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タイラー・コーエン 「イタリアの鉄道が時刻表通りに運行するようになったのはムッソリーニのおかげ?」(2003年9月12日)

●Tyler Cowen, “Did Mussolini make the trains run on time?”(Marginal Revolution, September 12, 2003)


・・・というのは違うらしい。www.snopes.comこちらのページで次のように語られている。

イタリアの鉄道システムは第一次世界大戦中に見るも無残な姿に落ちぶれてしまったものの、1920年代のうちに大いに息を吹き返した。それもこれも我々のおかげだ。ムッソリーニはそうホラを吹いた。鉄道の修繕工事の多くはムッソリーニ率いるファシスト党が政権を握る1922年よりも前に既に完了していたのである。もっと重要なことがある。ムッソリーニが支配するイタリアで生活していた人々が口々にこう証言しているのである。当時のイタリアの鉄道はビックリするほど時間に正確だった(時刻表通りだった)というのは現実なんかではなく神話に過ぎない、と。

タイラー・コーエン 「中国の飛行機がよく遅延するのはなぜ?」(2013年8月12日)

●Tyler Cowen, “The airline culture that is China”(Marginal Revolution, August 12, 2013)


以下の写真(撮影日不明)は厦門(アモイ)航空の2名のキャビンアテンダント(CA)が「正点」様1を祀った棚の前でひざまずいて拝んでいる様子を写したものだ。

全文はこちら。中国では飛行機の遅延が多いようだが、その理由の一部は以下のような事情に求められるとのことだ。

最新の統計によると、今年(2013年)の上半期に中国の空の便で発生した遅延の原因の(高く見積もって)40%は空の交通渋滞に求められるとのことだ。さらには、飛行機が予定の時刻通りに離陸できるかどうかはその飛行機の乗組員の中に航空管制官との知り合いがいるかどうかにかかっている面もあるという。

王海(Wang Hai)機長が語るところによると、飛行機の乗組員の中に誰か一人でも航空管制官の知り合いがいると、予定の時刻通りに離陸できるように他の便よりも優先して離陸許可を出してもらえるという。

「横入り」も遅延に一役買っている。そう語る航空管制官もいる。

「国際線であったり国内線でも重要なお客(政府の役人や財界の大物、航空会社の重役など)を乗せている便であったりは離陸するまでに長々と待機する必要はないんです」。中国南部の広州にある空港で働く管制官の一人はそう語る。

エコノミスト誌でも関連する話題が取り上げられている。その一部を引用しておこう。

まず第一に挙げるべき(そして一番古い)問題は、領空の大半(おそらくは70~80%)が中国空軍によってコントロールされているという点である。とりわけ都市部の上空やその近辺がそうであり、民間の飛行機が離着陸したり悪天候の中をどうにかやり過ごしたりするために使えるルート(航路)がごくごく限られてしまっているのである。

この機会に中国の航空業をテーマにしたジェームズ・ファローズ(James Fallows)の本を再度お薦めしておくとしよう。

この話題に目を向けるきっかけをくれたD.に感謝する。

  1. 訳注;「正点」というのは定時(定刻)という意味。飛行機の発着がダイヤ(時刻表)通りにいきますように(遅延がありませんように)、とお祈りしているわけである。 []

タイラー・コーエン 「遅刻撲滅大作戦」(2003年11月6日)

●Tyler Cowen, “Trying to make people punctual”(Marginal Revolution, November 6, 2003)


手持ち無沙汰でブラブラと過ごす何とも無駄な時間。国中でそんな時間の浪費が何年にもわたって続く中、エクアドルの経済界と市民団体が遂に立ち上がった。約束をすっぽかしたり待ち合わせに遅刻したりを繰り返す面々に約束と時間を厳守させるべく国を挙げての一大キャンペーンが展開中なのだ。

症状:時間通りに集まらない、他人の時間を奪う、何でもかんでもギリギリまで先延ばしする、他人への思いやりに欠ける』。ここのところ、エクアドル国内のあちこちでそんな文字が躍るポスターをよく目にするものだ。エクアドル国民の間に蔓延する遅刻癖は病気の一種だ。まるでそう言いたげだ。ポスターにはさらに次のような文字が続く。

治療法:責任感、他人への配慮、規律。この3つの言葉を毎朝目が覚めるたびに自分に言い聞かせること。 勧告:計画を立てよ、スケジュールを整理せよ、時計を修理せよ』

エクアドルで遅刻の撲滅に向けたキャンペーンがはじめられたようだ。民間部門が主導して資金も出しているとのこと。ところで、一番の(遅刻の)常習犯は誰なのだろうか?

