貿易利益を定量化する

VoxEU、2018年4月29日

Giammario Impullitti、ノッティンガム大学准教授

Omar Licandro、ノッティンガム大学マクロ経済学教授

概要:グローバライゼーションに不満を持つ人達は、職を減らし賃金を下げていると貿易を非難し、一方そのサポーター達は貿易自由化が全ての人達に潜在的には恩恵をもたらせるだけの総利益を生み出すと反論する。しかし、貿易の利益を測るのは経済学者にとって長きに渡っての挑戦である。このコラムは企業のイノベーションの反応を考慮すると貿易の利益は静的な定量化モデルにおいて得られるから倍加する事を論じる。

近年の研究は国際貿易が一国内の一部の業界や地域での雇用減とその他での雇用増につながりうる事(Autor et al. 2013, Feenstra and Sasahara 2017)、そして国内全域での労働者内の賃金不平等に影響を与える事を明らかにしてきている(Helpman et al. 2017, Felbermayr et al. 2018)。グローバライゼーションのこの副作用が欧州と合衆国でのポピュリスト的反応に油をくべており、政治的リーダーがグローバル市場をせき止めて、国民国家を強化することを約束するようになってきている(Rodrik 2017)。もし貿易の利益が小さいのならば、グローバライゼーションの分配の帰結とそれに伴う政治的バックラッシュに向かい合う価値があるのだろうか?

新定量貿易理論

貿易の利益の規模を計りそしてその根源をみつけだすのは、経済学者にとっての長きに渡る挑戦であった。理論的そして定量的研究は、国際市場の統合の変化が所得と消費のレベルへの一度限りの効果を持つがそれら重要な経済変数の長期的な変化に影響を与える事はない静的な経済を主に取り扱ってきた(Costinot and Rodriguez-Clare, 2014)。イノベーションと技術が長期的な所得の成長にとって鍵となる要因であるので(Aghion and Howitt, 2009, Akcigit et al. 2017)、最近の論文において(Impullitti and Licandro 2018)、我々は技術進歩が成長を促進する経済における貿易の利益の源泉を探り、そのサイズを測ることとした。

政策分析の為の定量化モデルを作るには(充分に多くの)実証的に重要な事実にちゃんと基いた理論が必要になる。我々は以下の事実に着目した。それぞれが貿易の利益の個々のチャンネルに対応している。

  • 第一に、貿易の競争効果を示す強い証拠がある(Feenstra and Weinstein 2017)。外国からの競争の増加が価格を引き下げ、よって利益率を低下させる事はしばしば目撃されてきた。価格の低下は購買力を引き上げる事で消費者に利益をもたらす。これが貿易の競争効果と呼ばれるものである。
  • 第二に、利益の低下は低利益そして低生産性の企業の一部を市場から退出させ、そうしてより生産性の高い企業へと市場シェアを再分配する(Bernard et al. 2012)。このセレクション効果が貿易の利益のさらなるチャンネルを生み出す。より生産的な企業は低い価格をつけるからだ。
  • 最後に、外国からの競争のプレッシャーとセレクションは、外国市場へのアクセスと共に、企業に生産性を向上し、競争相手の先を行くためのイノベーションへの投資を増やさせる(Bloom et al.2015、Aghion et al.2017)。このイノベーション効果貿易の動学的利益につながる。生産性のより高い成長率は一時の価格低下だけでなく、継続的な価格低下を生み出し、よって現在そして将来の消費者への恩恵を増加させる。

我々は貿易が平均所得と消費を潜在的に増加させる3つの鍵となるチャンネル全部を組み込んだモデルを作り、合衆国経済の重要な集計変数と企業レベルでの貿易およびイノベーションの統計を再現するようにそれをカリブレートした。この分野での先端の定量貿易モデルでは、政策変更の効果が企業間や分野間での市場シェアの時間のかからない再配分は起こるが、企業の生産性は一定に置かれる静的な経済において最初の2つのチャンネルだけが組み込まれている。貿易のセレクションと競争効果はリソースをもっとも生産的な企業へと向かわせて、生産性の平均レベルを上昇させ価格を低下させる。我々の動的な経済においては、貿易によって引き起こされた再配分はもっとも生産的な企業の規模を大きくし、イノベーションを起こすインセンティブを高めて、生産性の成長率を引き上げる。なのでこのモデルでは、競争とセレクションからの静的な利益と、それらの効果がイノベーションによって起こされる生産性の成長と絡まることによってうまれる動的な利益とを分けて測ることが可能になっている。

