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タイラー・コーエン「ロボットに課税すべきか?」

[Tyler Cowen, “Should we tax robots?” Marginal Revolution, March 6, 2017]

先日ビル・ゲイツがロボットに課税することを提案した.私見では「課税」という言葉をどれくらい文字通りにとるべきなのか議論の余地があるけれど,それはさておき,この提案は一考する価値がある.この案をノア・スミスがとりあげたコラムはこちらサマーズによる『フィナンシャルタイムズ』論説はこちら『ワシントンポスト』論説はこちらイザベラ・カミンスカもここで論じている
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タイラー・コーエン 「あ、さてはあのボタンを押しちゃったんだな」(2008年11月20日)

●Tyler Cowen, “Imagining the button”(Marginal Revolution, November 20, 2008)


アンガス(Angus)経由(アンガスがTFP(全要素生産性)について加えている皮肉まじりのコメントも必見)で知ったのだが、ポール・サミュエルソン(Paul Samuelson)がインタビューの中で次のように述べている。

リバタリアンというのは情緒不安定なダメ人間(bad emotional cripples)の集まりです。それだけではありません。政策アドバイザーとしてもダメなんです。

(果たして情緒不安定な好人物(”good” emotional cripples?)というのはいるのだろうか? という疑問はさておき)4点ほどコメントさせてもらうとしよう。

1) サミュエルソンは20世紀を代表する真に偉大な経済学者の一人である。これは間違いない。

2) 福祉国家においても「自由」がしぶとくその命脈を保ち得る可能性をハイエクが過小評価していたというのはその通りだ1。しかしながら、あわせて指摘しておくべきだろうが、ハイエクは『The Constitution of Liberty』(邦訳『自由の条件』)の中で社会的なセーフティーネットだけではなく、当時のドイツ自由民主党(FDP)の一連の政策に対しても大いに賛意を示してもいるのだ。

3) 「ハイエクの計画経済に対する批判は間違っている。その証拠としてソ連経済のパフォーマンスを見てみるがいい」。1989年の段階に至ってもなおそのように言い続けていたのは誰であろうサミュエルソンその人である2

4) 誰かが上に引用したような(情緒不安定なダメ人間云々とかいうような)コメントを口にしている場面に出くわすたびに密かにこう思うようにしている。「脳の中にあるあの小さなボタン、一時的に知能を低下させる効果のあるあのボタンを押してしまったんだな」。(上に引用したような)感情的なレトリックに頼ると脳の働きが鈍らされるものなのだ。

皆さんもこれから先色んな文章を目にすることだろうが、是非とも「小さなボタン」のことを記憶にとどめておいてもらいたいと思う。文章を読んでいる最中に感情的な表現に頻繁に出くわすようならこう思うようにすればいいのだ。「あ、この人(文章の書き手)はあのボタンを押しちゃったんだな」。

  1. 訳注;コーエンのこのコメントはサミュエルソンの以下の発言(上の引用コメントの後に続く発言)に反応したもの。「言うまでもないでしょうが、私の念頭にあるのはミルトン・フリードマンとフリードリヒ・ハイエクの二人です。彼らは社会が「隷従」(“serfdom”)への道を歩む可能性があると警告を発したわけですが、その道を用意する危険人物として例えばジンギスカンの名前を挙げていたわけではありません。レーニンやスターリン、毛沢東でもありませんし、ヒトラーやムッソリーニでもありません。彼らは中道路線の国家において隷従への道が用意される恐れがあると警告したのです。ここでちょっとスイスやイギリス、アメリカ、それにスカンジナビア諸国や環太平洋諸国のことについて考えてみましょう。今挙げた国々は国民の「幸福度」が高いことで知られています。今挙げた国々の国民は言論の自由にしても信仰の自由にしても大いに享受できています。どういうわけでしょうね?」 []
  2. 訳注;この点については本サイトで訳出されている次の記事も参照。 ●アレックス・タバロック 「サミュエルソンの過ち ~ソビエト経済の将来に関する度重なる予測の誤り~」経済学101, 2014年1月9日) []

