ジョセフ・ギャニオン 「2021年に米国でインフレが加速したのはなぜ? Fedはインフレをどう御すべき?」(2022年3月11日)

●Joseph E. Gagnon, “Why US inflation surged in 2021 and what the Fed should do to control it”(RealTime Economic Issues Watch, March 11, 2022)


米国のインフレ率は、2022年1月までの1年間の平均で6%にまで達し、Fedがインフレ率の目標値として掲げる2%を大きく上回った [1] … Continue reading。物価が跳ね上がった理由は、個人消費が底堅い動きを見せていることに加えて、供給面での制約がなかなか解消されずにいるためだ。2020年に景気が冷え込むと金融緩和に乗り出したFedだが、そろそろ金融引き締めに転じることになりそうだ。Fedは、今年1年を通じて政策金利を徐々に引き上げていく可能性があることを示唆しているだけでなく、必要とあらば利上げのペースを速める用意があることも仄(ほの)めかしている。インフレ率は、今後数年の間に下落傾向を辿ることになるだろうが、2%にまで下がるかというと、そうはならないだろう。

インフレ率を2%にまで引き下げるためとあれば、景気が悪化するのも何のそので金融引き締めを続けるべきなのだろうか? 過去25年を振り返ると、インフレ率が2%を上回らないようにすると、それと引き換えに失業率が必要以上に高止まりする恐れがあることを示す証拠で溢れている。Fedは、インフレ率の目標値を3%に引き上げるべきなのだ。

コロナ危機下でのインフレ

2021年に米国のインフレ率は40年ぶりの高さに達したわけだが、その原因は三つの要因に求められる。家計を支援するために財政出動が繰り返され、そのおかげで個人消費がコロナ禍前のトレンドを上回るほどの勢いを見せたことが一つ目の要因 [2] … Continue reading。コロナ禍の影響で休校や休業を強いられたために、働くことができずにいた(あるいは、コロナへの感染を怖れて、働きに出るのを控えた)労働者が大勢いた(それゆえに、供給面での制約が生じた)というのが二つ目の要因。コロナ禍の影響で個人消費の対象が対面型サービスから財(モノ)へとシフトしたが、財(モノ)の供給が需要の伸びに追いつけなかったというのが三つの目の要因。

今後はどうなりそうだろうか? 財政赤字の縮小に向けて舵が切られることになれば、それに伴って経済全体の総需要も徐々に勢いが弱まることだろう。オミクロン株の流行がひと段落したら、働きに出ようと思う人も増えるだろうし、働けるようになる人も増えるだろうから、それに伴って供給面での制約も徐々に解消に向かうことだろう。オミクロン株の流行がひと段落したら、対面型サービスから財(モノ)へというシフトが反転して、対面型サービスへの需要が高まることにもなるだろうが、対面型サービスに関しては供給能力に余裕がある。住宅需要が依然として旺盛なため、消費者物価指数の大きな割合を占める住居費(帰属家賃、家賃)が上昇を続ける可能性もあるが、(財政赤字の縮小に向けて舵が切られるのに伴って)総需要の勢いが徐々に鈍り、(オミクロン株の流行がひと段落するのに伴って)供給面での制約が解消されたら、インフレも鎮静化することだろう。今後2年間にわたって、インフレ率は下落傾向を辿ることになるだろう。

デイビッド・レイフシュナイダー(David Reifschneider)&デイビッド・ウィルコックス(David Wilcox)の二人がPIIE ポリシーブリーフ(pdf)でまとめている予測によると、コアPCEデフレータ(個人消費支出デフレータから、価格変動が激しい食品とエネルギーを除いたもの)で測ったインフレ率は、2022年第4四半期に前年同期比で3.1~3.4%あたりまで下がり、2023年第4四半期には前年同期比で2.1~2.6%あたりに達するのではないかという [3] … Continue reading。民間の代表的な経済予測会社であるIHS マークイットが(2022年の)2月に公表したレポートでもほぼ同様の予測がなされており、インフレ率は2022年第4四半期に前年同期比で3.4%、2023年第4四半期に前年同期比で2.1%に達するのではないかとのこと。Fedも3月16日の金融政策決定会合で似たような予測を立てるのではないかと思われる。

