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ダニ・ロドリック 「アルバート・ハーシュマンを再読して」(2007年11月1日)

●Dani Rodrik, “Re-reading Albert Hirschman”(Dani Rodrik’s weblog, November 01, 2007)


アルバート・ハーシュマンを讃える講演(pdf)の準備をしながら、この「知の巨人」の作品としばし向き合う機会を久しぶりに持った。私の研究関心からするといささか皮肉なのだが、ハーシュマンの作品の中でも、経済発展に焦点を合わせた専門的な研究よりも、『Exit, Voice and Loyalty』(邦訳『離脱・発言・忠誠』)や『The Passions and the Interests』(邦訳『情念の政治経済学』)のような、大局的な視野に立って書かれた著作――昔からずっとお気に入りの二冊――の内容の方にずっと詳しい自分がいることに改めて気付かされた。

ハーシュマンの作品を再読して、またもや畏敬の念を抱かずにはいられなかった。政治哲学のような高尚な世界を軽やかに行き来できるだけでなく、とある途上国の灌漑プロジェクトのテクニカルな側面にも通暁しているというのだから。畏敬の念を抱くと同時に、彼が同時代人をイライラさせずにはおかなかった理由もわかった気がした。ハーシュマンという人は、色々な意味で、筋金入りの天邪鬼(あまのじゃく)なのだ。彼の目は、常に、物事のユニークな側面、例外的な事象に注がれている。かといって、理論の構築に背を向けるかというと、そういうわけでもない。物事のユニークな側面や例外的な事象を素材にして抽象的な理論を組み立てるのも厭わないのだ。ハーシュマンは、開発経済学(経済発展論)の分野で当時主流だった理論(ビッグプッシュ戦略、均斉成長戦略)に批判的な立場だった。発展途上にある国々に、ビッグプッシュ戦略だの、均斉成長戦略だのといった、包括的なプログラムを実施できる能力があるなら、そもそも発展途上の段階にとどまっているわけがないじゃないかと主張したのだ(個人的には、もっともな意見だと思う)。その代わりに、戦略的で、日和見主義的なアプローチを推した。手元にあるものだけで、やれるだけのことをやろうじゃないかというのだ。

ハーシュマンが経済発展の問題に強い関心を持ち続けていたとしたら、ワシントン・コンセンサスだとか、その二番煎じだとかのような教条主義に対して辛辣な批判を加えたに違いないし、中国の驚異的な発展を目にして、自分が推した「プラグマティックなアプローチ」の正しさを強く確信したに違いない。


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