Paul Krugman, “Riksbank Officials Lead Sweden Into a Trap,” Krugman & Co., May 2, 2014. [“How Do You Say ‘Nobody Could Have Predicted’ In Swedish?” April 18, 2014; “Further Notes on Sweden,” April 20, 2014.]
スウェーデン国立銀行のおかげでスウェーデンは罠にはまった
by ポール・クルーグマン
メールで,スウェーデン発のニュースを教えてもらった.スウェーデンと言えば,デフレを甘く見るのをやめて,仕事に着手した国だったよね.
そのニュースにはびっくりだ:近年の金融危機を最初にかなりうまく切り抜け,しかもユーロ加盟国としての制度的な制約にもまったく直面していないのに,スウェーデンはまんまと――いいことなんてなにもないのに――デフレの罠にわざわざはまることに成功したんだそうだ.〔参考:食品・エネルギー価格を除いたコアインフレ率のグラフ〕
スウェーデン国立銀行当局が言ってることをまとめると,この展開は誰にも予想できなかったはずとのことだ.でも,もちろん,まさに同銀行の元副総裁にしてぼくの元同僚でもあるラルス・スヴェンソンは,昨年,半狂乱になって警告してた.スウェーデンの中央銀行はひどい間違いをやらかしてる,インフレ率は低いしあれこれと経済的な不振があるっていうのに,金利を引き上げるなんてとんでもない,って.そうやって警告したスヴェンソンが授かった報酬は,さらなる孤立だった.その後,彼は同銀行を去った.いやはや.オス連――おまじめなスウェーデンの連中――なら誰だって知ってるよね,金利を上げるのは重要なことなのであります,なんとなればですな,えー,なぜかっていうとですな.
この罠からの脱出はすごく難しくなりそうだ.
ぼくとしては,ラースが正しかったことをみんなが認めてくれると想像したいし,一般に異論の持ち主を追い払うのはきわめて破壊的だってことがわかってもらえると想像したい.でも,きっと,彼はいまだに根拠薄弱だと考えられていることだろうし――「スヴェンソンは証拠も固まらないうちから反デフレ論者だったと考えられていることだろうし――世間では金融引き締め論者たちはこの先も信頼できる賢明な人々だと見なされるだろう.彼らこそがみんなを長期停滞に連れて行こうとしてるのにね.
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サドマネタリズム
スウェーデンがデフレにはまり込んだ件からは,よそ者のぼくらにも関連する教訓がいくつか得られる.
第一に,サドマネタリズムの力を実物で見せてくれてる.サドマネタリズムってのは,多くの金融当局が金利を上げたがってる欲求のことだ.上げる理由? なぜなら――エエからとにかく上げるんじゃい.2010年,スウェーデンの失業率はきわめて高くて,インフレ率は低かった〔参考〕.基本的なマクロ経済学でいけば,「いまは金利を上げるようなときじゃない」ってなったはずだ.ところが,スウェーデン国立銀行は先走って金利を上げた.なんで?
いま当局が言うには,金融の安定のためだったとか,高すぎる住宅価格と借り入れの恐れがあったためだったとかだそうだ.でも,当時言われてたのは,それとちがってたじゃんよ! スウェーデン国立銀行総裁ステファン・イングベスは,2010年12月に同銀行のウェブサイトでオンラインチャットをやった.そこで彼はこう発言してる――金利を上げるのは,インフレの問題なんだって:「金利をいま上げなかったら,この先,高すぎるインフレが生じるリスクを冒すことになります.それは,経済にとっていいことではありません.我々の最重要課題は,インフレ率2パーセント目標を達成することにあります」
奇妙な言い分だ.インフレ率が目標を下回りはじめたときにも,スウェーデン国立銀行は金利を上げ続けて,その後,正当化を金融の安定に切り替えた.
第二に,スウェーデンの経験を知れば,アメリカの政策をめぐる歴史的な論争に光を当てる助けになる.連邦準備制度を批判する人たちには,こんな一派がいる.彼らの主張によれば,この10年間に起きたバブルとその崩壊のサイクルは,みんな連邦準備制度の失敗なんだそうだ――あまりに長きにわたって金利をあまりに低くとどめてしまったんだって.でも,ちょっと考えてもらうと,連邦準備制度が 2003年から2004年ごろに直面していた状況は,2010年のスウェーデン国立銀行の状況と,すごくよく似ていた:つまり,失業率はまだまだ高いものの下がり始めていて,インフレ率は低く,住宅価格は上昇しつつあった〔参考〕.
つまり,連邦準備制度――当時はインフレを懸念してた――を批判してる人たちが言ってることは,つまり連邦準備制度は スウェーデン国立銀行がやったことをやるべきだったってことだよね.
最後に,スウェーデン・サーガは知的影響の限界を示すきびしい具体例になっている.政策が軌道を外れようとしてた頃,スヴェンソン氏は――世界でも有数のマクロ経済学の主導的な研究者で,とくにデフレのリスクと流動性の罠を専門にしてる人物は――スウェーデン国立銀行の副総裁だった.彼は政策の転換にはげしく抗議した――そして,「自分の方がよくわかってる」と思ってる同僚たちによって完全に無力化されてしまった.
ここでひとつ注意してほしい.彼の同僚たちが経済学の本流に固執する一方で,スヴェンソンが過激な新しい着想を提案してたんじゃないんだよ.経済学の「基本のき」を主張していたのはスヴェンソンの方で,かたや同僚たちこそが,いきなり金融を引き締めるのを支持する新しい論拠を考案していたんだ.
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【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する
おそるべきデフレ
by ショーン・トレイナー
2013年3月からスウェーデンの消費者物価は急落を続けて,0.6パーセントに達している.経済学者のなかには,1990年代に日本が経験したのと同様のデフレ悪循環にスウェーデンが陥ってしまうのではないかと心配している人たちがいる.90年代の日本経済は,長年にわたる物価下落と経済成長の停滞に見舞われた.
スウェーデンが問題を抱えていることに,多くの観測筋は驚いている.というのも,スウェーデンには自国通貨があり,2009年の世界金融危機でもほとんど傷を負わなかったからだ.その後,失業率は高く,インフレ率も目標値を下回ってこそいたにも関わらず,スウェーデンの中央銀行は金利を引き上げた.これによって,スウェーデン国民の借り入れコストは上がり,インフレ率は危険なまでに低い水準になった.
幅広い経済学者たちデフレを恐れている理由は,物価下落予想によって消費者たちが購入を延期するよう促され,それによって経済需要が減少し,物価がさらに下がることになるからだ.このサイクルは断ち切りがたい.また,デフレは債務の相対価値を上げてしまう.なぜなら,金利によって,債務価値が上昇する一方で,その債務を返済するために消費者や政府が持ち合わせている通貨の量に変化はないか,いっそう少なくなるからだ.スウェーデンの家計債務率は,ヨーロッパでも最高水準にある.しかも,デフレが続けばこの率は劇的に上昇しかねない.
4月14日に,スウェーデン国立銀行の元副総裁ラルス・スヴェンソンはブログ『Ekonomistas』でこう主張した――同銀行はすぐに政策金利をゼロ近傍にまで引き下げ,さらに,近年アメリカの連邦準備制度が追求しているような金融緩和戦略の他に,非伝統的な金融政策(たとえばマイナス金利の実行など)を検討すべきだ.
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