エクアドル国民の間でも意見が一致しているが、遅刻の常習犯の中でも一番目に余るのは公務員と軍の将校だ。そして厄介なことに大統領(ルシオ・グティエレス)もその双方の文化に染まっている一人(遅刻の常習犯)だ。

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タイラー・コーエン 「プーチン大統領の『遅刻癖』に秘められた意図とは? ~社会的地位の低い相手との待ち合わせには時間通りやってくるのかしらん?~」(2013年11月27日)

●Tyler Cowen, “But is he on time for low status people?”(Marginal Revolution, November 27, 2013)


ローマ法王フランシスコとの初めての会談に予定よりも50分遅れて登場したウラジミール・プーチン。このようなことは件のロシア大統領にとっては何ら珍しいことではなく、むしろ通常運転だ。プーチン大統領の「遅刻癖」は権力というものに対する彼なりの態度を窺い知る何らかの洞察を与えてくれるかもしれない。

プーチン大統領は2003年に元法王のヨハネ・パウロ2世と会談しているが、その際は時間通りに会場に現れた。プーチン大統領が時間を厳守したことは異例の出来事として注目を集めた。ロシアの日刊紙であるイズベスチアには「大統領はたったの一秒も遅刻せずにやってきた」との見出しが躍ったほどだ。ちなみに、ヨハネ・パウロ2世と2000年に会談した際には15分の遅刻を犯している。

各国の首脳がプーチン大統領と会うために耐え忍ばねばならない時間の長さは様々だ。例えば、イギリスのエリザベス女王は14分待たされたし、元ウクライナ首相のユーリヤ・ティモシェンコは3時間も待たねばならなかった。外交儀礼上でイギリス女王やローマ法王ほどの要人はそうそういないだろうし、ウクライナ以上にプーチン大統領が屈辱を与えてやりたいと思う国は他にないだろう1

プーチン大統領は大体30分遅れてやってくるのがよくあるケースのようだ。半時間の遅刻というのは待たされる相手を怒らせるには十分(じゅうぶん)という国もいくつかあるだろう。プーチン大統領が韓国大統領(当時)の朴槿恵との会談に30分遅れで現れた際には韓国国内で失礼な行為と見なされたものだ。

しかしながら、これまでのところはどの首脳もプーチン大統領の登場を辛抱強く待ってくれている(プーチン大統領の遅刻を理由に会談をキャンセルした首脳はこれまでのところ一人もいない)ようだ。

全文はこちら2。この記事を教えてくれたElizabeth Dickinsonに感謝。

  1. 訳注;おそらくはプーチン大統領の遅刻は単なる癖というにどとまらず意図的なところもある(イギリス女王やローマ法王といった外交儀礼上の最重要人物が相手の場合は待たせる時間も短めに抑える一方で、屈辱を味わわせたいと思っている相手の場合は待たせる時間を長めにしている)ということが言いたいのであろう。 []
  2. 訳注;プーチンは昔から遅刻の常習犯だったようだ。例えば、この記事の後段ではプーチンの元夫人による次のような回想が紹介されている。「若かりし頃のプーチンは将来妻となるリュドミラとのデートの待ち合わせにも遅刻してやってくるのが常だった。『私は一度もデートに遅刻したことはありませんでしたが、ウラジミールは毎度のように遅刻してきたものです。1時間半の遅刻は日常茶飯事。待たされることはわかってはいたのですが、こちらは遅刻できませんでした。というのも、こう考えたからです。今日こそは時間通りにやってくるかも、と』。・・・(略)・・・『予定の時間を15分過ぎるくらいならまだ大丈夫。30分過ぎてもまだ何とか大丈夫です。でも、1時間過ぎてもまだやってこないとなると、傷心で涙したくなります。そして1時間半も待たされるともう何の感情も残っていないものです』」。
    なお、この記事の後段では遅刻が持つ意味について次のような心理学的な説明も紹介されている。「『遅刻を繰り返すことであなたが得る見返りは何だろうか? 何らかの見返りがないようであれば何度も何度も遅刻するなんてことはないだろう』。億万長者の心理学者であるフィル・マグローは遅刻常習犯をテーマにしたコラムの中で次のように書いている。『遅刻するというのは他人を犠牲にして状況を操作ないしコントロールしようとする術の一つだということを理解すべきだ。あなたが遅刻するとする。すると待ち合わせに時間通りにやってきた面々はあなたを待たねばならなくなる。待たされているみんなの間ではあなたの話題で持ち切りだ。つまりは、みんなは待つはずだし待ってくれるに違いないとの想定のもとに何とも不当なやり方で状況をコントロールしていることになるわけだ。遅刻するというのはかくも傲慢な行為なのだ』」。 []