タイラー・コーエン 「資本主義は『伝染』する?」(2006年8月28日)/「『アフター・ウォー』 ~民主主義は輸出可能か?~」(2007年11月1日)

●Tyler Cowen, “Contagious capitalism?”(Marginal Revolution, August 28, 2006)


遠く離れたウェストバージニアからお便りが届いた。ピーター・リーソン(Peter Leeson)とラッセル・ソーベル(Russell Sobel)の二人が次のように伝えている(pdf)。

資本主義は国から国へと伝染するだろうか? 第一次世界大戦以降、世界各国の外交政策の世界では経済的な自由(あるいは経済的な自由の抑圧)を国から国へと感染するウイルスであるかのように扱ってきた。つい最近では、(自由に関する)「ドミノ理論」がアメリカの外交政策の領域で幅を利かせており、冷戦時代にはアジアやラテンアメリカ、カリブ諸国に対するアメリカの外交政策の方向性を、そして対テロ戦争の過程では中東諸国に対するアメリカの外交政策の方向性をそれぞれ規定するまでになっている。本論文では経済的な自由が国から国へと伝播する可能性があるかどうかを検証する。本論文では経済的な自由の伝播を後押しする可能性のある経路として二つの候補に特に着目する。その二つの経路とは「地理的な遠近」および「貿易」である。1985年~2000年までの期間にわたる計100カ国以上のパネルデータを用いて二通りの空間相互作用モデル1を推計して分析を加えたところ、資本主義には伝染性があるとの結果が得られた。地理的に隣接する国々や貿易相手諸国の経済的な自由度(の指標)の平均値のおよそ20%相当が国境を越えて伝播する(加えて、地理的に隣接する国々や貿易相手諸国の経済的な自由度(の指標)が時とともに変化した場合もその変化のうちおよそ20%相当が国境を越えて伝播する)傾向が見出されたのである。本論文では経済的な自由を諸国に伝播させる上でアメリカによる軍事介入にどれだけの力が備わっているかについても検証を加えている。アメリカによる軍事介入はアメリカの占領下に置かれた国に限れば経済的な自由度を高める可能性があることが見出されたものの、占領下に置かれた国から周囲の国々へと経済的な自由が伝染する傾向は見出されなかった。本論文ではアメリカによるイラクの占領が中東地域の経済的な自由度に及ぼす影響もシミュレートしている。(本来であれば軍事介入を通じて高められた経済的な自由は周囲の国々には伝染しないわけだが)イラクにおける経済的な自由度の高まりが周囲の国々にも伝染すると仮に想定し、他にもかなり甘めな想定をいくつか置いた上でシミュレーションを行ったが、そのようなケースでもアメリカによるイラクの占領は中東地域の経済的な自由度をほんのちょっぴり高める程度でしかないとの結果が得られている。

リーソンにも直接尋ねたのだが、経済的な自由が国から国へと伝播するまでにかかる時間としてどのくらいの長さをとるのが妥当だと言えるだろうか? 5年だろうか? 10年だろうか? それとも200年? 伝播に要する時間の長さとしてどのくらいの余裕をとるかによって最終的な結果には大きな違いが出てくることだろう。デンマークは今もなお12~13世紀のイギリスで育まれた自由に「ただ乗り」している最中だと言えるだろうか? その答えはおそらく「イエス」だろう。イギリスの鉄道にしても小さな庭園にしてもいけ好かないが、それはさておきイギリスを訪れるたびに「自由の源泉」たる大地にキスをして感謝の念を示すようにしているものだ。

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●Tyler Cowen, “After War”(Marginal Revolution, November 1, 2007)


