Richard Berner, Stephen Cecchetti, Kim Schoenholtz “Russian sanctions: Some questions and answers” VOXEU, 21 March 2022
ウクライナ侵略を受けた対ロシア制裁は、少なくとも冷戦以降に大国に課されたものとしては最も強力で額も大きいものだ。本稿では、こうした制裁にまつわる一連の疑問とそれに対する現時点での回答を提供する。内容としては、制裁に非協力的な国への二次制裁、ロシアの「軍資金」とされる外貨準備、SWIFTや暗号通貨の役割、ロシアがとりうる対抗措置、こうした制裁や対抗措置によって引き起こされるシステミックリスクの可能性をカバーしている。
ロシアによるウクライナ侵略によって、世界の安全保障や経済関係が変化しつつある(Snower 2022)。本稿では、ロシアに対する金融・貿易制裁について焦点を当ててみたい。
ロシアに対する制裁は少なくとも冷戦以降に大国に課されたものとしては最も強力で額も大きいものだ。その迅速さ、範囲の広さ、国際間の協調は前代未聞のレベルとなっている。
その効果が即座に目に見えてきているのも驚きではない。ロシアの経済や金融システムへの打撃としては、ルーブルの下落(過去1か月でドルに対して25%以上下落するとともに、ボラティリティも高まっている) [1]原注1;https://vlab.stern.nyu.edu/volatility/VOL.USDRUB%3AFOREX-R.GARCH 、国内銀行への取り付け騒ぎ、中央銀行の政策金利の急激な引上げ、資本規制の導入、ロシア株式市場の閉鎖、国外の株式市場で取引されているロシア企業の価値の崩壊、国際指標からのロシア株式の除外、ロシア国債の信頼格付けのジャンク扱いへの引下げが挙げられるが、これらに留まるものではない。
過去においては、制裁対象となった国が制裁の効果を軽減する手段を見つけることが多かった。しかしこれまでのところ、世界中の多くの国がロシアに対する制裁の引上げ及び範囲の拡大を行い、賭けのベットの吊り上げを繰り返している。実際、ロシア中央銀行が保有する国外資産(ルーブルの価値の下支え、金融システムの安定維持、侵略の資金として使用されうる)へのアクセス制限は金融戦争とも言えるものだ。これにより、ロシアに対する制裁は私たちがこれまでに見たことのないほど強力なものになっている。
制裁には一部抜け穴もある(後述の議論を参照)。しかし、制裁実施国の決意やウクライナに対する支援を更に増やすよう求める世論の広がりを前に、これまでのところロシアを支援する国は表れていない(少なくとも公には)。目下の政治環境においては、制裁を破る国も制裁の対象となる可能性がある。
現時点において、いくつか結論できることがある。まず、(戦費をまかなうために)平時に外貨資産を蓄えるというロシアの戦略はもはや実行不可能とみられる。さらに、潜在的なならず者国家にこそエネルギーやその他の原材料といった重要物資を依存すべきという知見について、今やこれまで以上に疑問視すべき理由が出てきている。より一般的に言えば、今回の出来事は他国への金融・経済的な依存による脆弱性に対する認識を高めている。
同時に、この金融戦争手段の長期的な影響については、まだ全くはっきりしていない。今後の情勢がどういった道筋をたどるかを見通すのは困難であるものの、国際的な統合を鈍化あるいは縮小する方向への元々あった圧力が今後さらに大きく高まるかもしれない。私たちに言えるのは、大国に対して制裁が行われる以前の世界に戻ることはないということだ。
本稿の目的は、この新たな体制によって生じる一連の疑問とそれに対する現時点での回答を提供することにある。時と共に大きな変更が起きた場合には、その繁栄のために本稿を更新する可能性がある。また、本稿に掲載した以外に非常に重要な問題がある場合には、筆者らに教えてもらえれば将来の更新時に回答できるか検討してみたい。
Q&A
これまでロシアに対して行われた主な制裁は?
