ブランコ・ミラノヴィッチ「ロシア経済の展望:まずは短期について」(2022年3月12日)

[Branko Milanovic, “Russia’s economic prospects: the short-run,” Global Inequality and More 3.0, March 12, 2022]

これから,前後編にわけて,ロシア経済の短期と長期の見通しを考える.

まずは,短期から考えよう.ここでは,次の想定にもとづいて考察をすすめる.まず,「ウクライナでの武力戦争は数ヶ月で終わる」(つまり,現状のように激しいまま何年も戦争が続かない).そして,「クーデターや革命といったかたちでロシア内部に劇的な変化は生じない」.

短期での各種影響の問題に答えるにあたっては,経済的な低下・衰退をひととおり見ておくのが有益だ.残念ながらも,ロシアは循環的な経済史のおかげでそうした低下・衰退の実例をいくつか提供してくれている.過去100年間で生じた所得低下のなかでもとりわけ悲惨だったのは,第一次世界大戦終盤とその後の内戦での所得低下であり,1990年代の資本主義への体制移行での所得低下だ.(また,第二次世界大戦のあいだにとてつもなく GDP が減少したし,とくに消費の減少は大きかったが,こちらはもっと解釈がむずかしい.)

1917年~1922年のあいだに,ロシアの GDP は半減した(ここで示す数値はすべてインフレ調整した実質値だ).1921年の工業生産は,戦前の水準の 18% にまで低下している.農業生産は,戦前の水準の 62% だった.(データは Pipes 1990 に引用されている Kritsman 1926 のものと,Block 1976 のもの.また,拙著『計画経済からの体制移行期における所得・格差・貧困』の第1章も参照.) 体制移行期の 1987年から 1995年のあいだに,ロシアの一人当たり GDP は 40% 近くも減少した(大恐慌で合衆国が経験した減少よりも大きい).1年あたりの減少幅がもっとも大きかったのは,1992年だった(16%).その後,93年と904年にはそれぞれ 8% と 13% の減少が続いている(データは世界銀行のもの).

また,3つ目の実例として,1998年~99年金融危機とロシア国債デフォルトも挙げられる.1998年に,ロシアの GDP は 5% 縮小した.おそらくは 1998年~99年の金融危機と全般的な混乱をみて,「もはや自分はロシアの社会・経済をコントロールできない」とエリツィンは認識したのだろう.エリツィンは次々に首相を任命しては別の首相にすげ替えていった(どの人物もなんらかのかたちで KGB とつながりがあった――どうやら,他の何者にも状況を救えないと認識していたらしい).こうしたグダグダした状況が終わったのが,1999年12月31日のプーチン大統領代行の指名だった.これにより,エリツィンの早期退任後にプーチンが選挙で選ばれた大統領となる道が開けた(通常なら,エリツィンの任期は2000年6月に終わるはずだった).

1920年代の内戦と〔社会主義体制への〕体制移行は,どちらもいまのそれより大きな経済的ショックだった.1990年代前半には,企業の運営のされ方が全面的に変わり,他の旧ソ連共和国諸国との経済的なつながりはほぼすべて断たれ,民営化がすすみ,政府は政策をまともに実施できなくなり,歴史的な規模で汚職が広まった.今日の経済制裁がどれほど経済活動を妨げるものであろうと,短期的にあれほどの影響を及ぼすことは,ありそうにない.ただ,間違いなく,1998年~99年金融危機よりも大きな影響を及ぼすだろう.以上を踏まえると,ごく大雑把に言って,2022年~23年の〔GDPの〕減少は,〔7%や 9% といった〕大きな一桁になるか,〔11% とか 13% といった〕小さな2桁の数字になるだろう.1992年ほど急激な減少にはならず,1998年ほど(比較的に)穏やかな減少にもならないだろう.

もちろん,この減少のコストが〔どんな分野・階層に〕どう分布するかははっきりしない.最近,これまでよりも〔受け取る側に〕有利な物価スライド式年金制度を新たに導入した(ロシア人口の 30% が年金受給者だ).だが,この新しい状況の下でこの政策を実行できるのかといえば,疑わしい.同じことは,国家院〔連邦議会下院〕で可決された所得制限型の児童手当の拡大にも言える.多くの外国企業が撤退し,多くの輸入品に事実上の禁輸措置がなされ,外国からの投資も国内の投資も減少が間違いないなかで,失業率は上昇するだろう.目下,ロシアの失業率は低い.だが, 1990年代のような 7~8% にまで戻っておかしくない.こうして失業に直面する人々の所得を妥当な水準に維持できるほど,とにかく,ロシアのセーフティネットは,制度的にも財政的にも強固ではない.その制度面の弱さは,コロナウイルスの各種影響であらわになった:記録されたコロナウイルス死亡者の総数は 36万人で,いくつかの推定によれば,ロシアの超過死者数は世界最大級だ.こうした結果を,中国と比べてみるといい.中国で記録されたコロナウイルス関連死者数は 4,600名,つまりロシアの 1% ほどだ.そして,中国の人口はロシアの10倍近い.