いずれの予測にしても荒唐無稽なところはどこにもないが、インフレ率が予測されているほどには下がらない可能性は大いにある。そう考える理由は、フィリップス曲線の形状にある。労働市場の需給が逼迫すると(失業率がNAIRUを下回るようだと)、インフレを予測するために使われている通常のモデル(レイフシュナイダー&ウィルコックスの二人が使っているモデルもそのうちの一つ)から弾き出されるよりも、インフレ率が高止まりする可能性があるのだ。

Fedにしても、レイフシュナイダー&ウィルコックスの二人にしても、民間の経済予測会社の大半にしても、インフレを予測するモデルとして「線形」のフィリップス曲線を使っている。フィリップス曲線というのは、インフレ率(名目賃金の伸び率、あるいは、物価の伸び率)と失業率との間に見られる負の相関関係――インフレ率が高くなるほど、失業率が低くなる(あるいは、インフレ率が低くなるほど、失業率が高くなる)――のことだ。1958年にA・W・フィリップスがはじめてそのことに気付いたわけだが、フィリップスが見出したフィリップス曲線は(途中で大きく屈折する)「非線形」のかたちをしていた。私も複数の同僚と共同で、米国をはじめとして世界各国のフィリップス曲線がどうなっているかを調べたのだが、インフレ率がかなり低い――3%を下回る――領域では、フィリップス曲線は――フィリップスが見出した元祖フィリップス曲線のように――「非線形」のかたちをしていることが見出されたのだ。私がクリストファー・コリンズ(Christopher Collins)との共同研究で推計した米国のフィリップス曲線――ただし、インフレ率が3%を下回っている領域に限ってのフィリップス曲線――を再現したのが、図1の青色の実線だ。インフレ率は、コアCPI(消費者物価指数)の変化率で測っている。失業率がNAIRU(インフレを加速させない失業率)を下回るや――失業ギャップ(失業率とNAIRUの差)がマイナスに転じるや――、フィリップス曲線の傾きは突如として急になる。その一方で、失業率がNAIRUを上回るや――失業ギャップがプラスに転じるや――、フィリップス曲線の傾きは水平に近くなる。

フィリップス曲線が「非線形」の形状をしているのはどうしてか? 名目賃金および名目価格が下方に硬直的だから、というのが一番もっともらしい理由だ。インフレ率が低くなると、実質賃金を引き下げたり、他社と比べた自社製品の価格(相対価格)を下げるために、名目賃金や名目価格を引き下げないといけなくなる。しかし、労働者にしても、商品の売り手にしても、失業やじり貧という代償を払ってでも、賃下げや値下げには抵抗する。賃下げや値下げに対する抵抗を打ち破って、インフレ率を(3%から)さらに引き下げるためには――例えば、ゼロ%にまで(あるいは、それ以下に)引き下げるためには――、大量の首切りが必要とされることになる。言い換えると、フィリップス曲線の傾きが水平に近くなるわけだ。低インフレは、フィリップス曲線を屈折させて、傾きを水平に近づけるのだ。

図1には、レイフシュナイダー&ウィルコックスの二人によって推計されたフィリップス曲線も描かれている(赤色の実線)。ただし、こちらの場合は、コアPCEデフレータの変化率でインフレ率が測られている [4] … Continue reading。レイフシュナイダー&ウィルコックスがの二人が米国のフィリップス曲線を推計するために対象として選んだ期間のほとんどを通じて、インフレ率はかなり低い水準をうろついており、失業ギャップはプラスだった(失業率がNAIRUを上回っていた)。失業率が少しくらい変化してもインフレ率に大して影響が出ない条件が揃っていたわけで、そのためにレイフシュナイダー&ウィルコックスの二人が推計したフィリップス曲線は水平に近い(傾きが緩やかな)線形の直線になっている。その一方で、我々の推計では、1950年代まで遡っていて、失業ギャップがマイナスだった(失業率がNAIRUを下回っていた)期間も、インフレ率が相当高い水準に達した期間も対象になっている。ご覧になっていただければわかるように、我々が推計したフィリップス曲線は、失業ギャップがマイナスの領域に入る(失業率がNAIRUを下回る)と、傾きが急になっている。