主要な制裁は金融に関するものだ。中でも一番重要なものは、ロシア中央銀行やその他対象となったロシアの市中銀行が国外に保有する資産の実質的な凍結と、加盟行間の国際取引を円滑に行うためのメッセージングシステムであるSWIFTからのロシアの仲介銀行の排除だ。ほかにも幅広く制裁が行われており、その中には対象となったオリガルヒやロシアの政治指導者に帰属する国外資産の差し押さえや、ロシアへの技術輸出の制限といったものがある。本稿執筆時点で、アメリカはロシアからのエネルギー禁輸措置を発表し、ヨーロッパは今年のエネルギー輸入を大きく減らすことを考えている。さらに、G7参加国はロシアから最恵国待遇の地位をはく奪する方向へと動いており、これによってロシアからの輸入に対して差別的な関税を課すことも可能となる。
理論上、どうすれば制裁は効果的になる?
Nephew (2017: 4)は実効性のある制裁を設計するための有用な指針を示している。それによれば、(1)目標を明確に特定する、(2)対象の弱点と制裁による痛みを緩和する能力を理解する、(3)痛みに焦点を絞り、対象の決意をくじくための戦略を構築する、(4)継続的に戦略に磨きをかける、(5)制裁解除の条件を明確に示す、とされている。
制裁はいたちごっことなる。ひとたび実施されると、対象はそれを回避するための道筋を探し始め、制裁を課す側は実効性を高めようとする。言い換えれば、制裁は一方の当事者が抜け穴を掘ろうとする中でもう一方の当事者が抜け穴をふさごうとするゲームとも言える。さらに、いたちごっこのもっとも重要な性質は、両当事者は相手に譲歩を迫るために自身の決意を示そうとするというものだ。結果として、実効性ある制裁とするために最も重要となるのは、必要に応じて制裁を修正・更新する信頼性あるコミットメントであるといってよい。つまり、「なにがなんでも」やるということだ。
過去の制裁は効果的だった?
制裁がしばしば失敗するのは、第三者(「制裁破り」)が制裁の実効性を損ねるからだ(e.g. Early 2015)。制裁対象に課すコストの面で見た場合、一般的に制裁が最も強力となるのは、コストのかかる制裁を実施するという意思が広く共有されている場合だ。そうした場合においては、第三者は制裁破りをすることによってコストのかかる二次制裁を引き起こしてしまう可能性があると予見する(以下参照)。そして、制裁を積極的に支持し、監視する国が多ければ多いほど、制裁破りを隠すことが難しくなる。
二次制裁とは何か、そうした制裁は実際に行われるのか
二次制裁は、制裁を行っている国の国内の団体に対し、制裁対象となる団体や管轄域と経済・金融取引を行うことを禁止するものだ。これと対照的に、二次制裁は制裁を課していないその他の国の団体や個人に対する制裁を指している。
これがどういうことかを現状にあてはめるため、(これを書いている時点で)ロシア制裁に加わっていない中国やインドの企業について考えてもらいたい。中国やインドの企業がロシアと商売を行おうとする場合、アメリカやEUは自国に所在するその企業の顧客や供給者に対してその企業との取引を禁止するとともに、アメリカ・EUの金融機関対して自国内外においてその企業との関係を遮断させることができる。(アメリカでは、二次制裁は商務省の外国資産規制局によって実施されている) [2]原注2;https://home.treasury.gov/policy-issues/office-of-foreign-assets-control-sanctions-programs-and-information
自国領域外に効果を生じさせることから、二次制裁には異論もあり、ほとんどの場合はイランや北朝鮮、ベネズエラといった孤立国家に対して行われてきた。ロシアに対する制裁に参加する国は多いため、二次制裁の必要性はそれほどないかもしれない。実際、二次制裁を行うという脅しだけでも制裁を実施していない団体や国がロシアを助けることを抑止する可能性がある。
しかしながら、ひとつ大きな疑問は残る。すなわち、アメリカは中国企業、市中銀行、そして中国人民銀行にまで、これら銀行がロシアの制裁逃れに手を課した場合に二次制裁を課すかというものだ。これまでのところアメリカ政府関係者は、「ロシアの攻撃を支援する」行動に関し、中国に対してコストを課すと述べている。 [3]原注3;https://www.nytimes.com/2022/03/17/us/politics/russia-china-weapons.html
アメリカとEUはロシア中銀の外貨準備を封鎖したが、具体的にどのようにやっているのか。
