●David Beckworth, “A Counterfactual Quesiton”(Macro Musings Blog, September 14, 2010)
タイラー・コーエンが、金本位制と大恐慌がテーマのダグラス・アーウィン(Douglass Irwin)の興味深い論文を紹介している。アメリカやフランスが自国に大量に流入してきた金を不胎化せずにマネタリーベースの拡大をそのまま放置していたとしたらどうなっていたかという「反実仮想的な」(counterfactual)問いが検証されているが、正貨流出入メカニズムがその魔力を発揮したろうという。すなわち、世界経済が1929年~1933年に破壊的なデフレーションに襲われるようなことはなかったはずだというのだ。似たような議論は、これまでにもなかったわけではない。例えば、金本位制の支持者が言うには、金本位制それ自体に問題があったわけではなく、アメリカやフランスの中央銀行が国際金本位制の「ゲームのルール」に従わなかったのが問題なのだという。アメリカやフランスの中央銀行は「ゲームのルール」を忠実に守って、金の流入を不胎化すべきではなかったというのだ。いい機会だから、私もちょっとした反実仮想に思いを馳せてみるとしよう。国際金本位制の「ゲームのルール」が守られて、その結果として1930年代の大恐慌が回避されていたとしたら、その後の歴史はどう変わっていたろうか?
おそらく千通りもの異なる答えがあり得るだろう。例えば、ピーター・テミン(Peter Temin)&バリー・アイケングリーン(Barry Eichengreen)の二人(pdf)によると、ナチスがドイツで権力を握るようなこともなかったろうという。ここでは、一つの可能性に焦点を絞ってみたいと思う。金本位制が今もなお続いているという可能性がそれだ。もしもそうなっていたとしたら、戦後の貨幣史はどう変わっていたろうか? 1970年代のグレート・インフレーション(Great Inflation)は回避されていたろうか? 回避されていたとしたら、ポール・ヴォルカー(Paul Volker)は、今のように名を馳せていないだろう。「インフレ」という名の怪物を倒す機会がなかったろうからだ。金本位制が今もなお続いていたとしたら、2000年代の住宅バブルにFedが手を貸すようなこともおそらくなかったろう。金本位制が今もなお続いていたとしたら、Fedの規模も今よりもこじんまりとしていて、Fedの議長の重要性も今より低かったろう。「マエストロ」の異名を持つ議長なんてどこを探しても見当たらないだろう。金本位制が今もなお続いていたとしたら、FOMCの会合でどんな決定が下されるだろうと勘繰る(かんぐる)必要もなくなるだろう。金本位制によって政策の方向性が自動的に決められるからだ。金本位制が今もなお続いていたとしたら、上院がFRBの新しい理事をなかなか承認しないからといってやきもきする必要もなくなるだろう。誰が理事になろうと、大勢に影響はないのだから。
つまりは、金本位制が今もなお続いていたとしたら、金融政策の行方をめぐって今よりも見通しがよくなっていた可能性があるわけだ。色んな意味で。その一方で、国際金本位制が支障なく機能するためには、すべての国が「ゲームのルール」に従う必要があるが、すべての国が「ゲームのルール」にいつまでも従い続けると信ずべき理由がないことも確かだ。金本位制の「ゲームのルール」に従うのであれば、貨幣需要に突発的な変化が起きた時に物価の調整を受け入れる必要があるが、それには痛みが伴う。国民がその痛みにいつまで耐えられるだろうか?(物価の調整が必要になる事態に頻繁に見舞われるようなら、名目価格の伸縮性が高まるかもしれないけれど)。つまりは、金本位制が今もなお続いていたとしたら、いつかの時点で1930年代と同じような惨事に陥る可能性も十分に想定し得るのだ。