ジェフ・シシク & パスカル・クーティ 「スポーツのドーピング規制は何故必要なのか」 (2015年7月15日)

・Jeff Cisyk, Pascal Courty, “Why it is necessary to regulate doping in sports” (VOX, 15 July 2015)

 


 

競 技スポーツが始まってこの方、運動能力を強化する薬物をめぐっての議論が絶えることはなかった。本稿では、規制の三大根拠 – アスリートの健康・公正の確保・観客側の損失 – の中では、観客側の損失が規制の根拠として最も説得力を持つものであるとの主張を試みる。検証結果は、ドーピングの惹き起す経済的損失は相当なものである と示している。更なる観客の吸引に向けて相争う諸々の競技チーム・競技連盟には、ドーピングにまつわる全ての外部性を内部化することは望めないかもしれ ず、加えて、チームや連盟がドーピングを発見した時には、時間的不整合性問題 (time-inconsistency problem) と直面することにもなると考えられる。

「 [大リーグ野球] にとって、ステロイドの時代は大いなる汚辱であった一方で、確かに天恵ともいうべきものでもあった。[…] 1995年から、ボンズがマグワイアの本塁打記録を更新する2001年にかけて、ゲーム観客数は44%も上昇し […] 大リーグ野球の年間収益は概そ115%も増加した」John-Erik Koslosky (2014)

何故ドーピングは規制されるべきなのか
競技スポーツが始まってこの方、ドーピングをめぐる争論が絶えることはなかった。古代のギリシア人やローマ人が薬物を使用した証拠さえ発見されているの だ。ドーピングに対する近代的規制の嚆矢が1928年に現れて以来、運動能力強化薬物を理由とする追放処分は常にメディアの注目を集めてきた。多くの人が ドーピングは規制されるべきだと考えている一方で、その理由やさじ加減、また規制の方法についての見解が一致を見るのは稀である。

  • 医学会や、スポーツ専門家ならびに倫理学者の一部からの出される主要な根拠は、選手の健康を保護する為にはドーピングの制限が必要であるというものだ。

しかしスポーツの中には、それ自体が内在的に危険を孕んでいるというものも多い。文字通りに解するなら、保護論はこの種の薬物の規制に留まらない、安全性を重視した介入を要求することになるだろうが、これは誰もが支持するものではないだろう。

  • 他にも、スポーツ競技は一定の均一な地盤を必要とするものであると主張する者もいる。

しかしドーピングは運動能力を強化するテクノロジーの一つに過ぎず、その上で、勝利を獲得する為に競技者に何が許され、何が許されないのかについてのルールが定められているのである。

  • 残る根拠は、ドーピングは一般大衆に損失を与えると説くものだ。

こ れは広く解せば、ドーピングは負の外部性を課すものであるとの趣旨だと取れる。一般論として、一つスポーツには様々な利害関係者が存在し (アスリート・チーム・競技連盟・広い意味でのスポーツ組織・スポンサー・一般大衆)、それぞれが組織的に取り行われる競技に対する既得権益を有してい る。多くのファンが特定のスポーツにコミットし、特定のチームを支援する為に特定の投資を行っているのである。そしてその時ファンが気に掛けているのは将 来開催されるイベントの質であり、従ってファンは、アスリートがドーピング規則を順守しない場合にはそのスポーツの価値が低下するという考えならば、負の 外部性を被ることにも成り得る。
ドーピングが勝利の可能性を高めてくれる限り、相当大きなリスクと引き替えにではあるが、アスリートとチームにはドーピングの利益がある。ドーピングが競 技のエンターテイメント的価値を増してくれるのならば、競技連盟も利益を得られる。つまり、一般大衆に発覚しない限りは、ということだ。薬物使用規制を是 とする本経済的根拠も、アスリートが薬物を使用した場合、ファンはそのスポーツに対する評価を低下させるとの想定に基づくものである。

