タイラー・コーエン 「それはそれは大勢の経済学者が犯したそれはそれは大きな過ち」(2023年12月26日)

大勢の経済学者が揃いも揃って予測を外したのは、その道の専門家たちが何十年にもわたって説いてきた教えに従ったからこそ?
画像の出典:https://www.photo-ac.com/main/detail/4603238

ブルームバーグに新しい記事を寄稿したばかりだ。ずっと考えていたのだが、オーウェルばりの知性史の書き換えが進行中だとそろそろ声を上げなくちゃならないようだ。

先週のことだが、米国財務長官のジャネット・イエレン(Janet Yellen)が次のように語っている。「高失業を伴うことなしに、あるいは、不況を誘発することなしに、インフレ率を正常な水準にまで引き下げるなんて無理だと、それはそれは大勢の経済学者が口にしていました。さらには、1年前には、大勢の経済学者が『不況は避けられない』とも語っていたと思います。そのような予測を支える確かな学術的な根拠なんてありはしないとずっと感じてきたものです」。

イエレンが言うところの「それはそれは大勢の経済学者」の多くが拠り所(よりどころ)にしていた「学術的な根拠」というのは、おそらくは・・・ジャネット・イエレンの研究だろう。イエレンが学者として取り組んだマクロ経済学の分野における研究――その成果は学界で高く評価されている――では、名目価格・名目賃金の硬直性に加えて、「産出量とインフレのトレードオフ」に焦点が当てられている。産出量とインフレのトレードオフが成り立つようなら、総需要が大幅に減ると、雇用量が減る(失業が増える)――不況が誘発される――と予測されることなるのだ。 イエレンは、インフレ率が高くても「産出量とインフレのトレードオフ」は依然として成り立つと論じている有名な論文の共著者 [1] 訳注;「共著者」というのは正確ではない。イエレンは、この論文にコメントを加えている討論者の一人。 ――著名な学者がずらりと名を連ねている――の一人でもある。

金融政策面でのマイナスのショック――金融引き締め――が産出量や雇用量の縮小を誘発することを示す説得力のある証拠のいくつかを提示しているのが、経済学者のクリスティーナ・ローマー(Christina Romer)だ。他の学者との共同研究というかたちをとることもしばしばだが、彼女の研究は、複雑な数理モデルが使われていないということもあって、影響力も非常に大きくて、党派の枠を超えて受容されてきている(彼女の研究成果はノーベル賞級というのが私の意見だ)。ポール・クルーグマン(Paul Krugman)は何を語っていたろうか? 「目下のディスインフレ(インフレ率の低下/インフレの鎮静化)は不況を伴わない」というのが、彼が今年の大半を通じて予測し続けてきたことだった。まさにその通りになったわけで、その点は称賛に値する。しかしながら、クルーグマンはあまり語りたがらないが、彼は長年にわたって旧式のケインジアンモデルの予測力を称えてきている旧式のケインジアンモデルによると、ディスインフレは産出量や雇用量の縮小を伴うと予測されるのだ。

クルーグマンが最近の記事――それも、皮肉たっぷりのタイトルが冠された記事――で改めて自分の立場を説明しているが、寸断されたサプライチェーンの復旧が進んだおかげでインフレが鎮静化したという考えらしい。またもや仰る(おっしゃる)通りではあるが、彼が語っていないことがある。総需要に対する大規模なマイナスのショックについては語られていないのだ。プラスの範囲で高止まりしていたM2(市中に流通している貨幣量を測る指標の一つ)の伸び率が若干のマイナスに転じただけじゃない。財政出動の規模もピーク時に比べて縮小された。政策金利(フェデラルファンド金利)もゼロ%付近から5%台へとかなり急速なペースで引き上げられたし、FRB(米国連邦準備制度理事会)は金融引き締めの継続を仄(ほの)めかすシグナルをありとあらゆる機会に出し続けている。

・・・(中略)・・・

「それはそれは大勢の経済学者」が不況の到来を予測したのには理由がある。経済の現実に疎(うと)かったから・・・というわけでもないし、ドナルド・トランプが大統領選で繰り返している警告(「バイデン不況」)を真似て・・・というわけでもない。「それはそれは大勢の経済学者」が不況の到来を予測したのは、イエレン、クルーグマン、ローマーといったその道の専門家たちが何十年にもわたって説いてきた教えに従ったからこそなのだ。集団的な混乱と言えるが、私はそれから自由だったと言い張るつもりはない。かくいう私も、アメリカ経済が不況に陥る可能性は十分にあり得るとずっと考えていたのだから。

ローレンス・サマーズ(Lawrence Summers)も不況の到来を予測していて間違えたわけだが、少なくともサマーズはある意味で首尾一貫していたと言える。モデルから得られるあれやこれやの含意を現実に応用することにこだわり続けたからだ。しかしながら、そのせいでスケープゴートにされて叩(たた)かれている始末だ。歴史が改竄(かいざん)されて真実が絨毯(じゅうたん)の下に隠されませんようにと、願おうじゃないか。


〔原文:“How Were So Many Economists So Wrong About the Recession?”(Marginal Revolution, December 26, 2023 )〕

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1 訳注;「共著者」というのは正確ではない。イエレンは、この論文にコメントを加えている討論者の一人。
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