2021年に米国でインフレが加速したのは、フィリップス曲線の傾きが急になる領域が存在することを裏付けるさらなる証拠の一つとなっている。コロナ禍の影響で休校や休業を強いられたために、働くことができなかった(あるいは、コロナへの感染を怖れて、働きに出るのを控えた)労働者が大勢いたわけだが、労働供給に対するそのようなショックがNAIRUに及ぼした影響を推計できれば、インフレが加速したのは、度重なる財政出動によって総需要(個人消費)が伸びたのに加えて、コロナ禍の影響で供給面での制約が生じたせいだということを我々の推計したフィリップス曲線を使って説明できる。コロナ禍が労働供給に及ぼしたショックのせいで、NAIRUが上昇したことは間違いない。さらには、コロナ禍の影響で個人消費の対象が対面型サービスから財(モノ)へとシフトしたこともNAIRUを高める要因となった可能性がある [5] … Continue reading

2020年から2021年初頭にかけてNAIRUが4%から10%へと6%ポイント上昇し、その後は徐々に低下したと想定すれば、我々のモデル(我々が推計したフィリップス曲線)を使って、2021年にインフレが加速した(コアCPIで測ったインフレ率が上昇した)事実を無理なく説明することができる [6] … Continue reading。図2は、我々のモデルの予測結果を表したものであり、2021年第1四半期以降のインフレ率が予測されている(点線)。2022年第2四半期以降に関しては、NAIRUが4%にまで戻ったと想定したケース(赤色の点線)と、コロナ禍の影響が尾を引いてNAIRUが5%に高止まりしたままと想定したケース(青色の点線)の二通りのシナリオに分けて、今後のインフレ率が予測されている(失業ギャップを計算するには、NAIRUだけでなく失業率の値も必要になるが、2022年第2四半期以降に関しては、2022年2月時点のコンセンサス予測による予測値で代用している)。

レイフシュナイダー&ウィルコックスのモデルでは、インフレ率は2023年第4四半期までに(前年同期比で)2.1~2.6%あたりまで下がると予測されているわけだが、我々のモデルでも、NAIRUが4%に戻ったと想定すると、2023年第4四半期のインフレ率は、レイフシュナイダー&ウィルコックスのモデルで得られている下限値(2.1%)に近いところまで下がると予測されている(CPIで測ったインフレ率の方がPCEデフレータで測ったインフレ率よりも少々高めに値が出る [7]原注7;IHS … Continue readingのを修正すると、そうなる)。 しかしながら、NAIRUが5%に高止まりしたままと想定すると、2023年第4四半期のインフレ率は、レイフシュナイダー&ウィルコックスのモデルで得られている上限値(2.6%)を大きく上回ると予測されている。労働市場の需給の逼迫度を測るいくつかの指標(求人倍率だとか、離職率だとか)を見る限りだと、NAIRUは現状の失業率(4%)を大きく上回っている可能性が高い。NAIRUが4%を上回ったまま高止まりする状態は、しばらく続くと見てよさそうだ。

