ピーター・ターチン「繁栄の終焉:実質賃金は1970年代になぜ上昇が止まったのだろう?」(2013年4月4日)

The End of Prosperity: Why Did Real Wages Stop Growing in the 1970s?
Posted by Peter Turchin on April 04, 2013

1970年代に何かが起こっている。以下のグラフを見てみよう。

20世紀のほとんどの間――1970年代まで――アメリカにおいて労働者の賃金は、インフレよりも非常に速く成長した。1927年以降半世紀の間に、未熟練労働者の実質賃金は3.5倍、製造業労働者の賃金はインフレ調整したドル換算で4倍に上昇している。その後、折れたような低下が到来している。去年2012年だと、未熟練労働者と製造業労働者の実質賃金は1978年よりむしろ低下しているのだ。

どんな分析でも――貧困レベルないし典型的(統計用語で「中央値」の)賃金労働者を観察する限り、停滞や衰退のパターンは同じだ。(詳しくはThe State of Working Americaを参照されたし。)

活気に溢れ、ほぼ持続的だったこのような成長パターンが、1970年代後半に突如として全面的に停滞に転じたのはなぜだろう?

黄金時代:それはなぜ終わったのだろう?(画像引用元

アメリカ経済は1970年代後半以降も成長が止まることはなく、労働者の生産性も上昇を続けている。しかしながら、突如として労働者は経済成長の果実を共有できなくなり、利益はどこかに行ってしまった。

1978年を転機としてそれ以降の未熟練労働者と典型労働者双方の実質賃金の停滞は、1970年代以降のアメリカ合衆国の経済的不平等の拡大の理由を説明する大きな要素になっている。私は最近イオンマガジンに記事を執筆して、「上流と典型労働者が収入を巡って綱引きをしていたとしても、それはゼロサムゲームである必要はない。しかしながら実際はゼロサムであることが多い」と概説を行った。

アメリカ人は特段嫉妬深い人ではないし、(ほとんどでなくとも)多くのアメリカ人は金持ちが享受している富が(親のものではなく)特に金持ち自身の努力の賜物であるなら、金持ちを妬まないだろう。高所得者はより懸命に働き、長時間浪費し、家族との余暇や充実した時間を犠牲にする傾向があることを我々は知っている。社会学による調査や行動実験は、オーストラリアのような他のアングロサクソン国家と比較しても、アメリカ人は不平等に関しては格段に寛容なことを示している(特に「自身の努力によって得た」場合では)。

しかしながら問題になっているのは、最近の潮流が、富裕層の船団を単に引き上げているだけではなく、貧困層と中産階級の家庭を実際に沈めていることだ。「インフレ調整されたドル換算」では、中産階級で起こっている全体像を我々に教えてくれない。自宅を買う余裕がないのなら、人はどうして自身を中産階級と見做すだろう? 子供を大学に通わせる余裕がない場合は? 医療保険に入る余裕がない場合は? それなのに、これら3つの費用は全てインフレより急速に上昇を続けてきている。

つまり、 賃金による購買力を検討する際に、労働統計局が集計している消費財の抽象的なバスケットのような観点ではなく、「中産階級であること」を大きく意味する財の観点から検討するなら、実質賃金の停滞のように見えているものは、実際には下落が意味されている。中産階級の衰退は1970年代から続いているが、これが火を見るより明らかになったのは、家計所得(夫、妻、場合にっては同居している成人の子供の所得を合計したもの)が、公式のインフレ率で調整しても低下を始めた2000年以降になってからやっとだ。

中産階級家庭の所得が下落していることは、昨秋の大統領選挙でも話題の焦点になった。デヴィッド・レオンハルト [1]訳注:主にニューヨークタイムズで執筆してている有名なジャーナリスト はニューヨーク・タイムズ紙で一連の記事を執筆し、所得の下落を説明しよう取材している。私は彼を尊敬しており(何年も彼の記事を追いかけているが)、彼の結論には満足していない。

レオンハルトは以下のように要約している

1.「移民の受け入れ(特に違法移民)。移民が他の何らかの問題の原因となっているとしてもしても、所得の下落では主要な役割を果たしていないと示している証拠がある」
2.「最低賃金。これも移民と同様に所得の下落には微々たる影響しか果たしていないようである」
3.「医療費のコストがここ10年で急上昇したことで、企業は給与における現金支払いを低下させることになっている」
4.「労働組合の活動は縮小を続けている:他条件がが全て同一なら、組織化された労働者は、多くの場合は企業利益を犠牲にして、より多くの収入を得ることになる」
5.「近年の経済学の進展における多くの着目点のうちの1つに、グローバリゼーションは多くの領域において労働者の賃金を沈下させてきているとの考えを受け入れる経済学者が増え続けていることがある」
6.「自動化:工場においても商店においても、コンピュータによって代替可能な労働を担っている労働者は特に賃金が急低下している」

レオンハルトのまとめは、これぞまさに「不可避な経済的影響力の雑多な寄せ集め」である。上記に羅列したレオンハルトの具体的な結論群に私が不同意かどうかは置いておいても、非常に不満に思うのが、上記の諸問題へのアプローチが「ピース・ミール〔個別対処〕」になっていることだ。ある要因の重要性は、他の要因と比較することで計測が可能となるわけだが、レオンハルトのまとめは、この計測を可能にする包括的な理論枠組みになっていない。追加するに、レオンハルトの記事だけでなく、私が過去に読んできた経済学の文献でも、包括的な枠組みようなものの試みている専門的な論文はまだ発見できていない(もし私がそのような論文を見落としているのなら、誰か教えて欲しい。大感謝するだろう)。それどころか、経済学者の一部は、人によっては移民の影響を研究し、人によっては教育に焦点に絞り、人によってはグローバリゼーションに焦点を絞っている。

実質賃金が1970年代でなんらかの転換点を迎えている理由を問うた時、純粋な経済学的手法では答えることができないのが、根本問題になっている。イオンマガジンの寄稿で私が論じたように、経済的影響力と文化的変化(奇妙なことに、後者はレオンハルトの重要要因一覧から欠落しているようだ)の両方を考慮した、より洗練されたモデルを我々は必要としているのだ。私はイオンマガジンの論説で、構造的人口動態理論に基づいて説得力のある論理を概説している。

構造的人口動態モデルは1970年代の転換点を諸要素で計測可能となっているが、どのように計測できるかの補強作業を私は今実行中である(これはアメリカ史を造的人口動態で分析している執筆中の本の一部となっている)。次回以降のブログのエントリでこの諸要素についてお届けする予定だ。

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1 訳注:主にニューヨークタイムズで執筆してている有名なジャーナリスト
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