タイラー・コーエン 「財務省に招かれて」(2009年11月6日)

●Tyler Cowen, “Impressions from Treasury”(Marginal Revolution, November 6, 2009)


つい先日のことだが、財務省を訪れる機会があった。財務省から招待されて数名のブロガーと一緒に(財務長官を含めた)財務省の高官らと面と向かって話をしてきたのだ。その時の印象を箇条書きでまとめておくとしよう(その他の招待客の面々の感想はこちらを参照)。

1. 財務長官(当時)のティモシー・ガイトナー(Timothy Geithner)は大変スマートな人物で予想以上に概念的な思考がお得意のようだ。

2. 財務省の建物の廊下は長くてL字型になっているが、そのような構造になっていることで廊下で立ち話するよりも部屋に入って話そうという気になりやすいんじゃないかと思う。何となくそう思うに過ぎないが、同意してくれる声もあれば異を唱える声もあることだろう。

3. 財務省の建物の内部には歴代の財務長官の肖像画が飾られているが、その絵の質は時とともに低下していっているようだ。

4. クッキー(温かくてとろけるチョコ入り)が振る舞われたのだが、出来立てでおいしかった。水も用意されていたが、ミネラルウォーターは置かれてなかった。

5. 部外者を招いて意見を聞くのは珍しくないとのことだが、高官のうちの何人かは我々のような外部の人間にどういう印象を持たれているのか(くそったれと思われているのかどうか)聞きたがっていたんだと思う。実際聞いてきたしね。

6. 招待された他のブロガーの中にはアメリカ経済が今後直面するかもしれない問題に財務省が気付いているかどうか心配な様子の御仁もいたが、その点については私はその御仁らほどには心配していない。行政機関の中では財務省は国家財政の未来についてであれ(金融機関が絡むケースも含めて)最悪のシナリオが発生する可能性についてであれ敏感であろうとするインセンティブを強く持っている。債券市場(国債市場)と日々向き合わねばならないことも一因となってその他の大半の行政機関よりも長期的で市場に友好的な視点に立ってものを考える傾向にある。問題があるとすればそれは議会だ。仮に財務省の中に(その他の招待客の一人である)イブ・スミス(Yves Smith)と同じような銀行システム観の持ち主がいたとしたら、銀行システムに対する財務省の関与も現状よりも控え目なものとなっていたことだろう。

7. 「あなた方とお話させていただくというのは格好の気分転換になります」。財務省の高官の一人がそんな感じのセリフを口にしたものだ。その他の場面でお世辞を並べられることはあったものの、「格好の気分転換になる」という発言はお世辞ではなくて本心だったんだと思う。こちらにとっても格好の気分転換になったものだ。

8. 金融危機について自分なりの考えをまとめる上で一番影響を受けた本なり人物(知識人ないしは経済理論家)なりを挙げるとすればどうなりますか? 高官の一人にそう尋ねたものだ。その後に続いた会話の中でその人物から(ライアカット・アハメドの)『Lords of Finance』〔拙訳はこちら〕をお薦めされたのだが、私の質問への回答のつもりだったのかどうかは不明だ。

タイラー・コーエン 「『Bull by the Horns』(シーラ・ベア回顧録) ~連邦預金保険公社を率いた女性総裁が語る金融危機の舞台裏~」(2012年10月17日)

●Tyler Cowen, “Sheila Bair’s new book”(Marginal Revolution, October 17, 2012)


