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ジョン・ヘリウェル 『幸福格差と信頼の重要性』 (2016年9月6日)

John Helliwell, Happiness inequality and the importance of trust, (VOX, 06 September 2016)


格差議論では所得と財産の分布に論点が集中する傾向が有る。本稿ではもう1つ別の格差の出所 – 主観的幸福 [subjective-wellbeing] – へと焦点をシフトさせるべきことを主張する。幸福格差は世界全体でみても、また世界10地域のうちの8地域でも、相当に拡大している。こうした格差と取組む1つの方法は、社会に対する信頼という意味での社会信頼 [social trust] の向上である。

過去十年あるいは二十年の間に、人類および社会の進歩の主要尺度として従来用いられてきた所得と財産の指標より広範な要素を考慮した、幸福度という尺度の必要性を訴える研究や政策討議が数多く為されてきた (例: Stiglitz et al. 2010, OECD 2013)。また多くの国では、所得と財産の格差を拡大させている要素を計測し、これに厚生分析を加える試みに対する急速な関心の高まりが見られる (United Nations 2013, Atkinson 2015)。しかし格差の計測や格差の影響をめぐる議論はこれまでのところ、国内および国家間双方における所得と財産の分布に専ら焦点を合わせてきたのであった (Atkinson and Bourguignon 2014, Piketty 2014)。別の形の格差が注目されている領域でさえ – 例えば民族性・ジェンダー・健康・教育に由来する格差 (Putnam 2015) -、こうした格差の出所の比較検討や、これらの多様な格差類型の各々がもつ相対的重要性を計測する取組みは殆どなされていない。

しかし、主観的幸福度の提供する福祉厚生尺度が所得・財産によるものよりも優れているのなら、主観的幸福度分布における格差は格差を計る一段と優れた尺度を提供するはずではないか? またこれにより、様々な種類の格差が合わさりもたらす総合的影響の解明も期待できるのではないか?

データは幸福格差について何を伝えるか?

主観的幸福度に関する国家規模・世界規模のデータソースは現在徐々に改善されてきており、おかげで生活を構成する多くの側面についてその相対的重要度を把握することが容易になった。こういった尺度の中でも優秀な部類に属するもの – 回答カテゴリを豊富に備えているもので、例えば2016年度版世界幸福度ランキング [World Happiness Report Update (2016)] など – は、人生への全体的な満足度分布の格差を計測するために利用できる。さて、こうしたデータは幸福格差の水準およびその変化について何を示しているのだろうか? 図1と2  (Helliwell et al. 2016aから引用) に示されているのが幸福度格差の水準およびその変化だが、これは個人に0から10までのスケールで評価してもらった人生満足度を人口でウエイト付けした標準偏差によって測定したもので、2011から2015年までの期間の平均を算出し、世界全体でみた場合と、世界10地域の各々についてみた場合を掲載している。幸福度格差は西ヨーロッパ・東南アジアで最も小さく、ラテンアメリカ・中東・北アフリカで最も大きい。図2は2005年から2012年の期間と、2012から2015年の期間との間に、世界全体および前述の10地域においてみられた変化を示したもの。格差の拡大は全体としてみた世界および世界10地域における8地域 (例外となっているのはラテンアメリカ・中央および東ヨーロッパ) において相当大きくなっている。幸福度格差の拡大が最も大きかったのは、サブ-サハラアフリカ・中東・北アフリカである。

図1. 世界の地域毎に見た幸福度格差 (2012-2015年)

図2.地域毎に見た幸福度格差の変化 (2005-2011年から2012-2015年)

国家より小さな単位での幸福度格差測定が可能なのは、平均的幸福度とその分布における格差が諸般の人口層・コミュニティ・地域を跨いでどの様に変わるのかを示し得るほどの規模をもった母集団人口ベース調査を執り行ってきた国に限られ (英国・カナダなど)、これは比較的少数である。こうした状況のなか、3つの国際データセット (世界価値調査 [World Values Survey]・欧州社会調査 [European Social Survey]・ ギャラップ世界世論調査 [Gallup World Poll]) の実証データを活用し、サンプル人口内部における人生満足度回答の標準偏差として計測された幸福度格差のほうが、所得格差よりも遥かに上手く、個人間にみられる人生満足度差異の予測因子としての役割を果たすことを明らかにする論文が最近現れた (Goff et al. 2016)。

