ラルス・クリステンセン 「経済危機、幸福、自殺」(2012年4月5日)/ スコット・サムナー 「ギリシャの自殺率が低く抑えられているのはなぜなのか?」(2012年4月29日)

●Lars Christensen, “Crisis, happiness and suicide”(The Market Monetarist, April 5, 2012)


家族旅行でデンマーク西部にあるユトランド半島まで行ってきた。車を運転して自宅に戻る道中で、ラジオから流れてくるニュースに耳を傾けていると、2つのトピックが取り上げられていた。その2つのトピックは、一見無関係なようでいて、妙なかたちでつながっていると言えなくもなかった。というのも、どちらのトピックにも「幸福」が絡んでいたからだ。一つ目のトピックは、世界幸福度報告書の調査でデンマークが世界で最も幸福な国に(またもや!)選ばれたことを伝えるものだった。それとは対照的に、二つ目のトピックは、アテネにある人通りの多い広場(シンタグマ広場)で77歳のギリシャ人男性が自殺した [1]訳注;このニュースについては、例えば次の記事も参照のこと。 … Continue readingことを伝える悲愴なものだった。生活苦とギリシャの深刻な経済状況を憂えて命を絶ったらしい。

(世界中に向けて情報を発信する)国際的なメディアの報道を眺めていると、アテネで起こった悲しい出来事は、経済危機の最中にある南欧諸国で広く一般的に見られる傾向を象徴しているかのような印象を受ける。だが、果たしてそうなのだろうか? 「経済危機、幸福、自殺」という三者の間には、一体どのようなつながりがあるのだろうか?

デンマーク人(私もそのうちの一人)は大変幸せな日々を送っている一方で、ギリシャ人は悲嘆に暮れていて自殺も絶えない・・・ような印象を受ける。しかしながら、事実はそうなっていない。少なくとも、デンマークとギリシャの自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)を比較する限りでは、そうなっていない。デンマークの自殺率は、ギリシャのそれ(自殺率)の3倍以上に達しているのだ。世界保健機関(WHO)のデータによると、2011年度のデンマークでは、人口10万人あたり11.9人が自ら命を絶っている。その一方で、2011年度のギリシャでは、その値は人口10万人あたり3.5人なのだ [2] … Continue reading

興味深い事実は、まだある。デンマークの自殺率は、PIIGS諸国 [3] … Continue readingのどこよりも高いのだ。ギリシャ以外のPIIGS諸国の2011年度の自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)を順に挙げると、ポルトガルは7.9人 [4] 訳注;2012年度は8.2人、イタリアは6.3人 [5] 訳注;2012年度は4.7人、アイルランドは11.8人 [6] 訳注;2012年度は11.0人。2012年度に関しては、アイルランドの方がデンマークよりも自殺率が高い。、スペインは7.6人 [7] 訳注;2012年度は5.1人。実際のデータに照らす限りでは、経済危機のせいで絶望の淵に追いやられて大勢の人たちが自殺に及んでいるとは到底言えないわけだ。(デンマークを含む)スカンジナビア諸国と比べると、南欧諸国では自殺はそれほど多くない傾向にあるのだ。

「経済危機の影響で自殺が急増している!」とかいう筋書きの記事をジャーナリストは書きたがるものだ。1930年代の大恐慌の最中のアメリカで高層ビルから身投げした人たちのエピソードも広く流布している。しかしながら、そういう類のエピソードというのは、一般性に欠けることが多い。経済危機と国ごとの自殺率との間には、強い相関は見られないのだ。誤解しないでもらいたいが、経済危機は自殺者の数に何の影響も及ぼさないと言いたいわけじゃない。経済危機以外の要因の方が(自殺率に影響を及ぼす上で)ずっと重要なんじゃないかと言いたいのだ(スカンジナビア諸国の冬は長くて暗いが、スカンジナビア諸国で自殺率が高いのはもしかしたらそのせいかも・・・)。「いや、そんなことはない」と反論する人は、デンマーク(世界幸福度ランキング第1位の国)やフィンランド(世界幸福度ランキング第2位の国)の方がギリシャやイタリアよりも自殺率がずっと高いのはなぜなのかを説明する義務があるだろう。2008年以降のギリシャで自殺者の数が増えているのは確かだが、その主たる理由を経済危機に求めるのはこじつけのように思えるのだ。

デンマークは大変幸せな国であるらしいのに、大勢の人たちが自ら命を絶っている。デンマーク国民の一人として、何でそうなってるんだろうと不思議でならない [8] … Continue reading。あえてその理由を探るなら、生存者バイアスのせい [9] … Continue readingなのだろうか?

