タイラー・コーエン 「死にかけた体験をしたら、生き方をこれまでとは変えるべき?」(2007年6月2日)

●Tyler Cowen, “Should near death experiences change your life?”(Marginal Revolution, June 2, 2007)


本ブログの熱心な読者の一人であるRyanから切実な問いが寄せられた。

3日前のことなんですが、運転中に車が3回転する事故を起こしてしまいました。救急車が到着するまで早くても40分はかかる僻地の路上でです。車はグチャグチャになってしまいましたが、幸いなことに、運転席は無事でした。車の外に出てみると、かすり傷一つなかったんです。ここで質問なんですが、この体験は僕の人生にどんな意味合いを持ってるんでしょうか? 僕の周りの人たちは、死にかけたことで僕の行動がこれまでとは違ってくるんじゃないかって予想しているみたいです。確かに、これまでよりもいくらか内省的になったような感じはするんですが、車を新たに調達しなきゃいけないっていうのと、今後砂利道を運転する時はもっと慎重にならないといけないなって学んだことを除けば、正直なところ、何も変わっちゃいないんです。死にかけたから内省的になるっていうのは理に適(かな)ってるんでしょうか? それとも、何か新たな情報を得たわけでもないので、これまで通りの生き方を貫く(これまで通りのプランと優先順位に従って人生を過ごしていく)べきなんでしょうか?

具体的なデータがあるわけじゃないし、直感的に思うところがいくつかあるだけに過ぎないってことをあらかじめ断っておくと、かねてから密かに心の中でどこかしら変えたいって思っていたようなら、生き方に変化を加えることを合理化するために、死にかけた体験を利用してしまえばいい。人の心の中では「複数の私」がせめぎ合っているが、大方の人は、何かを変えたいって望んでいる「私」の意を汲むだけの勇気や意志を備えてはいない。そこで代わりに、死にかけた体験の力を借りて、「複数の私」がせめぎ合あうゲームのフォーカル・ポイントを移動させてしまうのだ。生き方に変化を加える方向にゲームが決着するようにね。あるいは、悲劇的な体験をすると、そのトラウマでこれまでのマインドセットが揺さぶられて、現状維持バイアスから逃れるのもいくらか容易になるっていうこともあるかもしれない。死にかけたことで死期が近づいたかのような感覚を味わって、その感覚があまりにも生々しいために、「複数の私」がせめぎ合あうゲームの均衡が(ゲーム理論で言うところの)「摂動均衡(摂動完全均衡)」へと移動する――思いがけず死が訪れる可能性に備えて、人生設計を立てるようになる――ってこともあるかもしれない。

臨死体験者へのインタビューが基(もと)になっているこちらの記事によると、臨死体験は「美しい」ものとのこと。さらには、臨死体験をすると、死を恐れなくなり、他人を思いやる気持ちが強まるとのこと。臨死体験中は、暗いトンネルの中を歩いていて、しばらくするとまばゆい白色の光が見えてきて・・・なんていうような、よく聞く話も紹介されている。

臨死体験者たちは、(臨死体験をしたらこうなるはずだっていう)周囲の期待に応えてるって面もあるんだろうね(狩猟採集社会で臨死体験をした人たちも同じような体験談を語るだろうかね?)。臨死体験に伴って脳内でエンドルフィンが分泌される例が多いらしいけど、エンドルフィンに騙されちゃってるっていう面もあるかもしれないね。

臨死体験者の中のごく一部は、臨死体験を利用して、これまでよりも利己的に振る舞おうとしてるんじゃないかっていうのが私なりの読みだ。その背後には、自己欺瞞が控えてるってことは言うまでもないけどね(臨死体験をする前と後とで、その人が慈善団体に寄付する額にどう違いがあるかを調べられたらいいんだけどね)。例えば、臨死体験中に美しく輝く白い光を見たっていう告白は、その実、「私は美しいんです」(美しく輝く白い光を目にしたのは、私が美しい心の持ち主だからなんです)っていう思いを吐露したものなのかもしれない。「私は美しいんです。だから、丁重に遇してくださいね」ってことなのかもしれない。臨死体験をしてこういうふうに行動が変わりましたって語られたとして、周囲がそのことを批判できるか(あるいは、無視できる)というと、難しいだろうしね(「人生は美しいんです。・・・ん? なんです? 私は死にかけたんですよ!」)。でも、その実態は、行動を変えたことで何らかのかたちで自分の得になってるんだろうね。「利己的な面が露(あらわ)になったのは、生き方を見直してあれもこれもが変化したうちの一つの側面に過ぎないんです」って正直に告白すればそれでいいのにね。

ここらでまとめると、臨死体験(あるいは、死にかけた体験)は、善人をいっそう善人にし、悪人をいっそう悪人にするっていうのが私なりの予測だ。

(追記)Ryanがコメント欄に登場している。ご確認あれ。

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