クリストファー・コイン(Christopher Coyne)の新著である『After War』(「アフター・ウォー」)が刊行されたばかりだ。副題は「民主主義の輸出をめぐる政治経済学」(The Political Economy of Exporting Democracy)。コインは私の教え子でもあり、今現在はウェストバージニア大学の助教授の任にある2Coordination Problemブログに時折顔を出すブロガーでもある。本の内容の一部を引用しておこう。

占領軍による再建(戦後復興)活動は被占領国に自由民主主義(リベラルデモクラシー)を根付かせる手段としてどのくらい有効なのだろうか? この点について歴史上のデータは何を物語っているだろうか? 拳銃を突きつけて自由民主主義を「輸出」しようとしてもその試みは成功よりも失敗する可能性の方が高い。歴史上のデータはそう物語っている。占領軍が撤退してから5年が経過したケースは全部で25ケースに上るが、そのうちでベンチマーク(合格点)3を超えたのは7ケース。25ケースのうちで7つのケースだから成功率(合格率)は28%だ。占領軍が撤退してから10年が経過したケースに関しても成功率(合格率)は同じく28%。占領軍が撤退してから15年が経過したケースは全部で23ケースに上るが、そのうちで9つのケースがベンチマーク(合格点)を上回っており、成功率(合格率)は39%ということになる。最後になるが、占領軍が撤退してから20年が経過したケースは全部で22ケースに上り、そのうち8ケースがベンチマーク(合格点)を上回っている。成功率(合格率)は36%だ。

コインの新著はこちらから購入可能だ。コインの分析の鍵となるポイントは被占領国の庶民の「予想」が果たす役割に着目しているところにあるというのが私の考えだ。被占領国の庶民の「予想」は戦後復興「ゲーム」が協調的なゲーム4となるか、それとも好戦的なゲーム5となるかを左右する力を備えているのだ6。庶民が抱いている「予想」というのは操るのが難しい変数だが、コインはアメリカの占領軍がこの変数を操るのに最も成功したケースと最も失敗したケース(ひいては民主主義の輸出に成功したケースと失敗したケース)を本書の中で詳らかにしている。ソローの成長モデル(新古典派成長モデル)がボスニアの実状をうまく説明できないように見えるのはどうしてか? イラクが泥沼化の様相を呈している理由は何なのか? そういった疑問に深く切り込みたいのであればコインの新著を読むといい。

  1. 訳注;空間自己相関モデル(SAR)と空間誤差モデル(SEM) []
  2. 訳注;2017年現在はジョージ・メイソン大学の助教授。 []
  3. 訳注;それぞれの国の民主化の程度を測る指標として民主主義指標と呼ばれるものがいくつかあり、ここではPolity IV Indexが用いられている。Polity IV Indexではそれぞれの国の民主化の程度が-10~10のいずれかの点数で評価されており、点数が大きいほど(最高は10点)民主化が進んでいるという評価になる。コインは被占領国に民主主義が根付いたかどうかを判断するために占領軍が撤退した後のPolity IV Indexの点数に着目し、Polity IV Indexが「4点」(=ベンチマーク、合格点)を超えればその国に民主主義が根付いたと見なそうという立場をとっている。 []
  4. 訳注;占領軍と被占領国の庶民(ないしは被占領国側の政府)との間で協調的な関係が成り立ち、戦後復興のプロセスがスムーズにいくケース []
  5. 訳注;占領軍と被占領国の庶民(ないしは被占領国側の政府)との間に不和が生じ、戦後復興のプロセスが思うようにいかないケース []
  6. 訳注;実はコーエンはコインと共著でこのアイデアに沿った論文を書いている。次がそれ。 ●Tyler Cowen&Christopher Coyne(2005), “Postwar Reconstruction: Some Insights from Public Choice and Institutional Economics(pdf)”(Constitutional Political Economy, vol. 16, pp. 31-48) []

タイラー・コーエン 「水爆の原料は何だ? ~アーメン・アルチャンが手掛けた世界初の(そして歴史の闇に葬り去られた)『イベントスタディ』をここに再現~」(2014年5月12日)