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●Scott Sumner, “The absurdity of claims of cultural superiority”(TheMoneyIllusion, April 29, 2012)


ギリシャの自殺率について取り上げている最近の記事から少し引用しよう。

2009年になって金融危機が国内に大混乱を引き起こすようになるまでは、ギリシャは世界の中でも自殺率が最も低い国の一つだった。人口10万人あたりの自殺者数は2.8人に過ぎなかったのだ。しかしながら、ギリシャ保健福祉省の調べによると、2010年上半期の自殺率は、それまでと比べて40%も上昇したという。

2011年度については信頼の置けるデータがまだ揃っていないが、人口10万人あたりの自殺者数が(金融危機に襲われる前と比べると、倍近くの)約5人程度にまで増えているのではないかと語る専門家もいる。とは言え、フィンランドの自殺率(人口10万人あたり34人)やドイツの自殺率(人口10万人あたり9人)と比べると、ずっと低い。

・・・(中略)・・・

ギリシャの自殺率は、(ここのところ上昇傾向にあるとは言え)他の国と比べると依然として低い。それはなぜなのだろうか? 家族の結び付きが極めて強いだけでなく、表現豊かで対人コミュニケーションが極めて盛ん(話好き)というギリシャ特有の文化がその重要な一因かもしれない。

「ギリシャでは、誰もがあなたに話しかけてくることでしょう。ギリシャというのは、そういう国です」と語るのは、 アテネで精神分析医として働くシデリス氏。「あなたが苦しんでいたら、必ず誰かがその苦しみを一緒に分かち合ってくれるでしょう。必ず誰かが救いの手を差し伸べてくれるでしょう」。

「ギリシャで自殺率が低いのは、気候に恵まれているおかげだけではありません。ギリシャでは、苦しんでいる人を支える人的ネットワークの結び付きが強いんです。自殺率がこんなにも低いのは、そのおかげでもあるんです。苦しんでいる人を支える人的ネットワークは今も健在ではありますが、今回の危機がもたらす痛みに耐え切れない人がいるのも事実です」。

前にも語ったことがあるように、優れた文化とか劣った文化とかなんてものは無い(異なる文化の間に優劣はない)。どの文化も、異なるニーズに適応すべく独自に進化してきたのだ。異なるニーズに応じて異なる文化があるだけなのだ。ギリシャが抱えている経済問題(例えば、巨額に上る税金の不払い)の背後で、文化が何らかの役割を果たしているのは疑いない。しかしながら、上に引用した記事が思い出させてくれているように、ある面では厄介事を招き寄せる元凶となる文化上の特性(例えば、「家族の結び付きが強い」)であっても、別の面では有用な役割を果たすかもしれないのだ。

このことがわからない人もいるようだ。自国の文化にはついつい入れ込んでしまう一方で、他国の文化には冷めた目を差し向けてダメなところをあげつらう癖がついてるせいだ。

References

References
1 訳注;このニュースについては、例えば次の記事も参照のこと。 ●「アテネの広場で男性が自殺-ギリシャ経済危機で借金苦か」(ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版、2012年4月 5日)
2 訳注;WHOが推計している最新(2012年度)のデータによると、デンマークの2012年度の自殺率は8.8人、ギリシャの2012年度の自殺率は3.8人という結果になっている。
3 訳注;ポルトガル(Portugal)、イタリア(Italy)、アイルランド(Ireland)、ギリシャ(Greece)、スペイン(Spain)の計5カ国の総称であり、財政破綻の危機に見舞われている南欧の国という共通点を持っている。
4 訳注;2012年度は8.2人
5 訳注;2012年度は4.7人
6 訳注;2012年度は11.0人。2012年度に関しては、アイルランドの方がデンマークよりも自殺率が高い。
7 訳注;2012年度は5.1人
8 訳注;「幸福度の高さ」と「自殺率の高さ」が並存する――幸福度が高い国(地域)でありながら自殺率も高い――謎の解明を試みている研究として、例えば以下の論文がある。 ●Mary C. Daly&Andrew J. Oswald&Daniel J. Wilson&Stephen Wu (2011), “Dark contrasts: The paradox of high rates of suicide in happy places“(Journal of Economic Behavior and Organization, vol. 80(3), pp. 435-442) この論文の概要については、himaginary氏の以下のエントリーを参照されたい。 ●“幸せな場所では自殺が多い”(himaginaryの日記、2011年4月25日)
9 訳注;生存者だけの意見が聞き入れられる結果として、幸福度の調査結果に歪みが生じているという意味。人生を幸せと感じられない人たちが自ら命を絶ってしまっているとしたら、「幸せではない」という意見が調査結果に反映されなくなってしまう。
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