Paul Krugman, “Solving the Poverty Problem With Magic Asterisks,” Krugman & Co., August 1, 2014.
[“Ezra Klein Asks the Wrong Question,” July 24, 2014; “The Horror, The Horror,” July 20, 2014]
魔法のアスタリスクで貧困問題を解決するんだってさ
by ポール・クルーグマン
先日,エズラ・クラインが Vox の論説で見当違いな問いを立てていた:「ポール・ライアンの貧困対策案を信用すべき理由なんてあるのか?」 それならかんたんだ:あるわきゃない.これまた,かんたんな問いにかんたんな答えがでてくる一例だね.
もっと長い答えがお望みなら,共和党の下院予算委員会委員長ライアン氏を信用しない理由は複数でてくる.たんに,彼の案がご当人の予算案と完全に不整合を来してるってだけじゃない.その不整合を解消する方法について,彼はなんにも示していないってだけじゃない.彼が提案してる方法がたんに裏口から手を回して貧困者援助を削減する方法でしかないってだけじゃない――なんといっても,それこそまさに彼の予算案がやろうとしてることなんだし.それに,貧困の原因と対処法について彼が言ってることがなにもかも間違ってるってだけでもない.
それだけじゃなくて,ライアン氏がこれまでに提案してきたいろんなことは――1つ残らず――詐欺だったじゃないの.彼が原案をつくった予算案にでてくる魔法のアスタリスクを説明しろと問い詰められたのは,いまから4年前のことだ――富裕層と企業にかける税率を下げつつ歳入を減らさないですませるなんて,いったいどうやってやるつもりだと彼は質問された.で,彼がやったのは,裁量支出とその他の項目にさらに魔法のアスタリスクを増やすことだった.〔註:「魔法のアスタリスク」(magic asterisks) とは,レーガン時代に行政管理予算局局長を務めたデイヴィッド・ストックマンが広めた言葉で,予算関係の書類にインチキの数字をまぎれこませて,最終的にできあがる推計で劇的な支出削減がなされるかのように見せかけることを言う.このテクニックは,インフレ率や金利,経済成長についてありえないほど楽観的な仮定をおく「バラ色のシナリオ」とならんで,ストックマン当人が局長時代に使っていたとのこと.参照: “In the land of the magic asterisk,” New York Times, May 11 1985.〕
というわけで,ライアン氏を信用すべき理由は問題じゃないし,信用すべきかどうかも問題にならない――信用すべきじゃない.おしまい.
そうじゃなくて,ほんとの問題は,なんで報道メディアでこれほど多くの人たちがいまだに彼をたたえる理由を見つけ出したがっているのかってことだ.もちろん,答えはもう何年も前からはっきりしてる:「自分たちが思い描いてる政治劇で誰かが演じてくれるハズの役にライアンを据え付け」ようと試みているんだ.この話は2年前に書いた.
ライアンは,実際にその役に適任だという証をなんにも示してこなかった――だけど,他に誰もいないおかげで,おんなじ詐欺をなんど見とがめられようと,いまだに彼は「疑わしきは被告の有利に」で見逃されつづけている.
© The New York Times News Service
恐怖…恐怖だ
たまたま,『ビジネス・インサイダー』に金融評論家のジョン・モールディンが先日書いた記事をクリックして開いてみたら,国内総生産はケインジアンどもの策謀で,あれがなければ当然フリードリヒ・ハイエクがマクロ経済論争の勝者になっていただろうとご教授くださっていた.
いやはや――でも,これはぼくの言う恐怖じゃない.恐怖はこっちの方:「ニュート・ギングリッチとニーアル・ファーガソンの戦略投資カンファレンス動画が利用できるようにしてある」とモールディン氏は言う.「今週,うれしいことに,このすばらしく得るところの多い催しからさらにいろんな記事を提供する予定だ.ニュート・ギングリッチとニーアル・ファーガソンの2人は,世界でも最良の経済・投資の頭脳が一堂に会したこのカンファレンスでも最高の評価が与えられたプレゼンターだ.」
ああ,うん…
© The New York Times News Service
【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する
共和党の新プラン
by ショーン・トレイナー
6月末にウィスコンシン選出の共和党下院議員ポール・D・ライアンが,アメリカの貧困対策を狙いとする新プランを発表した.
この発案の柱となっているのは,いくつもある反貧困プログラムに対する連邦政府の資金拠出を一本化して,個々の州に与える単一の助成にしようという提案だ.州当局は,このお金を使って貧困者を助けることができ,その方法は州ごとに思うとおりにしてかまわない.
州は貧困対策の前線となっているのだから,連邦政府よりも地域の議員たちの方が問題に取り組む用意が整っている,とライアン氏は主張している.それぞれの州で地域の事情に合わせてプログラムを調整することで,より効果的にできる,というわけだ.
ライアン氏の提案を批判する人たちは,これをすぐさま「ブロック助成」(block granting) と称した.ブロック助成とは,長年にわたって共和党が連邦政府の支出を減らすために利用している戦略のことだ.「財政政策優先事項研究所」(Center on Budget and Policy Priorities) のウェブサイトに掲載した論評で,同組織の創設者ロバート・グリーンスタインは,問題点をこうした観点で解説している:「多岐にわたるいろんなプログラムを1つのブロック助成にまとめると,政策担当者たちは連邦政府による助成として具体的にどれくらいの水準が必要とされているのか突き止めるのが実質的に不可能になる――あるいは,プログラムの削減によって生じると見込まれる人々への影響が具体的にわからなくなるのだ.その結果として,連邦政府の予算をぶんどろうとしのぎを削るなかで,広範におよぶブロック助成は削りやすくなることが多い.」 他の批判者たちは,反貧困対策を州にゆだねるといっても,そうした対策にイデオロギーで反対している議員たちが統治する州にゆだねるのが賢明なことなのか,疑問視している.
Vox に載せた最近の論考で,評論家エズラ・クラインはライアン氏の助成案を,適正価格医療保険法のもとで進められている近年の連邦政府によるメディケイド拡大と比較している.メディケイドは,貧しいアメリカ人のための健康保険プログラムだ.「多くの共和党知事は,貧困ラインの133パーセント未満を稼いでいる人たち全員を完全に保険加入させるコストの90パーセントを政府に払わせるのを拒否してきた」とクライン氏は述べる.
「こうした知事たちは,文字通り,お金を払うのを拒んだわけだ.自分たちの方がもっといい考えをもっているからではない:彼らは,たんに,こうした人々を保険未加入で放置してきただけだ.(…)絶句するほどの冷酷・愚劣・無責任があふれかえった政策だ.」
© The New York Times News Service
「魔法のアスタリスク」というのがどういうことなのか、ちょっとよくわからない……
ライアンの予算案は未読ですが、「魔法のアスタリスク」はこのへんでクルーグマンが言っているような、詳細な根拠なしに予算を示すことだと思われます。「来年度予算は1割削減! *詳細別途」というようなイメージでしょうか。
とりいそぎ,本文中に註釈を入れました.