仮にNAIRUが4%にまで戻ったとしても、我々のモデルから得られる予測はいささか楽観的かもしれない。というのも、我々のモデルでは、長期の予想インフレ率に一時的とは言えない変化が生じた可能性を考慮していないからだ。レイフシュナイダー&ウィルコックスの二人も指摘しているように、長期の予想インフレ率を測る指標はこれまでのところは安定している。しかし、オリヴィエ・ブランシャール(Olivier Blanchard)もこちらのエントリーで論じているように、ここまでインフレが加速したのは実に40年ぶりの出来事であり、 企業に、労働者に、家計に、1970年代を思い起こさせるほどの強烈なショックを与えた可能性もある。インフレ率の実績値を踏まえて長期のインフレ予想も修正されるとすると、2021年中にインフレが加速するのに伴って長期の予想インフレ率も高まったというのは十分あり得る話だ。レイフシュナイダー&ウィルコックスの二人は、インフレの加速に伴って長期の予想インフレ率が高まるケースも検証しているが、その検証結果によると、長期の予想インフレ率が上昇したとすると、2023年第4四半期のインフレ率の予測値は2.1~2.6%よりも0.5%ほど高まる(2.6~3.1%あたりに収まる)ことになりそうとのことだ [8] … Continue reading

金融政策について

2020年にコロナ禍の影響で景気が悪化すると、Fedは即座に超緩和スタンスに転じた。政策金利はゼロ%にまで引き下げられ、長期金利の引き下げを意図して大量の債券が購入された。後知恵で言うと、2021年3月に米国救済計画法が成立した直後に、「中立的」なスタンスに緩やかに方向転換しておくべきだったろう [9] … Continue reading。 しかしながら、Fedにしても、民間の経済予測会社の大方にしても、2021年の後半になるまで、経済の過熱を警戒していなかったのだ [10] … Continue reading

2021年の後半になってインフレの加速が一過性のものではないことが誰の目にも明らかになると、Fedはすかさず政策スタンスを転換する意向を示し、債券の購入額を減らしていくと発表した。来る3月16日の金融政策会合では、債券の購入プログラムが終了を迎えると同時に、ゼロ金利解除が決定されると見込まれている。政策金利の今後については、2023年1月までに「中立的」な水準――2%をちょっと上回るくらい――に達するように、段階的に引き上げていくべきだろう。手持ちの債券が満期を迎えても買い戻さない――手持ちの債券が満期を迎えるのに伴ってバランスシートが縮小するのを容認する――ことも早めに発表すべきだろう。満期を迎える債券は今年の夏場ごろから増え出して、秋までにはピークで毎月1,000億ドルペースでバランスシートが縮小していくことになるだろう。毎月1,000億ドルペースと言えば、前回の量的緩和縮小時の倍のペースでバランスシートが縮小していくことを意味するが、バランスシートの縮小がそれだけのペースで進めば、長期金利が「中立的」な水準に立ち戻るのもだいぶ早まるだろう。

金融政策が「中立的」なスタンスに転じたからと言って、景気の悪化が招かれることにはならないだろう。おそらくは失業率がNAIRUを下回っていて、これまでの財政出動のおかげで家計にも資金面でまだ余裕が残っていることを踏まえると、政策金利を「中立的」な水準よりも少し高めに引き上げる必要さえあるかもしれない。ロシアによるウクライナ侵攻に伴ってエネルギー価格が高騰することになったら、Fedとしては悩ましい立場に立たされることだろう。成長が減速する一方で、インフレがしつこく高止まりする可能性があるからだ。とは言え、エネルギー価格が高騰しても、Fedのあるべき政策スタンスには大して影響は出ないだろう。インフレが加速すれば利上げが求められるが、成長が減速するなら利下げが求められるので、互いに打ち消し合って現状維持が求められることになるからだ。

今後しばらくは、インフレや雇用統計の新しいデータが明らかになるたびに、利上げのペースを調整せねばならない機会が何度も訪れることだろう。景気が急速に悪化するようなら利上げを見送り、インフレがなかなか鎮静化しないようなら利上げのペースを上げる・・・といったように、Fedはこれまで通り「軽快」であらねばならないだろう。