●Tyler Cowen, “Nuclear science, event studies, and the other side of Armen Alchian”(Marginal Revolution, May 12, 2014)


この話は知らなかった1

舞台は1954年のランド研究所(RAND Corporation)。その当時ランド研究所に籍を置いていたアーメン・アルチャン(Armen A. Alchian)は世界で初めての「イベントスタディ」に挑んだ。その目的は当時開発中だった水素爆弾の原料に何が使われているかを推測することだった。アルチャンは一般に公けにされている金融データ(株価)だけを頼りにして原料は「リチウム」だと見事に言い当てることに成功したものの、国家の安全を脅かす恐れがあるとの理由から「イベントスタディ」の結果をまとめた覚え書きはたちどころに没収されて破棄されてしまった。アルチャンが世界初の「イベントスタディ」に挑んだ当時は水爆の製造工程は機密扱いだったが、その後一部については機密解除されるに至っている。1950年代初頭における水爆の開発実験はマーケットの効率性――インサイダーしか知り得ない私的な情報を誰もが知る公開情報として素早く普及させるマーケットの効率性――がいかほどのものかを試す格好の機会を提供している。本論文ではアルチャンが手掛けた「イベントスタディ」の再現を試みたが、結論を先取りしておくとアルチャンが辿り着いたのと同様の結果が得られた。アルチャンが手掛けた「イベントスタディ」ではマーシャル諸島で行われた一連の核実験(水爆の爆発実験)――1954年3月1日にビキニ環礁で行われたブラボー実験(これまでにアメリカが行った核実験の中でも最大規模のもの)を手始めとするいわゆる「キャッスル作戦」――に対する株式市場の反応が対象となっている。「キャッスル作戦」は重水素化リチウムを燃料とする水爆の爆発実験としてはアメリカ初の試みであり、爆撃機でも持ち運びが可能な高出力の核兵器の開発に道を開くきっかけとなったものである。当時の株価のデータを詳しく調べると、1954年3月にリチウム・コーポレーション・オブ・アメリカ(LCA)社の株価がその他の企業の株価やダウ・ジョーンズ工業株価平均(DJIA)と比べてもかなり大幅な上昇を記録していることがわかる。ブラボー実験が行われたのは1954年3月1日。水爆の製造工程については国家機密であり、ブラボー実験の成否については科学者の間でも意見が割れ、国民の間では混乱が見られたが、それにもかかわらずブラボー実験が行われて以降の3週間の間にLCA社の株価は(1954年2月26日時点での一株あたり8.875ドルから1954年3月23日時点での13.125ドルへと)48%以上もの上昇を見せ、月最終日の3月31日時点(一株あたり11.375ドル)でも2月26日時点の株価を28%も上回ることになったのである。LCA社の株価は1954年の1年間で(1953年12月31日時点での一株あたり5.125ドルから1954年12月30日時点での28.75ドルへと)実に461%もの上昇を記録したのであった。

以上はジャーナル・オブ・コーポレート・ファイナンスに掲載されたばかりのジョゼフ・ニューハード(Joseph Michael Newhard)の論文のアブストラクトだ(「切れ者」のケヴィン・ルイス(Kevin Lewis)経由で知ったもの)。論文の草稿はこちら(pdf)だ。

