●Guyonne Kalb and Jan van Ours, “Reading to children: a head-start in life”(VOX, June 10, 2013)
幼い頃に培われた認知的・非認知的なスキルは、大人になってからの境遇に大きな影響を及ぼす。親が幼い我が子に本を読み聞かせることにはどんな効果があるのだろうか? 計量経済学的な検証を通じて明らかになった発見に照らすと、世の親たちは幼い我が子に日常的に本を読み聞かせるべきである。親が家で本を読み聞かせると、幼い子供の非認知的なスキルはそれほど高まらないが、認知的なスキルは大いに高まるのだ。
幼い子供の認知的・非認知的なスキル [1] … Continue readingを育むことは、経済学的な観点からしても重要である。幼い頃に培われた認知的・非認知的なスキルは、大人になってからの経済面での生産性に影響を及ぼすことが知られているからである(Heckman and Masterov 2007)。認知的なスキルは、社会的・経済的な面で成功できるかどうか――学業成績の高低、給料の高低、職場環境の良し悪し――を説明する上で重要な要因の一つであり、就学前教育(幼稚園や保育園での教育)や学校教育だけでなく家庭内での親の努力によっても影響される。例えば、全米青年長期調査(NLSY79)の追跡データを検証しているクンヤ&ヘックマンの2008年の論文(Cunha&Heckman 2008)によると、親が家庭内で投じる「投資」の量が子供の認知的なスキルを育む――ひいては、大人になってからの成功を左右する――上で重要な役割を果たしていることが見出されている。クンヤ&ヘックマンの論文では、家庭内での「投資」の量を測る指標として、家に児童書が何冊あるか、家に楽器があるかどうか、日刊紙(新聞)を購読しているかどうか、子供が習い事に通っているかどうか、家族で博物館や映画館に出掛ける習慣があるかどうかに目が向けられている。クンヤ&ヘックマンによると、親による家庭内での「投資」が子供の認知的なスキルに及ぼす効果が最も高いのは幼少期との結果が見出されている。これまでに試みられた大量の実証研究を概観しているクンヤその他(Cunha et al. 2006)によると、幼い頃に培われた認知的なスキルは、より高い訓練を受けられる可能性だったりより高い学歴を身に付けられる可能性だったりに影響を及ぼすだけでなく、訓練なり教育なりを受けることで得られる経済的な見返り(社会人になってからの稼ぎ)の大きさにも影響を及ぼすと結論付けられている。
親が我が子に日常的に本を読み聞かせれば、自分で読書する習慣が育まれて、そのおかげで子供の認知的なスキルが磨かれるかもしれない。教育分野におけるいくつかの先行研究によると、親が子供に本を読み聞かせることと、その子供がもう少し大きくなった時に身に付けているリーディングスキル(文字や文章を読む能力、読解力)、言語スキル、認知面の発達との間に正の相関があることが確認されている(例えば、Mol&Bus (2011) を参照)。しかしながら、その正の相関関係を因果関係と解釈できるかどうかとなると、そのことを検証した研究は乏しいと言わざるを得ない。
研究の背景
親が幼少期の我が子に本を読み聞かせたらその子供のリーディングスキルにどんな効果が及ぶかを全豪小児長期調査(LSAC)の追跡データを用いて検証しているのが、我々の最近の論文である(Kalb&Van Ours 2013)。4~5歳児の子供に本を読み聞かせた場合にリーディングスキルにどんな効果が及ぶかに加えて、その効果がどれだけ持続するかを調べるために、その子供がもう少し成長した時点(10歳~11歳時点)のリーディングスキルも追跡して調査している。実証結果の頑健性をチェックするために、一つではなく複数の指標を使ってリーディングスキルを測っている。
図1. 本を読み聞かせる頻度とリーディングスキル(4~5歳児)
生のデータを調べてみると、すぐに浮かび上がってくるパターンがある。親が幼児に本を読み聞かせる頻度と、その幼児のリーディングスキルとの間に明確な正の相関関係が見出せるのである(図1を参照)。つまりは、親に家庭で本を読んでもらう機会が多い幼児ほど、リーディングスキル(を測る指標の値)が高い傾向にあるのだ(青棒の色が薄いほど、リーディングスキルが高いことを示している)。さらには、親に家庭で本を読んでもらう頻度にかかわらず、女児の方が男児よりもリーディングスキルが若干高い。リーディングスキルを測るその他のすべての指標でも同様のパターンが見出されている。4~5歳の時点では、言語に関わるスキル全般で女児は男児よりも秀でているのだ。
