●Alex Tabarrok, “Afternoon at the Treasury”(Marginal Revolution, August 17, 2010)
昨日のことだが、コーエンとその他のブロガーたちと連れ立って財務省を訪問してきた。財務長官(当時)のティモシー・ガイトナー(Timothy Geithner)をはじめとした財務省の高官たちと経済問題について面と向かって話し合う機会を設けてもらったのだ。その時の感想を思いつくままに述べさせてもらうとしよう。
招待客であるブロガーの一部から、金融産業および金融規制改革法(いわゆる「ドッド=フランク法」)に対する強い疑念の声が寄せられた。「財務省はネガティブ・エクイティに陥っている(時価が住宅ローンの残高を下回っている)住宅の買い取りに乗り出すべきだ」とか、「ベーシックインカムを導入すべきだ」とかいうような「ラディカル」(過激)な提案も一部から出た。そういった一部の意見に比べると私はいくらか穏健な立場で、結果的に財務省の高官たちの側に肩入れする格好になったが、そのことに気付いて我ながら驚いたものだ。財務省の高官たちの言い分によると――説得力のある反論だったが――、そのような「ラディカル」な提案を実現するのは政治的に困難だろうし、うまくいく(効果を上げる)ようにも思えないとのこと。金融規制改革法についても、「この法律は抜本的で有意義なものだ」とこれまた説得力のある議論を展開して擁護した。
私が覚えている範囲になるが、高官の一人が発した鋭い発言の要旨をいくつか紹介しておこう。
- 「『米政府には国債を発行する(借り入れを行う)余地がまだ残されている』というのがマーケットの見立てですが、一般の国民はそうは思っていません。国家財政をやりくりするためには、マーケットの声にも国民の声にもどちらにも耳を傾ける必要があるんです」
- 「設備投資の動向から判断すると、実業家の方たちは口で仰るよりも自信をお持ちのようです」(こちらのグラフを参照)
Fedが乗り出せそうな「劇的」な行動はいくつかあるかもしれないが、その効果については理論的に不確実なところがあるし実地に検証されてもいないという話も出た。
話し合いの席上で一番鋭い質問を発したのは、コーエンだ。それは、金融規制改革法について意見が交わされていた最中だった。金融規制改革法が成立したら、金融機関が背負うリスクがこれまでよりも高まることになるが、その結果として金融産業で働く人たちのインセンティブはどう変わるだろうか? そんな話題で盛り上がっていると、コーエンが割って入って一言。「私がどうしても知りたいことはですね、金融規制改革法が成立したら、あなた方(財務省をはじめとした規制当局者)のインセンティブがどう変わるかということなんです。今後は投資家が(公的資金の注入を通じて)救済されることはないと言い切れるんでしょうかね?」
コーエンも前回(2009年の11月に)財務省を訪れた時〔拙訳はこちら〕に述べているように、ガイトナーは頭が切れて思慮深い人物という印象を受けた。ガイトナーは、話題を問わずにどんな質問でも受け付けた。マイク・コンツァル(Mike Konczal)だとか、コーエンだとか、スティーブ・ワルドマン(Steve Waldman)だとかから質問を受け付けるというのは、普通の記者から質問を受け付けるのとは大違いだ。それにもかかわらず、どんな質問を投げかけられても、ガイトナーは質問の核心をすかさず理解し、理論だけでなく事実についても通暁(つうぎょう)していることを窺わせる回答を寄せた。ガイトナーとの意見交換は、当初の予定時間(45分間の予定)を超えても終わらずに続けられた。彼は、我々との会話を楽しんでいるように見えた。