外の要因の方が(その国の自殺の動向を説明する上で)ずっと重要なのではないかと言いたいのだ(スカンジナビア諸国の冬は長くて暗いという特色があるが、そのような気候条件もスカンジナビア諸国で自殺率が高いことといくらか関係しているかもしれない)。「いや、そんなことはない」と反論する人はどうしてギリシャやイタリアよりもデンマーク(世界幸福度ランキング第1位の国)やフィンランド(世界幸福度ランキング第2位の国)の方が自殺率がずっと高いのかを説明する必要があるだろう。例えば2008年以降のギリシャでは自殺者の数が増えていることは確かだが、その主たる理由を経済危機に求めるのはこじつけのように思えるのだ。

デンマークは大変幸せな国であるらしい(世界幸福度報告書の調べによるとそうらしい)のにどうしてこんなにも多くのデンマーク人が自ら命を絶っているのだろうか?8 デンマーク国民の一人として不思議でならない。あえてその理由を探るなら生存バイアスのせい9ということなのだろうか?
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●Scott Sumner, “The absurdity of claims of cultural superiority”(TheMoneyIllusion, April 29, 2012)


ギリシャの自殺問題をテーマに取り上げている最近の記事から少し引用しよう。

2009年に入って金融危機が国内に大混乱を引き起こすようになるまではギリシャは世界の中でも自殺率が最も低い国の一つだった。人口10万人あたりの自殺者数は2.8人に過ぎなかったのだ。しかしながら、ギリシャ保健福祉省の調べによると、2010年上半期の自殺率はそれまでと比べて40%も上昇したという。

2011年に関しては今のところはまだ信頼の置けるデータは揃っていないが、ギリシャの自殺率はそれまでよりも倍増して人口10万人あたり約5人程度まで上昇しているのではないかと語る専門家もいる。とは言え、フィンランドの自殺率(人口10万人あたり34人)やドイツの自殺率(人口10万人あたり9人)と比べるとずっと低い数値である。

・・・(中略)・・・

ギリシャの自殺率は(ここのところ上昇傾向にあるとは言え)他の国と比べると依然として低いわけだが、それはなぜなのだろうか? ギリシャは家族の結び付きが極めて強いだけではなく、表現豊かで人と人のコミュニケーションが極めて盛んな(話好きな)文化という特徴を持っているが、このことが自殺率を他の国よりも低く抑える上で重要な要因となっている可能性がある。

「ギリシャでは誰も彼もがあなたに話しかけてくることでしょう。ギリシャはそういう国です。」 アテネで精神分析医として働くシデリス氏はそう語る。「あなたが苦しんでいたら必ず誰かがその苦しみをともに分かち合い、救いの手を差し伸べてくれることでしょう。」

「ギリシャで自殺率が低いのは気候に恵まれているためだけではありません。ギリシャでは苦しんでいる人を支援するための強力な人的ネットワークが張り巡らされており、そのこともまた自殺率をこんなにも低く抑える働きをしているのです。そのようなネットワークは今も健在ではありますが、今回の危機がもたらす痛みに耐え切れないでいる人々がいるのもまた事実です。」

かつて次のような持論を語ったことがある。優れた文化だとか劣った文化だとかというものはない(異なる文化の間に優劣はない)。どの文化も異なるニーズに適応すべく独自に進化してきたのであり、異なるニーズに応じて異なる文化があるだけだ、と。ギリシャが抱える経済問題(例えば、巨額に上る税金の不払い)の背後ではギリシャの文化が何らかの役割を果たしていることは疑いないが、文化的な特性のあるもの(例えば、「結び付きが強い家族」)はある面では厄介事を招き寄せることがある一方で別の面では有用な働きをしている可能性がある。上で引用した記事はそのことを思い出させてくれている。

