●Matthew Kotchen and Laura Grant, “Does daylight saving time save electricity?”(VOX, December 5, 2008)
省エネという目的を背負っている「日光節約時間」(あるいは「サマータイム」)は地球上で最も広い範囲を覆う規制の一つである。しかしながら、「日光節約時間」(「サマータイム」)に省エネ効果が備わっていることを指し示す証拠は驚くほど少ない。インディアナ州における「自然実験」の結果に照らすと、日光の「節約」は電力消費の節約にはつながっていない(電力消費量をむしろ増やしている)というのが我々なりの結論である。
「日光節約時間」(デイライト・セービング・タイム;以下、DSTと表記)――EU(欧州連合)による呼び方だと「サマータイム」――を年中行事として執り行っている国の数は(2008年の段階では)76カ国に上る。春に時計の針を1時間だけ進め、秋に時計の針を1時間だけ戻す。そうすることで太陽の光が照りつける時間が朝から夕方に向けて(時計盤の上で)後ろに1時間だけずらされることになる。DSTは世界全体で16億人を超える人々の生活に直接影響を及ぼすわけであり、地球上で最も広い範囲を覆う規制の一つであると言える。
日光の「節約」を通じた省エネ(エネルギーの節約)
DSTを農業政策の一つとして捉える誤解が広まっているようだが、DSTの狙いは省エネにあるというのが昔から変わらぬ真相だ。DSTにつながるアイデアの言いだしっぺは誰かと言うとベンジャミン・フランクリンということになっている。夏場にみんなが一斉に早起きするようになれば、「ロウソクの代わりに日の光(太陽光)を利用するという節約術」に頼ることで夕方に大量の(ロウソクの原料となる)獣脂やロウを使わずに済ませられる(獣脂やロウを大いに節約できる)だろう。フランクリンは1784年に “An Economical Project”(「経済的な(倹約的な)提案」)と題された風変わりなエッセイの中でそのような考えに耽っている。
DSTというアイデアが真剣に受け止められたのは第一次世界大戦および第二次世界大戦中のことだった。両大戦中に数多くの国々でDSTが国の制度として正式に導入されたのである。しかしながら、アメリカでDSTが毎年の恒例行事となる(アメリカ国内でDSTの開始日と終了日が統一される)までには1966年になるまで待たねばならなかった。それ以降アメリカではこれまでにDSTの開始日と終了日が数度にわたって変更されているが、2005年に可決された「エネルギー政策法」(Energy Policy Act of 2005)でまたもや変更が加えられることになった。2007年度からDSTの開始日がこれまでよりも3週間早められるとともに終了日が1週間先延ばしされることになったのである(その結果、DSTの実施期間が合計で約1ヶ月ほど延長されることになった)。米議会ではDSTの期間延長に伴ってどれだけの省エネにつながるかが議論の焦点となっており、DSTの期間が1日だけ延びるのに伴って1日あたり10万バレルの原油に相当するエネルギーが節約されることになるとの予測が打ち出されている。
先行研究の概観
DSTがアメリカをはじめ世界各国で導入されてから随分経っているにもかかわらず、DSTに省エネ効果が備わっていることを指し示す証拠は驚くほど少ない。その数少ない証拠の一つがしばしば引き合いに出される米運輸省による1975年の研究である。その研究によると、DSTの開始日と終了日(時計の針が1時間だけ調整される日)にそれぞれ電力消費量が1%だけ削減されるとのこと。しかしながら、その後の追跡評価によると米運輸省による件の研究結果は統計的に有意ではないと結論付けられている(Filliben 1976)。また、オーストラリアにおけるDSTの期間延長(シドニーオリンピック期間中に一部の州限定でDSTの期間が延長されたケース)の効果を検証したKellogg&Wolffの研究によると、DSTの期間延長は電力消費量に何らの影響も及ぼさなかった(増やしも減らしもしなかった)とのこと。DSTの期間延長に伴って夕方の時間帯における電力消費量は減ったものの、その減少分をちょうど打ち消すだけ朝方の電力消費量が増えたというのである。
