Richard Baldwin “The COVID-19 upheaval scenario: Inequality and pandemic make an explosive mix” VOXEU, 15 March 2020
医療専門家の推測が示唆するところでは,アメリカの病院の収容能力はイタリアと同程度の新型コロナ症例の急増に対処するに足りていない。患者の選別をしなければならない状況にアメリカの病院が陥るのを避けることは,非常に多くのアメリカ人が医療へのアクセスに問題があり,数十年に及ぶ経済的低迷と格差の拡大に由来する激怒の兆候,幅広く銃が所有されていることを考えれば,とりわけ重要だ。そのためには,注意深すぎるほどに注意し,即時かつ大規模に社会的距離をとることが必要だ。
3月11日,疫学博士でハーバード大学公衆衛生大学院の感染症動態研究所所長のマーク・リプシッチは,私たちに対して次のように述べて将来への不安を示した。「私たちが案ずべき状況は,今から4週間後のことであって現状ではないのです」 [1]原注1;Powell (2020)で引用されている
この懸念の根幹にあるのは,アメリカ国内で現時点で報告されている数千の新型コロナウイルス患者ではない。これまでのところアメリカの検査は遅く,その原因の一部はアメリカ疾病予防管理センターによる初期の不手際にある(Fink and Baker 2020。これはすなわち,リプシッチに言わせれば,アメリカにおける新型コロナの本当の広まり具合は分かっていないということだ。
「科学者らは,本当の患者数は数万から数十万に及ぶと推測しています」とリプシッチは指摘する。
このことは,それ単体でも大問題だ。アメリカには空き病床はほとんどないのだ。
「収容能力がない」
「私たちの収容能力は,入院を必要とするかもしれない数十万の人々の面倒を見るにはてんで足りていない」ハーバード大学医学部ジハ医師
3月初め,ハーバード大学医学部の内科教授でハーバード・グローバル・ヘルス研究所所長のアシシ・ジハ医師は,新型コロナ患者が殺到した場合のマサチューセッツ州内の病院の準備状況を調査した。
「いついかなるときでも,マサチューセッツで空いている病床数は最大でも3000から4000床だと考えています」,「少し勘定をしてみれば,私たちの収容能力は,入院を必要とするかもしれない数十万の(新型コロナを患った)人々の面倒を見るにはてんで足りていないことに気づきます」
「世界でもトップの伝染病学者の中には,最終的には40~70%の大人が感染することになると推測する人もいます。一番低い40%の数字でさえ,マサチューセッツ州の大人に換算すれば200万人が感染するということになります…これに20%の人々が入院を必要とするとの中国のデータをあてはめてみると,40万人に相当します。「ダメだそりゃ多すぎる,半分にできるだろう」としたとしても20万人が入院することになります。」 [2]原注2; Jolicoeur and Mullin (2020)で引用されている
数十万の患者を数千の病床で治療しようとすれば問題が起こる
社会的距離をとる政策で感染率を下げることで新たな患者の到着を分散させない限り,困難な選択を強いられることになる。経済学者はこれを割当と呼び,医学的な用語ではこれは「患者の選別(トリアージ)」と呼ぶ。これこそ現在イタリアで起きていることだ。
イタリアの病院は圧倒された
イタリアには世界屈指の優れた基盤を持つ医療制度があるが,それは新型コロナに感染して入院を必要とする患者数の爆増によって圧倒されてしまった。
ピエール・ジョルジオ・ヴィラーニ医師がロンバルディア州ローディにある病院で勤務していた際,最初の新型コロナ患者がコドーニョ近郊から搬送されてきた。「人工呼吸器やマスクが足りなくなったのは…二日目でした。大混乱でした。」と彼は述べた。
「病院の運営の仕方を完全に変えられてしまうんです」ロベルト・ロナ医師
ミラノ近郊のモンツァ病院の集中治療担当のロベルト・ロナ医師は次のように述べる。「波じゃないんです。ツナミです。病院の運営の仕方を完全に変えられてしまうんです」(Winfield 2020).