どうもこのことがわからない人もいるようだ。自国の文化に(自然と)魅了される一方で他国の文化を客観的な立場から「間違いだ」と断罪してしまうのだ。

  1. 訳注;このニュースについては例えば次の記事も参照のこと。 ●「アテネの広場で男性が自殺-ギリシャ経済危機で借金苦か」(ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版、2012年4月 5日) []
  2. 訳注;WHOが推計している自殺率の最新のデータは2012年度のものだが、デンマークの2012年度の自殺率は8.8人、ギリシャの2012年度の自殺率は3.8人という結果になっている。 []
  3. 訳注;ポルトガル(Portugal)、イタリア(Italy)、アイルランド(Ireland)、ギリシャ(Greece)、スペイン(Spain)の計5カ国の総称であり、財政破綻の危機に見舞われている南欧の国という共通点を持っている。 []
  4. 訳注;2012年度は8.2人 []
  5. 訳注;2012年度は4.7人 []
  6. 訳注;2012年度は11.0人。2012年度に関してはアイルランドの方がデンマークよりも自殺率は高いということになる。 []
  7. 訳注;2012年度は5.1人 []
  8. 訳注;幸福度の高さと自殺率の高さが並存する(幸福度が高い国(地域)でありながら自殺率も高い)現象の謎の解明を意図した研究としては次の論文が有名である。 ●Daly, Mary C, Andrew J Oswald, Daniel J Wilson, and Stephen Wu (2011), “Dark contrasts: The paradox of high rates of suicide in happy places“(Journal of Economic Behavior and Organization, vol. 80(3), pp. 435-442) この論文の概要についてはhimaginary氏が過去に以下のエントリーでまとめてらっしゃるのであわせて参照されたい。 ●“幸せな場所では自殺が多い”(himaginaryの日記、2011年4月25日) []
  9. 訳注;ここでは(その名の通り)生存者だけの意見が聞き入れられる結果として幸福度の調査結果に歪みが生じているという意味。人生を幸せと感じられない人々が自ら命を絶ってしまっているとすれば、「幸せではない」という意見が調査結果に反映されることも少なくなってしまうことになる。 []

スコット・サムナー「世界経済の成長」

Scott Sumner “Global growth” (TheMoneyIllusion, March 22, 2015)


マッキンゼーが世界経済に関する報告書を送ってきてくれたが、これはオンラインでも読める。この報告書の中では次のことが目を引いた。

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(1964年の世界全体の経済は、今日の中国経済と同じ大きさ)

どういうわけでこんなことが起こり得るのだろうか。答えは次のグラフにある。 [Read more…]

スコット・サムナー 「三つの10月」

●Scott Sumner, “Three Octobers”(TheMoneyIllusion, March 8, 2009)

表題の「三つの10月」というのは1929年(の10月)、1937年(の10月)、2008年(の10月)のことを指している。いずれもコモディティ(一次産品)価格の下落を伴う株価の急落に見舞われた年だ。迂遠なようだが一歩引いて過去の例(1929年10月と1937年10月のエピソード)を振り返ることで昨今の危機をより深く理解できるようになるだろう。というのも、これら三つのエピソードの間には興味深い類似点があるからだ。

これらの三つのエピソードはいずれも広い意味での「貨幣的な」(monetary)問題を根っこに抱えていると言えるが、現代の金融理論をもってしては簡単に説明し尽くすことのできない面を持っている。その一方で、私が前回のエントリー〔邦訳はこちら〕で描写したモデルに照らして考えるなら、これら三つのエピソードを通じて経済を深刻な不況へと押しやった力が何だったのかを説明することができる。例えば、私自身のモデルに照らせば、1929年に関しては中央銀行による金(ゴールド)の退蔵(溜め込み)が問題の元凶であり、1937年に関しては民間部門による金の退蔵(溜め込み)が問題の元凶であり、そして2008年に関しては民間銀行による準備預金の溜め込みが問題の元凶であったという結論が得られるのだ。

これら三つのエピソードの間には重要な相違点もある。1929年には純然たる需要ショックが発生したが、金融システムや供給サイドではこれといって大きな問題は起こらなかった。1937年には金融システムは安定していたが、経済は強烈な賃金ショックに見舞われることになった。そして2008年は強烈なオイルショックと厳しい金融危機に襲われた。

これら三つのエピソードに関して私がとりわけ興味を惹かれるのは、金融系のメディアの当時の報道を眺めていると(株価暴落に見舞われた)10月前後の時期にいずれのケースでも劇的に期待が変化したという強い「感じ」(the strong sense)が読み取れることである。投資家たちが名目GDP成長率の向こう2、3年先の見通しを突然劇的に引き下げたという「感じ」が読み取れるのだ。もちろん今も昔も新聞で「名目GDP」について言及されることは滅多に無いが、いずれのケースでも10月にインフレ期待と実質成長期待が急落したことを示す明らかな「感じ」があるのだ。例えば、1929年の半ばにおいては経済は力強いブームの最中にあったのに、12月に入ると状況は一変して今回の不況はいつになく厳しくなるだろうという不吉なレポートがたくさん出回るようになり、鉱工業生産は第4四半期に極端な勢いで下落したのであった。1937年と2008年のケースではいずれも株価が急落し、それと同時にコモディティ市場(そこでも価格が急落していた)や債券市場(短期金利はゼロ%に近い水準にまで下落した)から非常に弱気なニュースが流れ込んできたのであった。それに加えて、1929年のケースと同様に、1937年のケースでも2008年のケースでも生産はいつになく極端な勢いで減少することになったのである。

