Alex Tabarrok “Richard Thaler Wins Nobel!” Marginal Revolution, October 9, 2017
リチャード・セイラーが行動経済学によりノーベル賞を受賞した!非常に素晴らしいというだけでなく,私の人生をより快適にしてくれる決定だ。その理由を読者諸兄もおそらくは知っているだろう。というのも,みんながどれだけ定年のために貯蓄をするか,どのように税金を払うか,腎臓をドナー提供するかどうかは,彼の業績の影響を既に受けている可能性があるからだ。イギリスでは,セイラーの業績は行動経済学を公共政策に応用しているBehavioral Insights Teamの着想の基ひとつとなった。2010年にこの団体が設立されて以降,アメリカを含む多くの国で同様の団体が結成されている。
セイラーの代表的な著作「行動経済学の逆襲(原題:Misbehaving)」(Amazonプライム会員にはKindle版が無料になっているというのはナッジ [1]訳注;後述の「実践 行動経済学 健康,富,幸福への聡明な選択」のもじりで,「親切な促し」というような意味 だろうか?)は彼の研究への楽しい手引きだ。ほかの人は否定しても,セイラー自らは自分のことを賢くないと言う。ほかのノーベル賞受賞者と比べるともしかしたらそれは正しいのかもしれない。彼の論文のどれも技術的に困難だったり過剰に数学が多かったりはしないし,彼のアイデアのほとんどは聞いてしまえばどれもとてもはっきり明快なものばかりだ。セイラーは,みんながカシューナッツを好きだということだけでなく,みんなが本当に食べたい量以上にカシューナッツを食べ過ぎないようにホストがカシューナッツを片付けてしまうことも好ましいことだということ(これはセイラーが経済学者たちの夕食会で気づいた選好だ)を最初に発見したわけではない。しかしほかの人たち,特に経済学者は自分たちの理論が示唆するほどには人々が合理的ではないという目の前の証拠を退けてしまった。人々は重大な決定に際してはより慎重であり,間違いは回避し,市場はそれを織り込む等々,美しいまでの理論的厳格さについて考える理由はいくつもある。セイラーはしかし,とりわけカーネマンとトベルスキーによる「Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases(不確実性下における判断-ヒューリスティックスとバイアス-:未邦訳)」を読んで以来,誤った行動の理論,不合理な選択の理論もありうると実感するようになった。
この理論は現在行動経済学と呼ばれている。これは新古典派理論ほどには綺麗でも一直線でもない。これまで確認された多くのバイアスのうち,どのバイアスがどういうときに適用されるのかはまだわかっていない。多くのことがその時々の文脈と身の回りの状況に依存することがあまりにも大きいので,そんなことはわからないのかもしれない。しかし,選択に関わる要素の一部は純粋な合理的意思決定よりも体系的なバイアスによるほうがうまく説明できることに今や疑いはない。
「行動経済学の逆襲」と「実践 行動経済学 健康,富,幸福への聡明な選択(原題:Nudge)」(後者はこうしたアイデアを法と政府に持ち込んだキャス・サンスティーンとの共著)に加え,セイラーの主要なアイデアの多くはJournal of Economic Perspectivesのコラムであるアノマリーズで見つけることができる。たぶんこれは一般コラムに対して授与された最初のノーベル経済学賞だろう。しかし多くの点でこのコラムはセイラーの評判を形づくった。アノマリーズは常にこの論文誌の看板だったし,毎号出るたびにタイラーやほかの経済学者たちとこのコラムについて議論を重ねたのを覚えている。これは私だけでなく,経済学界の誰もが同じことをやった。経済学者すらアノーマル(=異常)が好きなのだ。
行動経済学のもっとも重要な応用の一つは,貯蓄に対するものだ。どれだけ貯蓄するというだけでなく,どのように貯蓄するか(銀行口座,投資信託,個人年金,確定拠出型年金等々)すらよく分からないないため,貯蓄の意思決定は難しい。さらに,煩わしい書類仕事のために意思決定の手続きがめんどうである場合もあるし,良い意思決定による便益は数十年後の将来にならないと発生しない。おそらく最も重要なことは,私たちの意思決定に対する明確かつ迅速な反応がないということだ。自分の貯蓄が少なすぎるのか多すぎるのか,私たちは意思決定を変更するには手遅れになるまで知ることがない。その結果,私たちのうち多くは通常設定に頼ることとなる。低コストの市場指数に投資する年金に人々が自動的に登録されるという通常ルールを設定するというセイラーの提言は,こうした考えに動機づけられている。こうした通常ルールは,アメリカをはじめとする世界中の貯蓄行動を変化させている。セイラーのSave More Tomorrow計画は,人々に今後の昇給額をより多く貯蓄することを現時点で望むかも確認する。これは認知費用を引き下げることで貯蓄をしやすくする単純ながらも奥深い通常設定の変化だ。
セイラーの研究はフットボールにすら変化を起こしている。彼とケイド・マセイとの共著論文「Overconfidence vs. Market Efficiency in the National Football(NFLにおける過信VS市場効率性:未邦訳)」は,選手のドラフト指名について着目した。何百万ドルもの大金を左右する意思決定がプロによって繰り返されるという点からは,これが合理的意思決定であるとの根拠は強いように思える。一方,人々は自信過剰であり,極端な予想をする傾向にあり,勝者の呪い [2]訳注;オークションにおいて最高落札額が市場評価よりも高くなってしまうことを指す があり,偽の合意効果(自分が好きなものはみんなも好きだと考えてしまう)があり,現在バイアス [3]訳注;将来よりも現在の利益を過大に評価してしまう もある。これらのバイアスすべては,多大な利益がかかっている場合にすら意思決定がお粗末なものとなってしまう可能性があることを示唆している。マセイとセイラーの論文は後者であることを発見した。
トレード,選手成績,報酬に関するドラフト会議の過去データを用い,我々はドラフト指名選手の市場価値と指名された選手が実際に示した価値を比較した。我々はトップドラフト選手には過大な価格付けがなされていることを発見した。これは合理的期待と効率的市場とは非整合的で,心理学研究と整合的である。
さらに思いがけないことに,マセイとセイラーの研究は市場のテストもクリアした。ビル・ベリチックがまず最初に目を付け(もちろんながら彼は経済学部卒),いまやほかの目敏いチームも自身の選択を向上させるためにセイラーの研究を応用している。
リチャード・セイラー以上に現実の行いに影響を与えている経済学者はおらず,行動経済学は今も勢いを増してきているのだ。