Doug VanDerwerken, Jacek Rothert, Brice Nguelifack, “The impact of suspension rules on fouls in football: Case study from the Premier League” (VOX, 09 February 2017)
殆どのフットボールリーグでは、イエローカードを一定数累積した選手に対し出場停止処分が課されるようになっている。本稿では、イングリッシュプレミアリーグにおいて選手達が犯した反則行為 [fouls] 数にこのルールがどの様な影響を及ぼしているのか論述する。出場停止処分上限に差し掛かった選手達は、シーズン開幕時と比べ反則行為数が33%も少なくなる。またシーズン開幕後初試合においても、出場停止ルールの抑制効果により反則行為数が15%減少している。
フットボール試合の最中の違反行為のうち深刻なものは、反則選手に対するイエローカード提示を以て罰される。ともにボールを我が物にしようとするフットボール選手二名が衝突するような時、一方の選手が、あまりに無謀なため相手選手を負傷させてしまう例も比較的多いだろうし、行き過ぎたフィジカルが行使される場合もあるだろう。さらに、審判に対する不服申立てや意図的にプレイを遅らせるなどの不適切な振舞を通し、自らのチームがアンフェアなアドバンテージを得るよう画策する選手もいるかもしれない。
イエローカード一枚のみでは試合中に罰則を課すまでには至らないとはいえ、それは当該選手の懲戒記録に響いてくる。そのため、ここから執拗な違反行為者に対する付随的影響が生ずる可能性がある。例えばイングリッシュプレミアリーグでは、或る選手が8月のシーズン開幕から12月31日までの間にイエローカードを五枚受領した場合、同選手は五枚目のイエローカードを受領した次の試合について、出場停止処分を受ける。4月の第二日曜日より前にトータルで十枚のイエローカードを累積した選手は、十枚目のカード受領に続く2試合の出場停止となる。もしシーズン末までに十五枚のカードを受領したら、即座に3試合分の出場停止となる。
フットボールに関しては詳細な統計が利用可能となっており、その斐あって様々な研究者がカードの試合への影響や (Ridder et al. 1994, Bar-Eli et al. 2006)、どの様なファクターがチームのカード受領確率に作用しているのか (del Corral et al. 2010) を研究している。
今回の研究 (VanDerwerken et al. 2016) では、前記プレミアリーグの2011-2012年シーズンにおける、試合レベル、プレイヤー毎の統計値を利用し、出場停止ルールが選手達の反則行為行動に及ぼす影響を調べた。
我々が調査したのは、選手達の反則行為は出場停止上限が近づくにつれが少なくなってゆくのか、出場停止上限に近い選手達はイエローカードを受領する傾向が小さくなるのか、そして出場停止ルールが存在しない場合反則行為が為される数は変わってくるのか、これらの点である。
初めの2つの問いに対しては一般的な計量経済学手法を用いて回答を与え、最後の問いと取り組むにあたっては、最適なイエローカード累積を扱う構造モデルを構築した。
前記プレミアリーグにおける出場停止制度の類型は数多くのフットボールトーナメントで利用されている。これらはみな処罰を先送りする体制 [delayed punishment schemes] を取っており、合衆国における一部の州の所謂 『三振制 [three strikes]』 法制に類似する。同法制は執拗な違反者に対し厳罰を課すもの (Greenwood et al. 1994, Zimring et al. 1999)。個人の行動にこうした制度が及ぼす影響を分析する際には、ツーストライク状態にある個人による犯罪活動の減少のみを計測しないようにすることが重要 (Shepherd 2002) である。もしそうしてしまうと、同法制の真の影響が過小評価されてしまう。というのは、潜在的違反者全てに行動を変化させた可能性が有るからだ。我々のケースでは、出場停止ルールがただ存在するだけで、選手達は出場停止上限に近づくのを嫌うため、第一試合にしてすでに攻撃的なプレーが抑制される訳である。
結局のところ
先ず最初に、現行ルールのもとでイエローカード累積が反則行為数に及ぼす影響を実証的に検討した。ポワソン回帰1を用いて反則行為数の予測を行うが、その際にはペナルティカード累積の効果を分離するため、反則行動への影響が疑われるその他の変数を調整している。例えば、我々は選手に対する固定効果の影響も取り入れている。これは内在的な攻撃性レベルやポジションまた競技熱といった属性を組入れたものである。さらにインターセプト数やタックル成功数またドリブル失敗数といった、試合レベルでのパフォーマンス変数も取り入れた。最後に、累積上限到達までの時間、試合会場 (ホームかアウェイか)、出場停止処分の深刻性、および試合終了時の得点差についても調整を行った。