  1. 訳注;ちなみに、アルチャン本人はこの件について次のように回想している(“Principles of Professional Advancement”(in 『The Collected Works of Armen A. Alchian(vol. 1)』), pp. xxv~xxvi)。「ひょんなことから1946年にUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の経済学部に籍を置くことになった。その前年の1945年にUCLAの近くのサンタモニカにたまたまランド研究所が設立されたばかりだった。そしてUCLAの同僚のアレン・ウォリスが(ランド研究所の設立に奔走していた)ヘンリー・「ハップ」・アーノルド元帥とどういうわけだか非常に仲がよかった。私が(アレン・ウォリスにそそのかされて)ランド研究所で働くに至るまでにはこういった偶然の積み重ね――ゴルフでバーディーがとれる場合と引けを取らないだけの偶然の積み重ね――があったのだ。・・・(中略)・・・ちょっとばかり自慢させてもらいたいことがある。話は1950年代~1960年代に遡るが、コーポレート・ファイナンスの分野で初めての「イベントスタディ」を手掛けたのだ。水爆が完成する前年のことだ。ランド研究所の経済部門に集った面々は水爆の原料にどんな金属が使われているのだろうと興味津々だった。リチウムだろうか? ベリリウムだろうか? トリウムだろうか? それともそれ以外? ランド研究所で一緒に働いていたエンジニアや物理学者の連中に聞いても何も教えてくれなかった。それももっともである。彼らは機密を保持する義務を負っていたのだから。そこで私は言ってやったものだ。「自力で答えを見つけ出してやるぞ」、と。そこで早速米商務省が発行している会社年鑑を引っ張り出してきて水爆の原料となりそうな金属を製造している会社を何社か選び出した。そして選び出しておいた会社の株価が水爆の実験が成功する前年の下半期を通じてどういう動きを見せるかじっと眺めたのだ。未公開の情報には一切頼らなかった。いやはや驚いたの何のって。記憶の範囲での話になるが、ある会社の株価が8月の時点では一株あたり2ドル~3ドルくらいだったのが12月の時点になると一株あたり13ドルくらいにまで急上昇することになったのだ。その会社というのはリチウム・コーポレーション・オブ・アメリカ社だ。年明けの1月に早速その結果を覚え書きとしてまとめ、“The Stock Market Speaks”(「株式市場は語る」)というタイトルをつけてランド研究所内に配布して回った。それから2日後のことだ。配った覚え書きを残らず全部回収しろと上からのお達しがあったのは。」 []

タイラー・コーエン「実際のところスウェーデンの秩序はどれくらい乱れているの?」

[Tyler Cowen “How disorderly is Sweden really? ” Marginal Revolution, February 21, 2017]

Here is the latest, which is in the media but not being plastered all over my Twitter feed:
最新ニュースはこちら.メディアには出ているけれど,いまのところぼくのツイッターフィードをびっしり埋め尽くすほどの話題にはなっていない:
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タイラー・コーエン「移民同化の真のジレンマ」

[Tyler Cowen, “The real assimilation dilemma,” Marginal Revolution, February 23, 2017.]

移民をめぐる議論は,ラテン系移民の第2世代・第3世代の同化率に関心を集中させていることが多い.だが,いったんこれを脇に置いて,ラテン系以外でアメリカにやってくる人たちを考えてみよう.彼らがいかに急速に同化するかを見ると,ぼくは目を見張る.ここで言ってるのは,カナダ系だけの話じゃない(「このブログの著者2人のどちらが国境の北側出身でしょう」と出し抜けに聞かれて当てられます?) ラテン系以外の移民には,ロシア系もいればイラン系,中国系,インド系などなどいくとおりもある.ムスリム系移民の大半もそうだ.こうした人たちは,アメリカ生まれアメリカ育ちの人と文化的にそっくり同じになりはしない.でも,経済的・社会的な指標で見ると,これ以上望めないほどの実績を示している.

それどころか,同化問題をもたらしているのは,ずっと昔からのアメリカ人たちの方だ.しかも,おうおうにして伝統的なアメリカ人だったりする.彼らの暮らす国は,急激に変わってしまった.そのおかげで,彼らは新しい現実の事情にあまりうまく同化していない.さらに,べつに自ら選んで移民になって「きっと困難が待ち受けているだろう」と思っている人間でもないので,「そういうもんだからしかたない」と受け入れる態度を内面化する方にいつでもかたむくわけでもない.彼らの多くは不平をこぼし,また,職業生活で落伍したり冴えないニッチに落ち着いたりする.

