アレックス・タバロック 「オリンピックゲーム理論」(2012年8月11日)

●Alex Tabarrok, “Olympic Game Theory”(Marginal Revolution, August 11, 2012)


ノロノロとゆっくり走ってレースに勝つためには、どうしたらいいだろう? その秘訣を知りたければ、以下の映像――自転車トラックレース個人スプリントのワールドカップ(UCIトラックワールドカップ2011-2012、ロンドン大会)の試合映像――をご覧になるといい(似たようなシーンは、オリンピックでも目にすることができる)。スタートラインに立つ二人の選手。世界でもトップレベルの速さを誇る二人だ。スタートの合図が鳴り響くと、限界ぎりぎりまで「速度を落として」スタートを切る二人。その姿は、まるでモンティ・パイソンの世界から飛び出してきたかのようだ。速度を限界まで落とし切って、その場でピタッと停止するケースまであるという。

 

どうしてこんなことになるんだろうか? その理由について、本ブログの熱心な読者の一人であるAndy Garinが次のような分析を加えている。

・・・(略)・・・スプリントの試合では、ドラフト走行はかなり有利な戦術です。というのも、前に出ずに後ろを走るようにすると、前を走る選手を風よけ役として利用できるからです。前を走るよりも、後ろを走る方が体力の消耗が少ないんです。そのため、少なくとも最終ラップ(最後の一周)になるまでは、どちらの選手も自分の方が前に出ないように(相手から風よけ役として利用されないように)できる限りスピードを落とすことになります。しかし、どちらのスピードもあまりに遅いために、二人とも相手を風よけ役として利用できないというオチが待っているわけです。

ただし、このような現象が生じるのは、レースに参加する選手の数が2名に限られているからです。ツール・ド・フランスのように大勢の選手が参加するロードレースでは(あるいは、スプリントと同じトラックレースでも、2名を超える選手が参加するケイリンなんかだと)、1人の選手のスピードはその他の選手のインセンティブにほんの些細な影響しか及ぼしません。その一方で、2名の選手が1対1のタイマンで勝負するスプリントの試合では、複占市場におけるベルトラン競争と似たような状況が生じます。一方の選手の戦略は、もう一方の選手の戦略に大いに依存することになるわけです。つまりは、最初の2周は、相手よりも「安値を付ける」――相手の後ろにピッタリとつけて走る――のが常に好ましい戦略となるのです。そして、お互いが相手よりも少しでも「安値を付けよう」と画策する結果として、二人揃ってノロノロと走る・・・なんていう何ともおかしな均衡に辿り着くことになるわけです。

バトミントンの試合でわざと負けようとしたあのケースとは違って、スプリントのレースに出場する選手たちは、あくまでも勝つために速度を落としている。そのため、どんなにノロノロと走っても、「スポーツマンシップに反する」と非難されることはない・・・ものの、何ともおかしなレース展開が繰り広げられることになるわけだ。

ところで、スプリントの団体戦(チームスプリント)では、わざと転倒するケースもあるらしい。今回の(2012年に開催された)ロンドンオリンピックでも、そのような事態が起こったばかりだ。

「転倒しちゃいましたね。再スタートを狙って、あえて転倒したんですけどね。好スタートを切りたくて、転んじゃいました。正直なところ、何もかも計画通りだったんです」。フィリップ・ヒンデス(Philip Hindes)選手は、レース直後にそう語ったと伝えられている。しかしながら、その後に開かれた公式の記者会見の席上では、自転車のコントロールを失って転倒したと語ったという。

・・・(略)・・・「彼(ヒンデス)は、本当のことを口にすべきじゃなかったんだ。わざと転倒するのも戦術の一つってことは確かだ。でも、そのことを口外しちゃだめなんだ」。フランス国籍で、中国チームのコーチを務めるダニエル・モレロン氏は、AP通信のインタビューに対してそのように語った。

ヒンデス選手も名を連ねるイギリスチームは、見事優勝を果たした。わざと転倒(クラッシュ)して金メダルを手にすることもできるわけだ。いやはや、自転車レースって、銀行業みたいだね [1] … Continue reading

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1 訳注;タバロックの真意はわからないが、金融危機の原因となったとしても(クラッシュを生み出す原因になったとしても)、政府による(公的資金の注入等を通じた)救済(ベイルアウト)によって、自分たちだけは抜け抜けと経営危機から免れた銀行業を揶揄しようとの意図があるのかもしれない。
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