Andrew B. Bernard, Valerie Smeets, Frederic Warzynski, “Deconstructing deindustrialisatio“, (VOX, 22 June 2016)
産業空洞化は高所得国における主要な政策懸念事項となっているが、その理由には結果として生じる失業だけでなく、長期視点からみた経済成長へ影響も在る。本稿では、デンマークの実証データを利用して、産業空洞化という現象が今現在はたして正しく測定されているのかどうか、この点の分析を試みる。製造業衰退の相当部分は実のところ生産というものの性格が変わりつつあることを反映するものである。サービス部門の企業であっても、従来型製造企業における付加価値活動の多くを依然として取り行っているものが在るが、政策画定者はこういった企業を見落としてはならない。
高所得国における製造業の雇用は衰退の一途を辿っている。1995年から2010年に掛かる四半世紀で、合衆国における製造職の数は3分の1も減少し、1860万から1250万に落ち込んだ。同期間にはフランスおよび日本でもそれぞれ23%・42%の雇用減少がみられた (Timmerら2014)。これらの国で製造業雇用が占めるシェアの低下の方はさらに急速になるが、今やこういった傾向は、以上のような国との比較では経済発展に関してまだかなり初期段階にあると言える国にまで広まりつつある可能性が有る (Rodrik 2015)。
同様の傾向は、550万人の規模をもつ小規模開放経済国であるデンマークにも見出すことができる。同国における製造業の活動は1986年にピークに達し、同部門では50万人以上の個人が雇用されていた。しかしそこから現在に至るまでに、雇用は40%以上も落ち込んでいる (図1)。
図1 経時的にみたデンマークの製造企業と雇用
先進国における産業空洞化には多くの関心が寄せられており、これまでにさまざまな説明が試みられてきた。部門間の生産性格差説をはじめ、比較優位説、中国台頭説などがその一例だ。また政策画定者にとっても産業空洞化は大きな悩みの種であり、相当量のリソースを投じて製造職の再生に取組んできたのである。彼らの懸念は労働者の福利厚生のみならず、競争力の喪失および長期的視点からみた経済成長展望も見据えたものである (尤もDadush 2015は、高成長は製造業に専ら依存しなくても維持可能だと主張している)。
製造業からスイッチ-アウトした企業の遍歴
さて、我々の新たな論文では次の2点に焦点が置かれている: 一つ目は、現在の産業空洞化プロセス測定手法は適切かという問い; そして二つ目は、この点が先進国における製造業の将来にどのように関わってくるかという問い、これである (Bernard ら2016)。そこで我々はデンマークのデータを利用しつつ、製造業との関連性を持つ一群の活動をより重視し、企業の所属する産業類型のみに依拠しないようにすることで、産業空洞化の 『再検討』 を行った。どのような製品でもそれを開発・生産・配給しようとおもえば、企業は多岐に亘る中核的・補助的活動を継続的に行ってゆく必要が有る。従来ならば、製造企業は必然的に生産業務に携わらねばならなかった。我々が今回明らかにしたのは、製造部門から既に離脱した企業であっても、生産過程自体を除けば、製品の開発および配給関連業務の多くを取り行う能力を依然としてもっている場合が在ることだ。本研究は合衆国における所謂 『工場をもたない財の生産者』 を扱ったBernardとFort (2015)、および製造企業にまで広がる歳入源としてサービスへの依存度が高まっていることを明らかにしたCrozetとMillet (2013) らによる最近の実証成果とも関連している。製造業の衰退のうち相当の部分は実のところ近代経済諸国における企業と生産の性格変化を反映するものなのだ、というのが我々の主張である。
この主張の為、我々は製造業からスイッチ-アウトした企業、即ち、もはや製造企業とは見做されないが、何とか生き残りを果たし現在は別の経済部門で操業しているという企業、これを対象に詳細な分析を行った。これらスイッチ-アウト企業は製造業を離脱する年の時点で、小規模だが生産的といった性質をもっているが、スイッチングを経るとその生産性はさらに高くなる。
サンプル期間終了時点では、これら元製造企業は製造業から消滅していたとみられる職のおよそ半分にあたる雇用を提供していた。またさらに、スイッチ企業は2つのハッキリと異なるカテゴリーに分類できることも我々は明らかにしている: 1つ目は、製造業とは一切関与しなくなり、現在は伝統的に卸売業者が担ってきた活動をおこなうようになったもの; 2つ目は、依然として製造活動の一部に関与しており、専ら設計や配給に特化している、但し生産自体とは関与していないというもの、これである。2つ目のグループに属する企業は技能更新にも取組んできており、ハイテク労働者の雇用比率も相対的に高い。要するにスイッチ企業は、もはや製造業者と見做されないものもなかには在るとはいえ、依然として生産者としての特徴を、生産それ自体を除いては、数多く備えているのである。こういった発見からは、製造業と記録されている企業の公式数値に依拠するばかりでは、スイッチ企業はなおも製造関連能力を保持している可能性が高いのに、そういった能力の損失を誇張することになってしまうのではないかと推察される。
