ミヒャエル・コースフェルト, スザンナ・ネッカーマン, 杨晓兰 『(非)金銭的インセンティブと労働の意義』 (2016年5月8日)

Michael Kosfeld, Susanne Neckermann, Xiaolan Yang “(Non-)monetary incentives and the meaning of work”, (VOX, 08 May 2016)


 被雇用者はただお金ばかりを気にしている訳ではない。そういった、単なるお金を超えた非金銭的モチベーションを把握する事は、諸般の組織が成績向上をめざして行うインセンティブ付けの一助となるだろう。本稿では、『有意義な』 仕事がもつモチベーション効果を調べた或るフィールド実験の実証データを紹介する。実験の結果、論功行賞と労働意義のモチベーション効果は互いに代替的である事が明らかになった。一方で金銭的インセンティブと労働意義の効果は互いに加法的となっている。

最近経済学および心理学の文献に現れた幾つかの発見は、労働者や被雇用者は仕事に関して単に (より多くの) お金を稼げば良しとしているのではなく、お金以外の非金銭的な誘因もまた同様に職場で重要な役割を果たしている事を実証するものだった。こういった発見は、–発見といっても経済学者以外には別に意外でも何でもないのかもしれないが—企業や組織が実際にそういった非金銭的誘因を利用して被雇用者のインセンティブ付けを行い、財政的リソースの節約を果たす事は可能なのかという問いを提起するものである。このアイデアは魅力的だろう — 少なくとも企業側の立場からしてみれば。例えば、ファンドライジングエージェントに関して行われた或るフィールド実験では、単にエージェントの行う職務の重要性を–ファンドが受益者の福祉に及ぼす社会経済的影響を実証的に示すことで—強く説いておくだけで、エージェントの成績を100%以上も上昇させられる事が明らかになったのだ (Grant 2008)。同様にして、個人成績ランキングの公開 (Blanes i VidalとNossol 2008) や 『今月の勤労者』 的な褒賞を通しての公開論功行賞 (Markhamら 2002, KosfeldとNeckermann 2011) などといった形式で行われる適切な成績フィードバックが、成績向上に相当な効果をもつ事も明らかにされている。したがって、高額なボーナスや歩合を支払うのに代えて、以上の様な『安上がりな』 非金銭的誘因物をもっと活用したり、さらに同手法を幾つか組み合わせたりすることで労働意欲の向上を図るというのは、なかなか良いアイデアだと言えるのではないだろうか?

この問いに答えるには、特定の非金銭的インセンティブの効果が多様な労働コンテキストを通してどれくらい安定しているか、また様々な誘因物がお互いに如何なる相互作用をみせるかに関しての情報が必要となる。残念ながら、内在的・外在的インセンティブ (後者は、典型的には金銭による) の相互作用を扱った文献の方は現在までに数多く登場してきているが (例: Deciら 1999, Gneezyら 2011, Kamenica 2012)、多様な労働コンテキストを通したインセンティブ効果の安定性や、非金銭的誘因物を組み合わせた時の複合効果については、依然として比較的僅かしか知られていないのであって、ましてや背景に在ってこのような効果を引き起こしている経済的・心理学的メカニズムに至っては何れの効果に関しても言わずもがなといった所が現状なのだ。

 

労働の意義

さて今度の新たな研究では、我々は『有意義な労働』 という概念が上記の問いへの取組みにあたって活用できないかどうかの解明に意を注いでいる (Kosfeldら2016)。労働者が認識する労働あるいは職務の意義というものが労働成績への正の影響を持ち得ることは、先行研究が夙に明らかにしてきた (Arielyら 2008, Grant 2008, ChandlerとKapelner 2013)。もちろん『労働意義』 に関して普遍的に受け入れられている定義というのは恐らく無いのだろうが、一般論を言えば、労働意義というのは他人からポジティブに認知され、かつ/または、一定の意味ないし目標をもっているような労働と関連付けて考えられているものである (Arielyら2008を参照)。

我々はフィールド実験の中で、非金銭的または金銭的インセンティブの何れかの多様な形態と組み合わせて労働の意義の操作を試みた。すなわち高い労働意義条件においては、労働者は自ら行うことになる仕事についてそれが或る研究プロジェクトに関わる非常に重要なものであると告げられる。なお、この仕事というのは電子データベースへのデータ入力から成る。低い労働意義条件では、労働者は自ら行うことになる仕事についてそれがまず間違いなく誰にも活用されないままになるだろう単なるクオリティチェックの一種である旨を告げられる。ここからさらに、これとは独立的に、労働者に対し定額賃金 (ベースライン条件)、定額賃金プラスデータ入力毎の歩合 (金銭的インセンティブ条件)、または定額賃金プラス象徴的褒賞 (論功行賞条件) のいずれかの支払いを行った。一番最後の象徴的褒賞というのは、ワークセッション終了時に成績最優秀者に対して公開でスマイリーボタンを授与するという形を取る。なお、全体で413名の学生が募集に応じてくれた本実験は中国の杭州市に在る大規模社会調査研究センターとの協働で取り行われたものである。

