Paul Krugman, “Dealing With Pesky, Progressive Economists,” Krugman & Co., February 21, 2014. [“Stupidity in Economic Discourse,” February 14, 2014.]
めんどい進歩派経済学者を相手にする
by ポール・クルーグマン
ジョナサン・グルーバーが激怒してる.堪忍袋の緒が切れそうないきおいだ.
『ニューリパブリック』に寄稿した最近の記事で,高名な医療経済学者にして医療改革の設計者でもあるグルーバーが,ケイシー・マリガンに対するいらだちについて書いている.マリガンは,今月はじめの『ニューヨークタイムズ』に掲載されたコラムで,グルーバーの見解をゆがめて提示している.それに,ぼくの見解もだ.
グルーバー氏が怒るのもムリはない:なんとも恥ずべき欺瞞的なコラムだもの.ただ,この件はもっと大きな見取り図に入れて考えた方がよさそうに思う:えんえんと続いてる「アホな進歩派経済学者」の神話っていう見取り図だ.
さて,シカゴ大学の経済学者マリガン氏について:グルーバーが記しているように,彼はコラムで複数のデタラメを述べている.彼の文章によればこのまえ出た議会予算局のレポートの結論ってことになってるけれど,実はそうじゃないことをあれこれと断定している――そこで出されているのは,マリガン氏みずからの見解だ.その見解は,まあなんというか,なんの根拠もなく予算局のものであるかのように持ち出されてきて,いかにも権威があるかのように見せかけてあるわけだ.
そればかりか,グルーバー氏とぼくはあまりにもトンマか骨なし野郎なせいで,アメリカの適正価格医療保険法 (Affordable Care Act) のいくつかの側面によってつくりだされている働かないインセンティブによって,経済的なコストが強いられることを認められずにいるんだと,マリガン氏は読者に語っている.
もしかして,マリガン氏はじぶんのコラムに関連する2,3本の記事を読んでなかったんじゃないかと思われる.もしちゃんと読んでいたら,こんなのを見つけていただろうからね.グルーバー氏が『ロサンゼルス・タイムズ』に書いた論説の一節だ:「また,議会予算局は,労働時間を減らしたり職制の上昇を避ける人たちによって労働の減少が生じると予想している.こうした人々は,メディケアの受給資格を失いたくないと思っていたり,あるいは,賃金が増えて保険プレミアムの支払いにあてる税額控除を失うことになるのを望まないので,そうした行動をとっている.自発的な離職とちがって,この第2種の労働減少は,現実の経済的なゆがみとコストをもたらして,便益はもたらさない.」
それに,『ニューヨークタイムズ』の2月6日付コラムでは,ぼくのこんな一節もある:「誤解ないように言っておくと,長くにわたって労働時間が減少するのは全面的にいいことじゃあない.家族との時間を増やすことを選んだ労働者は,利得も得るけれど,社会にいくらか負担も強いることになる.たとえば,給与税や所得税の支払いが減るというかたちでの負担だ.というわけで,オバマケアには,保険の助成金に加えて,他にもコストがいくらかあるんだ.」
このとおり,ぼくもグルーバー氏も,インセンティブ効果があることも,コストが生じることも認めている.でも,ぼくもグルーバー氏も,定量的な理由からこのコストは大きくないとも論じている.マリガン氏の目に映ってるような,リベラルの空論家なんかじゃあない.
もっと広い論点に移ろう.マリガン氏の手によるこのコラムに見て取れることは,あれこれの多くの文脈でしょっちゅうでくわす,進歩派経済学者に関する保守派の神話と同じしろものだ.