PCEデフレータで測ったインフレ率が2023年第4四半期になっても2%を大きく上回ったままだとしたら、景気が悪化するのも何のそので金融引き締めを続けるべきなのだろうか? [11] … Continue reading 経済学者の間からもちらほら聞こえてくる話だが、過去25年を振り返ると、2%のインフレ率というのはあまりに低すぎであり、インフレ率が2%を上回らないようにすると、それと引き換えに失業率が必要以上に高止まりしてしまう恐れがあることを示す証拠で溢れている。インフレ率を2%というあまりに低すぎる水準にまで引き下げるためとあれば、景気が悪化するのも何のそので金融引き締めを続ける・・・なんていうのは、間違ってるだろう。

インフレ目標を達成するために金融引き締めに乗り出さねばならない最中に、インフレ率の目標値を引き上げたらどうなるか? その中央銀行に対する信認が損なわれる・・・とは、ベン・バーナンキ(Ben Bernanke)の言だ。国民に対して最善策(インフレ率の目標値の引き上げ)の利点をうまく説明できそうにないからといって次善策に甘んじる(インフレ率の目標値を見直さずに、その達成に尽力する)というのは、逃げでしかない。「あの中央銀行は、いつだって最善の結果を追い求めようとしている」と見なされてこそ、長い目で見てこの上ない信認を得ることができるのだ。政策目標にしても、政策枠組みにしても、永遠不変であるかのように見なされるべきじゃない。経済情勢が変化するのに応じて、あるいは、経済に対する知識の蓄積に応じて、政策目標なり政策枠組みなりを定期的に点検すべきなのだ。「それって、Fedが2019年から2020年にかけてやったことじゃないの?」っていうのは、その通りだ。しかしながら、インフレ率の目標値を見直すことについては棚上げにされたのだ。Fedは、インフレ率の目標値を3%に引き上げるべきなのだ。

