ジェームズ・ハミルトン 「量的緩和って何? ~バニ男とハミルトン君の対話~」(2010年11月20日)

●James Hamilton, “Answering the bunnies”(Econbrowser, November 20, 2010)


珍奇なアニメが出回っている(Forbes, Zero Hedge, Real Clear Politics)。ウサギか何かを模していると思われるキャラクターたちが量的緩和(quantitative easing)をテーマに対話を交わしているわけだが、「私なら、ちょっと違った回答をしたろうな」と思いながら、ウサギたちのやり取りを眺めていた。私(ハミルトン君)がウサギたち(バニ男)の会話に混ざってみるのも面白いかもしれない。

というわけで、早速やってみるとしよう。「量的緩和とは何か?」という問いから会話は始まる。

バニ男: ところで、量的緩和って何なの?

ハミルトン君: (アメリカの中央銀行にあたる)Fedが長期国債を買うってことさ。Fedが長期国債をたくさん買えば、その価格は上がるはず。それが狙い(pdf)なんだ。長期国債の価格が上がるってことは、その利回り(長期金利)が下がるってことなんだけど、長期国債の利回りが下がれば、それにつられて、その他の債券の利回りも低下するだろうね。あれやこれやの金利が下がれば、中小企業もお金が借りやすくなるし、ローンの借り換えをしようと思う人も増えるはずだ。あれやこれやの金利が下がれば、ドル安にもなる。ドル安になれば、海外への輸出は増えるだろうし、その反対に、海外からの輸入は減るだろうね。

バニ男: へ~。で、どうして「量的緩和」なんて呼ぶの? もっと単純にさ、「お金を刷る」って言っちゃだめなの?

ハミルトン君: いや、お金は刷られやしないんだ。民間の銀行はFedに預金口座を持ってるんだけど、Fedが民間の銀行から長期国債を買うと、その口座に購入代金が振り込まれるんだ。預金口座の残高が増える(準備預金の残高が増える)わけだね。その口座からお札を引き出そうと思えばできなくはないけど、民間の銀行はそうするつもりはないみたいだよ。少なくとも今のところはね。それに、民間の銀行がその口座からお金を引き出す素振りを見せたら、そうさせないためにFedは手元に持ってる資産を売るつもりらしいよ。ともかく、今すぐに「大量のお金が刷られる」ことはなさそうだよ。たぶん今後もしばらくは。

量的緩和の狙いの一つは、デフレを回避すること。そのことを承知の上で、バニ男は問う。

バニ男: デフレっていいことじゃないの? モノの値段が下がれば、買えるモノの量は増えるんじゃないの?

ハミルトン君: 給料(名目所得)が変わらなければ、そうだね。でも、問題はそこなんだ。デフレになると、賃金は下がっちゃうし、失業しちゃう人もたくさん出てくる。新しい仕事も簡単には見つからない。買うモノの値段が下がるってなると、何だかいいことのように思える。でも、売るモノ(労働もその一つ)の値段が下がるってなると、いいことだとは思えないよね。モノの値段も労働の値段(賃金)も下がっちゃった国っていうのは、大変辛い思いを経験しなきゃならなかったんだ。そういう事態だけは避けなきゃいけないとFedは思ってるんだよ。

バニ男: でも、去年より値上がりしてるモノもあるよ。食料品とか、ガソリンとか、医療費とか、授業料とか。

ハミルトン君: そうだね。でも、洋服とか、家具とかの値段は下がってるね。それはともかく、何もしないでボーっとしているうちに、値段が下がるモノの数が増えちゃったら大変だよ。デフレの範囲が広がれば広がるほど、Fedがやろうとしていること(量的緩和)の効果も弱まっちゃうおそれがあるんだ。

バニ男: 債券の価格も去年より高くなってるよね?

ハミルトン君: 債券は、消費の対象になるモノじゃないね。それに、債券の価格が上がってる――債券の利回りが下がってるっていうことでもあるんだけど――っていうのは、デフレの危険性が高まってる証拠の一つでもあるんだ。

バニ男: Fedの判断が正しかったことってあるの?

ハミルトン君: クリスティーナ・ローマーとデビッド・ローマーっていう2人のローマーさんがアメリカン・エコノミック・レビューっていう雑誌に2000年に発表した共著論文(pdf)によると、Fedのインフレ予測は、ブルーチップ経済予測調査だとか、専門家予測調査(SPF)だとか、データリソース社による予測だとかよりも、ずっと正確だったらしいよ。それだけじゃなくて、ジョン・ファウストさんとジャナサン・ライトさんがジャーナル・オブ・ビジネス&エコノミック・スタティスティックスっていう雑誌に2009年に発表した共著論文によると、Fedのインフレ予測は、最先端の時系列予測モデルのどれよりも、ずっと正確だったらしいんだ。

話題は、量的緩和の具体的な手続きに及ぶ。

バニ男: バーナンキおじさんが国債を買いたいと思ったら、(国債を発行している)財務省から買うわけじゃないよね? ゴールドマン・サックス社から買うんだっけ?

ハミルトン君: Fedが国債を買う時は、ニューヨーク連銀がその任務にあたるんだけど、プライマリー・ディーラーと呼ばれる民間の会社を相手に競争入札を行うんだ。プライマリー・ディーラーに選ばれているのは全部で16社で、ゴールドマン・サックス社はそのうちの1社なんだ。かれこれ1世紀は、このやり方でやってきている。君が言うようにFedが財務省から直接(新たに発行されたばかりの)国債を買うと、違法になっちゃうんだ。その点について、ミューレンダイクさんが書いてる 『U.S. Monetary Policy and Financial Markets(pdf)』(邦訳 『アメリカの金融政策と金融市場』)の第7章(pp.166)では、次のように説明されている。

Fedが債券を購入するのに伴って、Fedのバランスシートには新たに資産が追加されることになるが、Fedに購入することが許されているのは、既発債(市場に出回っている債券)だけに限られる。1913年に制定された連邦準備法では、Fedが新発国債(新たに発行されたばかりの国債)を購入することは認められていない(注3)。

(注3)1935年までは、一定の金額を限度に、財務省がFedから直接資金を借り入れることは可能だった。1942年になって再び、直接借り入れを認める時限条項が連邦準備法に加えられた。その後も、直接借り入れ制度は、様々な制限が加えられながらも、幾度か導入された。しかし、1981年に直接借り入れを認める条項は失効し、それ以降、同制度は導入されずに至っている。

Fedは、プライマリー・ディーラーから国債を買わなきゃいけない決まりになっているわけだけど、そうなっている理由は、お金を生み出すプロセス(金融政策)と、財政赤字を賄うための資金を調達する(国債を売り払う)プロセスとを、制度的に切り離しておかなきゃいけないからなんだ。量的緩和はこの2つのプロセスの境界を曖昧にしてしまうっていう批判があるけど、もっともな批判の一つだと言えるだろうね。

元のアニメは、以下をご覧あれ。滑稽さという点では、残念ながら私の負けだ。

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