この点で見て,みずから進んでやってくる移民たちにもっとうまく・早く同化するよう促しても,かえって現実の同化問題を悪化させてしまいかねない.自国〔アメリカ〕の文化をいっそう急速に変えることになるからだ.

移民の真の影響は,賃金や選挙結果に表れないこともよくある.むしろ,昔ながらのアメリカ生まれアメリカ育ちの人々の一部に同化の負担がかかることになる.そして,移民たちがいっそう生産的に首尾よくやればやるほど,こうした問題はいっそう深刻になるかもしれない.

この点の議論につきあってくれたケイトー研究所のリバタリアングループに感謝.議論でのやりとりから,Will のものも含めて発言を使わせてもらった.

タイラー・コーエン 「『チューリングの大聖堂』」(2012年3月8日)

●Tyler Cowen, “*Turing’s Cathedral*”(Marginal Revolution, March 8, 2012)


今回のエントリーのタイトルはジョージ・ダイソン(George Dyson)の新著(邦訳『チューリングの大聖堂: コンピュータの創造とデジタル世界の到来』)から拝借したものだ。副題は「デジタル宇宙の起源」。最上級のあっぱれな一冊だ。コンピュータシステムの起源、初期のコンピュータと核兵器システムとのつながり、天才にやる気を出させる術、そしてジョン・フォン・ノイマンの経歴。本書を読むとそういった一連のあれこれについて考え直さざるを得なくなる。ほんの少しだけだが、内容の一部を引用しておこう。機会があればまた話題にするかもしれない。

ビゲロー(Julian Bigelow)は1943年にMIT(マサチューセッツ工科大学)を去り、その後はウォーレン・ウィーバーからの誘いもあって国家防衛研究委員会(NDRC)に設置された応用数学パネル統計研究グループの一員に加わることになる。コロンビア大学の後援を受けたそのグループには全部で18名の学者(数学者および統計学者)―――何名か名前を挙げると、ジェイコブ・ウォルフォウィッツハロルド・ホテリングジョージ・スティグラーエイブラハム・ワルド、そして(しばらくして経済学者に転身することになる)ミルトン・フリードマン――が集った。このグループは戦時下で巻き起こる様々な問題に取り組んだが、例えば次のような質問とともに議論が開始されるのが常だった。「戦闘機に12.7ミリ重機関銃(ブローニングM2重機関銃、通称「キャリバー50」)を8丁搭載するか、それとも20ミリ機関砲を4丁搭載するか。どちらにすべきでしょうか?」

フランシス・スパフォード(Francis Spufford)による書評はこちらだ。お薦めだ。

経済発展と IQ:タイラー・コーエン「『蜂の巣マインド』by ギャレット・ジョーンズ」( 2015年11月4日)/「ギャレット・ジョーンズによる蜂の巣マインドについての解説」(2011年6月24日)

●Tyler Cowen, “*Hive Mind*, by Garett Jones”(Marginal Revolution, November 4, 2015)


 

同僚のギャレット・ジョーンズが来週には『Hive Mind: How Your Nation’s IQ Matters So Much More Than Your Own(蜂の巣マインド:なぜあなたの国全体のIQはあなた自身のIQよりもずっと重要なのか)』をスタンフォード大学出版から出版するということがお伝えできて、私はとてもワクワクしている。この本は今年の社会科学のベスト本の一つとなるだろう。

 

以下は、ギャレットの本の冒頭の文章だ。

 

この本はIQを上げる方法についての本ではない。IQを上げることがもたらす利益について書かれた本である。そして、高いIQは本人が気付いていないかもしれない方法で利益をもたらすのだ。平均的には、標準テストの成績が良い人はより忍耐強く、より協力的であり、そしてより良い記憶力を持っている。これらの関連性は心理学者たちと経済学者たちによる何十もの研究によって証明されてきたが、個々の点を結びつけて、高いIQは国全体にとっては何を意味するのかということを問うた研究者の数は少ない。そして、数学のテストにせよ読解力のテストにせよIQテストにせよ、その平均スコアは国によって違うのだから、テストのスコアが国全体で上がることは、忍耐強く、協力的で、情報に通じた市民たちの数が増えるということを意味している可能性が高い。つまり、国全体のテストのスコアが高くなることは、無視されるには重大すぎるほどの影響をおそらく持っているであろうということを意味しているのだ。そして、教育研究者たちや公衆衛生当局者が国全体のテストのスコアを高くするための確実性の高い方法を発見することができるとすれば、現在では貧困と疫病が蔓延している場所であっても生産性と繁栄が増すことになるのだ。

