高市首相の大勝利で,日本のポップカルチャーはどうなるだろう?
総理大臣就任からわずか3ヶ月後,高市早苗首相はあやうい賭けに出た――議会での自民党の力を堅固にすべく,「電撃解散総選挙」を実施するという賭けだ.その結果は,日曜に出た.高市は大勝利を収め,自分の掲げる政策に国民の信任を確保した(というより,正確には,信任を確保したと彼女は信じている――これについては末尾でさらに触れよう.)
ぼくは政治評論家じゃない.なので,高市が掲げている各種の政策を詳しく分析する任は,Observing Japan のような専門家たちに委ねたい.ただ,高市が賛否を大きく分ける人物である点は,異論がないはずだ.高市は日本ではじめての女性首相でありつつ,「女性の平等に反対姿勢をとっている」と広く目されている.高市は「歯に衣着せず」発言する姿勢が称賛されているけれど,同時に,自民党の大きな金銭スキャンダルはいまも終わっていないし,統一教会とのつながりを断ち切れずにいる点を相変わらず軽んじている.そして,国内・国外の批判者たちにとっていっそう懸念される点は,日本国憲法の平和主義原則をあらためようとする彼女の動きだ.外国からの来訪者たちや外国人居住者たちに対しては,包摂よりも疑念の目を向けているように思える.それを見るにつけ,ぼくら〔日本に暮らす外国人たち〕のことを日本社会はどんな目で見ているのだろうかと考えさせられる.
高市がカリスマをもっているのは否定しがたい.これまで歴代総理の大半を産み出してきた政治家一族の出自ではない,珍しい例だ.高市は日本の若者たちから前例のない支持を集めている.(日本のメディアは,これを「サナ活」と命名した――「早苗を推す」という意味だ).日本を右傾化させると目される動きを,支持者たちは歓迎している.「若者たちはニュースではなくネット上のインフルエンサーたちから得ている」と批判者たちは指摘している.また,日本初の女性首相なのが真新しいのは否定できないし,若々しい印象の人物ではある.上智大学の中野晃一教授は,先日,こう述べている.「これまでの自民党指導者たちより人気を博すのは難しくない.なぜなら,揃って中年の退屈な男性ばかりだったのだから.」
さて.高市の勝利にともなって,日本のポップカルチャーに日本国内・国外でなにが起こるだろう? 物議を醸している中国発の AI生成ミーム――高市をウルトラマンが光線で爆発させる動画――が出回っているのがなにがしかを示しているとすれば,世間には相反する感情がかなり存在しているのだろう.とはいえ,まずはウルトラヒーローのスーツを脱いで,(やれやれ)大人のスーツを着込むとしようか.
高市は,ポップカルチャーが「わかってる」.その点,前例がいないわけではないけれど,彼らよりもおそらくより深く「わかってる」.高市は,バイクの愛好家ぶりやロックドラムへの情熱を自分のパブリックイメージにうまく組み込んでいる.とりわけ,韓国大統領との会談ではとりわけミームになりやすいかたちで発信してみせた.高市は,サウジアラビアの投資家たちを相手に,アニメ『進撃の巨人』を引用したこともある〔「いいから黙って全部オレに投資しろ」〕.また,外国要人たちが彼女とのやりとりでよくアニメ・映画・音楽に言及することを高市はツイート……している(近頃アレをなんというにせよ).イタリア首相で,超保守的なナショナリストという点で高市の先駆けとも言えるジョルジャ・メローニは,二人のセルフィー画像を投稿さえしてみせた.そこで使用されていたのは,OpenAI の「盗用ジブリ風」フィルターらしきものだった.(進歩的な宮崎駿のうめき声が聞こえてきそうだ.)

「日本のアニメコンテンツの強みは,我が国の外交力を高めてくれると感じています」と高市は発言している.2025年12月,コンテンツ産業関係者たちとの会談の場でのことだ.そこには,『Ghost in the Shell』の押井守監督,Jポップのスーパープロデューサー小室哲哉,ポップアーティストの村上隆といった面々が揃っていた.(当然ながらその場にいなかったのが,宮崎氏だ).その後,高市は,日本の文化産業振興に政府から 550億円の支援を行うと公約した.韓国(750億円)などのライバル諸国が毎年投じている金額に匹敵する支援をしようというわけだ.
日本の政治家たちが自国のコンテンツ産業を推進しようと約束したのは,別に彼女がはじめてではない.悪名高い「クールジャパン・ファンド」は2013年からいろんなかたちで運営されている.これまでに数百億円を費やしながら,これといった成果はない.ただ,今回,政府はもっと真剣に取り組む姿勢を見せている.昨年9月,経済産業省が「エンタメ・クリエイティブ産業政策5原則」を策定案を公表した.そのなかでもとくに目を引くのが,支援する作品の内容に干渉しないという誓約だ〔「作品の中身に口を出さない」〕.案の定,西洋の文化戦争の闘士たちはこれをローカル化に携わる専門家たちへの攻撃だと誤解した.実際には,参政党を念頭に置いたものだった見込みの方が大きい.ご記憶だろうか.参政党は,政権を取ったら漫画・アニメ・ゲームを政府による「健全性審査」にかけたいとのぞんでいるんだよ.