各国の中央銀行は、外国の中央銀行や市中銀行にある自行の口座内の預金や、外貨建ての証券といった形で外貨準備を保有している。現在の制裁の実施においては、各国政府はロシア中銀が各国中央銀行や市中銀行に持っている口座を凍結するとともに、管財人やブローカーを通じた証券の販売を妨害している。
ロシア中銀が支払いや証券の販売を行うことを許す国もあるかもしれないが、そうすると発表した国はない(少なくとも今のところは)。
ロシア中銀の外貨準備の封鎖は何が目的か、実効性はあるのか
目的はロシアがウクライナ侵略の戦費を調達する能力を制限することだ。制裁によってロシアの国外資産は凍結され、ロシア経済と金融システムに混乱が起きている。例えば、ロシア中銀は6,000億米ドルを超える外貨準備(金を含む)を蓄えていて、これは(制裁がなければ)国外から財やサービスを調達するのに使うことができる(図1を参照)。
大半の外貨準備が今や凍結されているようだ。ロシア中銀(Bank of Russia (2022))の報告による2021年6月時点の外貨保有の構成に基づいて私たちが推定したところでは、2022年1月時点で人民元建て以外の外貨は3,460億ドルとみられる。これら外貨は通貨発券中央銀行のバランスシート上で決済しなければならないが(図2を参照)、制裁に参加している中央銀行はそれを許さない。もちろん2021年6月からこれまでの8か月間で、ここ数年の傾向を踏襲してロシアの外貨準備の構成は人民元や現物の金にさらに軸足を移している可能性はある。しかし、ルーブルが下落したことは、ロシア中銀の国外資産の多くが依然として手を付けられない状態あることを強く示唆している。
注記:2022年1月の外貨準備の構成を推定するにあたり、私たちはthe Bank of Russia (2022)による2021年6月時点の比率を用いた。
もちろんロシアが国外から財やサービスを調達するのに使える外貨収入はこれ以外にもある。まず何と言っても、エネルギーやその他の商品の輸出によってロシアは多額の経常収支黒字を得ている。これを書いている時点(2022年3月18日)で、一部の、特にヨーロッパの国は、ロシアのガス・石油の輸入禁止に後ろ向きなままだ。ロシアからのエネルギー輸入が減らない限り、侵略開始以降のエネルギー価格の上昇は2021年に既に1,000億を超えていたロシアの経常収支黒字をさらに拡大してしまう。しかし、各国政府が二次制裁を実施するのであれば、エネルギー輸出によるロシアの収入は利用不可能となる可能性がある。その場合、経常収支黒字は実質的には(今のロシア中銀の資産のように)国外に塩漬けされた凍結金融資産へと変換されることになる。
制裁よりも前、ロシアは国際社会の意向に左右されないように外貨準備の「軍資金」を蓄えていたと評論家は指摘していた。この戦略は失敗したのか
これまでのところ、軍資金戦略は失敗している。何世紀にもわたって一貫して中立を守ってきたスイスですら、ロシアに制裁を課している。一部の国がロシアの組織による取引を許して制裁を逃れる道を提供する可能性は常にある。しかし、そうしようとする国が現れた場合、制裁に参加している国が取引を手助けする組織に対して追加の二次制裁を課すかもしれない。
ロシア中銀には金融システムと経済を安定させるどんな手段がある?
ロシア中銀は国内の自分のバランスシートを操作できるし、政府はより一般的に金融安定化のための重要なツールを備えている。まず、ロシア中銀はルーブルを下支えするために政策金利を急激に引き上げたが、更に政策金利を引き上げることができる(そうした場合、ロシアの金融環境はさらに引き締められ、既に制裁の影響を受けている経済活動を押さえつける圧力が一層強くなることに注意)。次に、ロシア政府は現時点でルーブルの売却を制限し、輸出者に対して外貨収入をルーブルに換えるよう強いているが、この資本規制を更に強化することもできる。もう一つには、ロシア中銀は市中銀行にルーブルを貸し出し、取り付け騒ぎを防ぐのに必要な流動性(現金)を提供することができる。
ロシアには中央銀行デジタル通貨(CDBC)はない。もし電子ルーブルがあったら戦争と制裁の影響は今と違ったか
戦争と制裁を受けて、家計と企業は銀行預金を現金に換えた。もし電子ルーブルがあったなら、この銀行預金から電子ルーブルへの変換はもっと大規模かつ急速だっただろうし、表に見えないものになっていただろう。それと同時に、制裁やロシア政府による資本規制が許す限り、外国人は電子ルーブルの処分に走っただろう。中央銀行は供給弾力性を操作できるため、結果として電子ルーブルの大規模な純増加が起こる。
SWIFTって何?どんな仕組み?