これら三つのエピソードのいずれでも株価暴落がそれに続く不景気の引き金となったのではないかと考えたくなるかもしれない。しかし私はそうではないと思っている。1987年の10月(また10月!)にもこれら三つのエピソードに引けを取らないほどの株価暴落が発生したが、その後に不況どころか景気のマイルドな減速すら起こらなかったのである。もちろん個々の事例はそれぞれ事情が異なるとは言え、株価暴落がそれ自体として経済成長に強い影響を及ぼすだけの力を持っているのだとすれば、1987年のケースでも株価暴落の直後にちょっとくらいは景気が落ち込んでもいいはずだろう。

 

1929年10月

現在私は大恐慌をテーマとした本を執筆している最中なのだが、正直言ってその本の中でも1929年の株価暴落を完全に説明できるかどうか心許ないのだが、部分的な説明ならできると思っている。鍵は金融政策だ。当時は言うまでもなく金本位制下にあったわけだが、金本位制下で真に外生的な政策ツールと呼べるものは金準備率(中央銀行が準備として保有する金とマネタリーベースとの比率)だけである。フランスが金本位制に復帰した1926年12月から1929年10月までの間に世界全体で金準備率は年率2.5%のペースで上昇したが、これはマイルドなデフレーション政策であったと言える。実際にもこの間に世界全体の物価水準はやや下落傾向にあったのである。

金準備率はその後の12ヶ月の間にさらに9.6%もの急上昇を見せ、ほとんどの先進国は厳しいデフレーションと不況に陥ることになった。前回のエントリー〔邦訳はこちら〕を見逃した読者のために説明しておくと、中央銀行が金を退蔵する(金準備の保有量を増やす)と金の実質価値が高まることになる。金本位制下では金は価値尺度(the medium of account)の役割を果たしており、価値尺度である金の実質価値(もしくは購買力)が高まるということは物価の下落(デフレ)を意味することになるのだ。

金準備率が上昇した原因についてはここで説明するには複雑すぎる。果たしてマーケットが事態を正確に理解できていたかどうかも微妙なところだ。ただし、マーケットは金準備率に異変が起こっていることをはっきりと意識してはいなくとも、中央銀行が知らず知らずのうちに誤って非常にデフレ的な政策スタンスをとっていることを直観レベルで理解していたのではないかというのが私の意見だ。1930~38年の期間においては株式市場の動きと金融政策との間の関連を容易に見い出せるのだが、こと今回(1929年10月)のケースに関しては金融引き締めが株価暴落を引き起こしたことを示す「決定的な」証拠がなかなか見当たらないのも事実だ。しかし、大恐慌の引き金を引いた過度に緊縮的な金融政策がこの10月の株価暴落の付近で既に始まっていたように見受けられるのは興味深いことだ。金融引き締めと株価暴落との間のつながりを示す証拠を見つけ出せたとしたら私が一番乗りということになるだろう。

1929年10月の株価暴落を引き起こしたと思われる要因は4つある。重要な順に挙げると次のようになるだろう。

1.  とりわけ米国、フランス、英国において世界全体の金準備率を大きく上昇させるような金融政策のスタンスが採用されたこと。

2.  株価暴落と同じ時期にニューヨーク・タイムズ紙の見出しを賑わせることになったスムート・ホーリー法をめぐる激しい議会闘争。ジュード・ワニスキー(Jude Wanniski)もこの説を採っているが、私が考える理由は彼とはやや異なる。

3.  10月初めに ドイツの政治家シュトレーゼマンが死亡し、10月下旬に入ってドイツの政治情勢が不透明化したこと(右翼ナショナリスト政党が勢力を強め、直前に成立していたドイツの戦後賠償問題を巡る国際合意(いわゆるヤング案)に対する反対運動がドイツ国内で巻き起こることになった)。

