リカルド・カバレロ 「ヘリコプタードロップ ~Fedから財務省への贈り物~」(2010年8月30日)

●Ricardo Caballero, “A helicopter drop for the Treasury”(VOX, August 30, 2010)


アメリカ経済は「流動性の罠」に陥りかけているかもしれない。中央銀行が財政刺激策――例えば、売上税の一時的な大幅減税――に必要な資金を直接賄う(新発国債を買い取る)ようにすれば、金融政策も無効ではなくなる可能性がある。「流動性の罠」から抜け出した後の問題に対処するために、「ヘリコプタードロップ」に返還条件を設けておく――完全雇用が達成されたら贈り物(「貨幣」)をFedに返還するようにあらかじめ取り決めておく――といいかもしれない。

景気の低迷が長引いていて、なかなか抜け出せそうにない。金融危機が経済システムに及ぼした大きなショックの余波が完全には消え去っていないことを考えるとやむを得ない面もあるが、景気がさらに落ち込むのを防ぐためにマクロ経済政策が果たすべき重要な役割はまだ残っている。とは言え、Fedはどうかというと、資源には事欠いていないが、有効な手段を欠いている。その一方で、財務省はどうかというと、有効な手段は持ち合わせているが、資源に事欠いている。Fedから財務省に資源を移転すればいいのではないかというのは一理ある言い分である。

しかしながら、事はそう簡単ではない。強欲な政府から「中央銀行の独立性」を勝ち取ることによって金融政策が改善されてきた過去数十年にわたる長い歴史があるからである。しかしながら、どんなシステムであれ、日々あれやこれやの問題が起こっても頼りになる土台として命脈を保つためには、免責条項を用意しておく必要がある。免責条項を発動するか否かについての(おそらくは最初にして)最終的な決定権は、Fedの議長が握るべきだろう。

免責条項は既に発動されていて量的緩和がその証拠かというと、それは違う。量的緩和の一環として国債(既発国債)が購入されると、政府の資金調達コスト(国債の利回り)や民間の資本コスト(長期資金を調達するコスト)がいくらか下がるのは確かである。しかしながら、それらは些末な効果でしかない。国債の残高は今もなお急速なペースで膨らんでいるし、消費需要が盛り上がらなければ資本コストが少しくらい下がっても大して助けにならないのだ。

公的な債務を増やさずに減税を実施する術

公的な債務を増やさずに拡張的な財政政策(例えば、売上税の一時的な大幅減税)を実施する術が必要とされているのだ。そのうちの一つが「ヘリコプタードロップ」である。Fedが財務省に「貨幣」という名の贈り物を捧げるのである。

そんなのは会計上のごまかしに過ぎないという批判があるかもしれない。政府と中央銀行のバランスシートを統合しても、債務が消えて無くなるわけではないというのだ。しかしながら、重要なポイントを見逃している。「流動性の罠」に陥ると、貨幣に対する需要が無限大の大きさになるのだ。「流動性の罠」に陥っている状況で、統合政府(政府+中央銀行)が抱える債務のうちで「貨幣」が占める割合が高まれば、一種の「フリーランチ」(ただ飯)が政府に転がり込むことになるのだ。

「流動性の罠」に陥っている最中であればそういう理屈も成り立つかもしれないが、「流動性の罠」から抜け出したらすぐにも手に負えなくなってしまうおそれがあるという批判があるかもしれない。危機から抜け出したらFedのバランスシートがすぐにも縮小に向かうような仕組みを設けておけば――Fedの内部でそのような仕組みについて既にあれこれ検討されている――、そのような懸念にも対処できるだろう。それに加えて、「ヘリコプタードロップ」に返還条件を設けておくという手もある。例えば、完全雇用が達成されたら贈り物(「貨幣」)をFedに返還するようにあらかじめ取り決めておくのだ。

公的な債務の持続可能性という観点からすると、景気の低迷が続く中で財政赤字が膨らむというのが懸念すべきシナリオである。景気の低迷から抜け出したら新発国債はもう発行しないとあらかじめ取り決めておけば、悪夢のようなシナリオに陥らずに済む。さらには、景気の低迷から抜け出すまではFedが新発国債を買い取るようにすれば、財政政策に仲間入りするおかげで「流動性の罠」に陥りかかっていても効果を発揮するようになるのだ。

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