同論文ではこの相関が因果的有意性をもつという結論を裏付けるため、2つの実証データが援用されている。一つ目は、幸福度格差が人生満足度に及ぼすと推定される効果が、所得格差は縮小されるべきだとの命題に同意する個人について有意に大きくなっていること。この命題との交互作用が幸福度格差には見られるのに所得格差には見られない点は、人生満足度の指標として幸福度格差のほうが理論上望ましいことのさらなる裏付けとなる。

二つ目、幸福度格差の重要性は、こちらのほうが所得格差よりも、所得格差のもつ重大な因果的働きの1つであるとされてきたものに関して – つまり、社会信頼の差異を説明する因子として – 遥かに優れた働きを見せるという事実によって、さらなる裏付けを得ている。所得格差が社会信頼に及ぼす因果的働きはRothstein and Uslaner (2005) によって提示されていた。しかしながら、最近Goff et al. (2016, Table 6) が3つの国際データセットを利用しつつ、所得格差が、個人の社会信頼に関する差異の説明因子としての幸福度格差によって強く支配されていることを明らかにしたのだ。

社会信頼のもつ格差縮減力

幸福度格差縮減の実現にあたって強力な梃子となる社会信頼の重要性は、失業・健康問題・差別の標的となっている集団の一員であるなどを含む様々な種類の苦境がもたらす幸福費用 [wellbeing costs] が、平均以上の社会信頼度をもつ者に関しては有意に低くなっていることを示す最近の研究によって例示されてきた (Helliwell et al. 2016b)。社会信頼と幸福度を繋ぐこうした強靭性供給 [resilience-providing] 経路群を合わせると、今挙げた3つの望ましくない事象からくる総合ダメージの優に4分の1を相殺し、同ダメージを1から10までの人生満足度評価尺度上で2.2ポイントから1.6ポイントに縮減するものとなる。他方で、友人との社交からの満足度増分はおよそ4分の1分減少する。これら4経路を合わせたものが、主観的幸福度が高信頼度から得られる全利益の3分の1を占める。勿論、これからも社会信頼のもつ全ポジティブ効果のうち殆どの部分は、雇用状態にあり、健康状態も良好で、差別の標的になりがちだと思われる集団の一員でもない、一人口における大多数者に由来するものだろう。だが、一人当たりの効果に目を向けるのなら、同効果は不遇な状況に置かれた者達に関してのほうが遥かに大きい – 社会信頼の比例的有益性 [proportionate advantage] は、不健康・失業・差別に苦しむ者に関して断然大きいのである。このようにして恵まれた者と恵まれない者のギャップは、雇用・健康・差別との関連では、信頼水準が一般的に向上すれば相当に縮減する可能性がある。したがって、社会信頼の向上は、単に幸福度の平均的水準を引上げるばかりでなく、そのさい特に不遇な者の幸福度をその他の人口層よりも向上させるので、幸福度格差の縮減をも望みうるのである。この従来見過ごされてきた、社会信頼と個人レベルでの強靭性との間の繋がりは、社会信頼の向上が幸福度格差の縮減と最不遇者が被っている悲惨の軽減に関して、非対称的重要性の有る働きをもっている可能性を示唆する。何故かというと、上記3種類の苦境いずれについてもその発生率が幸福度分布の下端に位置する者の間で有意に高くなっているためだ。

社会信頼のもつ格差縮減力は、社会信頼が全体的な幸福度の向上を生み出す一経路に過ぎない。例えば社会信頼向上のもつ幸福効果を所得のもつ幸福効果と比較し、この比率を以て国富の構成要素としての社会信頼がどれほどの価値をもっているか推定することも出来る。Helliwell et al. (2016b) では社会信頼の所得価値への換算を試みているが、Hamilton et al. (2016) ではそこで提案された社会信頼の等価所得価値に基づき、社会関係資本に化体している国富が132ヶ国で平均すると約20%ほどになると推定している。また、その構造と分布は物的資本のそれとかなり異なる。これら推定値は、社会信頼の貢献のうち所得や健康の支援分を超える部分を反映したものである。全地域で見ても、様々な国グループで見ても、社会信頼が国富全体における一重要要素であるのは確かだが、それでもなお、各地域内部や各地域間での差異は大きく、全国富中の12%と低い数値のラテンアメリカから、OECD諸国での28%までと、その範囲には開きがある。