唯一の解決策?病院にやってくる新たな患者数を分散させることだ。
時間を稼ぐことが命を救う
新型コロナに対処する21世紀的な手段はなく,感染率を遅らせる力づくの戦略に立ち戻る必要がある。そうした戦略には,封鎖,隔離,地域的封じ込め,ビジネスの停止,出入国の禁止,社会的距離をとる政策が含まれる。
「封じ込め政策は経済的に高くつくものだが,「景気後退は公衆衛生上の必要」であることを認める時にきている」 (Hamilton and Veuger 2020)
感染者が感染しやすい人と出会う頻度を減らすことで,封じ込め政策は病気が広がる速度を弱める。
これは翻って,入院を必要としてやってくる人々の流入数を和らげることになる。目標は日ごとの深刻な患者の流入数を病院制度が新規受け入れ可能な範囲に留めることだ。この「曲線をなだらかにする」という点は,図1に図式化してある。
患者の選別をしなければならない状況にアメリカの病院が陥るのを避けることは,非常に多くのアメリカ人が医療へのアクセスに問題があり,数十年に及ぶ経済的低迷と格差の拡大に由来する激怒の兆候,幅広く銃が所有されているため,とりわけ重要だ。これを一触即発の状況と呼ぶのは誇張だろうか。
アメリカにおける富と医療の格差
20年にわたり,数百万のアメリカ人は既に金銭上,医療上の困難に直面してきた。最近の研究では,40%のアメリカ人が不意の事態で400ドルを工面するのに借り入れるか何か売るかせざるを得なかったことが示されている (Federal Reserve 2019)。4人に1人は,支払いができないために何らかの医療措置を拒否せざるを得なかった。
4000万人のアメリカ人が貧困状態にある。アメリカの子供の4分の1は生まれつき貧困だ。アメリカの肥満率は先進国中最高で,水と衛生へのアクセスではレバノンの下となっている。アメリカの男性は,とりわけても記録的な数が諦念に駆られてしまっており,中でも大学に行ったことのない人ではそれが顕著だ。25歳から55歳の男性で就労中ないし求職中の人の割合は,1970年以降着実に減少してきており,特に高卒以下でそれが顕著なのだ。
アメリカの経済的な階層移動性は1970年代から一貫して下落した。1970年に平均的な家庭に生まれた人は,5分の4の確率で親よりも稼ぐ。十年後にはその確率は半々にまで落ちた。1970年代以降に働き始めた教育程度の低いアメリカ人は,それ以前の人たちよりもはるかに過酷な人生を歩み,将来もよりずっと暗いのだ。
そして「絶望による死」がもたらされるのだ
絶望による死
アン・ケースとアンガス・ディートンの研究により,高卒しか持たない45歳から54歳のアメリカの白人の死亡率が,男女ともに1990年代以降劇的に上昇したことが示された。ディートンはワシントン・ポスト紙に対し,「50万人もの人々は死ぬべきでないことで死んだのです」と述べている。彼らに言わせれば,これらの人々は「絶望による死」を被ったのであり,10年ごとにより多くの絶望による死がアメリカ全土で記録されている。
彼らを直接死に追いやった原因は判明している。ある者は麻薬で,またある者はアルコール依存症で,それほかにも自殺で,といった具合に。しかし,ケースとディートンに言わせれば,結局のところこれらは全て同じ死なのだ。「ある意味,これらは全て自殺なのです。速やかに済まそうと(例えば銃を使ったり),麻薬やアルコールによるゆっくりとしたものであろうと。」
このグループの人々は,仕事についていたり,結婚による支えがある可能性が低い。彼らは身体的・精神的な健康状況でも劣っている。ケースとディートンが言うところでは,これらすべての要因により,彼らはほかの大部分の人々が困難な時期をやり過ごすことを容易にしている社会的・経済的支援から締め出されてしまい,それが死亡率の高さをもたらしているのだ。
こうした人々の多くは新型コロナに感染することになり,約20%が入院して治療を受けなければならなくなる。彼らは治療を受けることができるだろうか。イタリアでは医療制度は国家が運営しており,治療の優先度は患者を診る医者が決定し,個人の資産は基本的に考慮されない。アメリカも同じだと言えるだろうか?