実験結果が示したのは、第一に、より高い労働意義が認識されるほど労働成績も高くなることである。低い労働意義と組み合わせたベースライン条件だと労働者あたりのデータ入力数平均は1,598個 (標準偏差 340) となったが、高い労働意義との組み合わせでは平均労働成績は約15%高くなったのである (データ入力数1,845個、標準偏差 344)。労働意義がもつこの直接的な正の効果の発見は、先行研究における結果を再現するものとなっており、重要である。ということで、自らの存在意義の自覚には実際に意義が有るのだ。そしてこの事実は、労働意義の供給が労働意欲を鼓舞する為の低コストな手段と成り得ることを示唆している。

 

労働の意義との相互作用における金銭的インセンティブおよび論功行賞インセンティブ

第二のそしてより重要な実験結果は金銭的および論功行賞インセンティブと労働の意義の相互作用と関わっている。図1および2に我々の実験における発見を示した。

 

図 1. 労働意義と金銭的インセンティブの相互作用

図 2. 労働意義と論功行賞の相互作用

歩合形式を取った金銭的インセンティブは、労働意義の高低とは独立的して、どちらの場合でも同様な成績に対する正の効果 (約5-8%, 図1) を生み出しているのが見て取れるが、公開論功行賞の形式を取った非金銭的インセンティブ効果の方は労働意義に決定的に依存している。労働意義が低いときには、論功行賞は成績に相当な正の効果を及ぼし、具体的には約18%の向上となる (図2を参照)。これとは対照的に、労働意義が高いときには、論功行賞が成績に及ぼす影響は実質的に言ってゼロである。したがって、金銭的インセンティブにはこれら2つのコンテキストを横断して安定した正の効果が有るのだ。尤もその効果は労働意義と論功行賞を単独に用いたそれぞれの場合の個別効果と比べるとかなり劣る。けれども、労働意義と論功行賞の効果の方は、互いに代替的なのである。つまり、各々個別には労働成績を高めるのだが、他方が既に存在するときには何も加える所が無い。

 

考え得る原因および結論

本実験によって労働意義と労働者の論功行賞との間のハッキリとした負の相互作用が実証された。この発見の説明として考え得るものの1つにイメージ-モチベーション理論が在る (BénabouとTirole 2006)。これがどういう理論か理解する為、仮に論功行賞と労働意義との双方がポジティブな (社会的) イメージ価値を与えてくれるものだと考えてほしい。ようするに、労働者が、その成績を称えて組織から公開で論功行賞を授けられると、同人物の社会的イメージが向上するという話である。労働意義についても同様で、–有意義な職務に携わることができた労働者は、そのことによって自らに対する社会的イメージを向上させるのだ。BénabouとTirole (2006) が彼らのモデルで示したのは、もし労働者が一般に自分のイメージを気にしているのなら、イメージ褒賞の限界効用は正の値を取るが、イメージ褒賞が増加するにつれて減衰してゆくということだった。したがって、追加的なイメージ褒賞の効果は代替的—加法的ではなく—なのであって、我々の発見もまさにこれを言うものなのだ。無論、他の説を否定し去ることは出来ないのは明らかだし、我々は労働意義 (或いは論功行賞) の正の効果全てがイメージ希求行為に依拠していると示唆する者でもないが、労働意義と論功行賞とが互いに完全な代替物と成り得るケースが存在することを知っておくのは重要である。もっと一般的なレベルに関して述べると、本実験結果は非金銭的インセンティブには労働コンテキストおよび労働環境の変化に対しかなり敏感に反応する場合—特に、金銭的インセンティブと比べてより敏感に反応する場合—が有り、したがって費用対効果の高い労働意欲促進手段としての活用にも自ずと限度が有るのだと示唆しているのである。

 

参考文献

Ariely, D, A Bracha and S Meier (2009) “Doing good or doing well? Image motivation and monetary incentives in behaving prosocially,” American Economic Review, 99(1): 544–555.

Ariely, D, E Kamenica and D Prelec (2008) “Man’s search for meaning: The case of legos,” Journal of Economic Behavior & Organization, 67: 671–677.

Bénabou, R and J Tirole (2006) “Incentives and prosocial behavior,” American Economic Review, 96(5): 1652–1678.

Blanes i Vidal, J and M Nossol (2011) “Tournaments without prizes: Evidence from personnel records,” Management Science, 57(10): 1721– 1736.

Chandler, D and A Kapelner (2013) “Breaking monotony with meaning: Motivation in crowdsourcing markets,” Journal of Economic Behavior & Organization, 90: 123–133.

Deci, E L, R Koestner, and R M Ryan (1999) “A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation,” Psychological Bulletin, 125(6): 692–700.

Gneezy, U, S Meier and P Rey-Biel (2011) “When and why incentives (don’t) work to modify behavior,” Journal of Economic Perspectives, 25(4): 191–2010.

Grant, A (2008) “The significance of task significance: Job performance effects, relational mechanisms, and boundary conditions,” Journal of Applied Psychology, 93(1): 108–124.

Kamenica, E (2012) “Behavioral economics and psychology of incentives,” Annual Review of Economics, 4(1): 427–452.

Kosfeld, M and S Neckermann (2011) “Getting more work for nothing? Symbolic awards and worker performance,” American Economic Journal: Microeconomics, 3(3): 86–99.

Kosfeld, M, S Neckermann and X Yang (2016) “The effects of financial and recognition incentives across work contexts: The role of meaning,” CEPR Discussion Paper 11221.

Markham, S E, K D Scott and G H McKee (2002) “Recognizing good attendance: A longitudinal, quasi-experimental field study,” Personnel Psychology 55(3): 639–60.

 

 

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