以上全ての潜在的影響源の分を修正すると、予想通り、イエローカードの累積は反則行動を減少させていた。イエローカードあと一枚で一試合出場停止処分となる様な時、選手の反則行為は、イエローカードあと二枚で出場停止の場合と比べると12%、あと五枚の場合 (例えばシーズン開幕時など) と比べると33%、少ないのである。反則行為数の減少は選手が2試合出場停止処分に直面した時さらに大きくなる。下の図1には反則行為の推定期待数を、出場停止処分までイエローカードあと何枚かの関数として示してある。
さらに、所与の試合において選手が何らかのカード一枚 (イエローカード、ないしより深刻なレッドカード。後者は試合からの即刻退場と自動的な出場停止処分を意味する) を受領する確率も、ロジスティック回帰を用いて予測した。驚くには当たらないが、同確率は該当選手が累積上限に近づくにつれ減少した。例えば、イエローカードあと二枚で二試合出場停止処分となり、次試合でのカード一枚受領確率が10%であるような選手を仮定したとしても、この仮定的選手があと一枚で同出場停止処分になる状況に陥れば、イエローカード一枚を受領する確率は低くなる (3%) ことになる。イエローカードあと二枚で一試合出場停止処分となる場合、同選手のカード一枚受領確率は25%に上昇することになる2。
一つひとつの試合を大事に
出場停止ルールが無かったとしたら、選手達の反則行動はどれ位増えていたのだろうか? 素朴に考えれば、該当シーズン中未だ一枚もイエローカード累積が無い選手一名の犯した反則行為数につき期待値を算出し、それを全試合に関する選手あたり反則行為数期待値と見做すという形でこの問いに答えられそうである。しかしこの手法はルーカス批判を (Lucas 1976) を無視している。我々の推定値は出場停止ルールの在る環境において得取された。こうした環境にあっては、選手達の反則行為はシーズン初試合において既に少なくなっているかもしれない。何故なら早い時期にイエローカード一枚を受領すると、後に出場停止処分を受ける確率が高まるからだ。
そこで我々は最適イエローカード累積に関する動学構造モデルを開発し、この 『ファーストストライクの恐怖』(Shepherd 2002) に取り組んだ。本モデルは標準的な動学プログラミングモデルであり、次の様な特徴を持っている。まず累積イエローカード数を状態変数とした。選手は試合開始時に自らの努力量を選択する。努力量が多いほど選手の所属するチームがその試合に勝利する確率も高まる。活動量はさらにイエローカード一枚の受領確率も高める。均衡状態において、選手はイエローカード五枚で出場停止処分となる旨を知悉したうえで、このトレードオフを衡量しなくてはならない。本モデルは幾つかのパラメータに依拠しているが、その中には我々のデータからカリブレート可能なものもあれば、これが不可能なものもある。カリブレート可能なものについては、イエローカード五枚の上限に差し掛かった選手に関わる反則行為数の減少が、モデルにおいてもデータ中のそれと同一になるようにしている。その他のパラメータ値にはアドホックな当て嵌めが必要となった。
以上の下準備ののち、本モデルから出場停止ルールを取り除く反実仮想実験を行った。実験中の選手達は、一試合中にイエローカード一枚を受領したところで将来の出場停止処分には何ら影響が無いことを知悉しており、初期の試合でもプレイを調整する必要がない。我々の選択したパラメータ値を利用したかぎりでは、前記プレミアリーグにおける出場停止ルールの存在により第一試合における反則行為期待数が約15% (ファーストストライクの恐怖に関する我々の推定値) 減少させていることが判明している。シーズン期間全体では、同出場停止ルールにより期待反則行為数が33%も引き下げられている。図1にはさらに、一試合中に選手一名が犯す期待反則行為数を、同選手はイエローカードあと何枚で出場停止となるかとの観点からみた関数とし、我々の理論モデルの予測値を示している。
図1
本モデルのおかげで、審判の厳しさをはじめとする様々なファクターが出場停止ルールにどの様な影響を与えているのか分析する手立てが得られた。審判があまりに甘い場合、出場停止ルールにはあまり痛みが感じられない。選手達は自分がイエローカードを突き付けられることはあまりないと知悉しているからだ。審判があまりに厳格な場合も、出場停止ルールにはあまり痛みが無い – 少々攻撃的といった程度のプレイにしてすでにイエローカードが出されるなら、選手は、何れにせよイエローカードを受領するはめになるのだろうと、目下の試合のみにフォーカスする可能性もあるのだ。
試合レベルでの統計値の利用可能性が高まってきた所に、シンプルな経済理論が組み合わさり、フットボールにおいて出場停止ルールが攻撃的プレイに及ぼしている影響の定量化が可能となった。より一般的に言えば、先送りされた処罰に個人がどの様に応答するか、この点に関する知見が得られたのであるが、これはプロスポーツ以外の研究領域にも新たな洞察をもたらすものだ。
参考文献
