Paul Krugman, “The Evolution of Human Capital”, June 20 2013.
人的資本の進化
by ポール・クルーグマン
Nancy Folbre の示唆によると、人的資本の黄金時代はすでに過ぎ去ってしまったとのこと。その黄金時代とは、おおざっぱに言うと、ぼくらがリベラルアーツ系の大学で教えている種類の技能を経済が強く求めていた時代のことだ。彼女は正しそうだ:テクノロジーと貿易の両方によってもっぱら単純労働だけが弱体化しているように見えた期間が長く続いたあと、いまや、多くの高技能職業はビッグデータやバンガロール、またはその両方に脅かされているかのように見える。
ここで、脚註みたいなものを付け足したい。先日、ある議員の側近と話したときに触発されたことだ。彼はこう尋ねてきた。これまでに、テクノロジーによって熟練労働がいっそう必要とはならずに弱体化してきた時代ってありますかね?
答えは、もちろんイエスだ。世間には多種多様な技能があって、本を読んで学習するのがいつでも物を言うとかぎらないって認識すれば、答えはそうなる。
ちなみにいまぼくはプリンストン大学の研究室でこれを書いてる――どうしてプリンストン大学が創設されたのか、その理由は一考してみる価値がある。創設当時は、プリンストンはべつに投資銀行家を養成する大学じゃあなかった。のちに大筋でプリンストンはそういう場所になるとしても、当初しばらくはちがった。ここは、聖職者を養成する学校だったんだ。18世紀には、現代の大学教育に多少なりとも類似したものが価値をもつような場所はあまりなかった。そして、当然ながら、そうした場所の大半とは言わないまでも多くは教会のお説教に関わっていた。
でも、当時だって熟練労働者たちはいて、他の仲間たちよりずっと稼いでいた。たんに、そうした技能は言葉や記号をああだこうだといじりまわす仕事じゃなくて、職人芸に関わるものが大勢を占めていた。そして――ここが決定的に大事なんだけど――実のところ、そうした技能のうち、テクノロジーで価値を下げずにすんだものはごく一握りしかなかった。思いだそう。ラッダイト連中は、技能のない単純労働者じゃあなかった。彼らは、熟練の織工とかそういう人たちで、機械式織機みたいなテクノロジーによって自分が用なしになったと悟った人たちだった。
ところで、その後、プリンストンみたいな制度はむしろフィニッシング・スクールに似たものに変貌していった。エリートがお作法を身につけコネをつくる場所になったわけだ。(うん、いまでもその側面もいくらかはある)。人的資本をつくりだすものとしての高等教育の役割は、かなりあとになって登場した。そして、もしかすると、Nancy Folbre が言うように、この役割はすでに退場しつつあるのかもしれない。
ところでご存じかしら。ぼくはこの話を1996年の大昔に書いているのよ。『ニューヨークタイムズ』誌が創刊100周年記念に、いろんな人に原稿を依頼して、2096年から過去を振り返るって体裁で文章を書かせたんだ。一部は時代遅れに見えるけれど、ぼくとしては、そうわるい出来じゃないと言いたい。
© The New York Times News Service