シーラ・ベア(Sheila Bair)の回顧録に目を通したのだが、いくつかの理由から「(アゴが床につくほど)ビックリさせられた」作品群に加えたいところだ (シーラ・ベアは金融危機の最中に連邦預金保険公社(FDIC)の総裁を務めていた人物。回顧録のタイトルは『Bull by the Horns: Fighting to Save Main Street from Wall Street and Wall Street from Itself』(「牛の角をつかみて:メインストリートをウォールストリートから(加えてウォールストリートをウォールストリートそれ自身から)守り抜く」)だ)。

本書は情報がたっぷりと詰め込まれているストーリー仕立てのノンフィクションだ。これだけ大量の情報が一冊の中に凝縮されている例というのはそうそうないだろう。いや、これはいい意味だ。どのページを開いても必ず何かしら学ぶことがあったものだ。金融危機を扱った本をこれまでにたくさん読んできているにもかかわらずだ。 [Read more…]

タイラー・コーエン 「『ポールソン回顧録』」(2010年2月4日)/「『ガイトナー回顧録』」(2014年5月19日)

●Tyler Cowen, “*On the Brink*”(Marginal Revolution, February 4, 2010)


今回取り上げる本は『On the Brink』(邦訳『ポールソン回顧録』)だ。副題は「崩壊の瀬戸際に立たされた国際金融システムの防衛に向けた戦いの舞台裏」。著者(単著なのかどうなのかは知らないが)は(元財務長官の)ヘンリー・ポールソン(Henry M. Paulson, Jr.)。

私は自分のことを反ポールソン陣営の一員だとは考えてはいないものの、本書は体裁のいいごまかしが並べられた退屈な一冊というのが率直な印象だ。少なくとも100ページまでに出てくる登場人物の誰も彼もがことごとく聡明でチャーミングで云々かんぬんな優れた属性の持ち主として描かれているのだ。

ポールソンはキリスト教科学(クリスチャン・サイエンス)の信奉者だそうだが、そういうこともあって現代医療よりも「祈り」に頼ることに安らぎを感じる面があるという。しかし、こと銀行システムの治療ということになるとそのやり方は通じないと思われるのだがどうだろうか?

私がこれまでに目を通した範囲での一番の見所はというと、ポールソンが国防総省での職を辞す直前(1973年12月)にニクソン大統領と交わした会話の場面だ。具体的には29ページになるが、その会話の中でニクソンは付加価値税の導入を見送った理由1を述べている。(本書の中で登場してくる)ニクソン以外のその他の面々は一人残らずありきたりのことしか語っていないように感じられるものだ。もっと先まで読み進めれば(マスコミでも報じられていない)何らかの新事実が暴露されているのかもしれないが、どうもそこまでたどり着けそうになさそう(読み続けられなさそう)だ。 [Read more…]

  1. 訳注;ニクソンも当初は付加価値税の導入(税制改革案に付加価値税の導入を盛り込むこと)には前向きだったが、リベラル陣営を利する格好になってしまうかもしれないと恐れて付加価値税の導入を見送ったという。付加価値税を導入すれば税収も増える(増収につながる)だろうが、一旦付加価値税が導入されてしまえばリベラル陣営が社会福祉プログラムを拡充するための格好の財源として将来的に付加価値税を乱用するようになるかもしれない。ニクソンはそう恐れたらしい。 []

タイラー・コーエン 「『バーナンキは正しかったか? FRBの真相』」(2009年7月22日)/「『マネーの支配者:経済危機に立ち向かう中央銀行総裁たちの闘い』」(2013年3月10日)

●Tyler Cowen, “*In Fed We Trust*”(Marginal Revolution, July 22, 2009)


In Fed We Trust』(邦訳『バーナンキは正しかったか? FRBの真相』)を読了。副題は「ベン・バーナンキの大パニックとの戦い」。著者はデイビッド・ウェッセル(David Wessel)。これはいいと思う文章を引用しておこう1

ニューヨーク・タイムズ紙のクロスワードパズルにほぼ毎日欠かさず挑戦するのがバーナンキ夫妻(夫のベンと妻のアンナ)にとっての共同の楽しみだった(ただし、難易度の低い月曜版のパズルは見送るのが常だった)。バーナンキは冗談めかして語る。「我々夫婦の共同作業の一つがクロスワードパズルを解くことですね。クロスワードパズルとの格闘は我々二人が送る社会生活のセクシーぶりを象徴しています。なかなかの腕前なんですよ。日曜版のパズルは大体40分もあれば解けちゃいますから」。