SWIFT(国際銀行間通信協会)はベルギーの協同組合で、世界中の銀行間の金融取引と決済の実施を支援するものだ。SWIFTで一番よく知られているのは、1日約4,200万メッセージを伝達する安全かつ信頼性のあるメッセージングシステムだ [4]原注4;https://www.swift.com/about-us/discover-swift/fin-traffic-figures 。
決済システムにおけるSWIFTの役割の理解のため、ユーロ圏にいる人がアメリカにいる人に支払いを行いたいという国際取引を考えてみよう。図3は、ユーロ圏の支払い手が自分の銀行に100ユーロをドルに換えてアメリカの受け手にお金を送るという際に何が起きるのかを簡単に示したものだ。ここでは簡易化のため、ユーロ圏の銀行はアメリカにあるコルレス銀行ないしはグループ銀行に自分のドル口座を持っていて、その同じ銀行にアメリカの受け手も口座を持っていることにする。
顧客からの要請を受けるとと、ユーロ圏の銀行はアメリカの銀行(コルレス銀行かグルーブ銀行)に受け手への入金を行うようSWIFTを通じて指示を送る。そうするとアメリカの銀行はユーロ圏の銀行が持っているドル口座から受け手の口座に振替を行う。その一方で、ユーロ圏の銀行は支払い手の口座から出金処理を行うとともに、アメリカの銀行内にある自行の資産を貸借対照表から減らす。
SWIFTは完全にメッセージングシステムでしかないため、別の経路を通じる方法があるのではないかと思う人もいるだろう。実際、銀行はSWIFTが1977年に運営を開始するずっと前から国際決済を行ってきた。しかし、SWIFTは安価かつ迅速で広く信用されているため、銀行間メッセージシステムとして支配的地位を得るに至っている。一番重要なのは、SWIFTを通じてメッセージを受け取る銀行は、メッセージの送り手の正体を確認でき、そのメッセージが確かに本物であることが分かる。なので、SWIFTに代わるものに切り替えることは可能ではあるものの(SNSすら代替策となりうる)、ほぼ間違いなくコストと時間がかかるものになるだろう。
SWIFTからの排除は銀行にとってどのような意味をもつのか
ある銀行がSWIFTから追い出されると、その銀行はメッセージの送受信をできなくなる。SWIFTは送金目的を区別することはできないため、システム上「一部」を停止するというような手段はとれず、入っているか入っていないかの2者択一となる。しかし、追い出された銀行が自分自身で、コルレス銀行として取引してくれる別の銀行を見つける場合、SWIFTからの排除の効果は限定的なものになる可能性がある。
ロシアへはエネルギー購入代金として多額の支払いが行われているが、こうした支払いはどのように行われているのか
これを書いている時点で、ロシアによる天然ガス・石油の販売は明示的に制裁の対象外となっている。つまり、ロシア国外のエネルギーの買い手はロシアの供給業者への支払いを行うことが認められている。例えば、ユーロ圏のエネルギー輸入者はロシア国外であればどの銀行でも、エネルギー供給者の口座にユーロを送金することができる(その銀行が取引や口座の維持を引き続き行うのであれば)。ロシア最大の銀行(ズベルバンク)とエネルギー分野の主要銀行のひとつ(ガスプロムバンク)はSWIFTへのアクセスを維持したままであるため、ロシア国外のエネルギー消費者がロシアのエネルギー輸出者から引き続き購入(して代金を払う)することができるよう今の制裁は設計されている。
ロシアのエネルギー輸出が制裁の実効性にとってどうしてそこまで重要なのか
ロシアは主要なエネルギー生産者だ。2018年には、ロシアは世界のガス輸出21%を占めて供給支配力を持ち、石油輸出でも11%を占めていた。エネルギーによるロシアの影響力は、ヨーロッパに対して特に大きい。この点についてまず注目すべきは、2019年にEUが消費したエネルギーのうち、EU内で生産したのは39%に過ぎないということだ [5]原注5;https://ec.europa.eu/eurostat/cache/infographs/energy/bloc-2a.html?lang=en 。また、消費したエネルギーの半分以上は化石燃料由来のもので、36%が石油製品(ほとんどが原油)で22%が天然ガスによるものだった [6]原注6;https://ec.europa.eu/eurostat/cache/infographs/energy/bloc-3a.html?lang=en 。これらを合わせて考えると、EUの化石燃料のほとんどが輸入によるものであると推測できる。
