ポール・クルーグマン「探しています:大量の「技能ギャップ」とやらはどこにある?」

Paul Krugman, “Missing: A Massive ‘Skills Gap,’” Krugman & Co., September 12, 2014.
[“The Beveridge That Refreshes,” September 5, 2014; “Simply Unacceptable,” September 5, 2014.]


探しています:大量の「技能ギャップ」とやらはどこにある?

by ポール・クルーグマン

John W. Adkisson/The New York Times Syndicate
John W. Adkisson/The New York Times Syndicate

アメリカには大量の「技能ギャップ」がある,って主張がある.失業の多くは構造的なもので,ここに反映しているのは不適切な就労準備をしてしまっている労働力とかなんとかだ,なんて主張する人たちがいる.こうした主張の拠り所となっているのは,「空席になっている仕事ならたくさんあるのに多くの労働者がいまなお失業したままになっているという異例の状況がある」という主張だ.

たとえば,今年のはじめに,JPモルガン・チェイズの社長ジャミー・ダイモンはマーリーン・セルツァーと共著で『ポリティコ』に寄稿して,その技能ギャップとやらについて書いている.書き出しはこんな具合.「今日,1100万人近くのアメリカ人が失業している.だが,同時に,400万件もの求人が,空席のままになっている.これが「技能ギャップ」だ――求職者たちがいまもっている技能と,雇用主たちが求人で必要としている技能に大きな隔たりがあるのだ.」

もちろん,空席のままの求人と失業者はいつだって併存してる.例外的な技能ギャップがあるという主張にいくらか正当性があるとしても,それは,失業と空席のトレードオフが――いわゆる「ベヴァレッジ曲線」が――大幅に悪化した場合にかぎられる.で,このところ,まさにそんなことが起きたんだっていう主張がたくさんでてきてる.

でも,アナリストのなかにはこう主張する人たちもいる:「これはデータの誤読だ」――景気後退時と景気回復の初期段階には,いつだってベヴァレッジ曲線は悪くなって見えるもので,やがて景気回復が進んでいくと平常時と同じに戻るわけ.案の定,クリーブランド連銀の研究者たちは,ベヴァレッジ曲線のシフトとされていたものが消失しているのを見いだしている(報告書はこちら).

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さらに,おやっと思わせる一節もある.この研究者たちは,報告書で抑えめで許容すべき皮肉をちょっとばかりはさんでる:「景気後退から回復までのベヴァレッジ曲線を追跡して観測したところ,労働市場の潜在的な構造変化にいくらかの見識が得られた」とこの研究者たちは書いている.「曲線のシフトが実際の構造変化を含意するかどうかは――とくに,労働市場のマッチング効率が下がっているかどうかは――なお論争の余地がある.ただ,1つ明かなことがある:そもそもシフトなど起きていないのだ」

© The New York Times News Service


「だって受け入れられないんだもの」

先日,経済評論家のクリス・ディロウが,ブログでいいところをついてる.その話題は経済学だ.あと,もしかしたら公共問題全般に関わるかもしれない:事実に合わない単純なおはなしを信じる傾向が見られることはよくあるってのが,その要点だ.H・L・メンチェンが言ったように,「どんな複雑な問題にも,決まって,明瞭で単純で間違った答えがある」わけだね.

でも,答えは単純なのに,人々がその単純な答えをいっこうに受け入れようとしないってこともよくある.つまり,メンチェン氏の命題を裏返してみても,やっぱり当てはまるわけ:「どんな単純な問題にも,不明瞭で複雑で間違った答えがある」

そのブログポストで,ディロウ氏は優良株の選定を例に挙げている.ぼくはと言えば(あらあら)マクロ経済について思うところがある.なんで産出はこんなに低くて,雇用はこんなに少ないんだろう? 単純な答えは「需要が足りてないから」だ――そして,あらゆる証拠がこの答えと整合してる.ところが,おマジメなみなさまときたら,この単純な答えをなかなか受け入れようとしない.「必要とされない技能をもった労働力のせいにちがいない」とか(だったら,まさに必要とされてる技能をもった労働者はプレミアム賃金をもらってるはずだよね,そんな人たちはどこにいるの?) ,あるいは,「地理的なミスマッチのせいだ」とか(賃金が急騰してる州はどこですの?),あれこれと言う.

おマジメなみなさまは,こう言い張る.「これはかんたんな答えなんかない難しい問題にちがいない」――どこをどうみても「さらなる支出を」が答えの場合には,彼らはもうテコでも動かなくなる.

これの多くは,政治的なことだ――需要サイドのはなしは,不況を口実に利用して社会的な保護を解体してしまいたい連中にとって都合がわるい.でも,それですべてだとは,ぼくも思わない.いかにも深刻そうな物言いをしたい人たちの胸中には,「大問題には必ず深い根っこがある」と信じたい欲求が深く根ざしていて,超党派の委員会で厳粛な審議を何時間もかけてやるべきだと要求したがる.

じゃあ,ある問題に関する世間の議論で,複雑な事情が無視されてるのか,それとも余計な複雑性が持ち込まれているのか,どうやったらわかるの? そいつはキミの宿題だ.なあに,ほんとにかんたんなことだからね.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

社内訓練の減少

by ショーン・トレイナー

近年なされてきた研究によると,アメリカでは,採用担当マネージャーの多くが「技能ギャップ」について不満をもっているという.仕事を探している失業中の労働者はたくさんいるにも関わらず,募集をかけても,求めている技能と実際にやってくる応募者の技能が合致せず,なかなか自分たちの職務を果たせないことが多いのに困っているのだそうだ.

専門家のなかには,高校と大学では,実社会に備えて学生たちに適切なことを教えていない労働のミスマッチを批判する人たちもいる.他方,失業中の労働者たちは募集が出ている求人にふさわしい再訓練を受け損なっているのだと言う専門家たちもいる.

だが,ペンシルバニア大学ウォートン校の経営学教授ピーター・カペリによる新研究によれば,技能ギャップとして語られている話の多くには,実証的な裏打ちが欠けていることがわかったという.『ワシントンポスト』(9月5日)で自分の研究を短くまとめて,カペリ氏はこう説明している――「実際の問題は,雇用主たちが期待していることが――新卒学生の技能や,訓練に自分たちが投資しなくてはいけないものや,従業員にどれだけ支払う必要があるのかについて彼らが期待していることが――ますます現実離れをしてきているという点にある」.

歴史を見ると,雇用主たちは特定の仕事に必要な訓練を従業員に提供する傾向があった.今日,多くの企業は,社内で訓練するよりも,すでに必要な技能を身につけている応募者を雇う方を好んでいる.カペリ氏によると,1979年の時点では,労働者たちが受ける訓練は平均で 1年あたり 2.5 週間だった.1995年までには,その数字はたった 11 時間にまで落ちている.さらに,2011年には,過去5年間になんらかの実地訓練 (OTJ) を受けたと報告したのは従業員のたった 1/5 でしかない.

「なにか新しい事態が起きているとしたら,それは,雇用主たちの慣行の変化だ」とカペリ氏は書いている.「自社で独自に才能を育てるのではなく,外部から雇い入れる企業が増えている.(…)いま私たちが直面している真の課題は,これだ――素地のある人ではなくてすでに仕事をこなす能力を備えている人を誰も彼もが雇おうとするのなら,じゃあ,そもそもどうやって最初の経験を積めばいいのだ?」

© The New York Times News Service

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