4.  10月26日に企業間の合併に対する取り締まりを強化する方針(反トラスト法の厳格な適用)が政府によって決定されたこと。ジョージ・ビトリングメイヤー(George Bittlingmayer)によると、政府が反トラスト法の厳格な適用に動くとの噂が数日前にマーケットに伝わっていた可能性があるということだ。

これらの要因が1929年10月段階の株式市場でどの程度重要な役割を果たしたかについてははっきりとはわからない面もあるが、事が起こった後の時点から振り返って考えてみると最初の三つの要因(1~3)は非常に重要な役割を果たしたと言えるだろう。金融引き締めは1933年3月までにわたって景気の停滞をもたらすことになった。1930年の春に入って再びスムート・ホーリー法を巡る激しい議会闘争が繰り広げられることになったが、それが主な原因となってその後の5月~6月に株価の急落が引き起こされたことは疑いない。そして1931年半ばから1932年終わりまでの期間に関しては米国の株式市場の低迷をもたらした主な原因はドイツにおける政情不安にあったと思われるのだ。

 

1937年10月

1937年10月の株価暴落(1929年と2008年に関しても言えることだが、株価の暴落は(10月だけに限定されていたわけではなく)正確には9月から11月までの期間に及んでいる)も1929年とケースと同じくらい興味深いが、より複雑だ。まずは基本的な事実をいくつか抑えておく必要があるだろう。

1.  米国は1937年に金本位制に復帰した。とは言え、37年の段階では金本位制はもはや国際標準の通貨制度とは言えなくなっており(わずか数カ国だけが金本位制を採用していたに過ぎなかった)、米国内では金の個人所有が禁じられていた(建前はそうだったが、ロンドンの銀行に金を預けていた個人もいた)。しかしながら、金の国際市場に生じるショックによって米国の金融政策が翻弄された点はかつてと変わるところがなかった。例えば、1936年半ばから1937年半ばの期間は米国は不況に襲われたにもかかわらず、国際市場で金を放出する動きが強まった結果、米国の卸売物価指数(WPI)はおよそ10%も押し上げられることになった。そしてその後の1937年半ばから1938年半ばまでの間に卸売物価は同じ規模だけ下落することになった。卸売物価の動きだけを見ていると1936年末から1937年初めまでは力強い経済成長の期間であり、その後はマイルドな景気後退に移行したように見えるが、実際のところはそうではなかった。1936年には力強く成長していた鉱工業生産も拡張的な金融政策が実施されたにもかかわらず1937年春には踊り場に入ることになったのである。

2. ルーズベルト大統領(FDR)による5つの賃金ショックのうち第3のものがこの時期に発生した。この第3の賃金ショックは5つのショックの中では政府の政策と最も関係が薄いものだ。1936年の終わりから1937年の大部分の期間を通じて労働組合の加入者が急増したが、その原因は1935年に制定されたワグナー法によって労働組合の組織が容易になったことに加えてルーズベルト大統領が1936年の大統領選で圧勝したためである。ルーズベルト大統領の圧勝を目の当たりにした労働組合の指導者たちがワシントンは自分達の味方だと確信するようになったのである。こうして発生した賃金ショックは卸売物価に生じたショックとかなり似た動きを見せたが、名目賃金の動きは卸売物価の動きよりも半年だけ後ろにずれていた。名目賃金は卸売物価の後を追うようにして上昇を始め、卸売物価よりも後にピークを付け、卸売物価よりも後になって下落を始めたのである。さらには、名目賃金は卸売物価ほどには下落しなかったのであった。1937年の初頭に生産が伸び悩んだ理由もコモディティ価格の下落に端を発する景気後退が本来であればマイルドなもので済んでいたはずがⅠ920-21年の景気後退に匹敵するほどの深刻な不況にまで発展した理由もここ(訳注;実質賃金が高止まりしたこと)にある。

