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タイラー・コーエン「気分先行・見解追随の誤謬」(2011年3月31日)

[Tyler Cowen, “The fallacy of mood affiliation,” Marginal Revolution, March 31, 2011]

この前,こんなことを書いた

どうやら,人々は最初に気分または態度を選んで,それから,その気分に合致するあれこれの見解を見つけて継ぎ合わせ,その見解を気分で正当化する.これを「気分先行・見解追随の誤謬」(fallacy of mood affiliation) とぼくは呼ぶ.人間の推論にはいろんな誤謬がつきものだけれど,この誤謬はいちばん報告が不十分だ.(経済成長をめぐる論争の文脈では,下地になっている気分は「楽観主義」や「悲観主義」そのもので,本来なら気分と独立であるべきあれこれの見解が,下地になっている気分からわきでてくる.)

さらにいくつか具体例を挙げよう:

#1. 「これから世界はイノベーションのネタ切れになる」と1899年に予測した人たちを反駁してやりたいと強く思って,それゆえに「これから経済成長は減速する」と主張する人たちすらも,それよりはるかに極端なイノベーションネタ切れ説に結びつけた人々.単純に,いかなる「悲観的な」見解にも反論してやる必要があるという切迫した感情がここにある.

#2. 環境問題の改善が全体としては多いに進歩している(たとえば空気や水はきれいになった)のを見て,たしかな根拠のある個別の環境問題を軽視したり無視したりする人々.ここにも,いかなる「悲観的な」関係にも反論してやる必要があるという切迫した感情がある.

#3. 貧しい人々の利益に反する政治的な戦争を見て,そこから,貧しい人たちの問題の原因の一部が…貧しい人たち当人にもあると主張する分析を提示したり理解したりするのに及び腰な人たち.(〔貧乏人を食い物にするという〕「略奪的貸付」の議論を交わしている場で,「略奪的借り入れ」の話を持ち出して,どうなるか見てみるといい.) 単純に,貧しい人たちについて否定的・悲観的・不当な見解は反論する必要があるという切迫した感情がここにはある.

#4. 共和党(や他の集団)を持ち上げるかけなすかが分析の主な目的だと考えて,それゆえに,他人の公平な分析,ひいては他人の党派的な分析をこの上げ下げの規準で判定する人たち.単純に,共和党について肯定的・楽観的・不当な見解は反論する必要があるという切迫した感情がここにはある.

ブログ界隈では,気分先行・見解追随はありふれている.


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