エンジニアリングモデルを使ってシミュレーションを行っている関連研究の方面でもDSTの省エネ効果には疑問符が付けられている。Rock(1997)によるシミュレーションによると、アメリカ国内にある224ヶ所の異なる地域全体を平均するとDSTは電力消費量を増やすとの予測結果が得られている。その一方で、日本を対象にDSTが一般家庭における照明用の電力需要に及ぼす効果(日本で仮にDSTが導入された場合に予測される効果)のシミュレーションを試みているFong et al.(2007)によると、DSTは一般家庭における(照明用の)電力消費量を減らす(ただし、その減り方には地域ごとで差がある)との予測結果が得られている。それに対して同じく日本を対象にDSTが一般家庭における電力需要に及ぼす効果(日本で仮にDSTが導入された場合に予測される効果)のシミュレーションを試みているShimoda et al.(2007)ではDSTがエアコン用の電力需要に及ぼす効果も考慮されており、DSTは一般家庭における電力消費量を0.13%だけ増やすとの予測結果が得られている。
インディアナ州における「自然実験」
つい最近の話になるが、我々二人は(アメリカの)インディアナ州を舞台とするDSTにまつわる珍しい出来事に乗じた研究に取り掛かる機会に恵まれた(Kotchen and Grant 2008)。インディアナ州では州内のごく一部の郡に限ってDSTが実施されていたが、2006年になってインディアナ州の全域(州内のすべての郡)でDSTが導入されるに至ったのである。インディアナ州全域にDSTを導入するという政策変更はDSTが続けられる(春の開始日から秋の終了日までにわたる)期間全体を通じてDSTが一般家庭の電力消費量に及ぼす効果を計測する「自然実験」の機会を提供している。2006年以前からDSTを取り入れていた先発組の郡を「コントロールグループ」として据えた上で、2006年からDSTが導入された後発組の郡に住む一般家庭の電力消費量がDSTの導入前後の年(DSTが導入される前の2年間とDSTが導入された後の年)でどう変化したかを比較することができるわけである。インディアナ州で手掛けられた特異な「自然実験」のおかげで、DSTが続けられる期間全体を通じてDSTが電力消費量に及ぼす効果だけではなく、DSTが電力消費量に及ぼす季節ごとの効果やDSTに切り替えられる(時計の針が1時間だけ調整される)前後の時期における電力消費量の違いを推計する術が初めて得られたのである。
どのような発見が見出されたか? DSTは――政策意図とは反対に――(インディアナ州における)一般家庭の電力需要を高めたというのが我々が見出した主たる発見である。DSTが続けられる期間全体を通じて電力消費量はおよそ1%ほど高められたとの推計結果が得られているが、DSTが電力消費量を高める効果は季節ごとに違いがあることも見出されている。DSTが電力消費量を高める効果は夏の終わりから秋のはじめの頃にピークに達し、夏の終わりから秋のはじめの頃に限るとDSTは電力消費量を2%~4%ほど高める効果を備えていると見積もられている。
どうしてそのような結果になるのだろうか? その背後で働いているメカニズムを理解するために我々二人はエンジニアリングモデルの助けを借りてDSTが一般家庭の電力需要の内訳に及ぼす効果を予測するシミュレーションを試みた。そのシミュレーションでは先ほどの実証的な推計結果と整合的な予測が得られており、照明やエアコンの電源が入れられるタイミングだったり照明やエアコンの使用に伴う電力消費量だったりにどのような違いが見られるかが露にされている。シミュレーションの結果によると、ベンジャミン・フランクリンが説く如く、DSTは照明の使用を抑えることで電力消費の節約につながるとの予測が得られている。しかしながら、その一方でエアコンで室内を暖めたり冷やしたりするための電力消費(冷暖房用、特に冷房用の電力消費)は増えることになり、照明用の電力消費と冷暖房用の電力消費を差し引きするとDSTは一般家庭の電力消費量を増やすとの結果が得られている。
DSTは一般家庭の電力消費量を増やすとの推計結果が得られたわけだが、それではDSTは電力消費量を増やすことでどのくらいのコストを生み出しているのだろうか? 我々二人は最後の課題としてそのコストの推計にも乗り出している。我々の推計結果によると、州内のすべての郡にDSTを導入するという政策変更に伴ってインディアナ州の住民全体が支払う電気代は一年あたり平均860万ドルだけ上乗せされることになったと見積もられている。それに加えて、インディアナ州での政策変更は一般家庭の電力消費量を増やすのに伴って二酸化炭素や大気汚染物質の排出量を増大させることになり、その結果として一年あたり160万~530万ドルに上る社会的費用が生み出されるに至ったと見積もられている。
今後の展開やいかに?