実質賃金(名目賃金÷卸売物価)は1930年代を通じて月次の鉱工業生産と密接に連動しており、1936-38年に関してもその例外ではなかった(実質賃金は反循環的な動きを見せているので鉱工業生産との連動を捉えるにはデータを反転させる必要がある)。(卸売物価が名目賃金よりも速いペースで上昇したために)実質賃金が低下した場合には景気は上向き、その反対に名目賃金が卸売物価よりも速いペースで上昇した(それゆえ実質賃金が上昇した)場合には景気は低迷したのである。そして実質賃金が一定の水準で変わらない期間はそれなりの経済成長が発生した。というわけで、1936-38年の期間は景気循環に関する私のモデルがよく当てはまるわけだ。さて、そこで残された問題はこの間における名目賃金と卸売物価の動きをどう説明するかだ。かつてのエントリーで論じたように、名目賃金に影響を及ぼした外生的な要因はニューディール政策を通じた5つの賃金ショックだったと思われる。そして卸売物価の動きは平価(金とドルの兌換レート)が固定されていた1929-33年および1934-40年の時期に関しては金の国際市場の動向によって説明できるし、1933-34年の時期に関しては――ジョージ・ウォーレン(George Warren)に関するエントリー〔邦訳はこちら〕で詳しく論じたように――平価の変更によって説明できるだろう。

それでは1936-37年の時期に卸売物価を押し上げた要因は何だったのだろうか? それは全部で3つある。一つ目の要因は1936年の後半に入ってフランスをはじめとした国々が金本位制を離脱し、それにあわせて金本位制を離脱した国の中央銀行が金を放出したことである。二つ目の要因はロシアによる金の輸出(販売)が増加し、今後ロシアからもっと大量の金が売り出されるのではないかとの(間違った)予想が広まったことである。そしてこの誤った予想が民間部門における金の放出を招くことになる。これが三つ目の要因である。ヨーロッパで各国が金本位制から離脱したために将来の平価切り下げに備えて金を溜め込んでおく必要が無くなったことに加えて、米国に大量の金が流入してインフレになればルーズベルト大統領もドルの切り上げを強いられるのではないかとの恐れが広がったことも民間部門における金の放出に油を注ぐ格好となったのであった。この点についてはかつてのエントリーで引用したポール・アインチッヒ(Paul Einzig)の言葉をご覧いただきたい。

色々な要因が複雑に絡み合ってこのプロセス(民間部門における金の放出に向けた動き)は1937年半ばに入って反転し始めることになる。実質賃金の上昇を受けて米国経済の減速がはっきりし始めるや、ドルが切り上げられるのではないかとの恐怖は消え失せることになり、ロシアからもっと大量の金が売り出されるのではないかとの噂も噂に過ぎなかった。米国が再び不況に戻るのではないか、ルーズベルト大統領が1933年と同じように新たなる金融「カンフル剤」を打つのではないかとの思惑が広がるにつれて、民間部門では金の放出から金の退蔵へ向けて潮目が変わり始めることになる。秋頃になるとドルが切り下げられるのではないかとの恐れが急速に広がり、金を退蔵する動きが加速することになった。そして米国への金の流入はほとんどストップすることになった。名目賃金が高止まりする一方で卸売物価の急激な下落に見舞われた米国は深い不況に落ち込み、株価とコモディティ価格は急落することになったのであった。

1937年と2008年との間にはいくつかの興味深い共通点がある。どちらの年も世界各地におけるコモディティ価格の急騰で始まり、そしてそれと同じくらい急速なペースでのコモディティ価格の急落で1年を終えたのである。相違点もある。1936-37年のコモディティ価格のブーム(高騰)は純然たる貨幣的な要因によるものだったが――その一方で実体経済は停滞していた――、2007-08年のコモディティ価格のブーム(高騰)は途上国の力強い成長に牽引されたものだった。

どちらの年も中期的な成長期待およびインフレ期待の急反転に見舞われたというかなり興味深い共通点もある。1937年の前半においては米国が保有する金準備が増大するのではないかという予想もあって金融市場もマスコミも明らかにインフレが続くと予想していた。しかしながら、1937年の終わりになるとそのような予想は180度変わって今後は長いデフレが待っているのではないかとの見方が広がるようになったのである(そしてそれは現実のものとなった)。1937年半ばから1940年半ばにかけて卸売物価は下落の一途を辿ることになったのだ。

2008年の10月にこれと似た期待の急反転が起こった時、私はすぐに1937年の出来事のことを思い出し、Fedが迅速かつ効果的な行動に打って出ない限りは名目GDP成長率がそれまでの標準的な値である5%をはるかに下回ることになってしまうのではないかと心配になり始めた。確かにFedはその後素早く行動したが、残念なことに間違った問題――金融システムの安定化――に目を奪われてしまったのである。