その神話はこんな具合にはたらく:保守派全般,それに,とりわけ保守派経済学者は,経済学が扱うことについてすごく視野の狭い考え方をすることがよくある――すなわち,供給と需要とインセンティブにつきるって考え方だ.市場の神聖なる機能を邪魔したり産出するインセンティブを減らすようなことは,どんなものであろうとわるいこととされる.進歩派経済学者が,この正統教義にきれいに収まらない政策を支持したときには,かならず,初歩的な経済学をちゃんと理解してないせいにちがいない,と彼らは考える.そして,保守派経済学者はこの点にあまりに確信を抱いているせいで,進歩派が書いてることをちゃんと読む手間をとることができない――自由放任主義から逸脱してる兆しがちょっと見えたら,すぐに注意を払うのをやめて,現実にいる経済学者はそっちのけで,自分の頭のなかのバカ進歩派どもとの論争をはじめてしまう.
その結果として,グルーバー氏や小生なんぞが初歩的経済学をちゃんと理解してるんだけど,まっとうな理由からそこにとどまらずに踏み出す必要があると考えてるんじゃないかな,なんてことに多くの保守派はまるっきり考えを及ぼすことができないらしい.
保険医療の問題につて:はいはい,たしかにインセンティブ効果はある――それを言うなら,どんな保険にもインセンティブ効果はあるけどね.ただ,転職障害というかたちでの大きな市場の不完全性があると信じるべき,立派な理由もあるのよ.転職したときにちゃんと健康保険の補助金がもらえるかどうかわからないせいでいまの仕事から身動きとれないと被雇用者が感じてしまうっていうかたちの不完全性がある.それに,この点を脇に置いたとしても,健康保険を拡張することには,どんなコストとでもてんびんにかけるべき重要な便益がある.手短に言うと,こういう話は,マリガンが非難して見せた2つの文章のどちらにもちゃんと出てきてるし,他の文章ではもっと紙幅を割いて論じてもいる.でも,例によって例のごとく,保守派たちは,そういう問題がでてきたとたんに読解障害をきたしてしまうんだよね.
同じような反応は他のいろんな問題でも遭遇したことがある.「赤字支出は不況下の経済で有用だって? ははぁん,お前さんが言ってるのは,赤字と大きな政府はいつだっていいものだって話にちがいない.馬鹿なことを言いやがって,こいつめハハハ.」 「需要の制約を受けている経済では失業手当を増やすと雇用がつくりだされるだって? だが,お前さん,前は失業手当によって自然失業率が上がると言っていたじゃないか.つまり大馬鹿者なんだな,ハハハ.」
そっすね,ともあれお馬鹿さんはいるみたい.
© The New York Times News Service
「めんどい進歩派経済学者を相手にする」という題名がよくわかりません。内容は保守派経済学者を批判しているのに、これだと進歩派を批判しているように感じます。
”Dealing With Pesky, Progressive Economists”を検索してもここしか出てきません。
この記事の訳者さんではないのですが、(勝手に)分かる範囲でお答えします。
「めんどい進歩派経済学者を相手にする」という邦題は、原題の「Dealing With Pesky, Progressive Economists」そのままの意味で訳されていると思います。また、おそらく原著者のクルーグマンは、そうした保守派の態度に多分に皮肉を言うためにこういう題にしたんじゃないかなーと想像します。(きみたち保守派はどうせ僕らのことを「めんどくさい奴らだなー」とか思っちゃってるんでしょ?みたいな感じですかね?) クルーグマンが自他ともに認めるいわゆる進歩派経済学者であることや、そういう皮肉屋なところがあるのはクルーグマン読者も十分わかっているということもありますし。
原題を検索しても出てこないのは、この記事の原文がクルーグマンのブログそのものではなく、ブログの内容をNYTが編集して購読者専用の配信記事にしたものであるためです。編集する前の元になった記事にはこのエントリの一番上にリンクが張ってありますが、そちらを見て頂ければ編集の段階で省略されてしまっている個所があることが御確認頂けると思います。
夜はやさしさん:
返信が遅くなってすみません.
タイトルの訳は,上記で 227thdayさんが書かれているとおりです.「保守派から見て厄介者のクルーグマンを相手に批判するにしてもちゃんと議論を読みなさいよ」という趣旨だろうと解釈しています.