Bar-Eli, M, G Tenenbaum and S Geister (2006), “Consequence of Players’ Dismissal in Professional Football: A Crisis-Related Analysis of Group-Size Effects”, Journal of Sport Sciences, 24:1083–1094.
del Corral J, J Prieto-Rodriguez and R Simmons (2010), “The Effect of Incentives on Sabotage: The Case of Spanish Football”, Journal of the American Statistical Association, 11:243–260.
Dawson, P, S Dobson, J Goddard and J Wilson (2007), “Are football referees really biased and inconsistent? Evidence on the incidence of disciplinary sanction in the English Premier League”, Journal of the Royal Statistical Society – Series A, 170(1):231–250.
Greenwood, P, C Rydell, A Abrahamse, J Caulkins, J Chiesa, K Model and S Klein (1994), “Three Strikes and You’re Out: Estimated Benefits and Costs of California’s New Mandatory- Sentencing Law”, Technical Report MR-509-RC, RAND Corporation.
Lucas, R (1976), “Econometric Policy Evaluation: A Critique”, Carnegie-Rochester Conference Series on Public Policy, 1(1):19–46.
Nevill, A, N Balmer and A Williams (2002), “The influence of crowd noise and experience upon refereeing decisions in football”, Psychology of Sport and Exercise, 3(4):261–272.
Ridder, G, J S Cramer and P Hopstaken (1994), “Down to Ten: Estimating the Effect of a Red Card in Football”, Journal of the American Statistical Association, 89:1124–1127.
Shepherd, J (2002), “Fear of the First Strike: The Full Deterrent Effect of California’s Two and Three-Strikes Legislation”, Journal of Legal Studies, 31:159–201.
VanDerwerken, D N, J Rothert and B M Nguelifack (2016), “Does the Threat of Suspension Curb Dangerous Behavior in Football? A Case Study From the Premier League”, Journal of Sports Economics, OnlineFirst. DOI:10.1177/1527002516674761.
Zimring, F, S Kamin and G Hawkins (1999). Crime and Punishment in California: The Impact of Three Strikes and You’re Out. Institute of Government Studies Press, University of California, Berkeley.
原註
[1] ポワソン回帰は最小二乗法に似たものだが、前者ではカウント値が正規分布ではなくポワソン分布に従うものと想定されている。 [2] 本分析の副産物として、アウェイに対するホームでのプレイには、ペナルティカード受領確率に、僅かではあるが認識可能な影響が有ることも明らかになった。我々の実施シナリオでは、ホームでのプレイは選手のカード受領確率を10%から8%に引き下げる。その存在が疑われる潜伏変数分を修正すると、この緩やかな減少の大部分は選手の行動ではなく審判に帰するのが合理的な様で、他の研究者 (例えば Dawson et al. 2007 and Nevill et al. 2002) が明らかにしてきた所を裏付けている。