 

第一章はこちら、ギャレットによる章ごとの要約はこちらこれはギャレットのホームページだ。Twitterでギャレット・ジョーンズの叡智を授かることもできる。

 

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タイラー・コーエン 「経済学者はいかにして第二次世界大戦でのアメリカの勝利に貢献したか? (その1)」(2011年6月20日、2012年7月15日)

●Tyler Cowen, “*How U.S. Economists Won World War II*”(Marginal Revolution, June 20, 2011)


今回のエントリーのタイトルはジム・レイシー(Jim Lacey)による新著(『Keep from All Thoughtful Men: How U.S. Economists Won World War II』)の副題を拝借したものだ。内容の一部を引用しておこう。

第二次世界大戦が勃発するほんの50年ほど前の段階では米政府内でポストを与えられて働くことが許されていた経済学者はわずか一名しかおらず、その一名は「経済鳥類学者」(“economic ornithologist”)の資格で公職に就いていた。第一次世界大戦を契機としてワシントンにある「政策の現場」で働く経済学者の数はいくらか増えはしたものの、彼ら(政府内で働く経済学者たち)の影響力は依然としてごくごく限られたものだった。価格統制や物資の輸送といった問題についてアドバイスを送る程度の仕事しか与えられておらず、戦時動員計画の立案にはほとんど何の影響も持たなかったのである。何百という単位の(そしてゆくゆくは何千という単位の)数の経済学者の群れがワシントンにある「政策の現場」になだれ込むきっかけを作ったのは大恐慌である。第二次世界大戦が勃発する頃までには、連邦政府内で働く経済学者の数は5000名近くにまで膨れ上がっていたと推計されている。

デビッド・ウォーシュ(David Warsh)による本書の書評はこちらを参照1

個人的には読んでいて退屈に感じる部分もあったが、大いにためになる箇所にも何度もぶつかった。全体的な評価としては「一読の価値あり」ということになるだろう。戦時動員は米国内の消費者に対して意外なほどわずかな負担しかもたらさなかった(その多くは耐久財の購入を先延ばしせざるを得なくさせられるというかたちをとって表れた)、というのが本書でのレイシーの評価だ。この点はヒッグス(Robert Higgs)の評価とは真っ向から対立するところだ。

「経済鳥類学」2の第一人者の簡潔な評伝はこちら(pdf)を参照。私も初耳だったのだが、「経済鳥類学」の実地試験が試みられた前例があるとのことだ。

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●Tyler Cowen, “*Keep from All Thoughtful Men: How U.S. Economists Won World War II*”(Marginal Revolution, July 15, 2012)


クリフトファー・タサヴァ(Christopher Tassava)がレイシーの『Keep from All Thoughtful Men: How U.S. Economists Won World War II』に対する優れた書評を物している。その一部を引用しておこう。