共通点はまだある。Fedは1936-37年の時期に三段階にわけて預金準備率を引き上げた(最終的に預金準備率はそれまでの2倍の水準に上昇することになった)。つい最近Fedが準備預金に付利を行った(これは民間銀行による準備預金の需要を増やすことになる)ことに対して私が折に触れて批判している様子を見て、「なるほど。サムナーは預金準備率の引き上げが1937-38年の不況の原因だと考えているのか」と判断する読者もいるかもしれない。しかし事はそんな簡単ではない。預金準備率の引き上げが発表された当初はFedがそれを本当に実行するとは信頼されておらず、投資家たちも当初のうちはFedのこの決定にほとんど注意を払っていなかったのだ。当時の金融系のメディアではFedは大量に流入してくる金をすべて不胎化することなどできないとの意見が大勢であり、投機家たちもFedがマネーサプライの増加を抑えることはできないと予想してコモディティの積極的な購入に回ったのである(その結果、コモディティ価格は急騰した)。

Fedが大きな過ちを犯したのは1937年の暮れのことである。金の国際市場で期待が反転した直後に十分積極的な行動を採らなかったのだ。しかしながら、1929年のケースとは違って1937年の不況に関しては金融政策(の失敗)だけにその責任があるわけではなく、賃金ショックも重要な役割を果たしたのである。

当時の財政政策についてはどう考えているのかとの意見もあることだろう。1937年に給与税が導入されることになったが、規模的には大したことはなかった。とは言え、給与税は労働者を雇用するコストの増大を意味しており、穏やかではあるが賃金ショックの一つとして働いた可能性はある。しかしながら、その点を除けば当時の財政政策は全体としてマイナーな役割しか果たさなかったということになるだろう。1937-38年の不況の原因は総需要の不足にあると考えたとして、便宜上そのうちの半分は名目賃金の高止まりのせいであり、残りの半分は物価の下落(デフレーション)のせいだとすると、どれだけ高く見積もっても財政政策はごくマイナーな役割しか果たさなかったと考えられるのだ。1937-38年の急激なデフレーションは――直前の1936-37年のインフレーションもそうだったように――明らかに世界全体の金市場の反転とリンクしている(大きな関わりがある)のだ。財政政策が不況の原因だとするにはタイミングがことごとく合わないのだ。通常のマネタリストの面々もそうなのだが、ケインジアンに共感を寄せる経済史家の面々も政策上の失敗と当時の出来事――コモディティ市場、株式市場、債券市場の値動き――とがどのように結び付いているかについて十分に注意を払っているとは言えない。その点にまで細かく配慮した上で大恐慌を包括的に分析しているのは私だけだと言うと言い過ぎだろうか。

 

2008年10月

2008年の秋に株式市場やコモディティ市場、鉱工業生産、債券利回りの急落を引き起こした原因は金融政策の失敗にあるが、それでは金融政策の失敗を引き起こした要因は何なのだろうか? その要因は数多くあるが、その中でも最も重要なものはコモディティ価格のブーム(高騰)と金融危機の二つということになるだろう。

コモディティ価格のブームや金融危機が総需要の下落を引き起こしたとは言っていないことに注意していただきたい。コモディティ価格のブームや金融危機はあくまでも金融政策の失敗を招いたのであって、総需要の下落を引き起こしたのは金融政策の失敗である。2008年の半ばまでは経済はそこそこのプラス成長を記録していた。株価もしぶとさを見せており、7月初旬の段階でも最高値から約10%の乖離幅に収まっていた。世界経済は米国経済を上回るほどの力強さで拡大を続け、それに支えられるかたちで7月まで異常なコモディティ価格のブームが続くことになったのである。大きな過ちが犯されたのは2008年の後半に入ってからのことだ。第3四半期と第4四半期をそれぞれ区別した上で政策上の失敗を2つのタイプに分けて整理するとわかりやすいことだろう。