References

References
1 原注1;Fedがインフレ率を測る指標として贔屓(ひいき)にしているのは、PCE(個人消費支出)デフレータの変化率だが、PCEデフレータで測ったインフレ率は、2022年1月までの1年間の平均で6%を記録した。インフレ率を測る別の指標としてよく参照されるのはCPI(消費者物価指数)の変化率だが、CPIで測ったインフレ率は、2022年1月までの1年間の平均で7.5%を記録している。
2 原注2;米商務省経済分析局(BEA)の分析によると、2021年11月段階における個人消費の総額は、2010年1月から2019年12月までの期間のトレンドを5%近く上回っている。データの出所は、https://fred.stlouisfed.org
3 原注3;ロシアによるウクライナ侵攻に伴って、エネルギー価格が高騰している。そのあおりを受けて、ヘッドライン・インフレ率にはいくらか上昇圧力がかかるだろうが、コア・インフレ率にはそこまで影響は出ないだろう。世界全体の景気が減速することになれば、コア・インフレ率への影響はなおさら限られそうだ。
4 原注4;PCEデフレータの変化率を使って推計されたフィリップス曲線の傾きは、CPIの変化率を使って推計されたフィリップス曲線の傾きよりも、緩やかになる傾向にある。そうなる理由についてはまだ完全には明らかにされていないが、PCEデフレータとCPIとでは、計算に用いられる品目のウェイトに違いがあるのが関係しているのかもしれない。図1に描かれているのは、失業率の変動がインフレ率に及ぼす短期的な効果。我々のモデルでも、レイフシュナイダー&ウィルコックスのモデルでも、失業率の変動がインフレ率に及ぼす長期的な効果は、短期的な効果のおよそ倍になる。というのも、過去の変数が今期のインフレ率に及ぼす効果の大きさを表すラグ係数の合計が0.5になるため。
5 原注5;部門ごとにフィリップス曲線が存在すると想定してみるとしよう。すなわち、財部門のフィリップス曲線もあれば、サービス部門のフィリップス曲線もあると想定するわけだ。コロナ禍前は、どちらの部門でも失業ギャップはゼロだった(失業率とNAIRUが一致していた)としよう。コロナ禍の影響で対面型サービスから財(モノ)へと需要がシフトすると、財部門では需要が増えるおかげで失業ギャップがマイナスになる(失業率がNAIRUを下回る)が、失業ギャップがマイナスの領域ではフィリップス曲線の傾きが急になるので、財の価格は大幅に上昇することになる。その一方で、サービス部門では需要が減るせいで失業ギャップがプラスになる(失業率がNAIRUを上回る)が、失業ギャップがプラスの領域ではフィリップス曲線の傾きは緩やかなので、サービスの価格はほとんど下がらない。コロナ禍の影響で対面型サービスから財(モノ)へと需要がシフトした結果として、差し引きすると、インフレ率は上昇するが、失業率は変わらない。失業率は前と同じなのにインフレ率が上昇するということは、インフレを加速させない失業率が前よりも高まったことを意味する。すなわち、NAIRUの上昇を意味することになる。
6 原注6;レイフシュナイダー&ウィルコックスのモデル(彼らが推計したフィリップス曲線)を使って2021年の米国のインフレ率の変遷を跡付けようとすると、NAIRUが40%ポイント以上も上昇したと想定する必要がある。レイフシュナイダー&ウィルコックスのモデルを使って2021年にインフレが加速した事実を説明しようとすると非現実的な想定を置かなければならないというのが、ジェイソン・ファーマン(Jason Furman)がフィリップス曲線を使ってインフレ率を予測する試みにいまいち乗り気になれないでいる理由の一つとなっている。我々のモデルの予測精度の高さを見たら、ファーマンの懸念もいくらか和らぐだろう。
7 原注7;IHS マークイットによる2022年2月時点の分析によると、コアCPIで測ったインフレ率は、コアPCEデフレータで測ったインフレ率よりも、0.3%ほど高めの値が出る傾向にあるとのこと。
8 原注8;ブランシャールファーマンは、「賃金が上がるので物価も上がり、物価も上がるので賃金も上がる」という賃金―物価スパイラルが起きるのではないかと懸念している。その一方で、レイフシュナイダー&ウィルコックスの二人は、いくつかの根拠を挙げて、賃金―物価スパイラルは起きそうにないと結論付けている(ただし、長期の予想インフレ率が上昇しないとすればという条件付きで)。ちなみに、賃金―物価スパイラルが起きる可能性を組み込まなくても、我々が推計したフィリップス曲線は、米国で高インフレが続いた時期でもかなり高い予測精度を保っている。
9 原注9;「名目金利のゼロ下限制約」に伴う問題に対処するためとして、2020年に「平均インフレ目標」が導入されたが、インフレ率はそこまで上昇しないとFed内部で予測されていたことも重なって、「平均インフレ目標」が「中立的」なスタンスへの転換を遅らせる足かせとなってしまった。
10 原注10;私も含めて幾人かは、インフレが加速する可能性があると2021年2月2021年4月(pdf)の段階で警告していた。財政出動に支えられて、総需要が勢いよく伸びると予想したからだ。とは言え、供給面の制約がこんなにも厳しくなるとは、供給面の制約がインフレにこんなにも大きなインパクトを及ぼすとは、私も含めて誰一人として予想できなかった。
11 原注11;これまでの20年の間に「中立金利」が下落傾向を辿っていると説く研究もある。その原因として、人口減少だとか技術進歩の停滞だとかといった構造的な要因が挙げられることが多い。中立金利が低下している事実に気付くのが遅れて、知らず知らずのうちに引き締め気味の政策スタンスをとってしまっていた(そのせいで、意図せずしてインフレに下押し圧力をかける格好になっていた)というのが、世界中の中央銀行のこれまでの実情だった。中立金利の下落が今後も続くようであれば、政策スタンスが知らず知らずのうちに引き締め気味になっていて、そのせいでインフレ率が徐々に低下するという事態がまたもや到来するかもしれない。
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