訳者の註記: この記事は,VoxEU の電子書籍「COVID-19 と貿易政策」の序文を訳したものです.長文のため,セクションごとに区切って掲載していきます.なお,この電子書籍全体の要約を山形浩生さんが公開しています: こちらを参照.
アブストラクトCOVID-19 パンデミックによって,医療用品や食品に輸出制限をかけようという動きが広まっている.本 eブックでは,次の問いを立てる:「政府は健康面・経済面・貿易面での危機に対して,内向きになる対応をとるべきだろうか?」 本書の寄稿者たちは,共通の答えを提示する:「否.」 内向きになっても,COVID-19 に対する今日の戦いの役には立たない.製造プロセスが国際化されている世界で,国々が貿易障壁を強くすれば,必要不可欠な医療用品の生産がどの国にとってもいっそう困難になる.貿易が問題なのではない.貿易は解決法の一環なのだ.また,内向き政策は経済の回復をはぐくむのにも失敗するだろう.さらに,内向き政策は,今回の脅威を退けるために人類が必要とする協働の精神も脅かすことになる.
我々が本書を完成させた 2020年4月26日時点で,COVID-19 感染が確認された事例が世界で 300万人を超え,死者は20万人以上にのぼっている.いずれもおそるべき数字だ.だが,それに加えて悩ましい問題がある.その伸び率だ.今日の死者数は,2週間前の2倍になっている (Roser et al. 2020)[n.1].こうした爆発的な伸びを見て,さまざまな緊急政策対応がとられている.
コロナウイルス感染症の拡大を遅延させるべく,世界各国の政府は,非常に厳格な封じ込め政策を強制してきた――IMF はこれを「大封鎖」(“The Great Lockdown”) と呼んでいる.人々の経済生活・個人生活・社交生活に制限をかけるなど,ほんの3ヶ月目には絶対に考えも及ばなかっただろうに,いまや正常で必要なことだと見られている.ごく単純に言って,パンデミックによる世界の変化は大方の予想よりもずっと急速で,ほとんどの人たちには予想もされなかったかたちで進んでいる.
とくに予想の埒外だった事柄を挙げると,貿易への影響と政策対応がある――そして,本書の主題がそれだ:COVID-19,貿易,貿易政策を本書はとりあげる.ここで追求するのは,単純な問いだ.
国民所得の急落・世界貿易の崩壊・COVID-19 の世界規模での第二波の見通しをふまえて,各国政府は内向きになって国境をまたいだ商業活動の結びつきをいっそう弱めるべきだろうか? 本 eブックの答えは明快だ:「否.」 内向きになってもうまくはいかない――内向きになったところで,いまここで展開している COVID-19 との戦いの役には立たず,経済の回復を育むことにもならない.
本書に寄稿された論考は,今回の地球規模パンデミックのさなかに各国政府がとってきた貿易政策・投資政策の変更を評価している.そのさいに,国際サプライチェーンをふくめて商業活動のさまざまな実相を考慮し,関連する先例・分析を参照し,保護主義にかわる政策の選択肢を考察する.
こうしてなされた論考で,繰り返し見出されている事柄がある.それは,「多くの政府は緊急に心構えを変える必要がある」という一点だ.今回の危機において国際貿易は問題なのではなく,逆に,国際貿易が問題解決の一角を占めるということを,政府は理解する必要がある.21世紀の世界では,開かれた貿易ルートと国際サプライチェーンがパンデミックを制御し打ち負かすのに決定的に重要となるのを,政府は認識する必要がある.国内政策の効果をいっそう高めるための基礎となるのは,さまざまな戦線で政府どうしの協力を実行することだ.協力が,大きな便益をもたらすだろう.
よい面に目を向けると,世界の製造業は,必要不可欠な医療用品と重要な医薬品の生産に利用できる.そして――ゆくゆくは――ワクチンを数十億単位で生産し,COVID-19 危機を過去のものとするのに役立てることができる.悪い面に目を向けると,1929年方式の近視眼的でナショナリスティックな報復行動の応酬の嵐は,世界全体の生産能力を弱体化させてしまいかねない.世界の指導者たちが一致団結して共通の目的のために協力するべきときがあるとすれば,それはいまだ.孤立アプローチの時代は過ぎ去った.ほぼ文字通りに,国際協力できるかどうかは生死を分かつ問題なのだ.
歴史的な視座で今日の政策対応を見るべく,我々は過去におきた貿易崩壊の事例と保護主義的対応を手短に振り返る.手始めは,2008年-2009年の破綻だ.
【pt.2 に続く】
原註 [1] 最新データは “Statistics and Research: Coronavirus Disease (COVID-19)” を参照.https://ourworldindata.org/coronavirus
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