さらに我々はスイッチの決定因子についても調査している。製造業に残存する企業 (『ステイ企業』) および完全に消滅してしまう企業 (『エクジット企業』) との関連においてスイッチ企業の特徴を比較してみたところ、平均的にスイッチ企業の方が小規模かつ生産性で勝っており、さらに技能習熟雇用者も多く、またより輸入志向的であることが分かった。この傾向はスイッチ後にさらに強まっている (図2)。
図2 製造業残留企業との比較でみたスイッチ企業の遍歴
そして最後に、我々は製造業からスイッチ-アウトする企業で職を失う個々の労働者に関しての考察もおこなっている。短期的視点に立つとこれら労働者は確かに不利益を被っているようにみえる。つまり、企業の消滅 (エクジット) の結果として職を失った個人と比較すると、スイッチ企業で失業した労働者の方が相対的によりネガティブな結果を経験しているのだ – 失業状態にある確率も、賃金損失も、ともにより大きい。しかしながら、これら労働者は復帰も相対的に早く、失業から5年後になると労働市場でのステータスと賃金推移は、もと務めていた所と類似的な製造業残留企業における労働者を僅かにだが上回るようになる。こういった事態は、デンマークで製造業に従事する労働者に関しては比較的スムーズに新たな部門の活動へと再割当てが行われていたことを示唆しているが、それはデンマークの労働市場がもつさまざまな特徴、とりわけ所謂 『フレキシキュリティ [flexicurity]』 (伸縮性 [flexibility] と広範な社会保障 [security] の共存のこと。前者は雇用者・被雇用者双方にとって調整費用が低いことを意味し、後者は広い適用範囲と高い代替率を兼ね備えた高度の社会セーフティネットに由来するものである) そして新たな雇用機会に向け個人を再オリエンテーション・再トレーニングする為の積極的労働市場政策の行き届き具合によって促進されていたのかもしれない。
製造業における雇用の 『衰退』 は単なる斜陽産業や倒産企業のお話しではない。先進経済国における近代企業は環境の移り変わりに上手く対処し、新たな機会からアドバンテージを得ようと遍歴を重ねる。その一環として、よりサービス近似的な企業への移行も試みられているのである。
産業空洞化をこのように別の視点から眺めてみると、産業政策とその目標の再検討が必要なことも分かってくる。短期的視点から言えば、これまで重点は貯蓄および製造業部門における職の回復ならびに追加のうえに置かれることが多かったが、今回の我々の発見は、サービス部門の企業でありながら、典型的な従来型製造企業における高付加価値活動の多くを依然として行っているものに対し今まで以上に注目すべきことを示唆するものとなった。これら非製造企業を考慮しなければ、近代生産経済における潜在的重要要素を見落とすことになる。
長期的視点から言えば、諸般の経済政策は福利向上と長期的生産性成長の促進をめざして策定される。政策画定者もこれら企業が移行後に収めている相対的成功を知れば、グローバル化の進展を背景としつつ、企業活動の組織編制に今までとは違う手法を取ることでイノベーション創出と生産性上昇を生み出す能力を備えたこのようなサービス部門企業下位区分の遍歴に、目を向けてみる気になるかもしれない。『生産』 即ち製造業を優遇する政策はこの成長を続ける重要な企業区分を見過ごそうとしており、その為に企業に対し効率性において劣る生産活動を保持させるようなバイアスを与えてしまうかもしれないのである。
参考文献
Bernard, A B, and T C Fort (2015), “Factoryless Goods Producing Firms”, American Economic Review Papers and Proceedings 105(5).
Bernard, A B, V Smeets and F Warzynski (2016), “Rethinking Deindustrialization”, NBER Working Paper 22114, March (paper presented at the 63rd Panel Meeting of Economic Policy in April 2016).
Crozet, M, and E Millet (2013), “Is Everybody in Service? The Servitization of French Manufacturing Firms”, Technical Report, CEPII.
Dadush, U (2015), “Deindustrialisation and development”, VoxEU.org, 13 March.
Rodrik, D (2015), “Premature deindustrialisation in the developing world”, VoxEU.org, 12 February.
Timmer, M P, G J de Vries, and K de Vries (2014), “Patterns of Structural Change in Developing Countries”, GGDC research memorandum 149