●Alex Tabarrok, “Irving Fisher: Underappreciated economist”(Marginal Revolution, November 30, 2009)
その成果に比べて過小評価されている経済学者と言えば、誰だろうか? コーエンはマルサスの名を挙げており、ジョン・キャシディ(John Cassidy)はピグーだと答えている。私の頭に真っ先に浮かぶのは、何と言ってもアーヴィング・フィッシャー(Irving Fisher)だ。フィッシャーを高く評価する声はあちこちで上がっているようだが(例えば、London BankerやYves Smithによる評価を参照せよ)、その洞察の深さと思考の明晰さに比べると、フィッシャーの評価は依然としてあまりにも低いと言わざるを得ないだろう。
フィッシャーの洞察の深さを示す例として、今や古典の一つとなっている彼の論文 “The Debt-Deflation Theory of Great Depressions(pdf)”(「大恐慌に関する債務デフレ(デット・デフレーション)理論」)の中から、少しだけ引用するとしよう。
九つの段階にわたる連鎖反応が引き起こされることになるかもしれない。(1)多くの人々が債務を返済するためにこぞって(商品や手持ち資産の)投げ売りに走り(「債務の圧縮」)、その結果として、(2)銀行ローンの返済が進んで預金通貨の残高が縮小する。それに加えて、貨幣の流通速度が低下する。投げ売りがきっかけとなって生じた「預金通貨の縮小」と「貨幣の流通速度の低下」を受けて、(3)物価水準が下落する――言い換えると、ドル(貨幣)の価値が高まる――(「デフレーション」)。物価の下落がリフレーションをはじめとしたその他の政策なり出来事なりによって食いとどめられないようであれば、(4)各企業の純資産が物価の下落ペースを凌駕する勢いで縮小し(「純資産の縮小」)、その結果として、あちこちで破産が起きるだけでなく、(5)企業の利潤も同様に(物価の下落ペースを上回る勢いで)減少することになる(「利潤の低下」)。資本主義社会――言い換えると、営利事業が経済活動の主役を務める社会――においては、利潤がマイナスに転じた(赤字に陥った)企業を中心に、(6)生産や取引の縮小、雇用の削減に向けた動きが広がることになる(「生産や取引の縮小」)。赤字、破産、失業の結果として、(7)悲観的なムードが広がり、自信が損なわれて(「自信の喪失」)、(8)貨幣を手元に退蔵する動きが広がって、貨幣の流通速度がさらに一層低下することになる。
以上の八つの変化の結果として、(9)金利が複雑な動きを見せることになる。具体的には、名目金利――ドル単位で測った金利――は低下する一方で、実質金利――財単位で測った金利――は上昇することになる。
このように、「債務」と「デフレーション」という2つの要因には、多岐にわたる現象を極めてシンプルかつロジカルなかたちで説明できる大きな力が備わっているのだ。
「名目金利だけではなく、実質金利も低下する」というように修正したら、我々が今まさに直面している状況の描写そのものじゃなかろうか? 危機に対するフィッシャーなりの解決策はというと・・・、
これまでの分析が正しければ、リフレーションを通じてこの種の不況を食い止めたり、防いだりすることはいつだって可能ということになろう。すなわち、貸し手と借り手の間で契約が結ばれた時点――既存の債権・債務関係が発生した時点――の平均的な水準にまで物価を引き上げ(リフレートさせ)、その後は物価をその水準に保てばよいのである。
「物価水準ではなく、インフレ率を一定に保つ」というように修正したら、現代にもそのまま通用しそうじゃなかろうか? 以下に引用する後続の文章では、期待(予想)の重要性が匂わされていて、サムナーっぽさを感じないわけにはいかない(いや、正しくは、サムナーの分析はフィッシャーっぽいところがあると言うべきか)。
・・・(略)・・・適切な手段を用いれば、あるいは、適切な手段が用いられそうだと見込まれるだけでも、容易にデフレーションを即座に反転させることができる。そのことは、ルーズベルト大統領が実証しているところだ。図表のVIIとVIIIをご覧いただきたい。
フィッシャーにとっては、行動経済学の知見も特段目新しく感じられなかったことだろう。
金銭的な利得を追い求めて、多くの人々が過剰なまでの債務を背負うに至る過程で観察される集団心理は、いくつかに区別できる局面を辿ることになる。(a)購入した株式をしばらく保有してさえいれば、巨額の配当が得られるに違いないという誘惑がちらちく最初の局面。(b)もう少し待ってから株式を売れば、キャピタルゲインを得られるはずという希望が抱かれる第二の局面。(c)膨らんだ期待に感覚が麻痺してしまった庶民をカモにした怪しい宣伝が蔓延る第三の局面。(d)イケイケの雰囲気に飲まれて疑うことを忘れてしまった庶民に、文字通りの詐欺が仕掛けられる第四の局面。
クラレンス・ヘイトリー、イーヴァル・クルーガー、サミュエル・インサルらが引き起こしたスキャンダル事件に世間が気付いた頃には、もう手遅れだ。危機が引き起こされたのは、口がうまい詐欺師のせいであることを立証した本がこれまでに少なくとも一冊は書かれているが、大きな儲けを約束する――当初のうちは実際にも大きな儲けをもたらした――投資機会がそもそも存在していなければ、口がうまい詐欺師のせいで大きな損害が生じることもおそらくなかったろう。「新時代」思考が蔓延る背後では、その裏付けとなるものがいつだって見つかるものだ。しかしながら、しばらくすると、まんまと騙された犠牲者たちを後に残して、「新時代」思考はその姿をくらますのだ。
フィッシャーはカラフルでおもしろい人物だったし、盛り上げるネタはいろいろありそうですねー。
コメントありがとうございます。
こちらのサイトでどれだけ取り上げられるかはわかりませんが、ネタが豊富で飽きない人物ですね。徹底的な禁酒主義者という面も含めての健康オタクだったり、優生学の強い影響下にあったり、1929年の株価大暴落の前に予想を大きく外したり(フィッシャーの分析(=株価は割安)は実は正しかったんだという見解もあります(pdf)が)とネタまみれの多彩な人物です。クルーグマンとエガートソンのデレバレッジ論文(pdf)などもあって本領の貨幣経済学の分野でも再び注目されつつある・・・のかどうかは知りませんがw、「リフレ」という言葉の生みの親でもあることですし、ケインズやフリードマンなどと並んで言及されるようになったらいいなあと思う次第です(竹森先生の『経済論戦は甦る』なんかもありましたけれども)。