ポール・クルーグマン「緊縮に勝利させちゃいけない」

Paul Krugman, “No Triumph For Austerity “, September 26, 2013.


緊縮に勝利させちゃいけない

by ポール・クルーグマン

Schrank/Handelszeitung – Zurich / The New York Times Syndicate
Schrank/Handelszeitung – Zurich / The New York Times Syndicate

予想通りってやつだろうね。ちょっとばかり景気が上向きそうな気配が見えたら、欧州の緊縮派たちが、これぞ汚名をすすぐ根拠だって言い張るなんて。とはいえ、ドイツ財務大臣のヴォルフガング・ショイブレが『フィナンシャル・タイムズ』に寄稿した論説は、欧州が1つの――数えよう――1つの四半期にわたって予想と比べてもかなりすごい経済成長をなしとげたことをもって、完全な正当性の論拠だと言い張っている。

これぞ構造変換の準備が首尾よく整ったという記録だ、なんて主張するには、たっぷりとハツパ(厚かましさ)が必要だ――ドイツ語ではなんて言うんだろうね? これまでに破壊されてしまった多くの生計、そして場合によっては人生はどうなの? いまだにまともな仕事につく見込みも立たないでいる数百万人もの欧州の若者たちについては?

ここで、「欧州は1990年代前半のスウェーデンや1990年代後半のアジアと同じレシピを踏襲しているんだ」というショイブレの主張に、プロとしてとくに異論をはさんでおきたい。そうしたレシピには、大規模な通貨切り下げが関わっていた。これは、いま欧州の周辺国で起きているとされる「内的切り下げ」という緩慢で過酷なしろものとはちがう。それに、これまで何度となく強調しておいたように、アジア諸国の経済は、〔アジア通貨危機のあと〕急速に持ち直した。いま欧州の大部分で起きているような終わることのなさそうな不況とは似てもにつかない。

ただ、ぼくらは1つ認識しておかなくちゃいけない。それは、現時点でこれはもうたんなるイデオロギーの問題じゃないってことだ:ここには、エゴと経歴がかかってるんだよ。

証拠からは、欧州の緊縮派がとんでもないことをしでかしたことがうかがい知れる。何百万人もの人生を台無しにしてしまうという失態だ。彼らは、このことをけっして認めたりしないだろう。苦し紛れに、藁をもつかむわけだ。

目と鼻の先で

ぼくと同じく、経済学者のアントニオ・ファタス (Antonio Fatas) も、同じく唖然としてる。なにって、欧州のおそまつな経済実績が財政緊縮の結果じゃないかって可能性を経済開発協力機構 (OECD) が想像すらできずにいるらしいことに、だよ。

もちろん、ある水準では、完璧に理解できることではある。一般的に OECD は――そしてとりわけチーフエコノミストのピエール・カルロ・パドアンは――緊縮推進のいちばん大きな旗をいちばん早くから振っていた。それが実は欧州を破滅へと更新させる旗だったってのを認めたくなんかないっていうのは、わかる話だね。

でも、それはなんていうか、気の滅入る話だ。ユーロ圏で起きたばかりの事態は、財政政策の自然実験としても、こういう結果になるだろうってわかっていたはずだし、その結果はケインジアンの考え方が正しいという圧倒的な論拠になっている。いくらかでも事態を認めて、見解の修正を図ってよさそうなもんじゃないか。

ところが、世間ってのはそういう風になってない。ジョージ・オーウェルがぬかりなく承知してたとおりだ。エッセイ「目と鼻の先で」(In Front of Your Nose) のなかで、オーウェルはこんな風に書いてる――「要点はこうだ。自分でもホントじゃないと承知してる物事を信じる能力をぼくらは持ち合わせている。そして、とうとう自分は間違っていたと証明されてしまったときには、厚顔にも事実をねじまげて自分は正しかったのだという証にするのだ。理屈のうえでは、このプロセスは果てしなく続けていくのも可能だ:これの歯止めはただひとつ、遅かれ早かれ、そういう誤信念は堅固な現実に正面衝突してしまう、ということだ。しかも、おうおうにして戦場でそうなってしまう。(…)自分の目と鼻の先にあるものを見ようとすると、絶え間ない苦闘が必要になるのだ。」

知的な人たちでこの種の苦闘に身を置いてるのは、そんなに多くないんだよね。

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

景気回復をめぐる議論

by ショーン・トレイナー

ドイツ財務大臣ヴォルフガング・ショイブレは、9月16日付『フィナンシャル・タイムズ』に寄稿した論説で、みずからの緊縮政策により、欧州経済はようやく曲がり角を曲がったと主張した。

ショイブレ氏は、小幅ながらも広範にわたるユーロ圏の産出と輸出の増加を挙げて、これは景気回復を示す証拠だと述べた。彼はこう書いている――「財政の立て直しと構造の修復が期待どおりの効果を上げている」「持続可能な成長の基礎を築いたためだ。(…)たった3年で、欧州の財政赤字は半減し、労働コストと競争力は急速に調整が進んでいる。また、銀行のバランスシートは好転に向かっており、経常収支の赤字は消え去りつつある。この第2四半期に、ユーロ圏の景気後退は終熄に至った」

ショイブレ氏の論説は、一部のアナリストの嘲笑を浴びた。英国紙『テレグラフ』では、国際ビジネスのエディターをつとめるアンブローズ・エヴァンズ=プリチャードが、ショイブレ氏を自分が批判したことについて、皮肉たっぷりに謝罪を述べた。「私について言えば、なにもかも間違っていた」――とエヴァンズ=プリチャード氏は書いている――「ドイツによるユーロ圏の財政規律政策は、途方もない成功となっています。その真逆を主張していたことを、私は恥じている」

続けて彼はこう書く:「失業率がギリシャで 27.8パーセント、スペインで 26.3 パーセント、キプロスで 17.3 パーセント、ポルトガルで 16.5 パーセントとなっているのに言及したことを謝罪する。(…)スペイン・ギリシャ・イタリア・アイルランドにおける債務の推移が、緊縮策のもとで上方へと加速しており、したがって政策が自己破滅をきたしているのに言及してしまい、申し訳ない。」

『テレグラフ』のビジネス・コメンテーターであるジェレミー・ワーナーは、ショイブレ氏による景気回復の定義は眉唾ではないかと示唆している。「景気循環の小さな上向きの反発を挙げて――ほぼ間違いなく在庫補充で引き起こされた反発を挙げて――これぞ欧州が好転に向かっている証拠だという言い分は、ばかげている」と、ワーナー氏は論説に書いている。「そんな話をするにはあまりに時期尚早というだけではない。もしも彼が正しいということになれば、我々は全員そろって、実質的に自分の世界観を再考しなくてはならなくなってしまうだろう。」

© The New York Times News Service

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