Tyler Cowen “*Labor Econ Versus the World*” Marginal Revolution, January 25, 2022
というのがブライアン・カプランの新著で、副題は世界最大の市場に関するエッセイ集だ。この本は、過去15年間かそこらにかけての労働市場に関する彼のブログ記事のベストセレクションだ。2015年以降のブライアンのブログ記事はこの本の大部分についてうまく概観するものになっていて、主流派も含め、他の人たちが抱いている教義に対する抵抗とみることができるだろう。
こうした「我らが世俗宗教の中心教義」とはどんなもので、何が間違っているんだろうか。
教義その1:今日の労働者がまずまずの生活水準にある主な理由は、彼らを保護するたくさんの法律を政府が作ったからである。
批判:高い労働生産性プラス雇用主間の競争が今日の労働者がまずまずの生活水準にある本当の理由だ。実際のところ、「労働者保護」の法律には、労働者に対して悲惨なまでのマイナスの副作用、特に失業、がある。
教義その2:移民、特に低技能の移民についての厳格な規制は、貧困と格差を抑止する。
批判:移民規制は世界の貧困と格差を大規模に増加させ、その過程を通じて平均的なアメリカ人をより貧しくしてしまう。特化と貿易は富の源泉であり、移民は労働における特化と貿易でしかない。
教義その3:現代の経済において、教育は何よりも重要である。
批判:あらかじめ持っている能力、修了確率といった必要性が明白な修正を施した場合、教育のリターンは強者学生では非常に良いものだが、弱者学生では可もなく不可もなく、あるいはそれ以下だ。
教義その4:現代の福祉国家は思いやりと効率性を絶妙にバランスさせている。
批判:福祉国家がまず助けるのは老人であって貧しい人ではない、そして19世紀の自由な移民政策は福祉国家がこれまでなしてきたことよりも遥かに多くのことを絶対貧困者にもたらした。
教義その5:教育水準を上げることは社会にとっていいことである。
批判:教育はほとんどにおいてシグナリングだ。教育の増加が生み出すのは学歴のインフレであって繁栄じゃない。
教義その6:人種及び性別による差別は今も深刻な問題であり、政府の規制がなければ今後も蔓延したままだろう。
批判:政府が差別を要求するのでない限り、市場の力によって差別はせいぜいがささいな問題に過ぎなくなる。集団間に大きな違いがあるのは、集団によって生産性が大きく異なるからだ。
教義その7:歴史を通じて男は女に酷い扱いをしてきた。フェミニズムだけがそれを改善してくれた。
批判:近代以前の女はつらい生活を送ってきたが、それは男もそうだ。婚姻市場が女に貧相な結末をもたらしたのは、男が提供するものをほとんど持っていなかったからだ。経済成長と労働・婚姻市場における競争が女性の生活を改善した主な理由であって、フェミニズムじゃない。
教義その8:過剰人口は恐るべき社会問題である。
批判:人口によるプラスの外部性、特にアイデアの外部性はマイナス面を遥かに上回る。環境を守るために人口を減らすのは蚊を殺すのに剣を持ち出すようなものだ。
そう、ほとんどの労働経済学の授業がこうした点を無視するか、「バランス」をとろうとすることは私はよく知っている。しかし、私が知る限り、ほとんどの労働経済学者はただ自分の仕事をやっていないというだけだ [1]訳注;原文を文字どおり(just aren’t … Continue reading 。この社会の世俗宗教に対する彼らのしつこい信仰が判断を曇らせ、学生を啓発してより良い未来の礎を築くことを妨げているのだ。
僕なりに言わせてもらうと、「労働経済学者、世界と戦う」は、本の中にそうと書かれているわけではないけれど、それでも僕の知る限り労働経済学に関する最良の自由市場主義側の本だ。値段もお手ごろだ。この本の多くの部分に僕も同意するけど、全てというわけじゃない。別のブログ記事としてこの本についての異論を書いて、明日公開したい。
タイラー・コーエン「「労働経済学者、世界と戦う」に同意できない点」(2022年1月26日)
Tyler Cowen “Where I differ from Bryan Caplan’s *Labor Econ Versus the World*” Marginal Revolution, January 26, 2022
この本を読んでよかったことの一つは、ブライアンに同意できない点をより少ない次元に絞り込めたことだ。それにはっきりさせておくと、この本の大部分について僕は同意している。でもそれはブログ記事としてはおもしろくないだろう。なので異論のあるところに注目してみたい。同意できないと思ったところのひとつは、ブライアンが次の通り書いているところだ。
教義その6:人種及び性別による差別は今も深刻な問題であり、政府の規制がなければ今後も蔓延したままだろう。