2019年には、EUによる大量の化石燃料輸入のうち、ロシアからの輸入は原油と天然ガス双方で最大の割合を占めている(それぞれ27%と41%) [7]原注7;https://ec.europa.eu/eurostat/cache/infographs/energy/bloc-2c.html?lang=en#carouselControls?lang=en 。さらに、一部の国(ドイツ等)においては、ロシアのガスへの依存はEUの標準よりもさらに高いものとなっている。
ヨーロッパはこうした依存を急速に減らそうとしているものの、ヨーロッパによるロシア制裁は今のところエネルギー輸入の禁止を含んでいない(Abnett 2022)。その収入の膨大さ、特に現在の価格の急騰を踏まえれば、エネルギーを対象外としていることは現在の制裁におけるもっとも大きな抜け穴であることは疑いようがない。おそらくはそうした理由から、今のところインフレ調整済価格でみた場合の石油の価格の上昇は、1979年や2008年の記録的上昇よりもはるかに低いものととなっている(図4参照)。
注記:図はアメリカの消費物価指数に対するWTI石油価格の比率を示している。2022年2月と3月の消費者物価指数の数字は対前年比で(2022年1月と同様に)7.5%の上昇と仮定している。2022年3月のWTI価格は2022年3月18日の価格。
ロシアによるウクライナ侵略が続く中で、ロシアからのエネルギー輸入を禁止することを政治家に求める世論の圧力は高まっていくと思われる。最先端の部門別マクロモデルを用いた最近の研究では、ロシアからのエネルギー輸入を停止することによるドイツへの経済的コストはGDPの0.5%~3%の減少となり、「大きいが対処可能」と結論されている。これは新型コロナパンデミックによる4.5%の減少と同程度である(Bachmann et al. 2022)。
エネルギー以外において、制裁はロシアとの貿易にどう影響するのか
ロシアはエネルギー以外でも多くの商品市場において大きな影響力をもっている。そのため、制裁や戦争による港の閉鎖は価格の急上昇に油を注いでおり、これによって制裁実施国は更にダメージを受ける可能性がある。例えば、ロシアとウクライナにおける小麦生産は世界供給の約3分の1を占める。そのため、当然ながら小麦価格は侵略が開始されて以降35%以上も上昇している。このほかにも、ロシアはアルミ、銅、ニッケル、パラジウム、亜鉛といった鉱物の主要生産者だ。これら商品の価格もここ数年来最も高い水準に達している。
同時に、制裁は金融機関及び非金融企業がロシアに関する業務を減らしたり、撤退したりするよう仕向けている [8]原注8;https://www.cnn.com/2022/03/02/business/companies-pulling-back-russia-ukraine-war-intl-hnk/index.html 及び … Continue reading 。この影響が及んでいる分野は自動車(フォード、GM、フォルクスワーゲン)、航空(エアバス、ボーイング)、エネルギー(BP、エクソン)、エンタメ(ディズニー、ワーナー)、海運(マースク、MSC)、テクノロジー(Apple)等に広がっている。民間議業によるこうした行動のスピードと範囲はこれまでにないもので、今後長い間ロシアはビジネスを行うには望ましくない場所であり続けるとの見方とも整合するものだ。
より一般的に言えば、こうした展開は制裁実施国と対象国の双方に影響する。戦争によって、以前からひっ迫していた世界のサプライチェーンはさらに悪化し、ロシアとウクライナからの輸送は停止ないし減少しつつある。ロシアからの輸出の取扱いを倦厭する貿易会社や輸送会社による自発的な撤退がこうしたショックをさらに増幅させている。
ウクライナにおける軍事行動の拡大以外で、ロシアは制裁実施国にどのような報復措置をとれるか
ロシアによる報復措置は様々な形がありうる。報道でよく言及されるのは、サイバー攻撃の可能性だ。ロシアによるウクライナ侵攻の後、アメリカのサイバーセキュリティ・インフラストラクチャセキュリティ庁(CISA)は、あらゆる組織に対して「破壊的なサイバー活動への対処に備える」よう緊急警報を発出した [9]原注9;https://www.cisa.gov/shields-up 。
ロシアは既にロシア国内で事業を行う外国人やロシア国内資産を保有する非居住者に対し、事業活動や資産の売却の制限を行っている。例えば、制裁実施国の団体に対し、ロシアは国内証券や不動産の権利の移転を伴う取引の事前承認を課している。さらに、ロシアの団体は2021年末時点で総額4,780億米ドルに及ぶ対外債務のデフォルトを選択することもできる(うちロシア連邦政府の債務は620億米ドルで、そのうち200億米ドルが外貨建て)。しかし、外国人が保有するロシア国内資産よりもロシア人が保有する国外資産のほうが多く、差し引きでみるとロシアはロシア以外の国に対して純債権者となっている(Milesi-Ferretti 2022)。通常であれば、この債権者ポジションは金融が良い状況にあることを示すものだ。しかし実効的な制裁が行われる場合、外国政府がロシア保有の国外資産へのアクセスを制限することで、このことは脆弱性の原因ともなりえる。これこそ今まさに行われていることだ。