我々の分析結果は一体何を示唆しているのだろうか? 日光の「節約」はいついかなる場合でも電力消費量を(抑制するのではなく)増やすということをまで示唆しているわけでは勿論無い。とは言え、我々の分析結果はDSTの導入を正当化するために持ち出されるお決まりの口実に先行研究の多くと共同戦線を張るかたちで疑問を投げかけるものではある。そのような懐疑的な姿勢を保つことは(2005年に可決されたエネルギー政策法によって断行された)DSTの期間延長の効果が検証されようとしている今こそ特に大事である。米国エネルギー省がDSTの期間延長の効果を検証した報告書を議会に提出したばかりだが(U. S. Department of Energy 2008)、その報告書によると2007年からDSTの実施期間に新たに追加された約1ヶ月間に限ると電力消費量は従来よりも0.5%ほど減少したとの推計結果が伝えられている。
米国エネルギー省による検証結果に注目が集まり出しているところだが、米議会には是非とも心に留めておいてもらいたいことがある。新たに追加された約1ヶ月間の電力消費量が従来よりも減ったというのが仮に正しいとしても、DSTの(春の開始日から秋の終了日までにわたる)実施期間全体をひっくるめた場合にも同じことが言えるか(電力消費量は減るか)というとそうとは限らないということがそれだ。欠陥を秘めた政策を取り繕ったところで良案へと様変わりするわけではない。インディアナ州における「自然実験」の結果を検証した我々の研究はDSTが実施期間全体を通じて電力消費量にどのような効果を及ぼすかを物語る初の――そして今のところ唯一の――実証的な証拠を提供しており、DSTは(実施期間全体をひっくるめると)電力消費量を抑制するのではなくむしろ増やすとの結果が示唆されている。さらには、DSTが電力消費量を高める効果はエアコンに頼りがちな地域ほど大きくなりがちとの結果も示唆されている。
我々二人はインディアナ州で得られたのと同様の結果がアメリカ国内の他の地域でも確認できるかどうかを調査している最中だが、アメリカ以外の国々を対象とした同様の研究(DSTの効果を探る研究)も待たれている。例えば、パキスタンやモロッコでは省エネのためという触れ込みで今年(2008年)に入って再びDSTが導入されることになったし、インドや日本といった国ではDSTを導入すべきかどうかをめぐって検討が加えられている最中だ。世界全体のエネルギー需要が急速に高まりを見せ、気候変動問題への関心も高まっている。DSTは気候変動問題の解決策の一つとなり得るのか、それともDSTは実のところ気候変動問題の悪化に手を貸しているのか。いずれであるのかを見極めることの重要性は高まる一方である。
<参考文献>
●Filliben, J. J. 1976. “Review and Technical Evaluation of the DOT Daylight Saving Time Study”. U.S. National Bureau of Standards, NBS Internal Report Prepared for the Chairman Subcommittee on Transportation and Commerce, Committee on Interstate and Foreign Commerce, U.S. House of Representatives, KF27.I5589, Washington.
●Fong, W., H. Matsumoto, Y. Lun, and R. Kimura. 2007. “Energy Savings Potential of the Summer Time Concept in Different Regions of Japan From the Perspective of Household Lighting“. Journal of Asian Architecture and Building Engineering. 6(2) 371-78.
●Franklin, B. 1784. “An Economical Project“. Journal de Paris.
●Kellogg, R. and H. Wolff. In press. “Does Extending Daylight Saving Time Save Energy? Evidence from an Australian Experiment“. Journal of Environmental Economics and Management.
●Kotchen, M. J. and L. E. Grant. 2008. “Does Daylight Saving Time Save Energy? Evidence from a Natural Experiment in Indiana“. NBER Working Paper 14429.
●Rock, B. A. 1997. “Impact of daylight saving time on residential energy consumption and cost“. Energy and Buildings. 25: 63-68.
●Shimoda, Y., T. Asahi, A. Taniguchi, and M. Mizuno. 2007. “Evaluation of City-Scale Impact of Residential Energy Conservation Measures Using the Detailed End-Use Simulation Model“. Energy. 32 1617-33.
●U. S. Department of Energy. 2008. “Impact of Extended Daylight Saving Time on National Energy Consumption: Technical Documentation for Report to Congress“[PDF]. Energy Policy Act of 2005, Section 110.
●U. S. Department of Transportation. 1975. The Daylight Saving Time Study: A Report to Congress from the Secretary of Transportation. Volumes I and II.
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