・・・(略)・・・著者のレイシー(元米陸軍将校であり、現在は軍事評論家として活躍中)は本書の中で文民の経済専門家と軍人スタッフとの間で繰り広げられた(官僚機構内での)激しいぶつかり合いを描き出している。ヨーロッパで戦争(第二次世界大戦)の火蓋が切って落とされた段階ではアメリカ経済はまだ戦争の準備ができていなかった。戦争に本気で足を踏み入れるためには軍需品の生産に相当量の資源を振り向ける必要があったが、アメリカ経済を一体どこまでそのような方向に向かわせることができるか? 十分な量の軍需品の生産に漕ぎ着けることが仮に可能だとしてそこまでたどり着くにはどのくらいの時間がかかるか? 文民の経済専門家と軍人スタッフとの間ではこの問題をめぐって激しいぶつかり合いが生じたのである。レイシーが本書で跡付けるストーリーの中心にいるのは3名の経済学者だ(本書の中で明らかにされるように、この3名の経済学者はアメリカ経済が備える軍事への対応力を前もって正確に言い当てていた)。そのうちの一人は有名だ。サイモン・クズネッツ(Simon Kuznets)である。残りの2名はその名もほぼ忘れ去られようとしている。ロバート・ネイサン(Robert Nathan)とステイシー・メイ(Stacy May)である。

レイシーが公文書や二次史料を巧みに駆使して描き出しているように、クズネッツ&ネイサン&メイのトリオは官僚機構の内部に集った少数の文民(の経済専門家)グループの協力を得つつ社会科学の手法(とりわけ統計学的な手法)を使って将来の予測――アメリカ経済の成長余力はどのくらいか? アメリカ経済が成長の限度にまで達するにはどのくらいの時間がかかりそうか? アメリカ経済は米軍や連合軍のために軍需品をどれだけ供給することができそうか?――に乗り出した。「『民主主義の兵器廠』(“arsenal of democracy”)たるアメリカがヨーロッパ戦線に本格的に参戦する上で十分なだけの軍需品の生産に漕ぎ着けることができるのはいつか? それは1944年6月だ3」。レイシーが説得力ある書きぶりで跡付けているように、クズネッツ&ネイサン&メイのトリオは1942年後半の段階――真珠湾攻撃からちょうど1年が経過するよりも前の段階――でそのように予測していたのである。

  1. 訳注;ウォーシュの書評の一部を訳出したのが次の記事。 ●マーク・ソーマ 「経済学者はいかにして第二次世界大戦でのアメリカの勝利に貢献したか? (その2)」経済学101, 2017年2月19日) []
  2. 訳注;「経済鳥類学」というのは鳥が人間社会の日常生活(特に農業や園芸、スポーツなど)といかなる関わりを持っているかを調査する学問分野を指しているようだ。詳しくは(文中で言及されている論文に加えて)次の論文を参照。 ●Theodore S. Palmer, “A Review of Economic Ornithology in the United States”(pdf) []
  3. 訳注;1944年6月というのはノルマンディー上陸作戦が決行されたタイミングにあたる。 []

タイラー・コーエン 「『あなたは私のことをモノ扱いしてるのよ』 ~バレンタインデー当日のとある風景~」(2006年2月15日)

●Tyler Cowen, “Randian Valentine’s day rhetoric”(Marginal Revolution, February 15, 2006)


「あなたは私のことをモノ扱いしてるのよ」。

彼女はそう言い放った。

・・・(略)・・・彼女をモノ扱いする。彼女のことを僕の所有物のように扱う。それって一体どういうことなんだろうか? (自分の所有物に対するのと同じように)彼女のことに気を配り、一生懸命守ろうとする。赤の他人が手にしているモノなんかよりもずっと大事に扱う。そういうことになるんじゃないか?

自然と幸せな気持ちに傾きかけていたその時、彼女の顔を見て気付かされた。彼女の表情から判断するにどうやら僕みたいに幸せじゃないようなのだ。

あっ! そうか! 僕は間違っていたみたいだ。誰もが自己を所有しているのだ。誰もが自己の持ち主なのだ。その点は僕も彼女も同じなんだ。でも、まあそれはそれとして彼女のことをモノ扱いしているという点は受け入れるとしよう。まだ非常に重大な問題が控えているぞ。

そこまで考えを巡らせた末に僕はこう答えた。

「モノというけれど、みんなのモノ(公有財産)っていう意味? それとも誰か一人だけのモノ(私有財産)っていう意味?」

全文はこちらを参照。