(Alex Tabarrok, “Thomas Schelling on Adapting to Climate Change,” Marginal Revolution, December 11, 2015)
昨日,公共選択研究所 (Center for Study of Public Choice) でトーマス・シェリングが気候変動について講演した.シェリングの議論の主眼は,次の点だった:多くの資源が気候変動の予測と理解に注がれている一方で,気候変動への適応の計画には資源や思考がほんのわずかしか注がれていない.
たとえば,ワシントンDC,ボストン,マンハッタンがいまのような乾燥した土地のままにとどまるとしても,ほぼ確実に,オランダと同水準の洪水・水没対策がやがて必要になるだろう.そのための計画を立案し,その種のプロジェクトの費用をどう工面するか考えるだけでも20年かかる.まして,計画を実行するとなればもっと時間がかかる.だから,こうした適応策が今後40年~50年は必要ないと予想されるとしても,適応策の立案に着手するのに早すぎるということはない.だが,これまでのところ,なんにもなされてはいない.気候変動否定論をとる人たちは,「適応策の計画立案はムダだ」と考えるし,気候変動が事実と考える人たちは,「適応策の計画立案にかかるのは降参するのと同じだ」と考える.
シェリングは,大胆なアイディアをいくつか述べた.マルセイユからアレキサンドリアからテルアビブにいたるまで地中海沿岸の全都市を1つ1つ防護してもいいし,あるいは,ジブラルタル海峡にダムをつくってもいい.海峡にダムをつくるとなれば,世界最大級の建設プロジェクトになる(現在のところ).だが,地中海をいくらか干上がらせることで実現する水力発電は,ヨーロッパとアフリカにある全ての火力発電所を代替するのに足りるかもしれない.
シェリングは言及しなかったけれど,1920年代にドイツ人エンジニアの Herman Sörgel が「アトラントロパ」(Atlantropa) という同様のプロジェクトを提案している(くわしくはこちら参照).電力に加えて,海峡にダムを建設すれば,価値ある広大な土地が開ける.ジーン・ロッデンベリーとフィリップ・K・ディックはこの案のファンだったけれど,言うまでもなく,アイディアは実現に向けて大して進まなかった.ただ,費用便益分析をしてみれば,困難ながらも海峡のダム建設は地中海都市を1つ1つ守ろうとするよりも安上がりだったりするかもしれない.とはいえ,シェリングも言うように,こうした問題を真剣に考えている人は誰もいない.
ぼくはこう論じた:資本の価値は減っていくものなんだから,いまあるいろんな建物の多く,もっとも長命な資本ですら,いつかはなんらかのかたちで置き換えられる必要がある.たとえば,ここをみてもらうと,ニューヨーク市の全建物の建築後年数が示されてる.もちろん全部ってことはないけれど,かなりの割合は建築後100年未満だ.いちばん脅威に直面してる地域がゆるやかに衰退していくにまかせたとして,内陸へと移動するコストは想像されるほど高くつかないかもしれない――少なくとも,水位の上昇がゆっくり進むとしたら(保証の限りじゃないけど!).シェリングは,民間の建築物についてはこの議論が成り立つと同意したけれど,さて,それではホワイトハウスを水没させてもいいとみんなが乗り気になるかというと疑わしいだろうとも言った.
都市を救おうとするなら――とくにまだ建てられていない建築物を救おうとするなら――将来の水没の脅威のもとにある土地に課税することから手をつけるべきではないだろうか? いま行動をとって,将来のモラルハザード問題を緩和するんだ.ジョン・ナイとロビン・ハンソンがこの論点を提起している.くわしくはロビンのポストを参照.
楽しい講演会だった.齢94にして,シェリングはまだまだ鋭敏で刺激的で,しかもあれこれの事実をしっかり把握してる.