2008年第3四半期における金融政策はラース・スヴェンソン(Lars Svensson)がお好みの尺度に照らせば最適であったという評価になるだろう。つまりは、Fed自身による名目GDP成長率の見通し(予測)がFedの目標とほぼ一致していたのである。このことは9月16日に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会)でインフレと不況のリスクがおおむね均衡していると判断され、その判断を受けて金融政策が変更されなかった(現状維持に保たれた)事実によく表れている。しかしながら、どうやら民間部門はFedに先んじるかたちで事の次第を理解していたようである。今となっては明らかだが、名目GDP成長率は第3四半期の段階で既に急落を始めていた。住宅不況が発生してから二年間はどうにか持ちこたえてきた鉱工業生産も8月には急落し始めていたのだ。第3四半期においてFedは二つの失敗を犯した。一つ目の失敗は自らの見通し(予測)を重視し過ぎてマーケットの予測に十分注意を払わなかったこと。そして二つ目の失敗はインフレ率の動きにばかり囚われて名目GDP成長率の動きに十分注意を払わなかったことである(インフレ率よりも名目GDPの方が政策当局者に対して一貫して優れたシグナルを送っている事実はいくら強調してもしすぎることはないだろう。例えば、2004-06年の住宅バブルの時のことを思い出すといい)。

2008年の第4四半期に入ると事態は急速な勢いで悪化の一途を辿ることになった。スヴェンソン好みの(それも甘めの)尺度に照らしても10月半ばまでに金融政策は信用を失ってしまっていることが私の目には(おそらくほとんどの人にとっても)明らかだった。つまりは、Fed自身による(名目GDP成長率の)見通しでさえも政策目標をはるかに下回る状況になっていたのだ。さらに不味いことには、金利がゼロ%に近づきつつあり、米国はいとも簡単に日本のような状況に陥ってそこからしばらく抜け出せないかもしれないとマーケットが気付き始めたのである。そのような危険な状況に陥らないための唯一の方法は非伝統的な金融政策を通じて積極的な行動に踏み出すことにあっただろう。短期国債を購入する通常の金融緩和ではおそらくもう手遅れだっただろう。

残念ながらFedはこの時二つの大きな失敗を犯した。一つ目の失敗はその後5ヶ月間にわたって金利を引き下げず、そればかりか準備預金に付利を行うという極めてデフレ的な政策を採用し、ベースマネーの拡大に伴う緩和効果を打ち消すことになってしまったことである。二つ目の失敗はさらに不味い。Fedの当局者たちは金融危機こそが「真の問題」であり、金融危機が解決されない限りは総需要を刺激することはできないとの間違った前提に飛びつき、そのために「真の問題」から目を逸らすことになってしまったのだ。しかし、この失敗は理解できないこともない。というのは、2008年10月の段階で「真の問題」は貨幣的なものであり金融危機ではないと懸念を表明していたのは私を含めてごく少数の限られた経済学者だけだったからだ。確かに金融危機は今回の不況の過程で重要な役割を演じた。しかし、通常理解されているのとは異なる次の二つの経路を通じてそのような役割を演じたのである。

1.  金融危機は政策当局者の注目を「真の問題」から逸らせることになった

2.  金融危機は自然利子率の下落をもたらした

金融危機は信用に対する需要(資金の借り入れ需要)を急減させ、その結果「流動性の罠」に嵌ってしまうのではないかとの恐れが広まることになった。金融危機自体が総需要の急落を引き起こしたわけではないが、Fedの仕事を難しくしたとは言えるだろう。しかし、Fedは物価と生産の安定を図ることが自らの使命だと宣言しており、貨幣需要(あるいは貨幣の流通速度)に生じたショックを相殺するのが自らの義務だとも語っている。それだけではなく、とりわけデフレの恐れがある時には先回りして行動するのが自らに課せられた責任だと認めており、マーケットの指標は政策を決める上で有用なシグナルの一つだと語った前例もある。かつてバーナンキは短期金利がゼロ%に達しても金融政策は依然として有効であり得ると論文ではっきりと書いている。果たして今の現実はどうなっているだろうか? 今のFedは自らが掲げた尺度に照らしても失敗していると評価せざるを得ないのだ。

今回のエントリーは簡潔なまとめのようなものであり重要な細部をたくさん省略してしまっている。大恐慌をテーマとした本を執筆中であることは既に触れたが、1929-30年の時期をカバーしている章は大体40ページくらいになる予定だ。1937-38年の時期は2つの章にわたって取り上げる予定だが分量的にはずっと多い。今のところ全体で14章構成になる予定だ。今回のエントリーを読んだそこのあなたも本を買わずに済ますわけにはいかないというわけだ(あくまでも出版してもいいと名乗りを上げる出版社が見つかればの話だが)。

今後もこのブログでは大恐慌について様々な観点から話題にしていくつもりだ。

 


 

(本翻訳は以前某所にアップしたものを今回、常連翻訳者のhicksianさんに全面的に見直しいただいたものです)