マーク・ソーマ 「あれから四半世紀 ~25周年を迎えたローマーモデル~」(2015年10月3日)

●Mark Thoma, “‘The Romer Model Turns 25’”(Economist’s View, October 03, 2015)


ジョシュア・ガンズ(Joshua Gans)のブログより [1] … Continue reading

The Romer Model turns 25”:

Endogenous Technological Change”(「内生的な技術変化」)と題されたポール・ローマーの論文がJPE誌(ジャーナル・オブ・ポリティカル・エコノミー誌)に掲載されたのは25年前の今月(1990年10月)のことだ。引用回数は2万回を超えており、経済学の論文の中でも過去25年の間で最も影響力のある論文の一つとなっている。技術変化(生産性の上昇)というのは天から降ってくるようなもの(外生的な変化)なんかではなく、新たな知識の創造(新しいアイデアの発見)に向けて資源が割り振られることを通じて引き起こされる。そのことを知識の創造に向けた資源の割り振り(配分)に影響を及ぼすインセンティブ構造を詳らかにした上で曖昧なところを残さないかたちでモデル化したのがローマーの1990年論文。論文の内容を手短に要約するとそうなるだろう。同様の試みは過去にもあったし――そのあたりのあらましは2006年に出版されたデビッド・ウォーシュの傑作を参照されたい――、ローマーと時を同じくして対抗馬となるモデルを作り上げた面々(アギオン、ホーウィット、グロスマン、ヘルプマン、アセモグル、ワイツマンなど)もいた。しかしながら、経済学者の尻に火をつけて長期的な経済成長の再調査――その再調査は十年単位に及ぶ息の長い取り組みとなったが、学生時代の私もその流れに乗らせてもらったものだ――に向かわせる起爆剤となったのはローマーのモデルだったのだ。

内生的成長理論の分野におけるモデルの開発は今も続けられているが、そのような最近の試みに対してローマーが批評を加えていることについてはしばらく前に取り上げた。ローマーの標的となっているのはロバート・ルーカスらによって練り上げられている一連のモデルだ。ルーカスらのモデルではローマーの1990年論文によって代表される従来の内生的成長モデルとは異なった想定が置かれている。ローマーらのモデルでは「不完全競争」が想定されている一方で、ルーカスらのモデルでは「完全競争」が想定されているのだ。この話題を蒸し返すのはやめておくが、一言だけ述べておきたいことがある。(1990年の論文で産声を上げた)「ローマーモデル」は断じて数学的ではないというのがそれだ。ローマーの1990年論文は言うまでもなく理論研究に属するものではあるが、どの数式についてもどの前提についてもその根拠が注意深く検討されている。数式による説明と同じくらい言葉による説明にスペースが割かれている。モデルはどのように振る舞うか? モデルがこのように振る舞うのはなぜか? かような結論が導かれるのはなぜか? 「ローマーモデル」はそのあたりのことがすっきりと了解できる仕様になっているのだ。

この後に「ローマーモデル」の詳細な解説が続くが、その後にガンズは次のように問いかけている。

内生的成長理論の研究が一時に比べて下火になったのはなぜなのだろうか?

締めの言葉は以下の通り。

まとめるとしよう。「ローマーモデル」は経済成長の研究を大きく前進させる節目となった偉業である。経済理論上のモデルとしてうっとりするほどの美しさを備えた作品である。しかしながら、やるべきことはまだ残っている。新たな知識(アイデア)が次々と積み重なるようにして経済成長がもたらされるように、経済成長の研究の世界でも知識の累積的なプロセスが働いてゆくゆくは残された課題が解決に向かうことを願ってやまない。

References

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1 訳注;ちなみに、ガンズに触発されるかたちでローマー本人も自身のブログで1990年の論文を回顧している(計7回にわたるシリーズ物;巻頭を飾るエントリーはこちら)。
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