●Tyler Cowen, “Is it 1937 again?”(Marginal Revolution, June 30, 2010)
デイビッド・レオンハート(David Leonhardt)の論説で、1937年のエピソードを引き合いに出しながら、「景気がまだ確実には回復したとは言えないにもかかわらず、今すぐにでも増税ないし政府支出の削減に乗り出すべきなのだろうか?」と問われている。レオンハートの問い掛けをきっかけとして熱い議論が交わされているが、少なくともこれまでのところは、1936年~37年における金融政策の実態に誰も言及していないようだ。当時のFedの金融政策については少し前にデイビッド・ベックワース(David Beckworth)が話題にしているので、以下にその一部を引用しておこう。
Fedは、1936年~37年に犯した過ちをまた繰り返そうとしているのだろうか? ご存知のように、Fedは、1936年~37年の期間に預金準備率をそれまでの2倍の水準に引き上げた。当時、民間の銀行は、法律で定められた水準を上回る準備預金――超過準備――を抱えていたが、預金準備率を引き上げれば、積もりに積もった超過準備が吸収されることになるだろうとFedは目論んだのである。大量の超過準備をこのまま放っておくと、将来的に手が付けられないほど急速な勢いで銀行貸出が増える可能性があると考えて、先手を打ったわけである。ところで、そもそもの話として、民間の銀行はどうして大量の超過準備を抱えていたのだろうか? 一種の保険として、というのがその答えだ。大量の超過準備を保有しておけば、1930年~33年の銀行危機の二の舞にならないで済むと考えたのだ。しかしながら、Fedはそのことがわかっていなかった。預金準備率が引き上げられた先には何が待っていたか? Fedの意図に反して、超過準備は減らずじまいだった。その理由は、銀行危機に備えてできるだけ多くの超過準備を溜め込んでおこうと考えた民間銀行が貸出を縮小して、準備預金の積み増しに動いたためである。その結果として、貨幣乗数が落ち込み、マネーサプライの伸びに急ブレーキがかかったのである。
もう一度リンクを貼るが、預金準備率が引き上げられた効果をまとめたのがこちらの図だ。金融政策が「十分に」緩和されさえすれば、1937年~38年と同じような事態が繰り返されるおそれはないだろうというのが私の考えだ。1936年~37年においては、金融緩和の程度が十分じゃなかったどころか、金融政策は景気に冷や水を浴びせる上で一役買ってもいたのだ。この件については、スコット・サムナー(Scott Sumner)のエントリーもあわせて参照されたい.
政府が財政刺激策から手を引いたら、それに応じてFedがさらなる金融緩和に打って出る可能性は十分ある。一番最後に行動するのはFedだ [1] … Continue readingってことをよくよく記憶しておくべきだろう。
1937年のエピソードを論じるなら、金融政策を議論の中心に据えるべきなのに、どういうわけだかそうなっていない。不思議でならないね。
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●Tyler Cowen, “Is the Fed able to offset “austerity”?” (Marginal Revolution, May 10, 2013)
デイビッド・ベックワースのこちらの大変優れたエントリーで、名目GDPの推移を跡付けたグラフが掲げられている(以下のグラフがそれ)。どうやら、総需要は順調な回復を見せているようだ。
この件に関連して、スコット・サムナーがマーカス・ヌネス(Marcus Nunes)のエントリーを紹介している。以下にその一部を引用しておこう。
1937年に政府支出(実質値)は4.2%縮小し、その年の景気は停滞することになった。その一方で、2012年に政府支出(実質値)は2010年と比べて4.8%縮小することになったが、この間に景気は緩やかながらも回復傾向にある。
2012年には1937年に匹敵するほどの「財政緊縮」が実施されたと言えるわけだが、2012年には「何か」のおかげで「財政緊縮」の効果が大きく和らげられたようである。
その「何か」とは何か? そう、金融政策だ [2] … Continue reading。
スコット・サムナーのこちらのエントリーもあわせて参照されたい。