検証結果が示すドーピングがスポーツに損失を与える様態
一般大衆が、薬物使用はスポーツを脅かし、それを貶めるものであると感じていることを示す調査結果は多い (Solbergら2010、 Engelbergら2012)。さらにテレビ視聴者の反応の検証結果も幾つか得られている (Van Reeth 2013)。ドーピングがスポーツに損失を与えるとの見解は、プロスポーツ選手の多くや立法者およびメディアの間で共有されている。最後に、ドーピングの 発覚以来、ライブ放送局がイベントの放送に以前ほど乗り気でなくなり、スポンサーも支援を渋りがちになってきているという、ツール・ド・フランスの現状も こういった考えを裏付ける状況証拠となっている (Buechelら2014)。
我々は最近の研究で、スポーツイベントに対する需要が薬物使用に関するニュースによって負の影響を受けることを、初めてはっきりと証明した (CisykとCourty 2015)。検証結果は (調査で取材されきた無作為抽出の回答者ではなく) チケットの売り上げに基き、消費者の意見の代わりに、実際に見られた需要の反応を計測したもの。我々は2005年に大リーグ野球界が導入した薬物使用に対 する一連の新たな無作為テストを上手く利用することが出来たが、この新たな施策の下ですぐに一つのテスト陽性反応が公表され、該当選手がチームから除籍さ れている。本施策は、薬物違反が観客数に対して与える影響を調査する上で、またとないデータを提供してくれた。
これらのデータを使用し、我々は27名の選手に課された29の薬物使用による出場停止事例を特定し、続いて、同選手らについて、公表された負傷事例にも目 を向けた。図 1aに示されているのは、ホームチーム側の選手一名がテスト不合格となって出場停止処分を課される前後の、ゲーム観客数の比較である。右のパネル (図 1b) は、負傷事例を用いて、選手がチームから除籍されたこと自体から生じているかもしれないゲームの質の変動分の調整を出来る様にしたもの。もし一般公衆が薬 物使用を気に掛けているのなら、出場停止処分の後には観客数の落ち込みが予測されるだろうが、まさにこれがハッキリと例証されたのである。また興味深いこ とに、負傷の公表による観客数の落ち込みは全く見られなかった。

図1. 観客数に対する上記事例の影響

baseball1

図が既に示唆しているが、出場停止処分は野球のゲーム観客数を、当該選手の喪失と結びついたゲームの質への影響分を調整しても、なんと8%も減少させている事実を発見することとなった。
出場停止処分と結びついた観客数の低下は、続く12日以内には治まりを見せている。この8%という数字は、実際の影響の下限に過ぎないと考えられる。何故 ならシーズンチケット保持者や、薬物使用による出場停止処分の公表以前にチケットを購入したファンは、既に観戦料の支払を済ませてしまっているので、公表 後にいかなる反応をしても、全く反映されていないからである。
経済効果の方はどうなるかというと、運動能力強化薬物の違反のコストは、該当出場停止選手への給与分が浮くのを考慮しても、違反チームの年間収益の 1.1%、言い換えれば45万1千ドルとなる概算だ。我々は他に、大リーグでプレイしているどの選手が違反した場合でも、当該競技連盟全体の需要に対する 影響が生ずることも証明している。この付随的影響は小さいものではあるが、経済的重要性は高い。何故なら当該競技連盟が抱えるチーム数は30にも上るから だ。違反が、一つの競技連盟内部の諸チームに亘って負の外部性を課すことは、この点からして明らかである。
薬物の使用が、所謂稀に見るような好ゲームを生み出すことも考えられなくはないだろうが、生じ得る消費者側の反発も無視出来るものではない。運動能力強化薬物の使用規制が強制力を欠くならば、市場の破綻を引き起こしかねないのである。

結論
ドーピング規制を施行すべき理由の一つは、消費者の利益保護である。しかし、ドーピング規制に乗り出すのは一体誰になるのだろうか? 個々のチームには一般大衆の利益に沿う為の動機が欠けている。自己規制、またファンの利益の尊重へのインセンティブには限りがある。それは、繰り返しにな るが、様々な競技連盟は更に観客を吸引しようと争っており、ドーピングと結びついた外部性の全てを内部化することは出来ないかもしれないからだ。競技連盟 はまた、ドーピングの事実を発見した時には、時間的不整合性問題と直面することにもなる。我々の研究は、ドーピングがファンの利益を減少させること、お よび選手やチームまた競技連盟がこれらの損失を十分に内部化するのは困難であるかもしれないということを示した。

参考文献
Buechel, B, E Emrich, and S Pohlkamp (forthcoming), “Nobody’s innocent: The role of customers in the doping dilemma”, Journal of Sports Economics.
Cisyk, J and P Courty (forthcoming), “Do Fans Care about Compliance to Doping Regulations in Sports? The Impact of PED Suspension in Baseball”, Journal of Sports Economics.
Engelberg, T, S Moston, and J Skinner (2012), “Public perception of sport anti-doping policy in Australia.” Drugs: education, prevention, and policy 19(1), pp. 84–87.
Koslosky, J-E (2014), “How the Steroid Era Saved Baseball”, The Motley Fool, 14 January.
Solberg, H A, D V Hanstad, and T A Thøring (2010), “Doping in elite sport–do the fans care?: public opinion on the consequences of doping scandals”, International Journal of Sports Marketing & Sponsorship 11(3).
Van Reeth, D (2013), “TV demand for the Tour de France: The importance of stage characteristics versus outcome uncertainty, patriotism, and doping”, International Journal of Sport Finance 8(1), pp. 39–60.

 

 

 

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