ここは大事なところだ.というのも,日本のポピュラーカルチャーは,おおむね進歩的だからだ.保守派の指導者たちも,それをわかっている.高市の先達だった故安倍晋三は,是枝裕和監督の映画『万引き家族』による社会批判にとても不満を抱いて,同作がパルムドールを受賞した後も監督を冷遇したほどだ.また,2011年の原発事故後に宮崎がスタジオジブリの社屋に反原発スローガンを掲げたのは有名な話だ.日本のポップカルチャーが成功した理由は,個性や奇抜さを称揚し,権力に真実を語っているからだ.そういう姿勢は,保守的な体制の神経を逆なでせずにすまない.もちろん,例外はある.それはいつの世も同じだ.ただ,アニメ全体を見渡してみると,その大きな潮流は社会正義の方向に大きな弧を描いている.
高市は,安倍ほど神経質ではなさそうだ.ただ,彼女はもっと根源に関わる問題に直面している.日本のポップカルチャーがもつカリスマは――学術っぽい用語だとそのソフトパワーは――内容の品質による部分もあるけれど,それは一部でしかない.そのカリスマは,日本が体現している価値観に根ざしている.金の力をふるう猛虎だった80年代の日本は,海外からたえず批判を浴びていた.現代の日本は,虎どころか(ハロー)キティちゃんみたいなものだ.人目につかずふるまい,敏感な問題で新聞見出しを飾ることは避ける日本の政治的なあいまいさは,消費者がなんであれ自分の価値観を投影できる空白のキャンバスを提供している.日本の指導者たちは,そこをわかっている.数百万人もの観光客を呼び寄せる取り組みでもそこが重要だし,急速に経済の柱となってきているコンテンツ輸出でもこれが重要だ.日本のことわざにあるように,「賢い鷹は爪を隠す.」 その点,高市が数ヶ月前に台湾防衛に関して発言して物議を波風を立てたのは,珍しいうっかり失策だった.
こういう言い分があるかもしれない――「高市のタカ派ぶり(ダジャレだよ)も,憲法改正への意欲も,時代の変化にともなう現実政治に根ざしている:中国が台頭してきていて,しかも,アメリカの長きにわたる同盟国への信義をトランプが揺るがしている〔ので,「そうした変化を受けて高市はタカ派の方針をとっているんだ」と言う人もいるかもしれない〕.」 「日本は,ますます力を付けるライバルたちに囲まれているし,いまのアメリカみたいに気まぐれなパートナーをいったいどこまで信頼できる?」
だけど,日本が論争の渦中に飛び込んでタカがその爪を隠さなくなった瞬間に,日本のソフトパワーは衰えはじめるだろう.恐れられるか,愛されるか――この二つは両立しない.力を見せれば恐怖は買える.愛は,自分がそれにふさわしい存在にならねば手に入らない.力を持つ男たち(や女たち)がどうしても力に訴える理由はそこにある.相手を脅す方が(あるいはチェーンソーでバラバラにする方が),相手を魅了するのよりもずっとかんたんだ.
さいわい,日本はまだ誰にも銃を撃っていない.昨今のいろんな出来事を経ても,世界の人々の意識のなかで日本は制約を受けないトワイライトゾーンに位置している.そのおかげで,日本のコンテンツは今後も日本の外交力に新たな道を開きつづけるだろう.おそらく,中国と韓国をのぞけば,世界各地で日本は一方的に好意的に見られている――漫画,アニメ,おだやか文学 (cozy lit),魔法のような片付け術,抹茶などなどの人気ぶりがその証明だ.これらは,ますますディストピアめいていくアメリカから逃避する優しい選択肢になっている.「再軍備」などは,おだやか文学の対極にある.
日本が文化の超大国として成功した理由の大半は,感じのいい雰囲気にある.興味深いことに,同じことは高市本人についても言える.あれだけカリスマをもっていて,「物事を動かす」という約束をしているわりに,実のところ彼女は政策面でまだ大したことをやっていない.国民の信任を得たいま,それは大いに変わりうる.ただ,彼女が本当にそんなに信任を得ていると信じていない人たちもいる.イギリス『ガーディアン』紙に寄稿したカリン・カネコは,高市の勝利を政治よりも物価の問題としてとらえている.また,『アジア・パシフィック・ジャーナル』に寄稿した文章で,池田和加は従来型メディアの「信用が崩壊」したことで極端なネット上の言説が勢いづいていることに高市の勝利を関連づけている.また,『朝日新聞』では,選挙がいきなり実施されたために,とくに海外居住者など多くの人たちが投票できなかったと指摘されている.
いずれにせよ,国々が世界で直面するのと同じ難問に,高市が個人規模で直面するのは避けられない.いまのところ,彼女は K-pop にあわせてドラムを叩くイケてる女性だ.でも,タカが爪をのぞかせた瞬間に,彼女がこれまで巧みに築き上げてきたソフトパワーのバブルはしぼみはじめるかもしれない.
[Matt Alt, “Sanae vs. Anime,” Pure Invention, February 13, 2026]
【著者紹介:日本のポップカルチャー研究家。1973年、米ワシントンDC生まれ。ウィスコンシン州立大学で日本語を専攻。1993-94年慶應義塾大学に留学。米国特許商標庁に翻訳家として勤務した後、2003年に来日。『新ジャポニズム産業史 1945-2020』が邦訳出版されている。】
〔本記事は、著者マット・アルト氏の許可の元に翻訳している。著作権等全ての権利はマット・アルト氏に帰属している。〕