暗号通貨は制裁逃れの手段となるか
何人かのアメリカ上院議員を含め、多くの人が暗号資産がロシアの制裁逃れを容易にするかとの質問を行っている。これまでのところ、主要な暗号通貨取引所(CoinbaseとBinance)はロシアからの利用者を排除すべきとの呼びかけを拒否してきている(Nishant 2022)。しかし、広範な世論の支持を得ている制裁に後ろ向きな姿勢は、こうした暗号通貨の世界と「従来の金乳システム」との間で送金を行う出入口に対する監視と規制の強化を招くことだろう。さらに、現段階では暗号通貨のインフラは、制裁からの大きな抜け穴となるに十分な容量があるとは思われない。例えば、従来の金融システムが1日あたり数兆米ドルの送金を処理しているのに対し、ビットコインの1日の取引量は基本的に100億米ドル以下だ。そのため、個人が少額(数万米ドルかそこら)の送金を行うことは可能かもしれないが、暗号資産が超多額の送金を行う道となる可能性は低い。
制裁やそれに対する報復措置によってシステミックリスクがもたらされないか
制裁の歴史は、制裁が実施国と対象国の両方に影響することを示している。
例えば、ロシアとの金融的なつながりを断ち切ることでロシア国外の金融機関が打撃を受ける可能性がある。絶対額でみた場合、ロシア関連の金融資産が最も多いのはフランスとイタリアの銀行だが、総資産に対する割合が最も大きいのはオーストリアの銀行だ(この比較はBIS(国際決済銀行)の地域別銀行統計の表B4の2021年9月時点の数値に基づいている) [10]原注10;https://stats.bis.org/statx/srs/table/B4?c=RU&p= 。ヨーロッパの金融機関に関するシステミックリスクの指標の一つであるニューヨーク大学ボラティリティ・リスク研究所のSRISKは、株式市場が大規模に下落した場合に全体でどれだけ資金不足に陥るか推定したものだが、これがここ数か月で26%上昇して1.55兆米ドルになっている [11]原注11;https://vlab.stern.nyu.edu/srisk 。しかし、この総額は2011年から2012年にかけてのユーロ圏危機の際のピークよりもまだだいぶ低いところにある。
さらに言えば、ロシア株式の取引市場の閉鎖やデフォルトもの発生によってさらに影響を被る可能性があるが、その影響の大きさはまだはっきりとしない。
制裁が続いた場合、ロシア経済と人々への影響はどうなるか
ロシアが制裁逃れをできない場合、制裁が長く続けば続くほど経済的コストは大きなものになる。例えば、テクノロジー分野をはじめとするロシア経済にとって重要な分野は輸入に依存しているが、それは今や不可能になっている。ロシアが世界から完全に切り離されて自給自足経済となった場合、長期的には所得、生産性、成長率は今よりも低いものになるだろう。
将来、敵がFedや欧州中央銀行に対して同じような戦略をとってくることはあるか
現在の戦略が成功するかは、国際協力と強調に懸かっている。世界のすべてがアメリカやユーロ圏に対して制裁を行う場合、その影響は大きなものになる。しかしアメリカやヨーロッパの経済はいずれもロシア経済よりもはるかに多様化しているため、孤立への適応はロシアよりも容易である可能性が高い。さらに、アメリカの経常収支は大きな赤字であり、外国人に対して多額の純債務を抱えているため、アメリカ経済を孤立化させようとする場合、そのコストはロシアの孤立化よりもずっと大きな影響をもたらすことになるだろう。
その一方で、アメリカの脆弱性のひとつは、政府収支が大きな赤字となっていることだ。アメリカが世界から金融的に切り離された場合、アメリカはこの赤字を国内でまかなうか赤字を即座に縮小する手段を見つけなければいけなくなる。どちらの場合も、痛みを伴う結果となりうる。
謝辞:本稿で答えた質問の半分近くを考えてくれたティム・フィリップスに感謝したい。ティムとの対談の動画はここから閲覧できる。
参考文献
- Abnett, K (2022), “EU rolls out plan to cut Russia gas dependency this year,” Reuters, 8 March.