また国家以下の単位に対する分析からは、地域あるいは局地レベルの幸福度格差が実証的にも理論的にも所得格差という尺度よりも望ましいことを示す実証データが得られている。この点はGoff et al. (2016, Table 5) によって明らかにされたが、同人はGallup-Healthwaysの合衆国日毎世論調査から得た主観的人生評価データが、州の間で見られる人生満足度 [SWL: satisfaction with life] 格差の差異によって、対応する所得格差尺度よりも遥かに上手く説明できることを示している。

さらに最近になると、英国の地域レベルデータの活用により、幸福度格差 (このケースでは標準偏差ではなく平均差 [mean pair distance] で測定されている) の差異のほうが所得格差の差異よりも、地域的差異の相関物として、英国EU離脱支持投票者比率を良く説明することが明らかにされている (What works wellbeing 2016)。

結語

格差の出所と帰結に対する関心の広まり、幸福格差の測定の妥当性を裏付ける実証成果の登場、そして、大規模サンプルを用いた国家以下の単位における幸福度データの利用可能性がいよいよ多くの国で向上してきた今こそ、幸福格差に関する研究およびそこからの政策的示唆を盛んに行い、社会信頼がその幸福格差を緩和する働きを通して幸福に及ぼす実体的影響の大きさについて、より詳細な分析に取り掛かる格好の時であると思われる。

原著者注: 本論考は、極めて重要な貢献をしてくれた様々な共著者との研究成果に依拠している。幸福度測定の重要性については世界幸福度レポートで私とともに共同編集者を務めてくれたRichard LayardとJeff Sachsから、また幸福格差ならびに幸福を下支えする信頼の役割につき双方の計測方法について、さらに社会資本と幸福格差の繋がりについてはHaifang HuangとShun Wangから、それぞれ重大な貢献を受けた。Leonard GoffとGuy Mayrazは幸福度格差のもつ福利厚生への影響を評価するにあたっての中心的協力者であり、Kirk HamiltonとMichal Woolcockは信頼度尺度を利用して社会資本を地球規模での財産推定に取り入れる際に協力してくれた。皆に今一度心からの謝意を表したい。また長きに亘り研究を支援してくれたカナダ高等研究機構 [Canadian Institute for Advanced Research] にも深く感謝する。

参考文献

Atkinson, A B (2015), Inequality: What can be done?, Cambridge, Harvard University Press.

Atkinson, A B, and F Bourguignon (2014), Handbook of income distribution. Vols. 2A & 2B, Elsevier.

Goff, L, J F Helliwell, and G Mayraz (2016), “The Welfare Costs of Well-Being Inequality”, NBER Working Paper no. 21900.

Hamilton, K, J F Helliwell, and M Woolcock (2016), “Social capital, trust and well-being in the evaluation of wealth”, in K Hamilton and C Hepburn (eds.), Wealth: Economics and Policy, Oxford University Press, forthcoming.

Helliwell, J F, H Huang, and S Wang (2016a), “The distribution of world happiness”, Chapter 2 of J F Helliwell, R Layard, and J Sachs, World Happiness Report Update 2016, Sustainable Development Solutions Network.

Helliwell, J F, H Huang, and S Wang (2016b), “New Results on Trust and Well-Being”, NBER Working Paper no. 22450.

OECD (2013), OECD Guidelines on Measuring Subjective Well-being, OECD Publishing.

Piketty, T (2014), Capital in the 21st Century, Cambridge, Harvard University Press.

Putnam, R D (2015), Our kids: The American dream in crisis, New York, Simon and Schuster.

Rothstein, B, and E M Uslaner (2005), “All for all: equality, corruption, and social trust”, World Politics, 58 (1), 41–72.

Stiglitz, J E, A Sen, and J P Fitoussi (2010), Report by the commission on the measurement of economic performance and social progress, Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress.

United Nations (2013), Inequality matters, UN Department of Economic and Social Affairs.

What works wellbeing (2016), “What wellbeing inequalities tell us about the EU Referendum result”, whatworkswellbeing.org, July.

 


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