別の例として図2をご覧いただきたい。全国統一学力テスト(NAPLAN)での8~9歳の女児のリーディングテスト(読解力テスト)の成績分布が表されているが、4~5歳の時に親に家庭で本を読んでもらった機会が多い女児ほど、8~9歳時のリーディングテストの点数が高い(曲線全体が右側に位置している)傾向にある。
図2. 全国統一学力テスト(読解力テスト)の成績分布(8~9歳の女児)
研究の手法
我々の論文では、4000人を超える子供のコホート調査――全豪小児長期調査(LSAC)――のデータに分析を加えている。第一回目の調査が行われた時点で4~5歳だった4000人超の子供を対象に、2年ごとに計4回(第二回目の調査は6~7歳時点、第三回目の調査は8~9歳時点、第四回目の調査は10~11歳時点)にわたって行われた追跡調査のデータに分析を加えているわけである。リーディングスキルについては、親や幼稚園(ないしは保育園)の先生による評価(4~5歳の時点)、小学校の先生による評価(6~7歳、8~9歳、10~11歳の時点)、全国統一学力テストの成績という複数の指標を使って測っている。言語スキルについては、ピーボディー大学式理解力検査(PPVT)の点数を使って計測している。認知的なスキル全般については、全豪小児長期調査(LSAC)で収集されている学力指数を使って計測している。非認知的なスキルについては、全豪小児長期調査(LSAC)で収集されている社交性や情動に関する指数を使って計測している。メインとなる変数は、親が我が子に本を読み聞かせるためにどれくらいの時間を費やしているかである。親が1週間のうちに我が子にどれくらい本を読み聞かせているかを3つのカテゴリー(「週に0~2回」/「週に3~5回」/「週に6~7回」)に分類して、計量経済学的な検証を行っている。親が本を読み聞かせるおかげで子供のリーディングスキルが高まると言えるかどうかを検証するために、操作変数法と呼ばれる手法を用いている。その子供が第一子かどうか、兄弟姉妹が何人いるかを操作変数として用いている。第一子かどうか、兄弟姉妹が何人いるかというのは、親が一人の子供に本を読み聞かせるために割ける時間(説明変数)には影響を及ぼすものの、子供のリーディングスキル(被説明変数)には直接的に影響を及ぼすことはないと考えられるからである。
実証結果
3つの主たる結果が見出されている。一つずつ見ていくとしよう。
- 親が子供に本を読み聞かせる頻度と関わりのある要因は?
まずは男児について。子供の年齢が高いほど、家にあるテレビの台数が多いほど、平日に家でテレビを視る時間が長いほど、兄弟姉妹の数が多いほど、親が本を読み聞かせる頻度が少なくなる。それとは反対に、家にある児童書の冊数が多いほど、親の学歴が高いほど、育児を主に担当する親の年齢が高いほど(ただし50歳以下)、親が本を読み聞かせる頻度が多くなる。さらには、その男児が第一子のようなら、親が本を読み聞かせる頻度は多くなる。女児についても似たような傾向が確認されているが、育児を主に担当する親の年齢や兄弟姉妹の人数が本を読み聞かせてもらえる頻度に及ぼす効果は統計的に有意ではない。さらには、男児の場合とは違って、親の所得が本を読み聞かせてもらえる頻度と関わりがある [2] 訳注;親の所得が高いほど、本を読み聞かせてもらえる頻度が多くなる、という意味。ようであり、平日だけでなく週末についても家でテレビを視る時間が長いほど、本を読み聞かせてもらえる頻度が少なくなるようである。
- 子供のリーディングスキルと関わりのある要因は?
まずは男児について。4歳から5歳に近づくほど、リーディングスキルが高い。家の中で英語以外の言語が使われている場合もリーディングスキルが高い傾向にある。それとは反対に、家にある児童書の冊数が多いほど(ただし、統計的な有意性は低い)、育児を主に担当する親の年齢が高いほど(ただし、40歳以下)、リーディングスキルは低い傾向にある。女児についても似たような傾向が確認されているが、男児の場合とは違って、家にあるテレビの台数が多いほど、リーディングスキルが高い(ただし、統計的な有意性は低い)ことが見出されている。しかしながら、平日にテレビを視る時間が長いほどリーディングスキルが低い傾向にあって、二つの傾向がちょうど打ち消し合うかたちになっている。さらには、育児を主に担当する親の学歴が高いほど、リーディングスキルが若干低くなる傾向にあることも見出されている(ただし、統計的な有意性は低い)。4~5歳の女児についてはそうなっているが、もう少し上の年齢になると、(育児を主に担当する親の学歴が高いほど、リーディングスキルやその他のスキルが高いという)正の相関が成り立つようになる。
- 親が本を読み聞かせるおかげで子供のリーディングスキルが高まるか?