これまでに金融危機について書かれた本の中でも本書はそのエンターテインメント性にしても読み易さにしても一番だ。

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●Tyler Cowen, “*The Alchemists*”(Marginal Revolution, March 10, 2013)


発売されたばかりの『The Alchemists』(邦訳『マネーの支配者:経済危機に立ち向かう中央銀行総裁たちの闘い』)にざっと目を通したところだ。著者はニール・アーウィン(Neil Irwin)。副題は「3人の中央銀行総裁と火の海に包まれた世界経済」2。非常に優れた一冊との印象を受ける。私の読み方(速読)が正確なら、アーウィンは本書の中でトリシェ(元ECB総裁)のことを「ヨーロッパの大統領」と呼んでいる。個人的にお気に入りの表現だ。17世紀のスウェーデンの中央銀行(ストックホルム銀行)が話題となっている大変興味深い一章も見所だ。

  1. 訳注;以下は拙訳 []
  2. 訳注;「3人の中央銀行総裁」というのは、元FRB議長のベン・バーナンキ、元ECB総裁のジャン・クロード・トリシェ、元イングランド銀行総裁のマーヴィン・キングの三名のことを指している。 []

タイラー・コーエン 「『世界恐慌:経済を破綻させた4人の中央銀行総裁』」(2008年12月22日)

●Tyler Cowen, “Lords of Finance”(Marginal Revolution, December 22, 2008)


今回取り上げるのは『Lords of Finance』(邦訳『世界恐慌:経済を破綻させた4人の中央銀行総裁』)だ。著者はライアカット・アハメド(Liaquat Ahamed)。副題は「世界経済を破綻させたセントラルバンカーたち」。対象となっている時代は今現在・・・ではなく1920年代だ。

本書では第一次世界大戦後に国際金融システムの再建に乗り出したセントラルバンカーたちの努力の軌跡を辿る。1920年代半ばのごく短い期間に限って言うと、彼らはその仕事をうまくやってのけた・・・ように見えた。世界各国の通貨は安定に向かい、国境を越えた資本の移動も活発になり、経済成長も復調の兆しを見せ始めたのだ。しかしながら、にわか景気に沸くその水面下ではひび割れが徐々に生じつつあった。・・・(略)・・・世界経済全体が大恐慌の下方スパイラルに嵌り込みつつある苦境を前にして必死に奮闘するセントラルバンカーたち。しかしながら、その努力も結局は無駄に終わる。本書の最終章ではその軌跡を辿る。

1920年代は今現在と同様にセントラルバンカーに並々ならぬ権力と絶大なる威信が備わっていた時代だった。舞台の中心にいたのは四名の中央銀行総裁。神経質なところがあって謎めいた雰囲気に包まれたイングランド銀行総裁のモンタギュー・ノーマン(Montagu Norman)。外国人嫌いで疑い深いところのあるフランス銀行総裁のエミール・モロー(Emile Moreau)。堅物で傲慢、それと同時に聡明で狡猾なドイツ帝国銀行総裁のヒャルマル・シャハト(Hjalmar Schacht)。そして最後の四人目はニューヨーク連銀総裁のベンジャミン・ストロング(Benjamin Strong)。

ページを繰りながらギョッとさせられはする(恐怖を覚える)ものの、大いに楽しみつつ読み進めている最中だ。初耳だったのだが、後年のモンタギュー・ノーマンは「俺は壁をすり抜けられる」と本気で信じ込んでいたらしい。これもまた初耳だったのだが、1920年代のコロラド州では全人口の3分の1が一時的な療養で訪れた結核患者で占められていたとのことだ。

タイラー・コーエン「お金持ち大学への寄付金に課税すべき?」

[Tyler Cowen, “Should we tax the endowments of wealthy universities?” Marginal Revolution, November 5, 2017]

『ニューヨークタイムズ』のこの記事にいくらか背景が詳しく描かれている:

木曜に下院共和党が公表した税制案では,私立大学のうち,学生500名以上で資産がフルタイム学生1人あたり10万ドル以上ある大学の投資所得に 1.4 パーセントの課税案が盛り込まれている.これは公立大学には適用されない.

現在のところ,大学への寄付金は課税されない.大学の非営利な活動目的の一部と考えられているためだ.新税制案が可決されれば,2018年から2017年までの間に30億ドルの税収が得られると見込まれる.広範な減税をまかなう新たな税源のひとつになると議会は考えている.

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