ある日のこと、3歳になる我が子――マティアス(Mathias)――が幼稚園でアクシデントに遭遇した。高い椅子から落っこちて、唇を怪我したのだ。その知らせを聞いた彼の母親は真っ青。すぐさま我が子を救急外来に連れて行ったのだった。
幸いなことに、どこも縫う必要はなかったし、マティアスは病院に入ってから出るまでずっと実に立派に――彼の両親よりもずっと立派に――振る舞ったのだった。病院を後にすると、母親(であり、私の妻)はマティアスをおもちゃ屋さんに連れて行った。病院でお利口にしていたご褒美を買ってあげるためにである。マティアスが選んだのは、光線銃(レーザーガン)だった。
夜になってマティアスを寝かしつけながら――マティアスを寝かしつけるのは私の役目だ――、一日の出来事を話し合った。そして、いつものように、翌日の予定について聞いてみた。
私:今日はずいぶん特別な一日だったね。ところで、明日は何をするつもりだい?
マティアス:病院に行く!
(ショックを受ける)私:病院には行かないよ。幼稚園に行くんだよ。
マティアス:ううん、病院に行く! その後に、ママにおもちゃ屋さんでスパイダーマン(のフィギュア)を買ってもらうんだ。
マティアスよ、それが「モラルハザード」 [1] … Continue readingってやつだぞ。
〔原文:“The moral hazard of 3-year old boys”(The Market Monetarist, June 18, 2013)〕
References
↑1 | 訳注;怪我をしたらご褒美(おもちゃ)がもらえるとなると――何か悪いことが起きても、それに伴う損害が補填されるとなると――、怪我への注意がおろそかになってしまうおそれがある。わざと怪我をしようと試みる・・・なんて場合さえあるかもしれない。 |
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