親が本を読み聞かせる頻度と子供(4~5歳児)のリーディングスキルとの間に強い正の相関が成り立っているだけでなく、両者の間に因果関係が成り立っている――親が本を読み聞かせるおかげで子供のリーディングスキルが高まる――ことも見出されている。さらには、親による本の読み聞かせが子供のリーディングスキルを高める効果は、生のデータを使って得られる(単純な回帰分析から得られる)効果――親に本を読み聞かせてもらえるのが「週に6~7回」の子供と「週に0~2回」の子供とでは、リーディングスキルに標準偏差0.26個分の違いがある――よりも大きいことが見出されている。操作変数法を用いた検証結果の一覧を掲げているのが図3である。一番上の「a. Baseline estimates」をご覧いただければわかるように、親に本を読み聞かせてもらえるのが「週に6~7回」の子供と「週に0~2回」の子供とでは、リーディングスキルに標準偏差0.5個分以上の違いがあるという結果が得られている。この効果の大きさがいかほどのものかを把握するために、子供の年齢が上がるにつれてリーディングスキルが高まる効果と比較してみると、4~5歳の男児については、親に本を読み聞かせてもらえるのが「週に0~2回」から「週に6~7回」に増えるおかげでリーディングスキルが高まる効果は、年齢を半年(6ヶ月)重ねるおかげでリーディングスキルが高まる効果よりも若干大きくて、4~5歳の女児についてはその効果の差がもっと大きいという結果になっている。
実証結果の頑健性をチェックするためにいくつかの感度分析も試みている(その結果の多くは図3に掲げてある)が、親による本の読み聞かせが子供のリーディングスキルを高める効果の統計的な有意性や効果の向きは揺るがないことが確認されている。例えば、別のコホートが対象の全豪小児長期調査(LSAC)のデータを用いたり、子供が4歳になる前の時点で本を読み聞かせた場合の効果を調べたり、子供が6歳以降になった時点でリーディングスキルやその他のスキルがどうなっているかに分析を加えたり、操作変数法とは別の手法――PSM法(Propensity Score Matching methods)――を使って検証を行っている。さらには、本の読み聞かせ以外の親子の触れ合いが子供のリーディングスキルにどういう効果を及ぼすかも検証している。その子供が第一子かどうか、兄弟姉妹が何人いるかというのを操作変数に用いるのが妥当かどうかも検証している。第一子かそうじゃないかという違いは、親が本を読み聞かせるために費やせる時間が違ってくるからではなく、生物学的な(ないしは遺伝的な)属性の違いゆえにリーディングスキルに効果を及ぼす可能性があり、兄弟姉妹の数が多いか少ないかというのは、親が一人ひとりに本を読み聞かせることができる時間が違ってくるからではなく、その家庭の社会経済的地位(SES)の違いを反映していてそれがためにリーディングスキルに効果を及ぼす可能性があるが、そういう別の可能性はいずれも棄却されている。
図3をご覧いただければわかるように、親による本の読み聞かせが子供のリーディングスキルを高める効果は、計算能力(numeracy)のようなその他の認知的なスキルを高める効果を上回っている。とはいえ、親による本の読み聞かせは認知的なスキル全般にかなり大きな効果を及ぼしている。例外は非認知的なスキルに及ぼす効果で、親が本を読み聞かせる頻度を測る変数に含まれているバイアスをコントロールすると、親による本の読み聞かせが非認知的なスキルに及ぼす効果は消滅する。
図3. 親が家で4~5歳児に本を読み聞かせる効果(「週に6~7回」読み聞かせる場合と「週に0~2回」読み聞かせる場合の効果の差)
政策への含意
複数の手法を使って検証を行っても、親による本の読み聞かせが子供のリーディングスキルを高める「効果」は消えない。その「効果」は、子供が年齢を重ねても持続するし、リーディングスキルと関わりの深いその他の認知的なスキルにも及ぶ。しかしながら、その「効果」は非認知的なスキルには及ばない。親による本の読み聞かせが子供の認知的なスキル全般に及ぼす効果が一貫していることに照らすと、裕福で学歴の高い親が子供に本を読み聞かせる機会が多いために、親が本を読み聞かせるおかげで子供のリーディングスキルが高まっているように見えるに過ぎないわけではないようだ。親による本の読み聞かせは、子供のリーディングスキルを確かに高めているようなのだ。
これらのことからどんな含意が引き出せるだろうか? 幼少期の子供に日常的に本を読み聞かせることの重要性が明らかになったわけだが、親による家庭での本の読み聞かせは、幼少期の学習結果に好ましい影響を及ぼす可能性のある早期介入 (early-life intervention)の一つと見なせるだろう。子供の発育を支える上で、親は重要な役割を果たせるのだ。親が家で本を読み聞かせたら、我が子のリーディングスキルをはじめとする認知的なスキルが高まって、その効果が少なくとも10~11歳まで持続する可能性があるのだ。我々が用いたデータでは答えられないが、政策当局者の関心を引くに違いない興味深い問いがある。保育園、幼稚園、小学校で先生が子供に本を読み聞かせても、家で親が本を読み聞かせる場合と同じような効果があるのだろうか?
<参考文献>
●Cunha, F, JJ Heckman, LJ Lochner and DV Masterov (2006), “Interpreting the evidence on life cycle skill formation”, in: Hanushek, EA and F Welch (eds.) Handbook of the Economics of Education, Amsterdam, Elsevier, 697–812.
●Cunha, F and JJ Heckman (2008), “Formulating, identifying and estimating the technology of cognitive and noncognitive skill formation”, Journal of Human Resources 43, 738–782.
●Heckman, JJ and DV Masterov (2007), “The productivity argument for investing in young children”, Review of Agricultural Economics 29(3), 446–493.
●Kalb, G and JC van Ours (2013), “Reading to children gives them a head-start in life”, CEPR Discussion Paper 9485, May.
●Mol, SE and AG Bus (2011), “To Read or Not to Read: A Meta-Analysis of Print Exposure From Infancy to Early Adulthood”, Psychological Bulletin, 137, 267–296.