競争、セレクション、そしてイノベーション:定量的評価

我々のメインの定量化の実験では、合衆国経済が完全に外国との貿易を止めたという仮定のシナリオを考察し、重要な経済変数について輸入-GDP比率が8.6%という現状のままのシナリオと比べてみた。経済の長期的な(つまり定常状態での)均衡についてだけに着目して、現状の貿易レベルで合衆国経済は自給自足状態よりも平均利益率が約30%低くなることを我々は発見した。市場参入した企業の生存可能性は自給自足の下では8.6%で、貿易下ではこれが2.7%へ下がる。平均成長率、これは我々の経済においては生産性成長率ということになるが、それは自給自足下で0.74%、そして貿易下で1.24%となる。貿易に対する競争効果、セレクション効果、そしてイノベーション効果をあわせると、貿易下での長期的な一人あたり消費(我々の厚生の指標)の現在価値は自給自足下よりも50%高くなる。とんでもなく高い利益だ。図1が表しているように、この消費の増加の約半分は、現代経済の成長の重要な源泉であるイノベーションについての企業のインセンティブに対して貿易コストの低下が持つ効果によって説明される。図1は、ベンチマークである現実の貿易レベルに対応した貿易コストについてだけでなく、貿易が起こらなくなるレベルからゼロまでの貿易コストの様々な値での利益を計算している。動的な利益はより大きな自由化のシナリオにおいてより重要になる事、そしてまたそれが成長においての貿易の効果を強める事を示唆している。

__________図1貿易からの成長と厚生の増加

この研究からの鍵となるメッセージは、静的な貿易モデルでの政策評価はグローバライゼーションからの総利益を過小評価しがちだということだ。この結果は環太平洋パートナーシップ協定や大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定といった大きな貿易協定や、ブレキジットといった経済分離のエピソードの経済効果についての現在の論争について重要である。ブレキジットの貿易についての結果に関する重要な評価の一つ(Dhingra et al.2017)は、EUとの協定がないという悪いケースのシナリオでは毎年GDPの2.7%、毎年家計ごとに1700ポンドに等しい損失となる貿易障壁の増加につながるとしている。新しい協定なしでWTO下での貿易に戻るというこの仮定のシナリオは静的モデルを使って評価されている。その著者たちはこれが保守的な推定だと考えている。動的な効果はこの損失の規模を大幅に増やしそうだからだ。状況に合わせたチューニングを行った後は、我々のモデルはブレキジットの長期的なインパクトとそして他の大規模な貿易改革のより包括的な評価を行うためのフレームワークを提供しうるだろう。

結論

結論としては、我々の発見は静的貿易モデルによる政策評価はグローバライゼーションからの利益を大きく過小評価しがちだという事を示唆している。我々はイノベーションが貿易からの利益の鍵となる要因である事をしめした。近年の他の論文も、貿易からの動的な利益が技術の伝播(Sampson, 2016, Perla and Tonetti, 2016)を通じても起こる事を示唆したり、また貿易ショックが生み出す変化の動学を探求した貿易の短期と長期の両方の効果を定量化することの重要性を強調している(Akcigit, et al. 2018)。この新しいタイプのマクロ貿易モデルは1人当たりの所得と消費についてのグローバライゼーションの効果を測る将来の定量化フレームワークの基礎を築くものとなっている。

参照文献

Aghion, P and P Howitt (2009), The Economics of Growth, MIT press.

Akcigit, U, S Ates, and G Impullitti (2018), “Innovation and Trade Policy in a Globalizing World”, NBER Working Paper No. 24543.

Akcigit, U, J Grigsby and T Nicholas (2017), “The Rise of American Ingenuity: Innovation and Inventors of the Golden Age,” NBER Working Paper No. 23047.

Autor, D H, D Dorn, and G H Hanson (2013), “The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States,” American Economic Review 103 (6): 2121-68.

Bernard, A B, B Jensen and P Schott (2012), “The Empirics of Firm Heterogeneity and International Trade,” Annual Review of Economics 4: 283-313.

Bloom, N, Draca and J Van Reenen (2016), “Trade Induced Technical Change: The Impact of Chinese Imports on Innovation, Diffusion and Productivity”, Review of Economic Studies 83(1): 87-117.

Costinot, A, and A Rodriguez-Clare (2014), “Trade Theory with Numbers: Quantifying the Consequences of Globalizatio,” in G Gopinath, E Helpman, and K Rogoff (eds), Handbook of International Economics. Vol. 4.

Dhingra, S, H Huang, G Ottaviano, J P Pessoa and J Van Reenen (2017), “The Costs and Benefits of Leaving the EU: Trade Effects,” Economic Policy 32: 651-705.

Feenstra, R and A Sasahara (2017), “The ‘China Shock’, Exports and U.S. Employment: A Global Input-Output Analysis,” NBER Working Paper No. 24022.

Feenstra, R and D Weinstein (2017), “Globalization, Competition, and U.S. Welfare,” Journal of Political Economy 125(4): 1041-1074.

Felbermary, G, G Impullitti and J Prat (2018), “Firm Dynamics and Residual Inequality in Open Economies,” Journal of the European Economic Association, forthcoming.

Helpman, E, O Itskhoki, M-A Muendler and S J Redding (2017), “Trade and Inequality: From Theory to Estimation,” Review of Economics Studies 84(1): 357-405.

Impullitti, G, and O Licandro (2018). “Trade, Firm Selection, and Innovation: the Competition Channel,” Economic Journal 128(608): 189-229.

Perla, J, C Tonetti and M Waugh (2015). “Equilibrium Technology Diffusion, Trade, and Growth,” Working Paper, Stanford University.

Rodrik, D (2017). Straight Talks on Trade, Princeton University Press.

Sampson, T (2016). “Dynamic Selection: An Idea Flows Theory of Entry, Trade, and Growth,” Quarterly Journal of Economics 131(1): 315-380.

Total
0
Shares

コメントを残す

Related Posts