不可知で不可避の将来
私は2019年に出した”The Globotics Upheaval: Globalisation, Robotics and the Future of Work(グロボティクス大変動:グローバル化,ロボット化,将来の働き方;未邦訳)”の中で,とくにアメリカでは奥底にある不平不満が反動を引き起こす,その引き金となるのは良い仕事がなくなることだと推測した。そこから更に考えを進め,私は巨大テクノロジー企業がそうした怒りの矛先となることを示唆した。
新型コロナによって,私は再考を余儀なくされた。新型コロナがアメリカよりもずっと緊張度合いの低い社会に引き起こしている衝撃を目撃し,アメリカでの潜在的な引き金は命を失うことで,仕事を失うことではないかもしれないと今は考えているのだ。怒りの矛先は巨大製薬会社へと変わるのかもしれない。
近い将来のニュース報道に対してありうる人々の反応を想像してみてほしい。この想像上のローカルテレビの番組で,一方でエリートが市立病院での集中治療に優先アクセスを得つつ,その一方で中間所得層の人々が公立病院から追い返されているのが映る。病院の広報担当は,これも想像上の未来の話だが,全ての人々を受け入れるにはベッドの数が足りないと肩をしょんぼりさせつつ説明する。
この想像上のシナリオは現実感をもって響くだろうか。そうであるならば,この物語が暴力的な形で終わることは容易に想像できるのではなかろうか。それはトイレットペーパーを巡って人々が争うよりもずっと酷いことになるだろう。
アメリカの路上で暴力的な激動がおきたのも今や昔ではあるが,といっても読者諸兄が考えるほどには遠いものではないかもしれない。1991年,ロサンゼルスの白人警官たちが黒人運転手のロドニー・キングに暴力を振るうところが動画に撮られた。その1年後,3人が暴行罪について無罪を言い渡され,4人目に対しては陪審員が有罪に同意しなかった。その後に起きたのは6日間のロサンゼルスでの暴動だ。9,000人以上の州兵と海兵隊が秩序回復のために投入された。路上が静かになるまでに,死者63人と負傷者2,383人が発生した。1,000を越す建物が部分的ないし完全に破壊された。逮捕者は約1万2,000人に及んだ。
ロドニー・キング暴動は,警察への敵対心,司法制度による不公平な取り扱いに対する怒りの増大,驚愕の無罪判決という引き金という特有の組み合わせによるものだった。しかし,激動というものは常にそうしたものだ。常に敵意,怒り,何らかの引き金という特有の組み合わせなのだ。
アメリカにおける新型コロナの広がりと,アメリカの医療制度の行く末は分からない。しかし用心はすべきだ。歴史上最も大きな激動,すなわち1848年のヨーロッパ革命,1917年のロシア革命,ファシズムの増進は,長く続く経済的低迷,格差と不正義に対する燃えさかる不満を基に起こったのだ。
先を読んで曲線をなだらかにする
リプシッチとジハの計算に対して目を向ければ,アメリカがコロナ患者の入院の流入数を遅らせるための政策を直ちに取らなければならないのは明白なように思える。3月11日,リプシッチはこれまでのウイルス検査の不足を「大失敗」と呼んだが,これが直近の未来にとって意味するところに焦点を当てた。「私たちは注意深すぎるくらいに注意する必要があります」と彼は述べ,即時かつ大規模に社会的距離をとることを呼びかけた。
社会的距離をとる目的は,患者数のピークを医療制度が対処可能な水準に抑えることだ。リプシッチは,社会的距離をとる政策があらゆる場所で適用されることが決定的に重要であるとしている。というのも,検査の不足は病気が最も深刻でありうるのがどこかが当局にはほとんど分かっていないことを意味するからだ。リプシッチは,バイオ技術企業のバイオジェンでの175人による会議の例を挙げている。この会議により,これまでのところ70名の新型コロナ患者が発生している。
「大勢の人が一緒にいる場合,感染を加速させる現実の危険があるのです。目標は人々の間の接触数を最小化させることです。」とリプシッチは言う。
未来は不可知だが,それについて考える必要はある。何らかの未来が私たちが望むと望まぬとに関わらずやってくることになる。複数のシナリオについてよく考え,それに備える必要がある。この「新型コロナ暴動シナリオ」は,私たちが考えなければならないシナリオのひとつではなかろうか。
参考文献
●Baldwin, R (2019), The Globotics Upheaval: Globalisation, Robotics and the Future of Work, Oxford University Press.
●Bernstein, L and J Aschenbach (2015), “A group of middle-aged whites is dying in the US at a startling rate”, Washington Post, 2 November.
●Eichengreen, B (2018). The populist temptation. Economic grievance and political reaction in the modern era, Oxford University Press.
●Federal Reserve (2017), “Report on the Economic Well-Being of U.S. Households in 2016”, May.
●Federal Reserve (2019), “Report on the Economic Well-Being of U.S. Households in 2018 – May 2019″, May.
●Fink, S and M Baker (2020), “‘It’s Just Everywhere Already’: How Delays in Testing Set Back the US Coronavirus Response”, New York Times, 10 March.
●Hamilton, S and S Veuger (2020), “A recession is a public health necessity. Here’s how to make it short and sharp,” The Bulwark, 14 March.
●Jolicoeur L, and L Mullin (2020), “Harvard Global Health Expert: Mass. Hospitals Face Capacity Problem If Coronavirus Cases Spike Quickly,” WBUR, 10 March
●Powell, A (2020), “‘Worry about 4 weeks from now,’ epidemiologist warns”, The Harvard Gazette, 11 March.
●United Nations (2017), “Report of the Special Rapporteur on extreme poverty and human rights on his mission to the United States of America”.
●Winfield, N (2020), “‘Not a wave, a tsunami.’ Italy hospitals at virus limit,” Associated Press, 13 March.