ルーブルの価値低下にともなうインフレも,最貧層にもっとも大きな影響をもたらすだろう.食糧輸入国ほどにはロシアの食料価格は上がらないかもしれないにせよ,上がるにはちがいない(一部の分野では,国内生産は輸入減少を補えなず〔=全体として供給が減り〕,ルーブル安によって外国の原材料価格は上昇する).各種の品不足がちらほらと起こりはじめるかもしれない.すでにニュースでは,多くの必需品(砂糖も含む)を買い込もうと人々が殺到していると報じられている.高インフレが再来した状況下で,こうした不安定で変動の激しい相対価格に直面するなかで賢明な政策をとるとすれば,それは,必需品の配給制を強制することだろう.旧ソ連では,1952年に配給制は撤廃され,1990年代前半にロシアで一部の品目にかぎって短期間だけ再導入された.いままた,配給制の再々導入が必要かもしれない.それも,おそらくは,かつてよりも広範にわたる配給制だ.もちろん,配給制の意義は,もっとも貧しい階級の幸福を(ことによれば生存を)守ることにある.だが,当然ながら,配給制は生産者のインセンティブを弱める.旧ソ連では,これは大して問題にならなかった.なぜなら,計画にもとづいて生産されていたからだ.だが,今日のロシアでは,インセンティブが大いにものを言う.

これまでに明かされた政府の各種政策は,経済制裁に影響を弱めることを目的としているが,非常に弱い.中小企業に一時的な税免除を宣言するのは,大規模なレイオフを避けるうえで意味がある.だが,そうした税免除は中期的な政策にはなりえない.当然,中小企業の税を免除すれば政府の財政に影響がおよぶし,さらには,不可避であろう事態への道筋がひらける.その事態とは,金融の拡大と,それにつづくインフレだ.すでに述べたように,1990年代前半のインフレ率は異例なほど高かった(1992年~1995年のインフレ率は年率で3桁に上った).また,1999年にも,90% に達している.こうした高インフレが起こらない場合は,なかなか考えにくい.すでに2月時点で,インフレ率は年率換算で 10% だった.3月の数字は間違いなくさらに高くなるだろう.

他に,ロシアの国外投資を国内に振り向けるのを後押しすることをねらった政府の対策もある.だが,すでに資本の統制が実施されていて,今後はさらにそれが強化されそうな体制にもとで,いざ必要なときがきても再び外国に動かせなくなりそうなお金をロシアにもどす理由が,いったいどこにあるだろう?

問題は,政府が間違った政策を選んでいることではない.問題は,目下の状況では,まともな政策の選択肢がないにひとしいことだ.いまロシア政府ができることの範囲はきわめて狭い.そして,その範囲を決定しているのは,プーチンによる外交政策の意思決定であり(それもおそらく経済担当の閣僚たちになんらはからずに決めている),外国による経済制裁だ.この2つにはさまれるなかで,経済政策にできることといえば,次々におこる出来事を後追いして制限を強めていくことのほかには,ほんのわずかしかない.政策による制限の強さは,大半が状況に強いられたものだという点は重要なので指摘しておきたい.イデオロギー面を見れば,ロシア政府はテクノクラシー色とネオリベラル色が強い.プーチン本人は,これまでつねに経済に対してネオリベラルのアプローチをとってきた.ウクライナ侵攻の初日に,プーチンは大企業の代表たちと会合を開き,彼らに「完全に自由化された経済」を約束した(本当に,彼らにやりたいようになってくれと頼んだ).あの時点では,プーチンは――おそしておそらく大企業のトップたちも――経済制裁がもたらす有害な影響を完全には意識していなかったのかもしれない.だが,有害な影響がますます鮮明になってくるにつれて,経済政策でできる意思決定の範囲は劇的に狭まっていくだろう.もはや,価格統制を好むかどうかの問題ではなくなるだろう.問題は,価格統制をしなかった場合に大規模な暴動が起こるかどうかだろう.このように,制限を強いる各種政策は,状況によって余儀なくされることとなる.だが,ひとたび採用すれば,変更は難しくなるだろう.

まだ他にも,触れておくべきことがある.経済制裁も,どんな種類の制限も,かならず迂回方法をとるように人々を誘う.実際,迂回は可能だ:輸入なら(たとえば)アルメニアをいったん経由してからロシアに転売すればいいし,国外のロシア人たちは故国に暮らす親戚とクレジットカードを共有してもいい,などなど.だが,こうした「創意ある解決法」は高くつく.こうした方法をとる人々はリスクを冒しているのであって,それを補うだけの対価をもとめる.すでにロシアの新聞各紙では,「投機家」たちの台頭が報じられている.かしこい迂回・抜け道がもたらす影響は,価格上昇だけではない.社会にとってもっと有害な影響は,そうした迂回・抜け道をコントロールする密輸・犯罪ネットワークの台頭だ.これは,ドラッグの場合と変わらない.ある財がひとたび違法になったり割安[原文ママ]になったり入手困難になったりすると,法に反するのも辞さない人々によって市場に高値でもちこまれるようになる.かつて1990年代から続いてエリツィンのもとで爆発的に増えたロシア社会への犯罪の蔓延が,再び起こるだろう.

このように,プーチン支配の今後数年は,エリツィン支配の最悪の時期と酷似したものになるだろう.エリツィン一家とオリガルヒたちの利益を保護しつつ国内にある程度の安定をふたたび強制するだろうとの思惑によって,プーチンは影の存在から表舞台に連れ出された.就任してから2年間は,プーチンはこれを首尾よくやってみせた.だが,その支配の最後(であれなんであれ)にきて,プーチンはロシア元来の病理を再来させ,ある意味ではいっそう悪化させた.というのも,プーチンの政策によってロシアは袋小路におちいり,ありとあらゆる変化の道筋を塞いでしまったからだ.

次回の記事では,長期的な見通しを論じよう.

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