- Bachmann, R, D Baqaee, C Bayer, M Kuhn, A Löschel, B Moll, A Peichl, K Pittel, and M Schularick (2022), “What if? The Economic Effects for Germany of a Stop of Energy Imports from Russia,” ECONtribute Policy Brief No. 028.
- Bank of Russia (2022), Bank of Russia Foreign Exchange and Gold Management Report.
- Early, B R (2015), Busted Sanctions: Explaining Why Economic Sanctions Fail, Stanford University Press.
- Milesi-Ferretti, G M (2022), “Russia’s external position: Does financial autarky protect against sanctions?” Brookings Institution, 3 March.
- Nishant, N (2022), “Coinbase, Binance resist calls to kick Russians off crypto platforms,” Reuters, 4 March.
- Nephew, R (2017), The Art of Sanctions: A View from the Field, Columbia University Press.
- Snower, D (2022), “Multilateralism after the Ukraine invasion“, VoxEU.org, 21 March.
- Swanson, A (2022), “Chinese companies that aid Russia could face U.S. repercussions, commerce secretary warns,” New York Times, 8 March.
- Warren, E, M R Warner, S Brown, and J Reed (2022), “Letter to Secretary of the Treasury Janet Yellen,” 2 March 2022.
References
↑1 | 原注1;https://vlab.stern.nyu.edu/volatility/VOL.USDRUB%3AFOREX-R.GARCH |
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↑2 | 原注2;https://home.treasury.gov/policy-issues/office-of-foreign-assets-control-sanctions-programs-and-information |
↑3 | 原注3;https://www.nytimes.com/2022/03/17/us/politics/russia-china-weapons.html |
↑4 | 原注4;https://www.swift.com/about-us/discover-swift/fin-traffic-figures |
↑5 | 原注5;https://ec.europa.eu/eurostat/cache/infographs/energy/bloc-2a.html?lang=en |
↑6 | 原注6;https://ec.europa.eu/eurostat/cache/infographs/energy/bloc-3a.html?lang=en |
↑7 | 原注7;https://ec.europa.eu/eurostat/cache/infographs/energy/bloc-2c.html?lang=en#carouselControls?lang=en |
↑8 | 原注8;https://www.cnn.com/2022/03/02/business/companies-pulling-back-russia-ukraine-war-intl-hnk/index.html 及び https://som.yale.edu/story/2022/over-300-companies-have-withdrawn-russia-some-remain |
↑9 | 原注9;https://www.cisa.gov/shields-up |
↑10 | 原注10;https://stats.bis.org/statx/srs/table/B4?c=RU&p= |
↑11 | 原注11;https://vlab.stern.nyu.edu/srisk |