批判:政府が差別を要求するのでない限り、市場の力によって差別はせいぜいのところささいな問題になる。集団間に大きな違いがあるのは、集団によって生産性が大きく異なるからだ。
これよりも僕としてはほとんどの不平等は労働市場の川上で、文化を媒介にして起きるってことを強調したい。ゲットーに生まれる方がずっと難しいんだ。これを「差別」と呼ぶ必要はないし、実際僕自身もそういう言葉の使い方はしてない。それでも、これは重大な不平等だし、ブライアンが労働市場について教えてくれていることと少なくとも同じくらいは重要なことだ。
でもブライアンの本ではこのことについて大した考察はなされていない。労働市場の本当の問題は、「川上に流れる文化」がそれ以外の社会制度と問題のある形で交わるときに起きる。分かりやすい例を挙げると、プリンストン大学は長い間ユダヤ人の入学を認めてこなかったけれど、これは政府が理由じゃなかった。それにプリンストンが投票を行って女性の入学を認めたのはようやく1969年になってからで、これも政府のせいじゃなかった。ジャッキー・ロビンソン [2]訳注;近代メジャーリーグで初の黒人選手 以前、あるいはその後しばらくの間のメジャー・リーグはどうだろうか。ジム・クロウ法の多くは政府によるものだったけれど、それと同じくらい多くは政府以外によるものだった。こうした例はたくさんあるけれど、ブライアンがそうしたことについて検討しているようには見えない。こうしたことは人々の生活と労働市場の歴史の両方に大きな影響を与えていて、その範囲は何百万人、あるいは何十億人もの人生に及んでいる。
ほかにも、インド政府はカーストによる不平等をなくすための歩みをいくらか進めているけれど、理由は何であれ根本的にはカースト制度は今も残っている。繰り返しになるけれど、この種の川上に流れる文化はブライアンのレーダースクリーンにはあんまり映っていない。(こうした文化の無視は、倫理的な責めは選択を行う各個人に帰するという自由意思に関するブライアンの一風変わった理論が原因であるという別の理論も僕は考えているけど、これは別の機会に!)
差別問題を脇に置いたとしても、ブライアンが労働市場の川上、あるいは文化がどのように人間の決定を形作るかについて十分な注意を払っていないのが分かる点は他にもある。
例えばブライアンは国境の自由化(全ての国について?)を主張している。それは文化的・政治的自殺だと思う。とりわけ小さな国にとってはだけど、アメリカにとってもそうだ。何かが生まれるとすればまずはファシズムだろう。そうはいっても、僕はアメリカに(コロナ前のレベルの)3倍程度の移民を促進したほうがいいと思ってる。だから国境問題について言えば僕はかなりの移民賛成派だ。僕はただ、政治体制が吸収できるサイズとスピードには文化的な限界があると思っているだけだ。
教育についてのブライアンの考えを検討してみてわかるのは、ほとんどの高等教育はシグナリングだと彼が考えているということだ。それと反対に、僕は高等教育はその受け手により高い生産性水準で労働市場に参加するための適切な文化的背景を与えるものだと思ってる。このことについては前にブログで詳細に書いた。これが高等教育が生産的なものになる理由だ。ほとんどの授業が時間の無駄みたいに見えたとしてもね。
貧困について、ブライアンはa)高校を卒業する、b)フルタイムの仕事を手に入れる、c)子供ができる前に結婚する、という解決法を提案している。なるほど完璧な作戦っスね───っ!でもこれは貧困の説明としてはトートロジーに近いと思う。僕にとって、より深いところにある重要なことは、なぜこれほど多くの文化が、そうした明らかに「頭を使う必要のない」選択がこんなにも多くの人にとってこれほど難しいものなるように進化したのかということだ。ここでもブライアンは労働市場、そしてここでは結婚市場についても、その川上を流れる文化的要因を無視していると思う。ひとつの単純な疑問は、なぜ一部の文化は結婚に値する男性を十分な数生み出さないのかということだけど、それが唯一の問題というわけではないね。
もっと全体的に言ってしまうと、こうした面倒な「川上にある文化」問題を組み込むと、労働経済学の多くのことがブライアンが認めたがらないほどに複雑なものになってしまうと思う。もっとずっと複雑にね。
それでもブライアンの本は経済的な理由付けを学ぶのにはとても訳に立つもので、プロの経済学者ですら抱いている労働市場への独善的で、考え無しの雰囲気だけの信仰に対する素晴らしい気付け薬だ。
ブライアンの本はここで買えるってことをもう一度紹介しておこう。とてもお値打ちだってこともね。
いつもありがとうございます‼️
教義5の最後は「反映」となっておりますが、原文は「prosperity」ですので、「繁栄」かと思われます。
ご指摘ありがとうございます。修正しました。