●Lars Christensen, “Gustav Cassel foresaw the Great Depression”(The Market Monetarist, November 9, 2011)
金融政策オタクと言えなくもない私にとって、心底嬉しい出来事があった。ダグラス・アーウィン(Douglas Irwin)がグスタフ・カッセル(Gustav Cassel)に関する論文を執筆中で、ついさっきメールボックスを開いたら、ワーキングペーパーの最終稿が届いていたのだ。この数週間というもの、最終稿が出来上がるのをまだかまだかと待ちわびていた。アーウィンは、親切にも草稿段階から私に原稿を送ってくれていたのだ。そして遂に、(アーウィンが籍を置く)ダートマス大学のウェブサイトにも論文がアップされた(pdf)ようだ。
この論文を一言で評すると、スウェーデン出身の偉大な経済学者にして、貨幣理論の専門家であるグスタフ・カッセルの見解と彼の影響について鋭く切り込んだ秀作ってことになるだろう。
論文のアブストラクト(要旨)を以下に引用しておこう。
1930年代の大恐慌(Great Depression)をめぐる当時の経済論戦という話になると、フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek)とジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)の対立にスポットが当てられがちである。しかしながら、(ハイエクの流れを汲む)オーストリアンの大恐慌解釈にしても、ケインジアンの大恐慌解釈にしても、いずれも不完全であると言わざるを得ない。オーストリアンは、いかにして不況に陥る可能性があるかについてはそれなりの説明を提示できていたが(オーストリアンなりの答え;投資ブームの反動としての崩壊)、いかにして不況から抜け出し得るかについては満足のいく説明を提示できないでいた(オーストリアンなりの答え;清算/淘汰を通じた調整が必要)。その一方で、ケインジアンは、いかにして不況から抜け出し得るかについてはそれなりの説明を提示できていたが(ケインジアンなりの答え;公共事業を実施して政府支出を増やす)、いかにして不況に陥る可能性があるかについては満足のいく説明を提示できないでいた(ケインジアンなりの答え;アニマル・スピリッツの気紛れ)。ハイエクやケインズとは別に、貨幣の役割に着目して論を展開していた経済学者も何人かいたが、彼らの存在はこれまで無視されてきた。その代表例が、スウェーデン出身の経済学者であるグスタフ・カッセルだ。カッセルは、早くも1920年の段階で、金本位制の管理を誤ると深刻な不況が引き起こされかねない可能性を警告していた。カッセルによるその説明は、大恐慌の発生プロセスに関する現代の専門家による説明を先取りしてもいる。カッセルは、ケインズやハイエクとは異なり、いかにして不況に陥る可能性があるかについてだけでなく(カッセルの答え;金融引き締めに起因するデフレーション)、いかにして不況から抜け出し得るかについても満足のいく説明を提示していたのだ(カッセルの答え;金融緩和)。
この論文は、カッセルについての大変優れた研究だ。カッセルは、1920~30年代に貨幣が絡む時事的な論争で重要な役割を果たしただけでなく、貨幣理論の発展にも大きく貢献している。そのあたりの事情に詳しくない人は、是非ともこの論文に目を通すといいだろう。
1920~1930年代に論争の場で中心的な役割を演じたその他の人物――ハイエクやケインズ――とは違って、カッセルは、大恐慌の起源についてよくよく理解していた。ふと今の論壇に目を向けると、1930年代とまったく同じ議論がそっくり繰り返されていて、驚かされるばかりだ。カッセルが今も生きていたとしたら、ケインジアンやオーストリアンを手厳しく批判する――1930年代に実際にそうしていたように――ばかりでなく、マーケット・マネタリストの偉大なる一員として振る舞っていたに違いない。「マーケット・マネタリスト」というステキな学派名が思い付かれていなかったとしたら(エゴ丸出しなのはわかってる [1] 訳注;マーケット・マネタリスト(マーケット・マネタリズム)と命名したのは、クリステンセン(pdf)。)、「ニュー・カッセリアン(New Casselian)」って呼ばれていた可能性だって十分あるのだ。
カッセルは、大恐慌の原因を明快に説明している。1920~30年代にフランスやアメリカの中央銀行が金(ゴールド)を溜め込んだことが主因となって、世界的な金融引き締め状態が生じ、その結果として世界経済が深刻な不況に追いやられたというのだ。貨幣需要の急激な高まりが原因で「受動的な」金融引き締めが生じ、その結果としてデフレ圧力が強まって世界経済(中でも、アメリカ経済とユーロ圏経済)が深刻な不況に追いやられることになった、というマーケット・マネタリスト流の(2008年以降から続く)大不況(Great Recession)の説明と瓜二つじゃないか。カッセルが今も生きていたとしたら、大不況の原因も見事に抉り出していたに違いない。
マーケット・マネタリストの面々は、大不況の原因について説得的で正しいストーリーを語っていると信じて疑わないが、それなら、カッセルがいてもいなくても(カッセルが今も生きていようがいまいが)大して変わらないんじゃないかというと、それは違う。カッセルが今も生きていたとしたら、今般の危機に備わる国際的な側面――特に、ユーロ圏におけるドル需要の高まり――への理解を深める上で、マーケット・マネタリスト陣営に加勢してくれたに違いないと思われるのだ。
アーウィンが書き上げた論文は、大変な優れものだ。貨幣理論や貨幣史に興味を持つすべての人が読むべきだ。
ダグラス、どうもありがとう。またもや、大きな仕事をやってのけてくれたね!
(追記)本ブログでは、これまでにもアーウィンの研究やカッセルの話題をちょくちょく取り上げている。以下に、リンクを貼り付けておこう。
●“Hawtrey, Cassel and Glasner”
●“Our Monetary ills Laid to Puritanism”〔拙訳はこちら〕
●“Calvinist economics – the sin of our times”〔拙訳はこちら〕
●“Gustav Cassel on recessions”
●“France caused the Great Depression – who caused the Great Recession?”